いない、なぁ……?
どこにいるんだ?

背中に怒号の圧が伝わってくる。
初陣の頃に比べて、随分俺もこういう戦場に慣れたもんだ。
あの時はいろんな音が犇めきあってる場に行くまでに震えてたもんな……
……でも、これは“成長した”って言って良いのかな……?

だってつまりは……“人が死に殺し合う”場面に慣れたってことだ。
その場面に俺自身が加わることにも……
そりゃ、武人としては成長したって評価してもらえるだろうな。
でも……人としては──


「直詭?」

「……ん?あ、やっと見つけた」


探してた方から声をかけられるとは……
そんなに考え込んでたってことか。


「こっちに来たの?」

「あぁ。微力だけどよろしくな?」

「……………(フルフルッ)」

「どうした?」

「直詭がいると、恋も頑張れる」

「そっか」


心でも読まれたのかもしれないな。
恋の表情は、俺を随分と心配してくれてる。
「安心してほしい」って言いたげに、どこか陰の見える笑顔を向けてくれた。


「音々音は?」

「みんなの所」

「あー、詠の代わりに全体指揮だもんな。色々指示出しに行ってるのか」

「……………(コクッ)」


全員の所ってなると、こっちに戻ってくるのはまだかかるな。
一応、詠から恋の部隊が後詰ってのは聞いてるけど、実質どう動くのかは知らない。
その辺は音々音に聞かないと分からん。


「んじゃ、音々音が戻ってくるまでに兵のみんなにでも顔見せておくか」

「……………(フルフル)」

「ん?なんかマズイことでもあるか?」


……いや、顔見せは必要じゃね?
それより優先することって今は思い浮かばないぞ?


「先に、恋の我儘聞いてほしい」

「我儘?珍しいな、恋がそんなはっきり言うって」


別に何でもいいけども……
霞とか律に比べりゃ、恋のお願いとかかわいいもんだし。
いや、比較対象がこっちのこと考えてない場合が多いだけか……


「んで?俺はどうしたらいい?」

「……ギュってして」

「……………へ?」

「霞より律より……直詭が帰って来れるか、怖かった」


……………恋?


「直詭が、戦うの嫌だって知ってる」

「それは確かにそうだけど……」

「今までも、血で染まるたびに怖そうにしてた」

「……そうだな」

「恋が、恋が戦に引きずり込んだから……怖そうにしてるの、一番分かる」


……今までも、こうやって自責の念に苛まれてたのかな……
もう泣きそうな表情で、それでも俺の目をじっと見据えて、まるで……──


「直詭が怖いのは、恋のせいだから……」

「……………」

「怖いって気持ちに、いつか直詭が潰ちゃうって、今でも思ってる」

「……………」

「だから、だから……だから──」

「そこまでで、終わっとこうか」


言うのと同時に、リクエスト通りにギュっとしてやる。
いや、リクエストが無くてもそうしたはずだ。
だって、だって……だってさ?

……恋の言葉が震えてるのが聞いていられなかったから……
……泣くのを必死に抑えてる目を見てられなかったから……
……恋が自分を責め立ててるのを感じたくなかったから……


「俺にはもう……戻るって選択肢は無いよ」

「……………?」

「たとえ半ば無理やり放り込まれた戦場だったとしても……俺はもう、自分の手を血で染めたんだ」

「……それは、恋が……」

「でも、最初の時点では俺にも決める余地はあった」

「でも……でも……!」

「その余地を無視して流れに身を委ねた……俺の手が汚れた責任は、その無責任さにある。恋だけのせいじゃない」


戻れるタイミングを自分で放棄したんだ。
恋だけの責任でここまで来たわけじゃない。
タイミングもチャンスも……その全てを俺は分かってた。
なのに、手を出そうとしなかった。
……ただただ、“願望”だけに縋ってただけなんだ……


「それでも、恋が言わなかったら……直詭も、怖い思いしなかった」

「そんな風に思っててくれるだけで十分すぎるほど嬉しいよ」

「……………ぇ?」

「でも、俺のことを恋だけが抱え込むのは嫌だな」


少し落ち着いてきたかな?
恋の声もなんとなくそんな感じに聞こえ出した。
だからゆっくりと身を離す。


「人は一人じゃ生きられない。俺も、恋も……なら、自分だけですべてを抱え込むのは止めようよ」

「……………?」

「一緒に背負えばいいんだ、恋の罪も俺の罪も……お互いを大切に思ってるなら尚のこと」


今の時点だと、俺は背負わせっぱなしだ。
自分のことだってのに……
しかも、感じなくて良い罪悪感まで一緒になって……


「ゴメンな。それと、ありがとう」

「直詭?」

「戻れなくなったのは恋だけのせいじゃない。でも、後悔はしないから」

「これからも……怖い思いしても?」

「しない」


少しだけ強めの口調で、自分に言い聞かせるように断言する。
そもそも後悔するチャンスさえ、とっくに棒に振ってる。
今さらしたいなんて言うのは、我儘なんかじゃなくて、そうだな……
もっと性質の悪い、クレームとかそんなようなモノで──


「だから、俺からもお願いしていいかな?」

「……………?」

「俺のことで、自分を責め立てるのは止めてくれる?」

「でも──」

「……そんな恋を、見てたくないんだ。恋のこと、大事に思ってるから余計に」

「……………」

「恋はどう?俺が今の恋と同じ立場にいたら……?」

「嫌……嫌だって思う」

「だろ?それと同じ、な?」

「……………(コクッ)」


いつも以上にゆっくり、恋の頭を撫でる。
俺も恋も、それぞれ感触を堪能してる……


「じゃあ恋、いつでも出れるように──」

「準備。……………(コクッ)」











「お待たせしたであります」


各部隊回ってきたみたいだな。
急ぎ足で音々音が戻ってきた。


「あ、白石殿」

「よっ」

「こちらに合流されるとは思ってなかったであります」

「なんでさ?」

「いえ、霞殿や羅々殿を抑えなければ……というように考えるかと思っていたもので」


……まぁ、その考えが過らなかったと言えば嘘になるな……


「んで?霞はもう出た感じ?」

「そうであります。真っ先に霞殿の部隊に伝達に行って、そのまますぐに……」


確か霞は曹操軍の足止めだったっけか?
……せめて、無事であることだけを願うしかないな。


「ってことは、俺たちはまだ出張るまで時間があるのか?」

「……そうも言っていられないのであります」

「どういうこと?」

「水関での教訓を活かして、敵方も攻め方をやや変えているようでありまして……」


さすがに学ぶか……


「水関よりも門の破られる時間は早いかと思われるであります」

「……面倒だな」

「で、あります。さすがに早いかとは思われますが、門の手前で出陣準備は整えておくべきかと……」

「いや、早いとは思わない。遅いとは言わないけどな?」


霞が曹操軍を足止めしてるとは言え、袁紹軍も孫策軍も義勇軍もいる。
いや、もっといろいろな軍が集まってるはずだ。
先の水関での教訓を活かすとなると、準備は早いうちにしておくべきだろう。


「ですが……ねねは、ここより動くわけにはいかないであります……」

「そりゃそうだ。全体指揮を預かってる軍師なんだし、恋も分かってるだろ?」

「……………(コクッ)」

「だから、自分の役割をしっかり果たせば良い……って、偉そうに言っても説得力とかないか」

「そんなことないであります!……では、恋殿に白石殿、出立のご準備を」


準備って言っても、水関から帰ってきたまんまだからな俺……
ほぼこのままの恰好でいけるわけだ。
ま、兵のみんなに声かけるのは、俺の役割か……


「……ふと思ったんだけど、律の部隊ってどうしてるの?」

「律殿は本来中陣で、孫策軍や他の諸国の軍勢の足止めを任されていたのでありますが……」

「……言うこと聞かずに突っ走ってるってか?」

「いつもよりは大人しい様子ではありますが、そうであります」


大人しいってのは、何か意味あるのか?
ま、俺が言った言葉に何かしら考えてくれてるなら嬉しいけど……


「ま、律も馬鹿正直だけどバカじゃない。自分の命の危機くらい悟ってくれるだろ……」

「そう信じたいであります。あ、恋殿に白石殿」

「なんだ?」

「……………?」

「機会が無かったのでありますが、お二人にコレを」


随分かわいいストラップだな。
恋のはコーギー犬っぽいやつで、俺のはスミレそっくりな猫のやつ。
……あ、そういや恋のもらったのにそっくりな犬いたな……
恋にとっちゃ“友達”のセキトって名前のやつ。


「ねねは戦場に直に出られないでありますが、それをお守りと思って頂ければ嬉しいであります」

「ありがと、ねね」

「あぁ、ありがたく受け取るよ」


俺も恋も、もらったストラップを自分の得物につける。
うん、なんかかわいくなったな……
でも、心強くなった気も同時にするな。


「直詭」

「よし、行くか」

「十分にお気をつけて、であります」


音々音の見送りの言葉を聞いて、恋は踵を返す。
俺も続こうと思ったけど、不意に月さんの言葉が頭を過った。


──“皆さん一緒に”、ですよ?──


「……音々音」

「どうかしたでありますか?」

「……コレ、預かっててくれる?」

「鞘を、でありますか?」


二振りの刀を鞘から抜いて、その鞘を音々音に手渡す。
受け取ってくれたのを見て、小さく頷く。


「……いつもであれば、このようなことはしないのでありますよね?」

「あぁ」

「では、何故であります?」

「……“鞘”って何するモノか知ってるよな?」

「刀を納める以外に何か出来るであります?」


……そう、鞘は刀を納めるためのモノ。
どっかの逸話とかだと、“鞘を捨てることは敗けを認めること”なんて言う……
納める必要がない=自分が死ぬから、ってことらしい。
でも、俺は預けておきたくなった──


「俺が刀を納めるためにさ、ちゃんと預かっておいてよ」

「……………へ?」

「じゃ、よろしく」


まだ何か聞きたそうな音々音を尻目に、恋を促して兵の元へと歩き出す。
……みんな一緒に帰るってことは、その中に俺も入ってなきゃいけない……
だからこれは、“生きて戻る”覚悟だ。
“死なない覚悟”って言い変えても良い。


「直詭」

「ん?」

「……準備は?」

「……出来たよ」


心の準備も整った。
あの門が破られても、もう揺るがないくらいに……


「……………」

「……どうした、拳突き出して……?」

「恋も、“よろしく”しておきたい」

「あぁ、そうだな。じゃ、“よろしく”な」


コツンと、軽く拳を突き合わせる。
なんでか、お互い表情は綻んでた……
怖くないわけじゃないけど、嫌じゃないわけじゃないけど……


もう、何一つ迷うモノは無い──










後書き


御蔭様をもちまして、先日退院することが出来ました。
これを機に、本格的に物語を進めて行こうと思います。
まぁ、外泊時のような無茶苦茶なペースは無理かと思いますが……
ある程度安定したペースで投稿していきたいです。

で、まぁ分岐点の内の一つを選んだわけです。
これからどうなって行くのかは私次第とはいえ怖いです(オイオイオイ

とりあえず、完結はしっかりと見据えて頑張って行きます。
生温かい目で見守って戴けると幸いです。
では次話にて



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.