ある日平凡な田舎町にとある一家が引っ越してきた。
 その一家も特別な何かを持っていたり、特別な職業についているというわけではなく、ただただごく普通の家族だ。
 その家族の中にひとり少年の姿があった。少年は引っ越してきた町に飛び出していく。今まで居たような都会ではなく、まったく逆の田舎町。とある市の中にあるとはいえ、周りにはデパートや洋服店、レストランなどの都会ならどこにでもあるようなものはこのあたりにはなく、山が広がっているくらいだった。
 仲の良かった友達とも離れることになり、にぎやかだった周りが一気に静かになってしまった。
 つまらない。
 それが今の少年の抱いている思いだった。こんなド田舎ともいえるところに引っ越してきて面白いと思えるものがあるのだろうかと思う。
 その環境に順応するというのは今までもいろんなところに引っ越しているためにもはや慣れてしまっているが。
 まあ、何とかなる。大丈夫だろう。
 少年の口癖であるが、そう思うことで胸にあった小さな不安というものを消す。
 新学期開始と同時にここに来ることになった。これから通うことになる高校は家から近いということで今までは電車通学などをしていたものが自転車通学へと切り替わっていた。それに使われることになる新しく買ってもらった新しい銀色に輝く自転車にまたがって少年は走っていく。
 森の方に近くなっていくと途端に住宅の数が減っていく。商店街が一応あり、その中にも遊び場になるようなところがいくつかあったのでわざわざ遠出する必要はなくなった。とはいえやはりもっと盛り上がるものを求めるとなれば市の中心まで駅を利用するしかないかと考えた。
 取り敢えず田舎とは言っても自然に囲まれた綺麗な場所だ。今までのような騒音に悩まされるということは必要ない。そういうことも考えるとここもいい場所かもしれないと考えた。
 ふと何かに気付き、少年は自転車を止める。
 そこには廃れた鳥居が見えた。そこから森に伸びるようにして長い石段というものが並んでいた。それもところどころ穴が開いているなどとても手入れのされているような場所ではないというのは一目瞭然だった。
 しかし何故か少年はそれが気になりゆっくりと自転車から降り、ストッパーをかけて鳥居の近くに自転車を置く。
そっちにいくな――空耳だろうか。一瞬足を止めたが、振り返らずに足を踏み出す。
それからゆっくりとまるで吸い寄せられるようにして石段を上っていく。そしてようやく着いた頂上、少年の瞳に映ったのはすっかり廃れてしまった神社だった。賽銭箱もボロボロであり、それにツルが巻きついていたりしている。境内は荒れており、雑草が伸び放題で足元が見えない状態になっている。
 既に誰も住んでいないのがよく分かる。それにしてもこの神社は一体何という名前なのだろうか。少し興味を持つ。何か手懸かりがあるのかもしれないと思いながら少年は神社の周りを歩く。
 特に目立ったようなものはなく、神社の中にも入ってみたりもした。しかし生活していたような形跡はなく、埃だらけで、神棚の上もすっかり蜘蛛の巣に包まれる形になっていた。
 それでもこの神社が残っているのは不思議だった。これだけ放置されているのだから既に神なども存在していないだろう。そんな風に考えながら少年は神社の中から出る。
 四月に入るということで少しずつ暖かくなってきている。風が一陣吹く。周りに並んでいた樹木の枝から何枚もの葉が空に舞う。目の前をその葉が遮るようにはらりと降りる。
 その葉が地面に落ちる。すると少年の瞳に先ほどまでは手入れのされていない神社の風景しか映っていなかったというのに、今は洋風なのか和風なのか一見して見分けの付かない服を着て、帽子を被った金色の髪をした女性が日傘をさした状態でそこにいるのが映っていた。
 一体誰なのだろう。それ以前にいつの間に現れたのだろうか。まるで瞬間的にその場に現れたかのようだ。その女性は少年に対して艶かしい笑みを浮かべている。普通であれば少年のような年齢の男であれば美しいや、綺麗だなどいう感想を抱くかもしれない。
 しかし少年が抱いたのは恐怖。その笑みだけではなく、彼女の存在自体から何らかの恐怖を感じ取ったのだ。それは人間の本能的なものなのかもしれない。今ここからすぐに逃げろとその本能が警報を鳴らしていた。
 声をかけるなどとはとんでもない。相手にもしない方がいいかもしれない。彼女に関われば良くも悪くも何かが劇的に変わってしまいそうだった。
 ゴクリと生唾を飲み込む。二人の間にあるのはわずかな距離だけ。声など簡単に届いてしまうほどだ。そして女性は通る道の中央に立っている。どうここから離れようにも彼女のそばを歩かなければいけない。
 逃げなければいけない。しかしどうやって逃げればいいのか。逆方向などまったく知らない森の中である。中に入ったら二度と出てこられないかもしれない。
 どうする、どうすると必死に考えているといつの間にか目の前に女性が近づいてきていた。近くで見るほどその美しさと彼女のまとっている謎というものが強まる。
 少年は分かってしまった。もう自分は逃げられないのだと、それは女性からか、それとも目には見えない運命というものにだろうか。それが一体何かは分からないが、確実に少年は何かにから娶られてしまったのを感じた。

「あら、こんなところで何をしているのかしら?」

 そんなことを尋ねてくる女性であるが、少年からすれば彼女もそういえるのではないかと思う。むしろ彼女のような女性がこんなところを好き好んでくるとは考えづらい。むしろありえないと考えるのが妥当だ。もしかするとオカルトなどが好きなのだろうかと思う。しかし彼女はそのようには見えない。
 やはり答えなければいけないだろうか。少年の隣に立つようにしている女性。そっと少年の肩に手を置く。

「ねえ、どうしてかしら?」
「それは……あんたにも言えるんじゃないか?」

 黙っているのも限界だった。しかしいつもどおりに話すことにした。女性はその言葉に少し意外だというような表情を浮かべる。それから少し興味を持ったような笑みを浮かべてきた。
 少しまずい人物に興味をもたれてしまっただろうかと内心失敗したと思う。余り人見知り知りない性格が祟ったことだ。女性はゆっくりと少年の前に立つように移動する。

「あなた、今の現状に満足しているかしら?」
「どういうことだ? 俺は別に――」

 果たしてそうだろうか。突然質問してきた女性に対して反射的にそう言おうとした少年であるが途中でその言葉が止まった。少年自身が止めたわけではない。もっと奥底にある何かがそれを止めたような感じがした。
 度重なる両親の転勤。それほど特別な仕事であるわけではないのにほとんど一年ごとに学校が変わってしまう。せっかくできた友達もすぐに離れなければならなくなる。一時は文通もしていたが、それもすぐに途絶えてしまう。
 しかし仕方のないことなのだと思うことで寂しく思うことを我慢していた。そう思うのももう昔のことなので今はそんなことはまったくないが。
 すると女性が空間に対して何かをした。あくまでもそう見えただけだ。一体何をしたのかは分からない。しかし突然底に切れ目が現れ、不気味な空間が現れたのだ。その奥を見ると無数の目玉がこちらをいっせいに見てくるのだ。
 冷静な性格な少年であるがさすがにありえない状況に声が出ない状態だった。
 すると女性がまるで誘うかのように言う。

「あなたからはこの世界に退屈していると感じられるわ。なら、もっと楽しい世界に連れて行ってあげるわ。大丈夫、怖くはない」
「……何なんだよ、お前は」

 少年はやや細い目をいつも以上に細め、にらみつけるように女性を見る。彼女を既に人間と見るのはそれをやってのけてから既にやめていた。彼女は決してこの世界にはありえないはずの存在。だからこそ少年は自分ができる限りの警戒心を彼女にぶつけるのだ。
 しかし女性はそれをどこ吹く風を感じているように気にしている様子はない。その余裕のある態度がなぜか気に入らなかった。
 だが次の瞬間少年は突き飛ばされていた。いつの間に葉後ろに回っていた女性に背中を押されていたのだ。唖然とする表情を表す少年。閉じていく空間の裂け目。最後に見たのは女性の意味ありげな笑みと聞こえてきた言葉だった。

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