田中芳樹作・銀河英雄伝説
前南北朝史伝 常勝と不屈と
−偽書銀英伝−

作者:出之



 10話 イゼルローン条約、そして


 リヒテンラーデは眼前の、30にも届かなそうな若造を遠慮なくねめつけた。

 こいつが全権大使だと。まさかこれは事務レベル協議ではないのだろうな。


 だがよく観察すると、なるほど顔つきはふやけているが。
 眼は落ち着いている。

 なにより先般まではここに勤務し、先の一戦でも参謀として辣腕を振るったらしい。


 交渉は「イゼルローン」の一室で行われた。


 同盟側はまず、条件外の人道的措置としての、
 先に預かった、
 メルカッツ、ファーレンハイトの帝国軍二将の身柄返還を申し出て来た。
 御親族の方々には大変、申し訳なかったとの謝辞まで添えて。


 その後は中々にタフな遣り取りが続いた。

「ではまず、交渉に先だって確認させて頂きたいのですが。
 帝国政府は我々、自由惑星同盟を、交渉相手として公式に承認頂いたと、
 そのような理解で宜しいのでしょうか。」


 微妙にして重大な問いかけだった。

 「イゼルローン」の失陥以後、帝国での厭戦は徐々に顕在化しており、
 特に、短期ながらも同盟に仕掛けられた通商破壊作戦は、
 正にボディブローのように効いている。

 だが永年、帝国は同盟を「叛徒」と扱い、
 実際的な交渉以上の、
 公式の関係を、交渉相手としての立場を否定して来た。

 しかし今。帝国の現状に鑑み。
 政戦両略、無視出来る存在では無かった。

 そうした前提を踏まえた上で、同盟との和議に成功すれば、
 現政権の声望も浮揚する。


「認めよう」


 次いで相手は、アムリッツァ星域の割譲を迫って来た。

「和議を講じる以上、双方の安全が担保されねば意味がありません。

 失礼ながら、アスターテの一戦からイゼルローン陥落以降、
 我が同盟の存在は貴国の安全保障上、
 無視し得ない脅威を与え続けているかに思えますが。

 我が方よりアムリッツァに兵を進めた上で、
 先に示した如くに、帝国全領を脅かすことも不可能ではないのですが」


「ならば、そうなされるが宜しかろう。

 皇帝陛下よりお預かりしておる帝国の領、
 寸土たりとて、お譲りする訳には参りませぬ」


「それは正に」


 これは相手もあっさり退き下がった。
 ジャブの応酬のようなものだ。


「問題は、イゼルローン回廊の扱いなのです」


 そのものずばりの核心だった。


「イゼルローンを領有する側が総ての決定権を持つ。

 侵攻も自由、こうした和議もまたそう。

 結局シーソーゲームです。実に不毛です。


 ……いっそこちらも塞いでしまいましょうか」


 ……それは。


「というのも流石に非建設的に過ぎます。

 既にご承知の通り、
 我々、自由惑星同盟は、先に憲法改訂を決議し、

 条文から、帝政打倒の一文を削除しました。

 私たちはもう、あなた方、銀河帝国と戦争を続ける意思も名分も持っていないのです。

 この大前提は、御承諾頂いているかと存じますが」


 そう、その大前提だ。
 それでも尚、我々は同盟を「討伐」しなければならないのか。


「そこでです。

 我々は一度、お互いへの理解を努力すべきではないでしょうか。

 期間は10年。

 私たちは「イゼルローン」を放棄し、撤収します。

 但し、「イゼルローン」は爆砕処分させて貰います。


 イゼルローン回廊を、両政府間の緩衝領域、非武装域として制定します。

 その上で、両政府所属の民航、通商の往来については、これを自由とします。


 これが、我が同盟政府から提案する、今回の停戦条件です」



『『後年、この「イゼルローン条約」の秘密条項の存在が明かされました。
  ヤン・ウェンリーは条約を担保する実効力として一言、
  恫喝を付け加えていました。

  ”条約違反の際には、全面弾道戦の用意がある”と。

  恒星間弾道弾。

  通常空間で準光速まで加速した弾体による質量攻撃。
  相対性理論により質量エネルギー無限大を獲得した弾体は、一撃で惑星を破壊します。
  これを超空間エンジンに搭載し、攻撃座標を入力し撃ち合えば。

  人類最終戦争、文字通りの相互確証破壊戦争の始まりと終わりです。

  そしてもちろん、これは外交上の修辞、
  つまりハッタリでしかありませんでした。この時点では。


  その後の経過は歴史が示す通りです。


  条約締結以後、
  南北はスタンド・オフ兵器群の拡充に奔走する、所謂冷戦期に移行します。

  そしてそのほぼ10年後。
  フェーザンの壁の崩壊を契機に帝国では一気に民主化運動が加速。
  帝位は象徴に祭り上げられ、銀河帝国では共和制が発足します。

  かくして初代大統領に担ぎ出されたローエングラム氏の、
  最終的には”奇跡のヤン”ことヤン・ウェンリー首班率いる新生銀河連邦に、
  銀河共和国が併合されるまでの、悪戦苦闘の日々が始まるのですが、
  それは本稿の目的とするところではありません。

  さて、こうして人類の政体が再び統合され、
  技術の発展がかつてのグレート・ウォールを無効化し、
  更なる外宇宙への発展も続き泰平平和が続くこと600年……』』



  おしまい



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