機動戦艦ナデシコ

愛天使 外伝

ルリAからCまで・・・・

 

中編

『2200年7月7日』

by Granite


 

 「はい・・・・?」

 不思議そうな声を出して少女は目を丸くした。

 最近の彼女は一日中することもなく、暇を持て余している事が多い。

 暇つぶしに・・と、依頼されたかつての仲間から送られてくるプログラムの開発以来も、週に一度ネルガルに出向く程度の物だった。

 無論、家でやることが多かったので、確かに暇な時間は少なくなっているのだが・・・・・、それすらも最近では億劫でパッパッと片付けてしまうことが多く なっている。

 

 時計を見ればもう三時を回っている・・・、そろそろ同居人の一人が戻ってくる頃だ。

 

 「いえ・・・突然だったので・・・少し・・・・はい・・・・・わかりました・・・。」

 どうでも良い問いに返すようにどうでも良い返事、彼女・・・ホシノ・ルリは話が終わると考えに耽ることも無く、受話器を置いていた。

 今時、珍しい黒電話の少し重いそれが、チン・・・と軽い音を立てて位置に納まる方が会話の内容よりもルリには楽しかった。

 

 

 「ふぅ・・・・」

 疲れが貯まる歳でもなかろうに、ルリは大げさな溜息を漏らす、これも最近になって増えてきたことだった。

 同居人の一人には止める様にと何度か注意を受けていたが・・・ルリ自身、意識してのことではないので止めるに止められないのだ。

 

 「・・ぁっっ・・・・・・、またやってしまいました・・・。」

 コツンと自分で自分の頭を殴ってみる。

 そんな時だった・・・・

 

 外からパタパタと騒々しい音が聞こえてきたのは・・・・

 

 

 「たっだいま〜っ!」

 独特の音がする引き戸の音さえも霞んでしまいそうな元気な声。

 

 「オカエリなさい・・・ユキナさん・・・。」

 「うぅぅすっ!、ルリィ〜、良い子にしてた〜?」

 軽々と鞄を振り上げてユキナは言う。

 

 ルリはユリカとアキトが空に消えたあと、ここ・・オオイソシティのミナトの家に厄介になっている。

 理由はこの目の前の少女だ。

 法律上のルリの親権者はユリカの父である、ミスマル・コウイチロウであるが、彼も愛娘を失ったショックは大きく、こんな自分の元にルリをおいて置くの は、微妙な年頃の感情を持つであろう時期に差しかかったルリに影響が出るやも知れないとの危惧からだった。

 白羽の矢は迷いも無く、ミナトのこの家を選んでいた・・・単にルリと同世代の少女の存在それがルリの心のゆとりに繋がってくれる事を望んでのこと だ。

 幸いというか・・・計画は成功した。

 包容力のあるミナトの援護射撃も期待以上だったが、なによりユキナが凄かった。

 

 

 二人の葬儀のおり、最後まで泣く事が無かったルリの悲しみを一番に嗅ぎつけ・・・同世代ならではの対等の立場から接し、遂にはルリとの大喧嘩を経てルリ の立ち直りに一役ところか大役を買って出てくれたのだった。

 三日三晩の大喧嘩であったが、それはまた別の話だ。

 

 以来、ユキナは大好きな陸上スポーツも、一時的に中断して学校が終わると、家で待っているルリの為にいち早く帰ってくるのだった。

 休日にはあれやこれやと理由をつけてはルリを町に連れ出し、ルリが思い出に浸る間もないほど引っ張りまわしている。

 あっちでイベントがあると聞けば、即ミナトの了承を得て行動、更にちゃっかりと小遣いをせしめ、悪びれる様子も無く『えっへへへ・・・』と笑うユキナに ルリは最近、申し訳ないと思うことすら忘れ、楽しむようになっていた。

 ルリの無気力な日々の中でユキナはオアシスを思わせる程の活力原となっていたのである。

 

 

 「今日はね、オネーちゃんも早く帰ってこれるって〜・・って、なに・・電話?」

 「あ・・いえ、なんでもないです。」

 

 「なによ、なによ〜、今日はあんたのお誕生日でしょう、誕生日になにしけた顔してんのよ。」

 「はぁ・・・でも、正確には私の誕生日と言うのは良くわかりませんし・・・・・」

 ルリの出生は確かに特殊だった。

 今日、ルリは16歳になった。

 受精卵から試験管の中で育ち、通常のそれよりも長い期間をその中で過ごしている。

 あくまでルリの年齢は肉体発育に合わせて戸籍用に作られた年齢なのである。

 

 「それでも、あんたの家族がそういってたんでしょうが?」

 

 ビクっ・・・・

 家族の言葉に僅かに肩が震えるルリ。

 ユキナは気づかなかった・・・・・・のではない。あえて無視して話を続ける。

 

 「だいたい、普通の人だって自分の生まれた瞬間なんてさ、覚えてる訳ないじゃん。大抵は親とかから聞かされてそれを認識してる訳でしょう?。あんたの好 きなデーターとやらが無くても、信頼してた人が作ってくれた記念の日ならお祝いしたって良いじゃないの。」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 ユキナの言葉が一つ一つ、ルリの心を抉る様だった。

 辛そうに聞くルリを目の前にユキナはそれでも話を辞めようとはしない。

 

 

 「あんたの思ってることもわからなくないけどね・・・・でも、今日のこの日がルリィと・・・そして大切な誰かとの記念の日なら・・・、ルリィは笑って今 日を楽しむのが責任てものよ。あの・・テンカワさんや艦長のためにも・・・・。」

 

 「・・・・・・・〜っ」

 

 「それともなに?、あの二人が残してくれたこんなちっぽけな物まで捨てちゃう訳?、忘れちゃうの?」

 「チッポケじゃありませんっ!、それに忘れません絶対、一生・・・・・」

 眉を少し吊り上げてルリが言う。

 普段はあまり聞くことのない、ルリの感情だけの声だった。

 それを聞いたユキナは満足そうに微笑むと・・・・・

 

 「そう、OK〜・・・、じゃ、オネーちゃんが帰ってくるまで少し出かけよう。」

 「はぁ?」

 

 「『はぁ?』・・じやなくて、お出掛けよ、お出掛け。 だいたい私、学校から帰ったばかりでプレゼントもろくに用意してないのよ・・・・。ちょっと付き 合いなさいよ。」

 プレゼントを贈る相手に堂々と胸を張って言えることでもないのだが・・・

 

 「いいですよ、そんな・・・・・」

 「ダメ、良くないっ! いい、着替えてくるからルリィも用意して待ってんのよっ!」

 パタパタと駆け出して自噴の部屋を目指す。

 そして襖を開けてからチラッと一度だけ振り返った。

 

 「あ・・・・・ルリィ・・・・・、悪かったわね・・・」

 「?、・・・い、いえ・・・別に・・・」

 一瞬、なんのことかわからなかったルリは答えるまで少し時間が掛かってしまっていた。

 

 「そう・・・・」

 パタン・・・・・・

 

 ユキナのこんな時の乾いた付き合い方はルリにとってありがたかった。

 変に気を遣うでもなく、妙な事で大人ぶりもしない、ルリと対等であり続けてくれる。

 

 「ありがとうございます、ユキナさん・・・・。」

 小さく声に出したあと・・・・

 

 「今日はお言葉に甘えて、好きな物をたくさん選ばせていただきます!」

 

 ・・・ガタンッ・・・

 派手な物音が襖の陰から聞こえていた。

 そのあと、小銭を数えるチャリチャリという音・・・

 更に恐らくユキナ秘蔵のブタさん貯金箱が、その役目を志半ばで終えたガシャンっ!・・と言う音も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして町に繰り出した二人。

 

 僅かな距離を電車に乗って移動する、その中でも二人は異様に目立っていた。

 同世代の男の子達は、熱血スポーツマンも、規則正しいガリ勉君もこぞって振り向く。

 軟派な者たちは我先にと集まってきては、やいやいと話しかけてくるのだった。

 

 「ルリィと居ると・・これが欠点よね〜・・・・。」

 未だ、理想は兄のツクモの後姿のユキナは軟派な者たちに興味などない。

 『はいはい・・・一昨日おいで・・・』と事務的に手をパタパタと振るのであった。 

 

 「私も同意見ですよ・・・なんでユキナさんといるとこうなるんでしょうか?」

 実際、ルリが一人で町に来ても、多少はあるもののこれほどでは無い・・・ユキナと居るとこれが5倍10倍と増えるのだ。

 『私・・子供ですから・・・』とマジメに答えているのが功を奏したか、成功者は未だ皆無ではある。

 

 

 「何よ・・ルリィ・・・謙遜してるんじゃないわよ。あんたがどれだけ目立つか知ってるでしょうに。」

 「謙遜してません・・・・。ユキナさんこそ、どれだけ注目されてるか知ってますか?」

 

 結論・・・・ユキナ一人ではその明るさがやや規格外。

 同様にルリ一人では近寄りがたい。

 

 が・・・二人一緒なら・・互いを引き立てて、より一層、目立つのである。

 

 服装からしてそうだ。

 ルリは大人しそうな水色のワンピース、ユキナは快活をそのまま表す様に、ラフなジーンズとTシャツ、凡そ趣味が違うような二人が笑顔で話をしながら町を 歩いているのだ。

 片や・・よく通る大きな声で、片や聞き耳を立てねば聞こえない、物静かな清楚な声で・・・・

 兎に角、よく目立つ。

 

 

 と・・・・・なにはともあれ、二人はそこらかしこと歩き回りショッピングを楽しむのだった。

 

 「ルリィ〜、これどうかな〜?」

 気に入ったのだろうか?

 ちょいと、お手頃の値段の物を見つけてはルリに見せてみる。

 見つけたのは、ルリのイメージより、やや大人っぽい洋服である。

 

 「私は特に・・なんでも・・・・・・」

 と、応えるルリに宛がってみては・・・・『う〜ん・・・・』、『むぅぅぅっ・・・』と唸るユキナ。

 似合うことは似合う・・・・確かに・・と言うか、ルリは大抵の物は良く似合うのだ。

 

 赤や緑の濃い色、淡いピンクやブルー・・・果ては紫や黄色まで・・・・・

 選んでプレゼントにと言う、ユキナから見れば実に退屈極まりない。

 

 「ダメ、服は却下よ。次に行きましょう、次に。」

 

 ユキナに引き摺られるようにアクセサリー売り場に行く。

 

 「さぁ、ルリィ〜、此処なら何かある筈よ〜、っと・・此処から先に言ってはダメよ・・・こっち側から選びましょうね〜♪」

 と言う、ユキナの背中方向は、表示価格が二桁ほど違っている売り場のようだった。

 

 またしても、手頃なネックレスやイヤリング、ブローチなどを集めてルリにあわせてみる。

 と、また此処でユキナが唸る。

 

 「こりゃまた・・大誤算だわ・・・・・。」

 ルリと言えばコンピューター・・・科学的なイメージがある、更に瞬く星のイメージだろうか?。

 そのイメージは貴金属にも合うのかと思ったら・・・・これがとんでもない。

 数多あるキラキラした貴金属はその全てがルリのイメージを殺すのである。

 

 もしかしたらもっと高価でそれ自体が気品に溢れる様なものなら・・或いはと考えたが、財布と相談の上あえなく却下せざる得ない。

 

 「つ、次っっ!」

 

 ズンズンと進むユキナ。

 

 「あ、あの・・・・何も身に着けるものでなくても・・・高いですし・・・・・」

 ルリが遠慮がちに言う。

 ルリは正直、アクセサリーや洋服にはあまり興味はない。

 くれるなら大切にするであろうが、こちらから望むほどの物でもない。

 

 「ふむ・・・・」

 顎に手を当てて思案中のユキナ。

 彼女の目聡い頭脳は、ルリ顔負けのシュミレーションを繰り返していた。

 

 確かにルリの言う事は一理ある・・・・正直、ユキナもルリも育ち盛りだ、サイズは半年といわず変わるやも知れない。

 貴金属にしてもどうせ買うなら、高価でどこにでも通用するような物が良いだろう・・・・・・それには予算が・・・・

 形に残る何か・・・・・・・今での物はルリに合わせて選んでいたが、こうなると・・・問われるのはユキナのセンスである。

 

 「よっしゃっ! 任せなさいルリィっ!」

 戦場に突撃するような勢いでエレベーターを目指すユキナだった。

 

 「いや・・だから・・・私の希望とか・・・聞いてくれないんですね・・・・・・・・・・」

 ふぅ〜・・っと溜息。

 

 

 

 

 

 「さて・・・こんなのどう?」

 一番最初に持って来たのは『目覚まし時計』である。

 大きなタヌキのお腹に長針、短針、秒針があり、持った看板にデジタル数字で日付が表示されると言うものだ。

 

 「これね・・・ホラホラここっ・・・こうすると・・・・」

 じりりりりりりりりぃぃぃぃぃっっっ・・・・・・

 けたたましい音と共にタヌキがパタパタとシッポを振るのだった。

 

 「取り合えず・・・私持ってます・・・・時計・・・・ネボ助じゃありませんし・・誰がと違って。」

 「うっっ・・・!」

 

 更にユキナは動く。

 「こ、これはどうよ!。これがあれば安心、ダイエット知らずっ!」

 「ユリカさんからたくさん貰ったのが押入れの中に・・・・・」

 敗退。

 

 「なら、これはっっ! これであなたも一流大学、参考書フルセットっ!」

 「あ・・・ここの数式、間違ってますね。」

 連敗・・・。

 

 「ならなら、お茶碗にお椀、箸に小鉢に大皿、小皿っっ!」

 「私だけ違うのを使うのも・・・・」

 残敗・・・・・・・

 

 

 「どんどん行くわよっ! ワイドでクオリティ最大、大型テレビっっ!」

 「置く場所ありませんよ・・・」

 

 「冷蔵庫っ!なんと三段式っ!」

 「一家に二つは必要ないんじゃ・・・・・・」

 

 「信楽のタヌキっっ!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・なにか、タヌキに思い入れでも・・?」

 

 「ええぃっ、こうなったら奥の手っ! どこの誰のか知らないけど、『kumi なんば〜わん 』とか言う文庫っっ!」

 「つまらないからいりません。」

 

 「アートの部門ラスト、『画伯KOTO オリジナルCGデータ』っ!」

 「A、R、Tとシリーズがあるんですよ、『R』がお勧めです。」

 

 「これならどうだっ! 『機動戦艦ナデシコ DVD全巻』っ!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 10のアイディアと100に及ぶ品物をぶつけてみたが、戦果は全敗であった。

 

 

 「ハァハァ・・・・・ルリィ・・あんたね〜・・・・・」

 「すみません・・・・・」

 なぜ謝っているのだろう?、なんか違う気がするルリだった。

 

 

 「あ、あのですね・・・私、実は欲しいものを見つけたんですが・・・それで・・・・・・高くは無いですよ・・ホントに・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 「あっちの方に在ったんですが・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 「あれで・・・良いなら・・・・・・・・・ユキナさん?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・?」

 

 

 

 「ルリィ・・・・・・」

 「はい・・・・・。」

 

 「そう言うことはもっと早く言いなさいっっ!」

 

 

 

 

 二人が駅に向かう頃、日が西に傾き空を紅く染め始めていた。

 ルリの胸には小さな紙袋が一つ。

 大事そうに抱えられている。

 

 「あのさ・・・・・ルリィ・・ホントにそんなので良かったの?」

 「はい、これで良いんです。」

 

 「まぁ・・・あんたがそう言うなら・・・・・・」

 ルリが買って貰ったのは日記帳。

 厚めで表紙が硬く丈夫そうな物だった。

 デザインもよく、ルリが持つと中々似合っていた。

 

 「そんなもんでねぇ・・・・・・私にはわかんないや・・・」

 「クス・・・・良いんです、ありがとうございました。」

 

 二人は駅でキップを求める。

 その改札の上にルリは目をやっていた。

 ここオオイソシティから約一時間・・・・・・連合宇宙軍の極東支部があるヨコスカシティ・・・・・、ルリがアキトらと暮らしていたところだ。

 

 「ルリィ・・・・・・」

 「あ・・・・すいません・・行きましょうか・・・?」

 ユキナに軽く応えて改札に向かうルリ。

 

 ユキナは『う〜ん・・・』と唸り、ややあって『よしっ!』と拳を突き出した。

 

 「ルリィっっ!」

 声を掛けたのが早かったのか、ルリの腕を掴んだのが早かったのか。

 ユキナはルリを引き摺り、丁度きていた電車に飛び込み乗車。

 

 「ちょ・・ユキナさん、私たちはあっちの電車に・・・・」

 「いいの、ヨコスカによるんだから。」

 「えっ・・って、だってちょっと寄れる距離じゃ・・・・・・・」

 

 「OKOK〜、オネーちゃんだって待っててくれるって。」

 

 当然、扉が閉まればルリにはどうする事も出来ない。

 成り行き任せにシートに腰を降ろすしかなかった。

 乗換えを含めて約小一時間・・・・・電車はヨコスカシティに到着する。

 

 ルリにとっては人生の中で最高の思い出がいま尚、その匂いを残す町。

 駅を出て少しだけ換わった町並みを見ているうちに、ルリは自分でもどうする事も出来ないくらい歩が早まっていく。

 信号を待って国道を横断、角を曲がり・・・銀杏並木のその奥・・・・・・・

 

 あの公園はあの頃のまま・・そこにあった。

 あれから一年足らず・・・オオイソに移り住んでからは一度も訪れた事など無かった。

 夕方、遊んでいる子供や迎えに来ている母親に見覚えのある顔も何人か居る。

 

 ルリは水飲み場の傍のベンチに腰を降ろす。

 いつの間にかユキナのいないことに気が付いたが、彼女もこの辺りの地理には詳しい筈、探す事もなくルリは目の前の光景に見入って行った。

 

 丁度、あそこだ・・・入り口から遠くない所・・・四季の花が植え込まれた花壇の直ぐ横・・・・

 あそこにいつもアキトは屋台を出ししていた。

 

 自分はその花壇に腰を降ろして、チャルメラを吹いていたのだ。

 時々、ユリカがやってきて何やらお使いを頼まれたりした。

 忙しくなると洗物を運ぶのも手伝った。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・楽しかった。

 あの頃は、こんな風に思うことがあるとは露ほども思って居なかった、ルリは蜃気楼のように浮かぶ一年前の自分とその家族の姿を見て涙するのだっ た。

 

 『ルリちゃん、俺・・・・・いつの日か一軒の店を持つのが夢なんだ・・。ルリちゃんとユリカと・・・三人でさ・・・・。』

 「ウソツキ・・アキトさんのウソツキ・・・・」

 

 『あははは、楽しいね。いつまでもずぅ〜とこんな風に一緒に居られたら良いね、ルリちゃん・・・。』

 「バカ・・・ユリカさんのオオバカ・・・・・」

 

 『私はお邪魔じゃないんですか?、良いんですよ、私はどこに居ても・・・・・・』

 「私のバカ・・・バカ・・・・大ウソツキ・・・・・・・ホントは離れたくない癖に・・・・・・」

 自然と目が熱くなる。

 泣かないと決めた・・・・・二人が死んだと・・もう戻らないと知った日に・・・

 賢明に堪えるルリの横にユキナがドッカリと腰を付いたのはこの時だった。

 

 「ユキナさん・・・・・?」

 ゴシゴシと目じりを擦り、溢れかけた涙を押し込める。

 

 「・・・ったく、泣きたきゃ泣けば良いのに・・・・ルリィは・・・・」

 「いえ・・・良いんです。決めたことですから・・。あの・・・もう少しここに居て良いですか・・・?」

 ルリの問いにユキナは立ち上がり、ピョンと跳ね上がると・・・。

 

 「いいよ、私、何か飲み物と食べ物買って来るね。お腹空いたっしょ。」

 と言い駆け出していった。

 

 数分後、戻ったユキナは片手に紅茶の缶をぶら下げて、『よこすかカリーパン』を持っていた。

 何でもヨコスカと言ったら名物は海軍さんのカリーなのだそうだ。

 

 

 

 「さてと・・・・・」

 二つの『よこすかカリーパン』を平らげてユキナが立つ。

 

 「行こうか・・・次・・・・・」

 「はい・・・・」

 ルリも逆らわずそう応えた。

 次に目指すのはあの四畳半のアパートである。

 

 路地を歩く頃には辺りが暗くなってきていた。

 ルリには全てが懐かしい家路であった。

 

 住宅地を抜け、昔からの古い町並みが姿を止める場所、そこにかつてのルリの住まいはあった。

 いや・・・・かつてと言うのはおかしいかも知れない。

 ユキナやミナトには申し訳ないが、ルリの居場所、そして家と言ったら彼女は迷うことなくこの場所を思い出すことだろう。

 木造二階建て、大きな郵便受けに、粗末な植え込み。

 アパートの部屋は四畳半、裸電球のチカチカする部屋だった。

 

 そのアパートの門からゾロゾロと人が出てくる。

 

 「何かしら・・・?」

 理由はすぐにわかった。

 

 『解体作業につき、立ち入り禁止』

 トラ縞のロープで建物全体を取り囲み、近くには重機の姿も見える。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ルリは何も言えなかった。

 当然だ・・とは思う。老朽化が進み、一年前とて住み易いとは言いがたかったし、住んでいる者とても少なかった気がする。

 

 「すいません〜。ここ、壊されちゃうんですか?」

 立ちすくむルリを見かねてユキナが工事のおじさんたちに聞いてくれた。

 返答は予想通り・・・。

 この辺り一体に高層マンションを建築する為このアパートも取り壊されるのだと言う。

 

 口惜しい・・が、どうする事もできない。

 過去の思い出も、面影もこうして何れ消え去っていく・・・・。

 悲しいが仕方が無い・・・・。

 また一つ・・・・この世からアキトとユリカの匂いがする場所が消えていく・・・。

 

 もう、ここに来るここともあるまい・・・・

 ルリは踵を返して帰ろうとしたときだった。

 

 「ルリィ〜、入れるって〜! まだ電気もガスも来てるんだって、少し寄って行こうよ。」

 

 パタパタと手を振りながらユキナが追いかけてきた。

 ルリは迷ったが・・もう、泣かないと決めた以上、拒む理由もない。

 促されるままに部屋に足を運ぶ。

 

 

 部屋のドアを開ける。

 ギィィ・・・っと、音がした。

 あの頃のまま・・・・・・・。

 

 「・・・・・・・・・・・・・ただいま・・・・。」

 ルリはユキナにも聞こえないくらいの小さな声でそう言ってみた。

 応える声など無くてもいい、そう言ってみたかったのだ。

 

 「うわぁ・・・スゴイ、ホコリ・・・・・」

 ルリがこの部屋を出てから誰も住んでいなかったのだろう。

 畳には見覚えのある家具のあとがまだ残っている。

 

 静々と進み、部屋の中央へ・・・。

 カチン・・・・

 暗くなった部屋に明かりを灯してみる。

 ガランとした四畳半、狭いのに何もないと広く感じるのは不思議だ。

 

 もう、カーテンすら取り外されているその窓に立ち、ルリはガラス越しに外を眺めてみた。

 特に変わった様子はないが、どこか違った世界に見える景色。

 一つ、また一つと消えてしまった景色や新しい景色を探してはルリは瞬いていた。

 

 「ユキナさん・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・?」

 

 

 「ゴメンなさい・・・・・」

 「なによ、やぶからぼうに・・・・・・」

 

 「今日・・・ここにいて良いですか・・・?」

 「へっ・・・?」

 

 「ここに居たいんです・・・今日はここに・・・・私の誕生日だから・・・。」

 「・・・・・・・ルリィ。」

 

 「ゴメンなさい。」

 言うとルリは、畳の上の僅かなホコリを手で払い、そこにスッ・・としゃがみ込んだ。

 こうなったらユキナが何を言っても動かないだろう。

 ミナトがここに来てもルリを動かす事は出来ない、そんな気がした。

 

 出来るのは・・もう、ルリの前には現れないであろう・・・たった二人だけ。

 

 「はぁ〜・・・・折角のご馳走が・・・・・。」

 と言いつつ、ユキナは携帯を取り出していた。

 

 「まぁ、しゃ〜ぁない、付き合うか〜・・・でも、一応オネーちゃんに言っておかないとね。」

 「すみません・・・・。」

 

 ピッピッ・・と携帯の短縮を押す音がする。

 程なく呼び出しの音が聞こえた。

 

 『・・・・・トゥルルルルルル・・・・・カチャ・・・・・・』

 

 「あ、オネーちゃん、私・・・・ユキナだけど・・・・」

 「はいはい、聞こえてるわよ〜♪」

 声はやたらとハッキリ、やたらと近くから聞こえた。

 

 「オネーちゃんっ!」

 「ミナトさん・・・どうして・・・・?」

 玄関から顔を覗かせてミナトが手を振っている。

 

 「まぁねぇ〜ん♪、女のカンよ。・・・・なんとなく、ここかな?・・ってね。」

 ウフフ・・っと大人らしく軽い笑みで言って来る。

 

 「な〜んだ、お見通しって事か・・・・」

 「そう言うこと〜♪、って・・・・それより早く手伝ってよ。」

 

 「「???」」

 

 「ルリルリのお誕生日のご馳走〜♪」

 片手に持ったケーキを掲げて見せながらミナトが言う。

 「ウチから全部持ってくるのは大変だったのよ、さっ・・早く早く。それが終わったらお掃除よ。」

 

 「流石、オネ〜様〜♪、これで腹ペコの夜にならずに済んだわ〜。」

 「あら・・・あんたの分、忘れちゃっていたかしら〜?」

 

 「なっ・・・!」

 「うそ・・・・」

 

 「オネーちゃんっ!」

 

 ミナトの用意してくれたご馳走をケーキと共に並べる。

 一時、照明を落として16本並んだロウソクの明かりがユラユラと辺りを照らす中、ルリがそれを吹き消す。

 二人の拍手。

 照れたルリ。

 この一年あまり思うことは無かった感情がルリに蘇る。

 ・・・・楽しい。

 

 もう、こんな思いを感じることはないと思っていた。

 二人がいなくなってから・・・・・もう、一生・・・・。

 

 早速、ユキナがケーキを切り分け、一番大きい物を自分の更に移して、それをミナトに見られて叱られる。

 「こらユキナ、これはルリルリのお祝いでしょうが。」

 「たはっ・・・・」

 

 ルリは思った、多分・・・自分はやっていける、これからも・・・・。

 寂しいが楽しいことも、まだまだ・・・たくさんあるのだ。

 泣き言を聞いてくれる友人も・・・・、見守ってくれる人もいるのだから。

 

 

 「はい、ルリルリ。私からのプレゼント。」

 「ありがとうございます、開けて良いですか?」

 「うん、勿論。」

 

 小さな箱に入っていたそれは・・・綺麗な万年筆。

 ruri hosinoと掘り込まれていた。

 ミナトらしい贈り物だと思う。

 

 「ありがとうございます。」

 

 「あ・・・それからもう一つ、アカツキ君からバースディカードとプレゼントだって、家にいる時に届いたから一緒に持ってきちゃった。」 

 それはミナトのよりやや大きな箱に入っていた。

 開けてみると、中には髪どめが現れる。

 今つけている物が『赤』・・・そしてこれは『青』・・・・。

 

 次にカードを開いてみる。

 

 「あはははははは、なにこれ〜、ヘタクソな字〜。」

 ユキナが笑ったように、そこには震える手で書いた様な歪な字で『誕生日、おめでとう』とあった。

 差出人の名前はない・・・。

 同じ様な字で・・・『ルリちゃんへ』とあるだけだ。

 

 「まぁ、字は兎も角、アカツキ君も中々気が利くじゃないの。ルリルリのその髪どめってアキト君が買ってくれたんでしょう?」

 

 「・・・・・!っ」

 「あの人アキト君の代わりにでもなるつもりかしら〜?・・・って、ルリルリ?」

 ルリは目を大きく開け放ち、硬直している。

 

 『なに・・・?、この感じ・・・・』

 『懐かしい感じがする・・・・・』

 『感じたことのある・・この感触は一体・・・?』

 

 『このカードに触れると暖かい・・・・・まるで・・・・』

 

 『まるで・・・・・・』

 『まるで・・・・・・』

 『まるで・・・・・・』

 『まるで・・・・・・』

 

 あえて名前は出さなかった。

 数度心の中で繰り返して、ルリは頭を振る。

 『そんなことある筈がない』・・・と・・・。

 

 「どうかした・・?、ルリィ・・・・」

 「いえ・・・・別に・・・・」

 

 「ねぇねぇ、着けてみなよ、その髪留め〜。」

 促されるままにルリは赤い髪どめを外す。

 銀髪がハラリとほどける姿は妖精の名に相応しいとユキナは思う。

 

 「髪・・伸びたね・・・・・」

 「・・・・え?」

 

 「ねぇ・・・・なんで伸ばしてるの・・・そりゃステキだけど・・・・、どうして?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 沈黙するルリ。

 

 「あ・・いいのよ、別に・・言いたくなきゃそれで・・・・・あ、イタ・・・」

 ユキナの頭をミナトが小突く、その目が『バカっ!』と言っていた。

 

 ルリの方はと言うと別段、黙り込んだのは理由が見つからなかっただけで、返答に窮していただけなのだった。

 が・・・・思い出せば確か・・・・・

 ユリカの長い長髪がアキトの好みだろうかと勝手に思い込んでいたのかも知れない。

 『無意識に髪の長い方がアキトさんは好きと思い込んでいたのかも・・・・』

 そこまで心の中で呟いて、ルリは一人、顔を赤らめていた。

 

 そこへミナトの声がルリに届く。

 「クス・・・そうしていると、なんだか・・・『アキト、アキト、アキト〜♪』って言ってた人にソックリね。」

 

 「へっ・・・?、・・・ポぉん

 

 「うはっ、ホントそっくり〜♪」

 ユキナまで笑い出した。

 

 

 

 片づけを済ませて、窓から空を見上げてルリは今日の一日を振り返る。

 恐らくこの一年で初めてユリカやアキトの話題で笑った。

 楽しかった・・。

 何より、思い出の中の自分にサヨナラを言えたのだ。

 

 変わらなければならない・・・・・・・・

 でなくば・・・二人にあわせる顔がない。

 

 ルリは決心した。

 ユキナとミナト・・・・二人に軍に戻る事を伝えたのはこの時だった。

 

 「そう・・・・ガンバってね・・ルリルリ・・・。」

 とミナト。

 

 「良いんじゃないの、あんたが決めたことならさ・・・ルリィ。」

 とは、ユキナの言い様。

 

 

 

 

 季節は夏・・・とは言え夜は冷える・・・・。

 ここで一夜を明かすのは厳しい、最終の電車は行ってしまったし、帰ることも出来ない。

 三人は私服のまま・・互いを暖める様に寄り添って眠る事にした。

 

 あの頃に近い暖かみがルリを包んでいる。

 その心地良さからは離れ難いモノがあったがミナトとユキナを起こさぬ様にルリは部屋を抜け出す。

 

 貰った日記帳と万年筆を持って、外の外灯の下に座り込んだ。

 

 今日ほど、この日記を付け始めるのに相応しい日は無いだろう。

 

 

 

2200 7.7  『誕生日』

 

アキトさん・・・ユリカさん・・・・。

ときどき、落ち込むときもありますが・・・私は・・・ルリは元気です。

これからも・・ずっと・・・・お二人に貰ったこの大切な物を大事にして、私は生きて行きます。

 だから・・・・これが最後です・・・言わせてください。

・・・・・・バカ

 

 

 

 一ページ目に書き込んで閉じる。

 表紙には記載者名とタイトルを書く場所があった。

 

 『ふむ・・・』と頭をかしげるルリ。

 

 そしてやがて・・・・・

 まるで、ユリカの様なセンスだと思いつつ、クスリ・・・と笑っている自分に気が付いた。

 

 表紙のタイトルに名前を書き込む、『ホシノ・ルリB』・・・と・・・

 タイトルはこう考えた・・・・・『航海日誌』・・・と・・・・・・・・・

 

 

 この日記帳が最後まで埋まる事は無い・・・

 そう・・・記載者が代わってしまうからだ。

 

 ルリBからルリCに、もう一度、転機が訪れる事を16歳のルリは知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

愛天使 外伝

ルリAからCまで・・・・

 

中編

『2200年7月7日』

 

終幕


 




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