『それじゃ、貴女は絶対に幸せになれない。もちろん、彼も同じよ』


ユリカ、という女性の代わりとなった私に、母さんは言った。

それは、誰も幸せになれない選択だと。そんな覚悟で彼を救うべきではなかったと。


『あの人はもう独りなんです!―――だから、誰かが傍にいてあげないと…あの人は壊れてしまう…』

『……それこそが彼の言っていた同情じゃないの?』

『っ………』


それは紛れもない事実だった。

彼は同情は要らないと言っておきながら、私を彼女の代わりにして、私もそれを受け入れてしまっている。

そんな彼の我侭を受け入れてしまっている私だからこそ、彼を幸せにすることは出来ないのだろう。


『………なんてね。だから、それを同情じゃなくしてしまえばいいだけの話よ』

『それって…』

『自分をその人の影にするんじゃなくて、フェイト自身に惚れさせてしまえばいいの。

 それに、彼も言ってたんでしょ?――最初だけでいいって?』

『………ぁ』


それはつまり。

彼が、いつかは私自身を見てくれるということなのだろうか。

だけど、今もあの人の瞳には私が映っているようには見えない。

もちろん、それは私の予測でしかないが…私自身を見てくれているという自信なんて、まるでない。

彼の目は、以前と変わらない。私が母さんに捨てられたときと、今も大差ない。


『本当にそうかしら?』

『え…?』

『それはフェイトがそう思い込んでいるだけで、実際は変わってきているんじゃないかしら?

 フェイトはあの頃の事になるとめっきりだものね…』

『………』

『母親としては半分不安半分安心ってところね。フェイトにもようやく春が来たんだもの…』

『か、母さん!』

『そういうわけだから、またね』


結局、話が終わってからも私の顔は真っ赤だった。

私が彼を好きなのかすら、それすらも曖昧だけど、母さんには吉報だったらしい。

娘としてはそんな簡単に済ませていいのかと首を捻ったが、でも母さんの事だからちゃんと考えてくれているはずだ。



それが家族というもので、今のアキトさんに必要な温かさ。



カップリング記念SS続編第1話「元機動六課面々と」



「ふ〜ん…リンディさんはあの人のこと認めてるんだ」

「認めてるっていうのかなぁ……?」

「まぁ、フェイトちゃんに男が出来たっていう点は紛れもない事実なんやろうけど、私らからすればちょお複雑やな」

「まさかテスタロッサがな…いや、それは失礼か」


アキト救出事件から1ヵ月後のある日のこと。

フェイトはデスクワークのため、局に来ていたのだが、終業間際になのはとはやてに拉致され、気がつけば近くの空いていた会議室に連行されてしまっ た。

そこには機動六課での日々を共に過ごしたなのは達や、スバルやティアナ、エリオにキャロなどの特に仲の良かったメンバーが揃っており、フェイトに 今回の件 について色々と問い質していた。


「いいんじゃないッスか、男と女の出会いなんて人それぞれッスよ?」

「ヴァイス君…私はフェイトちゃんがどこの馬の骨とも知れない男に騙されていないか心配なだけだよ?」

「目が笑ってないッスよ…」


壁に背を預けて欠伸をするヴァイスに、フェイトの隣に腰掛けていたなのはがギロリと視線を向ける。

ああ、白い悪魔の根源はこれなのかと、その時ヴァイスは改めて認識させられる羽目になったのはご愁傷様と言うしかあるまい。


「なのはだってユーノがいるし…お相子だよね?」

「じゃあ私はどうなるん?すずかちゃんもアリサちゃんも…いや、やっぱりこれは由々しき事態やな。早々に対策を打たへんと…」

「対策って何のこと?!っていうか皆人のことなんだと思ってるの?!」


人の交際関係まで口出しされるとは一体どういうことか。

親友だからこその行動は理解できているが、これはやりすぎではないか。


「フェイトちゃんのことを心配しての行動やて…」

「私の事を信用してるんだったらそっとしておいて…」

「だって…ねえ?」

「なあ?」


なのはとはやてには思うところがあるのか、互いに顔を見合わせて頷く。

フェイトには天然な部分があるので、心配もひとしおなのだ。


「あの〜、なのはさん、八神部隊長。この辺にしておいた方が…」

「フェイトさんも仕事があると思いますし…(私達もだけど)」

「エリオとキャロは心配してないの?」

「いきなりいなくなったと思ったら男を連れて戻ってきて、この人を支えますだなんて言われて納得できる?」


家出した娘が男を連れて帰宅したようなものだ、と続けるなのはの視線は鋭く、エリオとキャロに緊張が走るが、それでも何とか言葉を返す。

流石にそこらへんは年を重ねたことで成長したようだ。


「それは…僕たちも最初は納得できませんでしたけど、この前偶々話をする機会があって、そこで色々訊いたんです」

「悪い人じゃなかったです。ううん、ああいう人ならフェイトさんと釣り合うんじゃないかなって思いました」

「え、2人とも…アキトさんと話したの?」

「は、はい。警備隊の人員補強についての相談で2週間前に来たんですが、その時に声を掛けられて…」


僅かにフェイトから視線を外しながら答えるエリオは、どこか申し訳なさそうな表情を湛えている。

それも無理はない。今言ったことは嘘で、実はフェイトのことが心配で自分たちから呼び出したとは口が裂けても言えない。

まぁ、その心配も杞憂に終わったことは確かなことである。


「色々とフェイトさんが向こうの世界に行ったときの事を話してくれました」

「へえ…アキトさんが自分からそういうことを話すなんて珍しい」

「私は初対面のときに色々あったから、未だに警戒されてるのに…」

「私は顔合わせしたことないから何とも言えんなぁ」

「ってかこんなとこで一々話してんだったら本人呼び出しゃいいのに…」

「同感だ」

「まぁまぁ、ヴィータもシグナムも落ち着いて」


常識のある2人はこの会合に何の意味があるのかと溜息を吐くが、シャマルも同様の考えのようだ。

フェイトが天然なのは否定しないが、仕事中の本人を拉致して情報を聞き出そうとするなんて少しやり過ぎな感は否めない。


「呼び出し…そうやな。ほんじゃま、本人のところに行こか」

「そうだね。あの人は今無限書庫だっけ?」

「あ、うん。ヴィヴィオに勉強を教えてもらってる。……ってホントに行くの?!」

「あったりまえやん。冗談かと思ってん?」

「いや、その、そもそもアキトさんと何を話すつもりなの?」


今アキトはこちらの世界の言語に慣れるため、日々勉学に勤しんでいる。

勉強をするのは何年ぶりだったかな、と苦い顔でぼやきつつもきちんと知識は吸収していってる。

あまり人のいないところで勉強したいと、ユーノに無限書庫の隅を貸してもらって勉強しているのだが…。


「決まっとる。フェイトちゃんのことどう思ってんのか、ただそれだけや」

「ヒモだったらほっぽり出すか強制送還」

「え、ちょ…2人ともやめてよぅ…」

「………シグナム、フェイトちゃんを逃げられんようにして」

「…すまん、テスタロッサ」

「シグナム…!」


はやての冷徹な命令に、シグナムは額に汗を浮かべながらフェイトの後ろに回りこみ、がっちりとわきの下に腕を差し込み身動きを取れなくする。

フェイトはそんなシグナムに非難の視線を向けるが、シグナムは申し訳ない表情のまま、先に部屋を出たなのはとはやてに続いて足を動かす。

周囲はそんな無理やりの行動に半分苦笑、半分哀れみの感情を向けるだけで助けようとはしなかった。

仮にそうしたら首謀者の2人に何をやられるのかわかったものではない。


ともあれ、そうして無限書庫に入った元機動六課の面々だが…。


「あ、ユーノ君」

「なのは?…それに、はやてにフェイト…何で他にもこんなに一杯人が?」

「はやてとなのはがフェイトの男を見たいってよ」

「男?…ああ、アキトさんか」

「そうそう。ちなみにユーノ君の印象はどんな感じ?」

「…う〜ん、初対面のときは怖い印象だったけど、ただ単に自己表現が苦手な人だってわかると悪い人じゃないって気付くよ。

 それに、悪い人だったらヴィヴィオが勉強を教えたり、懐く筈がないし」

「そっか…むむ、意外と強敵だ。ちょっと出張している間にまた仲良くなって…」

「強敵って…別れさせ屋じゃないんだから」


瞳に炎を宿して呟くなのはに苦笑を浮かべ、フェイトに哀れみの視線を向けるユーノだが、こちらも助けようとはしない。

こちらはただ単に惚れた弱みというやつかもしれないが。


「2人は北側の書棚の一番奥の机で勉強してるよ。あー、だけど今は静かに行った方がいいね。あの人勉強中に邪魔されるとものすっごく怒る人だか ら」

「わかった。ありがとう、ユーノ君」

「そんじゃま、行こか!」


手を上に伸ばし、そのまま目的の場所へ一っ飛びのはやてになのはも続き、フェイトを抱えたシグナムも続く。

他の面々もここまで来た以上はフェイトの男の顔だけでも見ていくぞと、先ほどまでとは逆に意気込んで続いていく。

意外と皆、天然キャラのフェイトを落とした男が誰か知りたかったようだ。

学生時代も、今もかなり美人の部類に入るフェイトはモテたのだ。

が、一向に彼氏を作らなかったというのに、向こうの世界であっさりと男を作ったことに多少の驚きと興味があったのは事実なのである。


「……何もなければいいんだけど」


1人残されたその場で呟いたユーノは、2人の勉強の時間を邪魔して申し訳ない気分で一杯だった。

というか誰か止めろよ。いや、無理か…。


ハァッ…と漏れた吐息は、心配と呆れと諦めが混ざっていた。





「って、これは声掛けられへん…」

「むぅぅ…ヴィヴィオぉ…」


苦い表情で呟くはやて、ハンカチがあったら噛み千切りそうなほどに悔しい表情を浮かべるなのはの前にいるのは、書棚に背を預けて眠るアキト。

その腕の中には、穏やかな表情を浮かべ、アキトの服の胸の部分を掴みながら眠るヴィヴィオが。

2人の体には毛布が掛けられており、アキトの手にはヴィヴィオ程度の年齢が読む文庫本が開かれたままであった。


「パパぁ…むにゅ……」

「パパぁ?!―――いいや、うちの娘は渡さないぞおおおお!!!」

「なのは落ち着いて!その認識はおかしい!!」


ヴィヴィオの呟きに耳聡く反応したなのはは、瞳の中に憎悪の炎を宿らせながら咆哮するが、フェイトの制止の声に反応したヴィータのバインドによっ て手足と 口を塞 がれてしまう。

そのままなのはは後方へと押しやられ、一旦退場。フェイトはシグナムに拘束を解いてもらい、アキトの肩に触れ、軽く揺らす。


「アキトさん、アキトさん…起きてください」

「ん……ん、ラピス…?」

「…!」


僅かに瞳を開けたアキトは、そのままフェイトの髪に手を伸ばし、指で優しく梳く。

しかし、フェイトの表情は固まったまま、アキトから発せられた言葉の影響だろう。

フェイトは、自身の顔が後方の皆から見えない角度で本当に良かったと直後に思う。


――多分、今の自分は酷い顔をしているだろうと感じたから。


「にゅ…フェイトママ……?」

「ん、おはよう。ヴィヴィオ。もう夕方だよ。今日は久しぶりに皆でご飯を食べる約束だったでしょ?」

「ん…わかった。パパ…」

「……っ、寝てたの、か」


骨が喉に詰まったような口調でヴィヴィオの言葉に我を取り戻したアキトは、軽く頭を振ってから眼前のフェイトと見詰め合う。





「……どうかしたのか?」

「え?」

「いや、顔色が良くないが…」

「…大丈夫です。少し、なのは達に無茶をされたから疲れてるだけですよ」


言いつつ、自分の感情を押し殺す。

多分、表に出してしまうと、私が私でなくなってしまう。

それに、この人には汚い私を見てほしくなかったから。


「…で、この人達は?」

「ああ、えっと…」

「元機動六課の皆だよ。でも、どうしてこんなところに?」

「あー、それは……」


口に出しにくい。それは、非常に口に出しにくいことだ。

というか、周囲ではその「認識」で一致してしまっている事実を、この人はどう感じるのだろうか。

知りたいと思う反面、知らなくていいと思う自分がいる。


「フェイトちゃんのお婿さんがどんな人か気になってなぁ」

「……婿?」

「だあああああああああああああああ!――違いますから!違いますから!」


と、私が言いにくそうにしていると、アキトさんに向けて足を踏み出したはやてが爆弾を投下してしまう。

その言葉に私の頬はなすすべもなく真っ赤に染まってしまい、彼の顔を見れなくなってしまう。


「……ああ、そういう事か。なら早く行けばいい。ほら、ヴィヴィオ…今日はフェイトたちと夕飯を一緒にするんだろう?」

「パパは行かないの?」

「関係者でもない人間が行くのは…少し気が引ける。それに、俺はまだ勉強していきたいしな」

(…フェイトちゃん、この人まさか…鈍感かいな?)

(………ご察しの通りで)


自分がそう思われているとは気がついていないのだろう。

それは、自分に自身がないことを示しているのか、それとも私を恋愛対象として見てくれていないのか…。

真っ赤だった顔も、今の一言ですっかり冷めてしまう。


「はぁ…フェイトちゃんのお婿さんってのは自分のことやっちゅーのがわからへんのか?」

「……俺が?―――生憎、俺たちは恋人なんかじゃない。ただの同居人だ」

「う……」

「厳しい事言うなぁ…」

「裏切ったな!フェイトちゃんの気持ちを裏切ったな!!!」

「………何だアレは?」

「気にしないでください。ちょっとカルシウムが不足してて…」


後方で叫ぶのはかまわないけど、余計なことは言わないでほしいな。

というかバインドを力ずくで解くとか…ヴィータ、もっと強力なのお願い。


「同居人にしてはフェイトちゃんがものすごぉ気に掛けとるよ?」

「それは…向こうでフェイトが俺に世話になったから、恩を感じているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「なんや自分、フェイトちゃんが嫌いなんか?」

「嫌い…か。いや、それはないだろう。だが、好きではない」


淡々と紡がれた言葉。

その言葉の意味は、よく理解できてしまう。

私は彼女の、ユリカさんの影でしかないのだと、未だにこの人はユリカさんを引きずっているのだろうと実感させられてしまう。

だけど、それは当然の事なのだ。

私だって母さんの面影を未だに振り切れていない。いや、恐らく一生振り切ることなんて出来ない。

けど、次へ進もうと思うことは出来るようになった。アキトさんはそこまで来ていないだけのこと。


「好きやないんやったら、どうして同じ家に住んどるん?

 局の方に依頼すれば、難民用の宿舎に入ることやって…」

『―――アキト君、今大丈夫かしら?』


と、そこではやてとアキトさんの会話に割り込む形で通信が入る。

見れば、通信を繋げて来たのはレティ提督ではないか。


「別に構わない」

『…何だか周りが騒がしいけど、いいわ。この前の話、考えてくれた?』


この前の話?…一体何のことだろうか?

向こうの表情から察するに、あまり重要そうな話ではなさそうだけど…。



だけど、彼の口から放たれた言葉は、私の心に漣を立てるということに十分値するものであった。



「ああ…俺は、元の世界に戻る」



<続>



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