虎の章/第62’話『悪魔の交換条件』


外からの声に、部屋の空気が一変した。
俺も雪蓮も、瞬時に表情が変わる。
得物に手をかけ、どんな形で部屋に入ってこようと──


『……‘縛’』

「「っ?!」」


扉の向こうから声が聞こえた。
その言葉が聞こえたのと同時に、見えない何かに後ろ手に拘束された。


「ぅぐっ?!」

「きゃっ?!」


ドサッ


自分の身に何が起こったのか、瞬時に理解できない。
急に拘束されたこともあってバランスを崩し、俺も雪蓮も床に体を打ち付けた。
そして──


「改めて、お邪魔致します」


悠々とした足取りで、そいつは部屋に入ってきた。


「……やっぱりお前か、于吉!」

「少々来るのが早かったでしょうか?」

「来て良いなんて、私は言った覚えはないけれど?」

「そうでしたか。まぁ、お気になさらず」

「お前……俺たちに何した?」

「分かり易く言えば呪術の類です。お二人とまともに戦っても勝算はありませんし、こちらの方が私としても楽なもので」

「……私の事を殺すって言っておいて、術に頼らないと何もできないの?」

「おや?孫伯符にあの文面を教えたのですか?」

「……教えねぇ訳ねぇだろうが」


その部分に関しては于吉の予想と違ったらしい。
眼鏡をいじりながら少し考え、けど余裕たっぷりの表情でこちらに向き直った。


「ふむ……まぁ計画に支障は出ないので良しとしましょうか」

「……それで于吉、私を殺す理由くらいは聞かせてくれるんでしょうね?」

「知る必要がありますでしょうか?」

「私の興味をそそると言うだけの話よ」

「そうですか。ですが、“あなた”は知る必要はありませんね」


そう言いながら、于吉は手で何かの印を結ぶ。
少しだけ目を閉じて集中したかと思えば──


「……‘操’」

「……………っ」

「っ?!おい、雪蓮?!」


雪蓮の目から光が消えた。
まるで生気を感じられない。
同時に、拘束を振り解こうとしてた動きも止まって……


「于吉……!」

「ご安心を。まだ殺してはいませんよ」

「……何だと?」

「孫伯符を殺すにしても、私の痕跡を残すわけにはいかないんですよ。なので──」


完全に俺の方に体を向けてきた。
余裕釈然とした表情はそのまま……
ただ、于吉の目は明らかに見下してるようで……


「あなたに、孫伯符を殺していただこうと思いましてね」

「……冗談にしては出来が悪いな。それを俺が実行するとでも?」

「別にあなたの意思は関係ありません。“白石直詭が孫伯符を殺した”という状況が作れればそれでいいのです」

「……どうやって?操り人形にでもしようってか?」

「ええ、その通りです」

「……………」

「ですが──」

「ん?」

「あなたの境遇には同情を感じ得ないもので……その辺りのお話をしたいと思い、今は孫伯符の意識を奪う程度に留めています」

「俺の大切な人を殺そうって奴と、特に話したいとは思わねぇけどな」

「いえ、きっと耳を傾けてくれますよ……“贄ノ子”」


……聞いたことのない呼び名。
今まで誰からもそんな呼ばれ方をしてことは無い。
なのに……何でだ……?
何でこんなに……その呼び名を腹立たしく思ってるんだ、俺は……?


「ふふっ……さて、少し話をしましょう。歴史の流れという物の重要性について、ね」

「……………」

「贄ノ子、あなたはこの世界を不思議に思ったことはありませんか?」

「……何がだ?」

「あなたにとって過去の傑物の悉くが女性であること。そして、あなたが特に口を挟まなくても、あなたの知っている通りの歴史に沿って物事が動いていると言うこと」

「……………」

「不思議には思わなくても、何かしら思うことはあったようですね」

「それが何だ?じゃあ俺が口を挟めば、違う流れになってたとでも言いたいのか?」

「おや、そこまで理解してくださるのですか。それは話が早いですね」


……一々癪に障る話し方しやがる。
俺が苛立ってるのは于吉も分かってるんだろう。
分かった上で、その話し方をしてくる。
……少し落ち着け、俺。
感情に任せていいタイミングは必ずやってくる。
今は冷静に……


「あなたと……後は北郷一刀。歴史を知るものが口を出せば、本来進むべき道筋から外れ、異なる未来へと世界は進みます」

「それが何か問題でもあんのか?同じ名前と同じ歴史……けど、世界が違うなら進む未来が違ってもいいはずだ」

「良くありませんよ。それを認めてしまえば、この世界は一個の確立した世界として存在してしまう」

「……それをお前は良く思ってねぇと?」

「私一個人の話ではありません。私と同意見の者もそれなりにいましてね……今回はあなたの愚行の尻拭いに来たのですよ」

「……………愚行?」


そのワードは、俺の心中の怒りに火をつけるのに十分すぎた。
けど、必死にその怒りを抑え込む。
今はまだ怒りを爆発させる時ではない。
今はまだ……こいつと“話し合い”をする時間だ……


「あなたも本来の歴史を知っているでしょう?孫伯符は若くして死去し、孫仲謀が後を継ぐことを」

「知ってたら何だ?」

「大凡一月前、曹孟徳の刺客から孫伯符を護りましたよね?」

「あぁ」

「私の言う愚行とは、“それ”の事ですよ」

「……随分な言い方するな?あの時に雪蓮を護ったことが、そんなに問題だってのか?」

「はい。お蔭でこの世界の進む未来が変わるかもしれない……そう言う状況になってしまったのですよ。辛うじて、今ならまだ時期的に間に合うんですが」

「間に合うって?」

「孫伯符が歴史の舞台から退場する時期が、ですよ。まったく……仕込みをするのに時間がかかったのが悔やまれます」

「……その仕込みってのは何だ?」

「江東の各地で少々……噂を広めるというのも骨が折れるもので……」


……成程?
つまりは雪蓮が死んだって言うあの噂……
于吉が各地に広めたってことか。

理由くらい想像つく。
各地で反乱の芽があるなら、その芽を潰さないといけない。
総大将として推薦されるのは蓮華の確率も高い。
実際に俺も推したし、他の皆もすぐに賛成してたからな。
そうなれば、雪蓮の周りから人は減る。
こうやって堂々と屋敷に押し入ってくることくらいは──


「……おい于吉。屋敷の連中にも何かしたのか?」

「そこまでの事はしていませんよ。ただ、“私と言う存在を認識しない”という術をかけただけ……なので、私が関与する物事に誰も反応しないだけですよ」


それでさっきから静かだったわけか……


「……やや脱線しましたが、異なる世界を認めない者はたくさんいます。私もその一人……」

「この世界を認めないとして……それで雪蓮を殺す理由になるとは思えねぇけど?」

「歴史の大筋さえ同じであれば、いくらでも処理できます。確立した世界になってしまってからでは遅いんですよ」

「……雪蓮が、孫策が早逝するのも、歴史の上での大筋だってか?」

「はい。なので、この世界の住人にすでに認知されているあなたの手を使って、孫伯符の息の根を止めようと思いましてね」

「……どんな術を使うか知らねぇけど……俺が抵抗しないとでも思ってんのか?」


後ろ手に拘束されたまま、腹筋とか使って膝立ちになる。
動かせないのはあくまで腕だけだ。
見た感じ、于吉は武闘派ってわけじゃない。
術を使われる前に、意識を飛ばすくらいの攻撃は可能だ。


「……これは失礼。説明不足だったようですね?」

「あン?」

「確かにあなたにも術をかけるつもりですが……その前に、あなたの息の根を止めさせてもらいます」

「……どうやって?」

「……このように」


そう言いながら、于吉は雪蓮の方へと腕を伸ばす。
すると、糸で吊られた人形のように雪蓮は立ち上がって……


「っ?!」

「言いましたよね、この世界に私の痕跡を残すわけにはいかないと……なので、まずは孫伯符を操ってあなたを殺し、その後であなたの死体を操って孫伯符を殺します」

「……チッ」

「これなら、あなたは抵抗しないでしょう?……まさか、大切な人を足蹴にするおつもりで?」


意地で立ち上がった俺に対して、さっきまでと変わらない余裕のある笑みを向けて来る。
その笑みに、凄まじい邪気を感じた。
命を奪うことに対して何も感じていないんじゃない。
命を奪う過程で、双方にとって最も苦しむ方法を取ろうとしてる。
そして、そのことに愉悦を覚えてる顔をしてやがる。


「于吉、てめぇ……」

「ふふふ……恐ろしい殺気ですね。元はただの学生だというのは信じられませんよ」

「お前が雪蓮を操って俺を殺すよりも、俺がお前に攻撃を与える方が断然早い……俺の大切な人を好きにしてくれて、少し痛い程度で済むと思ってんのか?」

「確かに……この世界で培った武を以てすれば、私はあなたに勝てませんね。ですが、私がこんな条件を提示すればどうでしょうね?」

「……条件?」

「この世界では、あなたに死を迎えていただきますが……元の世界に戻れるとしたら、いかがでしょう?」

「……………」

「私を含め、この世界の確立を良しとしない者は、あなたのことを“贄ノ子”と呼んでいますが……それはあまりにも無慈悲な境遇。大人しくしていただければ、元の世界に帰して差し上げると約束しますよ?」


……元の世界に未練が無いわけじゃない。
コイツの言うことを信用できるわけでもない。
けど確かに、それが実現できるなら交換条件にはもってこい……
……けど──


「ちなみに、その呼び名はどうやって……?」

「自然とそのように呼ばせてもらっていましてね。詳細を伝えることは出来ませんが、恨むのであれば北郷一刀を恨んでいただきたい」

「……成程?将来的に一刀は歴史を変えようとするのか」

「察しが良いですね」

「ただの推測だ。けど、それなら一刀はどうするつもりだ?」

「私の同朋が忠告してくれていますが……まぁ聞いてはくれないでしょうね。であれば、あちらの方には消えていただくことになるかと……とは言え、あなたはそれなりに聡明とお見受けしますが?」

「フン……仮に、同じように俺にも忠告があったとして……大切な人を失うかもしれないなら、俺もその忠告には耳を貸さねぇよ」

「……ハァ、やれやれ……高々人間の感情など、世界に比べれば小さく儚いモノ……それで身を滅ぼした人間は数知れず……あなたもその愚行を犯すので?」

「くだらねぇ質問してんじゃねぇよ……俺はさっきからずっと──」


……拘束されたままでも、得物は手放さなかった。
この体勢で使えるわけじゃない。
それでも、于吉に攻撃することは出来る。
だから目線は逸らさずに、于吉と雪蓮の間へと進む。


「──お前の罵詈雑言にキレてんだよ……そろそろお前の口、動かなくさせるぞ?」

「条件は呑んでいただけないと……ハァ、愚行を犯すなら、考え方も愚劣とは……」

「何とでも言え。俺が好きな人を侮辱しておいて、ただで済むと思うな……?」










後書き

……何か短いなぁと思いつつの投稿ですw
すんませんw



ではまた次話で



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