factor18


「今のは……固有結界の詠唱?」

 膨大な魔力の奔流が収まりかけている中、私は周囲の状況を再確認する。自分はバーサーカーを失って完全に蚊帳の外。シロウは眼前の状況に驚いて動けなさそうだし、セイバーはそのシロウのフォローで手一杯。今は完全に綺礼と凛の戦いみたいね。

「――人の世の障害、あまねくすべてを排除する!『万策尽くす走狗の戦い(トゥルー・ニュートラル)』!」

 収束した魔力が臨界に達し、アーチャーの言葉によって術式が完成する。私はそう判断して、咄嗟に身体を丸めた。

「……何も起きない?」

 衝撃も振動も無く、魔力の変化も無い状態が続く。気になって顔を上げると……

「何も起きてない?なんで?」

 そこにあったのは、先程までと一切変わっていない光景だった。

◆――――――◇

 術式安定、固有結界展開完了。既に悪魔の選定・配置共に完了、後は眼前の英雄を何とかするだけだ。

「……なんだ?あいつ今何しやがった?」

「さて、雑種の意図なぞ我にはわからぬが……それが最後の足掻きか?」

 二人の英雄はまだ何が起こったかを理解していない。その隙を、僕は絶対に逃さない。

「『ヒロイン』、いつものを」

「見苦しい、一体誰を――」

 僕の言葉に反応しようとしたギルガメッシュに、雷が落ちる。いくらかはギルガメッシュの纏う鎧にはじかれたようだけど、しっかりと『命中』した。ランサーも同様のようで、避雷針の様に槍に雷が当たったようだ。二人ともダメージは無いみたいだけど、これは『命中』する事が大事だからね。

「お、おいテメェ……そこの女は置いておくとして、もしかしてこいつは……」

「何だこれは……何故我の身体が動かん!」

「パワーは『タルカジャ』、終わったら『スクカジャ』を。タマモは限界まで『タルンダ』を掛けろ。ガンガーはチャクラドロップ舐めて回復まで待機、パスカルと作業の終わった奴は僕と共にこいつらに攻撃を仕掛ける」

 召喚した悪魔達に指示を出しつつ、手元の『秘剣火之迦具土(ヒノカグツチ)』の感触を確かめる。僕の武具の『再現』は、固有結界の応用による擬似的な物質生成。固有結界を展開した時点で新しく何かを生成することが出来ない関係上、武器はこれだけと言う事になるだろう。

「答えろ!英雄なら英雄らしく、正々堂々と戦え!……電撃を止めろぉぉぉおおおお!」

「馬鹿な……この我が、貴様のような雑種にぃ!」

 二人の英霊が、吠える。眼前の卑怯者に対する怒りを、自らのふがいなさに対する憤りを僕にぶつける。そんな二人に、僕は静かに微笑んでこう言った。

「――しょうがないだろ、僕は人間だもの」

◆――――――◇

 アーチャーの固有結界には、心象風景が存在しない。その上簡易的な結界による壁を張る程度なので、場所の移動も視界の遮断もない。それ故に周囲の人間には何が起きたのかを把握する術がない。しかしそれでいて、結界の壁は存在するので外部からの加勢は難しい。謂わばこの結界は、強烈な隔離機能として利用できる。

「強い――と言うより、えげつないって感じだな」

 映し出された結界内部の様子を見て、衛宮士郎が呟く。自分から見れば、敵方の英霊に負ける道理なんて無い。だと言うのに英霊達はアーチャーの横にいる女性の攻撃によって、完全に手も足も出ていない。そんな光景は、客観的に見れば卑怯と思われる行為だろう。現に衛宮士郎はそう感じている。

「これが――人間だと?」

 士郎の隣に佇むセイバーも、その行為を容認できていないようだ。その上アーチャーがランサーの問いに対して『自分が人間だから』と答えたことも、どこか納得出来ていない様に見える。

「……考えたな、隔離した状態で動きを止める特殊魔術により反撃を許さず、確実に取り込んだ相手を倒す作戦か」

「――綺礼!アンタにはもう何もさせないわよ!」

 結界との境界線に触れる綺礼に、凛は指鉄砲を突きつける。常人ならばただの悪ふざけにしかならないが、凛の得意技である『ガンド』がそこに意味を持たせる。謂わばこの状態は、銃口を突きつけられているのと同じなのだ。

「無駄だな凛、例え私が死んでもギルガメッシュには単独行動がある。ランサーが消えたところで、今の奴にそれほど重要な価値もあるまい。私の死が直接お前達の勝敗に関係する事にはならん」

「それでも、アンタとランサーが消えるなら!」

 気丈に言い切る凛だったが、綺礼の言葉に数秒程度躊躇する。そして――

「――令呪を持って命ずる。『全力で雷を回避しろ、ギルガメッシュ』」

「っ、しまっ――」

 その数秒を逃すほど、甘い戦いをしているわけではないのだ。

◆――――――◇

「――っ!でかしたぞ言峰!」

 『外』で綺礼が唱えた一言が、ギルガメッシュに力を与える。『ヒロイン』と呼ばれた女性の放つ雷を空間転移との併用で完全に回避し、拘束を抜けたのだ。

「……!」

「消えよ幻影!我の歩みを止めた不遜を悔いよ!」

 拘束を抜けた次の瞬間、引き抜いた剣で『ヒロイン』の身体を貫く。確実に心臓を捉えた結果か、『ヒロイン』はその場に倒れ込む。

「なっ……ガンガー!『メディアラハン』を――」

「――『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』!」

 振り向いたアーチャーが見たのは、動き出したランサーによって消し飛ばされたガンガーの姿だった。これまで雷によって行動を止められていたランサーは、アーチャーの行動に対する怒りを押さえられなくなっていた。

「殺す……てめぇは必ず殺す!」

「我をここまで愚弄するとは……万死に値するぞ雑種ぅ!」

 二人の英雄は、アーチャーに対して色濃い殺気を醸し出している。力を発揮できず一方的な攻撃をされたのだから、ある意味当然と言うべきだが……

「パスカル、『ヒロイン』の蘇生を頼む!パワーとタマモはあいつらを足止めしてくれ!」

「させるかテメェ!」

「時間を稼げランサー!奴は我が手ずから消滅させてくれる!」

 アーチャーの指示に沿って、二体の異形が動き出す。青白い光を発する獣がランサーに飛びかかり、その後ろから槍を持った天使が追撃する……が。

「邪魔すんじゃねぇ!『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』!」

 たった一度の投擲。されどそれは英霊の力によって高められた最強の一撃。放たれた槍はそのまま異形達を貫き、消滅させた。

「(タマモを貫通したって事は、あれはガン属性扱いか?だったら……)来い、バックベアード!」

「この人間どもめ!全力でかかってくるが良い!」

「ちっ、面倒くせぇ……疾!」

 アーチャーが腕の機械を操作し、巨大な黒い眼球を呼び出す。ランサーはその姿を見ると、苛立たしそうに槍で突き――

「たまには反射も良いよね!」

「な、何ぃ!?」

 勢いそのままに弾き返された。にこやかに微笑みながらランサーを見つめる眼球は、その見た目に反し特殊な防壁を身に纏っているようだ。手に持っていた槍は衝撃により、明後日の方向へと飛んでいった。

「てめ――」

「燃えろ、『秘剣火之迦具土(ヒノカグツチ)』!」

 眼球に何か言ってやろうとした矢先、アーチャーによってランサーの身体は二つに分かれた。傷口は黒く焦げ、完全に上半身と下半身が分離した状態となった。もし戦闘続行を持っていたとしても、確実に戦線離脱する致命傷である。

 ――されど。

「――よくぞ持たせた、ランサー。餞別代わりに、このちゃちな結界ごと奴を消滅させてくれる!」

 ランサーにその気がなくとも、ギルガメッシュの為の時間稼ぎは行われていた。アーチャーが剣を振り下ろした時点で、既にギルガメッシュは終幕の準備を終えていたのだ。より威力を引き上げ、確実且つ凄惨にアーチャーを倒すための切り札の準備を。

「くっ……(せめて、マスターの方に行かないように!)」

「逃げ切れるとでも思ったか!死して拝せよ、『天地乖離す(エヌマ・)――」

 咄嗟の判断で、アーチャーはマスターである凛の居る方向から離れるように飛んだ。もちろん振りかぶって今まさに放たれんとする対界宝具を避けようとしてではなく、結界を超えた先でマスターが死んでしまっては困ると判断したのだ。最後の行動が終わり、膝をついた彼の傍にあるのは蘇生を終えた『ヒロイン』と盾になるように立ちふさがる巨大な眼球及び魔獣の姿だった。

 そして。

「――開闢の星(エリシュ)』!」

 それらすべてを、紅い力の奔流がかき消した。




あとがき
お久しぶりです。リアルでの事情でしばらくこちらに手が出ませんでした。
お詫びという訳ではありませんが、今回はちょっと長めです。



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