のんびりと時間が流れていく。
こんな風に日常を感じるのも、随分久しぶりな気がする。
ま、仕官してすぐに戦だったせいって言うのが大きかったからだな。

とは言え、何でこんな仕事与えられたんだ?
確かに、まだ漢文を読み書きするのは時間がかかる。
武将や兵士たちにも、何日か休養は与えられてる。


「(まぁ、不満は別にないんだけど……)」


俺が今居る場所。
それを言えば、何をしてるかすぐに分かるよな?
そう、ここは調理場だ。


「芋の皮むきに、俺って何時間かけてるんだ?」

「お疲れ様です」

「あ、どうも.──え?」


背後から声をかけられて、思わず驚いた。
いや、他にも調理師の人とかいるとは思ってたよ?
でもその声は、何て言うか、雰囲気が違うっていうか……


「誰──」

「どうも」

「あ、どうも……って、え?!」


振り返ると、ぺこりとお辞儀された。
華奢で小さい身体で、にっこりと微笑みながら。


「あの……どうしてここに?」

「息抜きです」

「あ、そうですか……」


と、とりあえず、お茶を出そう!
その前に椅子か?!
思わぬ人物の登場に、明らかに俺はテンパってた。


「お構いなく」

「いやいや、そう言うわけにはいかないですって!」

「お茶くらい、自分でも淹れられますので」

「董卓さんにそんなことさせたら、賈駆に殺されます!」


そう、目の前にいるのは、見紛うことなき董卓その人。
第一印象で、思わず訂正を求めたくなったあの人だ。

とりあえず、簡素だけど椅子を用意して、お茶を淹れる。
淹れ方?
星羅さんのを見てたから、やり方くらい知ってるわ!


「ありがとうございます」


小さく頭を下げて、董卓はそのお茶を一口啜る。
……味、大丈夫かな?


「あのー……」

「とても美味しいですよ?私よりもお上手ですね」


そんなご謙遜を……
見様見真似で入れたお茶が、そんなに美味しいわけないでしょうに。


「でも、言ってくれたら部屋まで持って行きましたよ?俺、芋の皮むきしかしてなかったですし」

「それだと、サボ──んんっ……息抜きになりませんので」


……サボ?
咳払いして訂正したけど……
まさか、そんな訳ないよな?
だってこの人、見るからに真面目そう──


「月ーーー!!」


無意識に、目の前の人物に視線を移した。
董卓さんは随分と気まずそうに、俺から視線を逸らした。
マジかよ……


「ちょっと、董卓さん?」

「へぅ……」

「(……恋とは違う意味で、小動物っぽいな、あんたも!)」


ちょっと頭とか撫でたくなったのは秘密だぞ?
しっかし、あの声量からして、賈駆も随分必死だなぁ……


「……白石さん、お願いがあるんですが」

「(そんな目で見ないでください!)」


断っておくが、俺は別にロリコンじゃねぇぞ!
それでもだな?
こう、可愛らしい女の子に上目遣いの半涙目で懇願されて見ろ?


「聞ける範囲でなら……」


返答は自ずとこうなるわ!


「私、机の影に隠れますので、詠ちゃんが来たら上手く誤魔化してくれますか?」

「予想はしてましたが、戻るっていう選択肢は?」

「えっと……ついさっき、抜け出してきたばかりなので……」


戻る気はない、と。
存外、この董卓って人、肝がでかいんだな。


「では、お願いしますね?」


そう言って、調理場の入口から資格になる位置に、董卓が身を隠したのと同時に──


「月、いる?!」


賈駆が物凄い勢いで扉を開いた。
扉、壊れてないよな?


「あ、白石。月、見なかった?」

「見てないけど……何か?」

「見てないなら良いわ……ハァ、そのお茶もらうわよ?」

「へ?あ──」


何の躊躇もなく、賈駆は一気に飲み干した。
董卓さん、まだ一口しか飲んでなかったよな?
……って、おいおいおい!


「(董卓さん、その、帽子みたいなの!)」


随分と装飾の施されたかぶり物が、ひょっこりと顔を出してる。
……知らないぞ?
バレても俺の責任じゃない──ってことじゃ済まないか……


「(董卓さん!)」

「(……はい?)」


賈駆が椅子にどかっと座り込んで、思いっ切り溜息をついている隙を縫って、董卓に視線で呼び掛ける。
すぐに気付いてくれてよかったよ。


「(その、かぶり物が見えちゃってます!)」

「……ぁ」

「ん?白石、今何か聞こえなかった?」

「気のせいじゃ、ないかな?」


棒読みだよ、俺……
って言うか、声出すなよ董卓さん!
この場面で一番怒られるの、多分と言うか絶対俺なんだぞ?!


「はぁ……ま、いいわ。見つけたら、すぐにボクの所に言いに来て。分かった?」

「分かった、気にはかけておくよ」


返事を聞いて、疲れたような足取りで賈駆は出て行った。
それを見届けてから、董卓に「もう出て来ても良い」と合図を送る。


「へぅ……詠ちゃんも、あんなに慌てなくてもいいのに」

「いやぁ、賈駆の態度は間違ってないと思いますけど?」


仮にも自分たちの隊の長だ。
そんな人が急にいなくなったら、血相変えて探すのは当然だろう。
そうでなくても、この董卓と賈駆とは付き合い長そうだし……


「あのぉ、白石さん」

「はい?」

「少し、お話しの相手になってくれませんか?」


……話相手?
そのくらいは別にいいけど、何で俺?


「俺で良いんですか?」

「はい。寧ろ、一度ゆっくり、お話してみたかったので」


口調と言葉で、流石に動揺した。
いやだって、告白のシーンでよくありそうな言い回しと言うか、そんな雰囲気だったと言うか……


「どうかされましたか?」

「い、いや……ま、話くらいなら、別に」










大体、3時間くらい経ったのかな?
差し込んでくる日の色合いとか、影の長さが大分変わった。

董卓とは、随分とおしゃべりさせてもらった。
と言うよりは、俺の今までの経緯とかを話した、って言う方が正しいな。
自分の過去を他人に話すだなんて、初めてだった。

途中、個人的に小腹が空いたのもあって、5個程点心を作った。
小さめのものだったけど、董卓は絶賛してくれた。
……いっそのこと、こっちで生計立てようか?


「……すっかり、日も傾きましたね」

「本当だ。さすがに、そろそろ戻らないと拙いんじゃ?」

「へぅ……」


相当嫌そうだな。
正直、この人ってそこまで仕事を嫌がるタイプじゃないと思ってたんだけどなぁ。


「あ、白石さん」

「何です?」

「ここまで付き合ってもらったので、もうちょっとだけ宜しいですか?」

「……あんまり良い予感がしないのは気のせいですかね……」


ま、ここまで付き合ったんだ。
別にある程度までは延長しても問題ない。
話してる間に、芋の皮むき作業も終わったしな。


「……それで?何にお付き合いすればいいんですか?」

「えっと……詠ちゃんに、一緒に怒られてくれます?」

「ですよねー、そう来ると思ってました」


何でこういう時だけ勘が冴えるんだか。
……もう何でもいいや。
さっさと怒られてこよう。


「じゃ、行きますか」

「はい。あ、白石さん」

「……まだ何かあるんですか?もう何でもいいですけど……」

「じゃあ、あと1つだけお願いを」


そう言いながら、董卓は小さく深呼吸。
何か決心してるようにも見えたけど……?


「これからは、真名で呼んでくださって構いませんよ?」

「……はい?」

「ですから、その、真名の月と呼んでいただけたら、嬉しいのですけど……」


……何を照れていらっしゃるんですか?!
敢えて言いますけど、そんな仕草されると、俺の方が照れますって!
ん、どんな仕草かって?
両手を軽く握りこぶしにしながら頬に当てて、困った表情で赤面してるんだよ!!


「あの、敢えて聞きますけど、真名ってどういう価値観で考えたら良いんですか?皆さんバラバラで、もう俺分かんない」

「ふふっ……そうですね、皆さんそれぞれ思うところもありますからね」


赤みの引かない頬のまま、にっこりと微笑む董卓。
そう言う表情されると、何も言い返せないよ。
いや、正確には、「何も言い返さないことが正しいって思わされる」だな。

さっきも話してる最中、何度かこうやって、微笑まれて答えをあやふやにされた。
……考え方変えると、恐ろしい能力だ事。


「それよりも、白石さん?」

「あー……真名、ですよね。まぁ、悪いですけどしばらくは無理ですね」

「へぅ……やっぱり、私のような──」

「いやいやいや!自分を貶めないでください?!そうじゃなくて、俺がまだ呼べるような立場にないだけですよ!」


俺の言葉に、董卓は首を傾げた。
……おい、涙目は反則だろ!
なんかいろんな場所から抗議が来そうで怖いじゃねぇか!


「賈駆とか霞とか律とかは、結構長い付き合いなんでしょ?だから、俺ももう少しみんな位信頼得られるようになれるまで、待ってもらいたいだけです」

「ですけど……」

「うん、董卓さんが信頼してくれてるのは、よく分かってますよ?でも、まだまだ日は浅いですし、もうちょっとだけ時間をください」


そう言いながら、頭を下げる。
一応、それなりの礼節は弁えてるし、こういう場面でもちゃんとしておくべきだと思う。


「真面目ですねぇ、白石さん」

「その位が身の丈に合ってるんで」

「では、私はナオキさんとお呼びしますね?」

「え、いや、その、何で──」


俺が質問しようとしたときには、とっくに董卓は調理場の外にいた。
……見かけ以上に行動が機敏な人、この世界に多すぎない?


「さ、詠ちゃんが待ってますよ」

「怒られに行くんですよ?しかも俺まで巻き込んで……なのに──」


随分と嬉しそうですね──
その言葉を口にすることは憚られた。
やや左斜め後ろから照らす夕日が、董卓の笑顔を彩っていて、それが本当にはかないものに感じたから……











その晩、俺は徹夜をする羽目になった。
目の前には董卓の姿もある。

あの後、賈駆にこっぴどく叱られた俺たち─何でか俺だけ滅茶苦茶怒られた─は、今日中に仕上げなければいけない書類の山を提示された。
まぁ、その全部が董卓の物だったけど、仕事をさぼっていたのを黙認していた責任もあるから、結局は俺も手伝わされた。
ついでに言えば、董卓の夜食を作るのも俺の仕事だった。

……ハァ、明日って確か、霞と警邏だったよな?
頼むから霞、昼過ぎくらいまで寝ててくれ……




後書き


日常編を書かせていただきました。
いやはや、やっぱし月はかわいいですわ。
書いてて本当にこんなセリフ言われたら、問答無用で<自主規制>したいですわ!!
……おっと、詠が殺気を飛ばしてるのでこの辺で落ち着きましょう。

しかしまぁ、公式の方で、戦国恋姫の開発が進んでいるようで、早くプレイしたくて仕方ないです。
後気になるのはマジ恋の新作ですかね。
アニメの方は笑わせていただきましたんで、とりあえず続編を早くプレイしたいw



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