田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−

作者:出之



 2話 褐色の黄金獅子旗

 司令官が全身から発散する焦慮、殺気立った気配は艦橋全体を蝕み、空気は焦げ臭い。
 自由惑星同盟宇宙軍第二艦隊司令、ジョセフ・パエッタ中将。
 艦隊旗艦「パトロクロス」。
 なんでこんなハメになるのか。パエッタは天を呪いたい。

 軍の早期警戒線はイゼルローン方面より侵攻する敵戦力を捉え、警報を発した。
 直ちに偵察が強行され、敵の概要は明らかになる。

 種別  :打撃軍
 編成  :戦艦、巡航艦、駆逐艦、他補助艦
 戦力規模:約2千

 侵攻ではない、のか。
 同盟軍艦隊本部司令室で、スタッフは一様に奇妙な顔付きでお互いを眺めあった。
 部隊降下、占領任務を持つ惑星強襲艦を編成に含まない敵軍。
 取り敢えず無害である。ただ動向把握は必要であり監視は継続し蝕接を維持。推計進行方向及び周辺宙域に航行制限を発令、民航各社にも徹底する。
 敵状把握に徹するこの軍の態度を、議会が突き上げた。
「軍は何をしている!航路妨害を受け官民共々莫大な経済的不利益を被っており、それはこの瞬間も累積しておるのだぞ。直ちにこれを修復すべく、敵を排除せよ!」
 これを受け敵戦力迎撃が、賛成多数で決議された。
「お待ち下さい!。現在、我が同盟が受けている数々の経済的損失については私も理解出来るつもりです。ですが!、将兵の身命に替えられるものではないでしょう。確認された限り、現在、敵には惑星攻略の能力が認められていません、無害なのです。今暫くの猶予を願いたい」
 統合作戦本部長、シドニー・シトレは兵理を以って懇願するが聞き入れられなかった。
「勝てばよいであろう。敵の倍、4千の動員を許可する。これで勝利してきた給え」
 決議を受けた国防大臣、ヨブ・トリューニヒトはにべも無かった。
「4千では戦力に不足があります。迎撃であれば6千、可能であれば1万を戴きたい」
 シトレは冷静に切り返す。
 トリューニヒトは冷ややかに言い放つ。
「敵が攻めている以上、我が方は防御側であろう。防御であれば敵の1/3の戦力でも対抗出来るはずだ。見くびって貰っては困るな、元帥。承認出来る予算は4千、それ以上は無理だ、これは我々の温情なのだぞ。」
 更なる抗弁は既に危険だった。現有戦力を減らされる前にシトレは拝命する。
「ああそれと、戦法は3方向からの包囲殲滅だ。ダゴン方式を採用し給え、これは臨時予算承認の前提条件だ」

 シビリアン・コントロールの過干渉。それでも「民主主義の守護神」を標榜する同盟軍としては無条件に従う他はない。

 迎撃軍の編成は錬りに錬られた。
 3方向からの分進合撃、これは動かせない。軍が民意に叛くを阻止すべく議会が派遣した、「法令遵守推進委員会」が各艦隊旗艦に同乗しているのだ。
 パエッタの隣にいるのは、しかも女だ!。
「どうされました、ミスタ、パエッタ。怖いお顔」
 涼しげな美貌の、ジェシカ・エドワーズ委員はそう、彼に微笑む。
 殴り倒したい、艦外投棄してやりたい。
 パエッタは軽く顔を撫で、硬い笑いを返す。
「失礼、ミズ、エドワーズ。軍人といえど実戦に臨んでは緊迫するのです」
 判っているのか、くそ、敗北必至なんだぞ敗北必至!。
 あらまあ、そういうものですの。
 無邪気に驚く顔を凝視しながらパエッタは懸命に自分を鎮める。
 判っていない、もちろんこの女は何も判っていない。

 お前も”死ぬ”んだぞ。

 或いは、ナポレオンに習って兵力の不均等配備を行うか。
 しかし誰も奨んで、
「では、我が艦隊から戦力を供出しよう」
 などとは当然言い出さない。
 或いは全艦を巡航艦か駆逐艦で編成して機動余力を確保。
 もちろんダメだ。火力も耐久も足らなくなる。
 結局、アスターテで足を止めた敵軍に向け、3方向から規定通りにだらだらと、3方向とも戦力過少を解決出来ないまま時間だけが過ぎて行く。
 敵の内線機動による各個撃破、全滅という悪夢に向かって。

 その時、艦橋に小さな、軽やかな音が響いた。

「失礼、”仕事”に関する事の様です。」
 一言断り、パエッタは足早に司令官卓に歩み寄る。
『諸君もこの状況は把握している筈だ。意見だ、意見が必要なのだ!。知恵を出せ!生還の努力を、今こそ、諸君らの軍への忠勤を私は期待している』
 先に発した参謀連に対する”督戦”の結果が出たようだ。
 確認したパエッタは目に見えて落ち込む。
 件数は1。あれだけの数が乗っているにも関わらず。
 そしてパエッタはさらにイヤな顔つきになる。相手が相手だったので。
 よりによってあの、”ブリ”か。今度は何を言ってきたんだ。
 艦隊司令部に随伴する参謀の数に不足はない。
 多い。過剰だ、こんなに要らない。
 正直、昨今、同盟軍は負けが込んでいる。戦闘そのものがさほどの戦力投入ではなく、よって大局を違えるような大敗などではないが、勝っても許容損害が見込まれる戦争の舞台で連戦連敗による損耗の蓄積は徐々に確実な悪影響を見せている。
 人事の問題もそれで、艦艇、正面戦力の漸減に伴い、配属すべき人員、特に士官が余剰状態にある。そして議会から有力な雇用創出業扱いされている同盟宇宙軍は、自身、徴募ワクを減らす権限を持たない。
 仕方ないので、学校が量産する”余計な”士官は纏めて本部付け、参謀として飼い殺しにしている。
 以上を踏まえてなお、今艦隊にいる参謀は、艦隊勤務手当てだけが目当てのバカか、自分は絶対負けない自信の能力がある天才か。
 ”ブリ”はまあ前の方だろうが。
 その事情で、顔も名前も判らない覚えきれない。数も多く入れ替わりも激しい参謀などパエッタはいちいち気にしてはいなかった。
 コーヒー独裁の軍にあって紅茶党を掲げる貴族趣味かぶれ、ブリティッシュ野郎。
 略して、”ブリ”。
 そしてパエッタは、出された作戦案を見て軽い頭痛を覚える。
 それはこう始まっている。
 ”必要は包囲の完成にあります”、と。
 こいつの経歴は経済犯、詐欺師の出身だったのか。
 それでも包囲を完成するという以上、本人に確認するしかあるまい。
 返信し、作戦室に来るよう指示する。自身も移動する。

 銀河帝国帝都、本星、「オーディン」。
 皇帝の居城、「新無憂宮」。
 そして併設された多くの宮殿の一つ、晩餐会会場の隅で、そのワイングラス片手の男二人は場にそぐわない、血生臭い話に講じている。
「ふむ、妙に婦女子が冴えない顔かと思えば、ローエングラム伯は今夜も欠場か。」
 男は会場をさりげない視線で見渡し、珍しく、上機嫌であることを隠さない。
「公爵閣下にあっては御機嫌麗しく。どうやらそのようで」
 もう一人、貴族階級にしては禁欲的に引き締まった体躯の侯爵、ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世が追従にならない程度を弁え、挨拶代わりに言う。
「姿を見ないがそういえば」
 贅肉ではなく権力で肥え太っていると評される、皇帝に次ぐ権勢を惜しみなく振舞う男は、何でもない、今、気付いたという様子で口にする。
「ローエングラム伯は叛徒征伐、外征の身、であったな」
 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクはそう、とぼけてみせた。
 あったなも何も、自身の政治力で軍に圧力を掛け、ラインハルトを送り出すことに成功したのはこの、ブラウンシュヴァイクその人である。
 最も、本人が喜んで出ていったので、さほどの手間は要していないが。
「それも、そろそろではないかと」
 リッテンハイムが、出撃日時より逆算してのことを言う。
「ふむ。我が方は、無事に勝つであろうかな」
 ブラウンシュヴァイクは、自身の欲する真逆を案じてみせる。
 死ねば世話はない。帝国への忠義をあくまで鄭重に弔ってやろう。
 せいぜい恥辱を、帝室の権威にたっぷりと泥を塗ってみせてくれ。
 それがお前の役回りだ、”金髪の儒子”め。

 作戦に自信があるのか。”ブリ”は既に待ち構えていた。
 まあ下が上を待つのは軍でもなお当然だが。
「君の作戦案は見せて貰った」
 なるべく平静にパエッタは告げる。
「なかなかに、興味深い。しかし」
「有難うございます」
 ”ブリ”は乱れた、半端に長い黒髪を下げる。
「いうは易い。問題は実現可能性だ」
 もっともな疑念をパエッタは指摘する。
「それには方策があります」
 ”ブリ”は嬉しそうに言う。
「艦隊戦力の更なる分割が必要です」
 パエッタは一瞬、俺たち二人は同盟共通語と帝国公用語で会話をしているのか、という不安に襲われ、いやそうじゃないと思い直す。
 ”ブリ”が何を言い出したのかは理解出来ないが彼は決意した。

 代わりに目の前のコイツを殴ってやろう。

 少しは気が晴れれば自身、何か妙案でも想起できるのでは。
 が。
 鉄拳制裁は実現しなかった。
 パエッタは詳細次第をいつの間にか聞き入っていた。
 なるほど、彼は得心した。
 ”ブリ”の案は、悪くはない。否。
 今ならまだ辛うじて間に合うか。しかし。
「これはその、貴官は実現可能だと思うかね。」
 先の勢いは霧消し、パエッタは最後の質問を投じる。
「ダメというなら諦めましょう。時間が解決してくれます。幸い道連れには欠かない、たぶん寂しくはありません」
 さらりと参謀は言い切る。

 両軍の、推定会敵予定刻限を超過すること既に600秒。
 宇宙は静かで、戦いは気配すらまだない。
「敵はどこに消えたのだ」
 高速戦艦を基幹に、巡航艦及び駆逐艦で編成された快速機動部隊を指揮し部隊先頭、中央に位置する分艦隊司令、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトは苦い顔付きで低く独語を漏らす。
 本隊500に対し分艦隊が各300。このファーレンハイト支隊もその一つ。
「現在、鋭意捜索中とのことですが」
 いわずもがなのインフォメーションに。
「無論だ!」
 短く応じる。
 時間は今の帝国軍の敵だ。
 もし、叛徒どもが集結に成功すれば、ただの1対2での殴りあいである。
 そうなれば有利不利は子供の算数でしかない。
 本来であれば既に敵の一部を撃破し、次の襲撃機動に移行していなければならない。
 突如、オペレータたちが騒ぎ出した。
「反応、反応!、敵です、敵部隊です!」
 ファーレンハイトは指揮卓から直接、駆け寄る。
「どこだ、数は?!」

「500?」
 討伐軍総司令はいぶかしげな声を発した。
「方向、6時!」
 帝国軍は軽い衝撃を受けた。
「廻り込まれただと?ばかな、いつの間に!」
 常に沈着な参謀長、メックリンガーが声を荒げるほどに。
 しかし今は議論の時間ではない。
 決断の時だ。

 帝国軍の背中が見える。
 こんな好機があろうか。撃ちたい。撃てばいくらか減らせよう。だが。
「敵、増速前進!。」
「我が軍の攻撃圏より離脱を図る模様!。」
 そうだ、それでいい。
 艦隊運動指揮の手腕を買われ、今回、臨編分艦隊の指揮権を預けられたエドウィン・フィッシャー准将は、外観こそ泰然を装っていたが内心では滝の如き汗を流していた。
 2000対500。
 勝算を占うまでもない。蹴散らされて終わる。
 防衛戦の地の利を生かし、何とか敵索敵網の穴を突き、側翼迂回、後方に進出成功したものの、先の瞬間まで常に全滅の危機という、死神からの凍て付く抱擁を受けていた。もし敵が損害を許容した上で一斉回頭、逆撃に転じていたら。
 また一度、背筋がぞくりと震える。
 まだだ。
 勝負はこれからなのだ。
「全艦前進!」
 勇将の如く敢然と、フィッシャーは旗下に命じる。


『『それは、500ばかりの同盟軍小部隊が、2000を誇る帝国軍侵攻部隊を追い立てる奇怪な情景でした。
 ”アスターテ会戦”はこうして始まったのです。』』


「戦術単位である高速戦艦部隊を本隊から分離、これを予備として機動させます」
 ”ブリ”が提示する作戦構想は複雑な艦隊運動を要求しているが、発想そのものは簡明に構成されていた。
「そして我々本隊と……」

 全く、何たることだ!。聞いていた作戦とずいぶん違うのではないか。
 固太りの体躯を震わせ、帝国軍大将、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは自身から辺りに投げ放したくなる上層批判を、並外れた胆力で押し留めていた。
 やはり無理があったのだ。あのような、経験浅い貴族上がりの”坊や”に討伐軍総司令官などと。こうなるのは明らかでは無かったのか。
 否。
 構図は寧ろ逆に、これは謀略そのもの。今回の人事、そして作戦は帝国の内政、宮廷舞踏会の要請だったのではないのか。
 だとするなら。考えなければならん。
 老将の思索は、眼前の戦術状況を遥か遠望する戦略的見地に飛翔している。
 しかし現実はそれを許さない。
「反応、反応多数!。」
「敵部隊です!。方位12時!!。」
 オペレータの悲鳴にメルカッツは目を見開く。
 挟撃されたというのか。
 状況は最悪だ。
 足を止めて殴りあえば、後方の500が全力で突撃して来るだろう。
 どうするつもりなのだ、金髪の儒子!。

「問題は連携です。後方展開させた高速部隊がすぐ、囮と見破られては困ります。そこで」
 ”ブリ”は作戦卓に手を伸ばし、続ける。
「遅滞させていた第四艦隊を、ここで突撃させます」

 自由惑星同盟宇宙軍第四艦隊司令、アラム・パストーレ中将。
 艦隊旗艦「レオニダス」。
 猛将と評されることが多く、自負もあるが彼だって怖いものは怖い。
 自分はどうでもいい、戦って死ぬならそれで。
 恐ろしいのは部下だ。その身命の濫費だ。
 政府から、その家族から任され、預かる以上、その総てを無事に返したい。
 返さねばならぬ。
 その心情を知ってか知らずか。
 パエッタはこの俺に突撃を指揮しろという。
 既に高速戦艦300を、幕僚フィッシャーと共に引き抜かれ1000を切った、僅か900の艦隊で2000の敵に正面から突っ込め!、ときたもんだ。
 作戦行動中に部隊間で情報共有に使われる、高速無人通信艦のメッセージは実にあけすけなものだった。
『どうせこのままだと全滅だ。ならせめて華々しく散ろう』
 咲いて散りましょ邦の御為、か。
 パストーレは意気に感じた。判った、乗ってやろう。
 パエッタは親友で、先任でもある。そして借りも。
 最近、ポーカーで負けが込んでいるのだ。

「9時だ。全艦、9時の方向に」
 ラインハルトは平静そのもので命じた。総ては予定通りという落ち着き払った空気と共に。
 しかし当然のように、内心には言葉にするのも難しい激情が荒れ狂っている。
 何故だ。ラインハルトは一人咆哮する。
 叛徒どもがこうも動く。

 少し考えれば答えはカンタン、要するに同盟軍が革命軍であるからに他ならない。守るべきドクトリンも破るべき戒律も彼らにはない。

 勝てばよいのだ。

 誠にその通りで。
 それに、生けるものは命が掛かればいろいろ必死になるものだ。曳かれる家畜も足を踏ん張る、ましてや人間では。

 帝国軍全艦はさらなる運動戦。開けた左翼に向け一斉に旋回。
 しかし。人望薄い若き司令の元、きしみ続けていた軍制が、遂に音を立てて弾けた。
「!追随しません」
 オペレータが叫ぶ。
「何だと!」
 流石にライハルトも声を高める。白磁の頬が薄く色付く。
「エルラッハ!フォーゲル!。両提督部隊、敵第四艦隊に突撃します!」
「いかん!何を考えている。両将に通信を!。別働ハコレヲミトメズ。だ、急げ!」
 ラインハルト、怒号。
 しかし待てといわれて世の待った例なし。逆に。
「これ以上叛徒どもに背を向けていられるものかなるものか!」
「帝国軍人なら恥を識れ!全軍、我に続け!敵を中央突破する!」
 両将から帝国全軍に向け鬨の声。

 先祖はシマヅですか。

 もちろん誰も続かないし。
 そも配下にも見限られ、ひょろひょろ向かって行ったのは同じく、山より高いプライドで座乗する一握りの貴族艦。総数100以下。
 ここでパストーレが卓抜な艦隊指揮を示す。
 まるで本当に突破されるが如く第四艦隊は隊列を自ら寸断。
 そのまま帝国軍を艦列に飲み込むと、ごくりと喉を動かす大蛇のようにこれを一撃で殲滅。
 全く運動量を殺さずそのまま前進を継続する。
「ぜ、全滅です……」
 律儀なオペーレータの言葉に。
「愚かな」
 道連れにされた者に向け、ラインハルトは一瞬瞑目。
 しかし彼にもそんな余裕は無かった。

「そしてこれで、チェック・メイト」

「反応、敵です!1300、10時の方向!」
 音を立てて総司令官は立ち上がった。
 立ち尽くしていた。

 我、総数1900。
 敵、総数2700。

 同盟軍による包囲殲滅の方程式は組み上がった。
 これで、求められる解はあと、時間を残すのみ。

 帝国軍、殲滅までの時間を、だ。

「まだだ、まだ包囲は閉じていない!!」
 ラインハルトは自ら全艦に向け通達する。
「左旋回継続!。敵、第二艦隊と別働隊の間隙を衝く!!」
 衝いてどうするのか。
 脱出するのだ、もちろん。このポケットから。

『星を見てるのか』
 友人に対するものだとしても、副官の言葉は少し厳しい響きを含んでいる。
 呼び掛けに、総司令官は副官の顔を眺めやる。
 するとそこに、何でもいいからお前も少し、働け!と書いてある。
 必死に働いていたのだが。
 見える星は現実。艦の外殻が消失しそこから艦内を覗いている。
 既に気密は無いが機関は無事だ。
 敗軍の将に艦を代わる猶予などない。まずは最低限、イゼルローンまで帰還せねば。
 帝国軍史上でも記録的な惨敗だった。
 脱出に成功した数は僅か400足らず。
 殿を務め、突破口を確保し続けたメルカッツとファーレンハイトは最後まで抵抗、白兵まで演じた挙句両名とも部下の安全を願出でて投降、捕縛されたと聞く。
 そしてさらに、脱出後、遊軍と化していた敵、第六艦隊と遭遇、叩かれて数を減らし。
 現在従うもの、100あるか無きか。落伍するもの必死に追随するもの、総数すら掴めていない。
 ラインハルトは謙虚に考えていたのだ、いったい自分の何がいけなかったのか。
 いくら悩んでも判らなかった。自分が何を誤ったのか。
 敗北は哀しい、だが認めよう。
 だから答えが欲しい。
 次の勝利の為。

 星に願いを。

『『アスターテ会戦は終結しました。これはローエングラム侯初の、そして最大の敗北となりました。帝国軍の作戦を指して、”兎を獲りに山に入り、虎に喰われて帰ってきた”と当時のメディアが伝えています。明確な作戦目的を持たないプレゼンス目的の部隊運用が、却ってそれを大きく損ねたのです。また人事面でも、帝国内での派閥、組織力学の影響が顕著であり、大変興味深いもので、そうした数々の歪みが最終的に帝国の大敗として作用していたのでしょう。一方、勝利した同盟軍ですが、こちらもまた内部に様々な課題を抱えていたことは既に見た通りでした。この戦いで同盟の主役を務めたパエッタ中将には、これがその栄光の第一歩となりましたが本人も自覚は無く、周辺の誰にも気付く者は居ませんでした。このときは未だ誰も。しかし、英雄とは一夜になるものではありません。英雄とはある日、いきなり気付かれる、そうしたものなのです。』』



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.