「街の様子は全然変わってないんだな」


あれから星羅さんと食事をして、そのまま三人に連れられる形で蜀まで戻ってきた。
言ったように、街の様子は平穏そのもの。
先の大きな戦なんて微塵も感じさせないほどだ。

元気に走り回る子供の姿。
屋台で大声を張り上げる店主の姿。
平穏を護るために行き交う兵士の姿。
どれもこれも、今までと何ら変わりない、俺のいた場所だ。
……その中に、俺自身がいないって言うのはまだ感覚としてつかめない。


「直詭、ワシらは──」

「いや、ここまででいい。後は俺自身の問題だろ?なら、自分で道を切り開いてみる」

「……傍にいてもいいか?」

「好きにしていい。でも、せめてスミレの姿でな?」

「承知した」


そう言って、三人は門を出て行った。
流石に人前で変身するわけにはいかないんだろうな。


「さて、と……」


一応歩いてみるか。
名前を呼んでもらうにしても、誰かに会わないと始まらない。
とは言っても、この昼日中から歩いてる奴で、且つ俺と関わりの深い奴なんているか?
警邏に出てるならともかく、平和になったからってやることは多いはず。
三ヵ月ってのは長く感じるけど、あれだけの大戦ならあと始末だって大変だろう。


「……ま、中には気にせず呑気に出歩いてるやつもいるんだろうけどな」


大通りを歩く。
両方の腰に刀を携えてるからか、誰かとぶつかるようなことはなさそうだ。
ただ、それが少しもどかしくも思える。

以前なら、こんな風に歩いていても容赦なくぶつかってくる人もいた。
……まぁ、遊び盛りな子供が大半だったけど。
でも今はそれがない。
もどかしいって言うよりは、寂しいって言った方が合ってるかな?


「んー……露店街の方にでも行くか」


住宅が立ち並ぶ通りよりも、そっちの方が会える確率が高いかもしれない。
別に誰と会いたいとかそんな希望はない。
会ったからって、思い出してもらえるとも限らない。
それは分かってる、分かってるはずなのに……
俺の足は、向かうと決めた方へと早足に向かっていた。


「……ったく」


少し自分が嫌になった。
確かに希望は捨てるなと言われた。
絶望するなと言われた。
でも、この様は何だ?

未だに現実を受け入れてない何よりの証拠だ。
きっと、誰かに会えば今までみたいに迎え入れてくれるってどこかで思ってる。
太公望たちが言っていたのは実は嘘で、誰も俺の事を忘れてなんかいないとさえ考えてる。
……そんな自分が嫌になった。


「……ハァ」


自然と溜息が漏れる。
それだけの行為にも何か期待していた。
その辺で遊んでる子供たちから、「どうしたの?」とでも声をかけてもらえれれば気が済むんだろう。

……いい加減に分かれよ。
俺は今、この場にいる誰からも忘れられてるんだ。
精々、どこかの武芸者程度の認識だって……

平和な世の中になってまだ間もないんだ。
こんな奴の一人や二人いてもおかしくない。
……まだ、特別視されたいと思ってるんだろうな。
また一つ、大きく溜息がこぼれた。


「おっちゃーん!拉麺特盛、ネギとメンマも特盛なのだ!」


露店街を散策していると、聞き慣れた声が耳を突く。
自然と顔が上がり、その声の主を探す。
見つけるのはそんなに苦じゃない。
だって、あの声の出処がする店の候補くらい、ちゃんと頭に入ってる。


「(……行ってどうする?)」


その店に向かおうとして、無理矢理足を止めた。


「(今……会ったとして、向うが覚えてるとでも思ってんのか俺は……?)」


一緒に露店で食事した記憶が頭を過る。
美味しそうに貪るその姿が、今では懐かしくもあり愛おしくもあり……
その記憶通りにならないってこと、いい加減理解してくれよ、俺……


「でも……!」


それ以上に……会いたい!
覚えててくれなくったっていい。
興味すら持たれなくったっていい。
今はただ、会いたくて仕方がない!


「……よしっ」


止めていた足を動かす。
声の方向や今までの記憶からして、きっとあの店にいるんだろう。
そりゃ、覚えててくれたなら言うことは無い。
でもその可能性は極端に低い。
ならせめて……


「(少しだけでいい……会いたい、話したい)」











予想通りと言うかなんというか……
目的の店についてみれば、彼女はそこで盛大に食事をしていた。


「はふっはふっ……!ずずーっ!ずるずる、はふっ!」


……相変わらずだなぁ。
世間体とか一切気にせず、大好物にむしゃぶりつく。
自分の表情が綻んだのはすぐに分かった。


「……隣いい?」

「ずるっ……!にゃ?」


空いていた彼女の横に座る。
俺の声に反応して、こっちを向いてくれた。


「別にいいのだ」

「ありがと」


……久しぶり、鈴々……
心の中でそっと呟く。
声に出せないもどかしさをぐっと飲み込んで、出来るだけ自然な表情を取り繕う。


「おじさん、俺も拉麺一つ」

「あいよ!」

「お兄ちゃん、あんまり見ない顔なのだ。この街に来るのは初めてなのだ?」

「そうだな……大きな戦も終わったし、色々見て回ってるんだよ」

「見て回って、どうするのだ?」

「さぁ……?ま、気軽に色んなところに行けるようになったからね」

「ふーん」


……やっぱ無理か。
ま、大方予想はしてたんだ。
だからか、ショックは小さくて済んだ。

鈴々は俺にあんまり興味を示すでもなく、続きを食べ始めた。
豪快な食べっぷりは相も変わらず。
ついついその姿に見入ってしまう。


「にゃ?お兄ちゃん、食べないのだ?」

「え?あ、あぁ……そうだな、食べるよ」


いつの間にか目の前に出されていた拉麺に手を伸ばす。
……うん、この店の味も全く変わってない。
でも、何でだろう……?
前に食べた時とほんのわずか違う気がするのは……?


「……美味しくないのだ?」

「いや?美味しいよ?」

「なら、何でそんな顔で食べるのだ?」

「……俺、どんな顔してた?」

「小難しい顔してたのだ。美味しいなら、美味しいって思わないと損なのだ!」


……ご尤もだ。
まさか鈴々に叱られる日が来るとは……


「それもそうだな」

「ご飯食べてる時は、余計なことは考えちゃダメなのだ。じゃないと、どんなものでも美味しくなくなっちゃうのだ」

「言えてる……じゃ、余計なことは考えずに食べるとしますか」

「それがいいのだ!」


満面の笑みを向けてくれる。
……おいおい、ほっぺにネギがついてるぞ?


「……………」

「うにゃ?鈴々の顔に何かついてるのだ?」

「い、いや……!ゴメン、何でもない」

「……??」











「お兄ちゃん、これからどこか行くところあるのだ?」

「……いや、無いな」


食事もひと段落ついて、会話の方に花が咲きだした頃。
鈴々の質問に、雑な返事しかできなかった。
……これから行く当てなんてない。
いや、あったとしても、そこは俺を受け入れてくれる可能性が低い。
だから、厳密には“行けない”が正しい。


「なら!鈴々と一緒に行くのはどうなのだ?!」

「へ?」

「見た感じ、お兄ちゃんは武芸者っぽいのだ。腕が立つなら、きっとお姉ちゃんも喜ぶのだ!」

「いや……何で喜ぶって思うの?」

「何でって……………うにゃ?何でなのだ?」

「いやいや……」


頭の上に?マーク作って、何か色々考えてる。
……これが心の記憶とかいうやつかな?


「よく分かんないけど、お兄ちゃんのこと、鈴々気に入ったのだ」

「そりゃ嬉しいな」

「だから一緒に行くのだ♪お兄ちゃんがどのくらい強いかも見て見たいし」

「ま、そう言うことならいいよ。どうせ予定も何もないし」

「ならすぐ行くのだ!」


そう言って、鈴々は俺の手を取って走り出す。
勿論、勘定は済ませたぞ?

握ってくる手の感触は、以前と全く変わらない。
豪傑無双と呼ばれる張飛には似つかない柔らかい女の子の手。
そこから伝わる温かさも、今だからこそ愛おしく感じる。


「……………」

「どうした?」


不意に鈴々が立ち止る。
そして、俺の方へと向き直ってきた。


「……前にこんな風に、お兄ちゃんの手を握ったことがある気がするのだ」

「……そう、か……」

「本当にお兄ちゃんはこの街に来るの初めてなのだ?そもそも、鈴々と会うのも初めてなのだ?」

「……ゴメン、分からない」

「……お兄ちゃん、名前は?」

「……………」


答えられない質問……
きっと誰かからくるだろうとは思ってた。
でも、思ってたよりも断然早い。
まだ心の準備も整ってない。


「……無い」

「へ?」

「名前、無いんだ……ゴメンな」

「……い、いいのだ!鈴々こそ、嫌なこと聞いてゴメンなのだ」

「いいよ。それより、どこに連れて行ってくれるか教えてよ」

「あにゃ?言ってなかったのだ?」

「聞いてないよ」


手は繋いだまま……
空いてる方の手で、しまったとでも言いたげに鈴々が頬を掻く。


「お姉ちゃんの所なのだ」

「……そのお姉ちゃんの名前は?」

「知らないのだ?劉備なのだ」

「あ、あぁ……その名前は知ってる」


名前だけじゃないけどな、知ってるのは……


「愛紗や星も、腕の立つ奴とやり合ってみたいって言ってるのだ。きっとお兄ちゃんは強いのだ。だから、まずは鈴々と腕試ししてみてほしいのだ!」

「期待に添えられるかは分からないよ?」

「大丈夫なのだ!」


どこから来るか分からないその自信。
でも、何故か信憑性があるように感じた。
だから、手は繋いだまま……
鈴々の導くままに身を委ねた。



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