南蛮に対しての守備に就いた日から、あっという間に二か月ほど過ぎた。
その間も侵攻はあったりしたが、以前と比べればまだまだかわいいもの。
……紫苑は俺のお蔭だというが果たしてどうだか……

んで、五胡との戦に向かった方は、意外とすんなり終わったらしい。
予想を裏切って、ある程度脅かしたらすんなり撤退したとのこと。
武官文官問わず、この五胡の動きは不気味と感じている。
……まぁそりゃそうだろう。
侵略の意を示しておきながら、引き際が潔すぎる。
ただ、相手の真意を量ろうにも、五胡の情報は極端に少ない。
警戒は解かず、様子を伺うというのが一応の方針になったそうだ。


「……………」


あ、ちなみに今、俺は部屋の机の上に地図を広げてる。
南方を守備するにあたって、砦の一室を借り受けてあって、その部屋ってことになる。
妥当なものがなかったから、色々適当に駒代わりに地図の上に置いてある。
コップだとか硯とかな。
この駒は、各勢力の主力が固まってる場所に置いてある。
桃香の蜀・曹操の魏・孫策の呉・南蛮・五胡・その他諸々……


「曹操がこう動いて、孫策はこう……朱里たちが言うにはこんな感じに動くんだったよな」


現在、主要な三国と言えば、蜀・魏・呉の三つだろう。
んで今、魏も呉も勢力をより盤石なものにするため、領土の拡大の政策をとっている。
曹操は主に西方、孫策は南下って感じに。
この領国の動きを見て、軍師たちの意見は一つに絞られていた。


「……いずれ来るであろう、決戦の時の下準備、か」


それは当然と言えるんだろうな。
さっき言った、主要三国の長たちの望むもの。
それは天下統一であり大陸平定──
その野望を叶えるには、大国となった他の二国が邪魔となる。
いずれは、これまでにないほどの大きな戦が始まる。


「……さて──」


桃香の代わりの駒に手を伸ばす。
他の二国に後れを取るわけにもいかない。
この駒だって領土拡大を図る必要がある。


「北は魏、東は呉、西は五胡、南は南蛮。俺が知る歴史だと、この駒はこう動く」


南蛮の地に置いた駒の隣へと、桃香の駒を並べる。
そう、南征だ。
仮に歴史を知らなくても、この駒の動きがごく自然であることは分かる。
北も東も強国だし、西は不気味と来てるからな。

ふと、三国志演義での蜀と南蛮との戦いを思い浮かべる。
確か南蛮の長は孟獲。
この世界でも多分そうなんだろう。
別にそれはいい。
……問題は別にある。


「五胡同様、南蛮に関しても情報が少なすぎる……」


俺が知ってる歴史と、この世界での出来事で、異なることは山ほどあった。
きっと、南蛮制圧の戦でもそういう部分は出てくるだろう。
それもあって、俺は今までただの一度も、元いた世界の歴史を誰かに語った事なんかない。
勿論、言わなかったことを後悔したことだってある。
ただ、あくまでそれは、俺個人での問題であって、他の誰かを巻き込む必要のないものだ。

だから、情報と言うのはかなり重要なものになってくる。
俺を含めた大勢が関わることだからな。
んで、南蛮なんだが、朱里たち軍師から一応どんな感じかは聞いてある。
……聞いてはあるんだが──


「未開の地と言うだけあって、何が出てきてもおかしくない、か」


今のところの情報だと、ザ・密林って言うイメージだけしかない。
もしも、俺の知ってる知識が役にたつなら、それはそれでいいんだが……


「演義の中だと色々出てきたからな……それが全部当て嵌まるわけでもないし……かと言って無策に突っ込むのもどうだか」


ただ、放っておくには被害の規模が大きい。
以前追っ払った連中みたいのが南蛮兵だとすれば、戦闘もさほど難しくないとは思う。
……ただなぁ……


「逆にああいうのに弱いのがこっちにはチラホラいるしなぁ……」


何て言うか、小動物的な可愛いものに弱い奴って言うのか?
恋も多分かわいがるだろうし、何より愛紗だ。
武官筆頭と言ってもいい腕前のくせに、そういうのにはとことん弱い。
……ちゃんと戦えるかは甚だ疑問だ。


「……そういや、こっちの世界の孟獲ってどんな感じなんだろうな」


何気なく、というよりはほぼ無理やりに思考の方向性を変えてみた。
演義では誇り高くて野蛮って言うイメージだったかな。
だとして、こっちではどうなるか……

南蛮兵たちの攻め方としては、侵攻って言うよりは略奪だ。
食料や金品を中心として、とりあえず目についたものを持って行った感じ。
ただ、それだけだと相手の人物像なんてとても想像できない。
そう言う経験はこれまでに何度もしてきた。
良い意味でも悪い意味でも、な……

……でもよく考えると、それがプラスになったことは無いな……
人物像を想像するって言う意味合いでの話だが。
現に今もこうして、孟獲の人物像が分からないでいるわけだし……
んで、えっと、あー……──

「──あ゛〜〜〜……!ダメだ、思考が悪循環してやがる。何もわかんねぇ……」


ベストどころかベターな案さえ出てこねぇ。
今更過ぎるが、一刀と同じ陣営に居たかったとさえ思う。
こういう時はどうするか聞けるし、同じ境遇の奴が傍にいてほしいもんだ。
……くそっ、無い物強請りまで始めたよ俺……


「……………寝よ」


何も思い浮かばねぇし、無駄に考え事してても疲れる。
いや、思い浮かばないことは無いな。
逆に思いつき過ぎて絞れないってのが本音か。
どれが良策なのか分からないから悩んでるんだな。


コンコン


ん?
紫苑か?
……いやでも、確か紫苑は砦にいる人たちとの会議とかだったはず。


「誰?入っていいよ」

「おにいちゃん、こんばんは」

「璃々ちゃん?もう結構遅いけど、まだ寝てなかったの?」

「おにいちゃんも寝てないよね?」

「まぁ、そうだけども……」


まさか璃々ちゃんに言い負かされるとは思ってなかった。


「紫苑は?」

「お母さんはまだお仕事で、みんなと話してるの」

「それで俺の部屋に来たの?」

「うん!一緒に寝よ!」

「……ま、いいか。ちょうど寝ようとしてたし」


璃々ちゃんと一緒にベッドに横になる。
しかし、さっきまでバカみたいに考え事してたんだ。
頭は覚醒しきってる。
……これ、寝れるか?


「おにいちゃん、どうかしたの?」

「……ちょっと考え事し過ぎちゃってな。目が冴えてるんだよ」

「じゃあ、何かお話して?」

「お話?」

「うん♪お母さん、時々してくれるよ」


お話ねぇ……
桃太郎とか輝夜姫とかそういうのだろう。
でもこっちの童話とかはあんまり知らないしなぁ……


「どんなお話がいい?」

「んーっとね……じゃあ、おにいちゃんのお話がいい」

「俺の?」

「うん♪おにいちゃんの昔話聞きたい」


そう言うリクエストが来るとは思ってなかったな。
俺の昔話、か。
分かるように話すのは難しいぞ?


「ちょっと難しい話になるけどいいか?」

「うん」


……さて、どこから話すか。
この世界に来るよりも前の、生まれてからの事の方がいいかな。
なら、時間の歯車を巻き戻そう。
時の流れに逆らって、過去に進んでいこう。
俺が歩んできた道のりを、ゆっくりじっくり見て歩こう。











ある街に、一人の少年がいました。
見た感じ、どことなく女の子に見える、でも他の皆と同じような、これといった特徴のない少年でした。
頭がいいとか、喧嘩が強いとか、そんなことは無く、比較的普通な少年です。
少年はそのことに不満を持ったことはありません。
普通でいられることを、むしろ幸せだとも思っていました。


少年が生まれ育ったのは、とても平和で静かな街。
誰かが傷つけあったりすることもない、とても穏やかな街です。
その街の中で、少年はたくさんの愛を受けて育ちました。


中でも、両親からの愛が大きいと感じていました。
父親も母親も、とても器の大きな人で、少年が間違いを犯しても笑顔で正してくれる、そんな人でした。
勿論、時々怒ることもあります。
でもその原因が少年自身にあることを、少年は理解しているので、怒られても不貞腐れるようなことはありませんでした。


少年は幸せを感じて生きていました。
ただ、どうしても両親に言えない悩みもありました。
それは、周囲から女の子として扱われることです。
幼いころは、まだそれほど気にするようなことでもありませんでした。
でも、だんだん成長してきた少年は、ちゃんと男の子として見てほしいと思うようになります。


ある日、少年は友達に言いました。
「女の子扱いしないでほしい」と……
でも、みんなの態度は変わりませんでした。
それはとても辛くて、寂しい事でした。


「おにいちゃんは、それでどうしたの?」

「最初はね、辛くて泣いたこともある。でも、頑張ってみたんだ」


……少年は、父親から教わっていた言葉がありました。
「あと一回だけ諦めないで見たら、世界が変わるかもしれない」
だから少年は諦めませんでした。
みんながなんと言おうと、自分は男だと言い続けました。


勿論、最初から上手くいくわけありません。
笑われたりバカにされたり、少年を男として見てくれる人はとても少なく、辛い日々が続きます。
それでも少年は諦めず、みんなに言い続けます。
いつまで続くか分からない戦いに、少年は身を投じていきました。


それからどれだけ経ったでしょう。
少しずつ、少年を男として見てくれる人が出てきました。
少しずつ少しずつ、でも着実に、女の子扱いしない人が増えていきます。
少年が16歳になるころには、周りの皆はちゃんと男として見てくれるようになっていました。


「おにいちゃんすごーい!」

「ありがと。でも、大変だった」

「でもでも、頑張ったから、みんな言わなくなったんだよね?」

「そうだよ」


……それから、少年は両親の元を離れて学問を学びに出ます。
当然、今まで出会ったことのない人たちの中に飛び込むのです。
また女扱いされるかもしれないという不安もありました。
でも、一度乗り切った自信もあります。
だから、迷うことなく飛び込んでいけました。


新しい場所でもすぐに友達は出来ました。
女扱いされることもありましたが、少年はもう気にしません。
認めてくれる人がいるという事実を知っているからです。


そして少年は、そこで色々な学問を学びました。
体力をつけるため、武道も学びました。
呑み込みが良かったのか、それとも少年に合っていたのかは分かりません。
でも、周りの人たちよりも優秀な成績を収めるようになっていきます。
このことで、少年は新たに自信を付けることができました。


やがて、周りの人たちが女扱いすることは無くなってきました。
少年の努力を、認めるようになってきたからです。
おかげで、学問を学んでいる間、少年はとても満足していました。


「……じゃあ、なんでおにいちゃんは、ここに来たの?」

「……それがな、俺もよく分からないんだ」

「そうなの?」

「あぁ……」


ある日、少年は一日の勉強を終え、布団に入って眠りました。
その日は別にこれと言った夢も見ませんでした。
何かが違ったかと言われても、何の違いもありません。
ごく普通に、眠りについただけです。


朝、目を覚ますと、少年は布団の中に居ませんでした。
見たこともない場所に、ポツンと放り出されていたのです。
何が何だか分かりません。
頼れる人もいません。
少年は、途方に暮れることになります。


でも、すぐに助け船が出ました。
偶然通りかかったある少女が、一緒についてきていいと言ってくれたのです。


「それって、誰のこと?」

「恋だ。一緒に音々音もいたな」


そこから、少年の生活はガラリと変わりました。
中でも一番大きく変わったのは、戦の中に身を投じることになった事です。
今まで誰も傷つけたことのない少年は戸惑いました。
でも、戦は待ってくれません。
何度も苦しい思いをしながら、少年は戦い続けます。


きっとこれからも、少年は戦い続けることになるでしょう。
これからもきっと、少年は苦しむことになるでしょう。
でも、少年には仲間がいます。
苦しみや悲しみを共に背負ってくれる仲間がいます。
だからこれから戦い続けることになっても、これからどんなに後悔することがあっても、少年は戦って行けるでしょう。
みんなが周りにいてくれる限り……











「んー……自分の事となると難しいな」

「そんなことないよ?とっても面白かった」

「そうか?」


まぁ、璃々ちゃんが面白がってくれればそれでいいか。


「……てか、話に夢中で寝ようとしなかったな?」

「えへへ」

「ったく……じゃ、寝ようか」

「うん♪」


布団を顔までかぶって、俺の腕を枕ににこにこと目を瞑る璃々ちゃん。
楽しい夢でも見てくれればいいんだがな。


「(それにしても……懐かしいな……)」


昔、一緒にいた友達の事。
色々言いあいながらも、互いに思い合って過ごしてきた。
あの日々が無駄だったとは思ったことないな。


「(……やっぱり、もう戻れないんだろうな)」


今、あいつらは俺がいなくなってどう思ってるんだろうか。
父さんや母さんも、どれだけ心配してるんだろうか……
……そういう部分を考えると、やっぱり戻りたいとも思う。

でも、こっちの世界に嫌ってほど関わった。
今更全部投げ捨てて戻るわけにもいかない。
璃々ちゃんに話した物語の終わりで言ったっけ、俺は戦って行けるだろう、って……
本当はそうじゃないな。
戦っていかなきゃいけないんだ。


「(自分の為にも、みんなの為にも、そして──)」


──俺が奪ってきた命の為にも……
……何だ、ちゃんと自分で理解してるんじゃないか。
何も難しく考える必要なんてなかったな。

これからも戦って行けばいいんだ。
戦って、生き抜いていけばいいんだ。
誰かの理想を叶える為にも、誰かの命を紡いでいく為にも。
これだけわかってるのに、何を悩んでたんだか……


「もう、迷う必要ないな」


後は、目を瞑って眠るだけ。
穏やかな心なら、すぐに寝れるだろう。
……おやすみ。
























後書き

この話のせいでペースが乱れたんだ!(オイ
昔話を書いてみたいと思いながらもどんな形にすればいいか分からず試行錯誤……
結果がこれです(´・ω・`)
情けない作者ですいません。
ちょっと紫苑に叱られてきますb


では次話で



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