虎の章/第60’話『凶兆布告』


曹操との戦からあっという間に一月経った。
その間に大休息の命も解かれ、ある意味の日常へと戻って行った。
勿論俺も同じように仕事に復帰したわけで、兵士の中には未だに心配してくれる声もある。
ありがたい話ではあるけど、元々がそんなに重症だったわけでもない。
命が解かれるよりも前から、いつでも復帰できるように下準備はしておいた。

ま、江東の地に今必要なのは“平穏”だ。
俺も含め、武官は巡回だの警邏だので大忙し。
あの戦の事もあって、街の人々から曹操の悪口も聞くけど仕方のない話。
そう言った感情は別に押し殺す必要はないと思うし、それで自分の国を愛してくれるなら意味のある戦だったとこっちも割り切れる。

……そう、それでお終いの筈だったんだ。
あの戦を蒸し返したところで、ただただ敵愾心を煽るだけ。
現状を鑑みれば、平穏と言う目標に向かって地盤は固めなければならない。
けど……──


「──以上が、揚州で広まりつつある噂です」

「面倒ねぇ……」


朝議での報告。
細々とした問題はさておき、今は思春が持って帰ってきた報告が最優先事項だろうな。


「曹操とのあの戦……そこで雪蓮様への暗殺が行われた。この部分だけが尾鰭を付けて広まっている、と?」

「うむ、亞莎の言う通り……中心地であるここ建業よりも距離のある場所では、雪蓮が死亡したという誤解が生じている」

「そんな……だって、直詭が身を挺して……」

「そうね。折角直詭が守ってくれたのに、私は殺されたことになってるんだもの……面白く無い話よね……」

「それでぇ、各地では何か動きはあったんですかぁ?」

「一部では、武装蜂起の準備を進めている様子です。盗賊や江賊を傘下に加えるような動きも見られるとか……」

「……江東の皆、お姉ちゃんが死んじゃったかもって噂だけで、叛旗を翻そうとするなんて……」

「小蓮の言いたいことも分かるけど、ある意味仕方のない話かもな」

「えっと……獅鬼様、つまりは……?」

「どこに忠誠心が向いていたかって話だ。“孫呉”じゃなくて“孫策”にだったら、今回みたいな反乱がおきることはそれほど不思議じゃない」

「実に面白くない話だが、白石の言うことが尤もだろう」


袁術の悪政に比べれば、雪蓮のカリスマの方が信憑性がある。
それに恭順していれば寝食は保証される。
けど、いざその雪蓮がいなくなってしまえば、奥底に秘めていた野心が浮き出て来る。
事実確認もしないで動くってことは、案外と野心は浅いところにあったと見ていいだろう。


「まぁ、皆もあまり気を張り過ぎることは無い」

「って言うと、冥琳には何かいい案でもあるの?」

「至極単純な話。要するに、内乱を鎮圧すればそれでいい」

「ですが、他国は動かないでしょうか……?」

「曹操の方は大丈夫だろう。あの戦に自分たちの不始末があったことを全面的に認めて、俺たちに物的に謝意を示してきたわけだし」


戦の翌日に使者としてやってきた曹操。
あの時面会したのは俺だ。
勿論、言葉だけってわけじゃない。
俺は雪蓮から借りた宝剣で曹操の頸に触れた。
後ろにいた一刀たちが青ざめてたぐらいだ、こちらの怒りは十分伝わってる筈。
んで、曹操からも、暗殺未遂をやらかした部隊の頸が贈られてきた。
仮にも王の代理だったから受け取ったけど、その重みにはさすがに背筋が冷たくなったのを覚えてる。


「あれだけの謝意を示して、内乱に乗じて国境を超える……これは、曹操の性格を考えてもありえんな」

「なら、もう一方の──劉備は?」

「友好関係をいったん白紙にする、ってやつよね?ま、それも仕方ないんじゃない?」

「それもやっぱり、雪蓮様が暗殺されたとの噂で──」

「それは違うんじゃないですかねぇ」

「……と言うと穏、お主はどう思う?」

「はい〜、劉備さんの下にいる軍師のお三方。こちらが国内でいざこざが起きているのですから、それが収まるまでの一時的な解消かと〜」

「劉備もそれなりの勢力になったからねぇ。多少なり威厳という物を民衆へと誇示する必要がある、か」

「だとすると……他国からの介入は無いって考えても……?」

「えぇ、蓮華様。勿論他国の監視は続行しますが、侵略行為は無いと考えても問題ないと思われます」


だとすると、俺たちが今やらないといけないのは──


「ねぇ冥琳。内乱の鎮圧なら、私が出たらすぐ収まるんじゃない?」

「あぁ、その通りだ。だからこそ、今回雪蓮に出番はない」

「……………えぇっ?!」

「確かに恭順している相手が目の前に現れれば戦意も失せるだろう。だが、それは根本的な解決にはならない」

「そりゃそうだ。だって雪蓮、いずれは蓮華に後を継がせるんだろ?」

「そ、そうだけど……」

「なら、雪蓮がいなくても、孫呉は盤石だって示す必要がある。蓮華にとってもいい経験になるだろうし」

「な、直詭?それって私に総大将やれとでも言うつもり?」

「俺はそうした方がいいんじゃねぇかなって思ってるだけ。本格的な部隊編成は専門家に任せる」

「うぅぅぅ〜〜〜……」


今は蓮華も帝王学の勉強の真っ最中。
けど、こういう経験もきっと必要なはずだ。
出来るだけサポートしてやるつもりではいるけどな。


「ならば、白石の案も採用しよう。蓮華様、此度の鎮圧では総大将として出向いていただきます」

「……ねぇ直詭」

「ん?」

「それが……今の私に必要だって、直詭はそう思ってるの?」

「あくまで俺は、な。雪蓮が蓮華に後を継がせるって考えてるなら、総大将としても王としても場数は踏んでおくべきだ」

「……分かったわ」


承諾した蓮華の目には、確固たる覚悟が見えた。
他の皆にも力強く見えたんだろう。
各々の表情は明るい。


「では、部隊の編成は私と穏で行う。ちなみに白石」

「……今回は蓮華の護衛ってか?」

「いや?お前にも今回は出番はないと言うだけの話だ」

「……何でまた?」

「決まっているだろう。この我が儘な王を一人で放置できると思うか?」

「無理だな」

「え、ちょ、直詭?!即答ってひどくない?!」

「普段の雪蓮を見てたら普通の反応だ」

「まぁ白石だけに押し付けるのも酷な話。念のため、白石に李緒を預ける」

「オレっすか?」

「李緒なら、白石の言うことを素直に聞くだろう?」

「ま、まぁ……アニキに言われたら、断れねぇっす」

「白石もそれでいいか?」

「実にありがたい人選だと感じてる。その代り、さっさと帰って来いよ?」

「無論だ。他国に後れを取るわけにもいかん」

「じゃあ蓮華、私の剣を持っていきなさい」

「えぇっ?!ま、まだ家督を継いだわけでもないのに、家宝の剣を手にするなど……!」

「いいから、ね。その剣に染みついた様々な想いも、いずれは蓮華に背負ってもらわないといけないし……手にするだけでも見えて来るモノがあると思うわよ」

「ね、姉様がそうおっしゃるなら……」

「なら雪蓮。留守は任せるぞ」

「えぇ。宴会の用意して待ってるわ♪」

「……白石、くれぐれも──」

「言われなくても、手綱は離さねぇよ」











蓮華たちを見送って、残されたのは俺たち三人。
この三人でも片づけられる書類くらいあるだろうし、さっさと屋敷に戻ろうと思った矢先──


「ねぇ直詭」

「却下」

「まだ何も言ってないのに?!」

「道草食う暇あるなら仕事しろ」


こういう部分の面倒見させるために、冥琳は俺を残したんだろうな。
まぁ悪いけど、李緒にはあんまりこの辺期待してない。
どっちかって言うと、李緒も雪蓮に似て遊ぶのが好きな方だ。
……ちゃんと仕事はしてくれるんだけどな?


「けどアニキ、腹減ってねぇ?」

「そうよ。部隊編成も結局手伝って、お昼ご飯食べ損ねてるじゃない私たち」

「飯なら屋敷に戻ってからでいいだろ?」

「でもぉ……」

「あ、アニキ、実はオレもそろそろ限界で……」

「……ったく」


二人分の面倒見るのは怠い。
これはさっさと飯食わせたほうが良いな。


「分かった、どっかで飯食うか」

「そうしましょ♪」

「その代り──」

「分かってるわよ。ちゃんと仕事はするから、ね」

「李緒もだぞ?」

「おう!」


そんな訳で街を散策。
まぁ昼飯時は少し過ぎてる。
どっか適当に店に入っても空いてるとは思うけど……


「ん?雪蓮様、アニキ。アレ何すかねぇ?」

「どれ?」


もう二筋くらい行けば飯処が多い通りだ。
その手前で李緒が何か見つけたらしい。


「人だかりができてるわね。旅芸人でもいるんじゃないの?」

「別に放っておいていいんじゃね?」

「そうっすけど……ちょっと見てみたくて……」

「ん〜、そう言われると私も見てみたいかな」

「……お前ら飯は?」

「ちょっと覗くだけよ。大した寄り道にならないから行きましょ?」

「……ハァ、分かった」


こういう部分は二人とも女の子らしいというか……
興味があるもの見つけると、腹の虫も鳴りやむらしい。


「うわーっ、すごい!当たってます!」

「すごいよね!本当にすごいよね!」


人だかりはどうも女性ばっかりらしい。
随分と賑やかなのは良いとして……
“当たってる”って言うのはどういう意味だ?


「何かやってるの?」

「あ、孫策様!」

「凌統様に獅鬼様も!」

「うっす」

「どうも」


雪蓮の声に、集まってた人達がこちらに視線を向ける。
……別にいいんだけど、何で俺だけ“獅鬼”かねぇ?
まぁ民にまで浸透してるだけだろうけど……
偶には“白石”の方も呼んでほしいって思うときはある。


「この占い師の方、とてもすごいんですよ!」

「占い師?」


道を空けてもらえれば、メガネをかけて白い着物を纏っている男がいた。
こちらを見て、軽く一礼してくる。


「へぇ?あなた、占いが出来るの?」

「今はまだ修行の身ではありますが」

「どんな感じに占うの?やっぱり星を見たりとか?」

「いえいえ……私の占いは少し特殊でして」

「どんな風なの?」

「ご覧になられますか?」

「構わないかしら」

「勿論です」


そう言いながら、その占い師は目の前に置いてある机に盆を置いた。
そこに水を注いで、キラキラした砂を入れていく。
……元いた世界でもあんまり見たことない類だな。


「さて……どなたから占いましょうか?」

「李緒はどう?一番最初に見つけたわけだし」

「ん〜……でもオレ、あんまり占いとか興味なくて……」

「おや、それは残念ですね」

「じゃあ直詭は?」

「ま、物は試しだな。占ってもらうか」

「では、失敬ですが髪の毛を一本頂けますか?」

「髪の毛?」


よく分からないまま、一本引き抜いて渡す。
すると盆の中に入れて、その上に手をかざしだした。


「こうして念じると、過去や未来などが伝わってくるのです」

「ふぅん」


ぶっちゃけあんまり信じてない俺がいる。
要は水晶玉占いみたいなもんだろ?
それなら占星術とかの方がまだ信憑性がある気がする。


「……ほぅ」

「何が分かった──」


占い師に問いかけようとした時だった。
最初に入れてた砂が、意思を持ったかのように動き出した。
んで、それが文字のように並びだす。
……俺はその文字に見覚えがあった。
だってそれは……──


「とても不思議な身の上なのですね。異なる世界からいらしたのでは?」

「……そうだ」

「すっごーい。天界から来たってわかるんだ」

「………………」

「どうかされましたか?」

「……何でも」


……こいつ、一体何者だ?
どうやって砂を動かしたかは分からない。
けど、その砂が示した文字──
間違いなくアルファベットだ。
この世界──と言うより、この地域で使われるはずのない文字……


He has come from the different world(彼は違う世界から来た)


コレが記された文章だ。
スペルも文法も間違ってない。
コレを文字として、もっと言えば文章として、この占い師は理解した。
理解して、読み解いた。
……自分の中で、この占い師に対しての警戒心が高まって行くのが分かる。


「ホントに当たるのね。じゃあ私も──」

「……雪蓮」

「どうしたの?」

「……いや、やっぱりいい」

「……………?それで、私も占ってくれるかしら?」

「はい。では同じように髪を」


俺の髪の毛を取り出して、代わりに雪蓮の髪の毛を入れる。
手順はさっきと同じ。
ただ俺は、そこに記される文字に意識を注いでいた。
……一瞬占い師に目配せした。


「……………」

「っ!」


……俺に分かるように、口元がほんのわずかに吊り上げていた。
それもあって、急いで盆へと目を向ける。


「──っ?!」

「おやおや……あまり宜しくない未来が映っていますね」

「宜しくない未来?」

「詳しくは分かりかねますが……ひょっとすると、その身に危険が及ぶやもしれません」

「そう」


雪蓮はそう返事をしながらも表情は穏やか。
俺の表情の変化には気付いているんだろうか……?


「李緒、代金を支払ってあげて」

「あ、はい」

「一応気には掛けておくわ。占ってくれてありがと」

「いえいえ。これからも精進しますので、また機会がありましたらよろしくお願いします」

「えぇ、精々頑張りなさい」


李緒が代金を支払ったのを見て、雪蓮はその場を去って行く。
俺も李緒に小突かれて、連れ立って後を追う。
……一度だけ振り返って、占い師に声をかけた。


「……名前、聞いていいか?」

「はい。于吉(うきつ)と申します」

「分かった」


出来るだけ心を落ち着けて……
俺が立ち去る前に一礼してきた于吉に対して、一瞬だけ睨みを利かせた。

雪蓮にどう伝えるべきか……
きっと、今日中に何か質問してくるはずだ。
あの文章をそのまま伝えても、きっと雪蓮は動揺一つしないとは思う。
けど……──


I kill you(私はあなたを殺します)










後書き

ちょっと日常編のネタがなかったので、本編を進めることにします。
ここからはほぼオリジナル路線。
頭の中で描いている構想をどれだけ文字にできるかの勝負にもなります。
努力はしますが、筆の進み具合はいつも以上に遅くなるかもしれません。
それでもお付き合いいただければ幸いです。



ではまた次話で



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