虎の章/第55’話『王の覚悟』


街は平穏そのもの。
つい何日か前に、凄絶な戦いがあったとは思えないほど。


「白石様、おまちどう!」

「ありがと」


まだ大休息の命は解除されてない。
もっと言えば、俺は未だに政務にも警備にも参加させてもらえない。
……そこまで重症じゃなかったんだけどなぁ……


「んじゃ、いただきます」


ぶっちゃけ、こう何日もすることが無いと暇で仕方がない。
書庫の本も大概は読み漁った。
誰かと仕合でもさせてもらえればとも思っても、やっぱりここでも休めと言われる。
だから自然と、俺の足は街へと向かう。

警邏には参加させてもらえないけど、個人的に見回るくらいは自由なはずだ。
今は手ぶらだけど、街中で起こる程度の問題に得物はいらない。
さっきも迷子と出くわしたけど、すぐに母親を見つけられた。
こういう小さな問題くらいなら手伝ってもいいだろうし、手伝わさせてほしい。


「あれ?おっちゃん、味付け変えた?」

「へい。前に白石様に教えてもらった調味料を使ってみたんすけど、どうっすか?」

「俺は好きな味付けだよ。本格的に採譜に載せる?」

「そのつもりなんすけど……もうちょっと経済的に余裕が出ないとどうにも……」

「まぁそうだよな」


個人的な見回りも終えて、かなり遅めの昼飯だ。
行き付けの露店で炒飯を頼んで、店主のおっちゃんと駄弁りながら口に運ぶ。
こういう気軽さはやっぱり心地いい。
建業を治めてるのが雪蓮ってこともあるんだろうな。
国主の性格につられて、街の皆も気さくな奴が多い。


「でも、これに使ってる調味料なら、原材料くらい分かるぞ?」

「ホントっすか?」

「あぁ。書くものあるか?」

「ちょいとお待ちを」


元の世界でいろんな料理のレシピを漁ってたのが、こんな所で役立つとは思ってなかった。
場所が場所なだけに、大抵の店のメニューって言えば中華料理。
勿論メニューは結構豊富だし、店によって味付けも違う。
……とは言え、やっぱりどことなく雰囲気は似通ってくる。
それもあって、市場に出掛けた際には、和食だの洋食だのに使えそうなものが無いか探すのも最近の趣味の一つ。
そうやって買い溜めしといて、休みの日とかに料理してると、雪蓮とか李緒とかが匂いを嗅ぎつけてやってくる。
初めて口にする味が殆どだろうから、反応を見るのも楽しい。


「あれ?アニキ、何してるんだ?」

「んー?」


店主のおっちゃんに材料を教えようとしてた時だった。
後ろから聞き慣れた声に呼ばれる。
振り向いてみれば、予想通りの顔がそこにあった。


「李緒か。遅めの昼飯ってとこだ」

「遅過ぎねぇ?」

「誰も仕事させてくれないんだから、好きなようにさせてもらっていいだろ?」

「まぁ、アニキの言いたいことも分かるけどよ……」

「……李緒ちゃん。この人が、前に教えてくれた……?」

「ん?」


体をちゃんと李緒の方に向けて見れば、どうやら何かの護衛の最中らしい。
李緒の後ろには仰々しい輿が二つ。
正規軍の兵もそれなりの数いるけど……
……李緒の横にいる女の子、見たことねぇな……


「なぁ李緒、その子──」

「初めまして」

「あ、あぁ。初めまして」


随分と律儀な子だな……
丁寧に頭下げて挨拶してくれた。


「李緒ちゃんから話は聞いてます。獅鬼様、ですよね?」

「まぁ、そう呼ばれてるな。君は?」

「丁奉と言います。字は承淵で、真名は──」

「……待った。初対面の相手に気安く教えていいもんじゃないだろ?」


この世界で過ごしてそれなりに経つ。
真名がどういうものかくらい、すでに常識として捉えられる位だ。


「でも李緒ちゃんは呼ばれてるのに……」

「アニキってそういう性格なんだよ。何て言うか、ちゃんと筋が通ってないと納得できないって言うか……」

「悪いな」


てかこの子、ちょっと服装に問題ないか?
髪型は別にいいんだよ。
薄緑のボブに花をあしらった髪留めしてるのは……
でもよ?
晒と褌とは言え下着丸出しじゃねぇか……


「それより李緒、後ろの輿はなんだ?」

「あぁ。雪蓮様と冥琳様の彼女……って言えばアニキ分かるか?」

「あ〜……何か聞き覚えあるな」

「アタシ、このお二方の護衛で今まで本国から外れてたんです」

「成程な。通りで見たことない顔だと思った」


確か、大喬と小喬だっけ。
まだどんな顔かは知らねぇけど……


「でも獅鬼様。アタシ、獅鬼様に真名を受け取って欲しいんですけど……」

「なんでまた?」

「噂で聞いただけなのに、アニキに夢中なんだよ……ここまでの道中もアニキについて質問攻めだったし……」

「それこそホントになんでだよ……?」

「蓮華ちゃんの手紙で色々教えてもらってたんで」


蓮華の奴、何書いたんだ?


「……まぁともあれ、自分の意思なんだな?」

「はい♪」

「……分かった。じゃあ、教えてもらうよ」

「ありがとうございます♪アタシ、真名を(めい)と言います。呼んでもらえると嬉しいです♪」

「……ホントに嬉しそうだな」

「すげぇだろ?街中でアニキと出会えるかも、って話したら舞い上がってたんだぜ?」

「そりゃ光栄だ」


まさか知らねぇところでファンがいたとは……
てか、蓮華の事を“ちゃん”付けしてたよな?
孫家とは結構親しい間柄ってことか?
……ま、時間のある時に聞けばいいか。


「アニキも一緒に来る?」

「まだ飯食い終わってねぇからな。終わり次第行くよ」

「じゃあアタシ、横に座っても──」

「苺……お前、オレと一緒にお連れする役目があるだろ?」

「そうだけど……」

「ハァ……仕事が終わって時間があったら、一緒に夕飯でも食うか?」

「いいんですか?!」

「今まさにやろうとしてたくせに……」


まったくだ。


「じゃあアニキ、また後で」

「おう」

「失礼します、獅鬼様」


取り敢えずさっさと飯終わらせよう。
苺のこともあるけど、彼女が来てるんだ。
雪蓮が早く会わせたいとか何とかいうはずだし……


「じゃあおっちゃん、さっきの調味料の話に戻すけど──」











ちゃっちゃと飯を終わらせて城に戻れば予想通り……


「あ、直詭さん。雪蓮様がお呼びです」

「だろうな」


あの後も適当に街をぶらついて、戻るころにはもう夕暮れ。
李緒たちの方が先に戻ってるのは知ってたし、どうせ雪蓮が呼ぶことも想定内。
明命が態々呼びに来てくれたことだし、さっさと会いに行かせてもらうか。


「そういや明命」

「なんですか?」

「えっと……苺は?」

「苺ちゃんなら、さっき食堂で見かけました。でも、食事はしていない様子で……」

「……なら、雪蓮の用事はちゃっちゃと終わらせねぇとな」

「はい?」


昼間の件を本気にしてるんだろう。
多分、俺が食堂に行くまで待つつもりなんだろうな。
雪蓮の用件も予想できてるし、あまり待たせなくても済むだろう。

んで、明命と一緒に雪蓮の待つ玉座まで来た。
そこには予想通りに冥琳もいた。
で、それぞれの後ろにいる小さい女の子が多分──


「悪い、待たせたか?」

「大丈夫よ。じゃあ、二人に直詭の事紹介しましょうか」

「俺は一応、名前だけは聞いてる。けど……どっちがどっちだ?」


双子か?
頭のお団子も服装もほぼ同じ。
精々目つきくらいしか違わねぇぞ?


「まぁ初対面ならそうなるわね。直詭、こっちが大喬よ」

「そして、私の後ろにいる方が小喬だ」

「は、初めまして……」

「……………」

「初めまして。俺は白石直詭、今後ともよろしく」

「「っ?!」」

「あン?」


自己紹介したら身震いしただ?
何かマズイ発言でもあったか?


「あははは♪直詭ダメよ〜、いきなり“よろしく”なんて言っちゃ」

「何がだよ?」

「……実はな白石。先程この二人に、雪蓮があの件を話してな」

「あの件……あぁ、アレか」


あの子作りしろとかいう奴だ。
てか、当人差し置いて話進めてんじゃねぇよ……


「ほら、二人も自己紹介したら?ちゃんと真名も教えてあげてね」

「「雪蓮様?!」」

「だから雪蓮、俺は強制された名前は呼びたくねぇって──」

「自分の妻になるかもしれない相手の名前を知りたくないの?」

「自分で“合意の上で”って言ってただろうが。どういう風に伝えたか知らねぇけど、この雰囲気で合意には成り得ねぇよ」


悪いけど二人とも怯えてるようにも見える。
……本気で雪蓮の奴、どんな言い方しやがった?


「ハァ……雪蓮、白石がこういう男だとは知っているだろう?」

「でも、知りたくなるのが普通じゃない?」

「真名が神聖なものだと言うことを重視しての発言なら仕方ない話だ。二人が自分の意思で真名を預けていいと言うまでは好きにさせればいい」

「私が見てて歯痒いじゃない」

「白石とこの二人の問題であって、私や雪蓮が口を挟むことではないと思うぞ?」

「ぶぅ〜……」


思い通りに行かなくて不満たらたらなんだな。
ま、冥琳も言った通りだ。
俺と大喬・小喬の問題であって、正直雪蓮に指図してほしくない部分はある。


「……あ、あの……」

「ん?」


不意に声をかけてきたのは大喬の方。
雪蓮の後ろに隠れてオドオドしてるのは変わらずだけど……


「……し、白石様って、その……えっと……」

「……何?」

「す、すいません……でも、あの……真名、受け取ってもらって、いいですか?」

「へ?」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん?!」

「大丈夫、だと思うの。今の、雪蓮様との会話を聞いてて、何となくだけど……」

「けど……!いつ獣になって襲い掛かってくるか──」

「確かにこの間、私とした時は──」

「「雪蓮?」」

「……ハイ、スイマセン、ナニモアリマセン」


冥琳と二人で笑顔で威圧してみた。
今は口を挟んでいいタイミングじゃねぇんだ。
少しは空気読め。


「俺はさ、嫌がってる相手の顔を見るのが特に嫌だ。俺自身の言葉が信じられないなら、他の連中にでも聞けばいい」

「ぅ……」

「だから、嫌がってまで教えてくれなくていい。しばらく戦もないんならそうそう死ぬこともないだろうし、時間かけてくれてもかまわねぇよ」

「あ、あの、私は……受け取って、欲しいです」

「……それは本心から、と解釈していいのか?」

「は、はい」

「……じゃあ、私も……」

「義理立てとかしてるんなら逆に断るぞ?」

「そんなんじゃなくて!その……お姉ちゃんだって、人を見る目くらいはあるし……」

「そっか」


どうも大喬は弱気で、小喬は強気って感じらしい。
ま、目つきもそんな感じだ。
大喬の方はたれ目だし、小喬の方はつり目っぽい。
この辺も性格が反映してるんだろうか?


「それで、その……白石様、受け取ってもらえますか?」

「お姉ちゃんだけじゃ不公平だから、私のも受け取ってよ?!」

「あぁ。じゃあ、聞かせてくれる?」

「は、はい。私は大喬、真名は唯夢(いむ)です」

「私は小喬、真名は音夢(ねむ)

「改めて白石直詭だ。どういう風に呼んでくれてもかまわねぇよ」

「ふふっ、やっぱり直詭ね」

「何がだよ?」

「ううん、こっちの話♪」


どうにも雪蓮は嬉しいらしい。
てか、仮にも自分の彼女を差し出すってどうなんだ?


「雪蓮、用件はもう無いか?」

「直詭は何か用事でもあるの?」

「ちょっとな。昼間に知り合った苺が食堂で待ってるらしいし」

「そう言えば、随分と白石の事を気にしていたな」

「直詭も罪な男ねぇ♪一度も会ったことのない女の子を虜にしちゃうなんて♪」

「蓮華との手紙で向うが勝手に慕ってくれてるってだけだ。俺に責はねぇよ」


まぁ悪い気分じゃないのは事実。
知らないところでファンがいてくれたってなら、それだけ俺の名前は売れてるってことだろう。
なら、それに恥じないように生きる必要があるのも事実。
雪蓮には強がって見せたけど、それなりに責任ある言動が今後は求められるな。


「じゃあ直詭は急いでるみたいだし──冥琳?」

「あぁ。だが、自分の口で言うのだろう?」

「えぇ」

「ん?」


穏やかな表情こそさっきと変わらない。
ただ、どことなく雰囲気が変わった。


「あのね直詭。一つ、相談に乗って欲しいの」

「答えられる範囲でいいなら」

「えぇ、大丈夫よ。と言うか、直詭の答えが一番聞きたいの」

「……で?」

「……王位を退くか、否かをね」


少し寂しそうに言ってみせる雪蓮。
対して冥琳は神妙な面持ち。
……成程、本気らしいな。


「随分と重たい相談だな」

「今すぐに答えが出ないって言うなら、私は全然待っても──」

「──却下だ」

「……………直詭?」


ほぼ即答。
雪蓮の言葉を遮ってまでにぴしゃりと言い放ってやった。


「どうせ雪蓮の事だ。この間の曹操との戦の責任取るって言うのが理由なんだろ?」

「……分かっちゃう?」

「それなりの付き合いにはなったからな」

「でも……だとしたら、私はどう責任を取るべき?」

「退位以外に考え付かなかったのか?」

「考えたわよ?でも、結局はどっちも直詭にダメって言われちゃったじゃない」

「……“どっちも”って?」

「退位のほかに、曹操の頸を取ろうとした。そのどっちとも直詭に止められた」

「当たり前だろうが」

「何が当たり前なの?」

「……………」

「直詭は前に、帝王学の知識は無いって言ってたわよね?なら、王である私が感じている重圧と、それに対する責任の取り方に関して、私よりも正しい答えを持っているというの?」

「……そんなもんは持ってねぇ」

「じゃあ何で止めるの?孫伯符として、孫呉の王として、納得し得る答えを提示してくれないと、今回は直詭の言を無視せざるを得ない」

「……………」

「一時の感情論なんて聞きたくない。明確な答えを提示しなさい。これは王命よ」

「……承った」


目は逸らさない。
答えが纏まってもいないのに口を動かすような真似もしない。
……今は臣下として、膝をつく。
その上で、はっきりと自分の想いを言葉にする。


「あの時──虎牢関の城壁での言葉、覚えてるか?」

「えぇ、鮮明にね」

「俺もだ。その時の言葉を、孫呉の王としての本意だと受け取ってるから、玉座から退くことに対して首を縦に振れない」

「……………」

「目指す先は“天下”じゃなくて“平穏”だと言ったよな?現状、それは叶ったと言えるか?」

「……いいえ」

「孫堅さんの墓前でも言ってたよな?悲願を果たすのはこれからだって……そう、雪蓮の本当の戦いは、これから始まるんだ」

「……………」

「先の曹操との戦に、雪蓮の恥じるところは無い。けど、これからの戦いを全て投げ出すなら、それこそ俺は許せない。漸く始まった孫呉の未来に、導き手が退くことは足並みを乱すことに他ならない」

「つまりは……まだ、私は降りる時期ではないってこと?」

「袁術から取り戻した大地……その全てが盤石とはまだ言い切れない。王座から降りるにしても、やるべきことを成していないのに、それが許されるとは思わない」

「じゃあ直詭……私はまだ戦わなくちゃいけないのね?」

「俺からすれば、それこそが責任を取ることにつながると思う。呉王の本懐を示さないまま次代に託すのは、素人目にも愚行に映る」

「……そっか」


緊迫した空気が消えた。
納得してもらえたってことだろう。
無言で雪蓮から合図を貰い、その場に立ち上がる。


「ふふっ♪じゃあ冥琳、打ち合わせ通りに、ね?」

「あぁ。白石」

「ん?」

「お前を、呉王の親衛隊隊長に任命する。嫌とは言わさんぞ?」

「……俺が来るまでに、そんなこと話してたのか……」

「その身が危うければ助け、その道が誤れば正す。白石の人間性こそ知っているが、それが出来得るだけの能力を有しているか、私も雪蓮も確認しておく必要があった」

「……まさかとは思うけど、その為に一芝居打ったわけじゃねぇよな?」

「そんな真似はしないわ。蓮華に王位を譲るかどうか、迷っていたのは事実だし」

「──てか、こんな大事な話するなら、もっと面子集めたほうが良かったんじゃねぇか?」

「事前面接と言うことにしておいてもらえるか?他の皆にも後々説明するが、口を挟まれたくなかったというのもある」


あー……今の会話だと、蓮華あたりが口挟むな。


「じゃあ、もう一度私の口から改めて」

「……あぁ」

「白石直詭……我、孫伯符の第一の兵となり、この身に及ぶあらゆる災厄を跳ね除けるとここに誓え!」

「僭越ながら……王命、確と承る。雪蓮──いや呉王……俺と言う凶刃、好きなように使ってくれ」

「心得たわ」












後書き

遅くなりましてスイマセンw
それ以外ないです(オイ
……とか言いつつ、ちょっとあることに挑戦中……
……もとい、挑戦する準備中……
今年中にお披露目できればいいなと考えています。

あ、次回から日常編書こうかと考えています。
ついでに言うと、雪蓮生存ルートなので、オリジナル路線走ることにもなります。
今後とも遅筆ですが、お付き合いいただければ幸いです。


ではまた次話で



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.