「はわわ……どうしましょう……」


陣地に戻れば、皆が軍議を始めたところだった。
大した怪我とかもないようでホッとしたってのが本心だな。
辺りは夕日の色に染まり、気味の悪いほど赤が映えている。


「……周瑜、首尾はどんな感じ?」

「現状、敵の戦力を線上に釘付けに出来ている。今のところは最大の戦果……と言ったところだろう」


つまりは、頭が良いって部分を逆手に取ることに成功したって感じか。
これだけ全員が無事に帰ってきてるところを見ると、優位のまま撤退したってところか。
ただ、これからをどうするかが悩みどころって具合だな。


「この均衡も長くは続かないでしょう。あとは、どう策を仕上げるか、ですが……」

「例の策を実行するにしても、最大の効果を求めるには今の状況は素直すぎますね……」

「……つまりは、この状況をさらに混乱させないと、策を実行しても美味しくもなんともないってこと?」

「そうだ……で、お前は?」

「あ、わちき徐庶です。役立たず軍師としてよろしくです」


そんな自己紹介聞いた事ねぇ……


「……ねぇ、直詭さん──」

「却下」

「えぇーっ?!私まだ何にも聞いてないよ?!」

「桃香の事だ、どうせ俺の知ってる歴史ではどうだったか聞きたいんだろ?」

「あぅぅ……」

「前にも言った通り、よっぽどのことがない限りは俺は口を出さない。本気で勝ちをつかみたいなら軽率な真似はするな」


俺自身にも言い聞かせるように毒突く。
俺の反応を見てか、朱里も周瑜もホッとした表情。
ホラな、軍師だってこの反応だ。
沈黙は金雄弁は銀、ってやつだ。


「……なんじゃ、また軍議か。下手な軍議、休むに似たりじゃな」


突如、軍議の場に一人の女性が現れた。
やたらと刺々しいその言葉に、場の空気も張り詰める。
アレは確か、黄蓋、だったよな?
呉の面子との面通しの際にちらりと見た記憶がある。


「黙れ。高が前線の一指揮官が偉そうな口を叩くな」

「……ほぉ?冥琳よ、儂に喧嘩を売っているらしいな?」

「口の利き方に気を付けろ。私は呉の大都督。貴様は我が命を犬コロのように待っていればよい」

「犬コロ……じゃと?!我ら前線の将が命を的にして戦っていたからこそ、呉は強国として伸し上がったのじゃぞ!それを犬コロとは……!」


見ているだけでも分かる。
二人の間の熱が高まっていく。
その空気に誰も口を挟むことができない。


「冥琳!貴様、文官の分際で我らを馬鹿にするなど傲慢にもほどがあるぞ!」

「黙れ!呉の手足でしかない貴様らが、呉の頭脳である私に反論するな!己の身分を弁えろ!」

「身分じゃと……?汗に塗れ、血を流し……呉の繁栄のために命を懸けてきた我ら部将を、犬コロ扱いすることが、貴様の言う身分の違いか!」


……熱を上げていく二人に対して、俺は酷く落ち着いていた。
だからこそ、皆と同じように不安げな表情でいられる。


「我らが殿の囲い者が、主の寵愛を笠に着てよくぞ言うた!頭脳よりも肉体を駆使して王に取り入った、薄汚い売女風情が!誇り高き我ら武官を愚弄するなど百年早いわ!」

「……なにぃ?!」

「失せろ売女!貴様なんぞ、呉には要らん!」

「言うに事欠いて私を売女呼ばわりか……!」


怒り心頭に達した周瑜が、兵の一人を呼びつけた。
やや震えた兵士に、周瑜は怒り口調のまま言葉を放つ。


「祭……いや、黄蓋を縛り上げろ!上官に対する侮辱、命令不服従、主を冒涜する発言……命をもって償わせる!」

「お、お待ちを!黄蓋様は孫堅様時代からの歴戦の将……如何な発言があったとは言え、処刑と言うのは……!」

「黙れ!黄蓋は腐りきった呉の病巣!ここで排除しておくことに何の問題がある!」

「使えん者は切り捨てる……それが呉の大都督のやることとは……呉の未来もないの」

「まだ戯言を吐く余裕があったか……何をしている!早急に黄蓋を縛り上げろ!」


……え?
今、周瑜、俺を見たよな?


「……………」


次いで黄蓋にも視線を移す。
俺の視線に気づいたのか、黄蓋もちらりと俺を見てきた。
そして小さく、でも確実に、頷いて見せた。


「……………周瑜」


自然と、俺は口を出していた。
一瞬だが、周瑜の目が輝いたようにも見えた。


「……何だ?」

「あ、あの……この場で処刑と言うのはさすがにマズイ。魏の間諜も見ているかもしれないのに、呉の忠臣が死んだとなれば、魏の士気はますます上がる」

「私の決定に口を出すのか?分かっているのか?これは内政干渉になるんだぞ?」

「それでも、だ……こちらの士気も下がるし、処刑は、その……」


……演技が上手いとは思っていない。
ただ、出来るだけ怯えた風な口調に徹する。


「そうねぇ……冥琳、確かに祭の発言は不相応なものだけど、殺しちゃうのはさすがにどうかと思うわ」

「雪蓮まで……!くっ……!」


孫策にまで口を挟まれ、周瑜は苦悶の表情を浮かべる。
……この場にいる全員、そう見えただろう。
俺だってそう見えた。
ただ、ほんの一瞬、周瑜の口角が吊り上がったのには気付いた。


「……分かった。呉王にまで言われては、処刑は取りやめよう。だが、処罰は受けてもらう」

「甘やかされて育った飼い犬風情が、己の発言をそうも易々と覆すのか?青いのぉ」

「……っ!黄蓋を鞭打ちの刑に処す!早急に縛り上げろ!」


黄蓋の挑発はまだまだ続く。
それを受けて、周瑜の額に青筋が浮かぶ。
孫策も、それを見て一歩たじろいた。


「あ、あのぉ〜……」

「何だ劉備?」

「この時期に喧嘩するの、良くないと思うんですけど……」


流石に桃香も口を出すか。
ま、仕方ないことだ。


「しゅ、周瑜しゃん……せめて、刑罰は我々の目の及ばないところでお願いいたしましゅ……」

「こ、こちらの士気にも関わりましゅので……」


朱里と雛里が圧されたように進言する。
一度、周瑜が孫策に目配せし、大きなため息を吐いて口を開いた。


「……分かった……では、今日はこれで軍事行動は終了する。各員は陣地に戻って休養しておいてくれ」

「え?でも、あたしら、疲れるほど戦ったわけじゃないんだけど?」

「うむ。戦線が膠着している状態では動きが取りにくいというのは分かるがな……」

「のんびりしている場合でもないでしょう?」

「……決戦は明日だ。皆、休息を取れ」


誰の疑問に答えることもなく、周瑜は高圧的な口調で命令する。
その言い方に、愛紗たちが反論しようとする。
ただ、それを制したのは孫策だった。


「まぁまぁ。冥琳がああ言ってるんだし、皆休んでおいたら?」

「し、しかし……!」

「あ、愛紗さん。確かに休息は必要です。ここは従っておきましょう」


雛里がおずおずと進言し、不満たらたらながらもみんな軍議の場を立ち去った。











「何なのだあのやり取りは!!」


蜀の陣地に戻って、真っ先に吠えたのは愛紗だった。


「奴ら、ワタシたちを舐めてないか?」

「うむ。腹が立つのぉ」

「ホントだよねぇ……同盟してるんだから、少しは私たちの意見、聞いてくれてもいいと思う」


全員が全員、周瑜と黄蓋のやり取りに不満を持ってる。
あちらこちらから愚痴が飛び交う。
そんな中で、朱里と雛里は俺の方から視線を逸らそうとしなかった。


「あの……直詭さん……」

「どした?」

「さっき、どうして周瑜さんに口を出したんですか?」

「……………」


流石は軍師だ。
この辺の違和感には察してたらしいな。


「そう言う朱里も雛里も、口出してたよな?」

「はわわ……」

「あわわ……」

「ま、これくらいは説明してもいいだろう。みんな、ちょっと寄って」

「直詭殿?」


首を傾げるみんなを集める。
肩と肩とが触れ合ってるけど、この位しとかないと誰かが聞いてるかもしれないって不安がある。
幸い、ここは陣地の中央だ。
広々と見渡せるこの場所なら、誰かに盗み聞きされる心配もないか。


「俺が周瑜に口を出した理由だが……そう言う合図をもらったからだ」

「合図?なぜ直詭殿に?それこそ孫策殿や他の呉の面子でもよかったのでは?」

「その辺の意図はまたちゃんと説明する。ただ、あの二人の喧嘩は本気じゃないと思っておいて」

「本気じゃない?……ならば演技だとでも?」

「はい。恐らくは、軍議の席上であのような喧嘩をしたのは、その喧嘩……つまり周瑜さんと黄蓋さんの不仲を喧伝するためだと思います」


俺に続いて朱里が説明する。
やっぱり二人ともわかってたんだよな。


「喧伝?なんでそんなことする必要があるのだ?将の不仲なんて、弱点にしかならないのだ」

「普通の場合だとそうですけど……そこが周瑜さんの考えた策かと」

「策ねぇ……何だよ、その策っての」

「あわわ……えと……直詭さん……?」

「悪いけど、ここから先は言えない」

「何故?」

「前にも言ったように、俺の知ってる歴史と違ってる場合も考えられるからだ。取り敢えずは、二人は本気で仲違いをしてる訳じゃないってこと、納得しておいてほしい」


ま、すぐに納得できるわけがない。
みんな不承不承と言った様子だ。


「これから夜も更けます。ですが、何か起こるとすれば夜……みなさん、すぐに対応できるよう、心の準備だけは怠らないでくださいね」

「分かった」


そこで一度解散になった。
俺も一応は休息を取るために天幕へと向かう。
途中まで恋や音々音と一緒だったけど、二人は雛里に呼ばれて別れることになった。


「ふぅ……しっかし周瑜も酷だよなぁ……」


多分、あの時目配せしてきた理由──
俺ならこの喧伝の理由も知ってるから関わって来いってことだろう。
孫策が助け舟を出してくれなかったらどうなってたことか……


「(苦肉の策……恐らく、夜が更けてから黄蓋は曹操の元に……)」


知ってる歴史の上だと、そういう流れになってたはずだ。
ただ、向うには一刀がいる。
ここからは、本当に誰かが死ぬかもしれない。
……思わず、ゾッとするものを覚えた。


「…………………………あれ?」


おい、なんでお前がここに……?























後書き

さ、いよいよオリジナル路線スタートします、次話から(オイ
ここからどうなっていくか……
期待に応えられるかは分かりませんが、頑張って走ってみます。

では次話で



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