今から一世紀近くもの昔。

 未だ、西暦と呼ばれていたその時代、世界各国で民族紛争、宗教紛争が激化した。更に石油資源が枯渇し、世界は各ブロックに分かれ、統一、再編される。そ して、S型インフルエンザが大流行し、世界は多くの命が失われていくという、正に動乱の時代だった。

 地獄のようなその世界に、一人の超天才児が生まれ落ちた。

 ノヴァガーデン……世界に拒否されたノヴァ・アークスの作り上げた隔離施設。一つの町ぐらいあるその施設には、ノヴァの遺伝子を受け継ぐ者達が集められ た。

 ノヴァが孤独という地獄から抜け出す為、そして世界に新たなる可能性を示す為に考えられた“ノヴァ計画”。

 当時の技術力では、未だ不可能とされたクローン、人工子宮、そして母胎を通して生まれた子供達。5年間で101人もの子供が、生まれ、物心がついた頃に は、その施設へと入れられた。

 が、ノヴァの優秀な遺伝子を受け継いだのは僅かに4人。キース・レヴィナス、ゴウタ・サカガミ、エリス・マーフィス、レン・レヴィナスである。特に、 キースとレンは同じ母胎から生み出された実の兄弟である。

 彼ら4人は、幼い頃からノヴァ同様、類稀な知力、身体能力を持ち、そして常人を遥かに超えた知覚能力を持っていた。

 レン・レヴィナスは、5歳の時、その施設へと連れて来られた。




機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−32 追憶



「レン、此処にいる100人が貴方の兄弟よ」

 白衣を纏った青い髪の女性に手を引かれ、レンは目の前に集まった大勢の子供達を見据える。彼女はレンの母親であるソフィア・レヴィナスだった。ノヴァを 崇拝し、彼の遺伝子を残す事に何の異論も持たなかった。

 科学者として、そして女性としてノヴァを愛した女性でもある。だが、彼女は理解していた。自分はノヴァに並べない事を。彼の孤独を埋めれる存在ではない 事を。故に、彼女はノヴァの遺伝子を残す事で、彼の望みに役立とうとした。

 ノヴァはいずれ、この地獄のような世界を救う。そして、この子達はその為の大きな力になると信じていた。

「レン、誰が貴方と同じか分かるわね?」

「……………」

 レンはコクッと頷くと、3人の少年と少女を指す。ソフィアは満足した様子で微笑んだ。

「キース、ゴウタ、リーシャ。来なさい」

 呼ばれ、ソフィアに似た顔立ちをした青髪に金色の瞳をした少年、眼鏡をかけた金髪碧眼の理知的な少年、そして、赤色の長い髪にオレンジの瞳をした少女 だった。3人とも、十歳ぐらいのようだ。

「レン、この子達が貴方と同じ……ノヴァズヒューマンよ。特にキースは、貴方の実のお兄さん、分かるわね」

「はい。同じ母胎を通して生まれた、最も血の濃い私の兄弟です」

 五歳とは思えぬ言動と言葉遣いだったが、ソフィアは、それこそがノヴァの遺伝子を着実に受け継いでいると分かり、微笑んだ。そして誇りに思う。ノヴァの 優秀な力を受け継いだ子供を、二人も産んだ事に。

「リーシャ」

「はい」

 ふとソフィアが、キース、ゴウタ、エリスの後ろにいる子供の中から一人を呼ぶ。レンと同じような長い銀髪に、深い緑の瞳をした少女だった。

「貴女にレンのお世話をお願いするわ。年も近いから、今日からのスケジュールを教えてあげて。私は研究室にいるから、何かあったら連絡を頂戴」

「…………はい」

 少女――リーシャ・フェルティウスが頷くと、ソフィアはレンの頭を撫でて、去って行った。すると、キースがスッと手を差し出してきた。

「会うのは初めてだね。僕はキース……まぁ、長男だから、此処じゃ一応、皆のリーダーかな」

 ニコッと笑って言うキースに、レンは無言で手を握り返す。

「君が来るのを、ずっと待ってたんだよ、レン。君がお母さんの子宮にいる間、ずっと君を感じていたよ。『ああ、この子は僕と同じだ』って、すぐに分かった よ」

「残念ですが私には、母の胎内にいた時の記憶はありません」

「はは。面白いね、ゴウ?」

「はい。どうやら彼には僕らと違うものが見えているのかもしれません」

 レンの言葉にキースが苦笑し、隣にいるゴウタに尋ねる。ゴウタは、眼鏡を押し上げると、スッと手を差し出す。

「ゴウタ・サカガミです。ゴウ、と呼んでください、レン」

「はい」

 キースから手を離して、今度はゴウタの手を握る。

「で、彼女がエリス・マーフィス。皆のお姉さん役だよ」

「よろしくね、レン」

「はい」

 エリスに微笑みかけられ、レンはコクッと頷く。

「レン、此処での絶対に破っちゃいけない決まりを教えるね」

「はい」

「…………決して差別をしない事」

 真剣な顔でキースは、自分の胸に手を当てる。

「僕らは確かに父の力を受け継いでいるノヴァズヒューマンだ。けど、他の皆だって、僕らと同じ血を分けた兄弟でもある。中にはクローンの子もいるけど…… 彼らだって一つの命だ。僕らは互いに支え合わなきゃいけない。それだけを守って欲しい」

「…………分かりました」

「じゃ、リーシャ。後は頼むね」

「はい……こちらへ」

 リーシャは頷くと、レンの手を取った。

 施設と言っても、ノヴァガーデンは巨大なドームで、その中に町が入れられている。リーシャに手を引かれ、歩いて行くとレンはある家の前に着いた。

「此処が私の家よ………既に貴方の部屋もあるわ」

 中に入ると、ごく普通の作りだった。が、リビングには大きな肖像画が飾られていた。銀髪に青い瞳の白衣を着た青年の絵だ。何処と無くレンに似ている。

「お父さん……?」

「そう……この施設を創設し、私達を生み出した人。全部の家に父の肖像画が飾られているわ」

 世界に拒絶され、絶望し、孤独から逃れる為に、自分達を生み出した人。会った事は無いが、今もこの施設にいるのだろう。レンは、しばらく絵を見ていた が、リーシャに促されて、ある部屋に入る。

 その部屋には、本棚とデスクしかなく、窓一つない。本棚には、難しい専門書がビッシリと詰まっており、デスクには分厚い問題集が置いてあった。

「貴方達、ノヴァズヒューマンは一週間ごとに新しい課題が配られるわ……一つ問題を間違える度に、量は倍になる……」

「目指すものは常に完璧……ですか」

「出来るの……?」

 そうリーシャが問いかけると、レンは目を細める。

「貴女は……」

「ハロ〜!! 遊びに来たよ、我が弟と妹よ!」

「エリス姉さん……」

 突然、ノックも無しにエリスが豪快に入って来た。エリスは、ギュ〜っとレンを抱き締めると、スリスリと頬擦りし始める。

「やぁ〜ん! 末っ子だから可愛い〜ん! ねぇ、リーシャ! レンと一緒にお風呂入って良い!? 良いわね!? 良いに決まってるわよね!?」

「……ですが、まだ昼間ですし、レンに此処でのスケジュールを……」

「お姉ちゃんとおっ風呂♪ お姉ちゃんとおっ風呂♪」

 リーシャの言葉を聞かず、エリスはレンを引き摺って変な歌を歌いながら風呂場へ向かおうとする。が、その眼前にリーシャが立ちはだかる。

「何? リーシャ? 可愛い弟とのスキンシップを邪魔するつもり?」

「まずは此処での生活の説明からです」

「ふ……説明なんていつでも出来るわ。何なら私がお風呂に入りながら、事細かに説明してあげるわ……色んな所を洗いながらね」

「貴女、本当に十歳ですか? この性欲の塊」

「失敬な。明晰過ぎる頭脳故の悩みよ……そっちこそ、性欲の塊、だなんて、どっちがエロエロな思考をしてるのやら……五歳のくせに」

 額に指を当てて、ヤレヤレと首を振るエリス。ちなみに、しっかりとレンは離さないが、本人は特に話が分かっていない様子である。

「エロエロなのはエリス姉さんの方です」

「ええ、そうよ!!」

「言い切りましたね……」

「人間なんて、男と女のエロエロな行いの結果から出来た産物よ!! 股から生まれた時から、人間の本能にはエロが……」

「貴女、人工子宮だった筈では?」

「いちいちうっさいわね……ともかく! 姉弟のスキンシップを邪魔するなら、妹といえど許さないわよ!」

「レンは私の弟でもあるのですが……」

 バチバチと火花を散らせるエリスとリーシャ。

「レン、いるか? 今日は、皆でお前の歓迎パーティーでも……しようと思ったが、後にしようか、打ち合わせは」

 と、そこへキースが入って来たが、睨み合うエリスとリーシャを見て、そそくさと退散した。

「大体、五歳のくせに生意気なのよ! アンタは、クレ○ンし○ちゃんか!?」

「こんな所で生活してたら、嫌でも大人になります」

「ともかぁく! レンは、私と一緒にお風呂入るの!」

「いいえ……私が此処での生活の仕方を教えるのが先です。エリス姉さんは、どうぞお引取りを」

「退かないわね……」

「エリス姉さんも……」

「(課題……したいな)」

 姉二人の険悪なムードの中、レンはずっとデスクの上の課題を見ていたのだった。




 レンが、噴水広場のベンチで本――ちなみに歴史書――を静かに読んでいると、ふと影が覆う。顔を上げると、そこにはソフィアがいた。

「お母さん?」

「隣、良いかしら?」

「はい」

 レンが頷くと、ソフィアは隣に座る。

「此処の生活には慣れたかしら?」

「はい」

 本から目を離さずに答えるレン。ソフィアは、ポフッとレンの頭に手を置くと、優しく撫で始めた。

「お母さん?」

「レン、一つ質問よ。構わないかしら?」

「はい」

「どうして人間は争うのかしら?」

 その質問に、レンは本を閉じて考える。難しい質問である。普通なら答えられない。金の為、土地の為、憎いから、欲しいから、自分と違うものが許せないか ら、様々な理由は挙げられるが、根幹的な部分は何かと問われると、答えにくい。

 確かに欲望、という言葉が一番、妥当だが、憎しみで戦えば、欲望は薄いかもしれない。相手の命が欲しい、と考えれば話は別だが。

「私は人間が争うのは、“人間だから”だと思います」

「と、言うと?」

「人間とは善悪を持つから人間だと思います。戦争、争う事は、その悪の概念が具現化された形です。争う事は、人間が人間である証明だと思います。逆に言う なら、戦わない人間は、人間とは言えない」

 全ての人類が善人になったとしたら、それはもはや人間とは呼べない。誰も憎まず、何も欲せず、ただ慈愛に満ちた世界。それは確かに素晴らしいかもしれな い。人は、そんな世界を求め、楽園や極楽、というものを考える。

「そう……では、争いの無い世界は無い、と? 今のような争いは永遠に続くと?」

「争い、過ちを認め、そして先に進む……戦う度に人は、成長していると思います」

 今、起きている戦争も、終わった頃には人類は過ちを知り、間違いを正そうとするだろう。そう、レンが述べるとソフィアはフッと笑った。

「では、この戦争が終わった頃、ノヴァは認められ、あなた達が引っ張っていく世界が来るのかしら?」

「分かりません。人は、簡単に自分と違うものを認められませんから……」

「でも私は認めたわ。ノヴァも、そして貴方達を……」

 それだけは間違いない。そうソフィアが言うと、レンは頷いた。

「レ〜ン!!」

「レン……」

 と、そこへエリスとリーシャ、そしてその後ろからキースとゴウタがやって来た。

「あ、ソフィア博士、こんちは〜」

「ええ、こんにちは」

「レン、ちょっと良いですか?」

 ゴウタに尋ねられると、レンはチラッとソフィアの顔色を窺う。ソフィアは微笑んで頷くと、レンはベンチから降りた。

「君に見せたいものがあるんだ」

「??」

 見せたいもの、と言われ、レンは首を傾げながらもキースに手を引かれて連れて行かれた。

 彼らは、ドームの裏口に出ると扉に入り、暗い階段を上がる。そして、梯子を昇ると、ドームの屋根に出た。

「ぁ……」

 そこの景色を見て、レンは呟く。今、外の世界は戦争で多くの命が失われている。だが、今、彼が見た世界は違った。オレンジ色の空、山の間に沈んでいく夕 陽、緑色の木々……世界が、とても美しく見えた。

「僕らが大人になったら、いつかこの世界を変えるんだ、レン」

 ギュッとキースが握っている手に力を入れて言ったので、レンは顔を上げた。

「僕らは父さんみたいに一人じゃない。僕がいる、ゴウがいる、エリスがいる……そして、レンがいる。それに、リーシャや他の兄弟達も力を合わせたら、きっ と世界は良くなる」

「僕らは決して裏切らない、離れない、助け合う……でしたっけ?」

 同じように夕陽を見ながら呟くゴウタに、キースは頷く。

「そう……僕達は、その為に生まれて来たんだ、レン」

「…………はい。私も……今の人間と戦ってでも、この世界を良くしたいです」

 そのレンの言葉に、キース、ゴウタ、エリスの三人は微笑んで頷いた。そして、彼から離れて見ていたリーシャは、ギュッと拳を握り締めた。




 その日の夜、レンは課題を終えてベッドに入り、静かに寝息を立てている。すると、部屋の扉がゆっくりと開き、リーシャが入って来た。リーシャは、眠って いるレンの顔を見つめていたが、やがて彼の首に手を持っていき、ギュッと力を入れた。

「やっぱり……」

「!?」

 が、レンが口を開くと、リーシャは、ハッと目を見開いて手を離し、慌てて彼から離れた。

「此処に連れられた時、貴女の中に……私達に対する恨みみたいなものを感じた。貴女は……私達が憎いんですか?」

「………わ、私……」

 ガタガタと震えるリーシャ。レンは、部屋の明かりを点けると、座り込んでいる彼女を見据える。

「上手く隠しているつもりだったようだけど……何故?」

「…………ゴメン……なさい」

「別に謝らなくても良いけど……」

「私も……ノヴァズヒューマンだった……」

 顔を俯かせて、ポツリと呟くリーシャ。

「だった?」

「そう……思ってた。大人が覚えるような事を覚えて……普通の子供より高い知力を持ってたから……でも……他人を感じる事は出来なかった……」

 リーシャは言い続ける。ノヴァズヒューマンにも、普通の人間にもなれなかった中途半端な存在。知識だけならレン達にも負けない。けれど、ノヴァズヒュー マン特有の常人を超えた知覚能力が無かった。

 だから、キース、ゴウタ、エリスだけでなく、他の兄弟も憎いと思った。レンと一緒に暮らすと言われた時、彼のノヴァズヒューマンである知力、能力を見 て、その嫉妬が抑えられなくなった。そして、今日、キース達の誓いに自分は、彼らと同等の高さにいられないと悟り、レンに対して殺意が沸いた。

 ポロポロと涙を零すリーシャを見て、レンはフゥと息を吐いた。

「えっと……私は別に気にしてないから……その……本当に……」

「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい……」

 ずっと泣いて謝り続けるリーシャに、レンはどうしようか困っていた。そして、その様子を窓から見ている影があった。

「わ、私の……私のレンの細くて可愛い首を〜……」

「いつからエリスのものになったんです?」

 今にも窓を突き破って飛び込みそうなエリスを押さえるゴウタ。その横で、キースはウンウンと涙を流して頷いていた。

「レンは懐が深いな〜」

「でも下手したら、リーシャ、本気でレンを殺してましたよ?」

「その時は、リーシャを殺して私もレンの後を追うわっ!」

「これで、姉弟の絆がより深く……」

「駄目よ! レンの貞操は私が食べるんだからっ」

「「おいおい……」」

 倫理的に、それはヤバいだろうと一応、ツッコミを入れるキースとゴウタだった。




 レンがノヴァガーデンに来てから、丸4年が経った。あの一件は、レンとリーシャだけの秘密にし、平和な日々が続いていた。今週の課題も終えて、リーシャ と静かに紅茶を飲んでいると、突然、扉が蹴破られた。

「レ〜ン! 今日こそお姉ちゃんが貞操を……」

「とりゃ!」

 そのまま勢い良くレンに飛び込もうとしたエリスに向かって、リーシャは紅茶をぶっかける。

「あっつ〜い!!!!!!!!」

「また来ましたか、このショタコン」

「ショタじゃないわよ! 末っ子が可愛くて可愛くて堪らない、お姉ちゃまなだけよっ!」

「レン、離れてなさい」

「よいしょ……」

 紅茶をクッキーを持って、リビングから出て行くレン。扉が閉められると、ガシャンとかドカンとかバキっという音が聞こえた。

「おぉ、派手にやってるね〜、今日も」

「エリスもリーシャも、本気でやり合ってますからね」

 そこへ、いつの間にか来ていたキースとゴウタが、レンも持ってる皿からクッキーを食べながら呟く。すると、勢い良く扉が開き、ボロボロになったリーシャ が出て来た。

「か、勝った……」

「これで通算1357戦678勝679敗……ですね」

「こ、この馬鹿リーシャ……噛み付くなんて卑怯よ」

 リビングで呻いているエリスの姿を見て、キースとゴウタは笑顔を引き攣らせる。

 その時だった。ドーム全体にけたたましい警報が鳴り響いた。

「「「「「!?」」」」」

 5人は何事かと思い、顔を上げると、玄関が開かれ、ソフィアが血相を変えて入って来た。

「レン! ……キース、ゴウタ、エリス。あなた達もいたのね!」

「母上、どうしたんですか?」

「どうもこうもないわ……襲撃よ」

「な、何で!?」

 人々から恐れられながらも、ノヴァは各国に強い影響力を持っていた。このドームも、ノヴァが造り上げた施設なので、決して襲撃されるような事は無かっ た。

「どうやら遺伝子を操作して、思い通りの子供を作ろうとする科学者連中の仕業みたいよ」

 それを聞いて、レン達は目を見開く。噂には聞いていた。受精卵の段階で、遺伝子を操作し、目の色や髪の色、そして高い学習能力や運動能力を持たせようと する研究が進められている事を。

 だが、その研究が成果を上げる前にノヴァズヒューマンが増えたら、今までの研究、資金、全てが無駄になる。そう踏んだ科学者達が、この施設への襲撃を決 めたのだろう。

「キース、ゴウタ、エリス、レン……此処から脱出します。リーシャ……ゴメンなさい」

「…………いえ」

 遠くで銃声が聞こえた。どうやら、襲撃部隊が入り込んで来たようだ。リーシャは、頷くとスカートを挙げて、拳銃を抜いた。それを見て、レンが驚く。

「!? リーシャ!?」

「私達は、あなた達、ノヴァズヒューマンをサポートする為に此処で教育された……博士、早く逃げて下さい。私も他の兄弟達と一緒に、相手を食い止めます」

 そう言って、窓から飛び出すリーシャ。レンは、急いで彼を追おうとしたが、ソフィアが手を掴んで、外に出た。

「お母さん!?」

「あなた達は、この先、きっと世界に必要になる……だから生きなくちゃいけない……それがノヴァの最期の言葉よ」

 その言葉に、レン達が全員、驚愕する。ソフィアは、唇を噛み締め、必死に走りながらか細い声で言った。

「ノヴァは……何としても、あなた達を逃がそうと……」

「おとう……さん……」

「生きなくちゃいけない……あなた達は……絶対に……!」

 ギュッとレンの手に力を込めるソフィア。レンは、初めて身近な人の死を知って、表情を暗くした。

 やがて彼らはソフィアに連れて行かれ、地下道を抜けた研究室へと来た。そこには、四つのカプセルがあり、ソフィアはコンピュータのキーを叩いて、起動さ せる。

「これは……」

「キース、ゴウタ、エリス、レン……あなた達は、今からこのカプセルに入ってコールドスリープして貰います」

「コールドスリープって……」

「安心して。カプセルに入ったら、自動的に人目の触れないポイントに射出します」

「ちょ、ちょっと待ってください! どういう事ですか!?」

 ゴウタが口調を荒くして問い詰めると、ソフィアは顔を俯かせて説明した。

「今、あなた達が住める世界は……無い。けど……」

「此処にいたぞ!!」

 その時だった。兵士が、この部屋へやって来て、大声を上げた。そして、持っていた銃をキース達に向ける。ハッとなって、ソフィアが彼らの前に立った。そ の瞬間、銃弾がソフィアの体を貫いた。鮮血が飛び散り、子供達にかかる。ゆっくりと倒れるソフィアを見て、キースが咆哮を上げた。

「う……あああああああああああ!!!!!!!!」

 すると、ソフィアが落とした拳銃を拾い、兵に向かって撃った。銃弾は、兵の手を打ち抜くと、機関銃を落とし、キースはそれを拾うと、一気に撃ちだした。 そして、後からやって来た兵達も、機関銃で撃ち殺していく。

 恐らく一分ぐらいしか経っていないだろう。その間に、キースは部屋に向かって来た全兵士を射殺した。返り血を浴びたキースは、息を切らしてソフィアの元 へと駆け寄り、彼女を抱きかかえる。

「母上! しっかりしてください!」

「キー……ス……」

 ソフィアが手を伸ばすと、キースがその手を掴む。

「いつか……きっと来る……あなた達が……必要になる世界が……平和に暮らせる世界が……」

「ええ、分かっています。その世界には母上や父上も……他の兄弟達も一緒です! ですから……!」

「そうね……ノヴァと……あなた達と……皆で……」

 そして、ソフィアは微笑を浮かべたまま、ゆっくりと目を閉じた。キースは、大きく目を見開き、ギリッと唇を噛み締める。エリスも、レンを抱き締めて震え ていた。

 キースは、フラリと立ち上がると、コールドスリープのカプセルを開く。

「キース……」

「入るぞ……」

 そう言って、キースはソフィアの遺体の手を組ませて寝かせると、両目に涙を浮かべる。

「母上は言った……いつか僕達を必要とする世界、時代が来ると。ならば、待ってやる……何年でもだ。そして目覚めても、その世界が無ければ……僕達で作り 出す!」

「……………そうですね」

「ひょっとしたら……私達は生まれて来ちゃいけなかったのかもね……」

 エリスが、何かを悟り切ったように呟くと、キースとゴウタは複雑な表情を浮かべた。確かに、自分達が生まれて来なければ、こんな事は起きなかったかもし れない。

「信じましょう……僕達が生きる事が許される世界だってあると……」

 そうゴウタが言うと、キース、エリス、レンは頷いた。そして、四人は、手を合わせる。

「いつか……」

「はい」

 そして頷き合うと、キース、ゴウタ、エリスはカプセルに入る。すると、カプセルが閉じられ、冷気が彼らの体を包む。そして、カプセルは地上へ向かって射 出された。残ったレンも、リーシャの事を気にしながらもカプセルに入ろうとする。

「レン!」

「! リーシャ!」

 その時、怪我を負ったリーシャが、部屋に駆け込んで来た。

「大丈夫!?」

「ええ……そのカプセル……」

「うん。コールドスリープ……お母さんが、これで私達を安全な場所まで飛ばして、眠らせるって……」

「そう……」

 リーシャは、チラッとソフィアの遺体を見て、彼女も身を挺してレン達を守ったのだと悟る。

「レン、お願いがあるの」

「お願い?」

「笑った顔……見せて欲しい」

「え?」

「4年間……レンが笑った顔、見たこと無いから」

 そう言われ、レンはハッとなる。今まで感情らしい感情なんて持たなかったが、レンはエリスに言われて、薄っすらと唇を緩め、慣れないながらも笑顔を作 る。それを見て、リーシャはフッと笑い、レンの額に自分の額を当てる。

「レン、約束するわ」

「え?」

「きっとまた会える……私は待ってる……何年経っても……ずっと……」

「リーシャ……うっ!」

 突然、レンは腹部に痛みを感じる。リーシャの拳が、レンの鳩尾に決まっていた。気を失うレンを受け止めると、リーシャは彼をカプセルに入れて、蓋を閉め る。すると冷気が彼の体を包み込み、地上へと射出された。

 それを見送ると、リーシャはコンピュータのキーを叩いて、メインコンピュータにアクセスすると、自爆スイッチをオンにした。タイマーが映り、彼女はド サッと腰を下ろす。

「待ってるから……レン……」

 そして、そのドームは破壊された。




 長い長い夢を見ていた。

 人類が宇宙に出て、宇宙に住み始め、そして、人が争い続ける夢だった。

「……ン! レン!」

 声がした。聞き覚えのある声。レンは、ゆっくりと目を開いた。

「にい……さん?」

「レン!」

 レンが声を上げると、目の前の少年はパァッと表情を明るくした。青い髪、金色の瞳は忘れようが無い。レンは、ゆっくりと体を起こすと、ガクッと力が抜け た。

「あ、あれ……?」

「無理するな。カプセルから出て、まだ間もないんだ」

「此処……何?」

 レンは辺りを見回す。どうやら、飛行機の中のようで外は吹雪いている。が、その景色を見て、レンは目を見開いた。

「南極だ。お前のカプセルは、南極の氷の下にあった」

「…………兄さん?」

 何だか、記憶にあるキースよりも、随分と大人びているのでレンは首を傾げる。キースは、苦笑して言った。

「お前を見つけるのに、4年近くかかった……」

「4年……!? い、今、西暦何年!?」

 自分が、ずっとコールドスリープしていたのをすぐに理解し、レンはキースに、あれから何年経っているのか尋ねる。

「今は西暦じゃない……C.E(コズミック・イラ)だ。C.E61年……私達の時代から、90年近く経っているよ」

「90年……」

 まだ頭がボーっとする。最後に見た光景が思い出せない。レンが頭を押さえていると、何かの制服を着た男がやって来て、キースに耳打ちした。キースが頷く と男は離れていく。

「今のは?」

「地球連合軍の兵士だよ」

「地球連合?」

 首を傾げるレン。キースは、ドサッと分厚い資料を差し出す。

「C.Eになってからの大まかな資料だ。口で説明するより分かるだろう?」

 言われて、レンは物凄い速さで資料を読み始める。その資料の内容は、人類が宇宙へ飛び出し、そこで生活している事や、自分達の暮らしていたノヴァガーデ ンを襲撃するよう指示していた科学者らが、遺伝子改良で生み出した人間――ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンを生み出し、そして今、ナチュラ ルとコーディネイターという二つの人種に深い溝がある事などであった。

「レン、お前は先程の景色、どう見えた?」

「…………赤く見えました」

 先程、窓の外を見た時、レンの目には景色が赤く見えた。キースは、フッと笑って目を閉じる。

「その赤は、ナチュラルやコーディネイターなどと区別して争い、死んだ人間の血の色だ。この星は悲鳴を上げている……」

「はい……ゴウやエリスは?」

「その資料にあっただろう? 志波コンツェルン総帥、志波 剛三……彼がゴウだ」

「!?」

 言われて、レンは驚きながらも、その資料を見る。資料には、年老いた人物の写真が写っており、それがゴウタだと言われて愕然となる。

「カプセルがかなり早く開いたようだ……彼は、彼なりに今の世界を変えようとしているのだろう」

 ジョージ・グレンを作った科学者達にバレないよう、名前を変え、ノヴァチルドレンとしての高い能力を用いて、一世代で東アジア共和国を裏から操れる大財 閥を築き上げ、やがて世界に名を轟かせるにまでなった。

「私が調べた所によると、彼は子供を設けたそうだ」

「子供……?」

「どうやら、その子供もノヴァズヒューマンのようだ……だが、ゴウによってコールドスリープさせられて、何処かへ隠されたみたいだが」

 レンは、カプセルに入る前、エリスに言われた事を思い出す。

『ひょっとしたら……私達は生まれて来ちゃいけなかったのかもね……』

 資料で見たジョージ・グレンの告白。そして世界に起きた大きな混乱。自分達も彼と同じかもしれない。もし世界が、自分達がコーディネイターをも超えたナ チュラルだと知れば、自分達の遺伝子を欲しがる人間が現れるかもしれないと思った。

「エリスだが……未だに彼女は見つかっていない。恐らく探索不能な海底深くにカプセルが落ちたのかもしれん……」

 実際、レンを見つけたのも、たまたま南極の基地にいた兵士が氷の中に何かがあるという報告を受け、偶然、見つけたものだった。レンは、それを聞いて、表 情を顰める。

「レン、あの日の約束は覚えているか?」

「やく……そく?」

 約束、と聞いてレンは眉を顰める。

「『いつか僕達を必要とする世界、時代が来ると。ならば、待ってやる……何年でもだ。そして目覚めても、その世界が無ければ……僕達で作り出す』……そう 言ったんだ」

「そうだったかな……」

『レン、約束するわ』

『きっとまた会える……私は待ってる……何年経っても……ずっと……』

 その時、レンの頭に、あの日の最後の光景が蘇る。自分を、ずっと守っていてくれた姉の存在を。そして、最後の約束を。

「に、兄さん! リーシャは!?」

「? リーシャ? ノヴァガーデンは既に無かったが……たとえ彼女が生きていたとしても既に……」

 自分達4人以外は、まず生きていないと思った方が良い、とキースが言うと、レンは顔を俯かせた。そうだ。自分の体はまだ9歳。そして、リーシャがたとえ 生きていたとしても、彼女はもう100歳近いのだ。いつ、死んでも不思議じゃない。レンは、スッと目を閉じると、ふとキースに言った。

「兄さん、適当な所で私を降ろして下さい」

「何?」

「一度……見て回りたいんです。この世界を……赤い、この世界を」

 そうレンが言うと、キースはしばらく考える。が、レンの真剣な表情を見て、フッと笑った。

「良いだろう。好きにすると良い……だが、私と同じファミリーネームでは脚がつく可能性があるな」

「フブキ……」

 チラッと窓の外を見て、レンが呟く。キースが眉を顰めると、レンは言った。

「レン・フブキ……そう今日から名乗る事にします」





「とりあえずこのカードさえあれば当面の生活には困らない筈だ」

 南極を抜け、適当な連合軍基地でレンを降ろすと、キースは着替えなど荷物を用意し、彼を見送る。

「ありがとうございます」

「レン、私はあの時の誓いを果たすつもりだ。この世界に私達の居場所を作る……そして、この悲鳴を上げる星を救う」

 その為に、地球連合に入り、その名を末端にまで知られるようになった。世界を裏から操るロゴスにまで畏怖される存在に。

「私は父のようにはならない……この世界にお前も生きていると知っているからな」

「兄さん……」

「だが、それでもお前が私と同じ道を歩む必要は無い。もし、お前がこの世界を見て、私とは違う未来を見たのなら、その道を歩くと良い」

 そう言うと、キースは微笑み、スッと手を差し出す。

「私に協力しなくても、ただ生きてさえいてくれれば良い。それが私の支えになってくれる」

「………………いつか望みが果たされん事を」

 そう言って、キースの手をチョンと叩くレン。そして彼は荷物を持つと、背を向けて歩き出した。果たして自分と同じ道を歩むか、それとも別の道を歩むか。 だが、どちらでも良い。生きていてさえくれれば、自分は独りではないと実感出来る。それだけで戦える。キースは、フッと笑うと背を向けて飛行機に戻って 行った。




「あの時は……キースが正しいと思っていた」

 そこまで話し終えると、レンは静かに呟く。

「ナチュラルとコーディネイター……この二つの種族がいがみ合っている限り、私達の世界に居場所は無い、そう思っていた」

 だから、争いが起こらぬようパトリック・ザラに取り入り、その頭脳を駆使してMSの開発に携わり、強大な力の恐ろしさを知らしめようとした。キースも同 じだった。レンとキースは、プラント、連合という敵対する位置につきながらも、力の恐ろしさを知らしめようとした。が、レン達の望む結果とは逆に、人は互 いに滅ぼし合う、より強大な力を欲した。

 もはや彼らは絶望するしかなかった。人は分かろうとしない。なら、もはや自分達の手で、地球を奪い取るしかない、そう思っていた。

「そう思って、部隊長になった時だったね……エリィ、君に会ったのは」

「あ……」

 そう言われ、エリシエルはハッとなる。

「髪の色こそ違ったけど……君の顔も目の色も全部、リーシャと同じだった……エリシエル・フォールディア。その名前を聞いた時、私は初めて泣いたよ」

 リーシャが、自分を生かした時、ソフィアが死んだ時も泣けなかった自分が初めて泣いた。

「おばあ……さん?」

 エリシエルが、口を押さえてポツリと呟くと、レンはニコッと笑って頷いた。

「リーシャは約束を守ってくれたと思った。たとえ自分が会えなくても、子供に、孫にその意志を託してくれたんだ、って。次第に私の中で、地球を自分達、ノ ヴァズヒューマンの血族で満たす考えは薄れていった」

 自分が欲しかったのは、居場所でも、必要とされる事でもない。ただ、リーシャともう一度、会ってちゃんと笑って上げたかった。それだけだったと気付い た。

「もうキースが地球をどうしようと興味は無かった……実際、今でもそうだ。キースは、今でも父と母、そして他の兄弟達との誓いを果たそうとしている。そし て、私達にしか見えない赤い世界が、その思いを駆り立てている」

 そう言われ、皆が黙る。赤い世界、と言われても自分達には分からないが、その世界を作ったのは紛れも無く自分達だ。自分達も、そんな世界を作る事に加担 していた。そう思うと、心苦しくなった。

「けど私はルシーアを殺した……ゴウの娘だった、同じノヴァズヒューマンのルシーアを。キースも分かっている筈だ……私は99人の兄弟を裏切った、って。 私とキースには、もう戦うしか道は無い」

 そう言うと、レンは部屋から出て行こうとする。

「博士には、協力するよう言ったけど、私は別に強制はしない。言ってみれば、史上最悪の兄弟喧嘩に巻き込むようなものだからね。私は一人でも、キースと戦 うよ」

 そしてレンが出て行くと、皆、言葉が出なかった。それもそうかもしれない。一世紀近く前に始まり、今に至るまで続いている二人の人生。特に、コーディネ イターは、彼らの犠牲の上に成り立っていると思うと、余計に辛かった。キラも似たような心境だった。

 レイも、彼の兄弟にクローンがいたと聞いて、ギュッと拳を握り締めた。彼の話では、クローンにノヴァズヒューマンはいなかった。それでも、彼らは兄弟だ と言い、そして、彼ら4人を守る為に死んでいった。同じクローンとして、怒りを感じずにはいられない。

「そんなの……間違ってる」

 沈黙を破るようにシンが声を上げる。

「兄弟で殺し合うなんて絶対に間違ってるっ!」

「お兄ちゃん……」

「じゃあ、どうする? あの野郎に地球を明け渡すか?」

 いつもの飄々とした態度ではなく、真剣な眼差しで問うネオ。

「それは……」

「最悪の場合、プラントに何とか地球の民衆を受け入れるよう手配する必要があるかもしれんな」

「議長!?」

 デュランダルが、ポツリと呟くタリアが声を上げる。が、デュランダルは、至極、真面目な表情で言った。

「もしレンが、キース・レヴィナスと共に行動していたら、我々は成す術が無いだろう。彼らには、それだけの思いと力がある」

 特に、キースの執念は半端ではないだろう。目の前で母親を失い、目覚めた時には一人で、全く知らない世界で、レンとは戦う事になった。彼の絶望は底知れ ない。

「私達じゃキースに太刀打ちできない、と」

 そうマリューが呟くと、シンがギュッと拳を握り締める。レン以外で、あのキースと戦った彼は、キースの底知れない強さと、執念めいたものに恐怖した。自 分が対峙しているのは本当に同じ人間か? そういった思いに駆られた。

「この中に、何か一つでも本気で兄さんとやり合って勝てる人います?」

 MSの操縦、学術、射撃……恐らく、何をしてもレンには勝てない。ノヴァズヒューマンとは、そういう人種なのだ。努力しなくても、何でも出来てしまう。 そんな相手に、誰も勝てる気がしない。

「確かに……フブキ先輩に勝つなんて、一度も思った事が無いな」

 ふとアスランが顔を俯かせて、自嘲気味に笑って言う。

「だが、皆、素直にキースの言う事を聞くか? 俺は嫌だ……俺達が、この世界を赤くしたのなら、元にだって戻せる筈だ……」

「…………だね」

 アスランの言葉に、キラが目を閉じて笑うと頷いた。自分達は、争う事も、手を取り合う事も出来る。そう、キラとアスランは確信していた。

「今度こそ私はオーブを守ってみせる」

「どうだか……んがっ!」

 カガリが決意した表情で言うと、シンが嫌みったらしく言うと、後ろからリサが蹴っ飛ばす。

「な、何すんだよ、マユ!?」

「お兄ちゃん、いい加減、素直にならないと撃つわよ?」

 ガポッと右腕の義手を外して、笑顔で銃口を向けるリサに、シンは冷や汗を垂らし、「は、はい」と頷いた。

「一人一人では、勝てませんが、プラントと地球が一つになればノヴァズヒューマンでも勝てる筈です……きっと」

 そうラクスが胸に手を当てて言うと、皆が頷いた。それを見て、エリシエルは目を閉じると、部屋から出て行った。チラッと、それを見てハイネは、フッと笑 みを浮かべた。




 自分の素性を話し終えると、レンはオノゴロの海岸に来ていた。波打つ青い海を見ているが、彼の瞳には赤く映っていた。

「大叔父様」

「ぶっ!!」

 不意に後ろから陽気な声でそう呼ばれ、レンは思わず噴き出してしまう。

「エ、エリィさん……余りその呼び方は……」

「お・お・お・じ・さ・ま♪」

「いや〜!! 年上に大叔父様だなんて呼ばれたくない〜!!」

 ゴロゴロと砂浜を転がりながら苦しみ悶えるレンの姿を、エリシエルは楽しそうに見て笑う。

「うぅ……だから話したくなかったんだよ。世界の命運とか、そんなんより、エリィに大叔父さんとか呼ばれると思うと鳥肌が立って……」

「貴方、そんなの気にして黙ってたんですか……」

「だって私、100年近く昔の人間だよ! ナウくてヤングな言葉が流行ってたんだよ!!」

 100年前でも、そんな言葉は流行っていないと思うエリシエル。彼女は、ハァと嘆息すると、レヴィスの隣に座る。

「皆、キースと……貴方の兄と戦う事を決めましたよ」

「ほほう」

 まぁ、皆、素直に地球を明け渡すほど諦めが良くないので、それぐらいすると思っていたレン。満足したように頷くレンを見ながら、ふとエリシエルが言っ た。

「祖母は、私が生まれて間もなく亡くなったそうですが……最後まで私をコーディネイターにする事を反対されていたようです」

「そりゃそうだ」

 コーディネイターを作り出す為に兄弟がバラバラになったのだから、反対して当然だろう。

「レン、一つだけ教えてください」

「ん?」

「私は……祖母の代わりだったんですか?」

 そう問われ、レンは一瞬、驚く。が、不安そうなエリシエルの表情を見て、困った様子で頬を掻いた。レンが、彼女を見ていたのは、リーシャに瓜二つで、彼 女の孫だから、という不安が彼の話を聞いて生まれた。

「ん〜……最初は君とリーシャを重ねていたんだ。あの時、守れなかった人を今度は守りたい……そう思っていた。でも、違う。君と接している内に、君とリー シャは違うんだって分かった……何しろリーシャは、大人しくて、穏やかで、物静かで、知的な……」

「(今なら十連コンボ決めれそうですね……)」

「大切な姉、だったからね」

 青筋を浮かべるエリシエルだったが、最後の言葉にフッと怒りが抜けた。

「姉……ですか?」

「そ、姉。言っとくけど、姉に恋愛感情抱かないぐらいの倫理観は持ち合わせてるよ、私ゃ」

「じゃあ……私は、どうなんですか?」

 意を決したようにエリシエルが問う。レンは、その問いかけに目を閉じると、立ち上がって背中を向けた。

「私はやめといた方が良い……」

「レン?」

「ゴウ……志波会長がそうだったように、私達の血は、この世界に残しちゃいけない……」

 自分と同じノヴァズヒューマンの子供が出来るとは限らない。けど、そうなった時、きっと自分も子供も辛い思いをする。

 ゴウタは、ある女性を愛し、ルシーアが生まれた。そしてルシーアは、ノヴァズヒューマンだった。まだ、ルシーアが生きる世界は出来ていない。だから、彼 女をコールドスリープで眠らせたのだ。妻の反対を押し切って。

「何が正しいのか分からない。キースのように、この星の為に地球の人達を追い出すか、キラ君達のように彼に抵抗するのか、ゴウみたいに娘に恨まれてでも生 きられる世界を作るのか…………ただ……」

 そこで区切って、レンは空を見上げた。エリシエルは、やはり普段はふざけていても、実の兄弟で殺し合うのは辛いのだろうと思った。

「ただ、このままキースの好きにさせたら、新作のアダルトゲームが買えなくなってしまうので、何としても止めないとぶっ!」

 真剣な顔で卑猥な発言をかますレンの後頭部を、エリシエルが思いっ切り蹴り飛ばす。砂浜にめりこむレンを、彼女は冷たい視線で見下ろす。

「貴方、世界の運命をアダルトゲームと天秤にかけたんですか?」

「だってだって、最近のゲームって私でも攻略が難しいんだよ! 毎朝、嫌々ながらも起こしに来てくれるツインテールで、ツンデレな幼馴染の登場を心待ちに しているモテない男の気持ちが分かるかぁ!」

「だから私がいるでしょうが!」

「だったらツインテールにしてセーラー服着て、ベッドの上に乗って『ちょっと! いつまで寝てんのよ!? もうお味噌汁が冷めるでしょっっっ!』と言って みろ!」

「私の年で、そんなのしたら犯罪でしょうが!」

「だからこそ私は、キースからこの地球を守らねばならんのだ!」

「アダルトゲームの為に守られるんだったら、地球を素直に明け渡した方が良いかもしれませんね……」

「私利私欲の為に戦う……それがデスティニープランに打ち勝つのに必要なんだ」

「格好良く言っても説得力ありません! ってか、デスティニープランは貴方が卑怯な手で潰したでしょうが!」

 二人の言い合いは、リサが呼びに来るまで続いていたと言う。





 〜後書き談話室〜

リサ「兄さんの過去が明らかに………兄さんも、子供時代があったんですね〜」

キース「うむ。子供の頃のレンは、正に愛らしい、という言葉がピッタリだったな」

リサ「エリスさんは、今の兄さんの元祖みたいな人ですね」

キース「彼女の明るさには私達も励まされたものだ」

リサ「ジョージ・グレンを作ろうと、コーディネイターの研究をしてた科学者達ですか。確かにノヴァズヒューマンは、研究の資金などが無駄にしてしまう存在 ですね」

キース「人類とは実に愚かだね」

リサ「あんな過去持ってるから、兄さんもキースさんも達観してるんですね」

キース「レンも本当は何を考えて敵対しているのやら……だが、私とレンは互いが生きている事で孤独でないと支え合っている奇妙な関係でもあるのだよ」

リサ「敵あり、兄弟であり、親友であり、支えですか」

キース「私もレンと戦うのが心苦しいのだがね……だが、私は兄弟や母上との誓いを果たさなければならないのだよ。その為に、ジブリールやロゴスを利用して 生きて来たのだからね」

リサ「次回からは最終決戦……私も負けませんよ」

キース「ふ、楽しみにしているよ」
感想

とうとう最終決戦の前の種明かしまできましたね〜

後は戦うだけ、キースの思いも出来上がってきましたし、レンの考えも少し出てきました。

しかし、レンに関してはちと不思議な部分もあったりしますが……

この先更にもう一つ二つ謎解きがあるとみていいのかな?

レン以外でももう一人不思議な人もいますが……

エリスさんとやらの動向が不明なのが気になりますね。

最終決戦でどちら側につくのか、気になる所です。

エリシエル嬢とうとうヒロインらしい位置にたどり着きましたね。

今までは、何だか目立たないキャラだった部分もあって、脇に埋もれそうな印象もありましたが(爆)


しかしまーレンが最後までギャグを忘れない人で助かります♪

今後は、厳しい戦いになるでしょうが、今後もこうあって欲しいですね♪





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