数日が過ぎる感覚が、こんなに早いって思うのも珍しい。
董卓さんが毒を盛られてから、少なくとも10日は経ったはずだ。
その翌日には、十常侍の館に潜入することになったんだけども……


「(……もう帰らせろよ、いい加減に……)」


というか、すんなり潜入出来過ぎだろ……
普通、どこの生まれだとか、これまでの来歴とかを執拗に聞かれるもんだと思ってた。
でも実際、十常侍の中のある二人を除いた全員が、「見た目が良いから採用!」だとよ……
お前らなぁ……昨今の失業者や就職浪人に全力で謝れ!!

っとまぁ、内心そんなことを思いつつも、すぐに気になったのは声を出さなかった二人。
その名前を聞いて、三国志演技を読んでたから俺もピンと来た。
緑の長髪を三つ編みのポニテにしてる、片眼鏡のすらりとした女性──張譲……
黒のボブで、ほんわかした雰囲気を醸し出してる、ちょい胸の大きめの女性──趙忠……

当面は、この二人に注意を払うべきだろうなとはすぐに思った。
なにせ、明らかに警戒してる目だ、あれは……


「……にしても、これは想定外だな」

「どういった部分がですかー?」


人目に付かない場所に羅々を呼び出し、現状を報告する。
俺が直接書いたものを届けさせてもいいんだけど、万が一にも羅々が捕まってしまえば俺までアウト。
それに、賈駆からもそういう風に指示は受けてる。


『ボクたちの軍は、正直に言ってそこまで戦力は高くない。そんな時に、二人も軍の重きを失いたくは無いわ』


つまりは、だ……
俺の正体がばれた場合でも、羅々が引き続いて内情を探ることは出来る。
その逆もまた然り──

ただ、そう言った場合だと、他にも仲間が潜伏してるんじゃないかって疑われるのは自然な流れ。
拷問だとか身辺調査とかはされるだろうな……
んで、書状みたいに、いかにもな証拠が見つかったらやばい。

危険な任務に身を置いてるのは百も承知。
それは羅々だって同じこと……
自分の失態で、相方まで危険にさらす必要は無いって意味だ。


「御遣い様ー?」

「……この光景見て、羅々は何か感じないの?」

「強いて言えばですねー……胸糞悪いー、ですかねー?」

「同感だね」


そもそも、なんで十常侍の連中があんな暴挙に出たのか……
俺はもちろん、羅々だって知ってるわけがない。
でも、ここに仕えて(潜入して)、その答えはすぐに分かった。

霊帝の死……
多分、董卓さんや賈駆は知ってたのかもしれないけど、俺たちには伝わっていなかった事実。
そしてその後継ぎとなる、二人の人物……
名は、劉弁と劉協──

まだどんな人物なのかは見ていない。
でも、十常侍の連中がその二人の話題を肴に酒をあおっている場面は何度も見た。
その時の会話の内容が、羅々の言うとおり、胸糞悪いモノばかり……


『これで我らの地位も安定ですな』

『あの幼子二人に政治が務まるわけ無かろうて!』

『完全に地位が確立したその時には……』

『ま、私たちの御膳立てとして、あのお二方には精々頑張っていただきましょう』

『私たちの“傀儡”として、ね』


普段は、その二人には謙っているらしい。
実際にその場面を見たわけじゃないけど、他の女官がそう言ってた。
でも、実際に見ていなくても安易に想像がつく。
その謙っている顔には、ひどい嘲笑が浮かんでいることくらい……


「んで羅々?その二人ってどんな人なの?」

「えっとですねぇー……言っちゃえばー、董卓様よりもまだ幼い感じですねぇー」


口下手か、お前……
そんなんでどんな人間なのか分かるほど、俺は万能じゃねぇよ!


「それでー?御遣い様ー、賈駆様にどーいうふーにお伝えしましょーか?」

「見た有りの侭をそのまま伝えればいいよ。あとは、要注意人物として張譲と趙忠ってのがいることだけ」

「承知しましたー」


大きく頷きながら敬礼する。
ここ最近の羅々の変な癖だ……
顔を上げたかと思うと、あっという間に姿が見えなくなった。
……ほんと、お前って口調と行動が一致しねぇよな……











それからさらに数日……
俺の仕事はって言うと、基本的には他の女官と一緒。
朝は掃除や調理場での支度から始まり、毎晩のように行われる宴会の後片付けに終わる。

怪しまれたくは無いから、仕事に関してはまじめにやってる。
それと同時進行で、内情を探るっていうのはなかなかしんどい。
……ぶっちゃけ、探るほどの内情があるわけでもないんだけども……

と言うか、なんでこんな連中に毒を盛られたのか……
油断してた……?
いや、賈駆は十常侍との会席のときには、常に気を張ってるって言ってた。
何進も、接した機会は少なかったとはいえ、なんで毒見の一つもさせなかった?


「(……何だ、この違和感?ひょっとして……──)」


賈駆が言っていない情報があるのか?
もしも……もしもだけど、他にも何か俺の予想を超えるような要素があったとして……
その要素がどういったものだったのかが分かれば、ひょっとして何か──


「──んぉっ?!」


思考を無理やり停止させられた。
って言うか、結構荘厳な部屋の前だったんだな……
考え事しながら掃き掃除してたせいか、思考が追い付くのに時間がかかった。
えっと……つまりは今、俺は部屋の中に引きずり込まれたってことでOK?


「痛っつ……何、だ?」

「手荒な真似をしたこと、まずは御詫び申し上げます」

「す、少しお話を聞いてほしいと、おお思いまして……!!」


目を白黒してる俺の前にいたのは、二人の少女。
どっちも黒のショートヘアが似合う、かわいらしい女の子。
でもなんていうか、顔つきが若干違うって言うか……
最初に丁寧な口調でしゃべった方は、右目の下の部分に小さな花の刺青があった。
オドオドとした口調の方は、同じように鼻の刺青があったけども、こっちは左目の下だった。

約二週間近くこの屋敷で働いて、今初めて見たこの二人……
恐らく、と言うかまず間違いないだろうな。


「ひょっとして、ですが……劉弁様と劉協様?」

「よく御存知ですね。私が劉弁、そしてこっちが」

「りゅりゅ劉協でしゅ」


少し間をおいて、取り敢えず俺は姿勢を正す。
俺が座りなおしたのを見てから、劉弁の方が口を開いた。


「御時間、戴いても問題ないですか?」

「問題ありませんよ。そもそも、お二方に呼ばれたのであれば、誰にも咎められません」


恐らくだけど、俺の方が年上になるのか?
でも、さすがに皇帝の後継ぎってことで敬語は欠かさない。


「では、早速ですが御伺いします。貴方は、私共の味方になって戴けますか?」

「……意味合いがよく分かりませんけど?」


しっかし、この劉弁って子……随分と大人びてるなぁ。
でも、どこか無理してるようにも見えるのは気のせいか?
それとも、裾に縋りついてる劉協のことを思って、気勢を張ってるのか?


「理解し得ない御話になりますが、私共の血縁には稀に、特異な能力がその身に宿る者が現れます」

「特異な能力?」


手足がゴムみたいに伸びるとかか?
それとも、念じれば炎でも操れるって言うのか?


「人智を凌駕しているとは言え、不確定要素の強いものばかりです。私の其の能力は、先見の力です」

「……簡単に言うと、未来が見える、と?」

「ええ……ですが、見えている未来は幾らでも変えることが出来ます。故に、貴方に味方になって戴きたいんです」

「失礼ながら、私が味方になる理由の説明にはなっていないんですが……」


未来が見えたところで何の意味がある?
少なくとも、俺を味方に引き入れる意味は無いはずだ。


「あ、あにゃたわ──……うゅ、また噛んだ……」

「落ち着きなさい、協。それで、理由の説明の方に戻りますが……」

「すいません、なんか急かす様で……」

「御構い無く……私同様、協の方も特異な能力を持ち合わせています。日に数度しか使えませんが、凝視した相手の心の声を聞くことが出来ます」


……ってことは何か?
さっきまでの俺の考え事、全部聞かれてたってことか?!
まずい……非常にまずい……


「協の御蔭で、貴方が十常侍に敵する側だと知れました。其れを踏まえて、私共の味方になって戴きたいのです」

「……何故です?恐らく知ってるでしょうけど、十常侍は御二方の権威を利用している。利用しているとは言え、お二方を粗雑に扱ってはいないでしょう?」

「……私は、未来を見ることが出来ます。あくまで数日後までですが……昨日、その数日後を見ました……」


……震えている?
顕著なのは劉協の方だけど、劉弁もそのか細い手が震えてる。


「見た未来に、私と協は、骸になっていました」

「……………」


言葉が、一切出てこなかった。
この世界で、数日後って言えば大体一週間から十日くらいを言う。
……つまりは、遅くても十日後、この子たちは殺される。
話の流れからいって、間違いなく十常侍の連中に……


「あれ程までに、鮮明に未来が見えたのは初めてです。ですが、何かが介入すれば、未来は変わる……これまで何度も経験してきました」

「お義姉様……」

「御願致します……貴方が何処に仕えているかは存じません。ただ、私共を、救って……くださ、い……」


無理矢理に言葉を紡ぎきって、劉弁は泣き崩れた。
義理の姉のそんな姿を見て、劉協も一緒になって泣き始める。


「(今だけ気丈に振舞ってても、中身はまだまだ子ども……自分が殺される場面を見て、冷静でいられるわけがない)」


俺だって間違いなく動揺するだろう。
いや、慌てふためくか、我を忘れて泣き叫ぶか……
少なくとも、さっきまでの劉弁の様に振舞うのはまず無理だな……


「無理、しすぎですよ」

「……す、すいません、こんな、はしたない姿……」

「泣きたい時は泣けばいいんです。怖ければ逃げてもいいんです。無理して立ち向かって、何かを失う方がよっぽど馬鹿げてますよ」


恋が、似たようなことを言ってくれたのを、不意に思いだした。
あんなに強い恋だって、戦ったり死ぬのは怖いと思ってる。
俺を戦いの渦中に引き込んだことを、申し訳ないとさえ思ってくれた。
だからかな、この二人には今の言葉を送るべきだと思った。


「……御優しいんですね、御兄さん」

「そんなことは無──……え゛?」


あれ、今、なんて……?
「御兄さん」……だと?!


「い、いや俺──じゃなくて私は──」

「先程申したように、協は心の声が聞こえます。だから、貴方が男であることは存じていますよ」

「……あ、そ、そうですか……」


やべぇ、思考が完全に停止した……
言い訳が思いつくわけでもなく、これからどうすればいいのか思いつくわけでもなく……
ただただ、この幼い二人を見ながら、呆然とするしかなかった。


「……それで、御兄さん……」

「お兄ちゃん……」


おいおいおいおい……
そんな子犬みたいな目で、しかも二人掛かりで見つめるなっての!!

……でもまぁ、十常侍が擁護しているはずの二人が、その十常侍から守ってくれと言う。
これはよくよく考えれば、大きな好機だ。
逃す手は……無い!


「分かりました。微力にもならないでしょうけど、俺でよければ……」

「「……………!!」」


一気に、二人の顔が晴々としたものに変わる。
嬉しそうに俺のそばまで駆け寄って、膝を付いてる俺に抱きついて──
抱きついてぇ?!


「ちょちょ、ちょっと?!」

「短い期間になるとは思いますが、宜しく御願致します、御兄さん」

「よろしくお願いします、お兄ちゃん!」





……誰か、取り敢えず胃薬……



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