何故、こんなことが起きたのか?


(うぅ……どうしてこんなことに……)


フェイト・T・H・テンカワは、自らの行動をひどく後悔していた。

自分の夫であるテンカワ・アキト(マシル・ラン)の消息を求めてネルガル重工に赴いたところまではよかったが、そこから先のことをまったく考えていなかっ た。

そもそも同じ世界に飛ばされたのかすらわからない。その上、“現在”の時間軸の身分証を持ち合わせていない。

未来の身分証を持ち合わせていたとしても、信用されるかどうか。プロスに会わせてもらえれば多少は耳を傾けてくれるかもしれないが。ゴートになんか突き出 された日にはそのまま追い返されそうだ。

ちなみにゴートに対し、フェイトは純粋な体術では敵わない。というよりゴートはやはり元軍人だった関係か、体力的な面ではアキトに並んで高い。

細かな銃器の扱い(整備等)はアキトよりも上手く、集団戦になるとアキトでも歯が立たない。軍人故、しかもSSでは指揮官という位置にいるのだから元コッ クのアキトでは敵わないのはある意味当然かもしれない。


閑話休題。


と、フェイトが内心で後悔の涙を流していると、目の前にウインドウが表示され、中には髭の濃い老人の姿が映っていた。

そう、フェイトが今いる場所はアサルトピットの中である。彼女はエステバリスに搭乗しているのだ。


フェイトがネルガル重工に到着し、まず通されたのが警備室。当然である。

フェイトもそれは予想しており、そこから先がどのようにして交渉し、夫の消息を探すべきか。それが重要だ。

そして、運の良い事に、彼女が拘束された先で会ったのはプロスペクターであった。


『テンカワ・アキト、もしくはマシル・ランという人を知りませんか?』


一通りの検査ののち、フェイトの投げつけた質問の内容にプロスは眉をピクリと持ち上げた。

そして、フェイトは彼がこの世界にいることにホッとしつつ自分と彼の関係を告げると、プロスは怪訝な表情を浮かべてこう答えた。


『彼は「自分は天涯孤独、結婚もしていないし子どももいない」と言っているんですが……いつも無愛想で誰も近づけませんしねえ』


フェイトはその言葉にハッとした。

そうだ。アキトも【相手(フェイト)が同じ世界に飛ばされているとは限らない】と考えていたのだろう。

今のアキトにはボソンジャンプが出来ても次元世界を飛ぶ技術は持ち合わせていない。だとしたら、彼はこの世界で一人で生きていかなければいかなかったのか もしれないのだ。

そうなればアキトの心に再び闇が覆い尽くそうと手を伸ばすのは必定。



一刻も早くアキトに会わねば。アキトは周囲が思っている以上に繊細なのだから。

幸いなことにアキト……否、マシルは現在本社近くの工場併設の試験場にてエステバリスのテストパイロットとして働いているらしく、一足遅れてナデシコにも 搭乗する予定だという。

ならばナデシコに乗れば、フェイトと必然的に再会出来るはず。


しかし、そこで敵勢力【木星蜥蜴】が襲撃をかけてきた。

直前にダイゴウジ・ガイが脚を骨折し、彼の頼みに応じて機体の中に置いてあったゲキガンガー人形を手にとった直後のことである。

そして、艦内に鳴り響くサイレンに、フェイトは半ば反射的に反応して出撃してしまったというわけだ。


『誰だ君は!』

「はひっ?!」

『パイロットか?!』

「あ、あの……」

『あ゛ー! アイツ俺のゲキガンガーを!』


繋がっているのはブリッジらしい。別のウインドウにブリッジ全体が映り、冗談でウリバタケに肩を貸してもらっているガイが騒ぐが気にしない。

そもそも貴方が骨折しなければこんなことには…そう思うが後の祭りだ。


「フェイト・T・H・テンカワ―――えと、予備パイロット兼整備士見習い、です」


一応向こうで魔道兵器のパイロットを勤めていたフェイトだ。機動兵器の知識、工学関連はルリに散々習ったし、人並み以上にはレンチを握っている。

プロスにはそう説明してナデシコに乗らせてもらったのだから、言い訳としては正解だ。だからといって他人の機体を勝手に乗り回していいわけでもないが。


そう。これで後はプロスが周囲を説得すれば敵を排除するだけ。

ここまで来た以上、そうなるだけだった。フェイトも仕方ないがやるしかない、と腹を括っていた。


だが、事態は誰もが予想しない展開へ動き始める。


『な―――艦長、もう一機のエステバリスがエレベーターに搭乗、発進しています!』

『『『えええ?!』』』

「一体誰が―――」


馬鹿な、ここにいるパイロットはフェイトだけのはずだ。

仮にフェイトがここに来たことをプロスが本社に伝えたとしても、あの意地悪いアカツキのことだ。情報をアキトの前で止めて驚かそうとするのではないか。

それに、テストパイロットなだけのアキトがCCをエリナから信用を勝ちとって得られるかどうか……。

瞬時にフェイトが思考をめぐらせるが、次の瞬間別の機体から通信が入る。


『何故君がそれに乗っている!』

「え―――?」


表示されたのは、愛しい人の顔。だが、そこに在るのは絶対に有り得ない。


「何故って、私だって戦えますよ?」

『はぁ?! フェイト、君はいつからIFSを使うようになった?! そもそも……、っ』

「な、何を言ってるんですか! あなただって、なんでここにいるんですか!」


本当ならここにいないはずだ。先程のプロスの話に嘘があったようにも見えないし、嘘をついたとしてもいずれはバレる嘘だ。

戦闘前に現場を混乱させるような隠し事はしたくない。すかさずフェイトはプロスの顔を見やるが、プロスも驚いているばかりだ。


というよりも、両者の話が噛みあっていない。

そう、二人とも今の言葉の応酬で何かがおかしいことに気がつき、険しい顔を浮かべていた。


「……まず、私から質問させてください。何故“貴方”はここに?」

『俺は、自分の妻でありナデシコ生活班に所属する高町なのはと一緒にいるためだ。悪いとは思ったが先程潜入させてもらった』

「っ―――?!」


これは、やはりおかしい。





「今度は俺が質問するが、君は誰だ?」


何かがズレている。それは目の前で困惑の表情を浮かべる彼女も同じはずだ。

体は歳を取ったためか、操縦には多少苦労するだろうが問題はない。

だが、それよりも気になるのが目の前のフェイトが自分の知っているフェイトと何かがズレている。

そのズレが何かを掴まなければ、誤解を生んだまま話がまとまらないだろう。


自分となのはは、二人で旅行中に最近発掘されたという時空転移の宝玉の鑑賞をしていた。

場所は発掘された遺跡のすぐ傍の管理所。だが、突如宝玉から膨大な魔力が発生し、なのはと俺は二人で周囲の人間を避難させてから暴走を止めるべく封印処置 を施そうとした。

無論、こんな場所にいるということは間に合わなかったということだが。

目が覚めたら、火星からボソンジャンプした直後の夜の地球だった。


『……わ、私は、マシル・ランという人物を探していただけです。私の、夫の』

「何―――いや、そうか。わかった。事情は把握した。まずは地上の敵を排除する」

『はい…』


それを最後に、通信を全てカットする。ブリッジからの通信はいろいろと煩かったが、今の自分達には届いていなかった。

ともあれ、ナデシコが発進するまでの時間を稼がなくてはならない。

何よりも、彼女が本当にパイロットなのか。それが自分の知っているフェイトとの違いを証明出来る唯一のものだろう。


そして、エレベーターが地上に出ると、周囲を取り囲む黄色いバッタやジョロ達。

こちらの青いエステバリスには両手に幸いラピッドライフルが装備されている、発進前にかっぱらったが、目の前の相手には十分使えるだろう。


(だが、それ以上に―――)


フェイト機も2秒前に地上に到着、20m後方に出ていたはずだが、こちらの上昇に会わせて背中合わせにぴったり張り付いていた。

なるほど、IFSがなければそもそも動かすこともできないのに、IFS用の機体を初めて動かす人間に出来ることではない。


(ライフル、使うか?)

(いえ、ナイフがあれば十分です)


凛とした念話が帰ってくる。

迷いも恐れもない。ただそこにあるのは、作戦を遂行させるべく動こうとする兵士そのもの。

その声を聞いて確信する。自分の知っているフェイトとは違う。初めて相対する相手に、ここまで心が平静を保っていられるとは。


(ナデシコの海上出現位置、グラビティブラストの射線上に敵を誘い込む)

(了解。前衛は私が―――)

(頼む)


話を持ち掛ける前に、既にフェイトの機体は動き出していた。機動兵器戦に、というかナデシコの武装を知っているとは。

少なくとも自分はそんな話をフェイトにした覚えはないし、自分の知っている彼女がそんなものに興味があるようにも思えなかった。

ということは、向こうのフェイトはそういった状況に慣れざるをえない環境に変化したのか。


「どちらでも、いいか」


前を走るフェイト機に、左右から追いすがるバッタとジョロを撃ち落としつつローラーで地上を移動する。

フェイトは正面に飛び出してくる敵を、両手のイミデュエットナイフで背部を切り裂き、ミサイルを暴発させてゆく。

爆風を避けるため一部にディストーションフィールドを展開し、機体への被害を抑えているのは、やはり初出撃の人間には出来ない。

自分の時のように、飛び上がって無駄に行動範囲を下げるなどというマネはしない。上手い、何だ、あの女性は。


『流石ですなぁ、貴方もうちの予備パイロットにどうですか?』

『それよりも彼の身元を突き止める方が先です!』

『そうよ、どこの誰かも知らない人間に任せるなんて!』


キノコがウルサイから放っておこう。プロスは勧誘、ゴートは困惑。通信は全面カットしたが復旧されたか、ルリちゃんは流石だな。

段々と大きくなるモニターを端に寄せつつ、その中にかつて愛した―――今も愛している女の顔を見た。


「っ……」


ジワリと瞳に浮かぶものはなんだろう。涙ではない、己に対する悔恨か。

それでも、かつて戦いを叩き込んだ体はブレることなく周囲の敵を引きつけつつナデシコの射線上へ移動する。

それこそが、自分と彼女を決定的に隔てたものだ。


戦うために己を作り替えた自分との。


あの無邪気な顔は、その埋めようのない高い壁を知らないのだ。





「アキトさん!」


戦いは無事に終わった。ナデシコへの直接被害はなく、エステバリスも2機とも落とされることはなく。

格納庫に戻ったアキトを出迎えたのは、愛すべき妻の高町なのは、その人であった。


「なのは―――!」


黄色いナデシコの制服が意外と似合っている。だからアキトは褒めようと思ったが、言葉は出てこなかった。

ただ、無事でいてくれてありがとうと。感謝だけが広がり、妻の体を強く抱きしめていた。

周囲にいたゴートもプロスも、隣のアサルトピットから出てきたフェイトは複雑な表情を浮かべていたが、それでも何も言わずにいてくれた。


「よかった、無事で……アキトさんに何かあったら、私―――!」

「俺もだ。ありがとう、なのは」

「…さて、そろそろよろしいでしょうか?」


とはいえ、向こうも暇ではない。プロスは手に持った一枚の書類とペンをアキトに差し出してくる。

アキトはそれを手に取ると、顔を青ざめた。書類の下にとんでもない額の金額が記されていたのだから。

億単位ではアキトの生涯賃金では返し切れないだろう。


「請求書…!」

「ええ。弾薬の無断使用及び我が社のエステバリスの無断使用料ですな。ああ、割引しておきましたが…お支払いいただけますね?」

「それがダメなら予備パイロットとして働け。そうすればナデシコでの任期が満期に到達した際チャラにしてやる?」

「ほほぅ、お察しいただけたなら幸いです。では雇用書にサインを」

「アキトさん……」


元々サインしてもらう気などなかったのだろう。プロスは請求書をサッと懐に戻すと、今度は雇用契約書を差し出してくる。

不安げに見つめてくるなのはにアキトは頭をポンポンと優しく撫でで、サラサラっとサインを記す。


「ここしかないだろ、俺達の今の居場所は」

「―――はい」

「では、これより艦内のご案内を……ああいえ、それは高町さんにやっていただきましょうか」

「え、あ、はい」


突然振られたことで詰まりつつも、なのははプロスの言葉に頷いてアキトを案内し始める。

アキトも頷き返してからなのはの後ろに続き、思い出してアサルトピットの上でこちらを見下ろしてくるフェイトを見つめ返す。

気づいたなのはもフェイトに視線をやるが、その視線はどこか、フェイトを避けているかのような、そんな意思が見て取れた。





「フェイト? やっぱりフェイト、テスタロッサなのか―――?」

「…はい。貴方の妻の、フェイトです……っ!」


数時間後、格納庫に到着したマシル・ランを一番に出迎えたのは勿論フェイト。

勢い良く抱きつく彼女に対し、アキト…マシルは困惑と喜びの入り交じった表情を浮かべながらも、彼女の背中に手を回して抱きしめ返す。

その様子を、今度は高町夫妻が数メートル先から眺めていた。


「バイザー、取ってないのか」

「みたいですね」


アキトのバイザーはある意味現在と過去を繋ぐものである。それを外していないということは、マシルは未だに強く過去に縛られているということか。

なのはと同じ黄色の制服に着替えたアキトは、黒いSSのスーツに身を包む同一存在を、コメカミに皺を寄せつつ見つめていた。

服からだけではない。全身から立ち上る威圧感は、かつてのアキトを彷彿とさせる。修羅と化したアキトを。

だが、フェイトに顔を合わせたマシルの体から威圧感は薄らいでいた。やはり、そういう間柄なのかと高町夫妻は納得する。


「!……お前、は―――?!」

「俺は高町アキト。補充パイロット兼コックだ。お前は?」

「……マシル・ラン。ナデシコ所属エステバリス隊、隊長だ」


アキトに気づいたマシルはフェイトを放し、アキトに近づいてくる。それによって周囲に緊張が走り、フェイトとなのはは息を呑んだ。

ドッペルゲンガーなど信じたくはないが、もしものことがあれば……。


だが、二人の予想はいい意味で外れてくれた。


「お前は、そういう生き方を選んだのか。羨ましいな、テンカワ・アキト」

「お前は―――お前の方が現実的だ。それに、五感はいいんだろ? だったらまたこれからやればいい。違うか、マシル・ラン?」

「……そう、だな」

「それと、今の俺は高町アキトだ。間違えるな」

「婿入りか…」


二人ともそれだけの言葉を交わすと、互いに手を伸ばして握手を交わし、微笑み合った。


「それにしても、お前はなのはを選んだのか。大変じゃないか?」

「まぁ、な。お前は良妻賢母そうだが?」

「ああ。彼女はよくやってくれているよ。嫉妬は怖いが」

「フッ、それは俺も同じだ。町内会に呼ばれてナンパされた日にはSLB撃たれたよ」

「こっちは部下からデートに誘われたらザンバーで首を刎ねられそうになった」

「「フフッ…ハハハハッ!!!」」


ああ。事態の把握が先なのに、どうして互いの愚痴の言い合いになっているのか。

後方で待機しているプロス達も惚気合いは止めてくれと額から汗を流しているし。でも止めないのは、Wアキトの瞳から涙が流れていたからだろう。


ちなみにその後、二人ともお互いの奥さんに粛清されることになる。


<完>




あとがき


カップリングSS「FATE」と、短編の方にあるアキト×なのはSSの主役4人による逆行。

シルフェニア5000万ヒットに何を書こうか迷って書き上げました。なんという中途半端仕立て。

ちなみにギャグです。続けないけどギャグです。シリアスは最初だけです。続けたとしてもMUSOUしますしね。

あと、寝ぼけ眼で書いたので矛盾とかあったらどんどん指摘してください。ええ、突貫工事です。

というわけで、シルフェニア様のさらなる発展を願って乾杯。


軽い設定


高町アキト

文字通り。家では良い夫。パイロットとして、また魔導師としても一線を退いているためマシルやなのは達に一歩劣る。

コックとしての腕はマシルより数段上の腕前まで差をつけている。師がいいのだろう。

特に、昔はまったく手のつけていなかったスイーツ分野においてはホウメイを上回っている。

性格は復讐時代よりかなり明るくなっている。今ではヴィヴィオの父親としての豪胆さも身についている。

ちなみになのはの夫であることを自称することに昔は躊躇があったが、今はまったくない。


マシル・ラン

カップリング記念SS「FATE」側のテンカワ・アキト。区別するために偽名の方で記述する。

高町アキトよりも暗い。ネガティブ思考だが、昔に比べれば随分マシになった。

パイロットとしての腕はリョーコやサブロウタなどのライバルと高みを競い合っていたおかげか、昔の比にならなくなってきている。

ヴィヴィオにとってはパパだが、どちらかというと歳の離れたお兄さんという感じ。

アキトよりも若く見える。これは、アキトが父親としての自覚を十分に自覚しているのに対し、マシルはどちらかというとまだパイロットしての自分を重視して いるからである。

周囲と共に自分を鍛え上げることこそが重要だと考えていることで、本人も知らぬ若さが滲み出て周囲の女性を引きつけていることに気付いていない。

フェイトと人前でいちゃつくようなことは滅多に無い。ツンデレキャラ的な要素が強い。


高町なのは

アキトの妻。管理局の第一線で活躍するエースオブエースである。

嫉妬すると物凄く怒る。結界を展開してSLBをぶっ放す。これにはアキトもジャンピング土下座するしかない。

流石にやりすぎである。本人も自覚してるのか、事が終わると自分から頭を下げる。なら最初からやるなと……おや、こんな朝早くに誰だ(ry


フェイト・T・H・テンカワ

マシル・ラン(アキト)の妻。パイロットとしての実力は、普段のメンバーの中では目につかないが、それは周囲の環境が異常なだけ。

彼らに相当鍛えられたおかげで達人の域に到達しつつある。無論魔導師としても一級で十分活躍できる。

が、なのはもフェイトもデバイスを所持していないため、そちらで活躍することは不可能。

本人は気付いていないが、マシルに対する依存度が半端ない。



精神年齢、精神の変化具合(プラス的な意味で)→アキト>マシル

体力、パイロットとしての実力→マシル>アキト≧フェイト(パイロットとしての実力)

魔導師としての実力→なのは≧フェイト>アキト>マシル

ヤンデレ度→フェイト>なのは

デレデレ度→アキト>なのは>フェイト≧マシル


でわでわ今度は黒い王子シリーズの続きにて(´∀`*)ノシ バイバイ



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