田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−

作者:出之



 4話 第二艦隊再編


 郊外の、ちっぽけな家、僅かな庭。
 将官の居城にしては、ささやかに過ぎる。

「連れが居なくなってね。買い直した」

 客の視線に応え、主は簡潔に告げる。
 そうか。いつの間に。

「まあいい、上がれよ」

 急を聞いてとんできたパエッタだったが、
 パストーレは全く落ち着いていた。
 中のしつらえも質素なものだった。
 掃除がたいへんだからなとパストーレは笑う。
 席に着く。コーヒーが出てくる。
 なかなか旨い。
 しばらくして口を開いたのは、パストーレの方だった。

「アスターテは、いい仕事をさせて貰った。」

 顔を上げ、パエッタを見る。

「俺があのとき考えてたのは、精々が遅滞防御だ。
 なんとか足を止めさせ、後は第二と第六に任せる。
 それだけだ、それを。」

 重い吐息。

「でも、だめだったろうな。
 真っ先に喰われて、それでちょん、だろう。」

 パエッタは黙って、聞く。

「正直潮時だと思ったよ。そりゃ今までも色々見た。
 死にかけもしたさ、でも。」

 パエッタも、想いは同じだった。

「これだけはっきりと、助けられたのは、判ったのは初めてだった。」

 納得づくか。パエッタは胸中で断じる。これは、固い。もう動かんな。

 アスターテは。

 パストーレが改めて言う。

「あれはそう、名人戦だったんだ。
 自軍のポケットが形成されるだなんて、想像も出来なかった。
 俺も駒の一つでしかなかった。
 いや、今までもそうだったんだが、思い知らされたんだ。」

 パストーレは仰向く。

「しびれたよ。でもいい、もうこれで十分だな、俺は。」

 パエッタは初めて口を開いた。

「俺じゃないんだ」

 パストーレは、頷く。

「知ってる。若いのが画を描いたんだろ。」

 パエッタは声を潜める。

「あいつは江号の、張本人なんだ」

 思いがけないその単語にパストーレは凍り付く。

「……そいつはまた。まだ若いのに」

 なんとかそれだけ返す。

 キリもついたか。
 無理は言うまい。パエッタも既にこれ以上、何か言うつもりもなかった。

 旨いコーヒーを有難う。

 ああ、またいつでも来てくれ。

 それで別れた。



 自由惑星同盟国防省本館、作戦本部。
 いきなり呼び出されたので来てみれば、
 待ち受けていたのは本部長本人だった。
 シトレの私室に通される。
 秘書が退室し二人きりになると、
 わざわざ出された紅茶に口を付ける間もなく、
 シトレはすぐに始めた。

「先日は大した立ち回りだったな、大佐」

 諫言交じりのシトレの言葉に、

「言論の自由は民主主義が保障する諸権利でも筆頭のもの、
 と教育されましたが」

 ヤンはしれっと応える。

「それを決めるのは我々ではない。」

 苦笑するシトレに、我々、に入るのは軍人ですか、
 国民ですかと思うヤンだが思うだけにした。
 ここでシトレを弄ってみても何も出ない。

「御用件は。先刻の舌禍への訓告でしょうか。」

 とうてい、元帥と大佐の会話では無かった。
 その実ヤンも、
 かつての士官学校校長と、生徒との関係に甘えている。
 そしてシトレもそれを喜んで受け入れている。

 シトレは態度を改めヤンを見ると、次げた。

「自由惑星同盟宇宙軍、ヤン・ウェンリー大佐。
 貴官を此の度正規に、
 ジョセフ・パエッタ中将付け参謀、首席参謀として、
 第二艦隊旗艦、「パトロクロス」への配属をここに命じる。
 加えて、首席参謀の慣例、並びに先の戦功により、
 貴官を一階級昇進させることとし、准将を命じるものである。
 これは、その内示である。」

 ヤンは素直に右手を掲げ、慣れない礼を返しながら応じる。

「拝命します。」

 シトレは深く頷く。


 准将。


 最下級の将官だが、それでも将は将、だ。

 この歳で。

 全く思いがけない未来が出現した。
 ユリアンもフレデリカも喜んでくれるだろう。
 給料も退職恩給も年金も加増する。そう、悪いことではない。

 あなたは私の英雄。
 ふと、フレデリカの言葉が胸でリフレインする。

 それはそれとして。

 それでも妙な話で、これは人事。
 部長が直接伝達するようなことではない。
 そして案の定、シトレは全く別の案件を切り出して来た。

「ところでちょっとした質問だ。
 貴官が思うところを素直に聞きたいのだが。」

 来たな。これが本題だ。

「小官で宜しければ、何なりと」

 ゆっくりと歩いていたシトレはふと、窓際で立ち止まり、
 その視線を窓外に投じる。

「君は、今の同盟をどう思う。ヤン候補生。」

 何とも茫漠とした問いが発せられた。

「我が軍は疲弊しています」

 ヤンは応えた。

「そうだ。そして先の一戦で少し持ち直した。」

 シトレは認める。

「しかしながら、その勝利により、
 安心により、国民の国防意識は更に低下することが懸念されます。」

「民意を受け、議会は既に動いている。来年度に向けてだ。」

 シトレは重い吐息を漏らした。

「国防予算が討議されている。
 削減は既定方針だ。議論は削減幅の決定段階に進んでいる。」

「歴史上、軍拡の果てに自壊した国家は多数あります。
 よほどマシだとは思いますが。
 軍人として、出来る範囲で出来る努力をするまでです。」

「そう、それは正にその通りなのだが」

 シトレの態度は煮え切らなかった。

「議会は、事態の抜本的な解決を密かに望んでいる」

 やはり、そう来るのか。
 悪い予想は、当たっても全く嬉しくない。

「抜本的な解決、ですか。」

 ヤンはとぼける。
 シトレは執務机に詰まれてあった、”分厚い紙束”を掲げた。

「脅威の排除だ。
 その実現により同盟が得る経済効果が試算され、
 国防予算削減の財源に還元されている。
 これがその根拠だそうだが。
 見るかね?。」

 5%〜20%。
 ヤンは胸中で呟く。

「いえ、結構です。
 これは、命令ですか。」

 シトレはやんわりと首を振った。

「いや、ただの情報共有だ。」

 ああ、それと、とシトレは付け加える。

「第二艦隊だが、アスターテ参加戦力を集成し再編される。
 パエッタ提督は大将に昇進した。
 先に帝国軍が示した戦力運用単位を鑑み、
 第二艦隊は2000隻に増強される。
 明日よりその作業が開始される。
 艦隊司令を助けてやって欲しい。これは命令だ。」



 自由惑星同盟国防省本館、宇宙艦隊本部。

 会議室。ヤンも早朝から出勤していた。

「ヤン・ウェンリー君。准将への昇進、おめでとう。」

 江号の自分を、
 万年佐官から引き上げるのにどれだけの政治力を費やしたのか。
 それを微塵も感じさせず、
 パエッタは微笑と共に、自然な祝福を寄せた。

”「ああびっくりしました。
 けど、いい人みたいですね、中将閣下」”

 少年の言葉が甦る。

 そうかもしれない。

 ヤンは自分でも意外なほど素直に思った。
 意気に感じる、か。
 クラシカルだが、それもよいか。

 この大将に、給料以上の仕事をしてみせよう。
 人として。

「いえ閣下、パエッタ大将、御昇進、おめでとうございます。
 そして此度は、不肖、小官を首席参謀に任命頂きましたこと、
 身に余る光栄と存じます。
 かくなる上は微力を尽くし、奉職仕る所存であります!。」

 素早く答礼しつつ、
 舌がもつれそうな謝辞を並べ立ててみせた。

「いや、それは人事の仕事だ。私に恩義はないぞ。」

 明白なウソだ。

 意外に照れ屋でもあるのかもしれない。


「ところで閣下、ものは相談なのですが。」

 一転、くだけた態度でヤンは打ち明ける。

「自分は正味なところ、殊、事務能力では落第です。
 ですので、それを補完する人材を推挙したいのですが、
 宜しいでしょうか。」

 パエッタは快諾した。
 中尉一人くらい何ほどのものもない。

 午後から庶務担当として中尉が一人着任。
 フレデリカが作業に参加する。


 自由惑星同盟宇宙軍第二艦隊。

 艦隊編成:主力戦闘艦 500
  巡航戦闘艦 500
  戦闘空母  200
  巡航艦   400
  駆逐艦   400

 艦隊司令官  :ジョセフ・パエッタ大将

 第一分艦隊司令:エドウィン・フィッシャー少将
 第二分艦隊司令:ダスティ・アッテンボロー少将
 第三分艦隊司令:グエン・バン・ヒュー少将

 参謀 首席参謀:ヤン・ウェンリー准将
    次席参謀:ジャン・ロベール・ラップ中佐

 首席参謀付情報担当士官
        :フレデリカ・グリーンヒル中尉


 再編成に目途が付き数日後。
 ヤンはパエッタの部屋に呼ばれた。

「ああ楽にしてくれ准将」

 ヤンを着座させておき、
 パエッタは書面を片手にその前に座る。

 目の前に差し出された公式文書をヤンは眼にする。


 来るべきものが、来た。


「率直に訊く。勝算はあるかね、准将」

 ヤンも腹を割る。

「では正直にお答えします。
 断言します。作戦では、イゼルローンは陥ちません。」

「そうだな。」

 パエッタは全く動じなかった。

「それでも攻めてみせねばならんが……。」


 やるしかない、か。


「?何か。」

「戦術、作戦、奇策。
 如何なる方策でも、
 軍事作戦行動の制限下でイゼルローンを攻略することは至難です。」

 ヤンは慎重に言葉を捜す。

「ですが。国家戦略の手段としてであれば、
 僅かながらイゼルローンを陥落させる余地があると小官は愚考します。」



 銀河帝国帝都、主星、オーディン。
 帝国軍統帥本部作戦戦術研究所。
 その研究室の一つが今、使用されている。

 室内に居るのは二人の将官。

「そして遂に、叛徒の戦力が出現する。
 数は500、6時の方位。」

 一人が情報画面に表示される戦況を口にする。

 やや長身。頭髪は黒に近いブラウン。
 そして左右色違いの特徴的な眼。
 銀河帝国軍中将、オスカー・フォン・ロイエンタール

「お前なら、どうする。」

 もう一人はしばし、画面を眺め、答える。

「やはり前進の一択、だな、ここは。
 左右旋回……いや、叩かれ損だろう。」

 比べてもやや短躯。蜂蜜色の髪は少しクセがある。
 そして身にまとう、俊敏さを印象させる剽悍。
 同じく銀河帝国軍中将、ウォルフガング・ミッターマイヤー。

「そして12時に新手。ここだ」

 ロイエンタールは指差す。

「結局、3時が空いていた。結果だが」

 ミッターマイヤーも唸る。

「だが3時は。”逃げ”の選択だ。」

「そこだ。」

 ロイエンタールも応じる。

「叛徒の動きが読めなくなった以上、
 最も安全に見える3時こそが一番危険だった。
 或いは第4軍を伏せ置いたか、
 情報が無い敵地である以上、警戒は必要だった。」

「何より」

 ミッターマイヤーが付け加える。

「”逃げ”た挙句に”負け”たとあっては。
 3時には向えん、これでは。」

「そしてポケットが形成する、か」

 戦局が動き、青い矢尻が三方から赤い矢尻に囲まれる。

「恐ろしい敵だ。」

 ロイエンタールは感嘆する。

「閣下はよくぞ戻られたものだ。」

 ミッターマイヤーも無言で同意する。

「どうだウォルフ。この敵に当たって勝てるか。」

 ミッターマイヤーは再び唸る。

「判らん。負けるかもしれんが。だが俺たちは。」

 正に。ロイエンタールは同意。

「そうだ。俺たちは今、識っている。この敵あるを。
 閣下はそれを識らず戦い、戻られた。
 俺は閣下が負けたとは思わん。
 備えあれば、次は必ず勝つ。」

 二人は見つめあい、互いに深く頷く。

「そういえば、この敵将は何と。」

 当然のミッターマイヤーの声に。

「先日、大々的に叛徒どもが戦勝を喧伝していたな。

 あった。これだな。

 自由惑星同盟宇宙軍第二艦隊司令、ジョセフ・パエッタ中将……。」



 連日連夜くるくるくるり。
 今日も今日とて晩餐会。

 キルヒアイスにはもう何がなんだか判らない。

 ”ケーキ相手に人生は語れん”と嘯き、
 しつこく届く誘いを唾棄していた、
 宮廷舞踏会に突如ある日を境に自ら、
 可能な限り足繁く通いだすラインハルト。
 淑女連は両手離しで大喜びの大歓迎。
 紳士連は壁際から剣呑な視線を浴びせかけるが当人はむろん柳に風。
 遊び歩いているかにしか見えずそのくせ、
 全然楽しそうにも見えない。
 官舎に帰ると”カスばかりだ”と罵倒している。

 何がしたいのだ我が友よ。

 それが、今夜は少し様子が違った。

 ラインハルトは実に愉しげに、優雅に舞っている。
 その一組に、男女双方から等しく、
 艦砲射撃級の非難の視線が降り注いでいるが。

 何て澄んだ。美しい。
 そして危険な瞳。
 どこまでも深く。涯て無く冷たい。
 凍えるよう。まるで熱情を錯誤させるまでに。

「予の不明を赦して欲しい、フロイライン」

 漸く開いた男の口から漏れ出たのは、
 思い掛けない言葉だった。
 彼女は萎縮する。

「いえ、私には心辺りが。」

「貴女の存在を、愚かにも予は亡失していた。」

「何のことでしょう。」

 そのまま聞け。
 ラインハルトは鋭く命じる。

「SEを一代。それで繋がる」

 ひくり。

 彼女の体は震えた。

「お前はルドルフの胤だ。そうだな。」

 初代を呼び捨てに、続ける。

「だからお前は女王になる。今俺が決めた。そして俺に従え。」

 なぜ、それを。

「なぜ、だと」

 豪奢な笑いを湛えながら。

「俺がそれを望むからだ、フロイライン。
 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ!。」

 そして軽く、キス。


「よし、帰ろうか。」

 今夜はその一舞いで終わりらしい。

「いいのか。」

「ああ。ままごとは今夜で終わりだ。」

 終わりであるらしい。


 翌日。
 統帥本部から出頭命令。
 素直に定刻通り顔を出すと、辞令が出ていた。

「艦隊司令を任ずる。」

 統帥本部総長、シュタインホフ元帥が読み上げる。

「イゼルローンへの駐留、並びに防衛を命ず。
 編成の後、別名を待ち出撃せよ。」



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