The long-awaited future/『Mistress and Regret』



「……詠、今のホント?」

「ボクだって信じ難いんだけど……」


初雪にはまだ早い冬のある日。
今は蜀での仕事を請け負ってる。
つい一月ほど前には呉にいたから、若干こっちの方が肌寒い。

んで、書類仕事はほとんど終わってたんだけど……
ちょっと──いや、かなり耳を疑う話を持って詠が部屋に入ってきた。


「あの月さんが?今になって?俺に?」

「驚いてるのは分かるけど、質問は1つずつにしてよ……」

「……悪い」

「でもまぁ、それが普通の反応よね。月が白石に言う内容とは思えないのはボクも同じよ」

「んー……まぁ……言われたら、俺も素直に従うだろうけど……」

「白石らしいわね」


ぶっちゃけ、月さんに対して俺は相当甘い。
過保護とか言われても否定できない自信すらある。
その点は詠とも共通してるんだろうけどな。
だから、ある意味時効と言ってもいいような今回の内容にさえ、俺は承諾しそうになってる。


「桃香は何か言ってた?」

「まだ話してないわ。でも、嫌だったら断っても問題ないとは思うわよ?」

「……俺にそれが出来ると思う?」

「偶にはいいんじゃない?」

「他人事だと思って気楽に……」

「勘違いしないでよ?今回に限っては、ボクは白石側なの。月の言い分はちょっと無理があるし、この部屋に来る前に散々話し合ったくらいなんだから」

「……詠が月さんに反論したってか?」

「……何よ?悪い?」

「いや、そうじゃなくて……珍しいなってだけ」

「……いいでしょ別に……」


いや、マジで珍しい。
ツンデレ口調はまぁ置いとくとして、俺に対して赤面してる詠とかかなりのレア映像だ。
……無かったことも無いか……?
最後の方の小声もバッチリ聞こえてたけど、聞かなかったことにしておこう。
……無駄にその辺茶化したら後が怖い。


「まぁ取り敢えず、だ。もう一回確認してもいいか?」

「えぇ」

「月さんによると、『虎牢関の戦いでの俺の行動への処罰』ってことだよな?」

「……言葉にして聞くと、やっぱり無理があるわね」

「──てか、まだそれしか聞いてないんだけど、俺ってそんなにマズい行動したっけ?」

「そこなのよねぇ……」

「……と言うと?」

「月からはその部分だけ伝えてくるように言われて、実際ボクも何を処罰するのか知らないのよ」

「俺がどんな行動したかも聞いてないのか?」

「何も、よ。ここ数日考え事してたかと思ったら、今日になって急にこの話をしてきて……」

「それこそ珍しいな。一番に詠に相談する印象なんだけど」

「まぁ今回は白石に関する案件だから仕方ないけど、ボクは白石にも相談する印象もあるわ」

「そうか?」


……え、俺の返事の何かが変だったか?
そんな呆れた表情されても困るんだけど……


「んー……ここで話してても埒が明かねぇし、月さんの部屋に行ったほうが早いな」

「同感だけど……いいの?月のことだから、そんな滅茶苦茶なことは言わないとは思うけど……」

「そうだなぁ……言うなれば、月さんへの信頼、かな?」

「信頼?」

「あぁ。月さんはきっと、俺がこの話を聞いても駄々捏ねないって思ってる。その信頼に応えるなら、堂々と顔を出したほうが良いと思う」

「……やっぱり白石ね」

「それはどういう意味だ?」

「さぁね」


なんか小馬鹿にされた気がする……
でも、なんか嬉しそうな表情にも見えるな。
……ま、詠も月さんのことが好きだからだろうな。
俺の発言が、月さんを否定することに繋がらないから、安心したってとこか。



結局さっきの返答はもらえないまま、月さんの部屋へと向かうことにした。
別に足取りも重くはない。
“処罰”とは言われてるけど、どこか安心感がある。
これも“信頼”の内なのかな……


コンコン


「月さん、失礼します」

「はい、どうぞ」


ノックをして、返答があったので部屋に入る。
……んで、部屋に入った俺と詠は目を点にした。


「えっと……恋、なんでここにいるの?」

「月に呼ばれた」

「あー……そう……」

「ねねもいるであります」

「お、おぅ……」


月さんは自身の机に腰掛けて、落ち着いた雰囲気を醸し出してる。
その左右に、恋と音々音が立ってる。
それにも驚いたんだが……


「ね、ねぇ月?その恰好は?」

「ナオキさんと大事なお話をするから、ね。だから着替えたの、詠ちゃん」

「へ、へぇ……」


いつものメイド服じゃない。
それこそ、虎牢関の戦い以前まで来ていた宮廷仕様の装束。
服装の違いも相まって、この部屋に妙な緊張感が漂ってる。
……もうちょっと緊張してから部屋に入れば良かった……


「ではナオキさん。詠ちゃんから聞いてくださっていますよね?」

「……………はい」

「ね、ねぇ月?」

「どうしたの詠ちゃん?」

「えっと、あの……せ、せめて説明くらいは必要じゃない?ボクもまだ納得してないけど、虎牢関についての叱責なんて遅すぎじゃない?白石だって納得してな──」

「──詠ちゃん」

「──っ?!」


……珍しく詠が黙り込んだ。
いつもは可愛いだけの笑顔なのに、今の笑顔にはもの凄いプレッシャーがあった。
一度は一国の君主になっただけはある。
着る物が変わるだけで、こんなに雰囲気も変わるんだな。


「──ナオキさんは、何か質問はありますか?」

「……いいえ、ありません」

「ちょ?!白石?!」

「詠、ちょっとうるさいぞ?」

「でも、だって──!」

「詠殿、今は月殿がお話しの最中であります」

「え?ねねまで?!」


ホントに珍しい。
元はこの5人、同じ釜の飯を食ってたんだ。
その中で詠が孤立するなんて、まず起こりえないことだったのに……


「……直詭、続き、いい?」

「問題ない」

「詠、静かにしてて」

「あぅぅぅ〜〜……」


恋にまで釘を刺されてる。
四面楚歌……とはちょっと違う、か?


「ではナオキさん、これから私にお付き合いください」

「分かりました」

「……ちょっと従順すぎません?」

「何か問題でも?」

「そういう訳ではありませんが……どういう理由で処罰されるかは気にならないんですか?」

「そうですね……気にならないと言えば嘘になりますけど、心当たりがあることも事実なので」

「……あるんですか、心当たりが?」

「はい」

「……では、“処罰”と聞いた時点で覚悟は出来ていたと……?」

「ある程度は、ですけど」

「……もしも、この場に恋さん達が居なかったら、心境は違いましたか?」

「違ったかもしれません。でも、居てくれてよかったとは思ってます」

「それは何故です?」

「この場から逃げようと考えなくてよくなったから、ですよ」


俺と月さんが、こんな神妙な面持ちで会話してることも珍しい。
詠はさっき恋が黙らせたから仕方ないけど、その恋や音々音も無言のままだ。
でも、最後に俺が表情を和らげたからのが良かったのか。
月さんも軽く頷いて微笑んでくれた。
おかげで、この部屋に張り詰めていた緊張感がゆっくりと消えて行った。


「……直詭、いい?」

「ん?」


空気が変わったのを悟ったのか、恋が口を開いた。


「心当たりって?」

「あー、それ?」

「ねねも聞きたいであります」

「ボクもよ!心当たりがあったのなら、何で先に言ってくれないのよ!?」

「……こんな至近距離で怒鳴るな」


音々音は兎も角として、詠の怒鳴り声は相当だった。
軽く耳鳴りもしたくらいだ。
声のトーンくらい抑えろ、仮にも軍師だろうが……


「心当たりって言っても、かなり曖昧なものだけどな」

「……折角ですしナオキさん、お聞きしても良いですか?」

「えぇ。虎牢関で、こちらの軍勢は敗戦。俺や恋、音々音や霞や律、他にも羅々だったりは散り散りに敗走。洛陽に進軍した連合軍の中で、当時義勇軍だった桃香たちに月さんと詠は保護されましたよね」

「はい、間違いないですね」

「その時の俺の行動の事かな、と」

「……何か問題ある?白石だって重傷負って、辛くも逃げたわけじゃない?」

「まぁな。でも……無理をすれば洛陽に戻ることは出来たかもしれない。そうすれば、月さんたちを俺の手で護れたかもしれない」

「……直詭、それは無理」

「あの状況下では、我々に洛陽に戻る手は──」


……流石に恋も音々音も、この時ばかりは味方になってくれるな。
でも、ずっとモヤモヤしてたのも事実。

仮に、月さんたちに最初に出会ったのが桃香たちじゃ無かったら?
仮に、俺が左目を失うことなく洛陽に戻れていたら?
……後悔はしてもし足りない。
幾らかの偶然が重なって、今こうして笑顔で話が出来ている奇跡がある。

だから、もしも──月さんが、あの時の事を実は悲しんでいるのなら……
……俺はどんな処罰でも受け入れようと思ってた。
寧ろ、贖罪の機会を設けてくれたことに安堵している自分がいる。


「結果だけ見れば、俺があーだこーだ言うのはお門違いかもしれない。それに、どんなに頑張ったって過去を変えることも無かったことにすることも出来ない。今目の前にある現実を受け入れなきゃいけないのが、今こうして生きている人間の使命」

「ナオキさん……」

「だから、今こうやって月さんと一緒にいられることを実感できるのなら、例え“処罰”と言う形でも受け入れられます。それじゃダメですか?」

「……………やっぱり、ナオキさんですね」

「月……」


月さんは優しく微笑んでくれる。
心成しか、少し涙ぐんでる様にも見える。


「……では改めて、ナオキさん」

「はい」

「私と、ご一緒してください」

「分かりました」


その受け答えに、誰も口を挟まなかった。
月さんはその場から立ち上がり、俺の手を引いて部屋を出る。
どこに向かうかも聞いていないけど、為すがままに付いて歩く。
ここまで従順にいられるのは、きっと……

……………月さんが、嬉しそうに見えて仕方がないから、だろうな。











「──ここ、高かったんじゃないですか?」

「桃香様にお話ししたら、融通してくださると」

「……しつこいですけど、ホントに誰の付き添いもないんですか?」

「はい♪私と、ナオキさんの二人っきりです♪」


成都からは大分離れて、魏との国境も目と鼻の先。
そんな場所にある秘湯旅館。
あれから馬に乗って、二人でここまでやってきた。
旅館の人に聞いたら、諸々の代金は全て朱里が払ってくれたらしい。
……流石にちょっと気が引ける。


「そ・れ・と……ナオキさん?」

「わ、分かってますけど……慣れてないって言うのが一番大きくて……」

「でも、ここに居る間だけでもいいので……ね?」

「……分かりました──

「……はい♪」


通された部屋で、二人のんびり過ごしてる。
そんな中で、月さんから“処罰”について聞かされた。


『──かつて、夫婦のフリをした時のように、この旅館にいる間は私だけを愛してください。後、私のことは呼び捨てにする様に──』


──とまぁ、最初は形式的に口にしたんだけど……
ハッキリ言ってしまえば、俺と二人で泊りがけのデートがしたかったらしい。
俺が三国それぞれで仕事があって、滞在期間中にあまり一緒にいられないこともある。
一刀は滞在期間が長くなるように決められてるみたいだけど、俺は割と短期間の事が多い。
タイミングが悪い時は、俺が蜀に滞在してる間、遠征に出てて会えない奴とかもいるくらいだ。

月さんはメイドとして雑務を熟してる。
だから、全く会えないって言うことは一度もなかった。
……とは言え、丸一日を一緒に過ごせるかと言えば難しい。
平和になったとは言え、逼迫してる問題もいくつかある。
別の国でのスケジュールもあるし、ゆっくり話していられる時間も限られる。


「……想像してたより、寂しい思いをさせてたんですね」

「こうでもしないと、ナオキさんと一緒に過ごせないので……」

「……………すいません」

「謝らなくていいですよ?ナオキさんが忙しいのは知ってますし」

「因みに、桃香や朱里にこのこと話して、何か言われなかったんですか?」

「どっちかと言うと、朱里ちゃんの提案なんです。今回の“処罰”と言う名目は」

「それってどういう……?」

「ふふっ、全部見透かされてたみたいですよ?私も、ナオキさんも」

「見透かされて──……あぁ、成程……」


流石は臥龍と言わざるを得ない。
俺が虎牢関で洛陽に戻らなかったことに対する後悔……
月さんが俺となかなか一緒に過ごせない寂しさ……
どっちも分かった上で、お互いの心のつっかえを解消できる案を出したってことか。


「これは帰ったら──」

「あ、ナオキさん?」

「……失礼。可能な限り、他の人の名前は出しません」

「お願いします♪」


そうそう、今は月さんだけとの時間だ。
一番に考える相手以外、今は頭に思い浮かべないようにしよう。


「それで、その……月?」

「はい」

「……………ぎこちなくてすいません」

「気にしませんよ。それで、どうしました?」

「……食事まではまだ時間があるようですけど、どうします?」

「そうですね……少しお散歩しません?」

「いいですよ」

「では、ちょっと着替えてきますね」

「分かりました」


因みにだが、ここに来る前にも月さんはメイド服に着替えてた。
流石にあの衣装は乗馬に向かないし……
んで、出立前に朱里や愛紗から幾つかの荷物を渡されてた。
きっとその中に着替えもあったんだろうけど……


「(そういや、あんまり他の服着てるとこ見たことないな……)」


襖一枚隔てた隣の部屋に、月さんは着替えに行った。
……ちょっとワクワクしてる俺がいる。
月さんに限った話じゃないけど、みんな可愛いからいろんな服を着せたい一刀の気持ちも大いに分かる。
それを強要する気はないけど、今は俺の為だけに見せてくれる訳だ。
どうしても心が昂るのを抑えられないな……


「(……口には出来ないけど、誰が見繕ったんだ?)」


今は可能な限り、月さんのことだけ考えるようにしないと失礼だ。
とは言え、きっと誰かと一緒に買いに行ったことは想像がつく。
詠が今回の件に関わってないから、必然的に他の誰かと行った筈。


「(んー……ま、そこまで考えなくても大丈夫か)」


一刀との変なプレイ以外に、奇抜な服を選ぶような奴はいない……筈だ……
それに、仮にそんな服を提案されても、流石の月さんだって断る。
……………断って、くれるよな……?


「ナオキさん、お待たせしました」

「そんなに待ってませんよ」


ゆっくりと襖が開き、出てきた月さんを見て──


「……………素敵、ですね」


気の利いた感想が思い浮かばないまま、勝手に口が動いていた。


「派手、ではないと思うんですけど……」

「えっと、すごく似合ってますよ。いつもと雰囲気がガラッと変わってたので、ちょっと驚いてただけで」

「本当ですか?」

「嘘は言いません」

「ふふっ、ありがとうございます」


白をベースにしたニット帽・マフラー・カーディガンの装い。
季節が冬だからか、まるで雪の妖精みたいだ。
月さん自身も色白だから、いつもよりも華奢に見せそうなのに、毛糸の帽子やカーディガンのお蔭で可愛らしさが増してる。


「では、旅館の中でも散策します?」

「はい。あ、ナオキさん」

「……もちろん構いませんよ?」

「へ?」

「今は二人きりで──恋人として、ここに居るんだから……腕を組んで歩くくらい、何の問題もないです」

「……そこまで察してくださるんですね。と言うよりは、本当に私のことだけ考えてくださってるんですね」

「そりゃ、月のそんな可愛い姿を独り占めさせてもらってるんだし、男としての務めを果たすだけですよ」

「ふふふっ♪」


月さんの頬がほんのり赤くなった。
多分、俺も同じようになってるだろう。


「では……良ければ先導していただいても?」

「分かりました」


部屋を出て、すぐに月さんは腕を組んできた。
料金が高い旅館とは言え、他の客もそこそこいる。
けど、ここで恥ずかしがってたら、月さんも恥ずかしい思いをするかもしれない。
出来得る限りの平静を装って、歩幅を合わせてゆったりと歩を進める。


「お食事の前に、一緒に温泉にでも入ります?」

「それなんですけど、温泉は食事の後でもいいですか?」

「構いませんけど……ナオキさんは行きたい場所でもあるんですか?」

「さっき旅館の方に聞いたんですけど、良い場所があるみたいで」

「それは楽しみですね」


旅館内の大凡の造りもさっき聞いておいた。
だからその場所に向かうんだが、他の客は向かってる様子が無い。
……人気が無いわけじゃないとは思うんだけど……


「……ここは、東屋みたいな場所ですか?」

「俺の感覚では、もうちょっといい場所だと思います」


旅館の中庭へと出ると、月さんの言ったように、やや大きめな東屋のようなものがある。
外に出たからかやや肌寒い。
さっきよりも月さんがこちらに身を寄せて来る。


「足湯って書いてますね。私はあまり聞き覚えが無いんですが……」

「その名の通り、足だけを入れる温泉です。歩く頻度が高い人にとっては、足の疲れを癒すのにもってこいなんです」

「足の疲れって……この旅館までは馬でしたし、そんなに疲れては──」

「普通の温泉もいいんですけどね。折角着替えてくれたので、もっとその姿を堪能したくて」

「……ふふっ、珍しくナオキさんがご自身に素直ですね」

「……ダメでした?」

「いいえ?嬉しい限りです」


二人して横に座り、靴や靴下を脱ぎ、服が濡れないように膝までたくし上げる。
やや熱めの足湯にゆったり浸ると──


「「ふぅぅ……」」


ジンワリと熱が足から伝わって来て、知らない間に溜まっていた疲れが染み出していく。
腰より上は寒気に晒されているけど、寄り添って座ってるからそこまで気にならない。


「あ、ちょっといいですか?」

「どうしました?」


何かを思いついたらしい月さんへと視線を移せば、首に巻いていたマフラーを外しだした。
寄り添っているとはいえ、首元が冷えるんじゃ……?


「──こんな感じにしたら、もっと温かくなりません?」

「ハハっ、顔から火が出そうです」

「ふふっ、何だか新鮮です。こんなに素直に心情を吐露してくれるナオキさんは」

「照れてるのが一番なんですけどね、それと同じくらいに心地いいと言うか、嬉しいと言うか……」


二人寄り添って、一つのマフラーを二人で巻く。
殆ど顔がぴったりくっついて、少なくとも俺は幸せな気分だ。


「──あ」

「どうしました、月?」

「雪が降ってきましたね」

「……ホントだ」


まだ完全には日が沈んでいなくて、辛うじて夕日が辺りを照らしてる。
それを背景に、チラチラと雪が降ってきた。
きっと寒さも増した筈なのに、お互いに震えもなく、全身がポカポカとしている。


「えっと……今、ここは貸し切りみたいですね」

「ですね」

「……ナオキさん、あの……」

「──皆まで言わなくても伝わってますから」


月さんを少しこちらに引き寄せて、そして──


チュ


ほんの僅か、唇が振れる程度の優しいキス。
すぐに唇が少し離れて、ちょっとお互いに照れて……
……でも、また同じように短いキス。
少し間を置きながら、何度かキスを繰り返す。
感触が名残惜しくて、互いに唇を離すのに少し躊躇ってもいた。


「もっとじっくり味わっても──」

「──まだまだ時間はあります。月の全てを味わうのは、豪勢な食事と秘湯を堪能してからでも遅くはないかと」

「だから、今はこの短い接吻だけで?」

「それだけじゃなくて、今この時間そのものを堪能したいんです」

「……心配しなくても、コレは紛れもない現実ですよ?」

「コレが現実であると実感したいから、この場所にいる間、いろんな形で堪能したいんです」

「そう、ですね。では、私も──」


そう言って、今度は月さんからのキス。
俺からと同じように、唇が少し触れる程度の短いキス。
気がつけば、月さんの片腕が俺の胸に触れている。
寄り添ってるだけでも鼓動は伝わってるだろうに、よりそれを強く感じたいと言いたいかのように……


「……月、ちょっと失礼」

「はい」


キスが一段落ついて、さっきよりも強く抱き寄せる。
月さんは欠片も抵抗しないし驚きもしない。


「……ありがとうございます」

「私からも、ありがとうございます」

「今更ですけど……生きていてくれて……」

「ナオキさんも……私の所に戻ってきてくれて……」


お互い、今愛を確かめ合ってる相手が生きていることに感謝を──
静かにちらつく雪が地肌に触れても、この温度をお互いに感じられていることが何より嬉しい。


「……これは私の我が儘なんですけど、ナオキさんと二人っきりだからこそ、今言ってほしい言葉があるんです」

「どんな言葉が良いんですか?」

「もしよければ、私の気持ちを察して、ナオキさんの言葉として言ってほしいです」

「……そうですか」


難しいお願いのようにも思える。
でも、俺の頭に過ったこの言葉がきっと正解なんだろう。
だから……少し月さんの頭に俺の頭を乗せて、月さんにだけ聞こえる声量で口にする。
今この場には他の誰もいないのに、それでも俺の口からは限りなく小さな声しか出なかった。


「月、愛してる」

「ナオキさん、愛しています。心の底から──」










後書き


お久し振りとなります、ガチャピンαです。
リアルの方が忙しかったり、若干のスランプにはまってて投稿が滞っていました。
まずは謝罪申し上げます。

今回はリハビリも兼ねて、特別感のあるイベントを書いてみました。
虎の章も進めていきたいですが、本調子を取り戻すまでは不定期で今回のようなイベントを投稿する予定です。
読者の皆様の木が向いた時にでも閲覧していただけると幸いです。


では、次回はいつ頃の投稿になるかは未定ですが、また次話にて



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