「…………………………」


今俺は思考が停止している。
何故なら、少し腹が減って厨房に向かい、軽いものをつまんで帰ってきたら、部屋の様子が変わってたからだ。
一言で済ませば、ベッドで摘里が寝てる。
まだ夕飯の前だぞ?


「……おい、摘里」

「……むにゃむにゃ」

「……チッ」


起きる気配が一向にない。
まぁ邪魔されるわけでもないし放っておくか。
てか、なんか顔が赤いように見えるんだが……?


「でへへへへぇ……直詭しゃん(直詭さん)そげなところば触っちゃいかんたいぃ(そんなところ触っちゃだめですよぉ)……」


どんな夢見てんだ?
なんか俺が夢の中で犠牲になってる気がする。
てか、なんかすげぇ訛ってなかったか今?
いつもは普通に喋ってるくせに……
……このまま放っておくと、なんか訳分からんこと言いそうだな。


「摘里、起きろ」

「……うぅ〜……ふえぇっ?!」


あ、起きた。


「な、直詭さん?!なしてわちきん部屋にいると(なんでわちきの部屋にいるんですか)?!」

「訛ってる訛ってる……てか、ココは俺の部屋だ」

「あ……あああああああああああっ!!」


な、何だ?!
何を急に騒ぎ出してんだ?


「き、聞きましたか?わちきの──」

「寝言からちょっとだけな」

「あああああああああああああ……………」


頭抱えて蹲りやがった。
聞かれちゃマズいとかか?
別に気にしないのに。


「もしかして、いつも無理して喋ってるとか?」

「だって、変じゃないですか!わちき、この口調のせいでどれだけバカにされたと──」

「分かった分かった悪かった。だから落ち着け」

「うぅ〜……」


そう唸るな。
俺にとっちゃ新鮮だし、聞いてて不快でもないし。


「バカにしないから普通にして見ろよ」

「嫌です!直詭さん、絶対バカにしますから!」

「しねぇって」

「します!」


いつも適当なくせに、何でコレに関しては強情なんだよ……
ここまでされると逆に聞いてみたいな。


「いいから、普通にしろよ」

「うぅ〜……!」

「普通にしてくれたら、何かいう事聞いてやるから」

「……本当ですかっ!?」


なんか食いついてきた。
いや、別に普通に喋るだけだろ?
そんなに嫌なもんか?


「なら普通にしますけど……本当にわちきのいう事聞いてくれるんですよね?」

「聞ける範囲でな」

わかったんやけん(わかりました)!」


……急に変えてくんな。


「でもなんで嫌なんだ?それも個性だろ?」

「……昔、こん言葉遣いでぼんくらにしゃれたとたい(この言葉遣いでバカにされました)……」

「そうなのか?」

「はい……だから、こまめちゃんしてだけん(無理してでも)こん言葉遣いは使わんけんごとしてたたい(この言葉遣いは使わないようにしてました)


んー、ちょっと分かり辛いが……
でもなぁ、そういう個性って大事にしたほうがいいとは思うんだよなぁ。
もしも個性がなくなれば、世の中つまらないと思うんだよ。


「バカにされたとは言うけど、どんな風にだよ?」

言わなきゃいかんやか(言わなきゃだめですか)?」

「こうやってじっくり話すのも久々だし、教えてくれよ」

「……つまらんとよ(つまらないですよ)?」

「それでもいい」


摘里の事は、知ってるようで知らない。
お互い時間があったとしても、過去の話なんてしないしな。
お節介だと思われてもいい、少しは摘里の事が知りたい。
興味本位って言葉とは違う、上手く言えない感情が先走ってた。


前は普通に喋っとったんたい(以前は普通に喋ってたんです)

「うん」

だけん(でも)わかりにくかげな(わかりにくいとか)田舎くしゃいげな(田舎くさいとか)陰でコソコソっち言われるこつのえらいたくさんなったけん(陰でコソコソ言われることが多くなりました)


……それは、辛いな……


だったいん(だんだん)わちきん耳にもそん噂の入るごとなっち(わちきの耳にもその噂が入るようになって)……“やめてほしか”っちもいったんたい(“やめてほしい”とも言ったんです)だけん(でも)そげな言葉ば使っちるんはわちきだけだっち(そんな言葉を使ってるのはわちきだけだと)逆にぼんくらにしゃれて(逆にバカにされて)……」

「それで、無理してでも周りと同じように喋ろうと?」

そーたい(そうです)……頭ん良し悪しでぼんくらにさるるんはよかんたいばってん(頭の良し悪しでバカにされるのはいいんですけど)言葉はなしても(言葉はどうしても)……わちきだけやなくて(わちきだけじゃなくて)親までぼんくらにしゃれとうちゃうで(親までバカにされてるようで)……」

「……周りの、それこそ大人には相談しなかったのか?」

相談はしとった(相談はしました)だけん(でも)味方になっちくれる人はいまっしぇんやった(味方になってくれる人はいませんでした)どん人も「わちきの慣れるしかん」っち(どの人も「私が慣れるしかない」って)……」

「……………」


随分と辛い境遇だったんだな。
こんな風にでも話してくれなかったら、知る由もなかった。
ただ──


「……気持ちは、分かる」

慰めはよかばい(慰めはいいですよ)……」

「慰めじゃない。似た者同士だ、俺もな」

「へ?」


……この話をするの、随分と久しぶりだ。
こっちの世界に来てからは初めてかもしれない。
ちょっとくらい喋ってもいいだろう。
摘里にばっかり辛い話をさせるのはどうかと思うし……


「俺の話も少しつまらないが……まぁ、似た境遇だと思って聞いてくれるか?」

そいはもちろんよござすばってん(それはもちろんいいですけど)……」

「……摘里はさ、俺の顔見てどう思う?」

おなごしん子っぽくっちむぞらしかたい(女の子っぽくって可愛いです)

「……すまんが標準語でもう一回」

「女の子っぽくって可愛いです」

「……お前もか」


ま、まぁ、この辺の感じ方は諦めよう。
俺もいい加減に慣れたほうがいいのかもしれんが……


そいのどげんしたんたい(それがどうしたんです)?」

「……元いたところでな、俺も随分からかわれたんだ。男か女かややこしいってな」

「……え?」


顔立ちはいいとか思われてるんだろうけど、実際経験してみると気分は悪い。
小学生の間くらいまでなら、そんなに男女の違いはないからいい。
ただ、思春期間近の中学生からは、随分とからかわれた。
他の男子に、「お前なら着替え中の女子更衣室に紛れても大丈夫なんじゃねぇ?」とか、そんなことも言われたっけ……


「摘里の言葉遣い同様、俺のこの顔立ちも親からもらったもの。慣れろなんて言葉で簡単に済ませられるもんじゃない」

ばってん(けど)味方のいなかった(味方はいなかった)……?」

「御名答……家族親戚以外からは、それこそ本当に女扱いされたことだってある」

「……そん時(その時)直詭さんはどげんしたとね(直詭さんはどうしたんですか)?」

「……抗ってみた。相手が参ったって言うまで」

「……………」


俺にしてみれば、それしか手段がなかった。
整形するとか、そんな大それたことをする気はなかった。
同時に、この顔が嫌だと思ったこともない。
だから、相手に認めさせるよう頑張った。


「当然ながら、そう簡単に参ったとは言ってくれなかった。心が折れそうになる時もあったし、いっそのこと“女”として生きてやろうかとも思った」

やい(じゃあ)なして諦めなかったと(じゃあ、何で諦めなかったんですか)?」

「……んー、そうだな……だって、諦めるってことは負けを認めるってことだろ?それはつまり、“相手に合わせて生きる”ってことだ」

やけど(だけど)やけど辛しゅぎるじゃなかやか(だけど辛すぎるじゃないですか)ばってん(だっって)……諦めた方のどぎゃしこ楽で(諦めた方がどれだけ楽で)……!」

「それでいいのか?本当に?」

ちゃくなかたい(よくないです)だけん(でも)ばってん(でも)……!」


いつもらしくない、摘里の強い言葉。
摘里の言いたいことも分からなくない。
俺も何度か諦めようと思ったことはある。
でも、その度に思ったこともある。


「諦めかけた時、いつも思い出した言葉がある」

なしけんしゅかそい(なんですかそれ)?」

「親父からの格言だよ。“諦めることは誰でもできるし楽な解決法だ。でももしも、あと一回諦めなかったら、違う結果が得られるかもしれない。なら、あと一回だけ頑張ってみろ”ってな」

「……夢物語たい(です)

「かもな。でも、俺はこの格言に救われてきた」


あと一回が、あと1000回の先かもしれない。
そんな荒唐無稽な話かもしれない。
でも、諦める直前にいつも、この格言が頭の中で響いた。
だからか、俺は今でも、ちゃんと“男”としていられる。


強かやね(強いですね)……ちかっぱ真似しきらんたい(とても真似できないです)……」

「真似する必要はない」

「……たいばってん(ですけど)──」

「別に、この格言があるからって、諦めることが決して悪いことじゃない」


諦める必要がある時もある。
否が応でも諦めなきゃならない時もある。
諦めること=弱さとは違う。


「耐えられなかったんだろ?」

「……………」

「自分を守るために諦めたなら、それは弱さじゃない。諦めることが間違いだなんて言わないし、これからは普通に喋れとも言わない」

「直詭しゃん……」

「ただ……もしよかったらでいい。俺には摘里の“普通”を見せてほしい」

そいっち(それは)……告白っち受け取っちもよかと(告白と受け取ってもいいんですか)?」

「……バーカ」


こんな時に告白とかするような軽い男に見えてんのか?


「……なんやか(何だか)しゅっきりしとった(すっきりしました)

「そうか?」

直詭しゃんんお蔭とよ(直詭さんのお蔭ですよ)

「……力になれたなら、まぁいいか」


寝てる時から、ほんのりと赤い顔。
そのまま、摘里は無邪気に笑顔を向けてくれた。
さっきよりも赤みが増したのは気のせいだろうか?


これはなんかお礼ばせないけまっしぇんね(これは何かお礼をしないといけないですね)

「礼とかいいよ。俺は思ったこと、今までやってきたことを言っただけだ」

たいばってん(ですけど)直詭しゃんんお蔭で(直詭さんのお蔭で)今ちかっぱ気持ちの楽になりよったんは事実たい(今とても気持ちが楽になったのは事実です)

「とは言ってもだなぁ……礼って何するつもりだよ?」

何ねよござすか(何がいいですか)?」

「気にされるようなことしてないしなぁ……」

やい(じゃあ)わちきのしたばいおろうにしてよござすか(わちきのしたいようにしていいですか)?」

「変なことじゃなけりゃな」


っておい……
俺の膝の上に座って何する気だ?
しかもこっち向くなって、顔の距離が恐ろしく近いだろうが。


「わちきっち、意外っち独占欲強かっちゃん(意外と独占欲強いんですよ)?」

「だから何だってんだ?」

チューしゃせちゃんない(チューさせてください)

「……何だって?」


今こいつ何を言いやがった?


「むぅ〜……夢ん中なら素直にしゃしぇてくれたんに(夢の中なら素直にさせてくれたのに)……」

「いや、だから、だな……」


──チュッ


「……ちょ、お前!」

ちょー(ちょっと)まだ終わっちなかとよ(まだ終わってないですよ)

「終わってないとかどういう──んむ……」

「ちゅ……れぉ、あむ……むぅ……んちゅ──」


て、徹底的にやりやがった……
舌まで入れやがってからに……


「エヘヘヘ……ほんんお礼たい(ほんのお礼です)

「……ハァ」


いきなりキスとか何事かと思うわ。
しかもかなり情熱的と言うか、すんごいキスだったし……


これで満足たい(これで満足です)

「礼じゃなかったのか?」

「お礼も兼ねて、お願いば聞いてもろうただけたい(お願いを聞いてもらっただけです)♪」


……ったく、ちゃっかりしてやがる。


これから直詭しゃんにな(これから直詭さんには)こん言葉遣いでよかばいね(この言葉遣いでいいですよね)?」

「話したいと思う方で話せばいい」

「はい♪」


やたらと嬉しそうだな。
……って、そのまま抱き付いてくんなよ……
まったく……


「ま、俺もどこかスッキリしたかな?」


言葉に出してみて、改めて親父の格言が身に染みた。
あと一回、諦めないで見よう。
そうしたら、きっと──




後書き

めんっどくさかった!
方言翻訳サイトは便利ですけど、いざやってみると面倒くさいことこの上ない!
もうしばらくはやんない!
絶対読むほうも疲れるでしょうし。
勿論、某人魚の漫画が好きだからやってみただけですので……

では次話で



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