―6月15日 霧の湖―

 博麗神社における宴会から数日が経っていた。
 翌日は慣れない飲酒をしたために身体がだるいなどという二日酔いのような状態に陥ったために、その火は一日中布団の中に転がっているしかできなかった。
 翌日以降は普段どおりの生活に戻れるようになっていた。
 腹部に受けていた傷もほとんど完治し、痛みもなくなっていた。
 この数日の間、まったく“シャドウ”関連の異変や事件的なものは起きていない。このことについて知っているのは優也を含め、あの時同席した者たちだけだ。はっきりした詳細が掴めていない以上、他の拠点に通達することはできないでいた。
 そもそも幻想郷とは横の繋がりというのが極端に薄い傾向にある。
個々の強さが高すぎて、独立している状態だった。
最も顕著なのが妖怪の山である。そこには昔から鴉天狗や、白狼天狗といった天狗たちが住んでおり、彼らは排他的な考えが強いために、妖怪であっても人間であっても山には入らせないというのが強かった。
そういうこともあってか妖怪の山の頂上に陣取っている守矢神社の信仰というのは、人里から直接来て貰うというのが難しいために、分社というものを人里に作らざるを得なかった。
 宴会の時に知り合った早苗とはここ数日の間に何度か会って、話をした。
 信仰云々は抜きにして、一人の人間として話をした。
 彼女には両親がいたそうだが、その両親は幼い頃に突然に亡くなってしまったという。孤児となってしまった彼女であるが、そんな彼女を育ててくれたのは二柱である神奈子と諏訪子だったという。時に姉として、時にははとして二人は早苗に接してくれたとのこと。
 二柱がいるから辛くはない、というわけではなかったそうだ。
 何せ小学校に入学してからの授業参観日に早苗だけ家族が来られなかったからだ。それを知っている教師や他の親であれば、同情するだけであるが、子どもたちの場合は思ったことをそのままに言ってしまう。特に低学年の時はそのことについて言われるのがとても辛かったのだと。彼女たちが来ていなかったわけではない。ちゃんと早苗には分かっていた。二柱が教室にやってきていて、早苗の授業の様子を見てくれていたというのを。だからそんな悲しみや悔しさを我慢し、頑張った。
 辛いことはそれだけではなかった。中学、高校にあがることになるともう達観してしまったが、小学校の時は自分に神様が見えると周りに言っていた。だがそんな言葉を誰ひとりとして信じようとはしなかった。彼女が二柱を見ることができるのは巫女だからであり、彼女の持つ“奇跡を起こす程度の能力”があったからだった。彼女の母親には神奈子や諏訪子の姿は見えていなかった。彼女たちは過去、もう何百年も昔であれば信仰力もあったので、守矢の巫女にも、全盛期には里の人間たちにも見えていたという。だが今の時代神を信じるという人間は少なく、都合の良い時だけに神にすがるという、使い捨てのようなものに成り下がってしまっていた。
 その力を見せて分からせてやると思った時もあったという。それが超能力だと子どもたちが認識すればまだよいかもしれないが、その力を不気味がったらそれこそ早苗にはつらい未来が待っている。だからこそ二柱はそれをするのをやめさせた。早苗だけが分かってくれていれば良い、と言葉を添えて。
 そんな彼女が弐柱について外の世界、本来彼女がいるべき世界を捨ててまでこの幻想郷に来たのは現人神であること以外に、彼女たちに対して恩返しをするためなのだろうと思った。
 そんな風についこの間のことを思い出していると――

「コラァーっ! むしするなぁーっ!」
「っ!?」

 との声と共に、突然に冷たい水が顔にかかった。
 思わず驚いてしまう。顔にかかった水を噴きながらそれをした前にいる犯人を見る。そこには水色の髪の毛に大きな青色のリボン、リボンと同じ青い服とスカートを着ている少女――氷精のチルノがいた。
 腰に手を当てて偉そうにしているが、それが何故か彼女らしいと思えてしまう。
氷精であるが太陽のような明るい笑顔がトレードマークの彼女。
周りには彼女と親友である大妖精や、同じく寺子屋に通っている夜雀妖怪のミスティア・ローレライ、蛍妖怪のリグル・ナイトバグ、宵闇の妖怪のルーミアがいた。
 今日は寺子屋の授業の一環として遠足に来ていた。
 アルバイトであるが今回の遠足の担当を慧音に任されていたので監督役としてついてきていた。
湖の上を跳ねるように飛んでいる様子が見られる。
 鬼ごっこをしているようだったので少しだけ考え事をしながら見ていようとしていたのだが、そちらの方に没頭していたためにチルノが声をかけていたのにまったく気付いていなかった。
 どうやら遊びに誘いに来てくれたようだ。

「あのぉ、優也先生大丈夫ですか?」

 大妖精が気遣うように話しかけてくる。
 日頃から周りに気を配っているために彼女にはちょっとしたことでも分かってしまうのかもしれない。心配そうに見てくる彼女に対して大丈夫だ、と伝える。
 ホッとしたのか、良かった、と言って胸を撫で下ろす。素直な子だ。
 先生ー、と言いながらこちらに向かってくる生徒たちの姿もある。

「ボゥーっとしていたようですけど、大丈夫ですか?」
「顔色は悪くなさそうだけど……」
「ちゃんとご飯食べているのかー?」

 生徒に心配されるようでは、先生は務まらないな――そう思う。彼女たちに余計な心配を与えるわけにもいかないために表情豊かではないが、できるだけの笑みを浮かべて、大丈夫だ、と言う。

「ねぇ! ユウヤも遊ぼ!」

 横にいたチルノが腕を掴み、引っ張る。
 氷精だということでその手は氷のように冷たかった。
だがあまり気にするほどでもない。
 急かされるように優也は立ち上がる。空を飛べない優也に湖の上を舞台にした鬼ごっこは無理だ。その辺りは彼女も理解しているようで、スッとポケットから一枚のカードを取り出した。それはよく見ると、

「……スペルカード?」
「そうだよ! アタイと弾幕ごっこしよう!」

 この幻想郷における荒事を解決するためにある手段のひとつ――弾幕ごっこ。
スペルカードルールという制約に従い戦うものだ。
もともとこれは今代の巫女である博麗霊夢の代になって生み出されたものだという。人間が妖怪や神という超人的な力を持つものに対抗するために生み出されたものだと聞いている。
 枷をはめることで妖怪や神に人間と同じ土俵にまで下りてきてもらい、平等な条件で戦うというものだ。
だが弾幕ごっこというのは所詮遊びでしかなく、ほとんど女性がするものだ。男性がそれをする様子など見たこともないし、聞いたこともない。
 それに優也もスペルカードを持っていない。
チルノには申し訳ないが弾幕ごっこはできない。

「えぇーっ! やだい、アタイと勝負しろー!」
「ち、チルノちゃん!? あんまり無理を押し付けちゃ駄目だよ」
「チルノは先生とも遊びたいんだよね」
「でも先生は普通の人間だから空も飛べないし、弾幕も出せない……」
「なら、どうするのだー?」

 頑としてそれを受け入れないチルノを落ち着かせようとしている大妖精。
 ミスティアたちの言葉から、一緒に遊びたいと思われているのは嬉しい。それができないことも、申し訳ないし、少しだけ悔しかった。

「そういえば、新聞でこの前先生のこと書かれていたよね?」

 ふとリグルが話を変えるためなのか言ってきた。
 この前の新聞と言えば紅魔館での出来事についての話だろうか。
 リグルとミスティアは迷いの竹林を中心に生活していると聞いている。天狗たちがどのようにして配布しているのか分からないが、道端にあった新聞を拾ったのだろうか。

「紅魔館での出来事……先生よく無事でしたね」

 ハラハラとした様子を見せるミスティア。
 確かに二度も腹部を刺されてよく生きてと思う。普通なら死んでもおかしくはない傷であったし、出血量も危険域だったはずだ。
今生きていることは“ペルソナ”のお蔭なのだろう。
ふと“ペルソナ”で思いついた。確か氷精ではなくとも、チルノに近い「ペルソナ」がいたはずだと。

「何か思いついたのかー?」

 両手を広げ、覗き込んでくるルーミア。彼女の問いに対して、頷く。
 一体何をしようというのかと、五人は優也に視線を向ける。
 優也はゆっくりと瞳を閉じる。この場の雰囲気がほのぼのとしたものからどこか神聖な儀式が行われるような静かなものへと変わる。彼女たちも雰囲気が変わったと程度は違えど感じ取っているようだ。
 普遍的無意識下に存在する心の海にまた一滴の雫が落ち、波紋を浮かべる。そこから生み出される数多なる「ペルソナ」と呼ばれるもう一つの自分――そしてイメージする、その姿を。
 優也の足元から青白い光が迸る。そして。

「……“ジャックフロスト”!」

 パキィンっというガラスが割れるような乾いた音が頭の中に響いた。
 その瞬間に光の中から現れた一体の“ペルソナ”――“ジャックフロスト”。

「ゆ、雪だるまだぁ!」

 目の前に現れた彼女たちと同じくらいの背丈の“ジャックフロスト”に歓喜の声を上げるのはチルノだ。
 四人は突然現れた“ジャックフロスト”とそれを召喚した優也を、何があったのかというように交互に見ている。
イングランドの民間伝承に登場する寒さを具現化する霜の妖精もしくは民話上の怪物である“ジャックフロスト”。丸い大きな頭と胴体・短い手足を持った雪だるまのような体型で、ポッカリ空があいたような丸い目と八重歯に当たる部分が欠けた半月型の口を持っている。頭にかぶる青い帽子は頭頂部が角のように二股に分かれて先端がギザギザになってやや垂れ下がり、おでこの部分に黄色いスマイルマークをつけている。おそろいのカラーで色分けされた襟巻きを首に巻き、やはりおそろいのカラーのブーツを足に履いている姿をしている。
可愛らしく「ヒーホー」と声を上げる。

「……弾幕ごっこはできないけど、それに近い遊びは出来ると思う」
「ホントっ!? よぉーし……それなら!」

 本質は違うが、妖精という存在には変わりない。何かお互いに感じるものがあったのか、チルノは“ジャックフロスト”に抱きついている。抱きつかれている“ジャックフロスト”は嫌がっている様子はなく、むしろ親近感を感じているようだ。
 四人もチルノの様子を見て、すっかり毒気を抜かれたように警戒感というものを消していた。恐る恐るであるが“ジャックフロスト”に近づいて行き、身体をツンツンと触ったりする。くすぐったいのか「ヒホホホー」と、まるで笑っているような声を上げる。
 抱きついていたチルノが一旦はなれ、もう一度スペルカードを構える。優也の前に“ジャックフロスト“が立つように移動する。四人は被害に巻き込まれないように少しはなれたところに移動する。
 チルノは指に挟まれたカードを空に突き出すようにして向け、高らかに宣言した。

「アタイが最強だってことを教えてあげる! 氷符「アイシクルフォール」!」

 チルノが宣言したスペル。彼女の周りに透通った氷の槍がいくつも出現する。弾幕と呼ばれるそれらが、優也を穿たんとして次々と放たれた。
弾幕ごっこについてはこの世界のルールを教えられる時に聞いていた。弾幕の威力や数を競うのではなく、あくまでも美しさを競うものだという。後はシューティングゲームのように相手に特定のスペルによる弾幕をぶつけたり、そらを全て回避したりすれば勝利だという。
 どのように回避しようかとその攻撃を見極めるようにする。すると“ジャックフロスト”が、良く見ろと言うように指をある一点を指し示した。そこを見ると彼女の攻撃の中央だけ大きなスペースができていたのだ。
 優也は踏み出そうとしていた足を踏みとどまらせる。
いくつもの氷槍が迫っているにも関わらずに動こうとしない優也に四人は慌てる。いくら非殺傷という制約があるからと言っていた見がないわけではないのだ。その気になれば死なない程度に痛めつけることだって可能なのだ。過去に紅白巫女や白黒魔法使いに理不尽にも圧倒された経験をもつ四人であるため、早く逃げて、と叫ぶ。
 しかし動こうとしない優也。
 そしてその氷槍が優也の周りに着弾した。

「アタイったらサイキョーね!」

 気分爽快だというように空中にたたずみながら声を上げる。
 地面を抉ったために舞い上がった土煙で優也がどうなったのか分からない。だが次第にその煙が晴れてくる。
 逃げることもせず、反撃する様子も見せなかった優也。見ているしかできなかった四人ははらはらとした面持ちでその煙が晴れた先を見る。
 どうなっているか、チルノは食い入るようにその場を見て、

「あ、あれっ!?」

 周りの地面に氷槍が刺さっているにもかかわらず、その身体には傷ひとつない状態でこちらを見上げている優也がいたのに驚きを隠せない。

「今度はこちらの番だな……“ジャックフロスト”、“ブフーラ”!」

 くるりと一回転すると強烈な寒波がチルノに向かって放たれる。
 慌ててチルノはさらに上昇することで正面に放たれたその攻撃を回避する。

「あ、あれ!? 確かに当たったはずなのに」

 無傷でいる優也に驚く。
 その隙を突いて地上から飛び上がる“ジャックフロスト”。
チルノは慌ててその接近に反応し、また新しいスペルカードを取り出して宣言する。

「なんだか知らないけど……アンタは瞬殺よー! 雪符「ダイアモンドブリザード」! 凍っちゃえー!」

 先ほど“ジャックフロスト”が放った“ブフーラ”と同じような強烈な寒波がこちらに向かってきた。
だが飛び出していた「ジャックフロスト」の特性には氷結属性の魔法を無効化するというものがあるために彼女の攻撃はまったく通用しない。ケロリとした表情のまま“ジャックフロスト”が迫る。
 攻撃が通用しないことに唖然とするチルノ。
 そんな彼女に対して、優也はギリギリまで威力を弱体化させた攻撃を指示する。“ペルソナ”が使う攻撃や、魔法はスペルカードの威力とは桁違いであり下手をすれば殺してしまいかねないのだ。

「“ジャックフロスト”、“ジャックランタン”! 二重能力(デュアルアビリティ)発動――“おおさまとおいら”!」

 “ジャックフロスト”の隣に“ジャックランタン”が現れる。
二体の“ペルソナ”がチルノの周りをクルリクルリと回る。チルノは双方を警戒するようにして見ている。その瞬間空のある一点がキラリと瞬く。

「へっ……?」

 何やらヒュルヒュルという音にチルノは空を仰ぐようにしてみる。何か黒い点が数点空にまるで墨汁を白紙に落としたようにあった。それが徐々に広がるようにして大きさが小さかったものから大きなものへと変わる。
 それに従って徐々にチルノの口と瞳も大きくなる。
 一体何なのか。彼女同様に仰ぎ見ていた四人も困惑した表情のまま見守る。それがただの点ではなく、何か大きなものだというのがはっきりしてきた。そしてそれが数個の巨大な雪だるまだというのが見て取れる。

「「えええぇぇぇっ!?」」

 当然のように驚きを隠せない五人。
 ミサイルが飛来するようなヒュルヒュルという音を立てながらチルノに向かっていくつもの雪だるまが落ちてくる。両手をバタバタと動かしてあわてている様子であるが、衝撃的過ぎて動くという選択肢を切らずにいた。そして視界を暗くするほどに太陽の光を遮らせてチルノの真正面にまで近づき、霧の湖の水が一瞬だけ浮き上がるほどの衝撃を発生させ、チルノを地面に押し潰した。
 ゴロリと“ジャックフロスト”の顔をした上の部分が?げるように落ちる。
 四人はチルノがプレスにかけられてしまったのに顔を真っ青にさせている。流石にやりすぎたと慌てて優也はゴロゴロと転がっている巨大な雪だまを消すためにもう一度「ジャックランタン」を召喚しようとする。だがとあるひとつの雪だまが動いたのだ。そしててっぺんが盛り上がったと思いきや、そこからひょっこりをチルノの顔が飛び出したのだ。

「ぷはっ! やっと出られた……」
「「チルノちゃん!?」」
「だ、大丈夫?」
「と、とにかく助けないと!」

 まるで長く水の中を泳いでいたような様子。大きく息を吐く彼女。だが良く見てみるとほとんど疲れている様子もなく、ダメージも思った以上に見られない。“おおさまとおいら”の威力はそれなりに高いはずなのだが。
 大きな雪だまの上に空を飛んでチルノの元へと向かう大妖精たち。優也は空を飛べないので、“ペルソナ”を召喚し。飛ぶことにする。召喚する時頭に響いた声――【汝、我は乗り物ではないのですぞ?】――ウッと一瞬と惑われたが、我慢してもらうように言い、召喚する。そこに現れたのは一体の青色の竜だ。
 “セイリュウ“――この前の博麗神社における宴会の時に顔合わせをした死神の女性、小野塚小町との”コミュニティ“である”節制“のカテゴリーに入っている「ペルソナ」である。中国の伝説上の神獣、四神(四霊・四象)、および四竜の一つである。東方青竜である。
そんな神聖な存在を乗り物代わりにしてしまうとはなんとも罰当たりである。そのことは重々理解している。
 それの背中に乗り込み、チルノの元へと向かっていく。突然現れた優也と乗せている「セイリュウ」を見て彼女たちは目が飛び出すのではないかというほどに驚く。突然目の前の巨大な存在が現れたら当然そのように反応してしまう。
 チルノは皆から手を引っ張られ、何とか雪だまから抜け出していた。下の方から穴が開いていたので、彼女が雪を掻き分けて外に顔を出したのが分かる。

「悪かった、チルノ。怪我はないか?」
「ん? アタイは氷精だからね、冷たいコーゲキなんてヘッチャラなのよ!」

 “セイリュウ”から降りた優也がチルノに近づいて尋ねる。“セイリュウ”は優也を雪だまの上に降ろしたと同時に光となって消えた。
 大丈夫かと聞かれたチルノはヘッチャラだとどこも怪我をしていないことを見せるようにくるりと一回転する。
 どうやら本当に怪我はしていないようだ。それが分かってホッとする。やりすぎてしまったことを謝る。
 チルノは最初きょとんとした様子だったがすぐにニカッと笑い、

「アタイってばサイキョーだから、これくらいは平気なのよ」

 と、まったく気にしている様子はなかった。
 勝手な解釈だが、許してくれているのだと思い、ようやく重い荷が降りたような気がする。まったく季節外れの雪だまが残ってしまったがどうしようかと考える。すると突然優也の顔面目掛けて小さく丸められた雪球が飛んできた。慌ててそれを回避する。だが後ろにいたリグルが、優也がそれのブラインドになってしまっていたために気付くのが遅れ、代わりに雪球を受けることになった。

「んぎゃっ!?」

 小さく悲鳴を上げた彼女はそのまま雪だまの上から落ちてしまった。すぐに雪球が当たった鼻の辺りを赤くした状態で飛んできたので怪我はしていないようだ。

「ちょっと先生いきなり避けないでよね!」
「悪い、ついな」

 赤くなった辺りを押さえながら優也に対して物申してきた。
 彼女に対して素直に謝ることにする。
 すると後ろからまた数個の雪球が優也の背中に当たる。くるりと顔をそちらに向けるとそこには両手に雪球を握っているチルノとルーミア、おそらく大妖精も今雪球を投げたからだろうか、こちらに対して頭を下げて謝ってきた。

「折角雪があるもんね、雪合戦しよう!」
「くらえなのだー」
「ご、ごめんなさーい!」

 それを始めたのは先陣を切っているチルノだ。彼女に続いてルーミア、そして大妖精がこちらに向かって雪球を投げてきた。

「うわあああ!? いきなり!?」
「ちょっとリグル、私を盾に――キャアっ!?」

 再びマシンガンのように投げつけてくる雪球に対して慌てるリグル。
近くに彼女が最初に撃墜されたのを見て心配そうにしていたミスティアを慌てて自分の前に引っ張ってきて盾にする。
突然のことに涙目になって悲鳴のように叫ぶミスティアであるが、がっちりとホールドされているために逃げることが叶わず、次々と全身にその雪球を受けることになり、それらからリグルを守るための盾の役割を果たす羽目になる。
 慌てて隣にあった雪だまの上に避難する優也。
雪に手をつけると季節外れの雪独特の冷たさが掌に広がる。並盛りの雪を掬い取り、飯を握る要領で丸く作る。そしてこちらに向けて雪球を投げようとしていたチルノに対してほぼ同時にそれを投げる。
優也の手から離れた雪球が綺麗な直線を描いてチルノの元へと突き進む。彼女の投げたそれも同様の軌跡を描きながらこちらに向かってくる。
 そして雪球同士ぶつかることなく、お互いの顔ギリギリを通過する。優也の投げた雪球は後ろの森の中に消えていき、チルノの投げたそれは霧の湖の中に落ち、やや大きめの波紋を生む。

「なかなかやるじゃない、ユウヤ」
「喜んで良いのかどうか……まあ、ありがとう」

 彼女が楽しそうにしているのでそれで良いかと思う。
 彼女だけじゃない、ルーミアも大妖精も、リグルもミスティアも自分たちには目もくれずに次から次へと雪球を作っては投げている。
 思いっきり遊ぶ彼女たちの様子を見ているのもまた良いものだと、このような様子をいつも見ていたと思う慧音が少し羨ましく思う。ならば本格的に教師を目指してみるかといわれると、すぐに頭を縦に振ることはできない。それにこの世界での教師はやはり慧音だと思っている。優也自身はそのサポートができれば良いくらいだと思っていた。慧音からすれば勿体無いと思うだろうが、現状に満足していた。

「あ、そうだ! さっき先生のせいで顔に当たったんだ! 先生、これでもくらえっ!」
「むっ!」

 突然に向こうの雪だまの上から声が聞こえる。声の主はリグルだ。まだ最初に受けた雪球の赤い後が見える。優也が避けたことに対してまだ根に持っている様子。こちらに向かって雪球を投げつけてきた。

「避けるなぁ!」
「当たったら痛いだろう」
「私はさっき痛かったんだよぉ!」

 鬼の形相を見せながらこちらに向かって次々と雪球を投げつけてくる。
隙間がないように見える無数のそれらに対して弾幕を回避する要領で見切っていく。
リグルは蛍妖怪という低級妖怪とはいえ、人間よりも強い力を持っているから普通に当たったら冷たいなどでは済まされない。それを承知で彼女との雪合戦に付き合っていた。
 ――本当に当たったら痛そうだな……一応ペルソナを付けておこう。
 徐々にかすり始めたのでそろそろまずいと思い始める。
一応の保険ということで打撃に耐性を持つ“戦車”の“ペルソナ”に入っている“コウモクテン”を装着する。
 やはり“ペルソナ”の声が頭に響く―【主よ、遊びではなく戦闘に使って欲しいのであるが……】―これも一応は回避のトレーニングになり、装備している「ペルソナ」の素早さが上昇するというおいしい特典付だったので黙らせた。
 “コウモクテン”の泣き声が聞こえたような気がする。
 リグルに加勢するようにみんなが優也に向かって雪球を投げてきた。最初こそリグル以外はゆるいものだったが徐々に当らないことに絶対に当ててやるという子どもらしい発想からリグル同様に思いっきり投げてきた。
これはいよいよまずいと思う。
遊びに熱中しすぎて彼女たちは力加減を忘れていた。思いっきり投げられた雪球が優也に襲い掛からんとする。
「これは……」
 かわし切れないと思わず顔を腕で守るようにする。
 リグルたちもやったという表情を浮かべている。
 無数の雪球が優也の目と鼻の先にまで接近し――その目の前で何かに阻まれたかと思いきや、同じ速度で逆方向、リグルたちの方へと跳ね返ったのだ。
 完全に予想できなかった事体。当然決まったとばかり思っていた五人にその雪球の嵐が雪崩の如く押し寄せて、全員が仲良く撃墜された。

「あ、うまく発動したな」

 “コウモクテン”の所持スキルの一つである“ヘビーカウンタ”がうまく発動し、跳ね返ったのだ。
 頭に響く“コウモクテン”の声――【主よ、こんな遊びで運を使ってしまっても良いのだろうか……?】――とはいえ、装着する“ペルソナ”によって運が変わるのであまり気にしていない。それに素早さが大分上がったので戦闘の面に関しては満足している。だが問題は撃墜された彼女たちだ。慌てて下を見てみると、仲良く地面に転がり、伸びている姿があった。

「着替え、持ってきてないな……」

 優也を含め、みんなの服は雪合戦をしたので汗と雪が解けて濡れてしまっていた。
このまま放っておくと風邪を引いてしまいかねない。

「……よっと」

“ジャックランタン”を召喚し、焚き火を起こすために彼女たちが伸びている地面に降りるのだった。


 ―6月15日 人里―


 空を見上げると茜色に染まり、遠くの方にカラスが飛んで行く姿が見える。はるか遠くの空はゆっくりと黒く染まり始めており、時刻が夜に近づいてきているのがわかる。この世界にきたときに腕時計などはあったがほとんど普及していないために優也もいつの間にか時計無しで動くようになっていた。詳しい時間帯は分からないが、それでもある程度の時刻は分かっていた。
 今優也は寺子屋のアルバイトからの帰りだった。
遠足に行った今日、霧の湖から一旦寺子屋に戻ってそこで解散した。みんなが伸びてしまった後、急いで「ジャックランタン」を召喚して火を起こし、風邪を引かないようにと身体を温めるようにした。
 しばらくしてからみんなは目を覚ました。大事無いことでホッとする。
 あの時どうして跳ね返ったのか、「ペルソナのスキル」についても彼女たちは興味しんしんだった。
 慧音にもそのことを報告した。少々やりすぎだったかもしれないと苦笑いを含めてそう言葉を受け取った。やはりかと反省するように後ろ髪を掻いた。
 その手には日給の給料の入った紙袋があった。何故か外のお金が使えるという不思議。お金については分かりやすいからというので使われているというのを聞いたことがある。おそらく紫が外から技術か、それとも見本として持って来たのかもしれない。この世界には腕の高い技術屋として河童が存在していると聞いている。妖怪の山の方に住んでいるとのことだった。
 人里から少し家までは離れているために、歩いているとやはり空は黒くなってしまう。周りの家からの明かりが唯一の外灯代わりだ。中からは親子の会話のような声が聞こえて来る。

「家族、か……」

 そういえば外にいる両親はどうしているだろうか。
 もうこの世界に来て二ヶ月が経とうとしている。失踪して初日から捜索届けは出るだろう。だがもう二ヶ月も発見されなければ徐々に諦めと不安が大きくなる。そもそも世界そのものが違うために、発見することなど限りなくゼロに近い。
 そもそも嘗て外の世界にいた時だってそれほど家族らしいことをしたことはない。父親はそこそこの会社のサラリーマンであったし、どちらかというと仕事にのめり込む方だった。母親の方も仕事をしているために必然的に家ではひとりになることが多かった。休日もさほど変わらない。

「あんまり良い思い出、ないよな……」

 思わず自嘲する。
 周りに飲食店などが立ち並ぶ通りに差し掛かった。中からは酔っ払ったお客たちの笑い声やお酒を求める声、店員の声が聞こえてきた。
 少しずつお酒にも慣れたほうが良いだろうか――そんな風に考えていると、前方の方から最近聞いたばかりの声が聞こえてきた。その声に気がつき、視線を向けると青を貴重とした服を着て、緋色の髪をツインテールにした死神の女性、小野塚小町の姿があった。死神である彼女が一体どうしてこんなところに。

「やあ、お前さんも仕事帰りかい?」
「まあ、そんなところ。で、あんたはどうしてここに?」

 肩をすくめて目を細める小町。
どうやら彼女も仕事上がりのようだ。
三途の川の渡し守だということだと聞いている。基本的に六文銭を貰い、そして幽霊たちを船に載せて閻魔、彼女の上司である四季映姫がいる向こう岸にまで連れて行くのが仕事なのだとか。

「個人的に付き合わないかい?」

 チラリと視線を一点に向ける。
そこには明かりの灯っている居酒屋があった。中からは賑わっている音が聞こえて来る。彼女も優也はあまりお酒が飲めない方だと分かっているだろうに。

「もちろん、無理に飲まなくても良いさ。話に付き合ってくれるだけで十分だからね」

 心を読むように彼女は先回りするように言う。
 先手を打たれ、少し驚く。表情から気持ちを読まれないというのには多少自信があったのだが。そう思いながら、それくらいならば、と彼女の申し入れを受け入れる。
 受け入れを承諾してくれた優也にありがとう、とお礼を言い、笑みを浮かべる。

「なら、行こうか」

 そう言いながら、彼女は戦闘でその店の暖簾を潜り、中に入っていく。優也も中に入った彼女の背中を追うようにして中に入っていった。

 死神――死が近い者たちの魂を、死後彷徨わないように悲願へと導く役割を担っている存在だ。死が近いことを本人に伝えたり、近いものの家に現れ、その者の最後を見取ったりするということもある。それだけではなく、悲願にあるこの世とあの世をわけ隔てている大きな川――三途の川があり、その川を死者の魂が渡るために、船の渡し守をするのも彼らの仕事だった。
 彼女、小野塚小町もまたそんな死神のひとりであり、その役割を担っている者でもある。周りからはサボリ魔などと呼ばれているが、彼女からすれば少しだけ休憩をしているだけなのだ。だがその休憩が仕事をする時間よりも長いために当然サボっていると見られてしまっているのだ。
 休憩している間、ただボゥーっとしているだけではない。
 確かに夢の世界に旅立つことが多いが、それ以外に考え事にふけることだってある。その時は決まって同じ疑問についてだった。
 小町は自分が死神に向いていないと自覚していた。
 死神は船に死んだ者の魂を乗せ、向こう岸にまで連れて行く。三途の川の長さというのはその魂の生前の行ないに酔って長くなったり、短くなったりする。罪を重ねていると長くなるし、そうでなければ短くなる。死神の一人であり、渡し守である彼女にとってはそんな距離はあまり関係のないものだった。何せ彼女の持つ能力――「距離を操る程度の能力」――を使えば例えどれだけの距離があろうとも一瞬の内にたどり着くことが出切るからだ。渡し守としては黙って船を漕いでいるのは退屈なものだ。能力を使ってあっとういう間に到着させることも可能であるが、やはり暇つぶしということで彼女の方から話を振ることが多かった。生前どのような人生を送ってきたのか、思い出話を聞くことが唯一の退屈凌ぎだった。楽しかったこと、うれしかったこと、逆に悲しかったことやさびしかったこと、後悔したことなどもあった。だが彼女は黙ってそれを聞くだけだ。相槌は打っても、余計なことは言わない。彼らに余計な後悔を背負わせないためだった。中にはあまりに酷い生前の持ち主もいる。その場合向かっている途中で三途の川に叩き落す時もあった。
 いつの日のことだっただろうか。
 いつものように新しい魂を船乗り場で待っている時、そこに現れた魂を見て、

「あんた、まだ未練が残っているようだね。ここから生者の世界に戻るのも良し、踏ん切りをつけてこちらに足を踏み入れるのも良し……あたいはしがないひとりの死神、渡し守さ。お前さんの好きなようにしなよ」

 と、その魂の持ち主の思いを汲み取り、そう言った。

「――!?」
「そのままこちらに来ても、悔いが残るだけだろう? 確かに後悔のない人生はないだろうけど……せめてそれくらいは、ね」
「――」

 魂がいう言葉は彼女にしか理解できない。
 魂がいうことを聞いて、なるほどと納得顔を浮かべる。

「それがお前さんの死ねない理由であるというのならそうするべきだね」
「――」

 くるりと魂が向きを変える。
 本来なら彼女はその魂を引き止め、船に乗せなければいけない。それが彼女の死神としての果たすべき役割であるからだ。
 だが彼女はそれをしようとはしなかった。
 彼女は死神でありながら、相手に過剰に感情移入してしまうのだ。少しでも後悔のない人生を送ってほしい、という彼女の純粋な思いがそれをさせていた。
 しかしそれは彼女の住む世界からすれば決して褒められた行動ではない。無理やりに相手の寿命を延ばすというのは輪廻に対しても影響を与える。小さな歪みが、いつしか大きなものへと変わるかもしれない。
 人はいつか死ぬもの。だからこそ精一杯に生きなければいけないのだ。例えその途中で死んでしまっても仕方のないことなのだ。

「そう、仕方のないことなんだけどねえ……」

 煙管を取り出し、火を付けて胸いっぱいに煙を吸い込む。モヤモヤとした思いと共に、それを盛大に吐き出した。

「また四季様に怒られるねえ……」

 自身の上司がこのことに気付くまでもう少し時間が掛かるだろう。今のところ新しい魂が来る気配もない。今日も彼岸辺りは閑古鳥が鳴いている。
 どうせならしばらく横になろうかと思い、火を消して船の中にごろんと横になって、鬼の形相をして現れる閻魔が来るまでのしばらくのまどろみに身を委ねるのだった。




 店内に入るとそこには酔っ払った者たちの騒ぐ声が響いていた。
 中には小町のことを知っている者もいて、一緒に飲まないかと誘いをかけるも飲みいたりした。死神である彼女であるが、仕事上人里にも足を運ぶことがあるそうだ。そうしたこともあってか、人里の者たちとは知り合いもいるようだ。多くがこうした飲み屋で一緒に楽しむ仲であるとのこと。
 奥の方にある座敷の席を選んで向かう。靴を脱ぎ、畳に敷かれた座布団に座る。店員が注文をとりに来た。適当にお酒とつまみを注文する小町。
まるで用意されていたかのようにすぐに届けられる注文した品物。
 お酒とつまみを受け取り、テーブルに置く。コップに並々と注がれるその透明色の液体を見つめる。コップに入れられた氷がカランという音を立てる。
 そのコップに手を触れる。氷によって冷やされているために掌にその冷たさが広がる。同じように小町もお酒と氷の入ったコップを手に取ると、こちらにそれを突き出してきた。なんだろうかと思ったが視線が両手に包まれているコップに向けられているのに気付く。
 ああ、そういうことか――と思い、それを片手で取り、小町の向けてきているコップに軽くぶつけた。

「乾杯」

コップとコップがぶつかり、カチンという乾いた音が聞こえる。
 優也はそのままコップを傾け、少しだけその透明な液体を口に含む――やはり苦い。目の前で平気そうに一気に呑んでいく小町を見てどうしてこんな飲み物を水のように飲めるのだろうかと疑問に思う。
 まだ半分も飲んでいないというのに、小町のコップは空になり、三分の二が残っているビンに手を伸ばし、また並々と注いでいく。
 彼女だけではなく、以前の宴会では幻想郷に住まう者たちはみんな同じようにお酒を平然と飲んでいたように思える。年齢がさほど変わらない霊夢たちも同様で、むしろ飲めない自分が間違った存在なのではないかと思ってしまう。
 

「やっぱり仕事終わりにはこの一杯に限るねえ」

 本当においしそうに飲む小町。二杯目のそれを口に含んで行く。

「俺にはまだ分からないな」

 と言いながら、優也は彼女とは対照的にちびちびと飲んで行く。
 口にコップをつけたまま、優也に対してチラリと視線を向ける。
 ゆっくりと口からコップを離し、

「うんうん、若いね。お前さんも後数年歳を取って、職に就けばそれが分かるようになるさ」

 ケラケラとからかうように笑いながら言う。彼女の笑みを含んだ視線はまるで年下の弟、近所の子供に対して向ける年上のお姉さんの向けるそれそのものだった。
 彼女の言葉を聞き、そういうものなのだろうか、自分にはまったく分からない考えだ――と思う。
まだ戻るということしか当面の目標はない。
今までだったそこまで将来のことを考えたことはなかった。適当に流れに乗るようにして高校を卒業し、大学に入学し、卒業後はそれなりの条件のある会社に勤めることになるのだろうというくらいだった。これをしたい、あれをしたいという希望のようなものはなかった。
グイッとお酒を飲んでみる。喉元を過ぎればなんとかなるかもしれない――と思ったが、やはり苦味を含んだ後味が残る。
からになった透明なコップの中に氷と共に新しくお酒が追加される。頭を垂れていた優也が顔を上げるとニッと笑みを浮かべる小町の顔が映る。

「色々と悩んでるようだねえ。外の世界の社会がどうなっているのかは分からないけれど、お前さんはまだ若いんだから、ゆっくり考えれば良いよ。それに今は戻ることを第一に考えないとねえ」

 確かにそうだ。
 戻らなければ、ここでいくら悩んだとしても何も変わらない――だが果たしてそうだろうか。
 ふとそう思ったのは、今の自分のイメージというものが、まるで流れを塞き止められている川に浮いているだけの存在だと思ったからだった。
 川は最終的に海へと帰って行く。この幻想郷には海というものがないために例えで出しても分からないだろうが、川というのはいくつもの枝分かれをしているものだ。それはまるで人生そのものではないだろうか。
 どの枝分かれした方向へと流れて行くかは優也自身が選び取らなければいけない。その先に何があるのかは行ってみなければ分からない。後戻りできないということも考えるとまさに人生そのものだと思える。
 今までの生き方というものや、今後のことをゆっくりと考える良い機会なのではないかとも取れた。
 何せこの世界には妖怪や神という人間の優也よりも何倍もの年月を生きている存在がいる。目の前に座ってお酒をおいしそうに飲んでいる小町もまた、死神という存在だ。彼女もまた優也の何倍もの年月を生きている女性だ。長く生きた者からしか貰えないアドバイスというものもあるかもしれないと思った。
 目を伏せて考えてみる。
 小学校、中学校と転々と、まともに通年した記憶がない。
 始めの頃は分かれるのが辛かったが、人間と言うものはそんな辛さにも慣れてしまう生き物なのか、小学校の高学年になるともはやそんな感じはなくなり、中学校に上がったらもうどうでもいいと思うようになっていた。
 自分が何と言おうがその決定を覆すことができたわけではない。
 だがそうしなかったのは、両親の決定に従うことが一番楽だったからかもしれない。

『はい、みんなは大きくなったら何になりたいのかな?』

 小学校の中学年の時の授業で女性教師が言った言葉だ。

『僕はプロ野球選手!』
『私はケーキ屋さん!』
『俺はプログラマーかな?』
『わ、わたしはええっと……お花屋さんかな』
『みんな色々なりたいことがあるみたいだね。それじゃあ、もしその職業に就いた場合を考えてみて、何をしているのかを作文にしてみようか』

 羨ましかった。
 みんながそんな風に叶うかどうかも分からない、小学生の時に何かしらの夢や希望をいたいているということに。
あの時ワークシートの欄に書き込んだ自分の夢を必死に隠していたような記憶がある。夢や希望に溢れているみんなからしてみればあまりにつまらないものだったからだ。
あの時自分は一体どんなことを作文に書いただろうか。
確か――。

『それじゃあ、誰かに発表してもらおうかな? そうだね……優也くん、お願いできるかな?』
『……はい』

 一枚の作文用紙を持ってクラスメイトが見つめる中、教卓の前に出る。そこから少し離れた廊下側のドアの近くに移動する担任教師。
 教卓の前に出ると当然のように優也のことを射抜くような視線が集まる。
 クラスメイトからの評価は当時から物静か、真面目、まったく話さないというわけではないというものだった。
 それは中学生になってもあまり変わらなかったような気がする。

『将来の夢、四年一組綾崎優也。僕の将来の夢は――』
「――だい――かい?」

 頭の奥から声が聞こえて来る。
 作文を読み始めたにもかかわらず、自分の耳にその声が聞こえてこない。周りに誰もいないというのに何故か身体を揺さぶられている感覚を覚えた。

「ちょっと――だいじょ――かい?」

 最近知り合った女性の中に、頭に響いてくるこの声と同じ声色の人物がいたような気がすると、ボゥーっとする思考で考える。
 それ以前に何故今更この古い思い出を夢で見ているのだろうか。
 徐々に身体が冷えてくるような感じがした。服に手を入れられ、背中を下からゆっくりと触れられるような、そんな感覚だ。
 その感覚が徐々に上に上がってきて、背後から抱きしめられる。スッと冷たい手のような何かが心臓を鷲掴みにしたような、そんな嫌な感覚を覚える。

「まず――はや――おこさ――!」

 何故かこのままだとまずい気がした。
 必死になっている女性の声、これは自分を起こそうとしているのだろうか、と思う。

「起き――優――はや――!」

 視界に映っている教室中に亀裂が走っていく。教室だけじゃない、そこにいるクラスメイトにも、担任教師にもだ。まるで鏡に映し出されていたもののように亀裂が入っていき、それが限界にまで広がり、粉々に砕け散った。
 それと同時に意識を現実世界へと覚醒させた。




後書き
EDテーマ→《東方Vocal》Necro Fantasia (REDALiCE Remix) / ネクロファンタジア

 はじめての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者の泉海斗です。
 前回の宴会パートから一転して、シリアスなパートへと少しずつ入って行きます。
 今回の第三章でのテーマですが、もうタイトルからお分かりの通り、「死」です。
 そのため今回の章で起きる異変では「死」に関わる者たちが大きく関わってくる予定であります。
 少しずつ戦闘も入ってくるので、楽しんでいただけると嬉しく思います。
 今回もこの作品を最後まで読んでくださりありがとうございました。楽しんでいただけたのなら幸いです。
この作品を読んでくださったみなさまに無上の感謝を、変わらず。
 それではまた次回!

コミュ構築

愚者→幻想郷の民
道化師→???
魔術師→霧雨魔理沙
女教皇→アリス・マーガトロイド
女帝→???
皇帝→???
法王→上白河慧音
恋愛→東谷風早苗
戦車→???
正義→博麗霊夢
隠者→八雲紫
運命→レミリア・スカーレット
剛毅→伊吹萃香
刑死者→???
死神→西行寺幽々子
節制→小野寺小町
悪魔→射命丸文
塔→八意永琳
星→フランドール・スカーレット MAX→アストライア
月→蓬莱山輝夜
太陽→???
審判→四季映姫・ヤマザナドゥ
世界→十六夜咲夜
永劫→???



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