「あ――――つっ! また――――っ!!」

 思わずわたしは悲鳴と抗議の声を上げる。仮設神社の拝殿の中、ちゃんと高杯に盛られたお供え物がひっくり返され無惨の一言。足音荒く近づこうとしてその犯人を見つけた。
 床に白く長いモノが寝そべっている。体長は2メートル近く、黄色がかった白い鱗に覆われた皮膚と、いつもは紅い眼と長い舌であちこち餌を求めて動き回る逆三角形の頭。アルピノ性のアオダイショウだ。御国から付いて来てしまった何匹かの一匹、


 「駄目でしょう! ちゃんと御飯あげてるのに神様の物に手をつけるなんて!! 解ってるの!?」


 その白蛇は頭を掴まれても動じた様子も無く、少しばかり(まぶた)をあけて紅い目で私を一瞥するとまた目を閉じてしまう。 【彼】の御満悦な原因は長い腹に不自然に四つもある大きな膨らみ、神棚のお供え物から丁度それは入りそうな鶏卵が四つ全部消えている。溜息をひとつ吐いた。


 「全く蛇避けまで付けて入れないようにしているのに、どこから忍び込んだのかしら? アレ!?」


 変だ、頭を掴むまで見えていなかったが【彼】の胴体が妙に長い。アオダイショウの長さは2メートルになれば大物だ。それが3メートル近く……アレレ??
 からくりはすぐに解った。4つ目のこぶのさらに後ろ、尻尾の端に丸い塊がくっついてさらに長く胴体が続いている。……2匹だったんだ。後ろの白蛇君は小さい、まだ子供なんだろう。弟分と言ったところかしら?
 なんとなく状況が呑みこめてきた。この弟君、兄貴分の蛇がいつもどこかで摘み食いをしているのを知っていたのだろう。そっと後をつけて、卵を一つくらい拝借と思ったが、大きい鶏卵を呑みこめずおろおろしている内に兄貴分に奪られてしまったのかな? 怒って尻尾に噛みついているのだろう。勿論、その図々しい兄貴は意にも介さない。


 「駄目でしょう!! 弟君にもちゃんと分けてあげないとお父様やお母様に叱られるわよ。…………もー!!!」


 ちょっとだけ目を開けて私を一瞥しただけ。よっぽど外に放り出してやろうかと思ったけど無闇な殺生はいけないことだし、一緒に投げ出される弟君が可哀相だ。必至に兄貴の尻尾に噛り付き抗議しているように見えて少し可愛い。


 「ちょっと待ってね? もっと小さい卵無いか探してくるから。」


 厨房で女中さんになんて言い訳しようと考えながら、わたしは彼等と出会った時を思い出していた。そう、それは6年前。






―――――――――――――――――――――――――――――







蒼き鋼のアルペジオSS 榛の瞳のリコンストラクト
 

 外伝 橙子と白蛇様










 いよいよ日清の戦を超える御国始まって以来の大戦が始まる。動員兵力100万、戦費16億円、しかもこの戦費は想定された今回の日露戦争における日本の負担分でしかない。橙子が持ち込んだ恐るべき兵器群、アレを換算すれば100億や200億円では済まないだろう。ロシア軍もこの現実を目の当たりに知れば裸足で逃げ出すに違いない。なにしろ40年後、彼の国を敗北寸前にまで追い詰めた侵略国家(サードライヒ)の象徴なのだ。
 その元凶は……と孫を眺めていると妙なことになっている。いや妙なことになったのはひと月前の騒動だ。
 続々と届く新時代の最新陸戦兵器、機関銃、野戦砲、攻城砲、戦車、陸軍各位が狂喜する傍ら海軍の羨望と嫉妬は凄まじい。当然だろう? どう見ても陸軍に御国の政府以上の後援者(パトロン)が現れたのだ。これで妬っかまないのであれば海軍は仏の集団、ある海軍士官が儂等の前でこう挑発したのだ。


 「所詮、子供の玩具! 海を渡る軍艦には叶うまい!!」


 怒りだして反拍(はんぱく)したのが橙子、売り言葉に買い言葉、


 「じゃあ甲鉄艦(せんかん)を沈めれるモノを持ってくればいいんでしょう!?、その代わり港の桟橋が壊れたらそっちの責任!!」


 そして本日、大型輸送船でそれらを持ち込んできたのだ。38センチ突撃臼砲戦車(シュトルムティーガー)、188トンの巨体に戦艦並みの重装甲とアームストロング艦砲に匹敵する巨砲を備えた超重戦車(マウス)、御国最新鋭戦艦【敷島】の倍以上もの重量弾を【敷島】の倍の距離に送り込む38センチ対艦列車砲(ジークフリード)…………
 向こうも重量物には慣れており、特製の桟橋を補強して待ち構えていたようだがそもそも桁が違っていた。結末は石垣を崩し、中枢の骨材を()し折り、超重戦車ごと呉軍港の藻屑と化した桟橋。海没し海の中から長い砲身を突き出して船舶の係留杭(ポール)になってしまった超重戦車がなんとも哀れだ。
 挑発した海軍士官は先程、呉鎮守府の衛兵に泣きながら引きずられていった。それでも橙子はプリプリ怒っていたが、よく見るとうつらうつらと舟を漕いでいる。やれやれ、――知識と力を持っても子供は子供か――考えて軍服をかけてやろうと自らのボタンに手をかけると、


 妙なものがいた。


 橙子の膝から背中肩、そして頭を螺旋で取り巻く様に白く長いものがへばりついている。蛇! とあわててとりのけようと立ち上がると。その前に橙子も気付いたのかパチリと目を覚ました。そのまま反射的に蛇の尻尾を掴む。儂の前で芸人の演目もかくやというほどの乱痴気騒ぎが始まった。


◆◇◆◇◆



 数分後、とうとう音を上げた橙子が不貞腐れて地面に座っている。その頭頂に自分の三角形の頭を乗せて気持ち良さそうに日向ぼっこする蛇――いや、岩国名物の白蛇か――橙子が不機嫌そうに左を向けば蛇は頭を右に曲げ、右を向けば左に曲げる。恨めしそうに上目遣いで橙子が睨むと儂の方を向いて三角形の頭が器用に小首を傾げて見せた。思わず吹き出す。


 「何処の芸人だ、橙子? 場末の桟敷(さじき)なら笑いがとれるぞ。」

 「御爺様のいじわるー。なんで離れないのこの子??」

 「そなたの軽い頭が余程気に入ったのであろうよ。向こう(かいぐん)に非があるとはいえこれからは少し控えよ。」

 「う゛――――。」


 怒るのか呆れるのか泣くのか表情を七変化させている。その横に待ち人が立った。素早く立ち上がる。階位としては少将相当と儂より下だがなにしろ専門家だ。それも人を殺す軍隊にあって、人を救う任務を行う軍の要職。


 「軍医監、森 林太郎です。乃木閣下に御目にかかれて光栄に存じます。」

 「こちらこそ、乃木希典です。高名な軍医にして名作家の森 鴎外君に御目にかかれ、儂も嬉しく思います。」


 顎鬚を生やした温和な瞳が儂を見つめていた。ふと下を見て彼が質問した。


「して、下におわす小さな弁天様をご紹介いただきたいのですが?」

「「??」」


 作家である彼一流の諧謔(ユーモア)だったのだが、そのころは白蛇を使いとする仏が弁財天(サラスヴァティ)であることを儂も孫もまだ知らなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――






 詫びを入れに来た鎮守府長官の厚意で官舎の食堂を使わせてもらった。西洋の料理など久方ぶり、内装に使われている金唐革紙(きんからかわし)の壁紙に至っては100年後の御国ですら再現不能と職人達を呻かせた程のものだそうだ。森君と最新の軍医療体制について意見を交わす。『橙子の史実』からすれば、ごりごりの権威主義者でこれから起こる日露戦争にて多発する脚気を、栄養不良でなく伝染病に原因があると強弁するほどの人間だとされていたが、会ってみると人懐こく実に論理的だ。どうしてこのような男が皇軍兵士を無駄死にさせたのが疑問に思うほど。

 『脚気』

 今から50年も経たず治療法が確立される病気だが、現時点では難病の代名詞でもある。神経炎や浮腫と言った症状に加え、脚気心とよばれる心不全を引き起こす。儂とて『橙子の史実』を知る前、台湾征討の折に隷下の皇軍兵士に脚気患者が続出し、時の軍務長である現在の立見尚文第9師団長と頭を悩ませた程。これより起こる“日露戦争”における皇軍兵士の病死の殆どが脚気であったことを橙子より聞かされた儂は早速対処法を求めたのだ。その原因と対策を聞いたとき医学者でもない儂すら唖然としたものだが……
 その情報を儂に与えた橙子といえば、デザートの西洋菓子を頬張り御満悦、その椅子の下で件の白蛇が生卵を胃の腑に納めて寝転がっている。向かいの座席で珈琲を啜る森君にひと月前送った書物の感想を聞いてみる。


 「して森君、先月送った蔵書は拝見頂けたかな? なんなら独逸語で書いた物を改めて送っても宜しいが。」

 「いえ、結構です! どんな藪医者でもコレを見れば脚気の原因が栄養不良、なかんづく鈴木梅太郎博士のビタミンB1(オリザニン)の不足であることは明白です。しかし、驚きを禁じえません!! 処方から抽出法、対処療法までここまで的確に突いてくるとは。これで国内の脚気患者は少なくとも半減、いや一桁は減るでしょう。」


 儂の皮肉が交じった質問を両掌を振って降参の意をする辺り、後の文豪らしいなと思う。正直歴史を勝手に弄るのはどうかと思うし、これからこの事実を発見する学者達にとっては裏切りにも等しい行為だろう。しかし『史実の日露戦争』では10万人の皇軍兵士が脚気に倒れ、そのうち3万人近い兵が死んだのだ。あの飛行機械もそうだが日本人の命を一人でも救えるのならば躊躇なく行うべき、そう考えている。前にいる森君は鈴木博士の提言を蹴り続け、御国の兵を無為に殺し続けた【戦犯】にも等しい存在なのだ。しかし儂はそれを責めることはできない。


 西洋こそ絶対


 あれほどの科学技術、工業力、知識と識見、欧州へ留学した者は誰でもそう思うだろう。自分たちアジア人等、彼らから見れば屑にも等しいと。だから西洋の書物や学者を絶対視する。日本人学者の提言には見向きもしない。


 「日本人如きの学者が解る事が西洋人に解らないわけがない。彼らが何も言わないという事は即ちそれが間違っているということだ!」


 彼らへの過大評価を己の劣等感から勝手に判断してしまうのだ。だからこそ目を覚まさせる。彼らは絶対ではないと。付け入る隙、出し抜く隙などいくらでもあると。実際森君は目が醒めた様だ。ここで最適の対処法を出す。これで満州で脚気患者の山ができることは避けられる。そう信じて、


 「では兵士の白米を玄米に変え麦を混ぜるという……」

 「申し訳なく思いますがそれだけは行えません。絶対にです。


 呆気に取られると同時に怒りが湧きあがる。本当にこいつは解っているのか! 皇軍兵士の命よりもたかが権威如きを重視するのか!? こいつは唯の権力志向の亡者に過ぎなかったのか!! 彼は下を向き机の上の自ら組んだ腕を眺めながら言葉を続ける。


 「乃木閣下、私も出来ればそうしたい! そうしたいのです!! ですが出来ないのです。それをやったら御国は戦わずして負ける。だからこそ西洋式のパンを糧食に混ぜることで対処しようと考えております。」


 確かにその方法でも対策にはなる。しかし軍用パン(コズミート)は日本人に慣れた食べ物ではない。消化が悪く、史実でも胃を下す兵が続出したとの記録すらある。正直なところ独逸(ドイツ)留学の折、儂も相伴したがこれゆえ独逸兵は粗食に耐えられる強兵なのかと勘違いした程の酷い味だった。しかも夏場腐りやすく、食中毒を誘発しやすい。湿気の多い東洋ではなおさらだろう? しかし拳を握り締めて震えている彼……しかも悔し涙すら浮かべているようにも見える。まさか、英国をはじめ列強から何らかの圧力を受けたのか? 儂が尋ねる前に意を決した彼が話し始めた。


 「閣下、田舎から出てきた若い兵が何故軍を辞めたがらないか解りますか? 皆最低下士官までは昇格したい。できれば歴戦の下士官に与えられる特務士官になりたいと日々奮闘するのは何故か考えたことはありませぬか??」


 食い扶持がない故、軍隊に入る。小作人の次男三男ならよくある話だ。それが何の関係がある?


 「彼らは白米食いたさに軍隊を志願するのです! 自らの家で盆正月ですら口に入ることが無い白米を腹いっぱい食わせてくれる。だから田舎の人間は皆軍に入るのです。人を殺すは恐ろしい、殺されるはもっと恐ろしい。しかし飢えて死ぬより、白米食い倒してから殺し合う方が何倍もマシだ……そう考えているのです。」


 呆気にとられた……どうしてそうなる? 確かに儂とて底辺の暮らし等、実感できる程ではない。かつてはそうであっても今の儂は陸軍大将、理解し、憐れみと痛ましさは知識として残り、それを拭わんと努力する。人として当然の責務だ。
 『橙子の史実』、今の田舎奉公人の窮状を後の時代に娯楽作品としたものを見たことはある。些か極端に過ぎると思ったが、それは儂の現状認識の甘さ故なのか? 森君が絞り出すように最後の言葉を続ける。


 「今、兵隊の飯に麦を混ぜたらにどうなります? 兵士達は、もう我が国には命を張る自分達にすら白米を食べさせられない程困窮している……そう見做(みな)されます。これでは勝てません、いや勝つことはおろか戦う事すらできるかどうか軍医長として自信が持てません。」


 そう、今の橙子なら『説明すればいい』で済ますだろう。事実、橙子はこちらを見て何か言いたそうな顔をしている。大事な話故、良いというまで口を出すな。そう言い含めてあるから黙っているに過ぎないのだ。だが脚気の原因はビタミン不足でそれは白米を食いすぎるからだ、故に麦飯にする。これが兵士達には通用しない! 御国が貧しい故白米が食えないと彼らは認識する。その結末は兵士達の士気崩壊による戦争敗北だ。――なんという下らなく、そして深刻な理由だろうか!!
 頭を抱えたくなるような事態、もしかしたら“史実”のこの男もそこまで解っていたからこそ、伝染病という虚言を弄したのではないかと疑いたくなる。
 ふと、横を見ると下にいた筈の白蛇が何を思ったか机の上に這い上ってきた。じいっと橙子が睨んでいる。また自分に巻きついて悪さをするのか? と警戒しているようだ。その白蛇は三人の沈黙の中、傍若無人に首を延ばして目的地に向かう。そこに首をかけて中に入り内側の縁に体をあわせてとぐろを巻く

 そう白磁の大椀の中に

 いきなり橙子が箸を持ち出し摘みだそうとするが、白蛇もさるもの。首を不規則に揺らして頭を挟もうとする箸を避わす。格闘すること数分……往生した橙子と眠り込んだ白蛇、そして爆笑している我等二人がいた。


 「橙子、とうとう芸人免許皆伝か? いや蛇使いならぬ蛇使われだな!!」

 「しかし面白いものです。まさに講談の麺に逃げられる男の話そのままですな!」

 「間抜けな江戸(・・)っ子じゃあるまいし、この子は蕎麦(・・)じゃないです!!」


 何か引っかかった。そう、森君も引っかかったらしい。二人共互いに顔を見合わせ……橙子が怯える程、儂等は問い詰めた。





―――――――――――――――――――――――――――――






 「伊地知閣下も融通が利きませぬか?、そもそも一号丁型の15サンチ砲自体が無茶苦茶な代物です。より使いやすい7サンチ半砲があるなら乗せ換えるのは当然ではないですか!!」

 「良く考えてみよ有坂君! それで迷惑被るのは後援者たる橙子御嬢さんなのだぞ? どの国も勝手に武器を改造し使用する事は厳禁しておる。それを現地で無断改造の上、御嬢さんにも一言も無しで済ますとは言語道断! 満州軍総司令部に上申しないだけでも有難いと思え!!」


 先ほど中断させた話をまだ蒸し返している。片や御国随一の造兵担当官……いわば戦場で使用する武器・兵器の最高責任者である有坂少将、そしてもう片方は我が第三軍の参謀長である伊地知だ。橙子に何故か入れ込んでいる伊地知としては孫が持ち込んできた兵器を軍法を無視して都合よく改造されては軍法以上に孫の面子が丸潰れと危惧しているようだ。
 後ろから附いてきている儂の隣で橙子が不思議そうな顔をしている。大方、何が原因でこうなったのか理解出来ぬからであろう。武器兵器を乱雑に使うはそれを作った者たちへの無礼、使い捨ての道具扱いで与えてしまう橙子に理解は出来ぬかもしれぬな……それが危ういのだが。


 「さて今日も大入りのようだな。まずは夜食で腹(こしら)らえぞ。議論は中断せい。」


 目の前を見ると多数の貨物自動車と半装軌自動車で威勢よく麺を打つ音、出汁の鰹と醤油の香り、そこかしこで飯盒片手に麺を啜る音がする。


 「でも驚きました。あの時の事今でも思い出しますが御爺様は文豪でもあったのですね。」

 「まさか、本業の森君なら兎も角、下手の横好きに過ぎんよ。『江戸っ子に脚気無し』それをあの時思い出しただけだ。」


 そう、あの時に思い至ったのだ。幕政の御代にて、白米中心の消費都市であった江戸の町では意外なまでに脚気患者が少なかった。『江戸っ子に脚気無し』は江戸界隈(かいわい)の自慢でもあったぐらいだ。その原因が蕎麦である。初めは白米を食べすぎ脚気になった者に蕎麦を与えると快方に向かうという漢方医法の一つだったが今では東京の通りで蕎麦屋無き通りは無いといわれるほどの庶民文化となっている。橙子によって蕎麦はビタミンB1を含み脚気の治療や予防に効果があることが実証されているのだ。ならば話は簡単である。朝昼晩に加えて夜食付きの戦闘献立、兵士たちには三食食えて更に夜食も付くならば好評だろう。帝国陸軍は唯でさえ元気で食う事が楽しみな若い兵が多いのだ。
 さすがに信じられぬほどの金がかかったがそれは橙子が解決している。そのおかげで御国は元より清国の穀倉地帯から続々と蕎麦粉が届く。即銀貨で払って貰えるのだ。商人たちもホクホク顔だろう。
 先ほど先に行かせた鍵島が器用に4つ飯盒を持ってくる。広い肩幅に巻きついているのは何故かこんな大陸にまで付いて来てしまった白蛇、飯盒を我らに渡していく最中ににょろりと巻きつきを解き橙子の背中に乗り移る。そのまま頭頂に首を乗っけて小首を傾げた。


 「む……やはり橙子御嬢さんの頭の方が良いと思えますな。先程まで私から鶏卵を失敬しようと手ぐすね引いておりましたが。」

 「もー! どうして貴方は人の卵を欲しがるの?」


 上目遣いに橙子が文句を言うがもちろん白蛇は素知らぬ顔。4人で蕎麦を啜りながら話をする。


 「しかしいつ見ても驚くぞ。まさか兵士を乗せ戦場を突進する装甲輸送車輌(Sdkfz251)を炊飯車に変えてしまうとは。」

 「面白い発想でしょう? 戦場で蕎麦を食おうとすれば江戸の蕎麦屋の何倍もある大店を縦横無尽に移動させなければならない。なにしろ戦場そのものが常に移動しておるのですからな。ならば大店を分割して自動車に乗せてしまえばよいのです。」

 「全く……大本営で事後承諾になったから良いものの、こうも手前勝手に改造されれば将来に禍根(かこん)を残しかねませんぞ?」

 「美味しい。前に江戸で御馳走になったときの味そのものです。あ! こら、卵は無いのよ? 覗き込んで茹で蛇になっても知らないから!!」

「しかし有坂閣下の発想は脱帽ですな。まさか参謀本部に機動野戦炊飯中隊を認めさせてしまうとは。」


 儂の言葉を皮切りに四者四様の感想が漏れる。儂も最初発想の逆転に驚いたものだ。こちらで蕎麦屋を開くのではなく。どこでも暖かい蕎麦が食えるように麺打ち、調理、配膳を複数の車両を用いて行っているのだ。それに多数の自動貨車が付き麺、汁、惣菜を続々と板前の前に運んで行く。そして飯盒に盛られ配られ続ける蕎麦……麦飯を嫌う兵たちも三食白米が食えしかも夜食に蕎麦まで出るとならば文句どころか大歓迎だろう。そして脚気患者は最小限で済む。『民需品は軍需品として使える、逆もまた然り』生きた教訓を得ることができた。
 向こうの山の上、旅順の堡塁の中ではロシア兵たちが腹の足しにあの不味い軍用パンを(かじ)って飢えを凌いでいるのだろう。このまま包囲を続ければそのうち史実の戦で起きた飢えと寒さに耐えかねロシア野戦炊飯場に両手を挙げて降参するトルコ兵のような珍事が起きるかもしれん。まてよ……そうすれば誰も死なずに旅順は陥ちる。飛行機械に街宣ビラでも撒かせるか? そう考えながら儂も話に加わった。


 それは旅順攻略戦――あの異様な戦いの中――にあった小さな平穏





―――――――――――――――――――――――――――――






 「も――――! とっとと逃げなさいよこの性悪フクロウ!!」


 大声出しても箒を振り回しても隣の木に飛び移るばかりで逃げようともしない、『ホーホー』と時折鳴く声が鴉の様に『アホー』と聞こえてくるから余計に腹が立つ。 トラキアとギリシャ。遠い昔、この地の覇権を争う宿敵だった事もある。その時ギリシャは知恵の女神アテナを守護神としフクロウを守護鳥としたが、トラキアは軍神アレスを報じて鴉を守護鳥とした。何の偶然か20世紀に入ってそれが復活している。ギリシャ王国はフクロウを国鳥に定め私たちの国、大日本帝国領トラキアは熊野の八咫鴉を総督領旗として採用した。
 故に強烈なまでに仲が悪い。オーストリア帝国やイタリア王国が何度かバルカン安定化の為に半島中の国を集めて会議を持ったけど、欧州の人々からすれば会議が行われるたびに先にギリシャが席を蹴るか、私達の国が席を蹴るかで賭けになるほどだという。
 わたしの問題はもっと切実、せっかく熊野神宮虎騎亜(トラキア)分社で欧州人にも珍しがられる白蛇が増えてきているのに、このフクロウ共はそれを狙って神社の木々に巣を構えるのだ。毎日刻限になるとこんな追いかけっこをやらなくちゃならない。――でも白蛇だってバカじゃない。低い縁の下に愚かにも入り込んだフクロウが絞め殺されていたのを見たことがある。向こうが知恵の女神の使いならこっちは幸運の女神の使いだ、負けちゃいない。
 フクロウがあっちの木立に逃げればあっちへ走って箒を振り回す。こっちに逃げればこっちへ……いたちごっこだけどちょっとしたお仕事、わたしの服装は白の千早に緋袴、歴とした巫女さんだ。……あのコアユニットから【日雇い(バイト)巫女?】と聞き返された時には憤然と抗議したけれど。


「あたっ! ……なんで木の上にいるの? 危ないでしょ?? 取って喰われても知らないわよ!?」


 天敵が自分が寝そべっていた木にやってくる事を考えなかったのかしら? 私の肩に落ちてきて絡みつき鎌首もたげて必死に威嚇する白蛇を見上げる。いつものとおり白蛇の頭は何故か私の頭の上。私は彼? と共に必死に威嚇する。


 「こらー!!!」


 どこかで巳ー(みー)と鳴く声がした。






あとがきと言う名の作品ツッコミ対談







 「どもっ!とーこです。ようやく連載再開。そこで死にかけている作者共々厚く御礼申し上げますっ!!」


 死にかけてなんかないやい。ども、作者です。第2章から休載ふた月、ようやく連載を再開します。まずは9周年ということで外伝から。前ココでぶっちゃけました森鴎外大先生と彼の大ポカ【脚気】をモチーフに一話作ってみました。


 「でもさー、元の文はこの連載が始まる前には完成していたんだよね? 何故去年の8周年に掲載しなかったの?」


 訳わからんだろ?、物語始まったばかりで外伝は第1章と第3章を跨いだ物語になることは確定だったしな。本来は8周年からスタートする筈だったのが本作だったんだから。


 「初めは2012年9月連載開始だったのにね。遅れに遅れた挙句12月8周年にする筈が投稿ミスって11月掲載になったという裏事情があったくせに(笑)」


 内輪ネタをポンポンポンポンと(大汗)ま、それでもほぼ予定通り連載が継続しているから問題なく校正して掲載出来たんだけどね。この点、誤字脱字やタグ間違いまで投稿後にチェックしてくれる運営の皆様方に感謝しきれないよ。自分から見ていくつかの話は呆れるほど酷い状況だったしね。


 「運営の皆様には足を向けて寝られないわねっ!? じゃツッコミそのいち。なんか第三章の橙子だけど精神的に逆行してない? 1章では大学生並の知識や識見を使いこなしていたのに三章にあたる今回の序文と末文では中学生くらいまで精神年齢下がっているし。」


 いいところに気づいたね。まず元の“橙子”は日露戦時点で9歳、ホーフブルグで11歳、第三章開始時点で14歳になってる。そして物語の開始時点では7〜8歳ということになるね。これにコアユニットの人格シュミレートプログラムを挿入したから20歳相当の人間の知識と識見をもつ「橙子」ができていたのさ。でもその橙子は2章後半で“橙子”に飲み込まれつつあると言っただろ? つまりすでに第三章の時点で2つの意識が統合されかかっている。つまり“橙子”の別人格として「橙子」が存在するところまで後退してるのさ。だから本来の橙子の精神年齢は14歳の時点で「橙子」が主導権を握っていた1章から2章中盤までの3年間が欠落した分“橙子”本来の精神年齢は第三章始まりの時点で11歳なのよ。


 「ややこしいわねぇ。つまり14歳の橙子には3年間の取り憑かれてた空白の時間が存在し、その分精神年齢が幼いというわけか。……むりやり幼女性格維持させてない。作者?」


 まーここのサイトの傾向は兎も角(←殴w)、もっとややこしいことになると思う。今度は肉体の維持も計算に入れなきゃならんからね。基盤やプログラムの老化なんてコアユニットは絶対に認めないから。


 「うぇ……本気で橙子は幼女のままか。このド外道。」


 違うわぃ! あくまで成長抑制が起こるのであって不老不死じゃない。しかも相当酷い代償がつくから幸福な一生になるかどうか微妙かもしれないね。ま、第2部の橙子は外見年齢16歳程度まで成長してくるからヒロイン役として妥当なラインだけど。


 「でもその頃には燐子がヒロインでしょ? てかやっぱり作者は幼女趣味かっ!!」


 作風的にそうなるだけだって!! それにその頃の燐子の年齢考えてみろよ。もう大正中期だろ?双子扱いになってるって!


 「…………ゴメン先走りすぎた。(汗)」


 こっちが言うセリフじゃないが設定ネタには気をつけてくれよ(大汗)


 「じゃツッコミに話戻すけど。コレ真実?」


 ん? コレってなんだよ?? ……あぁ森鴎外先生の脚気患者への見立てか。昔から脚気が伝染病である説は高かったからね。ただ日清日露戦争あたりからこの説への信憑性が大きく揺らいだのよ。だから森先生としても両方の考えはあったと思う。医者ってのはいくつもの想定を考えて患者の治療を考えていくものだからね。と、なると森先生が何を考えて伝染病であることを強弁したのか? に作者の疑問が集中したわけ。その予想がじーちゃまが本文で言った。「伝染病という虚言」じゃないかと考えている。


 「日本人ならありえそうよねぇ。今のパン食を考えたら想像も付かない事態だけど。でもそれで思い出したけど『田舎奉公人の窮状』ってなーに?(笑)どう見ても某国営放送の超大作連続ドラマじゃないの!」


 ちょうどこの時期の作品なのよ。だからコアユニットは映像と現実の整合性を合わせる為に橙子を通してじーちゃまに見せたのさ。


 「細かく考えるわよねぇ。普段のいい加減なリアルから考えれば凝り方異常なくらいよ。」


 ま、今回本文で描き切れなかった一号戦車の改造顛末とか脚気予防とかトラキア国鳥とか、見えていない歴史改変を物語として再構築したのは面白かったね。説明文とせず、いかに物語として魅せていくか勉強になったよ。


 「ヤタガラスなんて良くもまぁ畏れ多いモノを……」


 それのエピソードは第3章第2話だな(笑)まぁ期待していてくれ。作者の性格の悪さが丸わかりだから。むしろ橙子がこのままだと負けかねん。


 「??何を負けるの??意味不明……」


 原作との衣装数勝負VSタカオ


 「んな意味不明な対抗意識で着せ替えさせるな――――!」


(轟音と悲鳴が交錯)



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