すっかり日が傾いてきたなぁ。
これは益州に着くころには夜だな。


「お兄ちゃん。なんか足が遅くなってるけど大丈夫なのだ?」

「ん?そんなことはないよ?」

「考え事してるだけなのだ?」

「そういうこと」


曹操の追手が来ないのはありがたい。
だからと言って、これ以上民たちの行軍速度を上げるわけにもいかない。
非戦闘員のみんなは、俺たち並に体力があるわけでもないしな。


「しかし、曹操は何を考えているのでありましょうな」

「俺の個人的な意見でいいなら答えるぞ、音々音?」

「ではそれでお願いするのであります」

「多分だけどな?曹操って誇り高い人間なんだよ。んで、“邪魔になるから”って言う理由も勿論あるだろうけど、潰そうと思ってる人間の下に鈴々や恋みたいな豪傑が揃ってることに興味を持ったと思うんだ」

「……興味、でありますか?」

「そう。だから、桃香がどれほど成長するのか楽しみでもあるんだと思うよ?自分と対等に渡り合えるほどの強敵になりうるか、見定めたいって思ってるんじゃないかな」


……ま、勝手な憶測だけどな。


「多分それで正解なのだ」

「……………(コクッ)」

「二人からお墨付きもらったけど、完璧じゃないからな?」

「それは重々承知しているであります」


こんな雑談にも笑顔が混ざる。
大きな敵を退けたって言うのはやっぱりデカいんだな。
心にゆとりができたって言うか……


「それで音々音。桃香たちの動きがどうなってるかは分かってるの?」

「伝令がまだ帰って来ていないであります。ですが、戦闘になっていることはないと思うのです」

「どうしてなのだ?」

「劉璋は悪評高い州牧であります。民心も離れている可能性は高いと思われます」

「……ってことは、桃香が受け入れられる可能性もあるってこと?」

「実際、益州から徐州に移民してきた者もいるくらいであります。桃香殿の噂は十分届いていると考えて問題ないであります」


無血入城できるならそれに越したことはない。
民も兵も、誰も傷つかずに一段落付けるからな。


「ん〜……でも、やっぱり心配なのだ」

「そんなに心配なら、鈴々は先に行っていいぞ?後方から曹操が追っかけてくることはもうないんだし、最悪俺と恋だけでも殿は務まるし」

「ねねもいるであります!」

「あ、ゴメン」

「なら、お兄ちゃんとねねの二人がいれば無問題なのだ?」

「曹操軍が来ないって言うのが大きいしな」

「なら恋、鈴々と一緒に全速力で前を追っかけるのだ!」


おいおいおい……
お二人さん、さっきまで全力で戦ってただろ?
なのにまだ走る元気が残ってるとでも?
……いや、この二人なら残ってそうだわ……


「追っかけるのはいいけど、曹操からの伝言はちゃんと桃香たちに伝えてくれよ?」

「分かったのだ!じゃあ先に行ってるのだ!」

「直詭もねねも、ゆっくり追いかけてきて」

「承知したであります」


二人はそれだけ言うと、一目散に走っていった。
さっきまで戦ってて疲れてるんじゃないのかよ……?


「ほんと、あの二人の体力は底なしだな」

「それには同感なのであります。時に白石殿」

「ん?」

「白石殿も戦ってたと聞きましたが」

「まぁ、鈴々に当て馬にされただけだから、あの二人ほど体力は使ってないよ」


許諸の鉄球と夏侯淵の矢を避けてただけだもんな……


「ですが、少しはお休みになっていいかと」

「気持ちだけ受け取っとくよ。殿って言うのは、後方の部隊を無事に送り届けるまでが仕事。休むのは益州に着いてからで十分」

「そうでありますか?」

「そんなに貧弱に見えた?」

「そういう訳ではないのであります。恋殿に鍛えてもらっている以上、白石殿も十分お強いと承知しているであります」

「そういう事。じゃあ、俺たちは民に危険が及ばないよう、もうちょっと気を張っていようか」

「承知したであります!」











とっぷりと日が暮れた。
俺たち最後尾の一団はこの時間になって漸く益州へと到着した。
城の門は解放されていて、益州の民や先に到着していた兵士たちが出迎えてくれた。


「お疲れ様です、白石様、陳宮様」

「ご苦労様なのであります」

「桃香たちは?」

「城の大広間にお集まりしておられます」


んじゃ、俺たちも行ったほうがいいな。
鈴々達は先に着いてるだろうし、さっさと行こう。


「音々音、ちょっと急ぐか」

「分かりました」


城へと向かって早足で。
こんな夜遅くだって言うのに、まだ家々には灯りがついてる。
よくよく見てみれば、ここまで歩き詰めだった兵や民たちをねぎらってくれている。
快く桃香を受け入れてくれたってことだな。

そんな、心休まる場面をいくつも見ながら入城する。
大広間へは兵士が案内してくれた。
その扉を開くと、全員がホッとした顔をこちらに向けてきた。


「直詭さん!ねねちゃん!お疲れ様〜!」

「あぁ、ほんと疲れた」

「只今帰還いたしましたぞ」


あれ?
何か人が増えてないか?
あそこにいるポニテの子と太眉の子……
ちょっと見覚えがないんだけど?


「愛紗、そっちの二人は?」

「私らか?私は馬超。つい今しがた、桃香様たちの仲間になると決まったところだ」

「たんぽぽはねぇ、馬岱。よろしくね〜……えっと……」

「白石直詭。どういう経緯かはまた後で聞くけど、とりあえずよろしくってことでいいんだな、桃香?」

「うん。二人ともこれからは仲間だよ」


たっぷりの笑顔で答える桃香。
ほんとに変わった人間だよなぁ……
ま、そこが桃香の魅力であることには違いない。


「それより、あんたらの真名も教えてくれないか?愛紗たちとはすでに名乗りあったんだが……」

「ねねは陳宮、真名は音々音であります。えっと、馬超殿たちは?」

「私の真名は翠。んでこっち、馬岱の方は──」

「蒲公英だよ〜」

「そっか。悪いんだが俺には真名ってもんがない。だから好きに呼んでくれればいいよ」

「そうなの?なら、直詭兄様とでも呼ぼっかなぁ〜」


いきなりこんな妹が増えても困るんだが?


「そう言えば……朱里?これからの動きはどうするつもりだ?」

「先に皆さんにはお話ししたのですが、この城は益州の国境近くにあります。今は、この城下の民たちが歓迎してくれていますので、少し休めるかと」

「兵も民も疲弊していますから、労う必要があります」

「それで、軍の体力が万全になれば、改めて蜀の劉璋の所へ向かうというわけですよ」


軍師が順番に説明してくれる。
なるほどねぇ、今はひと時の休息ってわけか。


「まだ益州に着いたばかりで、各地の情勢までつかみ切れていない。直詭殿、焦る気持ちも分かるが……」

「別に焦っちゃいないよ。ま、急かしたところでいい結果は出ないな」

「そういう事だ。それより、新たに加わった仲間と、ここまで無事にたどり着けたことを祝して宴でもやらないか?」


星の発言にみんな驚いてた。
そりゃそうだろう……
到着してまだ数時間も経ってないんだ。
ちょっとぐらいは休ませろ。


「宴かぁ〜……いいね、それ!」

「と、桃香様?!」

「いや、俺も賛成ではあるけど日は改めようぜ?それとも何か?ここにいる全員、今から酔いつぶれるまで呑む体力でも有り余ってるってのか?」

「鈴々は大丈夫なのだ!」

「私も酒なら負けないぜ?」

「だ、だが、しかしだな……」

「おや?愛紗は酒に弱いと?」

「そ、そんな訳あるか!一樽でも飲み干してやるさ!」


あー……武官が完全に飲む空気出してやがる……
おい軍師諸君、何とかこのバカ騒ぎを治めるんだ!


「はわわ……ど、どうしよう?」

「朱里ちゃん、考えればうまくいくはずだから……」

「うゆゆ……でも、武官の皆さん呑む気満々だよ?」

「これだから脳筋連中は……」

「え?え?他の水面諦めておられるのですか?!」


あ、ダメだ。
軍師連中が諦めムードだ。
くそ、何か対抗策を……
……出るわけないよなぁ……


「では、いっそこのまま酒宴と行こう。肴はないが、これだけ豪傑が揃っていれば、話が十分に肴になろう」

「あー……いないと思って聞くけど、日を改めるって言う案に賛成の奴、挙手」


誰も上げるわけないよねぇ、分かってましたよ……
おいそこの軍師、手はもっとはっきり上げろ!
わかったわかった、わかりましたよ!
呑みゃあいいんだろ呑みゃあ!!











「──というわけで、乾杯!」

「「「「「かんぱ〜い!!」」」」」


ハァ、結局始まったか飲み会……
元から城にあったものや民からのお祝いの品だとかで、酒はかなりの量が確保できた。
肴はないとか星が言ってたけど、そのお祝いの品の中には簡単な料理とかもあって、それを宴会に出してきた。
……悪酔いしないよう気を付けるか。


「いっちばーん、鈴々!この大樽空けるのだぁ!!」

「初っ端から飛ばすなぁおい」


てか、あの体のどこにあれだけの量の酒が入るんだ?
物理法則無視してるような……
……いや、深く突っ込んだら負けというやつだこれは……


「いいぞ〜鈴々!」

「翠姉様、もうちょっとお上品に飲んでよ〜」

「何言ってんだ!酒宴ってのは騒いで楽しむもんだろ?」

「どう思う直詭兄様?これがたんぽぽの姉様なんだよ?!」

「俺に回答を求めるな」


親睦会ってこともあるし、結構無遠慮に接してくるな、翠も蒲公英も。
さて、他の面々はどうなってることやら……


「愛紗ちゃ〜ん。こっちの料理もおいしいよ〜」

「桃香しゃま、しょれは私ではありましぇん」


お前ら酒瓶と会話して楽しいか?


「ほらほら〜鈴々ちゃんも頑張ってるし、私も頑張ったほうがいいよね〜」

「でしゅが桃香しゃま、程々にしておいた方が……」

「大丈夫だって〜……ヒック……まだまだ全然酔ってないから〜」


酒瓶に抱き付くな。
いやはや、漫画だけだと思ってたけどこんな人種ほんとにいるんだな。
変に感心してるってことは俺も酒が入っておかしくなってるのか?
……ま、気にしないようにしようそうしよう。


「はーい、皆さんお待ちどうさまー」


ん?
摘里が何か持ってきたな。
料理の追加か、あれは。


「ほぉ?摘里、お主料理ができるのか?」

「摘里ちゃんは私たちに教えてくれたほどです。味は期待していいですよ」

「そうなの?んじゃ、この点心でも」


雛里が持ってきた皿の上から小さい転身をもらって口へ。
うん、確かに美味いな。
確実に俺がこの世界に来る前に喰ってたものよりは美味い。


「てか、朱里たちは呑まないの?」

「はわわ!わ、私たちはみなさんが酔いつぶれたと器用に──」

「そう言って呑み慣れていないだけであろう。ほれ、朱里」

「ちょっと星さん何を──うぶっ!?」


……徳利を口に突っ込みやがった。
だ、大丈夫か?


「お、おい、朱里?」

「にゃんでしゅか?」

「(出来上がるの早ぇな……)」

「ふふふ、これはなかなか」


星のおもちゃが出来上がったようだし、可愛そうだがそのまま生贄になってもらおう。
俺は今逃げられないし、周囲を気遣うだけしかできないんだよ……


「しっかしほんと、あんたたち仲良いわね」

「詠か。呑んでる?」

「酔わない程度には呑んでるわよ。仮にも給仕だし、月の面倒も見なきゃいけないし」

「月さんは?さっきから見えないけど?」

「長旅で無理したみたいだから、先に休んでるわ。ほんとはボクも疲れてるんだけど……」

「なら休んで来たら?星にさえ見つからなけりゃ逃げ出せるだろ?」


とは言え、この場から誰も逃げださないように気を張ってるんだよなぁ星の奴……
チャンスも少なそうだし、このまま朱里にだけ気を向けていてくれれば──


「直詭殿?先程から手がお留守のようだが?」

「んなことはない。と言うか注いでくんない?」

「ほぉ?この私に酌をさせようと?」

「見て分かるくせに……動くに動けないから手を貸してくれって言ってるんだよ」


全員床に座ってるこの状況。
勿論例にもれず、俺も床に胡坐をかいてる。
ただ、その膝を枕に恋と音々音がすっかり寝ちゃってる。
恋はともかく音々音まで寝てしまうとは意外だったな……


「ほらほら。直詭、酌なら私がしてやるよ」

「あぁ白蓮……ありがと」

「ん?何かあんまりありがたみを感じないんだが?」


そりゃそうだよ。
こっちは星を詠から引き離そうと思って提案したのに……


「そいや白蓮、袁紹たちはどうした?」

「到着するや否やさっさと寝ちゃったよ。部下の二人は起きてるけどな」

「まぁ、あいつららしいといえばらしいか」


……でも、こういう酒宴は確かに楽しいもんだ。
皆で食べて飲んではしゃいで……
それは生きてるってことを実感できる何よりの証。

ここまでの道中、逃げ出したいって思ってた人間も少なからずいるんじゃないのかな。
もちろん、桃香をはじめとする主だった面々は別だろうけど。
兵や民はきっと、戻りたいなんて考えてたかもしれない。
でもこうやって生きているんだ。

体に染み渡る温かみや、両ひざにかかる重みが如実に命を物語ってくれる。
これからもこうやって生きていこうと心に誓うことができる。


「(明日を迎えられることに、最大の感謝を込めて──)」


桃香の理想実現のために。
何よりみんなで生きて帰るために。
まずは今日この日を祝おう。


「改めて、乾杯」









後書き

ちょっとひと段落付けます。
原作の方でもここで一度イベントはさむようなので、私も併せてイベントはさみます。
ただ、その前に別のイベントを投稿しようと思ってます。
本編とは違うスタンス(?)で投稿する予定なので、少々お付き合いいただければ幸いです。




では次話で



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