前書き
この作品は東方Projectとペルソナシリーズのクロスオーバーです。オリジナル主人公の他、キャラの性格などが若干不自然に思われたり、戦闘が異なったりするかもしれませんのでご了承ください。
OP→『色は匂えど 散りぬるを』
登場キャラ紹介

名前:綾崎(あやさき)優也(ゆうや)
能力:仮面(ペルソナ)を付け替える程度の能力
備考:2011年4月にとある都市の田舎町に引っ越してきた高校1年生の少年。八雲紫と廃れた博麗神社で出会い、彼女によって幻想郷に招かれる。ペルソナという力を得て、幻想郷にて起きる不可解な異変に立ち向かう。アルカナは愚者。召喚レベルは55。

2、
名前:レミリア・スカーレット
能力:運命を操る程度の能力
備考:紅魔館の現主。フランドールのためを思い、噂の外来人である優也を紅魔館に呼ぶ。純粋な妹への愛情からか、それとも個人的な興味からなのか。アルカナは運命。コミュニティは運命。

3、
名前:フランドール・スカーレット
能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力
備考:レミリアの実の妹。紅霧異変以降は幽閉から軟禁へと緩和されたが、外の世界のことを知らなかった。優也と会うことで紅魔館の外に出ることができた。年齢とは逆に精神的には容姿相応の幼い。アルカナは星。コミュニティは星。

4、
名前:パチュリー・ノーレッジ
能力:魔法を操る程度の能力
備考:紅魔館にある巨大図書館の持ち主。普段から外には出ず、そこにこもって魔道書を読み込むなどして、魔法の研究を行っている。非常に高い実力を持ち、精霊魔法を得意としているが、持病である喘息のために長時間戦えないというハンデを抱えている。そのために魔道書を盗みに来る魔理沙との戦闘になってもなかなか勝利を収めることができないでいる。アルカナは女教皇。コミュニティはなし。

5、
名前:(ホン)美鈴(メイリン)
能力:気を操る程度の能力
備考:紅魔館の門番。日頃は仕事の途中で居眠りをしてしまうが、実力的には非常に高いものを持っている。しかし彼女の特性を弾幕ごっこではなかなか活かせないために、あまり勝率は高くない。優也との模擬戦では、得意の格闘戦にて勝利して見せた。アルカナは剛毅。コミュニティはなし。

6、
名前:十六夜(いざよい)咲夜(さくや)
能力:時間を操る程度の能力
備考:紅魔館に住む唯一の人間。自身は過去の記憶を持っていないが、あまり気にしている様子はなく、主であるレミリアに対しては絶対の忠誠を誓っている。アルカナは星。コミュニティは世界。

7、
名前:小悪魔(こあくま)
能力:なし
備考:パチュリーの使い魔である悪魔。どこかの魔界から呼び寄せられたと思われるが、主であるパチュリーには素直に従っている。実力は明らかではないが、魔界の魔法を操るとのこと。アルカナは悪魔。コミュニティはなし。



―5月10日 紅魔館―


 酷い眠気があったが咲夜から提供されたひどく苦いコーヒーのおかげで優也は未だ眠りに落ちることなくパチュリーと雑談をすることが出来ていた。
 昨日約束を放り投げていたのでパチュリーとしては優也の体調など二の次だった。
優也自身もそれは仕方のないことだと何杯目かのコーヒーを口に含んだ。
 うん――やはり苦い。
 そう感想を抱きながらペルソナについて話が続けられていた。
 パチュリーが興味を持ったのはペルソナが神話などに登場する神々や悪魔、歴史に名を残した英雄たちの名を持ち、その姿をしていることだった。
 中にはパチュリーが想像していた姿とは違うペルソナも存在していたが、ペルソナ自体がその使用者の心、もっと掘り下げられた普遍的な無意識から現れた存在であるためにそのようになるのかと考えた。
 彼女が知っている博麗の巫女である霊夢や月にいるとされる巫女が行使することが出切る“神下ろし”とはまた違うように思えた。
 何せペルソナはあくまでもその神魔の姿を模しているだけであり、その神や悪魔などの存在そのものや分霊ではないからだ。
 嬉々として矢継ぎ早に質問を投げかけていくパチュリー。
自らが知らなかった知識を久しぶりに得られるということもあり、魔女として後が騒いでいたのだ。
そんな主を久しぶりに見るということで小悪魔も楽しそうに魔道書の整理や片づけをしている。
 対する優也は無理やりにコーヒーを呑まされるなどして眠ることを邪魔されている。
普遍的無意識下にいるペルソナたちにも大丈夫なのかと心配する声をかけられるなどの状態だった。
 そんな雑談が続いていた時、突然図書館の上の窓ガラスが割られる音が響き渡った。

「パ、パチュリー様あぁー!」

 と小悪魔は慌ててパチュリーの元へとやって来る。

「はぁ、また魔理沙ね……今日は本を返しに来た――わけじゃなさそうね」
「よお、パチュリー。また、魔道書を借りに来たんだぜ。それと借りている魔道書は私が死んだら返すんだぜ」

 また来たのかというように呆れ顔を崩さないパチュリー。そんな顔をするなよというように苦笑いを浮かべながらも元気よく現れた魔理沙。
 いつものように箒にまたがり、空を飛んでいる。

「全部が全部、今必要なわけじゃないでしょう? それに読み終わったのなら返して頂戴。どこかに置かれて埃をかぶるよりだったら、ちゃんとした管理下においた方が魔道書にとってよいはずよ」
「む……そう言われると確かにそうかもしれないんだぜ」
「勉強熱心なのはよいかもしれないけど、そうやって魔道書をただのものとして扱い、消耗品のようにされるのは私たち魔法を操る者にとっては侮辱に値するわ」

 言葉を見つけられず焦りを表情に見える魔理沙。
 彼女とて正式な魔法使いではないが、魔法を操る者として魔道書をそのように扱うつもりなど毛頭ない。
 そのためにパチュリーの言葉に対しては少しだけ表情に怒りを表す。
 パチュリーも言い過ぎただろうかと視線を一瞬だけ横に逸らす。
 返してさえくれればそれでいいのだ。
そう簡単に消滅するようには細工はしていないが、それでもただの一冊も失いたくはないというのが人生の大半をともにしてきたものたちであるから当然の思いだった。

「んー……検討してやってもいいんだぜ」
「どうして偉そうにお前がそう言うんだ」

 考え込むように言う魔理沙。何故かその言葉は偉そうだ。
 優也がそう突っ込むが――。

「今は私のものだぜ? まだ使うかもしれないからな。必要にならなくなったら持ってくるんだぜ、パチュリー。後これ、借りていくんだぜ。“必要にならなくなるまでな”!」
「なっ!? いつの間に」

 どうやら返却はまだまだ後になりそうらしい。
それにいつの間にとったのか、彼女の手には数冊の魔道書が握られていた。
 一体いつの間にと慌てるパチュリー。
これ以上取られるわけには行かないと急いでスペルカードを取り出すもそれよりも先に魔理沙は再び箒の進路を変え、蹴り破ってきた窓を出口に飛び出して行った。

「また来るんだぜ!」
「もう来るなあああぁ!」

 太陽のような笑みをこちらに投げかけて飛び出して行った魔理沙。
 彼女のそれはパチュリーにとっては挑発にしかならず、悔しそうにしているパチュリーは話を切り上げ、対魔理沙用のトラップを考える方向にシフトチェンジするとのことだった。
 そうなると一気に暇になる優也。
ようやく解放されたことにホッとしたためか、一気に疲れが身体を襲う。眠気が津波のように押し寄せてきて抗うこともできない。
 眠い――。
 視界が徐々にぼやけていく。
視線がゆっくりと下を向き始める。
瞳が重くなり、ゆっくりとぼやけている視界が狭くなる。
 少しだけ、眠ってもいいよな――。
 そう思いながら、抗えない睡魔にゆっくりと優也は瞳を閉じた。


 机に突っ伏して眠っていたはずだった。
 しかしゆっくりとはっきりしてくる視界に映ったのは真っ赤な一面の壁に、包み込むようにしてある真っ白なベッドだった。
 また咲夜たちに迷惑をかけてしまっただろうか。
 時計などがないために窓から見える外の様子で時間を大体把握する。
空が真っ暗になっている。
昨日はすっかり夜更かししてしまったために、日中に眠くなってしまうのは当然のことだった。
 図書館で机に突っ伏していたはずだが、誰かが運んでくれたのだろう。
取り敢えず立ち上がる。
 大体の紅魔館の構造は理解していたので、今の時間帯ならダイニングルームかそれぞれの部屋にいる時間だろう。
もとより外との交流が少ないらしい紅魔館の住人たち。この時間帯に訪ねてくる者はほとんどいない。
ベッドに腰掛けるように座っていると突然扉がノックされた。
おそらく咲夜だろうと思い、部屋にいることを伝える。
 扉が開けられ、そこからひょっこりと顔だけ出す咲夜。少しだけ表情が固いのが見られた。

「申し訳ありません。お嬢様が、お話があるそうなのでお時間いただけないでしょうか?」
「……別に構わないが?」
「ありがとうございます。それでは付いて来てください」

 どうやらレミリアからの命だったらしく、なんでも彼女が話があるようだった。
こちらとしてもそろそろ話を切り出したいと思っていたところだ。
 数日紅魔館において生活させてもらっていたが、そろそろ戻らなければいけないと考えていた。
 仮初とはいえこの世界において戻るべき家がある。
 今まで家をここまで恋しく感じたことはない。
 ベッドから立ち上がり、扉の付近で待っている咲夜の元へと向かう。優也が来たのを確認し、くるりと背を向け歩き始める。
 すでに時間が遅くなっていたために紅魔館の中も真っ暗である。
その闇を僅かに照らし出す咲夜の手にあるランタンが、ゆらゆらとまるで同じところに留まらない運命を指し示していた――。


 ―5月10日 紅魔館―


 レミリアの部屋に連れてきてもらう。
扉の前で咲夜はくるりと顔をこちらに向けてきた。
 どうやら咲夜は中には入らないようで、ここで分かれるということだった。
 それだけ何か重要な話なのだろうか、それとも二人きりでゆっくりと話をしたいというだけなのだろうか。
あまり考えすぎても仕方ないと思い、優也はゆっくりとその扉のドアノブを捻り、中へと足を踏み入れる。
 そこにはすでに以前にも彼女の部屋に初めてお邪魔した時に座った丸テーブルの椅子に同じようにしてすでに紅茶の入ったカップを手元において待っているレミリアの姿があった。
 扉が開けられそこから現れた優也に視線を向け、こちらに来て椅子にかけるように言ってきた。
優也はそれに黙って頷き、従う。
 椅子に座り、レミリアが何かを言うのを黙って待つ。
 手元には入れたばかりの紅茶の入ったカップが置き皿の中にあり、白い湯気を上げている。
 目の前のレミリアは少しの時間沈黙を保ち、何かを話そうとしているがそれを少しだけ渋るような表情を見せている。
 彼女や紅魔館の者たちにとってはほとんど赤の他人であり、ただの客人でしかない優也に対しては到底話せないことなのかもしれない。
大げさすぎる予測であるが、相手が普通の存在ではないことからそう考えられた。
 話したくないのであればそれでもいい。
別段無理をして話させるような馬鹿な人間でもないし、そんなことをするつもりもない。

「あ、悪いわね……紅茶、冷めちゃったかしら」
「いや、冷たくても俺は構わない」

 口にした紅茶が冷たかったためにそう言う。
 少しだけ味も落ちてしまったが気にするほどのものではない。
優也もまた一口紅茶に口を付ける。

「そう……で、あなたは聞きだそうとしないのかしら? 私がどうしてここに呼んだのか」

 レミリアがそう尋ねてくる。
 悩んでいる間に黙ってこちらを見ていた優也に対して、どうして聞いてこないのかと疑問を持ったようだ。

「聞いたら話してくれるようなことなのか?」
「それは――」

 レミリアの問いに対して冷静に答える。
 優也の言葉にレミリアはうんともいいえとも答えられない。

「俺はただの客でしかないし、所詮赤の他人だ。別に無理をして話さなくても気にしない」

 レミリアのことを気遣うようにして言う。
 厄介なことに自分から頭を突っ込むほど、優也は愚かではないし、馬鹿ではない。
好奇心があったとしても、それが自分の身を滅ぼすようなことであったのならなおさらだ。
 その言葉を聞いてまた俯き加減になるが、

「ちょっと話を聞いてくれないかしら?」

 とレミリアが切り出してきた。
 別に構わない。そういって黙って彼女の言葉に耳を傾ける。

「私とフランが姉妹だってのはもう分かってるわよね。たった数年違いの、ただ一人の血を分けた存在」

 何百年も前、二人は姉妹として誕生した。
 吸血鬼も人間同様に男女の営みによって生まれてくるものだということから二人にも両親がいたのだと分かる。
 それを話すレミリアの表情は懐かしそうでありながら、寂しそうであり、少しだけ憎しみも含まれていた。

「お父様とお母様がいて、フランがいて……そこに私もいる。それだけでどれだけ幸せだったか。でもそんな幸せっていうのは簡単に壊れるものだったのよ。私たちの家族の幸せを壊したのはフランの能力(、、)だった」

 彼女の持つ能力は“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”。
物質的なものに対して干渉することが出来るものだということで、まだ概念的、精神的なものに干渉できるようなものではないということもあってか封印指定まではいかないものだった。
 だがそんな危険な能力を持つ彼女が正気でいられるはずがなかった。
 最初こそ生きていない物体に対しておもしろ半分に能力を行使するというものだった。 被害にあったのは最初は買い与えられていたお気に入りの人形だった。
 だがそれが意外に彼女にとっては面白いものだったらしい。
それから近くにいた野良犬を殺した。その時彼女にかかった返り血。吸血鬼としてその血を見た時に興奮はさらに高まったのだろう。
 空を飛んでいる鳥を、獲物を追いかけている狼を殺した。
 例え対象物が動いていても、彼女の掌に“目”というものが集まれば、後はそれを握り潰せばよかった。
何も難しいことはない、ただ“キュッとして、ドカーン”とすればよかっただけのことなのだから。
 フランドールはその一連の動作と、その結果を遊びと認識してしまった。
壊すことは悪いことだと知っていたが、それでも止められなかった。
 レミリアたちがそれに気付くまでフランドールはあらゆるものを破壊していた。
だからこそ彼女たちはフランドールのことを恐れた。
自分たちと同じ吸血鬼でありながら、生まれ持っていた特異的な能力が彼女の異常さを掻き立てていたのだ。
 レミリアは恐れた。
 顔を着ているものを真っ赤な血で染めた少女が、自分の妹であるはずがないと心の中で叫んでいた。
 だが彼女は言ったのだ――「お姉様」と。
 このままフランドールを放置しておくことは危険だと誰もが思った。
レミリアも彼女なりにフランドールの破壊を楽しむことから気を逸らそうと頑張った。
 人形遊びに誘った。
彼女が母から買ってもらったお気に入りの人形を貸してあげた。
 しかしその人形をすぐに破壊してしまった。
 動物と戯れることに誘った。
森が近かったために多くの動物たちがそこに住んでいた。かわいらしい鹿の赤ちゃんをフランドールに手渡した。
 しかしその鹿の赤ちゃんをすぐに殺してしまった。
 花畑に誘った。
季節の花が咲き乱れる花畑が二人の視界に映った。
 しかしその花畑をすぐに荒地に変えてしまった。
 ああ、もう駄目なのだ……。
 当時のレミリアはもうそこで諦めてしまった。言葉も届かない相手にもうどうしようもなかったのだ。

「お父様、お母様にとっても、私にとってもフランは大切な家族だった。だからこそかあの子が持っている能力だけでも破壊、封印しようとしたのよ。運よく当時の私のお母様は魔導に長けていたし、お父様も有名なヒトだったから必要な準備も滞りなく進んだの……そしていよいよその儀式が行われる日になった」

 その日レミリアは彼女の部屋にある大きなベッドの中に布団を被って早く眠ろうとしていた。
儀式が行われる間は危険だからということで、両親から部屋で待っているように言われていたのだ。
 その幼い頃からフランドール同様に少しずつ今の彼女が持っている能力である“運命を操る程度の能力”が覚醒しつつあった。
今までは時々当たる勘のようなものであったが,最近の彼女には先に何が起こるか、未来予知的なことが出来るようになっていた。
 その日レミリアはその能力を使って絶対に成功し、また幸せな家族が戻ってくる最良の未来という名の運命を探した。
しかし見えたのは両親がフランドールに対して何かをしているという未来までだった。
そしてどの道筋を通ってもその後の光景を見ることができなかったのだ。
 どれくらいの時間が経ったのか、ようやく一つの運命に辿り着いた。
そしてその運命の先を見てレミリアは布団を跳ね上げ部屋を飛び出していた。

「もう無我夢中だった……だってそうでしょう? 自分の両親が殺される運命を垣間見たんだから」
「それで……その後は――」
「あなたの想像している通りよ。儀式が行われているはずの地下室にはおびただしい血が流れていたわ。床に倒れ伏しているのはお父様とお母様だったもの。原形なんてとどめていなかった。内部から吹き飛ばされたような感じだったから……それでただ一人、血の海の中に立っていたのが、フランだった」

 レミリアのそれを語る声には怒りが込められていた。大好きだった両親を殺されたのだ。実の妹であろうともその怒りを抱かざるを得ないだろう。
 だが彼女は殺せなかった。
それは殺してしまうことを両親が望んでいるとは思えず、それをしてしまったら自分もフランドールと同じになってしまうことをその当時幼い彼女なりに理解していたからだ。
 どうやらあの後しばらく姉妹喧嘩が行われたようだ。
 その時レミリアは完全にその能力を扱うことが出来るようになり、フランドールの動きをすべて読み、そして圧倒して見せた。
気絶した彼女をその地下室に放り出し、両親の遺体を片付け、その日の内に母の仲間に頼んで強固な封印をかけてもらった。

「そして去年、私が起こした異変の時、あの子を封印していた部屋の術式が劣化していたみたいでね、内側から無理やり壊して出てきたのよ。定期的に食事や外から入ってきた人間を玩具として提供していたんだけど、やっぱりあの子は満足出来なかったようなの」

 フランドールはその時異変を解決しに来ていた霊夢、魔理沙と弾幕ごっこによる戦闘をしたそうだ。
能力や身体能力的なスペックからして彼女が負けるはずはなかったが、吸血鬼である彼女を縛ったのは何よりもスペルカードルールだった。
 僅かでもかつてレミリアから両親を奪っていった狂気が彼女の雰囲気に含まれていた。
彼女の能力を使えばあの時二人は今頃肉塊となって墓の下に眠っていただろうに。
そうなっていないのはフランドールが玩具を簡単には壊さないという長年の中で学んだことがあった。
壊れてしまえばそれまで。なら長く遊ぶためには壊さないようにしなければいけない。
それを学習していたために二人は殺されることなく、弾幕ごっこにおいて勝つことができたのだ。

「あの異変が終わってから少しでもその狂気による衝動を抑えられるようにとパチェや竹林に住む薬師に頼んで、それ用の薬を作ってもらったわ。それによって少しだけどあの子の狂気抑えられた。でも抑えられているだけであって、根本的な問題は解決できていない。あの子が自身をコントロールできるようにならない限り、絶対に外には出してあげられない」
「フランドールが、幻想郷に悪影響を及ぼしかねない……そう言いたいんだな?」
「あの子の能力は危険すぎるわ。能力がなくてもそこらの妖怪なんて目じゃないでしょうから、能力を止められるわけない」

 今のフランは狂気というものを薬などで抑えているに過ぎないと言う。その効果が切れてしまえば彼女は狂気に囚われとめようがない事態になる。
 それが紅魔館の中であれば何とかなるが、それが外になれば収拾がつかなくなる。
 これは紅魔館の主という上に立つものとしてあまり泥を塗りたくない、そういう思いもあった。
 だが彼女から感じられるのはフランドールに対する気遣いと戸惑いだった。
フランドールを殺すことなど何百年も生きてきた彼女にはいつだってやることは可能だった。殺す動機だっていくらでもあったのだから、むしろ今もやっていないことが不思議でもある。
 それでも殺すということをしないのは、彼女がまだ妹として大切に思っているからだ。
だがどうしようもないフランドールのそれに恐怖を抱いてしまっているためにどう接して良いのか、どうすれば良いのかが分からないでいた。
分かっていたらこんなにも長い時間が経っても解決していないということはない。
 レミリアのとった行動とは正しいことなのだろう。
優也が同じ立場に立たされたのなら当然のようにそうする。
だが今は以前とは違い、完全な監禁ではなく家の中は出歩いても良いという軟禁に緩和されている。
 それでも抑え込んでいるのには変わりはない。
一時的にはそれが必要であっても、それをこれからも続けるというのか。
 レミリアはそれ以外に方法が見つからない、そう言う。
 だがそれではいつまでもフランドールから逃げることになる。そう言うとレミリアはその紅い瞳を鋭くし、優也のことを睨みつける。
新参者のくせに生意気だ――そう思ったのだろう。
 意見を言うことに関して、古いも新しいも関係ない。
 狂気が発生するというのはフランドール自身がその能力に振り回されているからだ。扱いきれない力を持つものが破滅に向かうというのはどんな話しにも良くあること。
つまり彼女は今それと同じ事体に陥っているのだ、何百年も前から。
 フランドールの“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”、それは彼女の一つの仮面を表す――つまりはペルソナと同じようなものだ。
 ペルソナとは覚悟の力、心の強さによって変わるとイゴールから聞いている。
つまりその人物の心が負けてしまえば当然ペルソナは制御することはできない。
だから身に余るような力を持つペルソナを優也は使えないのだ。
 ならどうすれば良いのか!
そうレミリアがテーブルを叩いて叫ぶ。
怒りに染まったその顔をくっつくくらいに優也の顔に押し付けてきた。
 魔力と共に殺気を爆発させる。
普通なら泡を吹いて気を失ってしまってもおかしくはない。
だが対面する優也は必死にそれに耐える。顔には出さないが、仮面の下では苦悶の表情を浮かべていた。

「ならどうしろと!? 何も知らない、若造が!」

 鬼の形相で叫ぶレミリアは優也の胸倉を掴み、小さな身体とは思えない力でゆっくりと持ち上げる。
息が苦しくなるのを感じつつも優也は――。

「確かに俺は若造だ。あんたの何百分の一しか生きていない、ただの子どもだ……でも意見しちゃいけない理由にはならないだろ?」

 それでも真正面からレミリアに言う。
至近距離で魔力と殺気を浴びているにも関わらず、それでも怯まない。
 表情を歪めたレミリアは掴んでいた優也をそのまま床目掛けて投げ捨てる。
 そして――。

「ふん、赤子に毛が生えたくらいの存在で……誇り高き吸血鬼に意見するとは……万死に値する!」
「っ!?」
「死ね!」

 床に叩きつけられた優也は激しい痛みを感じながらも何とか身体を起き上がらせる。
その時瞳に映ったのはレミリアの両手に集められた紅色の魔力が球体から伸ばされ一本の槍と変わったものだった。
 スペルカード――神槍『スピア・ザ・グングニル』!
 怒りと傲慢が入り混じった笑みを浮かべレミリアは、その真紅の神槍を優也に向けて投擲してきた。
 それは吸血鬼という人間離れした存在の力によって放たれたもの。
当然優也が反応し切ることは出来ず、腹部にその槍が深々と突き刺さり、床に縫い付けた。
 食道を通り、血が口の中から吐き出される。
 鉄の味が口いっぱいに広がり、何度もむせ返る。
呼吸をするのも厳しくなってきた。
 やばいな、めちゃくちゃ痛い……――。
 時折咳き込み、口から吐血する。
その度に真紅の槍が突き刺さっている腹部に激しい痛みが走る。血が今もゆっくりと赤色の床の上に、さらに深い赤を塗っていく。
 ゆっくりと宙に浮いていたレミリアが降り立ち、優也の元へと歩み寄る。
 まるでゴミを見るような視線をこちらに向けてくる。
先ほどまで主と客として話していたのはなかったかのようなものだ。

「なんだ、まだ死んでいないのか? もう一本刺してやれば今度こそ死ぬだろうな」
「……吸血鬼っていうのは相手の話も聞けないのか? ……もしかして耳を持たないのか?」
「ふざけるのもいい加減にしろ。今すぐその減らず口を聞けなくすることだって出来るのだぞ?」
「何でこんなに感情を剥き出しにする……こんなにも話しができるなら、フランドールともちゃんと面と向かって話をすればいいじゃないか」
「まだ口を聞くか? まあ、そうやって苦しみながら死んでいくさまを見るのもまた一興か。フランと話をする? それができれば何も苦労はしない。だが話したところで何が変わる。あの子は危険だ」
「危険だから閉じ込める……危険だから抑え付ける……危険だから、それがどうした? いつまで逃げるつもりだ、レミリア・スカーレット」
「逃げる? 貴様……まだ私を侮辱する気か!?」

 あまりの苦痛に平静を保っていた仮面が剥がれる。
 それでもレミリアに対して言葉をかけるのをやめない優也。
 レミリアは苛立ちげに叫ぶ。
同時に腹部に突き刺さっていたグングニルを勢いよく抜き取る。
一瞬だけ弓なりの状態になり、また地面に仰向けに倒れる。
血が溢れるように流れ、このままだと非常に危険だ。

「フランドールが危険……? ああ、確かにあんな能力は危険以外の何物でもないさ」
「そこまで分かっているならもう言葉はいらないだろう? あの子に待っているのは悲しい未来だけ。ならそうならないようにするのが姉として当然の行為だろう」

 ありとあらゆるものを破壊してしまうのだから物質として構成されているものにとっては恐怖以外の何物でもない。
 だがフランドールはその能力を完全に制御できるようにならなければ狂気というものも永遠に取り除かれることはない。
 それを抑えることしかしてこなかったレミリアの行為は一時的には好手かもしれないが、今となっては悪手でしかない。むしろ悪化させている。
 彼女の言うことも分からないわけじゃない。家族が不幸になるのは誰だって嫌なものだ。だが彼女の行為はむしろフランドールのことを不幸にさせているのだ。
 それを聞いて優也の太ももにグングニルを突き立てる。
赤い血しぶきが上がる。
それが桃色のレミリアの桃色の服を真紅に染めていく。
 自分の行為を否定されたことが癪に障ったのか、それとも図星を突かれて逆にキレタのか。大きく肩を上下させ、息をしている。

「……本当にフランドールのことを思うなら、どうして殺さなかったんだ? 彼女と同じになるとかの以前に、こんな悪循環に陥らせるよりならそちらの方が彼女にとっては幸せだったんじゃ――」
「うるさい! 黙れ、黙れこの人間がアアアァ!」

 優也が意見する――が、それをレミリアが強制的に遮る。
 反対側の太ももにグングニルを突き刺す。激しい痛みに優也は遂に苦悶の声を上げてしまう。
 興奮冷めやまぬ様子でレミリアは優也にことを見下すように見つめる。
もはや虫の息に近くなりつつある優也。このままでは命の危険が目に見えている。

「ああ、殺したかったさ! 大好きなお父様とお母様を殺されたんだ! それくらいの憎悪、持って悪いか!」

 怒りと悲しみの叫びを涙を流しながら咆哮する。
 まずい、このままだとまた串刺しに……――。
 右手に構えられるグングニル。次にそれを串刺しにされたら今度こそ殺されてしまう。霞み行く視界の状態でどうすればと考える。
 頭に響く声――【我は汝、汝は我……我、汝を危機より救わん】
 その声と共に倒れ伏している優也の周りから青い光の放流が発生する。
その中から現れたのは“アルトリア”。その手に握られている剣で突然の出現に驚いているレミリアの腕を切りつける。
 握られていたグングニルごと右腕が切り飛ばされ、床に矛先が突き刺さる。

「ぐっ……“アルトリア”、“ディアラマ”だ」

 深すぎる痛手を負っている優也はすぐに回復魔法を指示する。
“アルトリア”が優也に対して手を翳すと淡い光が包み込み、傷を癒していく。
腹部や太ももにできていた刺し傷はある程度回復することができた。体力も大分楽になったが流しすぎた血は戻ってはこないために少しだけ貧血状態だ。
 やれないわけじゃない――。
 立ち上がり、多少ふらつくが戦えないわけじゃないことを確かめる。
切り飛ばされた腕の切り口を押さえながらこちらを睨みつけている。しばらくすれば生え変わるだろうが、それでも痛みというのはある。

「悪くはないさ……誰だって憎しみは持つもの、だと思う」

 優也自身、まだそんな感情を抱いたことはないので、良く分からない。
 だがきっと同じような状況に置かれたらそうなるだろう。

「それでも殺さなかったのは唯一の家族だったからだろう? これ以上寂しくなりたくない、だから殺さなかったんだろう?」
「ただ一人の妹だ……あの子を殺しても二人は戻ってはこないし、あの二人もフランを殺そうとはしなかった。ただあの子にある能力だけを封印、殺そうとした……そう、あの子の持つ能力に殺されたのよ」
「……その能力の正体が狂気ってことか?」
「そうだとしても……どうすると言うのよ!?」
「フランドールにその能力を受け入れてもらう。あの子はきっと心のどこかでその能力を嫌っているだろうから……」
「どうやってその狂気を引き出すつもり――まさか、お前!?」

 何かに気付いたレミリアは目を見開く。
 フランドールにもう一度狂気を出してもらうには何かしらのことを彼女にしないといけない。彼女にとって最もショックの大きいこと、それは――。

「まあ何とかなる、大丈夫だ……その後にちゃんと話し合え、姉妹なんだから」
「待て、お前――」

 優也の口癖のような言葉、あれこれ悩むよりだったらなんとかなると思い、やってみるのが良いと思っている。
 立ち去ろうとする優也を引き止めようと失われていない左手を伸ばすが、優也は立ち止まることなく部屋を出て行った。


―5月11日 紅魔館―
 

夜、満月が昇っている空をフランドールは昨日に続いて外に出て見上げていた。
 こっそりと出てきていたのでそれほど長くはいられない。
広い中庭の中央に立ち、彼女たち吸血鬼や妖怪たちにとっては人間における太陽とも言える月の光を浴び、力を得ていた。
 今までほとんど目にしてこなかったこの大空を見つめる度に、自分の今までいたところが本当にちっぽけに思えた。
 もっといろいろなことを知りたい、色々な世界を見たい――そんな願望をフランドールは抱き始めていた。
 だがそれはできない……。
フランドールは自分の能力を恨めしく思う。
 今までは物を壊すことを楽しいと思っていた。まだ両親のいた時も悪いことだとはどこかで理解していたが、子どもだったために止めることが出来なかった。
 優也が来てから色々な遊びを教えてもらった。
 中でも折り紙というのは色々なものを作り出すことができたので、フランドールは一番それに熱中した。
 今まで壊すことしかできなかった自分の手が何かを作り出すことが出来ると知った時には嬉しさがこみ上げてきた。
あの時の暖かな気持ちは今でも忘れられない。
 きゅっと握り締められた手の中には金色の折り紙で作られた何かがあった。
 来てくれるかな? きっと来てくれるよね――。
 そう期待と不安を胸にフランドールは待っていた。
 そして後ろの方から芝生を踏みしめる音が一つ。その音に気付いたフランドールは輝くような笑みを浮かべてその音のする方向に向く。
 紅魔館の方からやって来た――優也だった。
 少しだけ顔色が悪いのはどうしてだろうか。不思議そうにフランドールは首を傾げる。 だがいつものように感情を表に出していない表情を見て、いつも通りの彼だとホッとする。

「来てくれたんだ!」

 と、フランドールは明るい口調で話す。
 近くに歩み寄った優也に抱きついた。
少しふらついたが、しっかりとフランドールを抱きとめてくれる。
 突然飛びついてきたので驚くように目を見開いた優也であるが、今は小さく口元を緩めて笑みを浮かべている。抱きついたフランドールをゆっくりと地面に降ろし、二人は黙って空に上がる月を見上げる。
 綺麗だ――と思う。
 何も言葉を発しなくても、二人はそうお互いに思っていることを理解していた。

「今日はね、これ作ってみたんだ」

 そう言ってフランドールは掌に隠していた折り紙の作品を見せてくれる。そこには金色の折り紙で作られた星があった。
 それが月の光を浴びてきらきらとまるで空で輝くそれと同じように見えた。
最初はとても上手とは言えない完成品を作ったフランドールが今はこんなにも上手になっていた。
 そんな彼女は嬉しそうに両掌に乗せたそれを見せながら見上げてくる。
 こんな純粋な少女の中に狂気という名の操り主がいるのかと思うと何とかしたいという気持ちになる。
レミリアの気持ちが痛いほど分かった。

「それでね、今日まで色々わたしの知らなかった遊びを教えてくれたからお礼にこれ、あげるね」

 そう言ってフランドールは優也の手を掴み、その掌に彼女が作った金色の星を置く。
 キラキラと光それはまるでこちらを見上げているフランドールの笑顔と重なる。
太陽の光を浴びないと輝けない存在。それは以前の幽閉されていたフランドールと似ている。
 だが今の彼女は少しずつであるが輝きを手に入れ始めている。
 以前よりも笑顔が増えたと以前咲夜たちが教えてくれた。
 優也の隣に立っていたフランドールはくるりと背を向けるとスキップをしながら中庭を走り回る。
 今まで遊べていなかった分を取り戻そうとしているかのように見える。
 突然フランドールが動きを止め、こちらに顔を向けてきた。手を腰に回し、かわいらしく小首を傾げながら。
 そして――。

「明日は何をしようか? 明後日は、明々後日は――」
「フランドール、そのことなんだけど――」
「フランでいいよ? だってわたしたち、友だちでしょ?」

 楽しそうに明日以降の予定を考えるフランドール。何をして遊ぼうか、本当に楽しみにしているようだ。
 そんな彼女の笑顔を奪ってしまいかねないことをしようとしていることに罪悪感を覚える。フランドールと言うと彼女は少しムッとした表情を浮かべ、自分のことをフランと呼んでもいいと言ってくれた。
 さらに胸が痛む。
 何とかなる、大丈夫だ……。
 そう言い聞かせ、優也は覚悟を決めて口を開いた。

「フラン……明日、俺は家に帰ることにした」
「え……?」

 どうしてというように、満面の笑みが一転して絶望とも取れるような表情に変わる。そんな顔を見るのは優也としても辛い。
 慌てるようにしてフランドールが優也の服に掴み掛かる。そして「どうして、どうして」と涙を目じりに溜めながら叫ぶ。
 せっかく一緒にいてくれる友だちができたのに!
弾幕ごっこ以外の色々な遊びを教えてくれる友だちができたというのに!
 楽しい時間ができたのを壊したくないという思いからフランドールは動いていた。

「どうして!? どうしてお姉様や魔理沙たちのようにわたしを置いていくの!? わたしが何か、悪いことでもした? もししたのなら謝るよ!? 悪いところがあるならいくらでも直すよ!?」

 必死になって引き止めようとする。
 優也がいなくなればまた自分は一人になってしまう。色々な遊びを教えてもらったとはいえ、誰かが傍にいてくれるのとではまったく違う。
 一人になりたくない!
またあんな暗い場所に戻るのは絶対に嫌だ!
 優しさを知り、温もりを覚えてしまったから。
 しかし優也が言えるのは――。

「悪い、お前は何も悪くない。フランに紅魔館という帰る場所があるように、俺にも帰る場所があるんだ。もともと客としてここに来ただけで、ずっと居座るつもりはないんだ」
「そんな……」

 僅か数日の間に二人の間にはまるで家族のような絆が芽生えていた。
 ただ寺子屋にいる子どもたちと同じように接していたつもりであったが、そのような愛情を長い間感じていなかったフランドールにとっては、まるで家族から与えられる愛情そのものだったのだ。
 だからこそ優也がここからいなくなるということは友だちがいなくなる以上に、家族がいなくなるということで酷くショックを受けていた。
 弱弱しく項垂れる。
服を掴んでいた手からもゆっくりと力が抜けていく。
小さく「どうして、どうして……」と呟いているのが聞こえる。
 心の中で謝ることしかできない。

「なら……ならわたしも連れて行って! わたしを連れ出して! もう嫌なの、ひとりになるのは、もう、もう嫌なの!」

 悲痛な彼女の顔が見える。
 必死になってしがみついて来る。絶対に離したくない、いなくなってほしくないという思いが感じられる。
 嬉しい反面、彼女を傷つけてしまっていることに胸が痛む。
 ごめん、それでも俺はやらないと……。

「悪い、それは……できない」

 顔をそらし、申しわけなさそうに言う。
 事実、彼女をここから連れ出すということはできない。このまま連れ出しても何も解決にはならず、むしろレミリアが言うように危険、例えて言うならば爆弾を持ち出すのと同じだからだ。
 再び彼女の掴んでいる力が抜けていく。
 とうとう膝を地面につけてしまう。

「どうして……? どうしてわたしばっかり――」
『本当は分かってるんでしょ? “わたし”がここを出られない理由』
「えっ!? えっ!?」
「誰だ!?」

 突然の第三者からの声。
 しかしそれは隣にいるはずのフランドールの声と酷似しているものだった。
だが彼女も困惑している様子を見せているために彼女が発した言葉ではないのが分かる。
 頭の中でペルソナの声が響く――【近くに敵が存在する】
 慌ててフランドールをかばうようにして立ち、辺りを見渡す。
 月明かりで少しだけ明るくなっている中庭であるが、敵と見受けられる存在を見つけることができない。
 だが突然のことだった。
中庭にある芝生を踏みしめる音が、奥の暗闇の方から聞こえてきたのだ。
 じっと目を凝らして視線を向ける。
 そして暗闇の先から足が見えた。
それからゆっくりと下半身、上半身とそのやって来る者の姿がはっきりと月明かりに晒される。
 そしてその人物の姿を見た二人は驚愕の表情を浮かべる。
目を見開き、ただその現れた人物を見る。
 そこに現れたのは“フランドール・スカーレット”だった。
 しかし彼女は今優也の背中の後ろにいる。
なら目の前の彼女は一体何者なのだろうか。そんな素朴な疑問が思考を占めていく。
 彼女の姿形はフランドールと瓜二つ。双子がいたなんてことはまったく聞いていない。
フランドール自身も困惑しているので、目の前にいる彼女が普通の存在ではないということがよく分かる。
 何より纏っている雰囲気というものがまったく違っている。
どちらかというとペルソナに近いもの。似通っていると言えば、以前人里を襲った、あの黒い謎の生き物だ。

「フラン……じゃないな。何者だ、お前?」
『わたしはあの子、あの子はわたし。わたしは……フランよ?』

 明らかにフランドールとは違っているが、彼女は自らをフランドールだと名乗る。
 背中の後ろに隠れていたフランドールが怯えながらも口を開く。

「あなたは誰? わたしはあなたってどういうこと?」
『わたしはあなたが隠している本性そのもの……本当の“フランドール・スカーレット”』
「わたしが隠している、本性? どういうこと?」
『同じ吸血鬼なのに自由に動き回れるお姉様が妬ましい、わたしの知らない外の世界を知っている咲夜が妬ましい、わたしの知らない知識をたくさん有しているパチュリーが妬ましい……こんな危険な力を持たないみんなが妬ましい! こんな力があるからわたしは外を自由に動けない! 外の世界を知ることができない! 知識を得ることもできない!』
「そんなことない! 確かに外に出たいし、外のことを知りたい、もっといろいろなことを知りたい……でもみんなのことをそんな風には思ってはいない!」

 憎悪にも似た感情をあらわにして叫ぶフランドールと似た存在。
 その言葉に対して必死になって否定するフランドール。だがどこか言葉に力がない。
 それを見て相手はにやりと笑みを浮かべる。
 何がおかしいのか、いつでも戦闘ができるように構える。

『いつまで偽りの仮面を被っているの? あなたが思っていることはすべてわたしには筒抜けなの。でもいくら否定してくれても構わない。それだけでわたしは強くなれる! そしてあなたを殺すわ。その後にはこの世界そのものも破壊してやる! こんな理不尽に満ちた世界、わたしが否定してやる!』
「下がれ、フラン!」

 狂気に囚われたように、すべてを憎んでいるような言葉を放つ。
 その手には弾幕が生成されており、こちらに向けて問答無用に放ってきた。慌ててフランドールを押し、戦いの範囲外へと離脱させる。
 地面に押し飛ばされたフランドールは突然のことに、遠くへと押し出される。地面に転がり、小さな悲鳴をあげるのが聞こえた。
 それを掻き消すように彼女が――。

『我は影、真なる我……すべてを破壊してあげる!』

 と言い、狂気に染まった笑みを優也に向けて見せてきた。


 満月が昇る空にゆっくりと上がっていく。
 月をバックに小さな腕を広げる。狂気の笑みを浮かべ、楽しそうに笑い声を上げる。
 彼女の言葉、それは始めて優也がペルソナを召喚した時にそれらが口にした言葉と似ていた。
 我は汝、汝は我――ペルソナという存在が優也という人間の心から生まれたものだとしたら、宙に浮いている彼女はフランドールの心から生まれたもの、つまりはペルソナだ。
 だが優也のペルソナとは違い、彼女はとても正常な状態でいるようには見えない。むしろ暴走していると見てもいい。
 そう考えていると上の方から笑い声が聞こえて来る。

『お姉様も、魔理沙も遊んでくれたけどすぐにわたしの前からいなくなった……優也もそうなんだよね。ならいらない、わたしを助けてくれないのなら、いらない! 壊してあげる、今までみたいに!』

 死んじゃえ! 禁弾「スターボウブレイク」――。
 まずい――!
 黒い弾丸が優也のことを射抜かんとして高速で飛来する。
それを慌てて装備していたペルソナである“フラロウス”の“スクカジャオート”によって強化されていた機動力で何とか回避することに成功する。
 虚空を切り裂くようにして飛んでいった弾丸が地面に着弾し、大きく爆発を発生させる。
土が跳ね上げられ、雨のように中庭に降り注ぐ。
地面を転がるようにして回避していた優也に対して、空中から特攻をかけるようにして襲い掛かってきた。
 慌てて立ち上がり、その場から離れる。
吸血鬼の超人的な力によって打ち込まれた拳が地面にめり込む。パラパラと土の雨が彼女の身体に降り注ぐ。
汚いというようにその土を振り落とす。
 美鈴の拳や蹴りも強烈だったが、彼女の純粋な吸血鬼の力はそれと同等なものだと思う。何度も受けていれば骨がいかれてしまいそうだ。
 まともに受けるのは愚策だとしてペルソナを召喚する。
 魔術師のアルカナを持つペルソナ――“ジャックランタン”の“マラハクカジャ”によって防御力を強化する。
 鋭い爪を持つ手を振り下ろしてくる。
牽制するために再び“ジャックランタン”を召喚して“マハラギオン”を放つ。強烈な炎が迫ってきていた敵を包み込む。
だが突然その炎が横一閃に切り裂かれた。
 炎の中から口元を限界にまで吊り上げ、笑みを浮かべた彼女が現れた。
多少のダメージがあってもおかしくはないと思ったのだが、まったくその気配がない。
 回避しようと動き始めた優也であるが素早い動きを上回る速さで彼女の腕が優也の腕を掴み、そのまま後方に投げ捨てる。
腕が千切れそうな勢いで地面に叩きつけられる。
地面をボールのようにバウンドしてようやく制止する。
 全身を打ち付けてしまい、プレスにかけられたような全身を襲う痛みに表情が歪む。
 再び宙に舞い上がっていた彼女がこちらに向けてニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている。フランドール本人であれば絶対にすることはない笑みだ。彼女はフランドールの胸の底にひた隠しにしていた嫉妬と抑え込まれていた狂気が融合した存在だ。
 相手への憎悪にも似た負の感情は相当に高い。
さらにフランドール自身に拒絶されたということもあってかその脅威に拍車がかけられていた。

『アハハハ、まだ死なないでね? 優也って弾幕ごっこはやったことないよね? こういう遊びもあるってこと、教えてあげる!』
「俺の知っている弾幕ごっことはかけ離れているな……」
『時を刻む時計よ、彼の者に永遠の時間を与えよ。そう……死という永遠の時間を! 禁弾「過去を刻む時計」!』

 無数の時計の針のようなものが現れ、それらが回転してまるでギロチンのように首をはねんとしてこちらに向かってくる。
 無数の攻撃に対してそれらをすべて回避しきるというのは不可能だ。
 慌てて斬撃に耐性のある“アルトリア”を召喚して、防御態勢に入る。
そしてそれが完了すると同時に無数の刃となった弾幕が“アルトリア”の身体を切り刻んでいく。思わず反射的に腕で顔を覆うようにして防御体勢をとっている優也であるが、攻撃を受ける“アルトリア”が懸命にその手に握られている剣で無数の刃の嵐の中で捌いているも、すべてを切り落とすことはできず、青いドレスのような服を引き裂かれ、その下にある白い陶磁のような肌に傷をつけていく。
優也自身まるで体全身がばらばらになったのではないかという錯覚を覚える。
 ゾッとするようなその考えに背筋に走る悪寒が合わさって不快感が深まる。
 優也を庇うようにして立っていた“アルトリア”が負った傷と同じ箇所から血が噴出す。
ようやく時間が経ったのかその弾幕は煙が霧散するかのように消えていく。
 集中力が切れてしまったために“アルトリア”の姿は消えていた。
すぐさま傷を癒すために再び召還し、中位単体回復魔法である“ディアラマ”を使って傷を癒していく。
 防御を強化していたためにダメージは普通に受けていた場合よりも少なかった。
しかしその分だけ血を流しすぎた。
さらにレミリアとの交戦の時に血を流しすぎたためか、身体がいつもよりも重く、さらに思い頭痛が襲っていた。
 視界も時折歪むなどと状態が思わしくない。
 だが棒立ちになっていれば彼女に一瞬にして殺されてしまう。
フランドールだけじゃない、ずっと妹への愛情と憎悪に板ばさみにされているレミリアを救うためにここで負けるわけにはいかなかった。
 ここまで誰かのために動くような性格だったか? 俺って……。
 これが優也の押し付けのようなものかもしれないというのは分かっている。
今までだったら無視することだってできたかもしれない。
自分から危険に飛び込んでいくなどと決して効率のよい生き方ではないからだ。
 苦しむよりだったら、それが少ない方を選ぶ。それが当たり前だったというのにどうしてであろうか。
 相手の鋭い爪と“アルトリア”の刃が交錯し合い、火花が散る。
爪が欠けてもすぐに吸血鬼の治癒能力によって復元してしまうなどと終わりが見えない。

「“アルトリア”、“タルカジャ”だ!」

 一旦後退して距離をとり、赤い光が“アルトリア”の身体を包み込んだ。
それにも何振り構わず相手は鋭い爪を見せながら突っ込んでくる。迎え撃つようにして剣を構えた“アルトリア”が横一閃に剣を振り抜く。
 “剛殺斬”――!
 重い一閃が相手の身体に刻み込まれる。
咄嗟に防御をとるようにして爪を立てようとしたがそれを切り裂き、同時に赤い服も切り裂く。そのまま下の肌を薄く抉っていた。服の色と同じ赤い雫――血が舞い上がる。
 吸血鬼からすればまったく無視していい傷であったが、今まで拮抗していた状態から一気に優勢に持っていかれたのに対して、唖然とした表情を浮かべている。
 動きが鈍くなったのを見逃さない。
すぐさま“アルトリア”に指示を飛ばす。
 空中で遅すぎるくらいにゆっくりと体勢を立て直そうとしていた相手に対して“アルトリア”が掌を翳すように向ける。
 “ガルーラ”――!
 強烈な疾風が敵を飲み込んでいく。バランスを崩し、地面に叩きつけられた。
 キャアっと、小さなかわいらしい悲鳴が聞こえる。
 だが相手は敵だ、ここで気を抜くわけにはいかないと追撃に備えて物理強化魔法である”チャージ“を指示する。
 光が身体を包み込み、身体の底から力が溢れてくるのを感じる。
 視線の先で倒れていた敵がゆっくりと起き上がる。
服についている汚れを無視して楽しそうな笑みをこちらに向けてきた。

『あははは! 凄い凄い! ここまで楽しいのは霊夢や魔理沙と遊んだ時以来だよ!』

 笑い声を上げながらこちらに向かって地面を抉るようにして蹴り、接近してきた。一瞬にして間合いを詰めてくる。
 速い――!
 瞬間移動をしたかのように動く相手を見てすぐさまペルソナの召喚に入る――がそれよりも先に間合いを零にしてきた彼女が突き出してきた鋭い爪が優也の腹部を貫いていた。
焦りから”アルトリア“を送還していたのが間違いだった。
背中から飛び出している鋭い爪、そしてそこから滴る血。
 そのまま彼女はぞんざいに優也のことを投げる。
 地面を転がるようにして倒れる。
 今日で何度腹部を貫かれただろうか。
死因が突殺でもおかしくはない。
腹部に添えた掌には赤々とした血が付着している。

『楽しかったよ。でもね、もう終わりなんだ……』

 彼女は本当に名残惜しそうに言う。
 だがその表情には一切そのような感情は浮かんでおらず、今からトドメを刺さんとしていることに愉悦を感じているようにしか見えない。
 その手には剣先がハート型という不思議な一本の剣をその手に握り締めていた。
ユラユラとその剣の刀身は紅蓮の炎を纏っており、普通の剣ではないというのが見て分かる。
あれはただ切り裂いたり、貫いたりするものではなく。それによってできた傷をさらに焼くことで二重に痛みを与えるものだった。
 禁忌「レーヴァテイン」――。
 神話においても有名なその炎の魔剣。剣とは明言されていないが、彼女の手にあるのは紛れもなく相手を焼き殺すための剣であった。
 その剣の切っ先が今まさに優也に向けられている。
目と鼻の先にあるということもあり首を斬り飛ばすことも、脳や心臓を貫くことだって簡単に出来てしまうだろう。
つまり絶体絶命、最悪ゲームオーバーの状態だ。
 ごくりと生唾を飲み込む。
 刀身にある紅蓮の炎の熱で額から汗が頬を伝い、地面を濡らす。
 それを振るえば優也の身体を一瞬にして火達磨に変えてしまうくらいの炎の弾幕が発生するだろう。
 ――どうする……。
 ここへ来てまでも優也の表情にはあまり感情というものはない。そのために視線の先にいる彼女もまた優也が何を考えているのかを読めないでいた。
 内心では諦めという感情を抱き始めていた。
だがその分だけ頭から焦りというものはなくなっていく。
冷静に物事を受け入れられる状態へとなっていく。
 ――チャンスは、一度だけだ……!
 次第におさまっていく動悸。
まるで心臓がこのまま永遠に止まってしまうのではないかというくらいに弱弱しいものへと変わっていく。
 血を流しすぎた。
 しかし今更そのようなことを後悔しても仕方ないし、どうしようもない。
とにかくこの危機的状況を抜け出し、そして一撃を彼女へと叩き込むことが先決だった。
 吸血鬼の弱点はいくつか挙げられる。
その中から今最も効率的なものを冷静に選択する。
それを実行するにはある程度彼女に隙がなければいけない。
そのために優也は鉄の味で一杯になっている口を開き――。

「なあ……お前は俺を友だちだと思ってくれているのか?」

 と言う。
 それに対して彼女は――。

『友だちだったと思っているよ? もうすぐ過去形になるけどね』

 と少しだけ悲しそうな表情を浮かべて答える。
 彼女もまたフランドールなのだ。だから友だちだと思ってくれているのは素直に嬉しかった。
だがそれが過去形になるということは彼女に殺されるといこと。
 悪いけど、俺はまだ死ねないんだ――!
 幻想郷という不思議な世界。
 そこでペルソナという不思議な力に目覚め、奇妙な存在との戦いに巻き込まれた。
 元の世界に戻ることも叶わず、この世界に収容されてしまっている。
 この世界の異変解決の専門家に任せていればもっと楽だろう。
だが今までのようにただ流されただけの生き方をするのに飽き飽きしていた。
だからこそ八雲紫という妖怪はこの世界に誘った。

「自分が危険だからってことで……自由を諦めるのか? 他人を妬んで、他人のせいにしてばかりで、それでいいのか?」

 次第に弱弱しくなっていく言葉にできるだけ力を込めて言う。
 それを聞いた彼女の表情に悲しみから怒りへと変わるのが見てとれた。

『この能力がなければいいってどれだけ思ったことか! 壊すことしかできないわたしの手……優也がいろいろ教えてくれたおかげで何かを作り出すこともできるんだって分かった。嬉しかった……でもやっぱり変わらない。わたしは危険な存在。だから外に満足に出られない、誰にも会いにいけない! どうしてわたしばかりなの!? どうしてこうも理不尽なの!?』

 世界そのものに対して嫉妬をぶつけるかのように叫ぶ。
 涙を流し、純粋な思いをぶつけてくる。
 これがフランドールの思い。自らの力に怯えてしまっている弱い存在。
 幻想郷において最凶の能力と言われているが、使う本人はなんてことはない臆病な少女だったのだ。
 だがそんな臆病な少女には過ぎたる力。扱うにも、制御するにも彼女の精神はまったく成長していなかった。
 そのために向かい合うこともできず、ただ怯えるだけ。そのために狂気という名のその能力によって逆に操られる形になっていた。

「……逃げているだけじゃ自由なんて手に入れられるわけがない。能力だって扱うことはおろか、制御することだってできやしない」
『うるさい、うるさい! 危険だと忌み嫌われ手来たわたしの気持ちなんて分からないくせに!』
「……俺は他人の気持ちを完全にすくい取ってやれるほどできた人間じゃない。相手の気持ちなんて言葉にしないと伝わるわけ、ないだろ」
『変わらなかったら!? 裏切られたら!?』
「……最初から諦めるのか? 見ろよ……お前が作ってくれた星のように。夜空という暗闇にある一点の光さえあれば救われる思いになるだろ……?」

 そう言いながら懐から取り出した折り紙で作った星を手に持って見せる。
手に付着していた血で少し汚れてしまったが、金色の折り紙の星は月明かりを反射してキラキラと輝いていた。
 それはまるでただ唯一の希望の光のようにも見える。
 興奮するように叫んでいた彼女であるが次第に落ち着いてきた――だが彼女だけならだ。
 彼女はフランドールの本性と狂気、つまりフランドールの能力そのものが融合した存在だ。本性の方が落ち着いても、狂気の方はそれを良しとしない。それが彼女の様子にも表れていた。

『ち、違う! みんな、みんな私のことを置いていく! 優也もそう、どうせ私なんていらない子なんだ!』
「……それは――」
「違うわ、それは違うわよ!」

 突然の叫び声。
 二人が視線を向けた先には先ほど優也が押し飛ばしていたフランドールを抱きかかえるようにしているレミリアと、その後ろに付き添うようにして咲夜たち紅魔館の者が集まっていた。
 一体いつの間に集まっていたのか。
 しかしあれだけ大きな音が響いたのだからやってくるのは当然だろう。
 困惑しているフランドールを抱きしめているレミリアの姿を見て、優也に刃を向けている敵は信じられないというような表情を見せている。

『なんで、なんでお姉様が? ありえない、わたしを捨てたはずなのに、わたしを恐れているはずなのに、わたしを嫌っている――』

 そうレミリアが言う言葉を必死に否定する。
 だがレミリアは――。

「だから違うって言っているでしょう! 確かに私はフランが怖かった。自分も殺されるんじゃないかって、能力を恐れていた。憎くも思った。大好きだったお父様とお母様を、救おうとしていた二人を殺したから……。一時は殺そうとも思った。だけどそれを亡くなった二人が望むはずもない、何よりたった一人の妹だから!」

 さらに彼女が言う言葉を否定するように叫ぶ。さらに呆然としているフランドールを強く抱きしめる。
 レミリアは素直に自分の気持ちを吐露する。
怖かった、悲しかった、憎かった……それ以上にフランドールのことが大好きで、大切だった。
 それでも彼女のことを救ってあげられない。彼女を自由にしてあげられない。そんな苦悩が言葉に表れていた。

「自分にはフランを助けてあげられない、そう思って諦めていた。だから逃げの手段をとってしまった……でもそれが逆にフランのことを傷つけていたなんてことを知らなかった」

 謝るように、誰よりも自分の腕の中に抱かれている妹のフランドールに、そして彼女と同じ形をし、彼女の本性たる存在に対して。

「下等な人間から言われたのよ、『お前は逃げている』って。癪に障るけど、確かにそうね……だからもう逃げないわ。フランとも、あなたとも向き合ってみせる!」

 もうそこには逃げていた頃の彼女の顔はなかった。
姉として向き合ってみせるという決意の表情が見て取れる。
 他の者たちも決して彼女から視線を外さない。自分たちはフランドールの味方なのだと無言でそれを伝えている。
 だが――。

『はっ? ふざけているの、お姉様?』
「「っ!?」」

 と、空気が一変する。
 突然に態度を変える彼女。
 視線を向けるとレミリアの言葉をまるで下らないというようにして見ている彼女がいた。 レミリアの言葉を聞き、呆然としている彼女がいる。俯き怒りに震えている彼女がいる。 そして――。

『今更そんなことを言うの? は、下らない……下らなさ過ぎる』

 そこに一枚のスペルカードを握り締めた彼女がいた。
 目を見開き、優也が言う。

「フランが四人も!? なら、さっきまで戦っていたのは――」
『そう、もうひとりのわたし……』

 禁忌「フォーオブアカインド」――妖力によって生み出されるフランドールの分身だ。実力はすべて彼女と同等なもの。供給が途切れない限りは現在し続けるという、まさに禁忌のスペルカードだった。
 フランドールの負の心を具現化させた形で存在する四人。
その内一人は何か心打たれたようにまったく敵意を失せさせていた。
 だが彼女が本物ではない。
鬱陶しいというように、スペルカードを持っていた本物がその動きを止めていた分身を、掌を握り潰し、霧散させた。
 “ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”――。
 その能力によって邪魔になった分身を破壊した。ゆっくりとこちらに視線を向けてくる本物の彼女と分身の二人。

『今更そんな言葉で何が変わるというの? 遅いの……』
「くっ!」
『すべてが遅いのよ!』

 俯き怒りに震えていた一人がその手に燃える炎剣(レーヴァテイン)を握り締め、それを振り下ろした。
それと同時にその燃える刀身からは無数の紅蓮に瞬く弾幕が生成され、放たれる。
それに対して優也は“ジャックランタン”を召喚し、火炎系の魔法を吸収するという特性を活かし、その攻撃を凌ぐ。
だがあまりに数が多すぎ、吸収し切れない。
後方に立っているレミリアたちにも攻撃が襲いかかる。
 フランドールを抱きしめるようにしてレミリアは守る。そんな二人を守るようにして立つ咲夜と美鈴が盾となる。
 弾幕を吸収することに集中するあまり、優也はその横を何かが通ったのに気付くのが遅れた。残っていた本物のフランドールとその分身の一人だ。それに気付いた咲夜と美鈴はそれぞれのスペルカードを取り出す。

『二人で止められるのかな? 禁忌「カゴメカゴメ」!』

 彼女たちを取り囲むようにして放たれた弾幕。それに対して――。
 メイド秘技「殺人ドール」――!
 華符「芳華絢爛」――!
 二人はそれぞれのスペルを宣言し、迎撃に入る。
弾幕が弾幕とぶつかり、相殺し合う。
銀のナイフが凶器の雨となって降り注ぐ。
それらが分身の身体を切り裂いていくが吸血鬼としての能力のためにすぐに傷が塞がってしまう。数が多くても威力が低くてはどうしようもない。
 二人との間合いを詰めた分身の一人がその手に同じくレーヴァテインを持ち、二人を一気に薙ぎ払わんとした。
 それを見てまずいと直感する。
だが二人が動けば後ろにいるレミリアとフランドールに危険が及ぶ、それをされるわけにはいかないために動けない。ゆっくりと刃が迫る。その時だった――。

「もう、やめようよ……」

 その声と共にレーヴァテインを振り下ろそうとしていた分身がまるで存在していなかったかのように霧散した。
慌てて二人は後ろを見る。
こんなことができるのは自分たちの知っている限りでは一人しかいない。
後ろにいたレミリアもまた、自分の腕の中にいるフランドールを見つめる。
 彼女は先ほどまで分身が立っていたところに向けて手を伸ばし、掌を握っていた。まるで虚空にある何かを握り潰したかのようなポーズだ。
 ゆっくりとその手を下ろし、立ち上がる。
彼女のことを守るように抱きしめていたレミリアの腕の仲からすんなりと抜け出す。
レミリアも突然のことにそれどころではなかったのだ。
フランドールが立ち上がったために慌てて引き止めるように言う。
だがフランドールはチラリとレミリアの方に視線を向け、小さく笑みを浮かべながら横に首を振る。そして――。

「大丈夫――」

 どこまでも心配してくれる姉に対して安心させるように言う。

「――分かってるから」

 何を、とは尋ねられなかった。
 だがそれをフランドールは理解している、それだけは分かった。
ゆっくりともう一人の自分の前に立つフランドール。
もう一人のフランドールは後方に突如として現れた巨大な雪達磨を肩越しに見つめ、それの圧倒的な重量感によって押しつぶされ、消滅する分身を見た。
見た目は可愛らしい表情をひどく歪め、舌打ちを零す。
 冷気が辺りに漂う中、そこに二体のペルソナ――“ジャックフロスト”と“ジャックランタン”――を横に連れた優也が現れる。その様子から酷く精神的に疲弊していると分かる。
 先ほど優也が発動させたのは二体のペルソナを同時召喚するというものだった。
二重能力(ミックスレイド)”――二体のペルソナの力をミックス、融合させた戦術の一つだった。
 ペルソナを続けて連続的に呼び出せるだけの精神力は残っておらず、さらに魔法攻撃を行使するとなるとそれすらも一気に削られる。最も効率よく相手を倒すにはどうすれば良いだろうかと考えた。
 そうして思いついたのがペルソナ同士の協力だった。ヒトとヒトとの絆があるのなら、ペルソナ同士にもそれがあるのではないか、と考えた。
その結果発動したのがその二体による攻撃――“おおさまとおいら”だ。
 威力は上々、それの代わりに精神力の消耗はやや大きかった。まだ何とかいけるくらいであろうか。
 ようやく合流できた優也。
彼の視線の先には瓜二つの彼女と対面するフランドールの姿が見えた。
駆けつけようと足を踏み出そうと思ったが、その様子を見てすぐにやめた。

「あなたも……私だって言うのなら分かるでしょう?」
『っ!?』
「本当に分かっていなかったのはどっちなのかって……」

 フランドールの言葉に彼女は動揺を見せる。
それを見て続けて話しかける。
決して責めるようなものではなく、優しく語り掛けるように。
寂しがりやである彼女を安心させるように。

「あなたはわたし、ならもうやめよう? もう疑う必要なんて、ないんだから……。今のわたしたち(、、)に必要なのは、信じるってことだって」
『……分かっているでしょう? お姉様があなたのことを五百年近くも幽閉していたことを。それでもあなたは信じられるの?』
「できるよ」
「フラン……」

 フランドールは手を差し伸べるように言う。
 たじろぐように、そうしてフランドールの言葉を否定するように言ってくる。
だが彼女は平静を保っている様子は見られない。勝負に出たのか、彼女はフランドールを試すように尋ねてきた。それに対してフランドールは間一髪いれずに答える――「できる」と。
自信を持ってそう言い切った。
彼女につられるようにレミリアも目を見開く。
だがお互いの心境はまったく違っていた。

「暗くて、独りぼっちで寂しくて、もっと色んなことを見たり、知ったり、やったりしたかった。でもそれはもう過去……今はもう、わたしがあの時望んでいたものがここにある。家族も、友だちも。初めて見た外は凄かった……もっと色んなことを知りたいって思った。私の手は壊すことしかできないと思ってた……でもそうじゃないって、作り出すこともできるんだって友だちが――優也が教えてくれた」
『ぐっ……』
「辛い過去があったから、今がとっても幸せ。そんな幸せを、自分(、、)の手で壊したくはない。そんなこと……絶対にさせない! 望みもしない!」

 はっきりと自分の思いを告げるフランドール。
そう思っていた頃もあった、だからそういう自分がいるということを認める。
でも今はとても幸せ、だからそれを壊すことだけはさせない。
そうすることは今の自分だけでなく、目の前の自分すら否定することになるから。
そのことを理解できるからこそ彼女は――。
『やめ、やめろオオオ! くっ……で、でもそんなものわたしの能力を見ればすぐに――』

 突如として苦痛による悲鳴をあげる。
 何をされたわけでもなく、ただフランドールに、レミリアたちに受け入れられただけ。 そう彼女はフランドールが否定している感情という存在。だから否定するからこそ力を持つことができるが、逆に受け入れられるということは力を失うことに繋がっていた。

「……今だ! “ドミニオン”、“フラッシュノイズ”!」
『っ!? 目、目が、目がアアア!』

 優也の声と共に、淡い光が彼を包み込む。ゆっくりと現れたのは一対の純白の翼を持ち、その手に天秤を持った正義のアルカナに所属する大天使、“ドミニオン”だった。
 動揺を誘うバステ効果を持つ“フラッシュノイズ”を指示し、彼女に対して強烈な光を浴びせる。
 それによって一時的とはいえ視界を奪われ、さらに動揺する。
 数歩後方に後退する。
 強烈な痛みを腹部に感じるも何とか立ち上がり、集中力を高める。
 ……ここまで意識が持ったのが不思議なくらいだ――。
 初めて苦痛に表情が崩れる。全身を走る苦痛が集中させまいとしてここぞとばかりに蝕むように襲いかかる。
だがそれでも必死になって集中はとぎらせない。これを逃したら二度とチャンスが来ないと思った。
 物理強化魔法を掛けている今、一気に決めるのには十分な溜めがあった。
 決めてみせる、この一撃で――!

「来い、“アルトリア”! 少女を縛る狂気の鎖を切り裂き、解き放て! “五月雨斬り”!」

 その両手に握られるは“エクスカリバー”。光り輝くそれは鎖を断ち切る刃であり、暗黒に光を灯す道標でもあった。
 腰高に構え、“アルトリア”は地面を抉るようにして滑走する。
そしてこちらの進攻に気づいていない相手に対して強烈な斬撃を続けざまに三度叩き込む。
 その刃は服を裂き、肌を裂き、鎖を切り裂いた。
その黄金の光は彼女の希望の光となり、地面に倒れ伏した彼女はもはや起き上がることもできなかった。
 そして最後に――。

『我は影、影はいつでもあなたの傍にいる。それを忘れないで』
「うん……あなたはわたし、忘れないよ」

 いつでも傍にい続ける。
それは見守ると同時にいつでもその身体をのっとることができると言っているのと同じだ。
 しかしそれに対してフランドールは疲れた笑みを浮かべながら、彼女を受け入れると言う。
満足そうな表情を浮かべ、彼女はゆっくりと虚空に解けていくように消えていった。


―5月11日 紅魔館―
 

あの戦いから翌日、優也はちくりと腹部に痛みを覚えると共に、両腕が動かないという状態に陥っているのに気付く。
 腹部の痛みは昨日の夜の戦いでレミリアやフランドールに似た少女によって二度も穴を空けられ、それに対して治療を施していたが、まだ完全に完治していなかったためのものだ。
 しかし両腕が動かないというのはどうしたわけか、理由が分からない。
 両隣の布団に何故か奇妙なふくらみが見える。
自分以外に布団に入っているものはないのにと思いながらゆっくりと布団の中に顔を覗きこませる。
 そこには――。
 いつの間に入り込んだんだ……?
 呆れ顔の優也。
そこには姉妹仲良く安らかな眠りについている様子が窺えるレミリアとフランドールが優也の腕に抱きつくようにして眠っていたのだ。
 昨日の夜の戦いの後優也は、腹部に負った怪我の影響で眠るように気を失った。
よく見ると何らかの治療が施されており、完全に血は止まっていて、痛みもほとんどなかった。
おそらくパチュリーが何かしらの医療魔法をかけてくれたのだろうと思う。
このきちんとした処置は咲夜の手によるものだろう。
治療として必要な知識が足りない時は小悪魔が必死に走り回って図書館から資料を集めただろう。
優也の事をここに連れてきたのは門番の美鈴だろう。
 そして眠るまで優也のことを看病してくれていたのがこの両腕を抱きしめるようにして眠っている二人ということだと理解した。
 これは二人が起きるまでしばらくは動けない。
 だが優也自身も心身ともにまだ疲れが残っている。
この世界に来てまた大きな試練を一つ乗り越えることができたのだ、今日くらいはゆっくりしたい。
 それくらいは、許してもらえるよな……?
 そう頬を無意識の内に緩ませ、そのまま瞳を閉じた。
少ない安らぎの時間の流れに身を預けるのだった。




後書き
ED→「刻天の絆」
 はじめましての方は、はじめまして。
第1章の第1話から読んでくださっている方は、いつもありがとうございます。泉海斗です。
作者の泉海斗です。
 なんとか今回で第2章である「紅月の嫉妬」を完結させることができました。
 輪数は少ないですが、中身がかなり長々となってしまいました。
 頭の中ではシーンのイメージは出来上がっているのですがそれを文章化したり、その時の情景やキャラクターの心情などを書くとなるとまた表現の仕方が難しいのでかなり時間が要しました。
 それでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
 主人公の優也のレベル的には相当高くなっています。今回の戦闘前で大体レベル55程度。戦闘終了でまた一気に上昇しました。第三章からはレベル55の辺りのペルソナも登場させていきたいと思っています。最初からそれは強いのではないかと思うかもしれませんが、やはり東方キャラたちもここの実力が強いのでやはりそれに合わせたほうがいいかと思いました。
 ペルソナシリーズではややレベルの低かったペルソナを使っての戦闘は第1章で多く取り上げましたので第2章では少しだけレベルの高いペルソナを選別しました。それでも手に入れているコミュニティがまだ少ないので第3章以降は結ぶ絆を増やしていきたいと思います。
 今回真の絆を結んだのは星のアルカナをフランドールです。運命と世界のアルカナについてはもう少し後で結ぶ予定です。
 近々黒幕的な? 存在も登場させていきたいと思っています。
 少しずつですが閲覧してくださる読者様の数が増えてきているなど感謝感激雨霰でございます。
 今後とも読んでくださる皆様に楽しんでもらうということをモットーに私自身も楽しみながら執筆して行きたいと思います。
 次章「妖桜の暴食」も読んでいただけると嬉しく思います。
最後にこのお話に目を通してくださったみなさまに最大限の感謝を。
 それでは!!

ペルソナ紹介
名前→アストライア
アルカナ→星
打撃→耐
斬撃→耐
貫通→耐
炎撃
水撃→弱
氷撃→弱
電撃→耐
風撃→耐
地撃
万能
神聖→無
暗黒→無
スキル
@斬撃吸収
Aメシアライザー
B明けの明星
Cコンセントレイト
Dマハジオダイン
Eゴッドハンド
Fマハガルダイン
Gプララヤ

我は汝……汝は我……
汝、遂に真実の絆を得たり。
真実の絆……それは即ち、真実の目なり。
今こそ、何時には見ゆるべし。
「星」の究極の力、「アストライア」の
汝の内に目覚めんことを……

コミュ構築

愚者→幻想郷の民
道化師→???
魔術師→霧雨魔理沙
女教皇→アリス・マーガトロイド
女帝→???
皇帝→???
法王→上白河慧音
恋愛→???
戦車→???
正義→博麗霊夢
隠者→???
運命→レミリア・スカーレット
剛毅→???
刑死者→???
死神→???
節制→???
悪魔→射命丸文
塔→???
星→フランドール・スカーレット MAX
月→???
太陽→???
審判→???
世界→十六夜咲夜
永劫→???



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