虎の章/第38’話『新しい空の下で〜水面の上で面舵一杯〜』


「へぇー……すげぇな……」

「壮観か?」

「あぁ。初めて見た」


思春に連れられて港まで来てみた。
「一度見て見るか?」って聞かれて、二つ返事で一緒に行くって答えた。
だってさ、本の中でしか見たことなかったし……
何て言うか、まぁ好奇心ってやつだよ。


「これ、マジで動くのか?」

「動かなければただの飾りだ」

「……それもそうだな」


俺たちの視線の先には、木造の帆船が三隻停泊してる。
船員たちが荷物積み込んだり、ロープの張り具合とか確認してたり……
何だか映画の中のワンシーンみたいで、気分が高ぶっていくのがよく分かる。


「どの位の速度が出るんだ?」

「受ける風次第で変わってくるが、それでも爽快だ。一度味わうと病み付きになる奴もいるほどだ」

「そんなにか……」

「興味があるのか?」

「まぁな。俺のいた場所で見てきた船と全然違うし」

「そうなのか?」

「あぁ」


ま、言っちゃ悪いけど技術力の違いだ。
この帆船よりも大きい船とかもザラにある。
だいたい、木造船とか帆船とか今じゃ殆どないだろうしな。
本物見せてもらえたのって、かなり貴重な経験じゃないのかな?


「で、これはいつ動くんだ?」

「昨日戻ってきたところで、しばらくは動かす予定はない」

「なんだ」

「何を期待していた?」

「そりゃ、これだけデカい船だし、あわよくば乗せてもらえたらなぁって……」

「……案外子供っぽい事言うんだな、白石も」


言っちゃ悪いか?
俺はそこそこ乗り物好きなんだよ。
……ま、乗馬は悩むとこだけど……


「まぁ、機会があれば乗せてやらんこともない」

「いいのか?」

「乗ってみたいんだろ?」

「そりゃもちろん」

「ま、扱き使ってやるからそのつもりでいろ」

「マジか……」


そう言いながらも、思春は意地悪げに笑ってる。
何て言うか、似通った趣向だったのが良かったのかな?


「それで?」

「ん?」

「白石は船に乗ったことは無いのか?」

「いや、元の場所で乗ったことはある」

「どんな船だ?」

「んー、そうだな……俺もそこまで詳しいわけじゃないけど、鉄製の船で、風が無くても自在に動かせる船、だったかな?」

「風が無くても?」


お?
なんか食いついてきた。


「風が無くてどうやって動かす?」

「モーターとかスクリューとか……あー、いや、えっと……風車ってあるだろ?あんな感じの羽を船底に着けて、それを回すことで進むんだよ」

「だが、あれほど大きな船を動かすなら、それなりに大きな風車が必要なはずだろ?」

「それ以外にも、水車みたいなのを付けてたのもあったな」

「ふむ……動力源がまるで分らんな」

「そりゃな。この時代には無いものだし」


エンジンとか相当後の時代に考案されたものだろ?
仮にこの時代にあったら、本当に歴史が変わってるって……


「再現は出来ないのか?」

「生憎とそこまで詳しいわけじゃないからな……」

「そうか……」

「……ちょっと興味あったか?」

「無論だ。風を必要としない船があるなら、船戦の勝率が大幅に上がる。天候にも左右されることも少なくなることも考えると、船乗りとしては垂涎ものだ」

「へぇー……」


ここまで思春が喰いついてくるとは思ってなかった。
何か思うところでもあるのか?
てか、思春って船乗りだったのか?


「思春、さっき船乗りって言ってたけど……?」

「ん?あぁ、私は元江賊だ」


江賊?
んっと、海賊とかの類ってことで良かったんだっけ?
……マジで?


「錦帆賊の頭領だったんだが、雪蓮様に見いだされてな。今の地位にいるわけだ」

「そうなのか」

「だからだろうな。私はここに来ると心が落ち着く」

「潮風が身に染みるってやつ?」

「そんなところだ」


それでか。
さっきから思春の表情が穏やかに見えると思った。
いつも蓮華の横とかにいるときは堅苦しいしな。


「……だが、私の器量も知れているな」

「急にどうした?」

「白石のいた世界でそれだけの船が作れると言うことは、船での戦や江賊の規模も桁違いなのだろう?」

「んー……まぁ、元いた場所でもこっちでも船戦は見たことないから何とも言えないな」

「そのくらいの察しはつく。まったく……私もそこそこいい線言っていると思っていたのだがな……」


自嘲気味な笑みを浮かべてる……
……でも──


「気にすることねぇよ」

「ん?」

「場所や時代が変われば、そこで用いられるものだって変ってくる。この場所で最先端行ってたなら、それはそれで誇ればいいだろ?」

「……そんなものか?」

「そんなもんだって」


技術は時代とともに進んでいくもの。
この時代の最先端の技術を、先の時代と比べたって仕方ない。
そもそも比べること自体間違ってると思う。
……俺個人の主観だけどな。


「……興味深いな」

「俺のいた場所での船がか?」

「それもあるが……白石自身の事が、少しな」

「俺の事?」

「あぁ」


別にそんな興味持たれるような人間じゃないとは思うけど……?


「ふっ……蓮華様以外に興味を持つとはな」

「それは良い意味で、だよな?」

「さぁ?どうだろうな?」

「いやいや……そこは肯定してくれよ……」

「ふふっ」


笑ってごまかすなって……
……でも、なんでだろうな。
その笑顔はどことなく心地いいもので……
はぐらかされたこともあまり気にならなくなって……


「そうだ白石」

「ん?」

「あれより一回り小さいものになるが、今から乗ってみるか?」

「え?いいのか?」

「近い内に船体全体の確認をする予定だったからな。少しくらい早めても問題ない」

「そりゃ嬉しいな。是非乗らせてもらうよ」


これはラッキーなイベントだ。
大きさとか気にしないし、帆船に乗せてもらえるって貴重な経験ができるのは素直に嬉しい。


「ならこっちだ。ついて来い」

「分かった」


期待に胸が膨らむってこういう事を言うんだろうな。
自分でも表情が緩んでるのが分かる。
ドキドキって言うよりワクワクだな。
さてさて、どんな船なんだろ?











「右舷異常なし!繰り返す、右舷異常なし!」

「航路順調!」

「おら!もっと縄を強く引け!」


各方面から張り上げた声が飛び交う。
その声をバックミュージックに、爽やかな風が体を包んでいく。


「こりゃ気持ちいい」

「気に入ったか?」

「あぁ。乗せてくれてホントにありがと」

「礼には及ばん」


とか言いつつ、思春も楽しそうに見える。
江賊の出だっけ?
やっぱり、水の上にいるのが心地いいのかな?


「頭領!船底にも異常ないっす!」

「分かった。予定の航路を取り、港へと帰還する」

「ういっす!」


ん?
今の言い方だと結構早めに戻るってことか?
……まぁ、船の検査とかが主な目的だろうから仕方ないけど……
正直言えば、もうちょっと堪能したかったな……


「思春はいつもこんな感じのを味わってたの?」

「まぁそうだな」

「……少し羨ましいな」

「そうか」

「あぁ」

「だが、それは白石が本当の意味で船上を知らないと言うことだ」

「え?」


心地よさげな思春の表情が、急に重苦しいものに変わった。
俺、何かマズイことでも言ったか?


「思春?」

「……いや、気にするな」

「そうは言っても……」


人間、どう頑張ったって“気付かなかった頃”には戻れない。
だから俺も、思春の心境や表情が変わったことに気づいてしまった。
その前に戻ることは出来ない訳で……
簡単に言うと、気になってしまう訳で……


「……どうしても、気になるんだけど……?」

「白石が気にすることじゃない」

「……………」

「まぁ……」

「ん?」

「いずれ、話す時が来るかもしれん」

「……期待してるよ」


……多分これ以上聞いても結果は変わらないだろう。
別に諦めたわけじゃない。
もっと思春と心を通わせることができたら、いつかは──


「……さて、そろそろ港に着く。下船の準備をしろ」

「分かった」


船首の近くに腰掛けて、その進路に目を向ける。
後ろでは思春がひっきりなしに指示を出してる。


「……いつか、か……」


それがいつになるかなんてわからないけど……
早く来てほしいわけでもないけど……
ただ何となく、思春の話を聞けたなら、もっと近い存在になれるんじゃないか。
そんな気がする。


「錨を下ろせ!」


少し大きめな揺れの後、船が止まった。
俺も立ち上がって、下船するための階段に向かう。


「どうだった?」

「気持ちよかったっしょ?」

「また一緒に乗ろうぜ?」

「今度は手伝えよ?」


クルーたちから快活な言葉をかけられる。
何て言うか、船乗りは陽気だとか言うけど、まさしくその通りだな。
話してるだけで気分が良くなる。


「よっと」


何か、“帰ってきた”って感じだ。
船の上と地面の上じゃ、足から伝わってくる感覚が全然違う。
ほんの少しの航海だったのに、こんなに地面が恋しくなるなんて思わなかった。


「……………」


……思春?
考え事しながら階段降りると危ない──


「っ?!」

「危ない!」


本気で何を考え事してたんだ?
階段から足踏み外してよろめいたから、すぐに駆け寄った。
んで、何とか思春の身体を支えることに成功した。
……少しヒヤッとしたぞ?


「っ?!!わ、悪い!」

「別にいいよ」


いつも厳しい表情してる思春だけど、受け止めた体から伝わってくるのは女の子独特の柔らかさ。
受け止め方が悪かったのか、思春は俺の胸に顔を埋める形になってる。
……珍しいな、思春が赤面するなんて。


「……し、白石」

「ん?」

「このことは……誰にも言うな」

「え?」

「いいな!誰にも言うなよ?!」

「わ、分かった」


そこから俺とは目も合わせようとせずに、思春はさっさと行ってしまった。
いつも身に着けてる首巻で顔を深く隠したまま……


「……何だったんだ?」


ぽつんと取り残された俺……
……いや、あの、思春?
この後どうするかくらい教えてくれない?












後書き

誰かスランプ脱却の方法教えてください(オイ
もうちょっと日常編書こうとは思ってます。
気長に待っててください、すいません。

では次話で



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