「……ハァ」

「ん?」


あれって音々音だよな?
何を一人で大きな溜息吐いてるんだ?
それも庭のど真ん中で……
奇妙、とは言わないけど、気にはなるな。


「おーい、音々音」

「……あ、白石殿……」


呼びかけるとすぐに反応してくれた。
傍に寄ってみるとよく分かる。
随分と暗い表情してるな……


「何かあったのか?そんな表情して溜息まで吐いて」

「いえ、何も、ないであります」

「口調まで暗いぞ?」

「……………」


ほんとにどうしたんだ?
いつもならもっとハキハキしてるし、何より恋と一緒にいるだろうに。
今日は恋と律で警邏に出てるんだっけ?
いつも一緒に着いていくくせに。


「ほんとに、何もないのか?」

「……ないであります」

「相談くらい乗るぞ?」

「……ですが……」


なんか言いにくそうだな。
無理に聞いても悪いか。


「まぁ、言えない内容なら聞かないが……無理すんなよ?」

「はい……」


心配はするが、付きっきりにはなれないからなぁ。
誰かに聞いてみるか?
いやでも、音々音って悩みとか打ち明けられるような相手いたか?
……恋には間違っても言わないだろうし……


「んー……」

「……………」


どうも口は開くつもりはないらしいな。
仕方ない、部屋に戻るか。


「じゃあ音々音、俺行くわな」

「……ぁ……」


声が漏れたってことは、ほんとは何か言いたいってことか?
ただ、ここだと誰かに聞かれる可能性もあるだろう。
仮にも、音々音は軍師だ。
頭の回転は俺よりも早いだろうし、その辺も理解したからこそ言わなかったのかな?


「し、白石殿!」

「ん?」

「……お、折り入ってご相談があるであります……」

「……場所、移すか?」

「はい……」


口調は暗くて弱々しい。
何か悩みごとのある証拠だといっても過言じゃないだろう。
ただ、話してくれる気にはなってくれたみたいだ。
こういう時は、ちゃんと真摯に聞くのが務め。


「どこに場所移す?」

「ねねの部屋でいいのであります」

「分かった」


そのまま横に並んで音々音の部屋まで向かう。
ただ、音々音の足取りが重いのは見て取れる。
いつもならもっと早いんだろうけど、体感では倍近く時間がかかったように感じた。











「……早速、聞いてもいいか?」

「お話しするであります」


部屋にはしっかり鍵も掛けた。
窓も閉めきって、聞き耳でもたてられない限り大丈夫だろう。
さてさて、これほど悩んでる音々音も珍しい。
俺程度で解決できるかちょっと不安だな……


「実は……無いのであります……」

「無い?何が?」

「あ、アレが……」

「……………」


……え、いや、その、へ?
ちょ、ちょっと落ち着こうか?!
深呼吸深呼吸……
……も、もう一回訊こう……


「わ、悪い……もう一回言ってくれるか?」

「でありますから、その……!アレがないのであります!」

「……………」


こ、これはどう受け止めたらいいんだ?
女の子の口から「アレがない」と言うセリフを初めて聞いたが……
思考が停止して、何も言えなくなるぞ、マジで……


「い、いつから……?」

「10日前ほどから……」

「……俺以外に相談とかは?」

「まだしていないのであります……」


ま、待て、落ち着け?!
こういう常套句を本で読んだことはあるが、たいてい笑って済ませられるオチだったことが多い!
まだ大丈夫だ、焦るような時間じゃない!


「で、でも、音々音?いくらなんでも、そんなことは無いんじゃないのか?」

「……こうやって実感している以上、無いという答え以外見当たらないのであります……」

「じ、実感、ねぇ……」


ど、どうすれば……
こここ、こういう時のお約束としては、「責任とります」だっけ?
……い、いやいやいや、ちょっと待つんだ俺!
ちゃ、ちゃんと確認しないと……


「ね、音々音?最初の質問に戻るかもだが、その、アレって何だ?」

「あ、アレとはアレであります!」


や、やめろ!
赤面しながら叫ぶんじゃねぇ!
ひょっとして焦る時間はとっくに過ぎてるのか?!
お、俺、どうしたらいいんでしょ……?


「……………む?あ、そう言えば、アレは白石殿にも責任の一端があるのであります」

「……マジッスカ……?」

「マジなのであります!」


何か、自分が青ざめていくのが分かるようだ……
ど、どどど、どうしたら……?


「なので、白石殿にも協力していただくであります!」

「……そ、そりゃ、俺にも責任があるって言うなら協力するが……」

「なら助かるであります」

「た、助かるのか……?」


音々音風に、責任をとれという事なのか、これは……?
だ、だとしても、恋になんて言えばいいんだ?
俺からは何て言えばいいのか……


「なら、早速行くであります」

「ど、どこに?」

「協力していただく以上、選んでいただくのにもご一緒願うのであります」

「……選ぶ?選ぶって何を?」

「当然、玩具の類でありますよ。後々必要になるのは目に見えていますし」


い、今からその辺のご準備なさるんですか?!


「他にも色々と準備する必要があるので、荷物を持つのを手伝ってほしいのであります」

「そ、そんなに買うものあるのか?」

「当然であります。祝い事でありますし、少しばかり盛大にしても問題ないと思うのです」


……い、今更だが、俺、何をしてしまったんだ……?
責任とれとは言われても、よくよく考えて見りゃ何もしてないような……
ただ、アレがなくて、責任とって、祝い事で……
……に、逃げたらさすがにヤバい、よな?


「では、店が閉まる直前に向かうのであります」

「な、なんでまたそんな時間帯に?」

「……恋殿には見つかりたくないのであります」

「恋に……?」

「白石殿は違うのでありますか?」


……いや、違わない……
音々音と一緒に過ごしてた時間は恋の方が長い。
何の間違いかはまだ把握しきれてないが、何か知られるとマズい気がする……
ここは音々音に従っておいた方がよさそうだ……


「ただ、ねねも選ぶのは初めてであります故、白石殿のご意見も伺いたいのでありますが、よろしいでありますか?」

「……よろしいです」


……神様、俺、何か悪いことしましたか?


「では、時間を伺って出発するであります」

「か、金は俺が持つわ」

「よろしいのでありますか?」

「……いや、持ったほうがいいんじゃねぇの?」

「別に構わないのであります。なら、折半と言うことでよろしいでありますか?」

「じゃ、じゃあ、それで……」











日が落ちる間際、何とかすべての買物は終わった。
……中身か?
その、赤ん坊が使うような玩具とか、赤ん坊用のミルクだとか……
買ったのは全部音々音なんだが、後ろで見てるたびに胃がキリキリと痛くてだな……


「白石殿?ひょっとして重いのでありますか?」

「そ、そんなことは無い!」

「そ、そうでありますか?」


驚いて思わす声がでかくなった。
流石に周りにいた人々の視線が集中した。
……お、落ち着くんだ……


「これで、後は──」

「……あ、後は?」

「アレがない事だけが気がかりなのであります……」


……もうやめてくれ、俺のライフはゼロだ……
いや、ライフと言うよりメンタルの方が……
そんな顔を赤らめて言われると、もうどうしたらいいか分からん……
な、何か打開策は……!


「ですが白石殿」

「な、何だ?」

「……立派な子が生まれてくれると良いでありますね」

「…………………………」


何とかのジョーの最後みたいに、自分が白くなったように感じた。
まだどこかで逃げ道が用意されてると信じていたのに……
それをこんな、少し頬を染めた笑顔でこんなセリフ言われたらもう……
……俺、腹を括らなきゃいけないのかな……?
……下手すると、括るのは首になるかもしれん……


「(ゲームオーバーの文字が見えるようだ……)」

「白石殿、少し急ぐであります。帰りが遅いと、恋殿にもご心配をおかけすることになるであります!」

「あ、あんまり走んな?」

「はい?」

「あ、いや、だから、その、何だ……いや、何でもない……」

「おかしな白石殿でありますねぇ〜」


何でにこやかでいられるんだ?
こういう時って、もっと不安になったりとかしないのか?
その辺の心情も、俺が汲み取らなきゃいけないのか?

そんな悶々とした気分を抱えながらも、何とか城までたどり着いた。
ただ、城門の前には何となく会いたくない姿があったわけで……


「ねね。直詭」

「恋殿?」

「……ど、どうかしたか、恋?」

「……(コクッ)」


な、何か言いたいことでもあるのか?
……よし、こうなりゃ最悪逃げ──


「……生まれた」

「本当でありますか?!」

「……………ん?」


え、生まれた?
何が?
だって生むのは……


「何をしているでありますか白石殿!早く行くであります!」

「お、おう……」


……ひょっとして、まだゲームオーバーじゃなかったとか?
ただ、さっき色んな意味で終了宣言されてるからなぁ……
ここからのどんでん返しが想像つかん……


「おぉ〜!母子ともに元気なのであります!」

「お母さん、頑張った」

「…………………………」


恋が先導するのに着いていけば、城の庭の木陰に犬の親子がいた。
子犬は今しがた生まれたばっかりって感じだ。
まだ粘液とかが体に絡みついてる。
……そういや──


「(この犬、妊娠してるのに一番最初に気づいたのって俺じゃねぇか……)」


恋の友達だってのに、何で忘れてたんだ?
……ん?
ちょっと待てよ……


「なぁ音々音」

「何でありますか?」

「その玩具とかって──」

「わーわー!まだ言っちゃダメなのでありますー!」


俺の口を背伸びして塞いできた。
……これを恋に知られたくなかったと?
別にいいじゃねぇか、恋だって喜ぶだろうし……


「ねね?」

「……う〜……実は、恋殿のお友達のために色々選んでみたのでありますが、ねねはこういうの初めてでありまして……」


俯きながらそう言う音々音に、恋はにっこりほほ笑んだ。
優しく頭を撫でつけて、嬉しそうな口調も続いた。


「ねね、ありがとう」

「恋殿……」


成程ねぇ、子犬が産まれるからそのお祝いに玩具を買いに行こうってことだったか。
確かにこの一件は、最初に気づいた俺にも責任の一端はあるわな。
……だけど、あれ?
音々音は確か、「アレがない」とか言ってたよな……?


「なぁ音々音」

「はい?」

「結局さ、アレって何なんだ?俺、未だに分からんのだが……?」

「あ、実は、その……」


また赤面してるし……
そんな恥ずかしいものなのか?
そんなこと思ってると、音々音は自分の口を俺の耳元に寄せてきた。
あまり周りには聞かれたくないってことか?


「(じ、実は……10日前ほどから、ねねの下着が一着見当たらないのであります……)」

「ハァ?!!」

「し、白石殿!声が大きいであります!」


アレって下着の事だったのか?!
いや、でもだとしたら、音々音の部屋で語ってくれた時に、俺に責任があるって……
……いや待てよ?
音々音、まさか──


「(なぁ音々音)」

「(何でありますか?)」

「(部屋で悩み事打ち明けてくれた時から、下着の件とこの犬の出産の件、頭の中で混ぜながら喋ってなかったか?)」

「(そうでありますが……何か問題でもあったでありますか?)」


オーケーオーケー、すべてを理解した。
……この野郎……


「し、白石殿?いかがされたでありますか?ものすごく怖い雰囲気なのでありますが……?」

「なぁ、音々音は今日俺に言った言葉はちゃんと覚えてるか?」

「お、覚えているでありますが……?」

「なら、俺の立場として反芻してみてくれるか?」


ゴメンな恋、訳分からないから首傾げてるんだろ?
ただ、もうちょっと待ってくれるか?
今日の俺の心労を音々音にも味わってもらわないと気が済まないんだよ……


「えっと、確か……アレで、アレが……──っ!!?」


お、気づいたみたいだな。


「あ、あ……ああ、あああ、あ……」

「……ねね?」

「た、大変申し訳ありませんでした白石殿!!!ねねは、ねねは何という事を口走って……!!」

「分かってくれたなら結構だ。まったく……あんな気分にさせられたのは生まれて初めてだ」


一瞬、本気で父親になるかもとか思ったんだぞ?
しかもそんな行為に及んでないのにもかかわらず……
なのに、責任とれとか言われたら、無意識にしてしまったのかと本気で焦った。
これからはちゃんと相手に真意を伝えるように喋って欲しいもんだ。


「〜〜〜っ!!!!」

「あ、ねね……」

「せめて今日はほっといてやれ、恋」

「……………?」


自分が今日言ったことを思い出してか、ものすごい勢いで走り去っていった。
ありゃ、布団の中で悶えるだろうな……
……何はともあれ──


「(俺自身に何事もなくて助かったぁ……)」










後書き


ねねは可愛い(確信
でもうまく使うのが難しい(泣
ちょっとドタバタした展開が似合うんですが、もうちょっと落ち着いた日常でもよかったかもですね。


ではまぁ、また次話で



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.