衛宮士郎は告げる。科学により製造されたこの青い石は、現在の魔法、奇蹟を成すための鍵であると。
「時空間跳躍、って……?」
 遠坂はあまりに常識からぶっ飛んだソレが理解できないのか――あるいは、魔術師として認めたくないのか――その言葉を聞き返すように口にした。
「時を超えるってことだ、遠坂。いつか言ってた、平行世界を旅する魔法使いと同じように」
 そしてそれは、もう1つの意味を持つ。古の昔より全ての魔術師の到達点とされた魔法、その最後の五つの内の一つは、もはや科学によって魔術へと堕ちるの だと。
「沙夜」
 殺意すら混じった声が響く。双眸は鋭く、表情は冷徹。魔術師としての遠坂凛の姿だ。
「可愛い後輩の相談に乗ってあげようって思ってたら……まさか、ね」
 遠坂は笑う。隠し切れず漂わしている感情とはひどく不釣合いな、歪な笑顔。
「これは一体どういうこと? まさか、科学の力を使って魔法を実現しようとしてるだなんて、言ったりしないわよね?」
 科学の力で魔法を実現。それは、魔術を貶めるどころか否定する言葉だ。魔術師の世界のことをよく知らない俺にさえ、それが魔術師に対する最大級の裏切り であると察せられる。
「…………」
 けれど、沙夜は答えない。口が利けないからという陳腐な理由からではなく、弁明する気がないように見える。ただまっすぐと、遠坂を見つめる。そんな様子 に苛立ったのか、遠坂の拳が強く握り締められる。
「沙夜、あなた正気? 魔術師がそんなこと……殺されても仕方ないわよ?」
「おい、遠坂――」
「士郎は黙ってなさい!」
 感情が今にも爆発しそうなのをどうにか押し留めている状態だというのに、眼差しはひどく冷たい。
「…………」
 沙夜はやはり答えない。ただまっすぐと見つめて、その表情で示している。"覚悟の上だ"と。
「そう」
 遠坂の手が沙夜の顔に伸びる。
「待て遠坂。何する気だ」
「士郎は黙ってて」
 遠坂は俺に一瞥もくれることなく、沙夜の頬に手を当てる。セイバーはただ静観していて止める気配がないから大丈夫だとは思うが――いや、でも。
「…………」
「…………」
 沙夜と遠坂はお互いに見合ったままだ。ただ、遠坂の手だけが沙夜の頬に添えられている。
 まずい。
 これは何となくまずい気がする――!
「遠坂!」
「安心しなさい士郎」
 遠坂の腕に魔術刻印が浮かび上がり。魔術師遠坂凛は、言った。
「殺しは、しないから」
「待――」
 ――――突然、目の前の空間に、光の粒子が集束する。一瞬の間も無く集ったそれは、しかしほぼ同時に拡散し、そこから何かが現れる。そしてソレは、理解 する時間さえ与えてくれず、瞬きの一瞬にして目まぐるしく動いた。
 理解の間隙に届いたのは、鋭い風切り音。
 瞬き1つ経ってようやく理解が追いついて、まず最初に把握できたのは、
「動くな」
「動くな」
 その2つの声が、その場に響いていたことだった。












Light/Night




沙夜と明人













 次に理解できたのは、いつの間にか現れた黒ずくめの男が、遠坂の首筋に刃を押し当てていること。そしてその男の首元で、セイバーが不可視の剣を止めてい ることだった。
 ――本当に、一瞬の出来事。反応できたのはおそらくセイバーだけで、俺は声が響いてようやく、遠坂は首筋に当てられている冷たい感触を得てようやく、気 づいたほどだった。
「貴様、何者だ」
 睨みを効かせながら、セイバーは剣を握る力を強める。おそらくは、向けられるだけで死を予感せざるを得ないだろう、そんな絶望的なまでの威圧感。不可視 のはずの剣さえ、その殺気によってその実体を感じられてしまう。
 だが黒ずくめの男は怯むことなく、どこかどんよりとした声を発した。
「テンカワアキト。縁あって御巫沙夜に身を預けている」
 そして沙夜の方へ目を向けた。
「…………」
 それだけで沙夜に何か伝わったのか。沙夜はうなずいて男の方へ歩み寄る。
 その名前、そのひどく落ち着き過ぎた表情には覚えがあった。薄暗い雨雲の下で出逢った、親近感と不快感が同居する不思議な男。
「……テンカワ、アキト?」
 呆然としてつぶやくと、彼はセイバーを見据えたまま微笑んだ。
「また会ったね。エミヤ、シロウ君」
 やはり、今朝会った人だった。黒で統一した服装にこげ茶色の髪、淡い茶色の瞳。そして目深にかぶったバイザー。彼が、どうして、ここに、どうやって。
「士郎。どういうことよ、これ……?」
 遠坂が息を飲みながら、かすれ声で聞いてくる。
「シロウ。この男を知っているのですか?」
「いや、知ってるというか――」
「シロウ君とは、今朝初めて会った」
 俺の代わりに、テンカワアキトが答える。
「彼からすれば、単に雨宿りしてた時に出逢っただけの男だ。俺からしても出逢ったこと自体は偶然。……こういうのを巡り合わせと言うんだろうね。今、少し 驚いているよ」
 今さらな気もするが、と彼は小声で言いいながら、傍に歩み寄った沙夜の肩に手を置く。もう片方の手は刃を握り、遠坂の首筋に押し当てている。
「すまないねシロウ君。ちょっと様子を伺っていたんだけど、なんだかややこしいことになっているようだったから乱入させて貰った」
 彼は肩をすくめて、困ったように微笑んだ。
「今日のところは失礼するよ。お互い気が立っているようだし、誤解もあるようだ。また時を改めよう」
 その言葉に、セイバーは眉をぴくりと動かし、剣先をわずかに動かす。
「みすみす逃すとでも、思っているのか」
「――は」
 アキトが薄い笑みを浮かべる。その表情になぜか強烈な不快感を感じて、くらりと意識が飛びかけた。
「沙夜ちゃん」
 沙夜はうなずいて右腕を伸ばし、着物からのぞく雪のように白い肘先を垂直に上げる。ソレの後か先にか、ぐにゃりと空間が歪んだ。
 ――そこから先は、また瞬きの一瞬の出来事。
 セイバーが動く間もなく、待てという声が誰かの耳に届く間すらなく。ただ沙夜と目が合って、沙夜が目を伏せて。
 気づけば、瞬きもせずに見ていたというのに、二人の姿は掻き消えていた。






「迂闊でした。まさか、あの一瞬で空間転移を使うとは」
 セイバーが剣を納めながら口惜しそうに、しかし同時に感嘆の意を表してそう言った。
「しかし、あの年齢でとは驚きです。天才という言葉でさえ、彼女の才を讃えるには足りませんね」
「そうね……確かにあの子、時間とか空間とか、そういう次元系列の分野に関しては間違いなく突き抜けてるから」
 遠坂はまだ刃の感覚が残っているのか、首をさすりながら言う。
「でも、言ってみればシロウを剣じゃなくて時空制御に特化した感じなのよ。他の魔術はからっきしで、基本的な魔術もロクに扱えない」
「むぅ……」
 そりゃあ確かに、遠坂みたく魔術っぽい魔術なんて全く使えないけども。
「でもソレに関しては、明らかに世界のルールを超越してる」
 遠坂は壁にかけられた絵画に目をやる。フィンセント・ファン・ゴッホの”糸杉と星の見える道”。衛宮士郎が真作を解析して投影した、紛れもない贋作にし て、限りなく真作。
「矛盾殺しのデタラメよ」
 遠坂は脱力したように、勢いよくイスに座りこむ。そして息をついてから、口を開いた。
「でも、今回のは特にデタラメね。あの男が現れた時に、魔力を全く感じなかった。セイバー、魔力を感じさせずに空間転移なんてできるもの?」
「いえ。例外はあるでしょうが、空間転移ほどの大魔術を眼前でとなれば無理が過ぎる。それに、そもそもあの局面においては魔力の気配を隠す必要性が皆無で した」
「確かにね。あんな一瞬で目の前ピンポイントに出て来れるんなら、わざわざ小細工を仕込まなくていいものね」
「ええ。……信じ難いことですが、素直に受け止めるしかないと思います」
「科学の成せる業、か……」
 遠坂は眉をひそめ、そしてこっちの方を向いた。
「士郎。あの男のこと、本当に知らないの?」
「ああ。今朝、偶然会って2〜3分ぐらい話しただけだ」
「沙夜のことは?」
「いや、沙夜のことは何も。正直、俺も面食らってる」
 遠坂は、そう、とうなずいて眉を寄せつつ首をかしげる。
「何者なのかしら、アイツ。沙夜の関係者って割には、時計塔でも見たことないし……セイバーは心当たりとかある?」
 セイバーは、いえ、と首を振る。
「……ですが」
 セイバーは遠坂から俺の方へと視線を移す。どこか躊躇われるような、そんな視線。
「セイバー?」
 セイバーは少し逡巡するような素振りを見せた後、やや視線を落として言った。
「その、直接関係することではないのですが……なんというか、切嗣と同じような印象を受けました」
「――オヤジと?」
 なんとも意外な言葉。印象というなら容姿が似てるってことじゃないだろうから、性格か何かか。でも、養子とはいえ切嗣の子だった俺には、まったく似てる ようには思えない。
「はい。以前話しましたが、前回の聖杯戦争時の私が知っている切嗣と、その後におけるシロウが知っている切嗣とは違うようです。ですから、あくまで私の知 る切嗣と比較しての感想です」
 ああ、成程。確かにそれならそうだろう。聞けば、セイバーの知るオヤジは冷酷極まりなかったそうだから。未だに信じられないが。
 それに、そもそも俺の切嗣に対する第一印象は――――誰かと比較できるようなモノじゃ、ないんだから。
「士郎のお父さんの、どういうところが似てたの?」
「漠然とした感情ですので、どういうところと問われると難しいですね。強いて言うなら、……いえ、やはり適切な表現が見つかりません」
 珍しい。セイバーにしてはぼかした言い方だ。
「まぁ、それはそれとしてだ。遠坂、沙夜は科学で魔法を実現しようとしてるんだよな?」
「そうらしいわね。にわかには信じられないけど」
「そうだな。聖杯戦争に関わってからこっち信じられないことばかりだけど、さすがに自由自在に時間を超えるってのはなぁ……」
 セイバーみたいな例はあるけど、これは例外だ。これは願望機の聖杯、あるいは世界の力を得ての奇蹟。人の身で自由自在とは話が違う。
「ううん、そっちじゃなくて。沙夜の方よ」
「沙夜?」
「ええ。あの子の家――御巫はね、遠坂の家とは比較にならないほどの歴史を持つ、それこそ遡れば神代にまで至る伝説級に古い家だったの。魔術協会には属さ ず染まらず、この人ならざるモノで満ち満ちていた神秘だらけの国の秘儀を伝えてきた無名にして有名な家。権威も名声も地位も望まず探究者で在り続けた、っ ていうこれ以上ないくらい魔術師らしい魔術師の家だったのよ。だから、意外。その御巫の家の沙夜が、魔術協会どころか科学に頼るだなんて」
 イマイチ分からないが、遠坂を遠坂で強化した遠坂みたいなのが超最先端科学を使いこなしているようなものだろうか。
 うむ、ありえないな。この例えにおいては特に。
「なるほど。でも、それならどうするんだ? 時を改めるとか言ってたけど、話でも聞きに行くのか?」
「そんなことしないわよ。いくらこっちにセイバーがいるったって、あっちは時空制御の第一人者よ?ヘタ打ってトラップにかかって強制空間転移でもされてみ なさい。いきなり上空1000mとか深海100mとかもありえるのよ?」
 ……あぁ成程。確かに、コロスに関してこれ以上ないトラップ。いや、なにか前提が食い違っているような気もするが。
「じゃあ、どうするんだ?」
「どうしようもないわ。爆弾とか送り込んで来てないあたり、口封じするつもりはないみたいだけど」
「爆弾、って……」
「言ったでしょ。沙夜は時空制御に関してはデタラメだって。あの子に命狙われたら、いつ来るとも知れない恐怖にガタガタ震えて精神真っ白になるんだから。 そうでなくったって、蟲とか生ゴミの山を送りつけるとかそういう嫌がらせが出来ちゃうし」
「うわぁ……」
 間違った人が使うと、とんでもない能力になりそうだな。
「さっきわたしが沙夜を捕らえようとしたのはそれが理由よ。あの子を逃したら終わりだもの」
「でも、沙夜は攻撃して来ないぞ」
「そう。それが無いってことは、少なくとも沙夜はわたし達を始末するつもりは無いはず。さすがに口を滑らしたら殺されるだろうけど、まだ何か利用価値があ るんでしょうね」
 遠坂はこっちを矯めつ眇めつ眺める。
「な、なんだよ?」
「成程、目的はシロウですか」
「ええ。沙夜は自分の秘密を洩らす危険を冒してまで、士郎に修復を頼んだ。でも結果的に修復は未達成、士郎どころかわたしにも秘密を知られた。それなのに 始末しようとしないってことは、士郎に……もしかしたらわたし達に、それ以上の価値を見出していると見て間違いない。……士郎、投影のことは話してないわ よね?」
「あ、ああ」
「とすると単純に――――」
 と、突然部屋中に響くほどの大きな腹の音が聞こえた。俺と遠坂は目をぱちくりさせて、同時に横を見る。
「…………」
 そこには、頬を赤らめてあさっての方向を見つめる騎士王がいた。
「そ、その。武装したら魔力が、つまり、決してあれだけ食べたばかりなのにもうお腹が空いたというわけではなく、ええと、そもそも食後で胃腸の動きが活発 になっていてお腹が空いていなくとも音は鳴りますし」
 聞いてもいない苦しい言い訳を披露してくださる可愛い王様がここに。
「……まぁ、とりあえずお茶淹れるか」
「いえシロウですから断じてお腹が空いたなどということは」
 しかしセイバーは要らない食べないとは決して言わないのでありました。










 薄暗い部屋の中、テンカワアキトは明かりもつけず、静かにソファに腰を下ろし、大きく息をついた。
「…………」
 手袋を外して手を握り、そして開く。感覚は鈍く、どこか自分の手ではないような手の平は、汗にまみれていた。
「……最近の女の子は怖いな」
 無造作に服で汗を拭き、夏も近いというのに薄ら寒い身体を抱く。
「五感が鈍くなって久しいが…………いや、恐怖は五感と関係なかったな」
 ただの少女に死を覚えた。狂気が入り混じったあの男とは違う、ただ純粋で、ただあまりにも強い殺意。五感ではなく、生物としての第六感、本能が告げた。 オマエはコロされると。
 自分は科学が星を覆い、宇宙にさえ進出している時代の人間ではあるが、どうやればあの少女を殺せるのかまるで思い付かない。銃器如きで死ぬものなのか、 アレは。
「…………」
 隣に、小柄な少女が腰かける。比べれば遥かに軽い重みがかかり、ほんの僅かにアキトの身体が持ち上がる。
 着物の袖から差し出された細く白い指が、アキトの腕に触れる。
「……ああ、大丈夫だ。……本当さ、問題はないよ」
 言葉というには不明瞭すぎて、意思というには明確すぎるものが脳に流れ込んでくる。過去の実験で散々脳を弄られたことから、アキトは正直この感覚には反 吐が出そうだった。だが言葉での意思疎通をしない沙夜の手前、なんとか平静を保って耐えていた。
(それにしても……IFSのようなシステムも介さず、ただ触れるだけで、か)
 テレパシーや透視、気功のような超能力めいたものは、本当は魔術なのかもしれないなとアキトは思いながら、沙夜の思念を聞く。
 否、聞かなくても大体分かる。心配をしているのだ、この少女は。予想できていたとはいえ、敬愛する先輩や友人を裏切る結果となってしまい辛いだろうに。
「……心配性だな、沙夜ちゃんは。むしろ調子がいいくらいだ。君の治療がずい分と効いている」
 アキトは思わず、この健気な少女の頭を撫でようとして手を伸ばし、しかし、途中で手を握りしめて留まった。
 赤い流動体の幻視と、耳をつんざく声の幻聴。
 黒い鎧が告げる。その手は鋼鉄の機体越しに殺した人達の血で汚れている。この純潔な少女に触れてはいけないのだと。
(違う――この子にとっては、そんなもの関係ないだろう)
 黒い鎧。外れた面から覗く、紅梅色の旧式エステ。呪詛のようにあの男の言葉が響く。
 ――怖かろう。悔しかろう。たとえ鎧を纏おうとも、弱い心は守れないのだ――
(うるさい。黙れ。消えろ――――!)
 振り払うように立ち上がる。やや息は荒れ、わずかにナノマシンが活発化する。
 ――ああしまったな、と後悔する。おそらく振り向けば、少し怯えた表情の沙夜がこっちを見上げていることだろう。
「――――」
 アキトは努めて平静を装い、意思の力でナノマシンの活動を抑え、笑顔で振り向いた。
「お茶にしようか。今後のこともある、話をしよう」
 予想通りの表情をしていた沙夜は、アキトの顔を見て安心したのか、微笑んでうなずき、立ち上がって台所へと歩いて行く。その小さく線の細い背中に、アキ トは復讐人だった自分に常に付き従ってくれていた少女を重ねる。
(特に似ているというわけでもないんだがな)
 彼女に彼女を投影してしまうのは、自責の念に駆られているからだ。そう思い、そしてそう思った自分自身にアキトは自嘲した。












 ――誰かの夢を見た。
 幼い頃に、炎と共に両親を失った男。
 それからずっと、頼る者もなく、一人きりで生きてきた男。
 助けてくれる養父も、面倒を見てくれる姉のような人も、慕ってくれる後輩もいない。
 赤い荒野に、たった一人ぼっち。
 それでも生きて築き上げてきたものは、戦争でまた失われた。
 目の前で一人、また一人と死んでいく。迫ってくるのは、慈悲どころか心さえもない機械兵機。
 助けてくれる人は誰もいない。ならば自分がと、無力を揮ってどうにか助けようとしても誰も救えやしない。
 現実だけが全てを炎と血で染めていく。最後まで、助けてくれる正義の味方はどこにもいなかった。
 それでも、男は信じていた。
 どこかに正義はあるのだと。誰もが思うような絶対的な、どこにでもある正義というものが存在するのだと。
 それは幼稚な、生きていく上での一つの希望としての理想。ひどく脆くて曖昧な砂の城。
 結局男は、その理想と共に、最愛の人を奪われた。








「――……」
 目が覚める。カーテンの隙間から洩れる朝の光に目を眩ませながら、ああ、夢を見ていたのかと理解する。
 あれは誰の夢だったのか。いや、誰とは何の話だ。自分の夢に決まっているだろうに。
「どういう、ことだ? 聖杯戦争のときのセイバーじゃあるまいし。なにかラインが繋がっているとでも――――」
「忘れてください」
「――ん? あれ?」
 なんだっけ。いや、何がだ。今何をしようとしていたんだったか。声がしたような。誰のだ。何のだ。ああ、鳥か。
「シロウ」
 名前を呼ばれる。見ると、セイバーが部屋のドアを開けて入ってきた。
「起きていたのですか。おはようございます、シロウ。今朝は珍しく遅いのですね」
「ああ、おはようセイバー…………うわ、ほんとだ。寝坊したな」
 予定起床時刻から2時間も過ぎている。どうりで、朝日がまぶしいわけだ。
「朝食は凛が作っています。シロウも起きて、食事にしましょう」
「ああ、わかった。すぐ行く」
 そう言うとセイバーは微笑み、部屋を出ていった。
「――くぅぅ〜〜っ」
 思いきり身体を伸ばす。よっぽど眠りが深かったのか、どうにも身体と脳の連携が取れていない感じがしたが、少し身体を動かすと感覚が合うようになった。
「さて、朝飯にするか」
 部屋を出る。振り返ってドアを閉める時に、なにか緋色の着物が見え――た気がするが、気のせいだろう。








「……――――?」
 目が覚める。いや、おかしい。さっき起きたばっかりじゃないか。
 待て、順に思い出そう。遠坂とセイバーと朝飯を食べて、今後沙夜をどうするかの話になってたな。
 で、沙夜は時間空間の魔術以外は不得手だから、人目の付く街中なら特に問題はないんじゃないかってことになって、買い物に出かけて。
 それから――――どうしたんだっけ。
「…………」
 ああ、そういえば目の前に沙夜がいるな。ずい分と悲しそうな顔をしてる。
 これはこれで良いけど、やっぱり勿体無い。笑ってた方が綺麗なのに。
「…………」
 何か喋ってる。聞きとれないな。いや、聞こえてはいるんだけど。――あれ、なんで喋れてるんだろう。
「――――I am the bone of my sword.」
 唇、可愛いな。
「Steel is my body, and fire is my blood.」
 そういえば沙夜は喋らないから、笑うときしか、動かないもんな、あの唇。
「I have created over a thousand blades. Unaware of loss. Nor aware of gain.」
 ああ、本当に。
「Withstood pain to create weapons, waiting for one's arrival.」
 美味しそうだ。
「I have no regrets. This is the only path.」
 食べてしまいたい。
「My whole life was――――“unlimited blade works”.」
 沙夜を突き飛ばす。剣の丘でとは味気がないがアオカン――この場合はユウカンとでもいうのか、それも悪くない。
「……っ!」
 受身も取れずに沙夜が倒れこんだ瞬間に、刀剣を大量に投影、着物の裾や袖に突き刺す。もちろん、肌には一切触れないように、けれど恐怖を感じさせるよう に。
 そして、驚いて目を見開いている沙夜を悠々と見下ろす。ああ、イイなこれ。まるで待ち針で固定されたお人形さん。
「――――!」
 覆いかぶさって顔を寄せると、沙夜は痙攣したかのように身体を震わせる。これだけ串刺しにしたのに怯えていないのには腹が立ったが、反骨心のカケラもな い表情。乱暴に扱えば折れてしまいそうな細い身体。少々細すぎて肉付きがイマイチだが、首筋の真白い柔肌なんて実にソソる。美味しそうな唇や瞳を潤ませて 身体を強張らせている姿なんてサイコゥで、ひどく嗜虐心を覚えた。
「――――ひ」
 さらに顔を寄せる。目を閉じて声を上げないということは、イイということなのだろう。いや、今声を上げたか?
 否、この娘は声を出せない。
 声を上げないなら、イイのだろう。
「……〜〜っ」
 もっと近づける。前髪が触れ、吐息が触れる。目は固く閉じていて、身体は震えている。肌が真白いせいか、ここまで赤くなるのかと驚くほど真っ赤に染まっ た頬に手を添えると、ビクンと跳ねた。
 は、なんて愉快。たったこれだけでこんなになるなんて、愉悦極まりない。こんないっぱいいっぱいな娘をもっといっぱいいっぱいにさせて溢れさせてやるの を想像すると、ひどく――――、頭が冷めた。
「……………なにしてるんだ、俺」
 さっきまでどこかの荒野にいた気がするが、気付けば畳が敷かれた和風の部屋にいる。ワケが分からなくて、とりあえず起き上がろうとすると、やたら硬いも ので後頭部を思いっきり殴られた。
 意識がブラックアウトする。脱力して身体が支えきれず、そのまま沙夜の胸に頭を落とす。柔らかい感触と、早鐘のような心臓の鼓動を耳に、意識を失っ ――――。






「――――痛」
 目が覚める。さて、今日はやけに目覚めが多い日だ。後頭部の鈍い痛みを噛み締めながら状況を確かめる。
 場所は道端。姿勢は直立。右手に買い物袋。確か買い物帰りだったか。
 そういえば、なんで頭が痛いんだろう。それに白昼夢を見ていたような。
「…………まぁ、いいか」
 なんか考えちゃいけないような気がする。まぁとりあえず、帰って昼食にしよう。やけに時間が経っているし、早く帰らないと。








 右腕でぬいぐるみを抱く。感触が柔らかすぎるから、もっと硬くて逞しかったから、強く強く胸に押し当てる。
 左手の指を、唇に当てる。触れたのか触れていなかったのかも分からなかったけれど、吐息に混じった温もりは確かだった。
 ああ、顔が火照っている。帯びた熱気を冷ますように、ほぅ、とため息をつく。
「沙夜ちゃん?」
 突然の声に、沙夜はビクッと震えて慌てて振り返る。障子越しに影が映っている。否、アキトの影が映っている。
「入っていいかい?」
 アキトはそう言って待つ。するとドタバタと足音が聞こえ、襖が開閉される音が聞こえ、沙夜にしてはなんとも珍しく落ち着きがないなと驚く。やはりよほど 衝撃が大きかったのかと不憫に思っていると、障子がゆっくりと開かれた。
「…………」
 雅やかな緋の着物に身を包んだ少女が立っている。だがよく見ると着物の何箇所かが破れていて、そこから白い肌が覗いており、淑やかな表情に見合わず頬は 紅潮している。
「まだ着替え中だったのか?」
 アキトが尋ねると、沙夜は首を振った。そしてそのまま、招き入れるように下がる。
「そうか。……しかし、何だな」
 アキトは部屋に入って正座をしながら、しかしあぐらに変えて、遅れて正座した沙夜の表情を伺いながら言った。
「その、災難だったというか。まぁ、事にならなくて良かったというか」
 沙夜は困ったように視線を逸らす。アキトはそれを見て、しまったと口を塞ぐ。今も昔もこういう類は変わらず苦手だな、とアキトは眉に力を込めながら思っ た。
「あー、ええと、何だ……それで、収穫はあったんだな?」
 沙夜は今度は視線を落とさず、じっとアキトを見つめる。アキトは沙夜と視線を合わせ、少々背中に汗が一筋流れるのを感じながら、なるべく平静を装う。 たった1秒か2秒を2倍にも3倍にも感じながら耐えていると、沙夜はアキトの手を取った。
 思念が流れ込んでくる。予想以上で、文句のつけようがないと。
「そうか、なら良かった」
 アキトは安堵して息をつく。そして脇に視線をやり、畳の上に無造作に置いてある刀剣の束の中から一本を手に取る。刀剣そのものには門外漢のアキトだった が、基本的な扱い方は知っているし、実際に扱ったこともある。その経験からみてもこの剣の質感、重量、刃の鋭さなどはやはり紛い物とは思えない。惚れ惚れ するような煌きだ。
「魔法、いや魔術か。空恐ろしいな」
 贋作にして真作、模造にして創造。相反するものが等しいという矛盾を抱えた剣。
「等価交換則……大前提を覆すなんてな」
  科学より導き出された質量・エネルギー等価原理はこの世界における絶対規則だ。魔術とて逃れられない。だが、彼の魔術は実現不可能なのに効力を発揮す る例外。魔法と呼ばれる神秘に限りなく近い、異端。
 仮に、なんらかのキッカケで時間跳躍などが無限ループに陥ると、質量は際限なく増大し、世界は崩壊するとされている。過去の経験からして自分の使う時間 跳躍にはこれのセーフティが働いているような節が見られ、おそらく無限ループは出来ないようになっているが、彼の魔術にはセーフティなど存在しない。もち ろん彼の魔術による質量の増大は世界全体から見れば微々たるものではあるのだろうが、やはり、彼は世界を危険に及ぼす力を有している。
「……少し、妬けるな」
 思わず、ぽつりと洩らしてしまう。そして、そんな力があればもっと違ったのではないのかと、いまだにそう思っている自分に気付いて自嘲する。
 アキトは丁寧に剣を置き、沙夜に視線を戻した。
「結局の所、シロウ君は戦力として、いや、要として使えるわけだな?」
 言われて沙夜は目を見開き、そしてわずかに視線を落とす。いくらか逡巡するような素振りを見せてから、おずおずと頷く。
「なら、近日中に正攻法で行ってみよう。ダメなら操ればいい。単純な条件指定なら失敗はないだろう?」
「…………」
 沙夜は、やや遅れて頷いた。
「了解した。……じゃあ、少し監視に行ってこよう」
 アキトは立ち上がり、部屋の外に出る。後ろ手に障子を閉めようとして、しかし手を止めた。
「沙夜ちゃん」
 アキトは振り向かず、沙夜を見ずに言う。
「犠牲無しに、が理想なんだけどね」
 障子を閉める。そして廊下を歩いて行き、縁側に差し掛かったあたりで足を止めて空を見上げる。初夏もそう遠くはない、やや強めの陽射しに目を細めなが ら、思う。
 それでも、何かを得る為には何かを捨てなければならない。それは真理。否、それより何より、自らが覆すことの出来なかった過去の現実だ。
「思えば、たくさんのものを捨てたな」
 突如舞い込んできた、思い出や仲間、幸福。元々持っているモノが少なかった身だ、取り返すための代償が大きくなるのは必然だったろう。
 でも、とアキトは思う。取り返すにしたって代償を払うにしたって、他にもっと、より良い選択があったのではないか。本当に最善の方法だったのか。そう 思ってしまう。
「――ああしていれば、こうしていれば。そんな後悔ばかりだな、俺は」
 青空の下、強く射し込む光に照らされた黒衣の男は思わず、つぶやいた。
「なぁ……ユリカ」








――――沙夜と明人





感想

犬さんのLight/Night第二話登場!!

フェイトとナデシコのクロスと言う事もあり、皆さん首を長くして待っていたことでしょう♪

第二話ではアキトと沙夜の関係が明らかに!

というか、アキト相変わらず少女に人気ですね♪(爆)

しかし、気になるのはC.C(チューリップクリスタル)の事でしょうか。

C・Cが故障すると言う事態が想像できないので修理というものも微妙ですが、ポイントはさにあらず。

C・Cにボソンジャンプの機構が盛り込まれているという斬新な考え方は物語の幅を広げてくれると思います♪


なるほど、遺跡は演算装置ですからね、ボソン・フェ ルミオン変換をC・Cが行っていると言う考え方ですね。

だとすると、C・Cの重要度も増しますね。

いや、確かにその考え方も面白いけど。

それだと、やはり時空を飛ぶ装置と言う考え方はちょっと違う気もするけどね。

でも多分、シロウさんが解析したのは回路とその使い 道、及び実際に使用した場合の事などでしょうから。

演算装置も一緒に解析したのかも知れませんね。

それはありえそうだね。システムそのものを把握したならとうぜん か。

でも、その後のシロウ君の夢……アレはつまり、沙夜ちゃんの能力と見ていいのかな?

時空系の能力使いと言うだけではないようですね。

何か秘密があるのでしょうか?

ちょっと気になります。

後、関係ないですが、オオライオン(くまさんのFate/stay nitro第三話感想参照)

の出番少ないですね(二ヤリ)

うーん、謎と言えばアキト達の行動自体謎だよね〜

最初C・Cを修理っていうから、元の時代に帰りたいのかな?

って思ったけど、どうももっと深刻な理由がある様子。

まあ、アキトの場合、沙夜がらみでお節介を焼いているというかトラブルに巻き込まれている可能性も否定できないけど。

そうですね、アキトさんはどこでも困っている人を見 捨てられないというか……

何故かアキトさんの前で困っているのはいつも美少女なんです!!(怒)

私なら、アキトさんの為にオオライオンくらい倒してあげるんですが……

英霊をかい?(汗)

何も戦闘力だけが勝敗の全てを決めるわけじゃないと 言う事です(二ヤリ)


押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>
犬さんへの感想は掲示板でお願いします♪

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.