虎の章/第40’話『蒔いた種の芽吹くとき』


雪蓮の傘下に降って、二か月と言う時間があっという間に過ぎて行った。
ただ、その“あっという間”はとても濃い時間だったって言っていいと思う。

例えば、曹操とかは小帝を保護したとか聞くけど、政治利用するつもりが無いだとか……
袁紹は領土拡大のために戦を仕掛けてるとか……
劉備が徐州の州牧に任命されたとか……
……まぁ、劉備の事に関しては曹操が裏で糸を引いてるって話も聞くけども。

俺はこの間、雪蓮の進めていた復興事業に積極的に参加していた。
……誤解があるといけないから言っておくけど、一番頑張ってたのは間違いなく冥琳だろうな。
その内疲労でぶっ倒れるんじゃないかって心配させられるくらいだ。
ちなみに、蓮華と祭は気付かないうちにいなくなってた。
冥琳にこっそり聞いたら「これも“計画”の内」とか言ってたし、あんまり気にしないようにすることにした。

ま、ともあれ、反董卓連合での戦いぶりや、その後の洛陽復興への取り組み。
この二点は大陸各地の庶人に評価されて、声望が一気に高まっていったらしい。
元々洛陽を護っていた俺としても、その民衆の気持ちはよく分かる。
……ただ、出る杭は打たれるなんて言葉もあるわけで──



コンコン


「直詭さん、もう起きてますか?」

「……んむぅ……明命?あー、ちょっと待──」

「失礼いたします!」

「だから──」


ガラっ


「……………」

「ななななななぁあ?!」

「まだ服着てねぇから待てって言おうとしたぞ俺は?」

「すすすすすいませんでしたっ!!でででも、何で上半身裸何ですか?!」

「暑かったからに決まってんだろ?こっちの地方の気候にまだ慣れてないんだし」


まぁこれ以上怒鳴られたくもないので服を着る。
……てか明命?
見たいのか見たくないのかはっきりしろって。
手で目を隠してるみたいだけど、ちゃっかり隙間からのぞいてるよな?


「んで?俺に何か用か?」

「え?あ、はい、そうです」

「なら着ながら聞くから言ってくれる?」

「冥琳様がお呼びです」

「ふーん」

「中庭にいるので早急に来てほしいとのことです」

「了解……ん?」

「どうかしましたか?」

「いや……何か遠くの方から聞こえてこないか?」

「へ?」


元々そんなに耳が良いとかは無い。
ただ、戦の中に身を置くようになってから、いわゆる“戦場の音”って言うのに敏感になった気がする。
んで、聞こえてきてる音って言うのがその音と酷似してるわけで……


「中庭、だったな」

「は、はいっ!」


それだけ聞いて、上着のボタンも碌に留めないで部屋を飛び出した。
明命の方も違う方へ走って行ったけど、特に今は気にする必要ないだろう。











「冥琳──」

「しっ!」


中庭の隅にいた冥琳に呼びかけたら、すぐさま静かにしろと制された。
そのままこっちにこいと手招きされたので、近くまで物音立てないように移動する。


「(何してんだ?てか、何で呼んだんだ?)」

「(アレが見えるか?)」

「(アレ?)」


冥琳の指さす場所を見ると、雪蓮と誰かが話してる。
袁術軍にいたような気がするけど、連合の人間をそこまで覚えてるわけじゃない。
何せ敵側だったからな。
だから、雪蓮と話してるのが誰なのかは分からない。


「(アレは誰?)」

「(張勲という、袁術の軍師だ。上手い具合に我らの工作に引っかかってくれたらしい)」

「(工作って言うのは、さっきから遠方で聞こえてる怒声みたいな音の事か?)」

「(あぁ。白石が聞こえている場所以外にも、江東の各地で農民による一揆が勃発している)」

「(なら、袁術が自分の軍勢使って鎮圧すれば……)」

「(あの軍師はそう言うことに長けていないし、袁術の性格を考えれば、雪蓮に無茶ブリしてくるのは目に見えている)」

「(……ひょっとして、その一揆が──)」

「(明察だ)」


農民の一揆も鎮圧できない軍勢とか……
少し……いや、かなり気が抜ける。


「分かったわ。じゃあ袁術ちゃんに、頸を洗って待ってなさいって伝えておいて」

「はぁ〜い♪」


……いやちょっと待ておい!
最後の雪蓮の一言、挑発ってレベルじゃねぇぞ?!
「今から謀反起こしますのでよろしく♪」くらいの軽いノリで言ったようなもんじゃねぇか!?


「……ハァ」


いや、うん……
横にいる冥琳が溜息吐くのもうなずける。
張勲が特に気にする様子もなく帰って行ったのを見て、連れ立って雪蓮の下に集まる。
違う場所から穏達も出てきたし、さてさて……


「……開いた口が塞がらない、とは正にこのことだな。まったく……」

「最後の皮肉にも反応がなさ過ぎて、なんかつまんないわね……まぁ楽できるからいいんだけどさぁ……」

「……この際だしさ?楽させてもらえるなら存分にさせてもらえば?」

「そうなんだけどねぇ……まぁいいや。興覇、幼平、李緒」

「はっ!」

「はいっ!」

「うっす!」

「移動の準備はよろしく」

「「「御意!」」」

「穏は兵站の方をお願い」

「御意です〜」

「直詭は私の横に付いてくれる?」

「雪蓮の横?何でまた?」

「……私はいらないって言ったんだけどぉ……」

「そうは問屋が卸さん。雪蓮に万一があってもらっては困るのでな」

「……っていう事。出番ないと思うけど、よろしくね直詭」

「……まぁ精々見失わないようにはするよ」











準備はすぐに整った。
拠点を出た俺たちは、江東の地に向かって駒を進める。


「んで?江東にどうやって入るんだ?」

「えっ?江東には入らないわよ?」

「あ、そうなの?」

「ふむ……白石としては、どういう考えだと思った?」

「一揆が工作って言うのは聞いてたから、民兵が偽装してたんだろ?そうやって一揆を鎮圧するふりをして仲間と合流するって言うところまでは予想してたけど」

「なかなか良い読みね」

「まぁ、袁術だからこそ通用したともいえるがな」

「ってことは……穏、例えば曹操ならどうなってたかな?」

「自ら鎮圧に乗り出すか……それ以前に一揆が発生する状況を作らないでしょうね」

「袁術がバカなのがよーく分かった」


袁術と言うよりは袁家の一括りにしてよさそうだけどな。


「直詭にとってもいい勉強になったみたいだし、これからもしっかり勉強して蓮華を支えてあげてよね」

「あんまり過大評価されても困るんだけど?」

「分相応の評価をしてるつもりだけど私は?」

「はいはい、あんまりイチャイチャしてないで。そろそろ蓮華様たちとの合流地点に到着するわよ」

「あら、妬いてるの?ねぇねぇ、どっちに?」

「さぁ?ご想像にお任せするわ」


軽く返されて、雪蓮の奴膨れてやがる……
まぁ、普通に考えて雪蓮が口で勝てる相手じゃねぇわな。


「ご報告!前方に軍勢を発見!旗は黄!そして孫家の牙門旗!黄蓋様、孫権様です!」


前曲から明命の溌剌とした声が響く。


「よし。では……興覇。どこに袁術の目があるかもわからん。警戒を怠らないでくれ」

「了解です」

「三人姉妹、久しぶりの合流かぁ……ふふっ、楽しみね」


……三人?
えっと、あと誰かいたっけ?
んー……すぐには思い出せないな……


「雪蓮、その子の名前は?」

「尚香って言ってね。弓腰姫とか呼ばれるぐらいのおてんばさんだけど、とっても可愛い妹ちゃんよ」

「(……あー、後に劉備と結ばれるとか言うあの……)」

「きっと直詭の事はすぐに気に入ると思うわ。そうねぇ……前もってご愁傷様って言っておくわね」

「……それに対して質問を求める」

「多少、イタズラ好きでな……それに孫呉の中では一番女らしい方だ。精々、喰われんように気を付けるんだな」


……雪蓮以上に面倒くさそうだな……
出会う前なのに、“ご愁傷様”ってのが痛感できる……


「まぁ、将来的には小蓮にも(たね)を注いでもらわないとダメなんだから、気にしたって意味ないわよ」

「ここでもその話持ち出すんかよ」

「当然でしょ♪あ、合流の準備が整ったみたい。行きましょ♪」


俺の事なんかほったらかしで、雪蓮は大きく前方に手を振った。
……ハァ、今から会うのが億劫だ……










後書き

何だか久々に本編に手を出すと上手く書けません(泣
またぼちぼち続けて行けるように頑張ります。
……本編の更新、2年ぶりかぁ……
本当にすいません



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.