そこは、何もない黒一色の世界だった。
辺りを見回しても黒以外の何も見当たらない。


「(ココは何だ?)」


意識の中の世界ってやつか?
それともまた別の何かか?
コレに関しての説明がなかったってことは、これが試練とかいう奴なのか?


「(……何にしても、声は出しちゃいけないんだったな)」


しっかりと口を噤む。
ついでに大きく深呼吸、したつもりだ。
実際にできてるかは分からない。

音も光も感触も、ここには一切何もない。
その空間でどれだけ耐えられるかを試されてるんだろうか?
そりゃ、いきなりこんなところに放り出されたら声の一つも上げたくなる。
でも今の俺は、やるべきことがあってここに来ている。
声を出す理由は一つもない。


「(……とは言え、どのくらいかかるんだろうか?)」


儀式と一言に言っても、その種類は様々だ。
十数分で終わるようなものもあれば、何日もかかるようなものだってある。
痺れを切らして声を出してしまわないように、意識だけはしっかりと保つよう心掛ける。

ただ、感触さえ無い世界だ。
今、目を瞑ってるかどうかさえ分からない。
本当に口を閉じてるのかさえ分からない。
ひょっとしたら、すでに声を出してしまってるのかもしれない……
そう思うと、妙に怖くなる。


「(余計なことは考えず、言われたことだけに集中するか……)」


俺の為に行ってくれてる儀式だ。
無意味なものにしたくないという思いもある。
だから、一つの思考に絞って集中する。


「(──消えたくない)」


俺と一緒に戦ってくれた人の為に……
俺に笑顔を向けてくれた人の為に……
俺のことを想ってくれた人の為に……
俺が想う大切な人の為に……!

これはただの通過点だ。
試練でも何でもない。
これが終われば、またみんなの笑顔を見ることができる。

俺は今まで本気で生き抜いてきたつもりだ。
みんなはそれ以上に本気だったと思う。
だから、皆の笑顔はいつだって本気だったんだ。
その笑顔が何よりも好きだ。
これが終わって、その本気の笑顔を見る為にも、俺は消えるわけにいかない!


「(消えたくない……いや、消えて堪るか!)」


それに、俺は謝らなきゃいけない相手がいる。
ここに来る直前、泣かせてしまった相手に何も言ってない。
その責任を果たす必要がある以上、消えてしまいましたでは済まされない。


「(許してくれなくてもいい……ただ、もう一度会って、ちゃんと謝りたい)」


今、俺の心に一番大きくあるのはそれだ。
恋に謝りたい。
会って謝って抱きしめたい。
本当はしてやるべきだったことを、ちゃんとしてやりたい。


「(そのためにも消えるわけには──ん?)」


何だ、コレは?











その“何か”は、唐突に俺の目の前に現れた。


「(四角い光……テレビの画面みたいだけど……?)」


淡く白く光るそれは、横長の長方形の形だった。
俺が思ったように、ちょうどテレビの画面のような形だ。
ただ、その辺のテレビよりもサイズはデカい。
少なくとも、縦の長さが俺の背丈くらいはある。


「(何だってこんなものが急に……?)」


触ってみようと手を伸ばしてみた。
実際に触れるかは分からなかったけど、その光には妙な魅力のようなものがあった。


「っ!?」


思わず声をあげそうになった。
とっさに口を手で塞いだからよかったものの、あまりに急だったから驚いた。
その画面のような光に、突如砂嵐が起きて、何かの映像が映し出された。


「(……マジでテレビか何かか?)」


少し近寄ってみる。
するとそこに映っていたのは……


「(……恋?)」


見紛う筈もない。
恋だ。
音々音も横にいる。
その二人と対峙するように俺が立ってる。
これは一体……?


「(……まだ、俺がフランチェスカの制服を着てる……虎牢関よりも前だな。しかも、得物を持ってないってことは月さんに仕えるよりも前……?)」


ただ、この光景には見覚えがある。
背景に映っているのは何もない砂の大地。
でも、確かに覚えてる。
これは──


「(……初めて、二人と会った場所?)」


それ以外に思いつかない。
ただ、その画面は映像しか映してくれない。
一切声や音は聞こえてこない。
それが酷くもどかしく思えた。


「(……何で、この場面を見せるんだ?)」


画面の光に照らされて、自分の姿を視認できるようになった。
感触がないまま、手を動かして画面に触れる。
すると、触れたところから波紋が広がり、ゆっくりと画面が移り変わる。
次に映された場面は……


「(月さん……それに詠、霞、律、羅々……)」


初めて月さんと出会った場面らしい。
あの時は気付いてなかったけど、あの場には羅々もいたのか。
今更羅々の顔見させられるって言うのも辛いな……

月さんがこっちを見てにっこり笑ってる。
あの穏やかな笑みを忘れたことは無い。

霞、律、羅々……
一緒に戦場を駆け抜けた相棒たち。
もう二度と会えない奴もそこにはいる。
ひょっとしたら、今度会うときには戦わなくて済むかもしれない相手もいる。

……苦しい。
一緒に血の海を越えてきた相手が、目の前で笑顔でいる。
その笑顔に触れれば、次の場面に移ってしまう。
奥歯を噛み締めて、必死に声を堪える。


「(……会いたい……もう一度だけでいいから、皆に会いたい……!)」


そう強く思う。
思いながらも、そっと画面に触れる。
再び波紋が広がって、次の場面へと移る。


「(……!虎牢関……!)」


太公望たちが言っていた、俺の運命の分岐点……
先の二つの場面と違って、そこに映っていたのは凄惨な場面だった。

俺の目が槍で射抜かれる瞬間……
羅々が喉に矢を受けて倒れる場面……
霞が夏候惇に敗北を喫した場面……
どれもこれもが、今になって鮮明な感覚となって襲ってくる。

もしも、羅々の傍にいたならどうなっていたんだろう?
もしも、霞の横で一緒に戦っていたら……?
運命が変わる様に、結果も変わっていたんだろうか?


「(くそっ……!もう過去は変えられないのに……!)」


過去を変えたいと思わされる。
違う道を辿りたいと思わされる。
さっきまでとは違う心の苦しみが、声になって口を衝きそうになる。


「……っ!……っ……!」


必死に声を飲み込む。
何もかもを台無しにしないためには、声をあげてはいけない。
左手でしっかりと口を押えながら、次の場面に移るために右手でそっと画面を触れる。


「(桃香?)」


そこには桃香が映っていた。
爛漫な笑顔をこちらに向けている。
後ろには愛紗や鈴々達もいる。
その中に……俺もちゃんといた……


「(みんな……)」


今頃、皆は必死に戦ってるんだろうか。
そう思いながら、淡々と画面に触れる。

次々と映し出されるのは、蜀での平穏な日常の一場面。
星と一緒に酒を飲む日……
紫苑と桔梗と璃々ちゃんとままごとした日……
麗羽たちに連れ回された日……
雛里と夜が更けるまで話し込んだ日……

そのどれもが胸を締め付ける。
今まで一緒に過ごしてきた仲だからこそ、いなくなってほしくないだとか、もう一度会いたいという思いも強い。
赤壁で、みんな無事に生き残ってくれるだろうか……?
これが終わった後に、みんなの元に帰れるだろうか……?


「(……あ、あれ……?)」


目まぐるしいほどに移り変わっていく場面。
でも、その中に彼女がいない。
最初に映っただけで、それ以降全く出てこない。

そっと画面に触れてみる。
続いて映し出されたのは、これまでで初めての動きのある映像だった。
やけに辺りが暗くて、その中に二人だけ立っている。
これは──


「(あの時の……!)」


あの、別れの瞬間……
恋が俺の背中に縋りついて泣いている。
音がなくても、それはすぐに分かった。


「(恋……)」


しばらくして、俺が恋を置いて歩きだす。
その後、恋はその場にへたり込んで泣きじゃくっていた。


『直詭……』

「(え?)」


今……声が……


『お願い……直詭……帰って来て……』


紛れもない、恋の声だ。
枯れそうになりながらも、俺の名前を何度も呟いてる。


『神様……もしもいるなら、直詭を……直詭を、助けて……!』

「っ!?」

『恋、何でもするから……だから、直詭を……』


あんな別れ方をしたってのに、まだ俺の事を想って……


「……っ!」


唇が勝手に震える。
今にも声が漏れそうになる。
開きそうになる口を必死に抑える。


『おねが、い……な、おき……を──』

「(え?)」


急に映像にノイズが走る。
恋の声を聞き逃さないよう、ギリギリまで顔を近づける。
それでもノイズがやむことは無く、やがてすべてが砂嵐になっていく。


「──っ!!」


頼む……
頼むから、俺よ……
まだ持ち堪えてくれ……!

もしも今声を出したなら、本当に二度と会えなくなってしまう。
誰から教えられたわけでもないのに、何故かそれだけは鮮明に理解できる。
だから、頼むから、声だけは出したくないんだ……!


「(持ち堪えろ……!感情を抑えろ……!声だけは出すな!)」


やがて、砂嵐さえなくなって、また世界が黒く染まっていく。
知らず知らず、俺は手を伸ばしていた。
もう一度だけ、恋の姿が見たい。
映像でも何でもいい。
もう一度だけ……!


「恋……恋っ!」



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