第肆章    暇な休日は死神と一緒に


 翌日の休日・・・敬介とユングは、一昨日小火騒ぎがあったという場所に来ていた。

「ここか・・・」

 敬介が噂の幽霊屋敷の前に立つと、なるほど・・・そんな噂が立つのも頷けるといった感じであった。

 見たものを圧倒する門、そしてその後に続く広い敷地。

  そして、門の奥に見える古いつくりの大豪邸・・・

 そのどれもが、長い間手入れをされず風雨にさらされ、放置されてきたのだ。

 腐りかけの戸や、伸びきった名 も知らぬ草木、苔の生えてしまった瓦屋根などが、陰鬱な景観をより一層際立てていた。

 今は昼間だからいいが、夜中など頼まれても近寄りたくない感じの場所 であった。

「昔は名のある名家だったろうに・・・盛者必衰の理・・・か」

 敬介が感慨にふけっている中、ユングは門の前まで歩み寄ると、門柱に手を置き、呟いた。

「あたし・・・ここ、知ってる・・・。やっぱり、知ってる場所だわ!」

 そう叫ぶと、ユングは門を抜け、伸びきった草木を掻き分けながら、屋敷のほうへと走っていった。

「お、おい!お前ちょっと待てって!」

 敬介も慌てて追いかけるが、伸びきった草木が邪魔でどうしてもスピードが出ない。

「っとに・・・こんな状況でよくもあんなに早く動けるわな・・・って、待てよユング!」

 しかし、敬介の叫びも虚しく、ユングはどんどんと屋敷のほうへと走っていったのだった。


















「ハァ・・・ハァ・・・ここだ・・・この部屋に・・・あたしは来た事があるんだ!」

 ユングは腐りかけた屋敷の中を慎重に、しかし迅速に調べて周り、ようやく目当ての場所にたどり着いた。

 屋敷は人の手から離れて久しいというのに、その部 屋だけは、何故かついこの間まで手入れされていたかのように整頓されていた。

 古く、難しい書籍ばかりが並んでいる本棚に、使い込まれた執務机・・・そし て、壊れかけた安楽椅子があった。

「これは・・・・」

 ユングが安楽椅子に近寄り、肘掛に触れた瞬間・・・辺りは強烈な光に包まれる。

「な・・・何!?」

『久しいね、ユング・・・』

 光が収まると、安楽椅子に腰掛けている老人がいた。

「あ・・・あんた・・・!」

『おいおい、俺の顔を見忘れたのか?俺だよ、村雲慶介(むらくも けいすけ)だよ』

 その老人の穏やかな表情を見て、ユングの脳裏に稲妻が走る。私はこの人を知っている・・・と。

 そして、突然浮かび上がる情景・・・。自分が始めて最期を 看取り、冥界送りをした人物・・・そして―――――。

「思い・・・出したわ。慶介・・・会いたかった!」

 ユングはそれだけ搾り出すと、村雲に向かって走り出し、抱きついた。

『ユング・・・そんな泣きそうな顔をするなよ。俺まで悲しくなるだろ?』

「だって・・・だって、だって!」

『それに、俺の本来の魂はお前に冥界送りされてる・・・ここにいる俺は、この安楽椅子が作り出した幻に過ぎない・・・』

 村雲の言葉にユングは、はっと顔を上げ、呟く。

「九十九・・・神・・・」

『そういう事だ。この安楽椅子が、九十九神となって、俺の記憶をここに留めさせてくれてた・・・いつか、お前が来た時に会えるように・・・ってね』

「慶介・・・・あんたって人は・・・」

『だから泣くなって!お前に泣かれると・・・俺も辛いんだ』

 そういうと、村雲はユングの頭を優しく撫でた。

「でも・・・でも・・・!」

『・・・・そういえば、昔俺によく言ってたよな?』

 村雲は、それ以上ユングが何か言うのを抑え、告げる。

「え?」

『“あたしの命は短いけれど、怠惰に生きる人生よりはよほど充実した時間が送れるわ”』

「何せ残り時間がはっきりしているんだもの・・・・確かにあんたによく言ったわね」

 村雲の言葉を継ぎ、ユングが言った。

『あぁ・・・いつだったか・・・・お前がこの家に来たのは・・・』

「あたしが六つで、あんたが八つの時よ・・・・」

『よく覚えてたな・・・。あの頃は二人でよくやんちゃしたな〜・・・』

 村雲が懐かしむように、外に目を向ける。

「えぇ・・・近所でも評判の悪がきだったものね・・・」

 ユングも村雲に倣う。

『色々馬鹿をして・・・お前が倒れちまったのが、俺が十四で、お前が十二の時だったな・・・』

 村雲が悔しそうに、その拳を握った。

「えぇ・・・医者に、もって二年だなんて言われた時・・・流石のあたしもショックだったわね・・・」

 ユングはその頃を思い出していた。村雲や村の子供たちと一緒に遊んで、帰ってくる途中、急に苦しくなって倒れてしまったのだ。

 そして、村雲は真っ青にな りながらも、ユングを担いで家まで帰り、その様子に慌てた両親たちも、ユングを急いで隣村の医者の所へ連れて行き、診てもらったが・・・既に処置な し・・・もって二年の命であったという。

『その頃からだな・・・お前が一日一日を大切に生きようとし始めたのは・・・』

「えぇ・・・そうだったわね・・・あれから、あたしの人生は変わった。絶望なんてしてやらない。絶対に・・・。そう、あの日から生きたわ。・・・おかげ で、残り二年だったはずの寿命が五年に延びたんだけどね」

 その答えに満足するように村雲は頷くと、再び続けた。

『・・・お前が逝った日の朝は・・・丁度こんな天気だったな。どこまでも澄み切った・・・晴れ渡った蒼い・・・空だった。夜・・・お前は急に外に出たいっ て言って、俺を困らせてくれたよな・・・。途中で雪が降り出して・・・綺麗だったよなぁ・・・。でも・・・まさかお前がそのまま逝っちまうなんて な・・・』

「言ったでしょう?あたしは、籠の中の鳥として何も知らずにのうのうと生きるより、大空へと羽ばたいて、散ってゆきたい・・・例えそれが蜻蛉のように儚く ても・・・」

『そうだな・・・そして、こうも言った・・・必ず、もう一度会いにくる・・・伝えたい言葉がある・・・と』

 村雲は、そう言うと、苦笑した。

『まさか、五十年も経った後とは思わなかったがな・・・』

「う・・・うっさいわね!でも、きちんと約束は護ったわよ!」

『まぁ、死神になって会いに来るとはな・・・思いもしなかったよ』

「・・・あたしは、死の間際、迎えに来た死神に頼み込んだのよ。この世に戻ってくる方法は無いのか・・・ってね。そしてら、死神になる事が・・・唯一死者 がこの世に戻ってくる方法だって言うから・・・。死に物狂いだったわ・・・死んだ後ってのが、お笑いだけどね」

「ふふ・・・君の必死な姿って奴を見たかったな・・・。生涯でお前が取り乱した姿なんぞ見たことないからな」

 村雲の言葉に、ユングは苦笑しながら答えた。

「何いってんのよ・・・あたしの取り乱した姿なんて・・・一回見てるじゃないの。あん時に・・・」























 今から百年と少し前・・・先ほどと同じ場所、同じ部屋・・・登場人物も変わらないが、ここにいる老人は生きている・・・。

「待たせたわね・・・約束、果しに来たわよ」

 自信満々に老人・・・村雲にそう言い放った少女・・・ユングは安楽椅子に座す村雲の傍へと歩み寄った。

「ん・・・?おぉ・・・なにやら俺は幻を見ているようだ。昔死んだ知り合いにそっくりな奴が黒尽くめの怪しさ満点、あたしは不審者ですって言ってるような 格好で俺の前に立っているが・・・・俺も歳だなぁ・・・」

「だぁっ!ったく・・・歳食ってもそんな所は相変わらずね・・・。あたしよ、あたし!」

「ん〜・・・すまん、俺の知り合いに“阿多氏”なんて知り合いはいないんだが・・・・」

「こいつ・・・しばいたろか!」

 ユングが拳を握り締め、怒りをあらわに仕掛けたとき、村雲もまた、先ほどの人をからかったようなふざけた表情はやめ、真剣な表情に戻りこう告げた。

「冗談だ、ユング・・・。ユング=ローレンツ=イシカワ・・・・久しぶりだな。五十年ぶりといったところか」

 その言葉に、拍子抜けしたユングは、振り上げた拳を下ろすと、微笑んで告げた。

「えぇ・・・久しぶりね、村雲慶介・・・。時間が掛かってしまったけど・・・約束は護ったわ」

「それにしても・・・お前は死んだはずだ。最期を看取った俺が言うんだから間違いないが・・・化けて出たのなら勘弁してもらいたいな。こう見えて幽霊なん てものは苦手なんだ」

 村雲は首をすくめながら、冗談交じりに言った。

「まぁ、近いけど・・・正解じゃ無いわね。あたし、死神になったのよ・・・・」

「そうか・・・ついに俺もお迎えか・・・。まぁ、大分生きたし・・・お迎えがお前ならそれでもいいか・・・」

 村雲の言葉に、ユングは慌てた。

「ちょ・・・ちょっと、何言ってんのよ!あたしは別に、あんたをお迎えに来たわけじゃないの!あんたとの約束を果しに・・・・ここにきたのよ」

 その言葉に、村雲は驚く以外の事ができなかった。

「お・・・お前、それだけのために死神になって、ここに来たってのか?」

 村雲の言葉に、ユングは静かに頷いた。

「お・・・お前・・・!律儀な奴だとは思ってたが・・・まさかここまでとはなぁ・・・・」

 村雲がククッとくぐもった笑いをこぼす。

「う・・・うっさいわね!何笑ってんのよ!?」

「お・・・お前、これが・・・ククッ・・・笑わずに・・・いられるか・・・ハーッハッハッハッハ!」

 ついに、村雲はお腹を抱えて笑い出してしまった。

「あ・・・あんたって人はぁぁぁっ!!」

 その後、二人は昔を懐かしみながら、談笑をした。あまりにも懐かしく、つい・・・話に花が咲いてしまったのだ。

「さぁて・・・で、お前さんあんとき言ったよな・・・」

 と、村雲が切り出してきた。あの時とは・・・ユングがこの世での生を終えた時の事である。

「えぇ・・・あんたに言いたい事があったのよ・・・それは――――――」

 と、ユングが言いかけたとき、外の廊下から誰かが此方にドタドタと走ってくる音が聞こえた。

「おい、お前の姿は・・・・」

「大丈夫、あんた以外には見えないようになってる・・・」

「そうか・・・。こんな爺が昼間から若い女を連れ込んだなんて家族に誤解されたくないからなぁ〜」

「うっさいわね!っとに・・・適当にあしらっときなさいよ!」

「はいはい・・・本当に昔から変わらん奴だ・・・。さて・・・せわしなくこっちに来た奴は誰だ?息子の博か・・・はては孫たちか?」

 しかし、村雲の表情も、扉を開けた来客の姿を見て厳しいものに変わる。見覚えのない者だった上に、目は殺気だっていた。

「誰だね君たち・・・。大の男が・・・殺気だってこの老いぼれに何の用かな?」

 村雲の言葉を聞くと、懐からピストルを取り出した。

「村雲慶介とお見受けする」

「いかにも・・・その通り。貴様・・・士族か?」

 村雲の問いに、男は眼光を寄り一層鋭くする。

「そうだ!貴様は戊辰戦争の際、武士であるにもかかわらず、大恩ある徳川家をお救いせんかったばかりか、新政府に取り入り人々の血税でこのような不遜な振 る舞い!天が許そうと、我らが許さん!我ら士族の恨み、受けるがいい!死ね、逆賊がぁ!!」

 そして部屋に乾いた銃声が二度、響き渡った。男は、直ぐにピストルを懐にしまうと、そのまま部屋を出て行った。

「慶介!」

 ユングは安楽椅子に力なく腰掛けている村雲に駆け寄った。

「やっと・・・名前で呼んだな」

 村雲は、ユングのほうに顔を向けると、力なく微笑んだ。

「馬鹿!何言ってんのよ!!あんた・・・血まみれじゃないのよ!!」

 ユングの言うとおり、村雲の腹部に二発の銃創があり、服はそれを中心に赤く染まっていた。

「へっ・・・黒い・・・血が出てきやがった。これじゃぁ、もって五分って所だな」

 村雲は自分の傷を見ながら、冷静に告げた。

「あんた何強がってんのよ!死んじゃうのよ!?それがどういった事か分かってんの!?」

「今更・・・じたばたしたって始まらんだろ・・・ごふっ!」

 村雲がむせたかと思うと、血を吐き出していた。それも、赤い血では無い・・・黒い血だ。

「ユング・・・知ってたか?人間・・・内蔵やられると、鮮血でも・・・赤いんじゃなくて・・・黒いんだと。この前医者が言ってやがったぜ・・・」

「何考えてんの!?今はそんなこといってる場合じゃないでしょ!?この家に家族はいないの!?銃声がしたってのに、誰もきやしないじゃない!!」

「あぁ・・・あいつらは旅行中だ・・・今日帰ってくる予定だが・・・。奴が去った後でよかった・・・もし、皆いたら、皆殺されてたかもしれんしな・・・」

 苦しげながらも、本当によかったといった感じで村雲は呟いた。

「馬鹿馬鹿馬鹿!あんたっていっつもそう!自分よりも他人の心配しかしないんだから!!」

 そんな取り乱しているユングを微笑みながら村雲は見つめると、そっと彼女の瞳をぬぐう。

「鬼の目にも涙・・・ってか?死に際に・・・珍しいもんが見れたぜ」

「馬鹿!こんな時におちゃらけて・・・!!」

 と、ユングはここで気がついてしまった。本来、実体化していない死神は、見れる事はあっても、実際触れられることは無い。それが、生身の彼が今自分に対 して触れてきたのである。

「やばい・・・もう、かなり肉体と霊魂の剥離が進んでるわ!これじゃぁ、もう助からない!!」

「諦めなさいユング・・・それが彼の天命だ」

 と、突然部屋の隅から別の声が聞こえてきた。ユングが振り向くと、そこには一人の男が立っていた。黒尽くめの・・・男だった。

「レイチェル・・・・」

「ユング・・・あいつは・・・誰だ?」

 村雲が、レイチェルと呼ばれた男に視線をずらし、言った。

「あいつは、あたしと同じ死神よ・・・。って、あんた他の死神が見えるの!?」

「あ・・・あぁ・・・うっすらとだが・・・」

「ほぅ・・・我の姿が見えるか。という事は、大分死期が近いな」

 レイチェルはそう呟くと、村雲の眼前に移動した。

「お初にお目にかかる・・・我はレイチェル=グランバート。貴方を冥界に導く者だ」

 慇懃に、レイチェルは村雲に向かって礼をした。

「ねぇ、レイチェル・・・どうにかならないの!?慶介を・・・慶介を助けらんないの!?」

 ユングのその問いに、レイチェルは肩をすくめる。

「それは無理だな・・・。既に、我の手帳にこの者の名が記されている。この者の死期は既に決まっているのだ。変えようが無い」

「そこを何とか・・・・」

「ユング・・・」

 レイチェルの視線が、そこで厳しいものに変わった。

「死神に死者の死期を変える事は不可能だ。そのような事・・・貴様も先刻承知のはずだ」

「でも・・・でもあたしは―――――!」

「ユング・・・もう、いい」

 ユングの言葉をさえぎり、村雲が言った。

「あんた、なにがもういいのよ!!そんな直ぐ諦めるようなやつだったなんて―――――!」

「俺はもう、十分生きた・・・。お前が十七年しか生きれなかったのに比べて、俺はその四倍以上は生きたんだ。それに・・・最後にお前にも会えた。もう、思 い残す事もないよ」

 その村雲の姿は、老成して、達観した・・・確かに、この世を十分に生きた者のみがたどり着く姿だったのかもしれない。

「レイチェルとやら・・・頼みがある。聞いてもらえるか?」

「・・・死に逝く者の望みは極力かなえるよう上から徹底されている。言ってみろ」

「ありがたい・・・。冥界へ送るのは・・・あんたじゃなく、ユングに頼みたい」

 その言葉を聞いて、レイチェルが顔をしかめる。確かに、ユングも死神で霊魂を冥界へ送る事は可能だが、基本的に死者の記入された手帳を持つものが霊魂を 冥界へ送る事になっている。ある種、規約違反を見逃せ・・・といってるようなものだった。

「しかし、それは・・・・。いや、分かった。ユング・・・この方を送ってやれ」

「でも・・・・」

「早くしろ!死者の望みだ・・・」

 そういうと、レイチェルはその姿を消した。自分の役目は終わった・・・と。

「すまないなユング・・・最後まで、迷惑かけちまった」

 既に村雲の顔には生気が無く、意識を保っているのもやっとといった感じだろう。

「ふ・・・ふん!これであんたの顔を見なくて済むと思うとせいせいするわ!」

「だったら・・・泣くなよ。最後ぐらい・・・笑顔で見送ってくれ」

「な・・・泣いてなんか!!」

 口ではそういいながらも、ユングは確かに泣いていた。止めようとしても止められず、拭っても拭っても後から後からあふれ出てしまう・・・。おかげで、ユ ングの視界はぼやけ、既に村雲の姿さえはっきり写っていない。

「ほら・・・早くやってくれ。お前の顔を見ながら逝きたいんだからさ・・・」

 ユングは、村雲の辛そうな言葉にはっとすると、慌てて目を擦り、自分の手を村雲の額に当てる。

「死神ユング=ローレンツ=イシカワの名において・・・村雲慶介を冥界へと誘わん!我等が偉大なる父よ!その御霊を御身の下へ迷う事無く導きたまえ!」

 そうユングが叫ぶと、村雲の体は眩いまでの光に包まれた。

「ありがとう・・・ユング・・・」

 そして・・・光が収まった後、そこには・・・魂が抜け、肉体のみの存在となった村雲と、泣き崩れているユングの姿であった。

「・・・・ちっ!心配になって戻ってみれば―――――」

 姿を現したレイチェルは現状を把握すると、そう呟いた。

「初めての冥界送りで知人を送った死神など、聞いた事がない・・・。おい、ユング!しっかりしろ!!」

 レイチェルが泣き崩れているユングを起こし、肩を揺さぶる。

「・・・・糞!目に生気がない・・・。死者に心奪われるとはな」

 レイチェルがユングの額に手を置き、何事かぶつぶつと呟く。すると、ユングは糸が切れたかのように、倒れこんでしまった。

「・・・記憶は封じさせてもらった。お主がこの現実を受け入れられるまで、強くなれれば・・・自然とそれも解けよう。しかし、それまでは・・・すまない が、村雲殿・・・お主に関する記憶は、彼女から消させてもらう」

 レイチェルはユングを抱き上げると、すでに物言わぬ骸とかした村雲に視線を向け、呟いた。

「願わくば・・・お主とこやつが、来世で再会できるよう・・・祈うておる」

 それだけ言うと、レイチェルは気を失ったユングとともに、その場から姿を消したのだった。村雲慶介・・・その死に顔は安らかなものであったと、後にレイ チェルは語っていた。享年六十九歳であった・・・。



























『そういえば・・・そうだったな。お前が取り乱すのなんか・・・あれが最初で最後だろう・・・』

 村雲は苦笑しながら言った。

『そうそう・・・どうやらまだこの世界に俺の縁者がいるらしい』

「・・・急にどうしたのよ?」

 村雲が何かを急くように、急に話をしだしたのにユングは不信がった。

『名は・・・確か後藤敬介といったかな?元々俺の遠い親戚筋の子供らしいのだが・・・彼も、不幸な境遇の子だ。力になってやってくれ』

「後藤が!?・・・そいつ、あたしの今の居候先の家主の名前だわ」

『お!そりゃ都合がいいな。申し訳ないけど、あいつの面倒見てやってくれよ』

 それだけ言うと、村雲の体が光に包まれ始めていた。

「け・・・慶介!あんた――――!」

 あまりの眩さにユングは目を覆う。

『どうやら時間のようだな。九十九神にはだいぶ無理をさせてしまった・・・。ただでさえ、俺をイメージするのにだいぶ力を使うのに・・・こうも長時間会話 をしてしまったんだ・・・九十九神の力も尽きてしまったらしい』

「あんた・・・!あんたまたあたしに何も言わせないで勝手に消える気!?」

『すまないユング・・・所詮俺は既に死んだ人間だ。さらに言えば、その残留思念だぞ?・・・時間はどうにもできん』

 村雲にそう告げられ、ユングは一瞬と惑ったが・・・意を決して叫んだ。

「好きよ!あんたの事・・・・あたしずっと好きだったんだから!!」

 今まで二度もいえなかった言葉をやっと言えた・・・。

 自分が死ぬときは、その言葉が彼を縛り付けてしまいそうで怖かった。

 そして二度目は、彼はその思い を聞く事無く逝ってしまった。そして三度目の正直・・・ずっと抱えていた思いを、今ようやく・・・ユングは吐き出すことができた。そして村雲は、一瞬驚い たものの・・・すぐにいつものやさしい表情を浮かべると、こう告げた。

『知ってたよ・・・そんな事・・・お前が死ぬ前からずっと・・・』

 その言葉に、ユングは赤らめていた頬をもっと紅潮させると、そっぽを向いて地団駄を踏みながら叫んだ。

「く〜!だからあんたって人は嫌いよ!何でもかんでもお見通しみたいな顔しちゃって!!ほら、あたしの用事は済んだわよ!とっとと消えちゃいなさい!!」

 ユングの姿に苦笑しながら村雲は告げた。

『はいはい・・・じゃぁ、今度こそ本当のさよならだ』

「さよならは・・・可哀想だから言ってあげるわ」

 再び彼と視線を合わせたとき・・・既にユングの表情はいつもどおり、ふてぶてしい笑みが張り付いていた。

『フ・・・それでこそユングだ。じゃぁな』

「えぇ・・・さよなら・・・慶介」

 ユングの言葉を聞くと、村雲は微笑み・・・その体は風景に溶け込み、掻き消えた。

 そして、それと同時に役目を終えたであろう彼が今しがたまで座っていた 安楽椅子が、音を立てて崩れ去ったのだ。まるで、そこには初めから何もなかったかのように、砂よりも細かく砕け、消えていった。

「さようなら・・・慶介・・・さようなら、あたしの初恋・・・」

 そうユングが呟き終わった瞬間、その部屋のドアがすごい音を立てて開いた。

「だぁぁぁっ!やぁっと見つけた!!てめぇ、どこほっつき歩いてやがったんだ!こっちは散々お前の事を探してだなぁ・・・・」

「敬介・・・」

「あん!?」

「人が感傷に浸ってるときに・・・大声出すなぁぁぁぁぁ!!」

 と、ユングは叫びとともに、渾身の右ストレートを敬介に叩き込んだはずだった・・・が。

「へ!てめぇのパンチなんざハエが止まったみてぇだ!」

 易々と受け止められていた。それも・・・片手で。

「うそ・・・あたしの渾身の一撃を・・・・」

「ま、そんな事より・・・。憑き物が落ちたみてぇな顔してるな。悩みは・・・・解決できたのか?」

 一瞬ユングは何の事を言われたのかわからなかったが・・・そもそもここに来たいと言い出したのは自分なのを思い出し、溜息ひとつつくといった。

「おかげさまで・・・万事解決よ。ただ・・・たった今、新しい悩みができたわ」

「なんだそりゃ?まだなんかあんのかよ?」

 敬介もいぶかしげに聞き返した。

「それはね・・・どうすればあんたに一撃くれてやれるかよ!!」

 そういうと、ユングは敬介めがけ凄まじい勢いで攻勢をかけた。

「ちょ・・・・ちょっと待てって!俺には何がなにやら・・・・」

「あたしには大有りよ!!あんたのその余裕ぶった表情をあせった一杯一杯の表情にさせたいのよ!」

「無茶苦茶だぁ!!」

 そういいながらもすべて紙一重で避ける敬介。格闘家も真っ青な攻勢を見せるユングだが・・・一発も当たらない。

「ったく!付き合ってられん!こんな時にゃ三十六計逃げるにしかずってな!!」

 それだけ言うと、敬介はさっさとその場から退散する道を選んだ。

「あぁ!ちょっと待ちなさいよ敬介!!」

「待ってられるか!!いつまでもそんな化け物じみた連携避けんのもしんどいんだぞ!?」

「何言ってんのよ!一発決まればそれで終わりなんだからいいじゃない!!」

「馬鹿たれ!!一発でも決まってしまったらあの世に行ってしまうではないか!!」

「あらいいじゃない!そうなったらそうなったで、あたしがあんたを直接冥界まで送ってあげるわよ!あぁ、あたしったらな〜んて優しいんでしょう!と、言う わけでおとなしく喰らいなさい敬介!!」

 凄まじい風きり音と共に、敬介の頭上をユングの蹴りが通過する。殺気を感じ、とっさにしゃがんでいなければ、アバラの二本や三本は本気で折れていただろ う。

「てめぇ今マジだろ!?」

「あたしはいつだって素敵に無敵に本気よ!」

 そして、言葉と同時に襲い来る連撃。走りながらのはずなのに、なぜかその全てが必殺の威力を持っている。

「だぁぁぁっ!やってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 この後・・・近所で新しい怪談話ができたとゆう。「怪奇、昼間から響き渡る男の断末魔」・・・と言った題らしいのだが・・・・。帰ってきて敬介はすぐさ ま病院に担ぎ込まれたらしいということだけは記しておく。






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