田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−

作者:出之



 7話 女王陛下の同盟軍


 叛徒動く。

 敵艦隊侵攻の報に、
 帝国軍宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガー元帥は、
 即応戦力としてアムリッツァに伏せ置いた、
 シュタインメッツ、ルッツ、ワーレンの三将三艦隊に向け、
 即時、出撃及び迎撃を指示。

 しかし。

「一個艦隊、だと。」

 威力偵察か。
 増援が続く気配もなし。

 その一個艦隊も、
 駆け付けた三艦隊に怯んだのか、
 そのまま一交戦もせず、
 回廊に引っ込んでしまった。


 またも叛徒の奇行か。


 周到な心理戦の果てにイゼルローンを失陥された悪夢が蘇る。

「警戒を厳にせよ。」

 そのまま三艦隊を回廊封鎖に張り付けるミュッケンベルガーだが、
 疑念は晴れない。



「陽動だろう、無論。」

 報に触れ、
 内地で旗下の練兵に余念がないラインハルトは即断する。

 問題は同盟軍が何を目的としているか、いたか、だが。


 まさか……。


 小さく呟きながら。

「或いは侵攻迎撃の方が楽だったかもしれんな、ジーク。」

 いつもの様に謎めいた言葉を発する。
 そして、赤毛の副官も殊、軍事に関してであれば、
 的確に司令の意思に追随した。

「我が軍は、対応出来るでしょうか。」

 副官の疑問に、ラインハルトは人の悪い笑いを浮かべ。

「一、艦隊司令に出来ることなど限られている。
 ここは元帥連中のお手並み拝見の場面だ、でもな。」

 苦笑に切り替え、続けた。

「少なからず同情してしまうな。どう始末を付けるものか。」


 その後も同盟軍に顕著な動きは表れず、
 封鎖艦隊は二個に減らされ、
 予備一個によるローテが組まれていたが、


 帝国軍に、そんな余裕は実は無かった。


 ゆっくりとしかし着実に、それは顕在化していった。


「海賊?。」


 犯罪対策は内政、内務、警察の職分だが。

 イゼルローン陥落に符合するかの様に、
 海賊行為による被害が初め微増、

 現在は無視出来ない規模で急増していた。


 帝国領内を縦横に行き交う官民様々な通商航路が、
 突発、爆発的な増加を見せている海賊行為により、
 深刻な被害を被っている。

 宇宙海賊という賊徒は、
 確かに、現在も存在する。
 根絶の努力は続けてはいるが。

 だがこの急増は異常だ。


 手口も巧妙だ。

 被害対象は完全に”消滅”している。
 航宙途上で忽然と姿を消している。
 生存者も目撃証言も一切、存在しない。


 が、遂にその正体が判明した。


 その警備艦は、
 昨今の海賊被害急増を受け、
 海賊撲滅、取締り強化の特命により、
 通常警備に加え哨戒圏を拡大していた。

 そして遂に、リアルタイムのメイデイを傍受。

 応信を試みるが既に相手は沈黙している。
 全速で現場に駆け付けた彼らは、見た。


 遭遇した。


 そこに居たのは武装商船のようなチャチな代物では無かった。


 堂々たる、700m近い艦体。
 艦首に開いた多数の砲門。

 一見、無国籍を装う偽装が施されてはいる。
 だが、そんなものに惑わされる者はいるまい。

「ど、同盟軍……!。」

 戦艦が二隻。
 他、輸送艦らしきもの数隻。

 なるほど、跡形も無く消滅する訳で、
 船舶、積荷、人員すべてを完全に持ち去っていたのだ。


 死を覚悟した警備艦だが、
 どういう意図か、
 敵はそのまま悠然と現場を立ち去っていった。



「自らを暴露しセンシングを潰す。
 後続を警戒しての、
 ワイドセンシングであれば当然、精度が下がるからな。

 その隙を独航で抜けた、か。」


 つまりそういうことだ、
 ラインハルトは平然と確言する。


「通商破壊とは。
 随分と的確な、効果的な策を打って来ましたね。」

 半ば呆れた調子で、キルヒアイスも応える。


「群狼、というよりも、
 同盟の動きは私掠船に近いな。
 大英帝国の礎、”女王陛下の”同盟艦隊か。」

 自国の窮状を遠い異国の出来事のように茶化し評しながら、

 さて。


「”元帥連”は同盟のこの動きにどう対応するでしょう。」

 ラインハルトも軽く首を傾げる。

「全軍に動員を掛け、
 帝国全土にハンター・キラーをバラ撒くか。

 船団護送で通商を確保するか。

 正面から殴り合う方がよほど気楽なのは確かだが何れ。」


 俺たちが悩む問題じゃない。
 無責任にそう、放り投げてみせた。



 自由惑星同盟軍拠点、「イゼルローン」
 復旧及び同盟軍としての仕様改装は、
 未だ急ピッチで進められている。

 その会議室の一つで。

「叛徒は海賊にまで落ちぶれたかと、
 手を叩いて喜ぶ貴族どもの姿が見えるようだが。

 お前が何を言って欺いたかしらんが、
 お偉いさん方、よくこんな無茶を認めたもんだ。」


 兵站担当幕僚として赴任してきた、
 キャゼルヌが早速、今回の作戦を指し混ぜっ返す。


「ゲリラは立派な戦略ですし、弱者の王道ですよ先輩。」

 肩をすくめながらヤンが切り返した。



 結局、議会が認めた動員可能戦力は。


「二個艦隊で。帝国領に侵攻しろと。」

 シトレを前に、パエッタもヤンも怒りや驚きをとうに通り越し。


 なんというか、もう笑うしかない。

「いえ閣下。一個は予備として確保すべきでしょうから。」

 ヤンが冷静に訂正する。


 一個艦隊。


 これでなにをしろと。


 当初、一個艦隊による遊撃戦も策定されかけたが。

 やはりムリがある。
 初動こそ、奇襲効果で先手も取れようが。

「じきに捕捉され、殲滅されますね。」

 考えるまでもなく結論は出ている。

 引き際の見極めが至難であるに加え、
 回廊阻止線の突破、帰還を如何に実現するか。


「作戦の立案に当たっては抜本的、

 いや”根本的”な、発想の転換が必要です。」


 各員、懊悩の挙句のヤンの発案だった。


「僅か一個艦隊。

 しかし、2000の戦闘艦と考えれば、
 この戦力は大したものです。

 ここはその様に運用すべきです、いえそれしかない。」


 同盟中から掻き集めた巡航戦艦で、
 再編した第二艦隊2000を、

 帝国領に向け、解き放った。

 ”基本は弱いものイジメ。
  敵を見たら快速を利して、逃げろ!”

 を徹底した上で。



「同盟は弱いイヌ、だったら堂々と吠えてみせればいい。

 海賊海軍大いに結構!。
 大英帝国はそれで成り上がり、
 ウルフパックで滅びかけました。

 商船を片端から沈められて、
 大日本帝国は機雷とガトー級で滅びましたしね。

 いっそあるだけの戦力を投じて、
 帝国の国庫が干上がるまで、
 通商路を締め上げてやっても構わないぐらいですが。

 戦われているのは相互の存亡を賭けた殲滅戦。
 家族の将来を考えればホンキで勝ちに行きたいですよ。
 ええ給料以上に奉職してみせますとも。
 こんな下らん戦争、とっとと終わらせるに限ります。


 ですがまあ、理屈は判ります。


 勝つにも勝ち方があると。
 例えば今回みたいなやり方は確かに、

 ”民主主義と人民の守護神”としてはあざと過ぎるんでしょうねぇ。

 どれだけ相手をイヤがらせるか。戦争の精髄とは思いますけどね。」

 ヤンの言葉はボヤきで消える。


「まあなあ。
 戦略としては十分、上出来だがな。

 人民を援け、専制を挫くを標榜する、

 ”正義の軍隊”

 の作戦行動としては、
 いまイチ、いまニというところかもなあ。」

 それでも皮肉交じりにキャゼルヌも付き合ってみる。


 ところでユリアンの養子申し込みはしたのか。
 ええとっくに。フレデリカも二つ返事でしたし。
 そうかそいつはよかった。


 最前線にして戦争の局外。
 イゼルローンは平和な日常を過ごしていた。



 帝国領を跳梁跋扈する”海賊”の正体が露見するに、
 余り間を置かず、呼応するような同盟の動きだった。

 規模は二個艦隊。

 帝国側でオン・ステージに在ったのは、
 ルッツ、ワーレンの二将。

 ローテーションで予備位置に居たのは、
 シュタインメッツに代わり、レンネンカンプだった。

 ミュッケンベルガーは直ちに強行軍を以って、
 レンネンカンプの前進を指示する。


 帝国軍中将、ヘルムート・レンネンカンプ。

 彼は決して凡庸な将ではない。
 その卓越した戦略眼、艦隊指揮能力も高く評価されている。

 しかしながら、彼をして同盟軍の動きは不可解に過ぎる。

 先に、一個艦隊の動きを以って、
 同盟は我が方の備え、怠らずを確認したのではないか。

 それがまたこうして、
 漫然と、二個ほどの戦力で押し出して来るというのは。


 ”この侮りが、イゼルローン失陥の遠因だ。”


 自身の危険な、内なる巡りを強く自戒するも。

 どうしても、同盟軍という存在が軽く思われてしまう。
 所詮、叛徒、叛乱軍。

 これは帝国軍の、

 否、官軍が賊軍に対する際の、
 抜き難い、自然な、偏見であり、

 史上、通例の、正統な彼我の戦力評価というものだった。


 阻止線の、その後方、
 と言える位置まで艦隊を推し進め、
 先の二将に並び布陣すべく、
 戦列の再編を指示する、その最中だった。

「反応、反応!。」

「11時の方向、500!。」


 ”これであったのか。”

 レンネンカンプは、震えた。


「これが、作戦の締め、か。

 正面を同等戦力で拘束し、

 通商破壊に投じた戦力を集成し、
 その後背を、衝く。」


 見事だ、同盟軍。

 だが、一手誤ったようだな。


 全軍に突撃、を命じる前に。
 こちらの存在に気付いたのか。

 同盟軍は、算を乱して逃走に入った。

 無論、追撃に移る。

 が、再編中途にあった艦隊は、一部、追随出来ない。
 しかし敵は僅か500。戦力に不足は無い。


 と。

 少しして諦めたか覚悟を決めたか、

 敵は一斉回頭、防御布陣を敷いてこちらに対する。


 ならば、撃砕するまで。
 冷静に決断するレンネンカンプだったが、

 先ほどまでの醜態がウソのように、
 演習でもこれだけ出来るか、
 ぴしゃりと敵前一斉回頭を決めて見せた敵軍に、
 少しは疑念の余地もあっただろうが。

 有能な将である彼は、
 既に敵の策を看破したことを確信していた。

 今正にその策の只中に在る、という疑念など。

 自身が、その前座を演じさせられようとしていることなど。
 全く完全に、意中の外だった。


 レンネンカンプ艦隊敗走の報に接し、
 前線の二将には二つの未来が示されていた。

 不名誉な軍令違反か。
 尚不名誉な、敗北か。

 三個艦隊による包囲を受ければ、
 不名誉どころの騒ぎではなくなる。

 ルッツ、ワーレン、
 共に名を惜しめぬ将では無かったが、
 将であるが故に、名に拘り総てを無くす愚もまた、
 当然、避け得るだけの分別も十分だった。


 友軍二個艦隊が見守る中、
 戦利品を満載した輸送艦を後に従え、
 堂々と泊地、イゼルローンに向け回廊を航過していく、
 整然たる第二艦隊の艦列は、
 その姿は、或いはそれは、
 一仕事終え洋々と引き揚げる海賊の群れであり、

 常勝パエッタが率いる凱旋行進そのものでもあった。



 作戦終了後。

 同盟政府は非公式に、
 航宙、救命対処対象として保護したとする、
 帝国臣民数百名の身柄を送還した。

 一部はそのまま同盟への亡命を希望したとされる。

 作戦に投入された第二艦隊、
 及び現地で作戦を指揮したパエッタ大将は更なる戦功を重ね、
 現階級に留め置くことが難しくなっていた。

 異例の上級大将、
 乃至、名誉元帥の称号の授与が、
 この問題解決の方策として真剣に討議されていたが、
 当人はあまり自身の進退に拘泥してはいないようにも見えた。



 ルッツ、ワーレンは軍令違反並びに敵前逃亡の嫌疑により、
 レンネンカンプはその敗北の責を問われ、
 其々、艦隊司令の職を解かれ、謹慎を命じられた。

 回廊封鎖には常時、
 三個艦隊が貼り付けられる配備が取られ、
 艦隊はもちろん、独航艦一隻たりとも、
 帝国領への浸透、突破を許さぬ厳戒体制が確立されたが、
 その固定経費はけっして安いものではなかった。


『『この作戦での帝国の損害は、
  三個、四個艦隊の全滅に換算し得たとされていますが、
  通商破壊戦の真の効果は、
  その作戦発動の可否に関わりなく、
  戦争の全期間を通じて発揮されるものです。

  事実、同盟軍の電撃的作戦実施以後、
  帝国が回廊の封鎖の完全と、
  領内通航の安全を保障、
  それは事実であったにも関わらず、
  帝国の通商は確実に委縮し、
  影響が払拭されることはありませんでした。
  帝国経済は恒常的に縮減されたのです。
  これに示されるのが通商破壊戦の威力です。

  第二艦隊とレンネンカンプの戦いは、
  戦術状況に限れば古典的な、
  「釣り野伏せ」、誘引撃滅戦で、
  特段、みるべきものはありませんが、
  寧ろその心理戦、
  敵将の心理の陥穽を巧みに衝く、
  ヤンの作戦策定手法の狡知さ、
  そしてその手駒として闊達な活動を見せる、
  参謀の作戦と各分艦隊指揮官への全幅の信頼、、
  パエッタの将器、度量とが巧みに調律された戦果であった、
  とは言えましょうか。

  パエッタ常勝伝説の一幕を飾る一戦でありました。

  そして第二艦隊は戦わずして、
  ルッツ、ワーレンという帝国の宿将らを退け、
  見事無事、帰還を果たしました。

  総ては作戦参謀たる、
  ヤン・ウェンリーの構想通りの結末でしたが、
  称賛はそれを実現ならしめた作戦指揮官、
  独りの英雄に集結してゆくのです。』』



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