「えっとぉ……これで終わり、だな」


自分の今日のノルマがようやく終わった。
鈴々とかは時折サボってるのばれてるから、そのせいで始末書みたいのが勝手に増えてる。
その点、俺はサボること自体嫌いだから、一日の仕事量は最低限で済ませられる。
とは言っても、日によってはその最低限の量がやたらと多い日もある。
今日もそんな感じに多くて──


「うげっ……もう真夜中かよ……」


明日は警邏の担当だっけか?
さっさと寝ないとまずいな……


「折角、雛里から面白そうな本進めてもらったのに……」


この時代の娯楽って、元いた時代に比べれば限られてる。
その分、その娯楽に没頭できるといえば聞こえはいいかな?
例えば今の読書にしたって、熱中できる内容のものが多かったりする。

そう思えば、元いた時代はある意味残酷だな。
やりたいことがありすぎる、できることが多すぎる。
選択肢が馬鹿みたいに多くて、その選択肢に対するバックアップも多い。
極論になるけど、何をしてもいい時代だったようなもんだ。


「対してこっちでは、できることも限られてるしなぁ」


限られてるからこそ突き詰められるといえば救いになる。
でも、それはまだ平和じゃないという裏返しでもある。
娯楽が多くなるっていうのは、様々な文化が交流して、文明が進展するからだ。
この時代にできることは限られてるとはいえ、まだまだ戦乱の世の中。
各国がそれぞれの文化を交流させて、互いに発展していくっていうのはまだ先の話だな。


「っと、いい加減に寝るか」


考え事なんて、始めればキリがない。
特に、史実を知っている俺にはな……

史実との相違点が出てくるたびに頭を抱えさせられる。
でも時には、“違っていてくれ”と願う場面だって出てくるし、そういう場面に出くわすたびにも頭を抱える。
だから、寝るって行動は俺にはかなり重要なことなんだ。
その間だけとはいえ、考えることを休ませられるから……


「明日は、何があるかな……」


ベッドに身を横たえ、天井を仰ぐ。
この世界に来てから、まだこの視界には慣れていない。
片方の目でしか見ることのできない天井……
戦場ではともかく、こういう休みたいときにはその不明瞭な立体感に嫌気がさす。


「……さっさと寝ないと、頭がパンクするな」


とは言っても、こうやって考え事するのは珍しいことじゃない。
明日死ぬかもしれないって状況の時はともかく、こういう平穏の時間の中だと、何かしら考え事をする。
考えたからってどうなるわけでもないのに……
でも、思考回路は俺の意に反して休まろうとしない。
……理由はわかってる。


「怖いんだよな、俺……」


考えることをやめれば楽になれるかもしれない。
でもそのあとに、確実に後悔がやってくることを認識している。
いつ、誰に教えてもらったわけでもないのに、後悔が待っていることを知っている。
それが怖いから、ひたすら考えようとするんだ。


「……少し酒を入れよう」


どうも今日に限って寝つきが悪い。
少量なら、酒を飲んだほうが寝付きやすくなる。
戸棚にしまっておいた、以前に星が持ってきた酒を軽く口に含む。
やや辛みが強かったけど、何とも言えない浮遊感が優しく包んでくれる。


「……明日は、良いことがありますように……」


誰に聞かせたいわけでもない。
むしろ、聞いてほしくない。
ただただ、勝手に口をついて出た弱音。
その弱音に自嘲して、もう一度ベッドに横になる。
寝られないとしても、体は休めなければいけない。

こっちに来て、何度と思い知らされたことだ。
体が一番の資本だという事実。
その資本を丁重に扱うことが、この世界の、いや生きている限りの最重要事項なんだ。

だから、休もう。
今は、平穏に身が慣れていなくても……
視界を闇に落として、そしてそのまま……──










「ん、んぅ〜……」


何だぁ?
頬がくすぐったいような気が……
あぁ、またスミレの奴が舐めてるのかな?
時々そんな起こしかたするんだよなぁあいつ。
……分かったよ、そんなに舐めるな、起きるって……


「くすぐったいぞ、スミ……れ?」

「みゃぁ」

「……………」


あ、あれ?
まだ夢でも見てるのか?
いやでも、この感触や感覚は現実のものだし……あれ?


「みゃぁお」

「うぉっ?!ちょ、待てって!?」


顔を摺り寄せるな!
え、ちょっと待って、マジで!
誰か、誰かヘルプ!!


「白石殿!」

「音々音、いいとこに来た!」


結構な勢いで扉あけたな音々音……
でも今はこの状況を何とかしてくれ!
いや、冗談抜きでマジで頼む!


「あぁ〜……こちらにおいででありましたか」

「……その言い方だと、この状況の理由を知ってるみたいだけど?」

「その通りであります。実は──」

「ね、ねねちゃん……速すぎですぅ」

「朱里?」


なんでそんなに息切らせてるかね?
いや、走ってきたのはわかるんだけど……


「あ、こちらにいらしたんですね」

「何でもいいけど、コレはどういう事?」

「……実は、こちらを食べてしまわれたようで……」

「なんだそれ?キノコ?」


でも、絶対に喰いたいと思わない色してるぞ?
黒地に水色の斑点のキノコとか、毒キノコ以外に考え付かないんだけど……
と言うかそれ、誰かが喰った跡があるような……


「これ、“マタタビ茸”って言うんです。症状はその……見たとおりです」

「つまりは、ソレを喰ったせいでこうなってると?」

「そうであります。ただ、毒性はないようであります」


一応は毒キノコの部類に入るってことか。
でも、毒性がないけど、こんな症状出てもらっても困るんだが?
そもそもなぜ喰ったし……
俺なら絶対嫌だぞ、そんなん喰うの……


「みゃぁ?」

「わ、ちょっ?!だから顔舐めるなって!」


普通にキスされそうになってるんですが、そこのお二人さんは助けてくれないの?
あ、その、嫌ってわけじゃないぞ?
ただその……今完全にこの子は猫になってるわけで、その……
そんな状態でするっていうのは相手に悪いって言うか……


「で、で?!そのキノコの効能が切れるのにどの位かかるんだ?」

「個人差もありますが、少なくとも半日ほどは……」

「……半日もこの状態のと過ごせと?」

「そうは言うものの、解毒薬などはないのであります」

「うぅ〜……」


唸ったって仕方ないのは知ってるんだが……
マジか、この状況。
打開策とかも見当たらないしなぁ……
でもさすがに、他の人間人も手助けくらい求めていいよな?


「直詭殿、少しよろしいか?」

「今度は星?何だよ……?」

「何を不機嫌になっておられる?」

「気にすんな……んで?」

「あぁ……今日の警邏だが、この状況が大方予測できた故、愛紗に代わってもらったことを伝えに」


手際いいねぇ、ほんと助かる。
と言うか、良すぎないか?
なんでこの状況予測できんの?


「なぜこの状況が予測できたのか……そう聞きたげな顔をされてるが?」

「まさしくその通り。教えてもらっても?」

「いやなに……そのキノコを食べたのが誰か知っていれば、誰のもとに行くかくらいは予測がつくというもの」

「そう、か……?」

「如何にも。現にこうして、直詭殿に擦り寄っておるではないか」


いや確かにそうなんだけど……


「でも、なんで食べちゃったのかはわかる?そんな色したのとか、食べたいと思わないだろ普通……?」

「流石にそこまでは……」

「朱里ですら分からぬのであれば、私にもそこは想像がつきませぬ」

「……ま、食べちゃったものは仕方ない、か……」


また頭を摺り寄せてくるし……
とりあえず撫でるけど、本気で嬉しそうにするね?
いつもはあんまり気にしてないくせに。


「では白石殿。その後様子では動けないと思われるので、食事を持ってくるであります」

「え?いや、そのくらいは自分で動くぞ?」

「気になされるな。言ってしまうが、厄介事を押し付けているのだ。そのくらいの世話は焼きますぞ?」


俺としてはまだ色々言いたかったんだけど、待たずに三人とも出て行った。
……ハァ。
なんでこんなことになったんですかねぇ?
ちょっと雑に頭を撫でてあげながら、返ってこない返事を求めて口が勝手に動く。


「ねぇ、恋?」











「あー……これからどうしろってんだ?」

「んみゅぅ?」


本物の猫さながら、屋根の上へと駆け上った恋を追いかけて、俺も屋根の上で寛いでる。
俺が追いかけてきたのを知ってか、今恋は俺の膝で寛いでる。
別に嫌じゃないからいいんだけど、流石にこのままはまずいと思う。


「なぁ恋、なんであんな喰いたくもないキノコ喰ったんだ?」

「みゃぁ?」

「人間の言葉で頼むわ……」


そんなこと言っても無駄なんだろうな。
ハァ……マジでどうしようか。


「おや直詭殿、こちらにおられたか」

「……星、それはふざけてやってるんだろうな?」

「真剣にこのようなものをつける趣味はありませぬ」


でも、今の俺の心境的にはそれはやめてほしいんだが?
と言うか、猫耳と猫のしっぽの装飾品とかどこで見つけてきた?
……まぁ、似合ってるっちゃ似合ってるが……


「一応、恋の分も調達してきましたが」

「そこまで必要か?」

「いえいえ……ですがこの際、むしろ楽しまれてはいかがか?」

「変な副作用とかがないかとか、心配すべきだとは思うんだが?」


楽観できるならそうしたいんだけど、仮にも毒キノコだろ?
しかも、見知らぬ他人じゃないんだし、心配するなっていうのは無理な話。
ってコラ、顔を摺り寄せるんじゃない。


「ほぉ……しかしながら、随分と懐かれておりますな」

「嫌な気分じゃないのは白状するけど、この状態、マジで大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょう。半日ほど直詭殿には辛抱いただくとはいえ、いずれは効果が切れて元に戻る故」

「んで?愛紗は何か言ってた?」

「特には……“この状況なら致し方がない”とは言っておりましたが」


……まぁ、そういう態度なら大丈夫か。


「直詭さーん」

「ん?」


下から声が聞こえた。
バランスを崩さないように覗き込むと、朱里と音々音が何か持ってる。
食事……だよな?
なんでそんなモン持ってるんだ?


「何か用か?」

「白石殿、朝食がまだでありますよね?」

「一応恋さんの分も含めて持ってきましたよ。星さん、受け渡してもらえますか?」

「心得た」


身軽にひらりと屋根から飛び降りて、朱里から食事を受けとった。
ってか、その後どうやって戻るつもりだ?


「っは!」

「うぉっ?!」


食事を思いっきり上に投げて、その間にまた昇ってきた。
んで、見事にキャッチして、こっち見てドヤ顔……
はいはい、お見事ですよ。


「(……てか、肉まんだったからよかったものの、拉麺とかだったらどうするつもりだったんだ?)」

「どうかされたか?」

「いや、なんでもない」


取り敢えず喰うものは喰うか。
星から肉まん受け取って、さっさと頬張る。
恋にも手渡してみるけど、これ、ちゃんと受け取ってくれるのか?


「……はむっ」

「……だよなぁ……」


差し出したらそのまま喰らいついてきた。
いや、流石に予想はしてた。
でもさぁ、俺の指ごと咥えないでほしかったんだが……


「…………………………」

「ん?どうかしたか恋?」


俺の方じぃーっと見て、どうしたんだ?


「うみゃぁ!」

「ちょっ?!」


いきなり飛びついてくるなって!
って、何を顔を舐めて──
いやいやいや、口元はさすがに舐めるな!


「ぺろ、れろぇろ……ぺろ」

「こら、ちょ、恋……離れろって……!」

「れろ……ぇろぺろ、みゃぉ」

「おい星!見てないで助けろって!」

「ふむ……まぁ、そのままでいてくだされ」


押し倒されたままでいろってか?!
ここ屋根の上なんだぞ?
まっ平らじゃなくて傾斜があるから危ないんだって!
てか、本気で何してる?


「……何してんだ星?」

「いや何、今のうちに装飾品でもつけてしまおうかと」

「その前に助けようぜ?」

「まぁまぁ……見ている分には楽しいので続けてくだされ」


って、そのまま恋に猫耳と尻尾を装着……
ブレないねぇあなたはほんとに……


「ふむ、こんなものですかな?」

「似合ってるのは認めるが、今すべきことだったか?」

「それほどまでにイチャイチャされておかれて、説得力などありませぬぞ?」

「……………」


……確かに、傍から見たらイチャイチャしてるだけだよなこれ……
なぜだ、なぜこうなった?!


「と言うか恋、いい加減に降りろって!」

「みゃぁ?ぅみゃぉ」

「……言葉通じないんですかマジで……?」


押し倒されたまま、胸に頭摺り寄せられてもだなぁ……
あ〜、マジでこの状況どうしたらいいんだ?
しかも、朱里も音々音も、下から見上げて顔赤くしてるくらいなら助けてくれって。


「ところで直詭殿?」

「……何だよ?」

「いえ、普段ならもう少し猫の扱いに慣れているのに、と思いましてな」

「猫っぽくなった人間の扱い方とか知らん」

「普通に猫として可愛がってやればよいのでは?ほら、恋もそうしてほしそうですし」

「ぅみゃぁ」


……猫の可愛がり方ってどうだったっけ……?


「あーもう、分かったよ。ほら」

「みゃぁぉ♪」


頭撫でただけでそんなに嬉しいのか?


「ほらほら、もっとあるでしょうに。頭を撫でるだけではなく、お腹を擦ってみたり、こう……ぎゅっと抱きしめてみたり」

「人間相手にそこまでできるか!?」

「ですが、仮にも今、恋は猫ですぞ?」

「だとしても限度がある」


いろいろ超えちゃいけない一線はある。
俺も恋も人である以上はな!


「……………スミレにはするのに……………」

「そりゃスミレは本物の猫だし──……ん?」


あれ、今……?


「恋……今普通に喋らなかったか?」

「…………………………あ」

「あらら……」

「もうバレちゃいましたか」

「そのようでありますね……」


へ、へ、へ?
何がどうなって……え?
と、とにかく落ち着け俺……!
状況を、状況をよく理解しろ?!


「えっと……バレたってどういう意味だ?」

「恋、猫のフリしてただけ」

「ん〜……?つまりは、あの毒キノコ食べたとかいう話は──」

「我々の作り話です」


さらっとネタバレしやがったぁ!!?
え、何?
これってほとんどの奴がグルなの?!


「ちなみに、この件に関わっているのは、今この場にいる面々だけであります」

「ほかの皆さんは知らないですし、愛紗さんに至っては直詭さん同様に信じてますしね」

「……何でまたこんな手のかかった事を?」

「今日は愚人節なので、その風習を知らない直詭殿に教えようと思いまして」


愚人節?
……確か、こっちでいうエイプリルフールのことだよな?
いや、その風習知ってますが?
って言うか、なんでターゲット俺なの?!


「いやはや、愛紗とどちらにするか悩んだ甲斐はあったというもの」

「何だと?」

「直詭殿と愛紗とは性格が似通っています故、どちらを選ぶか悩まされました」

「ですが、直詭さんなら男性らしい反応を示してくれると思いまして……」

「ね、ねねは正直躊躇ったのでありますよ?!」

「でも直詭、可愛かった」


……まんまと引っかかったわけだな、俺は。
でもさぁ、ここまでするかね?
完全に猫と化してたもんな恋……
おかげで顔は舐められるわ押し倒されるわ……
役得だって?
辱めを受けただけなんだが?!


「ですが、思いの外早くにバレてしまいましたな」

「ささっ、終わったことですし皆さん撤収を──」

「……させると思う?」

「「「「あ……」」」」


全員硬直してるな?
だがそんなこと知った事じゃない……
女装させられた時もそうだったけど、基本的に俺は辱めを受けっぱなしなんだ。
仕返しくらい、させてくれるよなぁ?


「お、落ち着かれよ。精々これは笑い飛ばすようなことであって……」

「そ、そうでしゅよ!だからその、変な殺気は抑えてくだしゃい!」

「白石殿!落ち着いて、落ち着いてほしいのであります!!」

「……直詭、怖い……」


怖かろうが何だろうが知った事じゃない。
こっちは一時、本気で心配したんだ。
それを笑って飛ばせるほど、今の心境は寛大というわけにはいかない……


「さぁて?ここからは俺のShow Timeといこうか……」

「しょ、しょうたい──なんですと?」

「おっと。星と恋はすばしっこいから今のうちに捕まえさせてもらうぞ?」

「あぅ……」

「くっ……!逃げ時を見誤ったか……!」

「音々音と朱里は後でたっぷり……どうせ企みの半分以上は二人の案だろ?」

「(思いっきりバレてますね)」

「(白石殿はほんとに感が良いのであります)」


さぁて……どう料理させてもらうかは全く考えてはいないんだが……
とにかく全員、今日を無事に終えられるとは思うなよ?








後書き

次はシリアスな話にしようかと……
いや、こんなハチャメチャの方が書いてて楽しいんですが……
でも、でも、メリハリって大事ですよね?(滝汗



では次話で



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