――6月15日 白玉楼前――


 “プリーステス”――やはり仮面のようなものを被り、身体が髪と同じように、白と黒の二色に分かれている女性体の存在だった。上半身は完全に服を来ておらず、裸体を曝け出しており、下半身もスカート一枚できわどい体勢で座っている。
 そんな彼女の前に浮いている無数の手足のようなものを持っている異形がいた。
“囁くティアラ”――彼女を守るかのように浮いている異形。それらに指示するかのように、霊夢たちに向かって指を指した。それに従うかのようにその二体の“ティアラ”は加速を付け、三人へと襲い掛からんとして迫った。
 一体の“ティアラ”が複数本ある手足を動かす。その瞬間弾幕となった紅蓮の炎が三人に向かって放たれた。
 霊夢と早苗は上空へ、箒を失っていた魔理沙は地面を蹴って横にずれることでその攻撃を回避する。
 空振りしたその弾幕が次々と地面を穿つ。
次の瞬間、天高く聳え立つかのように紅蓮の火柱が上がった。突如として背中から轟音が聞こえたために、三人はぎょっとしてそれぞれ後方に視線を向けた。
 赤々と空を赤く染める炎の柱。受けてしまえば軽い火傷などではとても済まない火力であった。
 再び攻撃してくる。炎の弾幕に対し、早苗はスペルカードを取り出して宣言した。

「火を扱うものは大抵、水に弱いと相場は決まってるんです! ならばこのスペルカードで……開海「海が割れる日」!」

 早苗はそう叫びながら声高らかにスペルを宣言する。
 彼女のいう相場が決まっているというのは二人にとっては分からないが、か字になったら水をかけるというように、確かに弱点なのかもしれないと思った。
 早苗のスペルカードが宣言されると、彼女を中心にして突如として水が出現し、それが海へと変わる。
 この世界に海はないが、早苗が外の世界から来たために圧倒的な水量による攻撃が可能だった。
 “ティアラ”の放った“アギダイン”を覆いかぶさるようにして飲み込み、そのまま一体の“ティアラ”に対して迫る。
 逃げ遅れたそれが両側から挟まれる形で海に飲み込まれる。
 しばらくもがいていたが、動きが鈍くなり、そして黒い靄となって消えた。
 「よしっ!」と握り拳を作って喜びを表す。
 そんな余所見をしていた早苗に対して攻撃の照準が合わされていた。

「っ!? 避けなさい!」
「えっ……?」

 不意に頭を過ぎった電流の走ったような感覚。
 霊夢はそれが嫌な予感だと直感で判断する。そして間髪入れずに叫んだ。
 それを聞いて早苗は動くことをせず、きょとんとした表情を浮かべる――そして次の瞬間彼女の腹部を抉るようなボディーブローが放たれていた。

「あ、ぐあっ……!?」
「早苗っ!?」

 一瞬にして現れたかのように見えた。
 そこには白玉楼へと続く階段の元に重い腰を置いていた大型のシャドウ――“プリーステス”だった。
“イノセントタック”――。
それの黒い右腕が早苗のボディーを抉るように突き刺さっていた。鈍い音が聞こえる。骨が軋む音だった。
 そのまま弾丸のように早苗は後方に吹き飛ばされる。地面に落ち、バウンドするように地面を滑り、ようやく止まる。
 身体を震わせながら立ち上がろうと両手を地面につける。
大きく咳き込む。口から吐き出されたのは鮮血、内蔵を傷めてしまったようで、口には鉄の味が広がっていた。
慌てて地上にいた魔理沙が走り、早苗を庇うようにして立つ。

「大丈夫かよ?」
「ぐっ……な、なんとか」

 焦りがこもった声で言う。
 何せボールのように飛んでいったのだから当然の反応だった。
 ふらつきながら早苗は立ち上がる。
両手をボディーブローを受けた箇所に当てる。するとそこに淡い光が灯る。荒い息遣いだった彼女のそれが、少しずつであるが落ち着きを取り戻しつつあった。
 彼女は自身の傷を負った箇所に対して霊力を送り、それによって若干の治癒促進を行っていたのだ。それでも送った霊力の半分ほどしか回復は見込めない。それでも少しだけ痛みが引いて行く。これでもう少しは戦えそうだった。
 立ち上がった早苗を見て、魔理沙はその表情から心配の色を消していた。
 視線の先にいる敵に対して敵意の視線を向ける。
 向こうでは霊夢が上空からアミュレットを放ち、牽制し続けていた。だが小さなお札ではたいしたダメージが与えられないようだった。鬱陶しいというように、右手をかざすと次々と放たれた追尾型のアミュレットがまとめて氷の棺に納められてしまった。
 “マハブフダイン”――。
 霊夢に対してもその氷の棺が形成される。
 驚異的直感でその場を離れる。
 だが片足が氷棺に捕まり、それ以上の移動が不可能になる。
 小さく舌打ちを零す。大幣にてそれを思いっきり叩くが、コンクリートを金属バットで叩いたようなこちらに衝撃が返ってくるだけの結果に終わる。
 倍返しの衝撃を浴び、痛みで僅かに顔を顰める。
 残っていた“ティアラ”が迫る。
 複数本の手足を構え、霊夢に向かって殴りかかる。
 その攻撃に対して持っていた大幣を握り締め、払うようにして振る。
 両者の攻撃がぶつかり合う。だが霊夢は足が動かせないために、攻撃自体の威力は純粋な腕力だけになっていた。そのために組み合った瞬間から押され始める。
 霊夢は表情を顰めるが、自身の霊力を腕に集中させることで強化を図る。魔法でもある強化術だった。それにより押されていた取っ組み合いを徐々に五分へと戻す。
 完全に動きが止まっている。
 そんな“ティアラ”に向かって無数のレーザー型の弾幕が迫る。
 一線、一線が敵の身体を穿つようにして着弾する。次々と着弾を許した“ティアラ”は小さな悲鳴を上げて後退を図る。後方から援護していた魔理沙が今度はミニ八卦炉を構えた。その砲口の先にあるのは、霊夢の足をその場に縫い止めている氷の棺だ。
 霊夢は思わずぎょっとする。
 少し射線が外れれば、霊夢がその攻撃をまともに受けることになるからだ。だが霊夢は魔理沙のその行動を停めるようなことは言わなかった。
魔理沙なら――と心の中で信じていたから。
 「霊夢っ!」と魔理沙が叫ぶ。それに応えるように、「やりなさい!」と叫んだ。
 にっと笑みを受けた魔理沙はスペルを宣言し、特大の魔砲を放った。虹が空に掛かるかのように、一直線に斜線上にある氷の棺へと向かって行き、圧倒的な熱量によってそれを溶かし、破壊して見せた。
 霊夢は自身の自由を奪っていた氷の棺が破壊された瞬間、すぐさまそこから霊力を行使して飛行し、脱出を図る。
 魔理沙に礼を言い、反撃のためにスペルカードを取り出した。

「やってくれたわね……」

 霊夢はスペルカードを構え、感情を抑えるように声を低くして言う。

「やられた十倍返しよ、ありがたく思いなさい」

 そして一気にそう言い放った。
 スペルカードを宣言する。その瞬間再び重い腰を下ろしていた“プリーステス”の真下から無数の霊力による縄が出現し、それの身体に巻きつくようにして拘束し、自由を奪う。 
力づくで引きちぎろうとするも、まったくびくともしていない。
霊夢の捕縛用のスペルカードのひとつ――神技「八方鬼縛陣」。
山をも砕くことのできる鬼の力ですら、その拘束から抜け出すことは不可能である。そのためにいくらもが高ともそれ歯徒労でしかないのだ。
その様子を見て不敵な笑みを浮かべる。
それに続いて二枚目のスペルカードを取り出す。
彼女が先ほど宣言した通り、先ほどの十倍返しをしなければ気が済まなかった。彼女のもつスペルカードの中でも威力の高いものをセレクトし、スペルを唱えた。
彼女の周りに色とりどりの輝きに満ちた光球が現れ、そこから無数の弾幕が放たれた。回避することを、敵の自由な動きを許さないスペルカードによる攻撃。自由自在に空を飛びまわる彼女のスペルカードとは思えないものだった。
 その光急から放たれる無数の弾幕はそれぞれの隙間を埋めるようにして、雪崩の如き勢いで保ちつつ、先ほどの捕縛によって身動きが取れないでいる“プリーステス”に向かって押し寄せていく。
 身動きは取れなくとも魔法を唱えられないわけではなかった。そのために敵である“プリーステス”は防御を捨て、迎撃することを選んだ。
 回避するのを許さないために点ではなく、面として迫る雪崩のような弾幕攻撃。
しかしそれが逆に弱点ともなっていた。
次々と弾幕を包み込み、壁となるようにして出現する氷の棺。その氷の棺が弾幕を受け止め、その防御を抜け出していったものでさえも、まとめて冷たい棺の中へと閉じ込めてしまった。
それでも全てを迎撃できるわけではなく、うまく誘導した弾幕が次々と“プリーステス”の身体に命中していく。一撃一撃が確実にダメージを与えていく。着弾するたびに甘い声を上げるために、自分たちは変なことをしているのではないかと霊夢たちは言葉に詰まってしまう。
蓄積したダメージが大きかったためか、“プリーステス”がぐったりとした様子を見せていた。それを見て、一気に攻め込むべきかと考える。
だが彼女たちが動くよりも先に、残っていた“ティアラ”が“プリーステス”に対して回復魔法をかけたのだ。眩い光が包み込む。身体中にできていたダメージの後が跡形もなく消え去っていた。
完全に回復したためか、ぐったりとさせていた身体を再び起き上がらせ、三人に対して余裕を見せるような視線を向けてきた。
 先ほどの戦闘からの連戦であるために心身共に疲労していた三人。
 彼女たちとしては回復されるよりも先に攻撃を仕掛けて、一気に倒してしまえば良かったのであるが、疲労から動きが一瞬遅れてしまった。それだけで一気に形勢逆転されてしまった。
 負ける気はサラサラないため、戦闘の枷となっている疲労が恨めしかった。
 その疲労が霊夢から自由な動きを奪っていた。
 空を飛べないことが魔理沙から行動範囲を奪っていた。
 蓄積しているダメージが早苗の戦意を削っていた。
 “プリーステス”が掌を誘うように動かす。すると虚空に黒い靄が発生し、そこからもう一体の“囁くティアラ”が出現した。
 その出現した“ティアラ”が炎の弾幕を放ち、三人の攻撃を仕掛けてきた。
 先ほど早苗が倒したものと同じのようだ。
 疲労などから回避行動を取れないために、霊夢が二人を含めて防御するべく二重の結界を張る。霊力によってできている結界が三人を囲むようにして出現する。紅蓮の炎が蒸し焼きにせんとして次々と襲い掛かり、周りの地面を穿ち、火の海を生み出す。
 このままではいずれ結界が解け、三人とも炎の餌食にされてしまう。霊夢の霊力自体無尽蔵ではないために限界は近かった。それでも必死に歯を食いしばり、炎の弾幕が着弾するたびに表面が歪む結界の修復と意地に全力を傾けていた。
 炎が結界の周りを包み込み、火あぶりの状態になる。結界の維持で精一杯の状態であるために熱までは遮断することができていなかった。
 「熱い、熱い」と魔理沙が服をパタパタと叩いて少しでも風を起こし、涼もうとしている。だが送られる風は全て熱されて温かいものだったために、逆に新陳代謝を促進させるだけで、噴出した汗で服が肌に張り付いて不快だった。
炎の弾幕を放つ“囁くティアラ”が数を増やしていた。座り込んで高みの見物をしている“プリーステス”がやけにただ苛立ちを与えてくるだけの存在に見えた。

「おい、霊夢! このままだと私たちミイラになっちまうぞ!?」
「あーっ……うっさい、うっさい、うっさい! 少しは黙りなさいよね、集中できないじゃない」

 もう我慢できないと悲鳴を上げる魔理沙。
 耳元で叫ばれる霊夢は全身から汗を噴出しながら叫ぶ。
叫ぶだけでも無駄に体力を消費してしまうのだ、さらに耳元で叫ばれると集中力が途切れてしまい、結界が解けてしまえば一瞬で自分たちは丸焼けになってしまう。
 だがこの状況を打開する策が見つからない。
 この結界ももうしばらくすれば途切れてしまうだろう。
 霊夢は歯噛みする。
膝が笑い始めており、立っているだけでも疲労が溜まる。
いつもならここまで苦戦しないはずだというのにと内心で舌打ちを零す。
 博麗の巫女としてスペルカードが導入されるよりも前は彼女もまさに“殺す・殺される”の術を学んでいた。中立を保つために人間も妖怪も殺すための術をだ。
 だが彼女の代になり、殺さずに人妖が同じ土俵で戦えるようにするために導入されたのがスペルカードルールだ。それに慣れきっていたためか、また幻想郷における戦いがいつの間にか遊び(、、)の範疇になっていたためか、このような“殺し・殺される”という命がけの戦いに久しく離れていたために苦戦を強いられていた。
 こんなはずでは――そう思うのは簡単だが、そうも言っていられないのが今の状況だ。何とかこの絶体絶命の状況を打開しなければいけない。
 霊夢の頭に案が浮かんでは消えていく。
 それを何度も繰り返していると、後ろから声が聞こえてきた――早苗だ。

「どうしたんだよ、早苗? っていうか、あんまり無理するな。さっきの一撃、かなり重いんだろう?」

 魔理沙が心配するように言う。
 先ほど腹部を貫くような攻撃が早苗の身体を未だに蝕んでいた。ダメージこそ抜くことができたが、痛みなどは未だに残っていた。強烈な攻撃であったことと、地面に叩きつけられたために、恐怖が多少なりとも植えつけられていた。
 それでもこの状況下を打開するために、彼女だけがのうのうと見ているばかりいるわけにはいかなかった。それに同じ巫女として、守られているばかりではその名が廃るというものだ。
 ひとりでは無理なら、二人(ひとりと一柱)でだ。
 早苗は一枚のスペルカードを取り出した。それに残っている霊力を注ぎ込む。一枚のカードに注ぐ霊力の量ではなかった。一体何をしようというのか、霊夢と魔理沙はただ早苗の様子を見ているしかできない。
 いよいよ結界に限界が生じた。ぐらりと大きく歪みが生まれる。何とか霊夢がそれを修正しようとするも、次々と弾幕が撃ち込まれ、それは広まるばかりだ。
 まずい、ここままじゃ――!?
 霊夢が内心で叫ぶ。
 そんな彼女に対して後ろ彼早苗が真剣な声で話しかけてきた。

「霊夢さん、魔理沙さん……この状況と回りの存在は私に任せてください」

 何か策があるのかと、彼女の手にあるスペルカードに視線を向けながら二人は思う。だが早苗の眼には嘘はなかった。数秒考えた二人は小さく頷き合い、口を開く。

「なら、ちゃちゃっとやりなさい」
「大物は私たちに任せておけ」

 いつもどおりの霊夢。
この状況下でも明るく、自信満々に言ってみせる魔理沙。
 早苗はそんな二人を見て、勝利への確信を掴みつつあった。
 結界が崩壊する。霊夢は魔理沙の腕を掴み、地面を蹴って空へと上昇する。早苗は二人が脱出したのを見計らい、スペルカードを宣言した。
準備「サモンタケミナカタ」――!
東谷風早苗には“奇跡を起こす程度の能力”がある。その奇跡というのはそもそも彼女が祭っている守矢神社の神である八坂神奈子を顕現させるというところからきたものだ。彼女からの加護があり、彼女自身も風祝であるために風を自由に操ることができた。
彼女が唱えたそのスペルカードは彼女のもともとの能力の使い道である神を現界に顕現させるためのものだ。本人はここから遠く離れた守矢神社にいるため、ここに呼び出せるのは彼女自身の分霊だ。
早苗のことを優しく包み込むようにして光が放流し、その光の中にゆっくりと注連縄を背負った湖と山坂の神である八坂神奈子の分霊の姿が現れた。この場において圧倒的な存在感を放っている彼女がゆっくりと閉じていた瞳を開ける。

『心配していたら、突然呼ぶんだから本当に焦ったよ、早苗?』
「も、申し訳ありません、神奈子様」

 髪として威厳のある表情から一変させ、まるでひとりの母親のように心配の色を見せる表情で娘同様に可愛がっている早苗のことに対して声をかける。彼女に心配をかけてしまったことに対し、彼女はもうしけなさそうにシュンとなる。きっとここにはいない、もう人柱である諏訪子も同じような心境なのだろうと容易に想像できた。帰ったら二柱の我侭を聞いてあげようと、密かに思った。
 早苗から視線を外し、炎の向こうにいる数体の“囁くティアラ”に対して睨みつけるような視線を投げかける。神の睨みを向けられ、それらの動きが一瞬だけ止まる。神奈子にとってはそれだけで十分だった。
次の瞬間には上空から無数の御柱が槍の如き勢いを持って降り注いだ。貫くというよりも、それらを押しつぶしていく。地面に縫い付けられるように沈んでいく“ティアラ”たちはその一撃だけで消滅し、黒い靄となって消えた。
炎の海によって周りを囲まれている状態であるが、湖を司る神として、なんら弊害にもなりはしなかった。彼女にとってはただ腕を振るだけでよかった。赤子の手を捻るかの如きこと。ただそれだけで彼女と早苗を避けるようにして大量の水が出現し、燃え上がる大地を鎮めていく。御柱で消滅していなかったシャドウもそれに巻き込まれ、次々と消滅していく。
 神奈子が咄嗟に早苗を庇うようにして前に立ち、自身の両手で御柱を掴むとそれを野球のバットのように振った。その瞬間周りの炎の海を沈めていた大量の水が強烈な冷気によって氷付けになり、さらに向こうにいたはずの“プリーステス”がこちらに向かって手を引き絞り、接近していたのだ。
拳と御柱が衝突する。
 拮抗する両者。まさか神である自分と真正面からぶつかってくるものが射るとは思わなかったために、神奈子は少しだけ驚きを見せるように目を見開く。だがそれもただの一瞬であり、すぐに真剣な視線になり、好戦的な笑みを浮かべる。彼女を顕現させている早苗の霊力はすでに切れ掛かっている。そのために分霊である神奈子の力も十全には振るうことができないでいた。だがそれでも神であることには変わらず、巻けるつもりなど羽毛等なかった。御柱に込める力を強め、無理やりに薙ぎ払う。拳を強引に弾かれた“プリーステス”はゆっくりと後退する。


 ――6月15日 白玉楼外れ――


 鋭い斬撃が漆黒に染まった空間を切り裂く。
 銀色の軌跡が黒いキャンパスに刻まれるようにも見える。
 明けない夜の空を白玉楼の庭師である魂魄妖夢のシャドウと死神である小野塚小町がそれぞれ霊力による飛行を行使しつつお互いの得物を振るい、戦闘を続けていた。
 一撃の重みは身長差や得物の大きさというものもあり、小町が有利だった。
 しかし動きの速さを取れば、圧倒的に妖夢のシャドウの方が数段上だ。
 その動きの素早さを活かし、妖夢が一気に小町との間合いを詰める。そして長刀である“楼観剣”を肩越しから抜き取り、上段に構えて振り下ろした。
 今度こそ、捕らえた――!
 何度目かの手応え。
 しかし次の瞬間、妖夢の振り下ろした長刀は空を切った。
 捕らえたと思ったはずの獲物はすでにそこにはおらず、先ほどまでいたところよりも少し離れたところに、余裕の笑みを浮かべて立っていた。
 小さく舌打ちを零し、悔しさを露にする。
 先ほどからこれの繰り返しである。
 捕らえられないことに対する悔しさと余裕綽々と見える彼女のその態度が癪に障り、体力を余計に消耗させていた。
 だが小町は表面上余裕を見せているが、それはハッタリに過ぎなかった。
 ――こちとらまだ一撃も刃を当ててないんだけどねえ……。
 小町自身その距離を操る能力を使い、妖夢の死角にうまく入り込むことで確実に一撃離脱の戦法を取ろうとしていた。だが、彼女の能力である剣術を操る程度の能力によって、どんな不利な体勢からも確実に剣でいなされてしまっていた。
 そのために彼女自身、用務のシャドウに対して直接的なダメージを与えられないでいた。お互いに蓄積するのは動きや能力の行使による心身の疲労だけだ。

『邪魔立てするなら貴様も切る! 私はただ幽々子様の望みを叶えるのみ!』

 純粋な忠誠心から来る言葉。
 彼女の表情は真剣そのものだ。細くつりあがった瞳からは、小町に対する敵対心しか感じられない。
 それを見て小町は怯むことはない。むしろ呆れとともに怒りを感じていた。
 そのために彼女の口からは小さなため息が零れる。
 小町のそのため息を零したことに対してさらにシャドウは表情を苦々しげに歪める。自分の決意を小馬鹿にされているように感じたためか、白い歯を噛み締めながら苛立ちが爆発するのを抑えている様子を隠そうともせずに見せている。
 いちいち感情を表面に見せる辺り、彼女もまだまだ未熟だと小町は思う。彼女よりも長く生きているために、そういった戦いには不必要な感情というのは別の仮面を被ることで隠すことが出切る。そのすべを小町は長い年月を経て会得していた。幻想郷中の強者であれば誰でもできることだ。とはいえ力があっても年齢が若すぎればそれはできないのだが。
 長刀を構えているシャドウに対して同じく大鎌の柄を両手で握り締め、構える小町。地面を穿つようにして接近してきたシャドウは先ほどよりも速かった。
 おそらく高ぶった感情がうまく作用し、力を与えているのだろうと思う。一気に距離を零にしてきたシャドウが刀を上段に構え、振り下ろしてきた。
 受け止める気などサラサラない。
 小町は再び能力を使い、その攻撃を回避するために距離を取る。交代することでシャドウの斬撃を回避することに成功する。だが次の瞬間彼女の視界には埋め尽くすほどの弾幕が迫っていた。
 思わず「なっ!?」と声を上げてしまう。
 動きを止めるわけにも行かず、慌てて大鎌を振り、迎撃を開始する。
だが、いなしきれなかった弾幕が次々と彼女の身体に着弾する。
 身体を貫くような衝撃が痛みとなって彼女の身体を蝕んで行く。苦悶の表情を浮かべ。弾幕が止んだ瞬間、思わず地面に膝をついてしまう。倒れないように鎌を杖代わりにしがみ付くようにし、何とか体勢を保とうとする。
 咄嗟に身体を地面に密着させるようにして動く。小町の首があったところを銀色の軌跡を残す一閃が空気を切り裂く音とともにあった。
 いつの間にか再び距離を詰めていた妖夢のシャドウが長刀によって気合一閃の斬撃を放っていたのだ。
 その攻撃をかわされたために、「チッ!」と小さく舌打ちを零す。
 小町の背中に嫌な汗が一筋伝った。
 今動いていなかったら今頃小町の首は切り飛ばされていただろう。死神が鎌で首を刈られるなど、笑い話にもなりやしない。
四つんばいの体勢から地面を蹴るとともに能力を発動させ、小町は彼女から距離を取るようにして後退する。
服についていた土の汚れを、手ではたいて落とす。
 参ったね――そう小町は内心でひとりごちる。こちらからの攻撃はあらゆる態勢から防御、反撃によってかわされてしまっている。逆に先ほど一発大きな物を貰ってしまった。それに駆けていたのが分かるくらい、小町の身体には大きなダメージが蓄積していた。能力をうまく使おうにも、彼女はすでに対応を始めている。このままだと防戦一方になってしまう。いくら時間稼ぎとはいえ、負けるわけにはいかなかった。

『距離を操られるのは私にとって厄介ですが、それでもできるのは一方向のみ』
「むっ……」
『予想を働かせれば、捉えられないわけじゃないんですよ』

 妖夢のシャドウは何故能力を使った小町を捉えられたのかのタネを明かす。
 そうだったかと、欠点をうまく突いてきた相手に心の中で賞賛する。
 次で決める。そう言っているように、妖夢のシャドウは両手に長短の刀を構えた。
 いよいよ追い込まれた状況に陥る小町。牽制するために弾幕を放つ。地面を穿つようにして走るシャドウはそれを右に左にと動いて回避する。時折刀を振るって弾幕を放ち、相殺する。
 小町も接近戦を仕掛けるために敵との距離を図り、鎌を横なぎに振るった。それをシャドウはしゃがみこむことで回避する。組み合ってくると予想していた小町の攻撃は止まることができない。振りぬかれた後の大きな隙を付いてシャドウが接近し、柄で小町の鳩尾を殴りつけてきた。
 息が一瞬止まった。
 強烈な痛みとともに、息苦しさが彼女を襲う。
 地面に叩きつけられ、激しく咳き込む。一瞬にして奪われた酸素を求めて大きく息を吸おうとする。
 次の瞬間小町の背中に暑い熱と痛みが走る。思わず目を見開き、息を吸うのも忘れてしまう。力が抜けるように、小町は再び地面に倒れ伏す。肩越しに荒い息を零しながら後ろに視線を向ける。
 そこには右手に握られた長刀を振り下ろした妖夢のシャドウが見下すような視線を向けてきている姿があった。
 銀色の刀身からは、小町の背中を切った際に付着した血が一筋伝って、地面に小さな斑点をいくつも作らせている。
 懐から白い和紙を取り出し、刀身についている鮮血を拭い取る。そして血を拭き取った和紙を虚空に投げると、どこからか冷たい風が拭いてきて、それをどこかへと運んでいった。
 嫌な予感がした。
 その風が、小町に不吉な予感を運んできた。
 そんなはずはない、あってほしくないと思う。
 だがシャドウは口を開き、それを言う。

『決着がついたようですね……』

 白玉楼がある方向に視線を向ける。
 膝をつき、何とか立ち上がろうとする小町であるが、身体が鉛のように重く、立ち上がることができないでいる。

『西行妖が満開になります。これで幽々子様の望みが叶――っ!』

 次の瞬間妖夢のシャドウは何かが動き出したのを察知し、すぐさまその進路を阻むようにして両手に握られている刀を構えた。振り下ろされた恐ろしい大きな鎌が、彼女の首ギリギリで受け止められていた。
切っ先がチクリと彼女の首に当たり、そこから一筋の血が流れる。
彼女の目前には必死さを前面に出した様子の小町がいた。
組み合っている鎌は小刻みに震えている。立っているだけでも厳しいというのに、そんな限界に近い身体を酷使して攻撃を放ってきたのだ、軽くいなすだけでも彼女は倒れてしまうだろう。
 何とか押し通ろうとして力が込められると切られた背中から血がさらに流れ出る。
 「ぐっ!?」と苦悶の声が漏れる。地面に落ちた自らの血で足が滑りそうになる。それでも必死で踏ん張ることで、押し負けないようにしている。
 どこからそんな力がわいて出て来るのか、妖夢のシャドウにはそれが分からなかった。だが手負いの相手に負けるほど、彼女も弱くはない。
 刀身を滑らせるようにしていなし、小町の腹部に対してみねうちを食らわせる。身体をくの字に曲げ、口から空気を強制的に吐き出させられる。
 後方に弾き飛ばされる。
 それを追って地面を蹴る。両手に構えられた長短の刀。銀色に鈍く輝く刀身。この一撃ですべてを終わらせる。そう思って妖夢のシャドウはカッと目を見開き、攻撃する。

『この私に、切れないものは……あまり(、、、)ない! ――“空間殺法”!』

 その瞬間に小町の視界の空間に無数の切り傷が生まれた。
シャドウの攻撃によってそのように見えたのだ。
斬撃の檻に閉じ込められ、身動きが取れなくなる。四方八方に放たれている無限の攻撃にガードするように鎌を構えるが、柄の半ばから真っ二つに切られる。防御を破られ、服と肌をズタズタに切り刻まれる。血が噴出し、青い服と相まってか、紫色に変わってきていた。攻撃が止み、ようやく解放される。だが全身を襲う激痛と血を流しすぎたために頭がぐるぐると回るような感覚になり、さらには身体から力が抜けていくなど脱力感を感じた。小町は自身を支えるものを失い、ガクリとそこに両膝をつく。呼吸音も小さくなり、その音は今にも消えてしまうかのようなものだ。緋色の髪をツインテールに結わえるための髪留めが攻撃の嵐の間に切られたためか、髪が解かれていた。
戦うことのできないだろう小町を見つめながら妖夢のシャドウはゆっくりと背を向け、白玉楼の方へと足を踏み出す。
だがすぐに振り向きざまに長刀を一閃し、放たれた弾幕を斬撃と友に放たれた弾幕によって相殺する。霊力が霧状に漂い、虚空へと溶け込むように消える。

『諦めの悪い人ですね。いつもの様子からはとても想像のできない姿ですよ?』
「だろう、ね……」

 妖夢は信じられないという色を見せつつも、いい加減にして欲しいという呆れを混ぜた表情を見せ、小町に対して言う。
 そんなシャドウの言葉に対し、小町はくすりと軽く笑みを零しながら呟いた。
 確かに彼女のことを知っているものからすれば、ここまでしつこい今の姿を見たこともなければ、信じることもできないだろう。だが得物を失いながらも彼女は掌に霊力で作られた弾幕を生成し、戦いを続行しようとしている。ジャラッと霊力でできた賽銭の形をした弾幕が音を立てる。
それを振りかぶり、投げつける。
 すぐさまシャドウは地面を蹴って中へと回避行動を取る。迎撃してもよかったが、彼女の姿から何故かそれは悪手に感じられたための選択だった。虚空を穿つ弾幕が地面に落ち、土煙を上げる。
 上空から狙いを定め、剣を一閃し、弾幕の雨を降らせる。
 小町は表情を歪めつつもたたききられた釜の刃の残っている方を掴み、能力を行使してその場から非難する。同じように弾幕は対象に当たることなく外れた。
 地面を滑るようにして移動した小町はその場に片膝をつく形になってしまう。上空から弾丸の如き速さでシャドウが迫る。刃に加速が拭かされて振り抜かれたそれの威力はすさまじいものだ。
 ――やられる……!?
 いよいよ限界だった。逃げることも、防御することも叶わない。今の状態では得物ごと叩き切られてしまうのがオチだろうと分かっていた。弾幕を放とうにも先ほどの能力の行使で霊力がすでに底を尽いていた。
 まるでスローモーションのように見える。
 ゆっくりと迫るその刃を、ただ目を見開き、瞬きをせずに見つめることしかできない。
 その瞬間どこからともなく刃が双方の間にまるで滑り込む形で割って入ったのだ。
 刃と刃が組み合い、甲高い金属音が響き渡った。
 

 ――6月15日 ???――


 どこまでも深く、そして暗い場所。
 全てがあり、全てがない場所。
 全てのヒトの無意識が繋がる遥かなる深淵。
 そこにただひとつの光があった。
 ひらひらと舞う黄金の蝶。
 それが照らし出すその一点に、横たわるひとつの存在があった。
 糸が切れた操り人形のように、ピクリとも動こうとしない存在。
――彼の者は力及ばず、“死”の前に敗れ去った。
喜びも悲しみも、その心も魂も、
積み上げた想い出も、記憶も、全ては無に帰そうとしている……
だが、もしもまだ、
その心の奥底に希望への意志が残っているならば、
己がペルソナを呼び覚まし、再び立ち上がれ。
君の真実の人生を、自分自身の手で掴み取るがいい――
 強制するわけでもなく、ただ語りかける。
 その時普遍的無意識の深遠へと溶け込もうとしていた存在の一本の指が動いた。それを確認した黄金の蝶はまるで満足したかのように再びどこかへと姿を消した。
 そしてそれと同時に、その存在の姿は何かに汲み取られるかのように、姿を消した――。


 ――6月15日 ベルベットルーム――


 もう聴き慣れてしまって歌声が聴こえてきた。
 否もはや聴くことはないだろうと思われていたもの。
 何せ優也は命を散らせてしまったから。
 もう生きてはいないから。
 確かにこのベルベットルームというのは意識と無意識の狭間にあるものであるが、もはや優也にはそれすらないはずなのだ。
 それなのにいつものようにこの青一色に塗られた部屋に来ていた。
 今までとはまた部屋の様子が変わっていた。
 始めの頃にきたときに見た、あのせまっくるしいものではなく。もはや大広間波の広さを持つものへと変わっていた。
 いつものように中央付近には大きなテーブルを囲むように四方にソファーが置かれている。さらに様々な食器や、ワインボトル、壁には絵画が掛けられており、四脚の台には様々な陶器が置かれていた。
 この部屋の主であるイゴールが座っている中央のソファーの後ろにはいままはなかったはずの大きなピアノが置かれていた。そのピアノの椅子に座っている男性が、ゆったりとした旋律を奏でている。今まで姿が見えなかったが、彼はそこにいたのだと分かる。彼の近くには女性が立っており、その透き通った美声で歌を紡いでいる。彼女もまた始めて見る人物だ。
 そしていつの間にか優也は自身がいつものようにソファーに座り、目の前に座る人物と対面しているのを理解した。
 視線の先にいたのは、白髪で鼻の長いスーツ姿の老紳士であるイゴール――ではなく、どこかの高校の制服だろうと思われる服を着て、首から大きめのイヤホンをかけている優也智それほど年の離れていない少年だった。特徴的な青みがかった黒髪、青い瞳はまるで透き通る海のようだった。前髪は右側だけがやけに長いために所謂キタローヘアになっている。
 彼の隣にはいつものようにアリアとともに、少年同様優也には見知らぬエレベーターガールの服装をした女性が立っていた。
 彼女の手にはアリアの持つのと同じようにペルソナ全書と思われる分厚い本が抱えられていた。

「ようこそ、ベルベットルームへ……」

 彼に対する第一印象はクールドライというものだった。
 その印象の通り、やや淡々としているような話し方だ。
 しかし親しみのこもった声だった。

「どうして、俺はここに……。それにイゴールは?」

 優也は“死”との戦いで敗れたはずなのだ。そしてあの時命を散らし、死んだはずだった。それなのに今こうしてベルベットルームに五体満足でいる。
それが理解できないでいた。
 優也の問いに対して、少年が応える。

「君は確かに一度死んで、普遍的無意識へと帰ったはずだった……それでも君は望んだ、君自身求める答えを掴むために――生きたいと」
「――っ!?」

 目の前の少年の言葉にドキリとして肩を揺らす。
 相変わらず透き通った瞳のまま、こちらを見つめてくる。まるで全てを見透かされているのではないかと疑ってしまう。
 彼の言う言葉に納得してしまった。
 もはや霞を掴むような感覚でしか思い出せないが確かに優也はそれを望んだ。
 まだ死にたくないと、まだ知らぬことを、答えを知りたいと――。
 それを汲み取ってくれたのは一匹の黄金色に輝いていた蝶だったはずだ。
 蝶――確か幽々子のスペルカードも同じように蝶の形をしていたなとひとりごちる。

「そしてこの部屋の主は今少し席を外しているよ。彼も何かと忙しいからね、()の方もなにやら騒がしいらしい」

 目を伏せてそう言う少年。
 彼の周りには少しだけ悲しみが漂っているように感じられた。
 それが何に対するものなのか、優也には分からない。

「――死はふいに来る狩人にあらず
もとより誰もが知る……
生なるは死出の旅……
ならば生きるとは、望みて赴くこと。
それを成してのみ、死してなお残る――
君にはそれが、果たしてできるのかな?」

 突然に詩を紡ぐようにして彼が言う。
 “死”とは突然に現れるのではなく、常に傍らに存在するもの。
生きるということは、死へと向かうということ。つまり“生”と“”死“は決して異なるものではなく、同じだということだ。
ヒトは一体何を求めて生きようとするのか。
そして死する時、その手には一体何が残るのか。
それをなすことができるのか、できぬのかはそのヒト次第。
一度は死んでしまった優也であるが、まだこんなところでギブアップを宣言するわけにはいかない。
彼の言うように、自身の答えを見つけたわけではないし、何よりも人里の人々を死なせるわけには行かないから。

「今ひとりの女性が戦っている……君はどうしたい?」
「それはもう決まっている――」

 手を組み直す少年が尋ねてきた。
 強制をするわけでもなく、ただ本人の意思を尊重するという思いが感じられた。
 そう尋ねられた優也、もう答えは決まっている。
 その瞬間優也の足元にペルソナを召喚する際に現れる魔法陣が現れ、光が迸る。ベルベットルームにいる者たちの視線がそれに向けられる。
 その光の中から現れるペルソナ――優也の最初に手に入れたペルソナである“アルトリア”だった。

『我は汝、汝は我。我は汝の心の海より出でし者。我は汝とともに戦場を駆ける者であり、人々の導とならんとする者……聖剣の担い手、“アルトリア”なり!』

 部屋の中に吹き荒れるは王風。
 凄まじい風圧に思わず腕で顔を覆ってしまう。
 僅かに開けられた瞳に映る周りの様子。
 そこに映った周りの者たちは涼しげな表情を浮かべ、その風をまるで微風のように感じているようだった。
 彼らのそんな反応に対してただ唖然とするしかできない。ゆっくりとその風が治まってくる。あれだけ激しい風が吹き荒れたというのに、まったくベルベットルームの中には荒れた様子はなかった。
 何事もなかったかのように男性は再び繊細なタッチでピアノを弾き始め、女性はそれに合わせるように透き通る歌声を旋律に乗せ始めた。

『汝よ、我は汝が戦うという意志があるのなら今再び汝の剣となろう』

 床に剣の切っ先を向けたまま、真剣な表情を浮かべ、彼女は言う。
 横に立つ彼女に対して、向き合うようにして立ち上がり、優也は確かなる決意を込めた言葉を吐き出した。

「まだ終われない……だから、俺は戦う」

 その言葉を聞いて、正面に立つ“アルトリア”は満足そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと光の粒子となって消え、優也の心の海へと戻る。
 そして優也もそれと同時に意識が遠のいていくのを感じた。
 ゆっくりと閉じられていく瞳にあの少年の姿が映った。
 ただこちらに視線を向けている、まるで見守っているかのようだ。
 その少年、きっと会えるのはこれが最後だろうと、何故かそう思った。
 彼と出会えたこの奇跡、きっと忘れないだろう。
 今度イゴールに彼について聞いて見ようと思った。
アリアの隣に立っていた女性のことも気になる。
 そんな風に考えていた優也は完全に意識を失い、現実へと戻った。


 ―6月15日 白玉楼―


 起きて、また眠りにつく。そんな繰り返しだった。
 身体に無数に付けられる刀傷。
 はっ……こちとらまだまだ乙女なんだぜ? そんな乙女の肌に傷付けられるなんて、最悪だ――。
 身体に無数に刻まれた傷口から血が流れ出しており、白い彼女の肌を赤く染めていた。自分の身体を見て、何度目かのその思考を行う。
 苦笑いを浮かべ、どうしてくれるのだと思った。
 突然彼女の身体が大きく痙攣した。
 ゆっくりと視線を下げる妹紅。
 彼女の瞳に映ったのは心の臓に突き立てられる銀色の鈍い輝きを見せる刀剣。一突きで身体を貫き、その銀色の刀身は赤々とした血糊で真っ赤に染まっていた。
 思いっきり抜き取られると、命の鼓動を止めてしまった妹紅の身体は無抵抗のまま地面に倒れた。
 こうして心臓を貫かれて殺されるのも何十回と繰り返された。途中から面倒になってきたので、数えることをやめていた。
 “死”はその血糊の付いた刀剣を一振るいしてそれを落とす。地面にべっとりとついたそれも転々と地面に彼女が殺された回数を示すかのように残っていた。
 地面に転がっている妹紅の遺体が再び炎に包まれる。火の鳥が炎の中から復活するように、妹紅もまた炎の中から、先ほど心臓を一突きされたというのに、その傷も完全に完治した形で立ち上がった。
 「まだまだやられるわけにはいかないんだよ」妹紅は拳に炎を纏い、戦闘の構えを見せる。“死”は鬱陶しいというように、その刀剣を地面に叩きつけ、赤い衝撃波を放つ。それに対して妹紅も巨大な炎を放つことで迎え撃つ。
 ぶつかり合い、双方の間で爆発が起きる。間で起きた爆発は双方を後退させるだけの威力があった。
 しかしその爆発を無視して接近した“死”が刀剣を振り下ろしてくる。迫る凶刃に対してスペルカードを宣言し、無数の斬撃の弾幕を放つことで受け止める。
 『“ハマオン”!』刀剣を地面に突き立てながら、そう宣言した。
妹紅の足元に三角形上の魔法陣が敷かれ、包み込むようにして数枚の御札が出現した。浄化の結界に捕らえられた妹紅は歯を食いしばることで何とか耐えることができた。しかし一気に体力を奪われてしまう。
 思わず疲労から片膝をついてしまう。
 肩を大きく上下させ、息を乱している。その表情には余裕というものはない。それでも相手を睨みつける眼光はギラギラと刃のように光っている。戦意は衰えていない、しかし身体が動いてくれないのだ。もう何度も蘇っては殺されることを繰り返している。彼女がいくら攻撃を仕掛けても精々まともに当てられるのは一度か二度くらい。その間にもその何倍もの攻撃を仕掛けられ、そして殺される。弾幕も着弾するのは百発中の僅かに数発のみ。そのほとんどを相殺させられてしまうのだから、彼女一人で倒すことのできる敵ではなかった。

「くそっ……」

口の中を切ったために、鉄の味が口内に広がる。つばとともに吐き出すと、血の混じったものが地面に落ちた。
 ゆっくりと近づいてくる。ジャラジャラと首からかけられている鎖が音を鳴らす。その鎖が今にも絡め取り、地獄に連れて行くのではないかと妹紅は思った。
 ――それもいいかもな……。
 そうすれば終わりのない生に対して終止符を討てるかもしれない。もしそうならば喜んでそれに手を伸ばすかもしれない。
だが今は駄目だ。
 妹紅は頭を振って今考えていたことを掻き消す。もしそれを口にしていたら親友である慧音からありがたい説教という名の頭突きをもらっていただろうと思う。それを思うと自然に笑みが零れた。
 投げつけられた鎖が妹紅の首を捕らえた。巻きついてギリギリと締め付けるそれによって呼吸がうまくできなくなる。無抵抗というわけには行かないために、接近していた敵に対して弾幕を放つ。だが刀剣を一振りすることで放たれる赤い衝撃波が、妹紅が放った弾幕をを完全に相殺し、さらにその余波が妹紅の底を尽きかけていた体力を奪っていった。
もはや腕を振るうことも、持ち上げることもできないくらいに疲労していた。
 目前に立ち、刀剣を振り上げたそれを見上げる。ゆっくりと迫る凶刃から決して眼を離さないようにする。殺されたところでもう一度復活すればいいだけのこと。この無限ループにどちらが最初に音を上げるか。
 ――生憎こういうのには慣れているからな……。
 表情には恐怖というよりも挑発的な笑みを浮かんでいた。
 首に迫る刀剣。凶刃が肌に触れようとした――その時だった。

「“アルトリア”!」

そんな今となっては聞き慣れてしまった少年の声が耳に響いた。まさかとは思わなかった。だからこそ妹紅は戸惑いもしなかったし、驚きの声を上げることもなかった。
 妹紅の首を刈り鳥羽さんとしていた刀剣を不可視の刃が受け止め、その勢いのまま振り上げると、“死”を弾き飛ばした。亡霊のように足がないためにやや浮いた状態でユラリユラリと後退するのに対して、地面を蹴って“アルトリア”は追撃をするために接近を開始した。迎え撃つように刀剣を振り上げ、赤い衝撃波―“終焉の詩”―を放ってきた。
 その衝撃波に向かっていく”アルトリア”。その表情には一寸の迷いも、恐怖もない。
ただ彼女が腰高に構えた不可視の刃を持つ得物に始めて輝きが起きた。まるで今まで隠すためにかぶせていた不可視のベールを剥ぐかのようにそこに一本の黄金に輝く粒子を迸らせた、穢れや刃こぼれのない銀色の刀身を持つ西洋剣が出現した。
 その刀身に螺旋を描くようにして風があった。
 地面を抉り、隆起させながら迫る衝撃波に対して、“アルトリア”もその剣を振り抜き、刀身に纏われている螺旋を描く風を爆発させ、同じく衝撃波とともに放った。
 二つの衝撃波が正面を切ってぶつかり合う。赤い衝撃波は刃となって風を切り裂き、黄金の衝撃波は風となってその刃を優しく包み込む。拮抗する二つの攻撃が交じり合い、消滅する。周りへの被害はなかったが、双方の間には、大きな円形のクレーターが形成されていた。
 目を奪うほどのものであるが戦いは止まらない。
 座り込んでいた妹紅に肩を貸して立ち上がらせる者がいた。
「優也……」

ホッとした小さな笑みを浮かべる妹紅が彼の名前を呟く。彼女のその声に対して、優也はただ頷いて返事を返す。
 “アルトリア”を送還し、別のペルソナを召喚する。
 新たに現れたのは赤い服を身に纏った白髪の女性――“キクリヒメ”が妹紅の両手を包み込むように手を握る。すると淡い光が彼女のことを包み込む。身体が鉛のように重かったのが、まるで羽毛のように軽くなった。度重なる攻撃でできていた傷も蓬莱人特有の高い治癒促進もあってかきれいさっぱりなくなっていた。
 足を止めていた二人に対して桜色の輝く弾幕が襲いかかる。“キクリヒメ”と妹紅が揃って炎を放ち、その弾幕を相殺していく。だが数が多いためにその迎撃を掻い潜ってきた弾幕が襲いかかる。
 二人に襲いかかる弾幕。それがどうしたというように優也は握り締めていた脇差でわずかながらに弾幕を破壊していく。着弾を許しても、数発の弾幕では大したダメージにはならない。

『なっ!? どうして、確かに死んだはずなのにっ!?』

 優也が生きているのは瀕死になる前に召喚していたペルソナ――“クー・フーリン”のスキルにあった。特性として呪殺系の魔法に弱点を持っていた“クー・フーリン”であるが、その代わりに一度だけ呪殺系の魔法によって瀕死なった場合高確率で蘇るスキルである“闇からの大生還”を所持していた。それが発動したために、瀕死になってももう一度復活する事がで来たのだ。
 そのことを知らないために、困惑を言葉で露にする。焦っているようにがむしゃらに弾幕を放ってくる。だが数が数であるために狙いを定めなくとも着弾するものはあった。空を覆いつくすような数の弾幕が群れをなして出現した。
 「これはまずいんじゃないか……?」妹紅がポツリとそう零した。優也の額から汗が頬をツゥーッと伝う。
 前半の戦闘時にも同じような攻撃があった。だが今目の前に展開されている弾幕は相手をただ押しつぶすような威圧感を与える巨大な要塞にしか見えなかった。その弾幕を一斉に放たれたりもしたら跡形もなく消し飛ばされてしまうのが目に見えていた。
回避は不可能、ここから逃げるにも彼女の言葉一つで放たれるのでそれも不可能だった。
 なら迎撃するのか。優也の中でも最も火力のある“スルト”のもつスキルである“ラグナロク”でも相殺しきる自信はない。完全に消滅させなければ二人だけでなく離れたところでこの戦いを見ている幽々子も巻き込んでしまう。シャドウの出現でほとんどの力を失っている彼女では耐え切れるかどうかも分からない。
 ――どうする……!?
 “死”が、幽々子のシャドウが叫ぶ――死んでしまえ、全て死んでしまえと。
 今にも放たれそうな弾幕。ここで決断を下さなければ全てが無に帰してしまう。

『君には力がある。それは君一人のものであるし、みんなとのものでもある』

 頭に響くベルベットルームで出会ったあの少年の声だった。

『君の力は決して一人では手に入れられないものだ。そこに仲間が、みんなとの絆があるから手に入れられた……掛け替えのない力だ。さあ思い出して、みんなとはいつも絆で繋がっていると』

 まるで彼自身の経験談を語るかのように語っていく。淡々としているが、そこには暖かな温もり、彼の何かに対する感謝のような思いが込められていた。
 優也は思い出す。彼だけでなくベルベットルームにてイゴールから語られたことを。
ペルソナの力は絆の力によって強くなっていく。
コミュニティを特定の者と育むことで、ペルソナの力が強化されるだけではなく、優也は自身の心に、何か形容し難い温かなもの形成されていくのを感じていた。
ああそうか……――優也はそれが絆なのだとようやく理解した。
そして感じる。隣にいる妹紅とも細くとも確かな絆を。まだ数ヶ月という短い間ながら、確かに二人の間にはそれが形成されていたのだ。
 絆の力は未知数。繋がりがペルソナに力を与えるのならそれがマイナスに働くというのは今はこの際考えない。ただこの絶体絶命の状況をひっくり返すにはそれしかないと考えた。だからこそ「妹紅……」優也は隣にいる彼女の名前を呟いた。
 彼女はどうしたというようにこちらに視線を向けた。彼女なりに策を考えているようだが、どうやらお手上げの状態だ。

「何か策はあるのか?」

こうなったらとことん付き合うというように言ってくる。今の優也にとっては、それはうれしい限りだった。コクリと頷き、言う。
 それを聞いて妹紅は一瞬エッというような唖然とした表情を見せる。果たしてそれがうまくいくのか、それが大きな疑問であり、不安要素だったからだ。

「これしかないんだ……」

自分にもっと力があれば一人でもやっていただろう。だが生憎優也にはそれを一人でやるだけの力がない。唇をかみ締め、悔しがるのは簡単だ。だが今はそんなことをしている暇はない。
 変わったな――。
 優也が自身について抱いている思いだった。
ただ流されるだけの自分がいつの間にか自分の意志で動くようになっていたからだ。それは決して悪いことではないだろうと思う。それに誰かを守りたいなどという変な正義感を抱くなんて、以前の自分ならありえないことだ。

「分かったよ」

小さく笑みを見せながら彼女が言う。二人は並ぶようにして立つ。優也は精神を集中し、「“パールヴァティ”……」とペルソナを召喚する。
 そして優也は妹紅との間にある絆をより強く感じるようにする。
それは隣に立つ彼女も同じで、自身の心と優也の心が一本の糸のようなもので繋がっているようなイメージをする。
 二人のイメージが重なった時、そこに男らしさと女らしさを兼ね備えた男女両性の神――シヴァ神(右半身)とその妻パールヴァティ(左半身)の合体した姿である“アルダナーリーシュヴァラ”の姿が現れた。
 普段は特定の二体のペルソナの絆の力を結んで扱う特殊なスキル。だがこのスキルを遣うために必要なペルソナである“パールヴァティ”とは違うもう一体のペルソナを今の優也の力では召喚することができなかった。だからといってそのスキルを使えないというわけではなかった。今回の妹紅のように優也が絆を紡いできた者たちとのそれが強くなった時、その特殊なスキルをペルソナ同士でなくても扱えたのだ。

『死は全てに等しく与えられる。それが早いか遅いかの違いだけ……これで、終わりよ!』

 刀剣が振り下ろされると同時に、空に浮かんだ弾幕の要塞が押しつぶすようにして地上に真っ直ぐ落ちてきた。
 だが二人には恐怖はなかった。圧倒的な威圧感とともに、押しつぶさんとして唸りを上げてくるそれに対して二人の前に現れた“アルダナーリーシュヴァラ”の翳した掌から、周りの暗闇を赤々と染め上げるほどの圧倒的な火炎放射が向けられたのだ。真正面から衝突した火炎放射がまるで点から面状に広がるようにしてその圧倒的な弾幕の要塞を走っていく。
 二重能力(デュアルアビリティ)――“アルダナ”。
 圧倒的な物量に対して、圧倒的な火力で対抗する。それが優也の出した決断だった。火炎系魔法において上位にある“ラグナロク”を遥かに凌ぐ火力をもつ“アルダナ”。それによって拮抗していた物量と火力の戦いは火力が徐々に押し始め、最後にはその要塞を真っ二つに断ち切って見せた。断ち切られた先にいた“死”に向かっていく神が放った炎。
 それは破壊のための炎であり、慈しみを与えるための炎でもあった。
 まさか撃ち破られるとは思っていなかったのか、回避行動をとるのが遅れた。そのために足の速い炎がそれを一気に飲み込んだ。ありとあらゆるものを炎が焼き尽くしていく。
 そんな炎の中で徐々に仮面が剥がれ、幽々子と瓜二つのシャドウの姿へと戻る。残り火はまだいたるところで小さく残っているが大きな炎は弾幕を相殺したのと同時に掻き消えていた。
 宙からゆっくりと地上に降りてくる幽々子のシャドウ。炎の中から現れたために来ていた服はところどころ燃えてしまい、まるで薄いタオルを身体に巻きつけているかのような扇情的な姿でいた。彼女の白い肌、炎の熱でやや赤く染まっている白い肌、豊かな胸をそんな薄いものでは隠しきれていなかった。
 そんな彼女は視線を地面に落とし、頭を垂れている。
 『あの子も負けたのね……』そうポツリと呟いた彼女。
そんな彼女に向かってゆっくりとであるが戦いの行方を見守っていた幽々子が近づき、しゃがみ込んだ。

「あなたの言っていたことは……確かに私が思っていたことかもしれないわ」
『当然よ……私はあなた。あなたの思っていることは全てお見通しなのだから』

目の前に現れた幽々子の言葉に対し、何を今更というように目を細めて言う。
そんな彼女に対し、否定をするような様子は見せない。
確かに生前は思っていたのかもしれない。生きていた頃の記憶というのは、亡霊となった時にすでに失われていた。ただ分かるのは生前の自分は嬉々として死へと誘う能力を使っていなかったということだ。そうでなかったなら、今の自分がこうして亡霊となった身でありながら存在を許されているというのはありえないのだから。
だが美しいとは思っていたのかもしれない。命が散る様は何ものをも凌ぐ美しさを持っていると今の彼女もそう思っているから。
 だから彼女の思いは受け止める。
 だが今はそれをしようとは思わない。何故なら幻想郷は彼女の大切な親友の夢の結晶なのだから。それを壊すようなことは絶対にしないし、しようとも思わない。
 それに今は美しいものを愛でるよりも、食べることの方が彼女にとっては重要なことだから。
 それを察したのかシャドウは呆れたように嘆息する。呆れてはいるが認めていないわけじゃない。彼女にとっては食を愛する幽々子もまた、彼女の重要な一面だから。

「それに今至高のものを愛でてしまったら後々つまらないでしょう? 焦らない焦らない、もっとゆったり行きましょう?」

 いつもの飄々とした彼女らしさを前面に出した態度で言う。「確かに、そうねえ……」そう眼を伏せて呟いたシャドウがゆっくりと透明になっていく。

『私はあなた、暴食(、、)であるあなたがどこまで耐えられるか……あなたの中で見物させてもらうわ』

 そう短く言葉を残し、スゥーッと幽々子のシャドウは姿を消した。
 終わった――その瞬間に全身から力が抜け、二人は地面に座り込んだ。お互いに背中を向け合って立っていたために、今は背中合わせの状態で、互いに身体を預けている体勢でいる。

「終わったな……」

そんな優しさのこもった気遣いの言葉を妹紅が呟いた。「……ああ」優也は短く、安堵を含んで応えた。彼女はそれで十分だったのか、それ以上は何も言わなかった。

「や、やっと着いたわ!」

そんな必死さを感じさせる少女の声が聞こえた。
 優也は視線をその声のした方へと向ける。その先には白玉楼に続く階段があった。
 その方向から三つの影が見えた。その影は博麗霊夢、霧雨魔理沙、東風谷早苗だった。三人とも着ている服がボロボロになり、今にも倒れそうだという疲れ切った表情を見せていた。
 魔理沙のことを抱えていた霊夢は門をくぐり、戦いの決着がついたこの状況を見て、それを察したようだ。抱えていた魔理沙を放り出し、自身も地面に座り込んだ。
支えを失った魔理沙はうつ伏せに地面に倒れる。
バッと顔を上げ、霊夢に対して何するんだと反論するも、立ち上がる元気はないようだ。声にもいつもの彼女らしい明るさと力強さがなかった。

「つ、疲れました……」

三人の中で一番顔色を悪くしている早苗が汚れるのもお構い無しに地面に座り込む。若干腹部を押さえているのは先の戦いで負ったダメージがまだ残っていたためだった。

「さ、到着だよ」

上の方からそんな声が聞こえてきた。ザッと地面に降り立つ音がした。
 そこには上空から降り立つ二人がいた。小町と妖夢の二人だ。二人ともボロボロであり、妖夢は戦えない身体に鞭を打って戦ったために、今は小町に背負われている状態だ。
 小町も彼女の得物である大鎌は破壊されてしまい、すでに手にはない。髪留めを失ったために長い髪が下ろされた状態であった。
 誰もが等しく疲弊している。それでも誰の表情も悲しみに染まったものではなく、やり遂げたのだという安堵と満足に満ち足りたものだった。
 風に乗って西行妖に咲き乱れていた桜の花びらが白玉楼の外へと流れていく。桜の花びらが作り出す花の川を流れるように、人里の者たちの魂が西行妖の縛りから解き放たれ、もとの場所へと戻っていく。
 きっと今頃は人里でもみんなが目を覚まし始めているだろう。全員が助かれば良いのだがと安堵とともに少しの不安を抱く。こればかりは人里に戻ってから話を聞くしかない。
 優也は空を仰ぎ見る。
 日にちが経ったために僅かに欠けた、限りなく満月に近い月が輝いて見えた。その周りを競い合うようにして星星が輝いている。
 そんな情景を見つめながら優也は思う――綺麗だと。
 誰かを傷付けて手に入れるものよりも、このように自然なものの方がやはり見ていてすっきりする。
 空に瞬く星の一つ一つが命の輝きで、まだ誰の命も失われていないのだという希望を抱くように、優也は見ていた。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.