虎の章/第52’話『小覇王の大号令』


「雪蓮!」

「雪蓮姉様!直詭!」


すでに出陣の準備は整ってるらしい。
ざっと見渡しただけでも、兵士たちが整然としている。
そんな中で、蓮華と冥琳が駆け寄ってくる。


「な、直詭?!一体どうしたの?!」

「……ちょっとな」

「“ちょっと”じゃないわよ!一体何があってそんな体に──」

「落ち着きなさい蓮華」

「姉様!?しかし!」

「……直詭は私を庇ってくれた。ただそれだけよ」

「……曹操からの刺客と聞いているが、それは確かなのか雪蓮?」

「蓮華からの報告を聞いた以上、そう判断して構わないでしょう。つまり、直詭にこんな仕打ちをした落とし前を付けさせなければならない」

「……分かりました。姉様、皆準備は整っています!」

「ありがと。蓮華も配置につきなさい」

「はい!……直詭」

「ん?なんだ蓮華?」

「……本当にありがとう」

「礼を言われるのはまだ早ぇよ」

「え?」

「……いいから自分の持ち場について来い。ほら」

「わ、分かったわ……」


俺の言葉を理解できてないらしい。
納得できないって表情のまま、蓮華は小走りに持ち場へと向かって行った。


「……命に別状はありそうか?」

「俺は医者じゃねぇ。体全体が痺れてはいるけど、傷口から痛みは引いてる。体内に入った毒も微量だろうから、命に関わるほどじゃないとは思いたいってだけだ」

「冥琳、直詭を任せても良い?」

「あぁ。雪蓮は行ってくるといい」

「よろしくね?」


そう言って、雪蓮も自分の持ち場へと向かっていく。
俺はその場に座り込んで、大きく息を吐いた。


「白石、一ついいか?」

「言わなくても分かる」

「……何が分かると言うのだ?」

「どの位で回復できそうか、それを聞きたいんだろ?」

「……読心術でも持っているのか白石は?」

「さっきからずっと雪蓮しか見てなかったじゃねぇか。しかも、随分と難しそうな顔して」

「……………」

「これから雪蓮が何をするか、どう戦うのか……それを全部わかってるからこそ、俺の状態を聞きたいんだろ?」


心中を全て見透かせるほど俺は万能じゃない。
ただ、今の冥琳なら、その表情を見るだけで大体分かる。
きっと雪蓮も分かってたとは思う。
分かってて……敢えて口に出さなかった。
そのことは、冥琳自身も分かってるんだろう。


「……私は軍師として失格だな」

「急になんだよ?」

「孫呉の血筋の誇りに並び立てるほどの曹操自身の気高さ……──きっと、間もなく発せられる雪蓮の大号令を聞けば、曹操はその気高さから戦を放棄して撤退するだろう」

「猛者揃いの曹操軍なら逃げ切れるだろうけどな」

「いや……──」


冥琳は俺から視線を外し、戦場へと向かって行った雪蓮の背中を目で追いかけてた。
同じように、俺もその視線を追いかける。
そこで、冥琳の考えが鮮明に伝わってきた気がした。


「雪蓮は曹操を許さない。地の果てまでも追い詰め、敵味方双方どれだけの被害が出ようとも、血塗れになりながらでも……曹操の頸を刎ねない限り止まることは無い」

「……孫呉の王としてか?」

「それも一つ、だが……傷つけられた相手が白石だったのが猶更だろう」

「……随分な過大評価だな」

「そう言うお前は自身を過小評価するのだな」

「……昔からだよ。今更誰かに言われて治るもんでもない」

「そうか」


俺の事を想ってくれてるのは既に知ってる。
刺客からの攻撃を庇ったってだけで、目の色は完全に変わってた。
怒り一色……
その目を直視すれば、殺気だけで死んでしまいそうなくらいに雪蓮は怒っていた。
場違いも甚だしいけど……そこまで怒ってくれたことを、俺は嬉しいとさえ感じてる。


「……なぁ白石」

「ん?」

「お前は雪蓮が好きか?」

「……あぁ」

「私もだ」

「知ってる」

「きっと──いや、間違いなく雪蓮も白石の事が好きだろう。かく言う私もな」

「……いきなりなんだよ?これから死にに行く奴への誂えか?」

「そう、聞こえるか?」

「……悪い」

「言葉にする者もいればしない者もいるだろうが、呉の皆は白石を好いている。白石の事だけじゃない。共に武を極め智を磨き支え合ってきた仲間や、我ら孫呉を支持してくれている民草の事も」

「あぁ。俺も好きだ」

「既に白石は孫呉に住まう大切な一人。それが傷つけられれば、皆怒る。白石は違うか?」

「……俺も、きっと──いや、絶対許さないだろうな」

「だから本当は、雪蓮も将兵の一人たりとも失いたくはない。だが、怒り狂い、剣を抜いてしまえばもう止められない」

「冥琳でもか?」

「あぁ、情けないことにな」


誰にも止めることは出来ない。
……ただ一人を除いては──
冥琳がそう言いたげなのは、すぐに分かった。


「申し上げます!」


一人の兵が報告へとやってきた。
毒による苦悶の表情なんて見せてられない。
痺れの残る体に鞭打って立ち上がり、その言葉を冥琳と共に聞く。


「これより孫策様、単騎にて前に──」

「……舌戦か?」

「定石だ。だが、ここから始まるのは、もはや戦ではない。分かるな?」

「あぁ」

「それと……獅鬼様」

「ん?」

「孫策様より伝言がございます」

「……聞かせてくれる?」

「はっ!えー……『ちゃんと聞いててほしい』と、それだけ……」

「……分かった」


それを聞いて、刀の一振りを杖に、陣へと向かう。
伝令兵は兎も角、冥琳が驚いたのが見て取れた。


「白石!まだ──」

「聞かせてもらわないと、俺も覚悟が出来ない。……“雪蓮を死なせない”って言う、“あの人”へ向けた誓いを果たす覚悟が」

「……あの人?いったい何を……?」

「分からなくても良い。俺には聞く義務がある」


雪蓮……収まり切らない怒りは、この場所からでもよく伝わってくる。
嬉しいと感じているのは、場違いだってことも、身の程を弁えてないってことも分かってる。
……だけどな、雪蓮?
お前は王だ。
仲間を想う気持ちが間違ってるとは言わない。
孫呉の大地を侵す敵を討ち果たすことも間違いだとは言わない。
だけど……だからこそ!


「……一言でも自分が死ぬ可能性のある言葉を言ってみろ?お前の目の前で、代わりに俺が死ぬことになるからな!」











全軍より一人歩み出て、大きく深呼吸する雪蓮の姿がよく見える。
敵も味方も、誰一人物音一つ立てない。
雪蓮のその言葉をただ待つ。

……一瞬だけど、孫呉の将兵を一瞥していた。
その目に俺は映っていたのだろうか……?
仮に映っていなかったとしても、距離のあるここからでもその目に宿る意思が伝わってくる。
“絶対に生き抜いて見せる”覚悟と、“絶対に敵を許しはしない”怒りの混在した意思が──


「孫呉の将兵よ……我が朋友よ!」


……始まった。


「我らは父母より授かりしこの地を、かの袁術より取り戻した!しかし今、愚かにもこの地を侵そうと大軍を率いる愚者が眼前にいる!」


これまでに聞いたことのある口上とは引けにならない。
一言一言に、ただただ怒りが込められている。


「愚劣にも、敵は我に対し刺客を放ち、この身を滅ぼさんと目論んだ!勇敢なる我が愛しき友の手によりこの身こそ無事ではあるが、我の心は凄惨に傷つけられた!愛しき友は毒に侵され、我の身代わりとなりて死の苦痛を味合わされたのだ!」


味方の兵士に動揺が走る。
ただ、その動揺はすぐに別の感情へと変わった。
雪蓮と同じく、強烈に燃え滾る怒りへと……


「孫呉の将兵よ、我が友よ、民草よ!孫呉に住まう愛しき友を汚された屈辱を怒りへと変えよ!卑しき術を用いた獣を決して許すな!我が母、文台の猛き心が天界より舞い降りて、皆の武勇を奮い立たすであろう!」


雪蓮の鋭い眼光は、きっと曹操の心身のみを見据えている筈。
敵軍へと突き付けている剣は、陽光で煌めいて、一層雪蓮の言葉を猛らせる。


「これより、孫呉の王としての大号令を発す!誇りの欠片も知らぬ獣を屠り、我らが大地を平穏へと導け!死を恐れる心は捨て去れ!而して死のうとすることは断じて許さぬ!誇り高き我ら孫呉の力を以て、逆賊へと天誅を下せ!」


将兵の手に力がこもる。
誰に言われるでもなく、将兵の皆は武器を高々と掲げていた。


「我が背中を追えよ!獣の血にてその身を染めよ!孫呉の皆よ、己が誇りに従い刃を振るえ!我が母文台の加護は、諸君らに気高き勝利をもたらすであろう!幾千万の獣を屠り、地獄へと叩き落とせ!我、孫伯符の背に続けえええぇぇぇぇ!!!!」
















後書き

この場面は書いててやっぱり力が入りました。
「あさきゆめみし」の流れる名シーン。
ただ、ゲーム中のBGMの一つの「小覇王の雄叫び」がこのSSのこの場面にはあうんじゃないかと、個人的に想って聞きながら書きました。

記念作品の題材も大まかに決まりつつあります。
そちらにもお付き合いいただければなぁと恥ずかしながら思ってます。

ではまた次話で



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