百万Hit&一周年記念SS

機動戦艦ナデシコ The prince of darkness after story

本当の『さよなら』

 

 

 

火星。

植物が育つことのないその惑星で唯一、花が咲き乱れ草が生い茂る場所があった。

その場所を知っている者はごく僅かで、突如として空から舞い降りた彼もまたそのごく僅かに入る人である。

「……もうほとんど見えない……か。せめて最後にと思ったが、それも叶わないんだな」

顔の半分近くを隠すバイザーの奥の瞳に映るモノクロの世界に、彼は自嘲気味に呟いた。

全身を黒一色に統一した彼の名はテンカワ・アキト。The prince of Darkness、一万人殺し、連続コロニー襲撃犯などといった名を付けられた悲劇の男。

無論、事実は違うが。

彼は幼い頃に両親を失い、成り行きのまま戦い、愛する者も奪われ、自ら家族も捨て、ひたすらに復讐を続けていた。

それも今から数日前、自らを火星の後継者と呼称した者たち全ての命を狩り終えてようやく終わったところ。

その頃には彼の五感は視覚と聴覚を残してほぼ完全に死に絶えていた。また視覚ももうほとんど機能していないといって過言ではく、また彼の命という名 の灯火も長くてあと一日弱という現実。

だから彼はここに足を運んだ。

復讐の道具として使った少女の記憶を――普通の、一人の女の子として生きてほしいと願いをこめて――少女消した上で信頼出来る友に預け、復讐するた めの牙となり鎧となった愛機の最後を見届けて。

「あれからもう十年以上経ってもここだけは……ここだけは変わらない」

彼の脳裏に浮かぶ一人の少女の姿。

いつも彼の後ろについてきてはトラブルを引き起こし、時には彼を困らせるようなことをして、色々な意味で彼を楽しませてくれた少女。

いつまでも子供のように純粋で、いつまでも彼の事を覚えていた無垢な少女。

少女は大人となって彼と再会した時も彼のことを覚えていた。

「でも、アイツの頭の中や性格は変わってなかったんだよな」

手近な岩の上に腰を下ろしたアキトの頬が緩む。

まるで子供のまま大人になったように、彼女は――ミスマル・ユリカはまったく変わっていなかった。

そんなユリカも戦いという経験を重ねて行くうちに立派な大人へと成長し――とはいってもやっぱり子供っぽいところはあったが――アキトと生涯を共に 過ごす仲となった。

そう、ミスマル・ユリカこそテンカワ・アキトという青年がその全てを賭してまで救い出そうとした女性。

新婚旅行の最中、アキトの目の前で奪われ、全ての戦いの発端となった遺跡に埋め込まれ、偽りとどこかで理解していながらもアキトのイメージを見せら れて火星の後継者に協力してしまった人。

今でもアキトの中にある変わらない笑顔。今でも耳に残るアキトと呼ぶ声。今でも眼下に映るあの長い髪。

「……未練だな」

「何が未練なの?」

「何がって……今でもまだユリカを求めている俺自身に、な」

「嬉しい! 私もアキトのこと今でも忘れてないよ!」

「それもそうだろうな…………」

ふと、そこでようやくアキトは思い至る。自分は誰と話しているのかと。

復讐者として過ごしている内に殺気に関しては異常なほど敏感に反応するようになったため、反応しなかった自分の身体から相手にはそういったものがな いのはわかった。

それに――それに聞き慣れた声。恐らく、共に過ごした仲間の中でもっとも記憶に残っている声。

振り返るなと心が叫ぶ。今、振り返ってしまっては一人で、誰にも知られずに最後を迎えようとした決心が鈍ってしまうぞと。

その通りだとアキトは思う。ここに来たのそのためだ。この場所に寄ったのはただ確認したかっただけだからと言い聞かせ。

抱きしめるなと身体が叫ぶ。お前の両手は血に汚れている。そんな手で抱きしめられて誰が喜ぶのかと。

もっともだとアキトは思う。一万人が誇張とは思えないほどに人の命を奪いすぎた自分の両手は見えずともきっと真っ赤に染まっているだろうと思い込ん で。

そうだと心が叫ぶ。また鎧を纏えばいい。宝石の名を持つ二人の少女を置いてきたように、復讐者をしていた時のように。

「どうしたのアキト? さっきから黙っちゃって。もしかして、ユリカと顔を合わせるのが辛いの? 私を助けるためにたくさんの人を殺しちゃったか ら?」

失ったはずの五感――触感が背中に確かな感触が生まれたことを示す。それは暖かく、さながら聖母のように穏やかで優しく、アキトの凍てついた心を溶 かしていく太陽の光のよう。

「私、ぜーんぶ知ってるから」

再び固まりかけた鎧にヒビが入る。

もう全てをさらけ出していいんじゃないかとアキトは叫ぶ。彼女なら……ミスマル・ユリカなら全てを受け止めてくれるはずだと。

何を言っているんだと心が叫ぶ。そんな保証はどこにあるのか、お前はそんなことをしても許される存在ではないと叱責する。

「あのねアキト? 私……ずっと会いたかった」

アキトの身体にもたれかかってくるユリカの身体は、とてもあの頃からは想像できないほど痩せ衰えていて、でもモノクロの視界にカラーを灯すには十分 すぎて。

「だから……だからもう我慢しないで」

鎧が――完全に砕ける。

叫んでいたモノが消え失せる。

「ユリ……カ」

恐れるように、求めるように、震えるアキトの手が白くて細い手へと招かれていく。

たったの一押しで、最愛の人の一押しで、今までひた隠しにしていたものが、堰を切ったように溢れ出してくる。

「お帰りアキト」

それが――最後の一押しとなった。

「ユ……リ、カ…………俺は、俺は…………」

「違うよ。お帰りって言われたらただいまって言うの」

「………………た、ただいまユリカ」

「うん、お帰りアキト」

そういって笑ったアキトの顔は、昔から変わらない照れくささを隠そうとする子供のようで、それを迎え入れるユリカの顔もまた昔とまったく変わってい ない無垢な笑顔。

三年もの間、離ればなれになっていた二人が、今ここで、思い出の場所でようやく邂逅を果たした。

 

 

 

 

ようやく邂逅を果たした二人は、互いの背を預けあう形で花畑の中心に座っていた。

しばらくの間、二人は何も言わずに体温を確かめあっていた。離れていた時間を取り戻すように。お互いの存在を確認しあうように

「ねえアキト」

「ん?」

「懐かしいよねここ」

「……ああ」

「むう。さっきからアキトってば冷たい」

小さい子供がするように頬を膨らませて不満を露にするユリカ。

「無茶言うなって」

軽くおどけてみせるアキト。だが、彼の言っていることは決して冗談ではない。

山崎博士によって埋め込まれた大量の悪性ナノマシンにアキトの身体は蝕まれている。

そのせいで異常なまでに発達した補助脳が脳神経を圧迫、結果として五感を含むあらゆる身体機能が障害を受けることになった。

その中に言葉を発するという機能も徐々にではあるが、失われつつあった。

やっぱり頬を膨らませたままのユリカに苦笑しつつ、アキトは先程から疑問に思っていたことを尋ねる。

「それよりもさ、ユリカ。俺もお前に聞きたいことがあるんだが」

「なになに?」

「どうして……どうして俺のいる場所がわかったんだ。

俺は誰にも言わずにこの場所に来た。それに今、この場所を知っている奴はほとんどいない。なのにどうしてお前は俺のいる場所がわかった」

アキトがこの場所に来た時、ユリカは病室で静かに寝ているとアカツキから聞いていたのだ。

だからユリカが現れた時に彼はひじょうに驚いていた。

ユリカの性格上、愛の力とか言うだろうなと思っていたアキトだが、返ってきた答えはまったく違ったものだった。

「アキトも知ってるよね? 私が遺跡と融合させられていたこと」

「ああ」

「その影響かどうかはわからないんだけど、何となくわかるんだ。誰がどこにジャンプしたのかって」

だからアキトのいる場所がわかったのとユリカは笑う。

なるほどなとアキトは頷く。ただ、背中から聞こえるユリカの笑い声がどこかぎこちなくて、悲しそうでなければ彼はそのまま何も聞かなかっただろう。

「ユリカ、それだけじゃないんだろ」

ユリカの息を呑む音が僅かにアキトの耳に届く。

「な、何言ってるのよアキト。私はアキトがここに来たから私も跳んできたんだよ?」

「俺は今まで何度もジャンプしていた。でも、お前は俺の前には現れようとしなかった。

それが今になって突然だ。何かあると思っても不思議じゃない」

追及するようなアキトの言葉にユリカは完全に押し黙った。

アキトもユリカが言ってくれるまで何も言わないつもりらしく、さっきまでとは違った沈黙が二人の場を支配する。

一体どれだけの時間を沈黙で過ごしたのだろうか。

「…………やっぱりアキトには敵わないや」

ついに、ユリカが折れる形で沈黙は解消された。

「なら話してくれ。どうして、今になって俺の前に現れたのか」

「うん、わかった」

どこか遠く、此処には決してないはるか遠くを見つめながらユリカはゆっくりと口を開く。

「私、あと二日も生きられないの。遺跡に無理矢理融合させられていたからね、そのせいで私の身体……ぼろぼろなんだって。

皆は絶対に大丈夫だって言ってくれる。イネスさんは絶対に治療法を見つけるって言ってくれたんだけど、自分の身体のことは自分が一番よくわかってる の。

もう、生きていられないんだって。

だから、だから最後に会いたかった。この思い出の場所で、私の大切な人に、私の一番大好きな人に。

そしたらアキトがここにジャンプしたの。だから私もジャンプして会いにきたってわけ」

まるでハンマーで殴られたような、否それ以上の衝撃がアキトを襲う。

信じられなかった。信じたくなかった。今、背中に感じている確かな温もりが、耳に届いている確かな声が、風前の灯火などと。

アキトは全てを賭して彼女を助けたというのに、一体この仕打ちは何だと叫びたかった。

「やっぱり迷惑だったよね」

ごめんねと謝り、それでも彼女は笑っている。最愛の人に会えたからと。

「ユ、リ、カ……」

もう喋ることさえきつくなってきたのかと内心愚痴る。それでも、それでも言いたいことがあった。

もう少しだけ、もう少しだけ喋らせてくれと信じてもいない神に祈る。今、自分の背中にいる大切な人に伝えたい言葉がまだあるのだから。

「俺も、お前に会いたかった」

それが届いたかどうかはわからない。だが、確実にアキトの喋るという機能は元に戻っていた。

「アキト……」

「それにさ、俺ももう長くはないんだ。持ってあと一日、いやあと数時間ってところか。

だからせめて最後にと思ってこの場所に来たんだ。ここは俺とお前の思い出の場所だから」

言いたいことを言い終えた途端、声を出す機能はその役目を終えた。

「そう……なんだ……あ、そうだ」

アキトの言葉に少なからず衝撃を受けたユリカだったが、ある程度予測していたようでそれほど深刻にはならなかった。

逆に何かを思いついたらしく、ゆっくりと立ち上がろうとして――

「あ、あれ?」

体勢を崩し尻餅をついた。

ユリカは笑ってごまかしているが身体機能が低下しているのは明らか。

「やれやれ。よいしょっと」

「ア、アキト!?」

だからアキトはユリカをお姫様だっこの体勢で抱き上げた。両腕にかかる重さに一抹の悲しさと、それを支える自分の身体が悲鳴を上げていることに嘆き ながら。

「どこかに行くんだろ? まともに歩けないんだからこのままでいい」

「うう……アキトのいじわる」

「そういうことは身体をしっかり治してから言え」

最初こそ文句を延々と言っていたユリカだったが、アキトの言う事は事実のため大人しく彼に抱かれたままになる。

落ちないように自分からアキトの首に両腕を絡め、いつかの時よりも分厚くて大きくなった胸板に身体を預ける。

舞台が揃い、衣装も揃っていたのなら結婚式を終えた新郎新婦にも見えただろう。

アキトはユリカの行きたい場所へと彼女の指示通りに運んだ。そこには様々な色の花が咲き乱れる小さな丘の上。

「ここでいいのか?」

「うん!」

そう言うや否や下ろされたユリカは花を摘み始める。アキトは嬉しそうに頬を緩めるユリカの傍で同じように腰を下ろす。

黙々と花を摘んでは結ぶ作業を繰り返しているユリカ。震える手に苦戦しながらも、慣れた手つきで完成させたそれは――

「花……飾り?」

白い花で作られたのは小さな冠だった。それがユリカの頭の上に乗って、病院の質素な服と相まってどこか女神のようにも見えた。

「もちろん! ほら、ここで昔アキトに作ってあげたでしょ? なのにアキトってば恥ずかしいからいやだーって言ってつけてくれなくて、だから私が変 わりにつけたんだよね」

「で、そのままお前は不貞腐れて寝たんだっけ」

「げっ、そんな覚えてなくていいことまで何で覚えてるの」

「そりゃあのまま放っておこうかと思うぐらいよく寝ていれば、な」

あーだこーだと昔のことを言い合う二人。

それは最後の別れを惜しむように笑いあい、お互いがここにいたことを刻むように確かめあい、このままの時間が永久に続いてほしいと願っているよう に。

昇らない朝日がないように、二人の時間も終わりを迎える。それが至福の時であればあるほど短く。

「もう……何にもないね」

アキトにもたれかかるユリカが寂しげに呟く。頭には花飾り、腕はアキトに絡められ、指は離れないように結ばれて。

「ああ……もう、終わりなんだな」

ユリカの言葉にアキトも静かに同意する。鎧は既になく、もたれかかる人を受け止め、夕日はとうに沈み満天の星空を一緒に眺めながら。

「本当は終わってほしくないよ……もっとお喋りして、色んなところにお出かけして、子供いっぱい作って、それで孫たちを可愛がって、皆に見守られ て」

最後だからだろうか、今まで気丈に振る舞っていたユリカの口から漏れる嘆き。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。

彼女だって苦しかった。こんなところで人生が終わるなんてことは信じたくなかった。けれど、身体は正直すぎた。

もう、生きるなんてことは出来ないとはっきりと述べていた。

アキトは何も言わずに泣きじゃくるユリカを抱きしめる。

伝えたかった、一人じゃないことを。教えたかった、悲しむ顔は見たくないと。

それは確かに伝わった。アキトに抱きついて泣いていたユリカが顔を上げると、そこにはいつもの――目尻に涙を溜めたままの笑顔。

「ねえアキト。最後に一つだけ約束して」

結ばれた腕とは違うほうの小指をアキトに向ける。

「俺に叶えられることならな」

アキトは小指を絡める。

「アキトが地獄に行くなら私も一緒に行くから。アキトといつまでも一緒にいたいから。だから向こうに行っても……一緒にいようね」

「……ああ。約束だ」

ほんの少し逡巡してアキトは約束を受け入れた。彼女が望んだことを、最後の最後で否定してまた離れたくはなかったから。

「絶対だからね? 嘘ついたら針千本のーます。指きった」

切っても離れない二人の指。互いにわかっていた、今ここでこれを離せば全てが終わってしまうことを。

それでも――それでも離れていく。

最後の最後まで笑いあった顔のままで終わりたいというユリカの願いに応えて、アキトはバイザーをはずして笑っている。

ゆっくりと、二人の指は離れた。

「あ、綺麗な朝日だね」

「ああ。本当に綺麗だ」

「絶対に、約束だからね? 破ったら許さないんだから」

「破ったりはしないさ。今度こそ」

「そっか……それじゃあ向こうでまた会おうね」

「約束したからな。当然だ」

「うん。おやすみアキト」

「ああ。おやすみユリカ」

 

 

 

 

ゆっくりと火星の空に浮かんでくる朝日に照らし出された一組の男女。彼らの生涯は今、この場所でその幕を誰にも悟られずに静かに下ろした。

まだまだこれからというところでその生涯を他人に弄ばれた彼らだったが、その最後に後悔はなかった。

最後に出会えたこと、語り合えたこと、繋がりあえたこと、約束を交わせたこと、もう叶わないと思っていたことが出来たのだ。

それに、彼らは最後の最後まで『私らしく』を貫いた。

互いの手が離れないようにしっかりと握りしめて、二度と離ればなれにならないように互いの身体を寄せあいながら、彼らは思い出の場所で長い時間語ら えたのだから。

だから彼らに悔いはない。

朝日が映し出したその姿は、幸せに眠る王子様とお姫様のようだったのだから。

 

 

 

 

 

 

あとがき〜

と、いうわけでシルフェニアの記念SSいかがでしたでしょうか。

はっきり言って思い付きです。ただ二人の最後が浮かんできただけで、それを徒然なるままに書きなぐっただけです。

だから矛盾とか性格違うとかつっこまないで。お願いします。

あと、最後の朝日のシーンはナデシコのOPで、子供アキト&ユリカが花畑に座っているシーンを想像していただければ幸いです。

では、シルフェニアのさらなる発展を。



感想

火焔煉獄さん100万&一周年記念作品を送ってくださりありがとうございます!

シル フェニアも大きくなりましたね〜一周年を待たずに100万HITしたんですから。

火焔煉獄さんも頑張って作品を送ってくださいましたし。

来年いきなり潰れるようなことの無き用、がんばりなさい!

なんでいきなりそうなるんだか(汗)

ですが、さすが煉獄さん。

お話はまとまりのいい形で落ち着いていますね。

アキトとユリカの切なさがいい感じです♪

私を 無視しているのが少し問題な気がします が…

そもそも、そういうのは駄作家のSSの時に言っておくべきだったと後悔もしています。

ははは(汗)

そうはいってもね〜お話がやっぱりメインかなあ…カップリングは後回しにしてしまう傾向があるね。

私にとっては戦いの方が面白いし(直接的な戦闘以外にも政治的な駆け引きとか商業戦略とか)

しかし、私は適当にやっただけでしたが、きっちりオープニングの写真を盛り込んでくるとは…

お話としてもレベルが高く仕上がって今すね、むぅ…やりますね〜

とい うか、単に貴方が憶えてなかっただけとも言いますね。

ぐは!?

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