「……朱里、俺の背中に隠れてないでちゃんと面と向かって話せ」

「あぅ……」


呉の小覇王の名は伊達じゃない。
少しだけ覇気を出しただけで朱里が俺の背中に隠れてしまうほど。
まぁこの程度なら俺は問題ないからいいが……
でも、一応は同盟の話し合いだし、もうちょっと穏便に行きたいところだ。


「それで孔明。呉と蜀の同盟の話だが……」

「はい。曹操さんの勢いを阻止するにはそれ以外の答えに行きつきません」

「やはり、か」


周瑜も同じ考えだったらしい。
朱里の話に同調するのが早いからな。


「うーん、私も同盟の話には賛成なんだけどねぇ……」

「何か問題あるか孫策?」

「分かるでしょ?あなたたちが信用に足るかどうか、信じていいのかどうか、よ」

「まぁそう来るとは思った」


摘里にした足並み云々の話の前に、互いを信用する。
同盟においては最も重要なポイントだ。
ただこれは、いくら言葉で説明したって殆ど意味をなさない。

理由は至極簡単。
人は嘘を吐く生き物だからだ。

100%真実しか喋らない人間がいるならぜひとも見て見たい。
それくらいに人は嘘を吐く。
孫策が懸念するのもそこだろう。
こちらを信用したとして、その信用を裏切る可能性がないと言えるのか……
曹魏という大敵を相手にする同盟を組む以上、信用問題は相当重要だ。


「えと……直詭さん……」

「あぁ。孫策、仮にこちらが少しでもそちらを裏切るような言動をした場合、曹操に鞍替えしてもらって構わない」

「へぇー、そこまで言うんだ」

「こちらは裏切るつもりは毛頭ないし、信用に足る自信もそれなりにあるからな」

「ふーん……」


柔らかい表情で、それでいて真っ直ぐな瞳で孫策が俺を見つめて来る。
気恥ずかしさは覚えないが、心の内を見透かされてるような気分になる。
でも、不思議と嫌な感じはしない。
だから、俺も真っ直ぐ見つめ返す。


「いい目をするわね」

「お褒めに預かり光栄だ」


そこで、クスッと孫策が笑った。


「いいでしょう、蜀と同盟を組みましょう。私たちにだって余裕はないし」

「ホントですか?!」

「ただし……裏切った時は覚悟しておきなさいよ?」

「その必要はないな。裏切る気はないし」

「そう願いたいものね」


今は桃香に成り代わって喋ってるようなもんだ。
だから、今までの発言のほとんどは桃香の代弁。
桃香の考えや気持ちを汲んで、それをそのまま言っただけ。
だからか、同盟が成立して純粋に嬉しいとも思った。


「仮に孫策さんたちを裏切ったとしても、私たちには何の得もありません。今は……曹操さんの勢力を削ぐことが重要です」

「それには同感だ。して孔明、曹操の勢力を削いでどうする?」

「天下の美周郎さんなら……天下三分、と言えばご理解いただけるかと」

「そう言うことか」


流石は周瑜。
たったそれだけの言葉で、朱里のほとんどの考えを察したか。


「え?え?ねぇねぇ冥琳、どういう事?」

「曹操・劉備・そして孫策……これらが均衡を保ち、天下を三つに分けると言うことだ」

「えっと……──あ、なるほど!そんな考えがあったんだ」

「……姉様、どういうことですか?」


孫策は兎も角、孫権の方は分かってないらしい。
ま、孫策が察しが良すぎるだけだな、これは。


「曹操の魏・孫策の呉・そして劉備の蜀。この三つをそれぞれの天下として、力の均衡を保つことで、相互干渉を無くす。そうすれば、戦乱の世に民衆が巻き込まれることもなくなり、結果的に天下が平穏になる。だろ?」

「ですが、現在は曹操さんの勢力が大きすぎて、均衡を図ることができません。そのためにも、蜀と呉が同盟を組み、曹操さんの勢力を削がないと……」

「三国の力の均衡を図るために、か……」


ん?
孫策が難しい顔してる……
なんか問題でもあったか?


「どうかしたか?」

「良い案だとは思うけどね……劉備はその案に賛成してるの?」

「あぁ。桃香の目指すのは平和な世と人々の笑顔だ。前までは、乱世を鎮めて、大陸全土の人たちを幸せにするって考えてたよ」

「“前までは”ねぇ……今は違うの?」

「昔と今では状況が違う。暴政を敷く領主は駆逐され、勢力が集中している。曹操も孫策も、まぁ聞いている限りだが、良い為政者だってのは知ってるし、それならこれ以上の戦いの連鎖を断ち切りたい」

「……それは誰の為?」

「この大陸に住まう全ての人々の為……だろうな。暴政や悪政がまかり通っているなら、どの国もここまで強大になってないだろうし、それぞれの天下の中で幸せに暮らしてほしいんだよ」

「へぇ?随分と劉備を信頼してるのね?」

「でなけりゃ、ここまで一緒に戦ってきてねぇよ」

「それもそうね」

「……孫策も、相応に信頼させてもらえそうだけどな?」

「その根拠は?」

「きっと桃香と同じで、孫策も民の平穏と幸せを願ってると思うから……コレじゃダメか?」

「……………」


にやりと口元を釣り上げて、孫策は俺を見つめたまま。
でもその笑みは、俺の言葉が当たってるという何よりの証拠にもなる。
呉の小覇王……
果たして、本当に器の大きな人だと実感させられた。


「ふふっ……」

「雪蓮?」

「何でもないわ。いいでしょう、あなたたちの考えは理解した。私もその考えには賛成だし、天下三分が現実になるならそれに越したことは無いわ」

「ありがとうございます」

「では、具体的な話に移ろうか」

「はい。今、曹操さんはどのあたりにまで進出してきているのですか?」

「今は江陵までやってきている。我が軍の将が城に籠り、何とか抗戦してはいるが……」

「突破は時間の問題?」

「……だろうな」

「では……江陵は捨てるべきかと思いますけど……」

「江陵を捨てろ?!祭たちを見殺しにしろと言うのか!!」

「は、はわわわわわ……」


あーあ、また背中に隠れちゃってまったく……


「落ち着きなさい蓮華。まだ、孔明ちゃんの話を全て聞いたわけじゃないでしょ?」

「そ、それはそうですが……」

「……ハァ、朱里、続き」

「は、はい……」


そうそう、深呼吸して……
で、俺の後ろから出てくればもっといいんだが、孫権が睨んでるから無理か……


「えと……江陵を捨てるって言ったのは戦略的にって言うことです。江陵に籠る将兵を本隊に合流させて、各個撃破による戦力の損失を防ぐのが目的なんです」

「……しかし、江陵を明け渡せば、橋頭堡として利用されるぞ?」

「曹操さんが有利になるのは仕方がないかと……今は兵力を整えるのが先決です」

「百万対五万より、百万対蜀呉同盟七十万、てか?」

「はい、そちらの方がまだ勝敗の行方は分からなくなります」


まぁ同じ劣勢でも、それなりに数を揃えてるか否かでは変わってくるしな。
……んで、曹操との本格的な決戦。
この流れで、且つ俺が知ってる戦……
多分、これから起こる戦いは“アレ”なんだろう……
果たしてどうなるか……


「それで孔明、曹操と決戦して勝てる保証はあるのか?」

「保証は出来ませんけど……でも、見込みは充分にあると思います。そのためにも、この同盟が成立したことを魏に知らしめなければなりません」

「同盟成立を悟らせて、心理的圧迫感を与えるってこと?」

「孫策さんの仰る通りです。いくら巨大な曹魏とは言え、国境を接する二国と同時に事を構えるのは嫌なはずです」

「……となると、曹操が取る行動は、軍を退いて仕切り直しするか、呉蜀の連携が深まる前に一撃しようと動くか……この二つに集約されるな」

「多分、後者じゃねぇかな?」

「恐らく。だからこそ、蜀呉の兵を素早く合流させた後、この同盟を大々的に発表して、曹魏の兵隊さんたちを動揺させないといけないんです」

「そうすれば勝てる見込みも充分出て来る、か」


これからどう動くか、どう戦いが始まっていくか……
その形が明瞭に見えてきた。
孫策たちも大いに理解して納得してくれたような表情だ。


「ふむ……考えはよく分かった。私も孔明の推測に否はない」

「勝てる確率が上がるだけでも、十分めっけもんだもんね」

「なら方針は決定でいいか?」

「そうね。あとは、祭たちをどうやって退却させるか……」

「それならこっちで引き受けたらいいんじゃねぇかな?なぁ朱里?」

「はい」


俺に返事をした後、少しだけ朱里が考え込む。
これからどういう風に動かすか、きっと頭の中ではすさまじい思考の行き交いが行われてるんだろう。
こういう部分は本当に尊敬する。


「では、敵の後方を私たちの部隊で撹乱します。孫策さんたちはその隙をついて江陵の部隊に合流。その後は速やかに退却をお願いします」

「我らが退却するのはいいとして……孔明たちはどうする?」

「作戦が成功したら一度本国に引き揚げ、部隊を率いて孫策さんに合流しようと思います。その時間を稼ぐためにも、小部隊による攪乱行動が必要になってくるのですが……」

「それは私たちで引き受けるわ。そう言うのが得意な子もいるし……合流地点はどうするの?」

「それは周瑜さんにお任せします」

「大軍が合流できる場所と言えば……夏口辺りか」

「ではそこで合流することにしましょう」

「了解した」


これで完全に方針が決まったことになる。
さて、俺たちがすべきことも決まったわけだ。
頑張らせてもらうとしますか。


「では、私たちはすぐに軍を動かします」

「私たちもそうするわ……江陵の将兵の命、あなたたちに託すわ」











「──というわけで、私たちはこのまま江陵に向かい、曹操さんの軍の後方を攪乱することになりました」


桔梗が一っ走りしてくれて、出撃準備を整えてた愛紗たちと合流した。
同盟成立を聞いて、一番喜んだのはやっぱり桃香だったらしい。
愛紗からそう聞いたが、今は国境近くまで出て来るので我慢してもらってる。
すぐ合流するのが一番の目的だ。


「朱里、一番手っ取り早いのは?」

「ここより北方五里のところに駐屯している部隊を叩くのがいいかと」

「だが、兵も兵糧も多いわけではないぞ?」

「あんまり嘆いてもいられないって。で朱里、今回は出来るだけ派手に暴れろってことだよな?」

「はい。蜀参戦を演じたほうがいいかと思います」

「ならば、一気呵成に攻撃を仕掛け、撃破したらすぐに退散……で、いいかの?」

「それを基本方針にお願いします」


この場にいる将って言うと、俺・愛紗・桔梗・恋・焔耶の五人だ。
これでどれだけ派手に暴れらるか……


「じゃあ……摘里ちゃん、部隊の編制任せてもいい?」

「えぇっ?!そこは朱里ちゃんがやってよ?!」

「でも摘里ちゃん、敵の攪乱とかは得意だよね?」

「うゆゆ……分かったよぉ……」


お、珍しく摘里が本格的に軍師するのか。


「じゃあ、愛紗さんと直詭さんで先陣を切ってください。恋さんと焔耶さんは後詰、桔梗さんは全体の補佐をお願いします」

「承知した」

「後は……そですね……直詭さん、ご自分の牙門旗と一緒に恋さんの牙門旗も掲げておいてください」

「敵ぞビビらせるためか?」

「そです。恐らく後詰にまで出てもらう必要はないと思いますけど、一応」

「分かった」


相手にとって不足はない。
これが前座と言うなら快く踊ってやる。
さぁ、天下平定の為の戦の前舞台。
大いに躍らせてもらおうか。





















後書き

これから後書きどうするかも考えないとなぁ……
もう後は突っ走るだけだしw
いよいよ、恋姫史上最大の戦いが幕を開きます。
結末がどうなるか、出来る限り頑張ってみます。


では次話で



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.