イリヤの空、UFOの夏
あるいはちょっとしたトラブル

作者:出之



 5.

 磐石のクリアランスが確保された東シナ海後方海域。
 そこで、作戦目的が進行しつつあった。
 それは、奇妙な光景から始まった。
 標準型、海上作業用プラットホーム。
 それ自体はありふれた構造物だ。海上にあるなら。
 空輸されていた。間違いなく世界初だろう。
 3機の、一見ヘリに似た飛行体。
 断じて、ヘリなどではありえなかった。プラットホームを空中に懸架しているのだ。ヘリどころかどのような航空機にも不可能なはずだ。
 プラットホームが静かに慎重に海上に下ろされ海面に着水するやいなや、その上では直ちに作業が開始されている。
 飛行体。コードネーム「ロング・ランス」その1機の操縦士が上空から何気に作業の様子を眺めている。
 彼はテスト・パイロットの一人だった。いや、今もテスト・パイロットであることに変わりはないのだが。しかし、今の彼にはこの機以外を飛ばすことは出来ない。事故で職業生命の終わりを宣告された身だ。
 翼のない飛行体だが興味はないか、いやヘリじゃないとスカウトされた。私にも飛ばせるのか、彼は尋ねた。飛ばせる、”頭”で飛ばすんだ。
 ヘリに似ている。ボディに開発中止にされた偵察ヘリをが流用されている、一種のカモフラージュを兼ねて。当然、ローターはない。それがあるべき機体上部には、畳み損ねたローターの様な形状の装置が二対、張り出している。
 今では彼も判っている。この機は、如何なる意味でも航空機ではない。
 浮揚、推進機関は、ふだんは単にモーターとのみ呼ばれてそう呼ばれたことはないしそれが正しいのかも判らないが、感覚的直感に正直に言えば、反重力機関、それしか無かった。今も3機はプラット・ホームを”場”の展張で包みこみ、ここまで懸架してきたのだ。
「任務終了、各機帰還せよ」
 命令が響く。3機の姿が掻き消えるとまるで始めから存在しなかったかの様だ。
 小型の潜水艦のようなものがデリックで海上に下ろされる。
 DSRV。深海救難艇。本来の任務は名称通り、沈没潜水艦の救難作業だ。
「なんだこれ。始めて見る素材だな」
「ああ、めちゃくちゃ軽量なくせに鋼鉄より剛性が高いんだそうな。”スカイフック”とやらの実験資材なんだとさ。これならまず千切れる心配はないからって」
 潜行したDSRVは海上に向け直ぐに目標発見を報じて来た。経過は順調だ。長くても半日後には作戦目的は達成されるであろう。それでこの”お祭り騒ぎ”も終る。

 彼の名誉の為にここははっきりさせておきたいところで、別に江嶋は鼻の下を伸ばし切ってカナンに付いて行ったワケでは断じて、ない。
 最も適当な表現を探すのであれば、それは心神喪失に他ならないだろう。
 だが事実としてはどこまでも、男は少女に促されるままに、彼女を手近な休憩所に引き込んだ。
 引き擦り込まれた。
 シャワーを浴びることもしなかった。
 ベッドまで来る。女はあっさりと身に纏うすべてを脱ぎ捨てた。
 そして、男を剥きに掛かった。
 男は自分から動こうとはしなかった。
 女は少し楽しげに、男を1枚ずつ剥いでいく。
 そしてすべてを曝け出した男を、誘う。

 きて、孝憲。

 男は求められるままに女に組み付く。
 ここ。
 示されるがままに、男は女の秘所に顔を埋める。
 丁寧に舐め上げる。
 てなことを繰り返してお互い十分に昂ぶった頃。
 男は女の中に入って行く。
 女の口から細い声が漏れ。
 その手が、男の頬を包み、下り。
 両手で首を掴み。
 渾身の力で一気に締め上げた。
 江嶋は薄眼を開いた。
 え、え、なにがどうしたここはどこだうわかなんなんてかっこでおれもかどうなったんだ待て! ちょっと待てカナン! おれが悪かったから取り敢えずその手を除けろ声が出ん息も出来ん間違ってるお前絶対何か烈しく勘違いしてるからてゆうかオチるからおいカナン……。
 カナンは娼婦のような妖艶な薄笑いを顔に貼り付け江嶋を見下ろし。
 しかし、その眼からつ、と滴が伝い、江嶋の顔に伝い落ちた。
 しかし手に掛かる力は尚強まる。
 えじまは、オチた。
 その手が小刻みに震える。震えは肩に伝わる。
 カナンは眼を見開き、いやいやをするように首を振る。
 全身を震わせながら、とめどなく涙を流しながら、しかし両手に加わる力は衰えない。
 カナンはその場に引っくり返った。震える両手を目の前に差し上げる。
「えじま?!」
 叫んだ。取りすがった。だがすでに。

 えじまは、しんだ。

 暗がりに絶叫が弾ける。
 
 白い天井、白い壁。照明はやや暗い。
 目覚めた男は、名状し難い絶望感に駆られた。
 誰でも一度は経験があるだろう、最低の、この世の総てを呪いたくなる感覚。
「ここはどこだ。おれは、誰だ」
 ベッドから半身を起こしながら本当にそうならいい、と強く願いつつ男は叫んでみた。
「お早う、江嶋二尉。今回は苦労を掛けた」
 全く感情を含まない事務的な口調で、傍らから相庭忠光(あいば・ただみつ)二佐が声を掛ける。
「二・尉?」
 江嶋の訝しげな声に何でもないように相庭は応える。
「戦死したからな。でも蘇生したから折半で一階級上げだ」
 なんですかそりゃ!。江嶋は心底げんなりする。それはともかく。
「失語精薄欺瞞して見張りを色仕掛けで篭絡して”咥え込んで”殺害して脱走って、どこの3等国のゲリラ戦ですか」
「判ってるなら防げよ」
 江嶋に負けず、憮然とした顔で二佐が毒づく。
「いや、日本人の営業のおれは知りませんから、てかふつう判りませんから」
 江嶋は、バックアップ要員だった。市井に潜伏する予備兵力。必要に応じ適宜呼び起こされ、行動する。そうした非常の用がなければ、自身記憶を封印したまま日常を送る。
「カナンは、彼女は」
「うむ。人格制御プログラムの誤動作だな。我々としてもこれが初の”実戦”だ。些少の齟齬も致し方ない面はある」
「……鬼ですか」
 人格制御。別人格”ではない”。彼女は一連の総てを意識していたということだ。
「彼女は、今は」
「ああ、そう、江嶋二尉。貴官に重大な任務を申し付けるところだったんだ」
 えーとそれはまさか。江嶋は地雷を思い切り踏み付ける気分で自分から言った。
「彼女を赦し慰めること、ですか」
「賢察だな。貴官を害したことで伊射野二尉は大きく士気阻喪している。彼女の戦意回復に尽力して貰いたいのだが。いや、これを命じる」
「おれの、ケアは?」
 一応言ってみる。
「必要なら然るべく措置するが?」
 へ、と江嶋は軽く肩をすくめ。
「教えて下さい、二佐殿。彼女の、本名は」
「伊射野佳南(いさの・かなん)、伊豆のいに射撃のしゃに野原のの、佳作のかに南、だな。階級は今は貴官と同級の、二尉だ」
「拝命、します、が、可能であれば一つだけ条件を」
「……何だ」
「自分の一階級特進を取り下げて貰えませんか」
 江嶋が発した不意の言葉に相庭は軽く眼を開いた。
「良かろう、検討する」
「有り難くあります」
 佳南が傷ついている。それを救うことに異存はない。
 DFはDF、あくまでディーエフでそれが正式名称だ。法人格としてはNPOとなる。
 母体となる組織は多数の特許を持つ天才発明家が自身の権益を組織の活動源として譲り渡し成立した。志を同じくする有志が立ち上げた。活動方針は地域社会の恒常的発展に寄与し、かつそれを阻害する要因の排除の推進。これが日本全域に対象が拡大され、組織の発展と活動の活性化に伴い存在は逆に地下へ潜伏し、秘密結社的性格を醸成するに至る。現在部内では非公式に「防衛軍」の呼称が定着している。自衛軍に偽装し活動することも多く、部内階級はこれに準じた構成となっている。政財界に対してはそれほど動きを見せてはいないが、行政各機関にはそれとなく巧妙かつ広範に浸透しており、活動基盤は時と共に強固なものへ育ちつつある。おちゃらけて見せてはいるが江嶋もそうした無私に忠勇を示す戦士の一人であるのだ。

 がちゃ。ノックも名乗りもなしで江嶋は扉を開けた。
 だれ。何しに来たの。暗がりから女性の声がする。
「暗いな」
 江嶋は壁を探り、明かりを付けた。
「勝手なことしないで」
 怒声が上がる。続く言葉は呑み込まれた。
「おれだよ」
 部屋の隅に佳南はうずくまっていた。
「江嶋……」
 その眼が見開かれ、す、と細くなる。
 再び顔を伏せ、ぶつぶつと聞き取れない何かを口にする。
「いいから」
「何が」
 江嶋の言葉に佳南は応える。
「事故だったんだ」
「……は?」
 佳南は怪訝な、苦笑に似た表情。
「復旧した。俺はこうして生きている。それでいいじゃないか」

 佳南は目を見開いた。

「貴方が……DFが良くても」

 その言葉は、今度は逆に江嶋を当惑させる。

「私の、この気持ちはどうでもいいの?!」

 佳南は叫ぶ。

 いや、どうでもいいじゃん、と思い掛けた江嶋は、確かに理解していなかったのだろう。
 君の、気持ち?。

 江嶋は佳南を見る。

 佳南は目尻に、薄らと涙を浮かべている。
 その気持ちが、今の江嶋には理解できなかった。

「かなん……」

 判らないままに江嶋は言葉を発した。
 佳南は自身の感情を爆発させていた。

「最愛の男を……」
「この手に掛けてしまった私の……!!」

 さいあいのひと……って。

 佳南の顔が、ぎこちなく動き。

 その目が江嶋と対する。

 見合う。


 俺、が、か。


「時間は、関係ないよ、理屈でもないよ」


 江嶋はただ彼女を見る。


「その人を……この手で……」

 その当人が、大丈夫、いいんだ、と言っているんだが。
 いや。

 江嶋は、駆け寄った。

 彼女を抱きしめた。強く。

 佳南は抵抗しなかった。
 やがて静かに泣き始め、啼き続けた。
 二人にはそれだけで充分だった。



 英雄になりたいか。
 『ナイナの戦闘艦などチャクルの玩具にも劣る』というのは、アルカ族の共通認識であり彼も強く同意する。但し須らく常に聡明誠実謙虚であることを自らに科するアルカとしては、それが事実であるにせよ只相手を貶めるだけで終ることを佳しとしない。
 『しかしながら、その戦意の高さは賞賛に値する』
 と、必ずこれもまた一面の事実を以って、対象の美点を称えることを忘れない。だが最後に。
 『そのナイナが我々に連戦連敗であるのは何故か。高い戦意は寧ろ彼ら自身を阻害してる。残念ながら我々はこれを評価することが出来ない』
 と結ぶ。傍からだと蹴たぐった相手に止めの追い討ちを掛けてるようにしか見えないが、これがアルカ流だ。
 チャクルとは、地球でいうビーバーに似た生物で、手先は器用だが相応の頭脳と知能が欠落しているので、知能は高いが工作能力など物質面では劣性なアルカ族が精神干渉でこれをありがたく使役し、今に栄える物質文明を興隆させた。
 アルカとは自分、という意味だ。アルカ族の外見は、地球でいえばクジラと、イルカのキメラのような姿をしている。頭部がクジラの様に大型化したイルカ、のように見える。その頭部には、自我の希薄な他種族に干渉出来る、強力な通信機のような構造を併せ持つ高度に発達した頭脳がある。
 何しろモノと縁のない環境だった。指がない、海草一つその手にすることがない、出来ない。海洋にたゆたいながら、アルカはただひたすらに思索を重ね、理論を積み重ね続けていた。言語は持たなかったがその代わりアルカ族自身、今に至るも構造原理は定かではないが交感波、精神感応による意思疎通、共有を持ち発達した。場合によりアルカは各個の頭脳を共有連接させ大規模回路のように思考出来た。もうこの世に考察すべき対象など無いのではないかと結論しかけながら1頭のアルカが頭上を振り仰いだ。満天の星空を。
 あれらは、どうか。
 天体運行など単純な数式に還元出来る。あれが何だというんだと即座に反対の声。
 いや、我々はその運動を観測しただけだ。あの光それぞれを実際に観察したのではない。
 意味がない。天光は天光だ。我々と関わり無い存在だ。
 違う、とそのアルカは強く否定し、主張した。関わりがないのではない、我々から関わるべきなのだ。
 確かに。アルカ族は沈思する。この世界にはこれ以上の何かは、ない。期待できない。
 天光を目指す。議題が掲げられた。
 その準備段階として、地上への進出を実現する。
 物欲に拠るのではなく。彼らはそれを難解な課題を解決する知欲として計画立案実行へと突き進んで行った。それは爛熟した精神文明から物質文明の萌芽に向けた、偶発的契機に発するダイナミックな転回現象だった。
 ”幸運”なことに、完全海棲生物であるアルカは地上進出の計画段階で大きな躓きを見せた。何より”モノ”を造るというその概念の確立だけでも相当な時間が費やされ、ネジ1本を発明するだけでも気の遠くなるような歳月が流れた。
 しかし彼らは諦めなかった、どころかこれらに嬉々として臨んだ。課題が困難である程に彼らの知欲は強く刺激され、歓喜した。結果、彼らはその後の宇宙服とあまり変わらない環境具を身に付け地上進出を遂に実現した。
 「この一歩は地上への最初の一歩である。しかし同時に、天光に続く最初の一歩でもある」そして地上世界は地獄だった。呼吸はもちろんできず、浮力の助けもなく何をするにも海中の倍以上の労力を有する。何とも克服し甲斐のある課題が山積する環境だった。彼らはまた小躍りしながらこれに立ち向かっていった。
 ……なんかエラいマゾヒスト集団にも見えるが、これは事象の見え方ということで一種の錯視なので注意願う。
 地上進出実現から先での彼らの発展は、変わらず苦難と辛苦の歳月となった。
 彼らは所謂”化石燃料”を持たなかった。であるが故に、蒸気機関の次に一足飛びに開発されたのが水素エンジンだった。その道は先の見えない苦難の海を押し渡ることそのままだったが、この実現で天界への道は一気に現実的問題まで前進した。液体酸素・水素を獲得した彼らが山を削り海を埋め立て赤道上に築き上げた軌条から、スクラムジェット形式の推進機構を持つ母機が離床する。十分に速度と高度を稼いだ母機から、更なる高みに向けちっぽけな無頭機が射出される。天光観測所の職頭が興奮しながら張り上げた”波”は瞬く間にアルカ全頭に伝達された。それはアルカ初の頭工天光の誕生であり、天界観察時代の幕開けを示すものだった。
 そしてアルカは天界に向け大いなる雄飛を……遂げなかった。観察はあくまで知欲による活動であり、移住やら生活圏の拡大といった覇権確立とは無縁だった。アルカ族の特長の一つに、危険なほどの繁殖意欲の低さがある。それは群体生命として振舞う際にいつでも各個体間での意識共有を可能とし、各個体に対する増殖要求圧力が極めて乏しいことを理由とするようだった。物質文明への転換によりそれでも種族総数は微増傾向にはあったがあくまで微増で、本拠を食い潰して新天地を求める、などとは程遠い状態にあった。
 天界への進出を果たした、実際にその身を置いたアルカは驚いた。呼吸が出来ないのは地上と同じで、でも自由落下状態なだけ地上よりよほどマシな環境に思えた。もちろん本拠の地上は何かあれば運河にも逃げ込むことも出来るが、覚悟を決めれば我々にとって天界も快適な環境たりうるではないかと。
 アルカは貪欲に、広く深く天界の彼方に向け突き進んでいった。手段と目的が完全に合一化している彼らのこと、その意志には迷いも躊躇いもない。何しろ彼らは天界へ進出することを目的として物質文明を勃興し、今それを識るために天界に在るのだから。
 天界は果てが無かった。やがて彼らもそれを天の向こう側に広がる宙、宙界と呼び改めていた。天光もまた、単なる光などではない実体を持った存在であることが直ぐに認識された。地上からの事前観察によって予見されてはいたが、観察そのものは天に昇ってからでも遅くないとされ、優先順位は低かったからだ。
 彼らはそれ、宙界に浮かぶ存在を星、と呼び習わした。つまりは自分たちが泳ぎ暮らしていた本星に類似する存在が、かつて天光とされていた恒久(に近い)熱光源星に伴なわれ系を形作りそれが宙界には無数に存在するという組成構造を直ぐに理解した。
 そして我々は奴らと接触した。相手が悪すぎたと彼、アルカ宙軍第18独立宙隊司令、パデナ・クラヤ特長は思う。
 ナイナは信義を重んじるという。だがそれはアルカに向けてでのものではないのだろう。騙まし討ちを仕掛けて来たのはあの又尾どもではないか。
「我々に領土的な野心はない」
 この言葉にどれだけの説得力があるだろうか。
 アルカに二心はなかった。それは紛れもない事実ではあったし、アルカ側には余りに明白な自明だった。だが、相手が信じるかは別の問題で、それこそが交渉なのだ。
 外交、ではこれに信じさせ信じない、という原則が加わる。
 ナイナ側は最後までアルカの主張を額面通りに受け容れられなかった。
 両者の悲劇で喜劇は、アルカ側にとりこれが”他者”との初めての接触であったことだ。
 交感すればそれだけで完全なる相互理解(同意共感はともかく)を実現出来るアルカにとり、”他者と交渉”するという概念そのものへの理解が不自由だった。ましてや相手は異星の異界の生物なのだ。
 全く体裁を装うことなくただ本音だけをぶつけて来るアルカ式に、ナイナは全く対応出来なかった。実は存在しないアルカの主張の”真意”を探ると、結果は余りにも不穏当な、その主張とは間逆なものが導き出される。
 両者の関係は不幸な遭遇としか評し得ない。交渉決裂と断交から約半年後、ナイナはアルカ領に向け進撃を開始した。
 アルカの本星系まで、ナイナの艦隊は抵抗らしい抵抗を受けなかった。アルカが各所に設営していた純粋な科学技術拠点である観測所に、その存在を暴露されたぐらいだ。
 だがその意味は小さくなかった。
 あっさりアルカ本拠まで攻め寄せたナイナの艦隊は1度だけ、アルカに向け投降の呼び掛けを発した。くどい様だが我々には領土的野心も覇権確立の意志もないというアルカ側の公言にウソは無かった。ナイナの急速な軍事力整備とは対照的に交渉決裂直前に至るも彼らが保有する戦力は皆無に等しかったのだ。
 魚共、ホントに非武装でそれを真顔で喚いていたのか、科学は高度みたいだが真性のバカだな。ナイナの艦隊で既に漂う戦勝気分の中、根強い慎重意見も無くはなかった。ここまで無抵抗であるにも係らずなぜアルカは交渉決裂を看過したのか。ありきたりだが、これは何かの罠ではないのか。
 そう、アルカ側にも勝算はあった。
 天測が一時中断され、総ての観測機材が索敵に振り返られた。ナイナの艦隊は光学的にも電子的にも完全な不可視状態の実現を努力していたがしかし、アルカが磨き抜いてきた宇宙を視る観測能力即ち索敵能力はそれを凌駕していた。ナイナ側による侵攻の有様はアルカが心血注いで描き上げた宙界図の上にシミのように浮き上がっていた。ましてや本星圏内では。
 後に判明したことだが、この時点で両者戦力の有効射程距離には、2〜3倍の開きがあった。天測という観測目的に特化して発展したアルカ側の宇宙技術体系が索敵照準技術として軍事転用されると結果、彼我の戦力が持つ有効射程距離の絶対的な格差としてハネ返った。加えて本星圏内の詳細な事前観測と座標化により、この戦場での極地的環境で両者の差は実に5倍に及んでいた。
 そして威嚇目的でナイナ艦隊がアルカ本星近傍に向け射撃を行った時点で、アルカ側は敵艦隊の総てを必中射界に捉えていた。
 主に宙界技術者からの抜擢により臨編されたアルカ宙軍はこの時点で反撃を決意した。
 敵艦隊の先頭と尾部に向け照準は既に済んでいる。
「全砲斉発、撃て」
 アルカ、ナイナ間の泥沼戦争の号笛が鳴らされた。
 先に砲撃したのはナイナだったが、先に戦果を成したのはアルカだった。ナイナの威嚇射撃に呼応する形で放たれたアルカ側の一斉射撃は、その照準目標の総てを破壊した。手段そのものはありふれた準光速反物質砲弾による物理攻撃だったが、何よりそれが奇襲となったことが大きかった。
「半包囲、だと?!」
 確認された射線方向から浮き上がったアルカの布陣と彼我の位置関係に、ナイナ艦隊は戦慄する。アルカ軍はナイナ艦隊を半球状に取り囲む形に展開しており、艦隊はそのポケットの奥深くに踏み込んでしまっている。しかも敵は総て我が方の射程距離外だった。
 全滅。我々はここで全滅するのか。
 攻略部隊を逃がせ、戦闘艦は盾になれ。苛烈な下令が為されたが反応は鈍い。横溢していた勝利の予感から一転、惨敗の気配に艦隊の士気は崩壊寸前だった。アルカ側が放った二度目の統制射撃と為すすべなく目前で爆沈する友軍の姿が、ナイナに残る最後の秩序を打ち崩した。アルカが一斉に開始した能動探査がナイナの艦艇を死神の鎌の様に撫で回し、ナイナ艦隊を包囲し全周から降り注ぐ。それはナイナ軍に向け、自分たちが今いる場所と状況を、アルカの庭先で思うがままに翻弄され切り刻まれようとしているその現実を痛烈に突き付け、彼らを打ち砕いた。
 ナイナ艦隊は壊走した。もはや如何なる指揮命令も機能しない。前方と後方を友軍の残骸に塞がれた残存戦力は残された軌道要素に向け無秩序に四散する。
 ところで宇宙というと無条件に三次元を想起し勝ちだがこれは少し違う。航宙する者は自然と星系内の重力勾配を思い描きこれに沿った動きを好み、よほどの事情がない限り天頂方向に向けては進もうとしない。アルカ艦隊の敗走でも同じだった。殆どの艦は星系の公転面に沿って左右に向けて機動し、極少数片手に足りる隻数だけが上下に動いた。
 アルカが仕掛けた最後の罠が、火を吹いた。ナイナの想定逃走経路の至近に配されていた、ここまで存在を秘匿していた砲列だった。
 両軍が交戦すること地球時間で約10分でナイナ軍の侵攻艦隊は壊滅。戦闘は掛値なしアルカの圧勝で幕を閉じた。
 アルカの戦争準備は彼ららしい簡潔かつ合理的な消去法で進められていた。
 航宙戦闘艦を建造整備する、彼らには意志も能力も時間も無かった。元よりナイナへの侵攻は企図していないしアルカの現状に照らして実現可能性も低い。必然、戦いは侵攻してくるナイナを迎え撃つ迎撃戦となろう。であれば捜索索敵能力を密に、敵の動向を詳細確実に把握しこれへの柔軟な対応が必要になる。敵の侵攻を早期に検知し動きを的確に予測しその行動可能性を、討つ。
 アルカの観測圏にナイナ艦隊が侵入した時点からアルカの戦いは始まっていた。観測を続ける内にアルカはナイナ側の直線的な機動にいち早く気付いた。やはり遠征軍である敵軍には、いろいろな意味で余裕がないようだった。艦艇ではなく工数が少ない無頭砲が設計製作量産され、観測網が早期警戒及び索敵、弾着照準機能に改装され無頭砲群と連動する迎撃砲陣地が構築された。
 あとは如何に敵の予測進路上に配置するかだったが、ナイナ艦隊はここでも直線的、(重力勾配に即した)最短進路でアルカ本星に向け進撃して来てくれた。結果は既に示された通りに。
『ナイナの戦闘艦などチャクルの玩具にも劣る』
 この戦いでアルカ全軍を指揮した宙界観察技術担当出身の初代アルカ総軍官が戦いを評して念じたその第一波こそが、この思念なのだった。
『我々は今、圧倒的な勝利を実現した。そしてこれからも我々は勝利し続けるだろう。これは願望でも予測でもなく、もちろん驕慢でもない。単なる事実に過ぎない。そして我々はこれからもこれを確認し、観測し続けるのだ』
 その思念に熱狂的な響きはなかった。既にある様にただ淡々と観測事実を冷静確実に伝える、無味乾燥な事実確認以上の響きは無かった。それ程に彼我が隔絶した一戦だったともいえる。しかも初期戦力皆無というこれ以上なく絶望的な状況から開始しての輝ける勝利でもあった。ナイナが今少しの拙速を自らに許容したのであれば抵抗する手段も無くなすすべもなく敗北したのはアルカ側であったこともまた間違いではなかった。
 要するに彼は強運だったのだとクラヤは思う。およそあらゆる諸要素が彼に味方し、ナイナはその総てに裏切られた。ナイナは慎重であり過ぎた。なにしろこちらは空手だったのだ。初期戦力でさっさと攻め寄せられていたなら、もとより我々は投降以外の選択肢を持たなかった。攻略部隊など衛星軌道を掌握した後に余裕を持って投入すればそれでよかったのだ。時間は常に敵で、相手はこちらの都合など待たない、準備万端整った戦いなど理論上不可能なのだ。それが可能な状況を戦いなどとは表現しない。互角だから戦いなので、その均衡が崩れるなら一方的な虐殺であり制圧だ。
 ナイナにも十分な勝機は存在した。必要なときにこそ慎重な選択を行えていたならアルカの迎撃布陣を何事もなく迂回し、本星を陥落させることは十分に可能、どころか容易ですらあっただろう。彼も知っていたはずで、あの「演説」は精一杯の戦意高揚だったのだ。
 その”容易”が起こらない、出来ないのが戦いの妙味で、つまり自分は魅せられているのだなとクラヤはしみじみ我が身を思う。
 そして尚、にも関わらず。この輝ける大勝利を前にも歓喜や惜しみない賞賛とは無縁のアルカ族の反応だった。あるのは素朴な安堵と、絶望的な困惑。
 アルカの史家の一頭はこう遺している。
 そのとき、波が静かに広まり不本意な同意が応じあった。我々はこんな戦いや勝利を望んで宙界へ乗り出したのではない。何をどこで間違えたのだろうか、永久に海洋の揺籃に漂いそれに満足していれば良かったのだろうか。更なる知欲に身を委ねその命じるがままに宙界へと赴いたことそれ自体が罪悪であったのだろうか。我々はナイナとの衝突回避を真摯に望み全精力を尽くしたが星界事情の複雑怪奇なること、天然の精緻だが単純合理なる様に魅了され耽溺していた我々など遠く及ぶものでは無かったのだと思い知らされた一戦であり、「勝利に優る敗北などない」以上の意味はない結果だったのだ、と。
 もちろんだからといって、我々は愛するべきだったのだなどという抽象的な戯言を吐く者は一頭も無かったにせよ。
 宇宙空間で星が瞬く。空間が歪曲し、小刻みに振動するその様を伝えて。
 虚空間を無限速で疾駆していた艦隊は亜光速まで減速し次々と実空間側へ展出、実体化し出現する。漆黒の防眩、電磁波吸収塗装に加え光学迷彩の発動中はそこに何物も存在しないかの如く、星々の輝きを透過させる。どんな探査手段でもよい、熱も光も全く発することなく慣性航行状態にある艦隊を捕捉することは「そこに居る」ことが判っていてさえ容易ではなく、知らずにいればその発見は極めて困難になる。見るものが勝つ。この不朽の戦闘原則から巧みに身をかわすべく艦隊はその全能力を傾けており、アルカは特にその性向が強い。勝者は学ばないとも言われるが勤勉なアルカならではなのか、緒戦の大勝利の戦訓が勝者の側に強く刻み込まれている。
「よーしとっと始めるぞ!」
 クラヤがちょいと投げた”波”に。
「応!」
 全艦全艦隊から呼応の波が返った。完全に同期している。
 宜しい、たいへんに、宜しい。クラヤは満足げに背びれを波打たせる。
 前出通り、アルカ族自身もその原理を解明出来ていない交感波だが宇宙規模での至近距離、例えば艦隊内での交信くらいは十分可能だ。機械的な通信手段よりよほど迅速精確でこれもアルカの大きな強みだ。
 因みにここで”彼ら”の艦隊勤務についても少し触れておきたい。
 既に推察の向きもあるだろうが彼らは生身、ではない。所謂電子的仮想空間に意識を置いている。これはアルカに限ったことではなく、宇宙で戦う定めのものに普遍的な”仕様”だ。戦闘準備段階ではともかく、基本的に(地球でいう)秒以下の時間単位で推移する宇宙戦闘に生身の反応速度で対応することは不可能なので、電脳空間に転写された自我によりナノセカンドで思惟を巡らせマイクロセカンドで戦術を組上げミリセンカンドで決断実行、これを実現することで自動兵装同士が応射し合う戦場になんとか追随することが出来る。ときどき随分と悠長に戦っているように見えることもあるが実態は以上の通りなので了承願いたい。
 クラヤたちがこれより従事する予定の作戦行動は、任務の性格上かなり後ろ向きな内容となっている。
 伴星強襲降下作戦演習。
 これが実戦で行われる状況は唯一、彼らの本星が侵略された際の逆降下という局面しか想定できない。有体にいって大敗北後の絶望的な戦況の中で決行される、成功が疑わしい悲愴な博打とでも表現しようがない類のものだ。
 だが、そうした背景事情を敢えて無視すればなかなか興味深い作戦だと彼は前向きに捉えた。数例の概念研究はあるが、実際に部隊を動かしてみるのは今回が初になる。いってみればこれは一種の実地試験でクラヤにはその実行に際しての各種検証が求められている。机上だと顕在化しない問題や課題が実際の現場ではいろいろと洗い出されてくる。それが期待されている。
 クラヤは改めて情報を確認する。軍の連中、さすが専業でやってるだけはある、いい仕事をする。よくもまあこんな星を見付けて来たもんだ。彼は素直に感心した。正直、本星と殆ど変わらない。海陸比が若干、陸寄りなくらいだ。
「準備宜し。特長、状況開始して宜しくありますか」
 副長がクラヤに個別波を投げて来た。クラヤは優雅に右前ヒレを振りながら副長に返信する。
「状況、開始!」
「了解、状況……あ、少し待って下さい」
 おおっと。
「なんだよいったい」
 クラヤは副長にくだけた調子の波で問う。
「ウソでしょ?!目標に……ナイナの文官が駐在しています。星間共通緊急通話回線で交信を求めて来ていますが如何致しましょう」
 戸惑った様子の副官にクラヤも硬い波を返さざるを得ない。
 前言撤回、いいかげんな仕事しやがってここでナイナかよ、と小声でぼやきながら。
「無視も出来んな。回線開け」
 繋がった。映像を伴わない音声回線だ。
 天は、人の上に人を作り下にも作るかもしれないがエネルギー保存則と光速度の前には誰でも平等で、コストは低いに越したことはない。
「ようやく応じて戴けましたな。こちら、ナイナ地球駐在部、プルマ・ケンポフです。造作を掛けます」
 チキュウ、ね。クラヤはその語を頭脳の片隅にメモりながら言葉を作る。波での意志疎通に慣れている身からするとこのコトバを介しての会話というのはなんとも面倒に感じる。
「アルカ宙軍第18独立宙隊司令、パデナ・クラヤ特長であります。御用件を承りますが」
 ますが。クラヤは当然、やんわりと当宙域からの退去を勧告するつもりだった。ここは公宙で、然るべき手続きで使用権を獲得している我が艦隊は。
「申し訳ありませんが、貴官には当宙域から直ちに退去願いたいのですが」
 は?!と思わず発せずに済んだのは鍛錬の賜物だろう。しかし内心ではぐぎゅるると渦巻くモノがあった。この又尾野郎いきなり何を言い出す。同時に、なるほど、これが会話かこれが交渉か、と妙な得心も得るクラヤだった。
「失礼ですが、小官にも責務というものがあります。当宙域への進出は既に星際航宙交通管理機構へ申請、承認済みでして、星航管を通じて周辺各局へも周知済みです。ですから貴職も御了承のはずですが」
 おいおいだから、当てずっぽにこっちへ発信してきたんだろうが。
「それは、はい、存じております」
 不承々々、相手は認める。
「ところで差し支えなければで結構ですが、貴職はどのような権限で以ってこの宙域に滞在し、あまつさえ他種艦隊への退去要請などなされるのでしょうか。ここは、公宙にして如何なる主権も及ばないはずですが」
 クラヤはさくりと斬り込む。
「貴官の目的は」
 質問で返されクラヤはむ、と背びれを立てるが言葉には出さず。
「軍機により、申し上げられません」
 しかし口調は強張る。
「地球は、貴種、アルカの本星に良く似ていますな」
 世間話のようにケンポフが言う。
「それが、何か」
 クラヤは怒鳴り付けたいところを辛抱強く言葉を続ける。
「貴官と艦隊の目的は第三伴星を目標とした、強襲降下演習及び研究。違いますかな」
「同じく軍機により、申し上げられません、それより」
 とっとと失せろよ。艦隊が演習すんだぞ生命財産保障しないぞ。
 て、あれ。
 副長が突然、波を割り込ませてきた。
(まきまき)
 え、適当に切り上げろって?。いやそうしたいんだけどさ。
「それが、困るのです!」
 ありゃ。正面きって妨害してきたよ。
「とは、一体何用でしょうか」
 深みに嵌ってるなと思いつつ流れから問わずにはおけない。
 ケンポフは”海が干上がるような”ことを言い出す。
「我が族は、地球と友好条約を締結しております。地球は我が朋友にして保護観察対象なのです」
 クラヤ、さすがに絶句。
 副長を見る。副長は変わらず、まきまき。
「……それはその、突然のお話ですが。しかし妙ですな、当方は全く存じ上げないのですがこれはどうも。星連ではこの事を何と」
 星連、星間種族連絡協議会は名の如く星間進出を果たした種族が加盟を打診される、各種族間での緩やかな合意形成の場だ。加盟は任意だがもし加盟を拒否する場合、少なくとも星連加盟各族からは「この世に存在しないモノ」として扱われるので、条件未達で加盟拒否される場合はあっても自ら拒否する種族はまずない。
「星連には申請中ですが」
 ですが、何だ。
 妙な話だ。公式に保護観察対象だというなら軍の連中だってそこまでいい加減ではない、下調べ中に直ぐ判るはずだ。
「つまり貴種が星連への申請代行を?」
 いえそれが。
 観念したようにケンポフが告げる。
「当地はその、現在未だ勢力混在状態でして」
「はぁ?!」
 クラヤの自制は限界だった。
「それはその、つまり地球には未だ種族代表がない、小官にはそう聞こえましたが?!」
「その、通りでして」
 びち、とクラヤの背びれが、張った。
「それはつまり。小官の知り及ぶ範囲に於いてはですが、彼の地がそうした環境では如何なる規約に照らしても保護基準規定を満足し得ないかに思われますがその点は如何なのでしょうか?!」
 彼の口調はもはや罵倒に近い。これだ、これだからナイナは、又尾共は!。
「貴官の、仰る通りです。星連とは条件交渉中なのですが」
 通るか、阿呆。……クラヤは全くほんといい加減アホらしくなってきた。知能の有無はこの際関係ない、要は法の問題だからだ。そも種族統一は智性の最低条件だしな。その連中について現段階での扱いはそれこそ我が正当なる資産であるチャクル以下で、そこらを漂ってる微小塵と同等の存在だ。
 資源としての価値すら認められない、伴星にこびり付いた”コケ”だ。
「ああすみません、実はそれ以上に大事なことが……!」
 相手が言い終わる前に現在進行形でクラヤはそれを知る。
「航出警報発令! 近傍宙域内に実結する反応複数探知! 増大中!」
 航法参謀が波を張り上げる。
 あ、くそ。
 やられた、のか。
「当、宙域に於いては当隊を制約する如何なる権限、法的根拠も存在せず当隊の行動もまた、申請認可された範囲内に於いてはこれ、如何なる基準に照らしても合法であると当職は確信します。以って当職はその責務を全うするのみです。以上交信を終わる、御機嫌よう」
 早口に伝え終えわめき掛けた相手をぶっちして切断。
「や、すまん。艦隊を出して来てたか」
 航星船が長距離跳航、虚散から空間に再実結してくる際には空間震揺が観測される。
 副長はそれを警告していたのだった。
「ナイナ艦隊展開終了。チキュウ、を完全に抑えられました」
 クラヤはしばし、無反応だった。
 そして。
 歓喜の波を、断続発信した。
「結構だ。大いに結構ではないか! 何をしている、状況再開だ!!」
「……特長??」
 さすがに副長も背ビレをすくませる。
「こうしてる間にも給料は溶けてるんだぜ。ほら再開さいかい!」
 そうなのだった。
 元々、アルカの特性として、物質的関心が希薄という問題がある。
 そんなアルカにとって、戦力の維持はなかなかに悩ましい問題だった。
 徴兵ではもちろん志願にしても、どうして戦意の維持が困難で。その一点でのナイナへの賞賛にはウソがない。
 現在のアルカ軍は、つまりは志願制の傭兵で編成されている。
 出入りは激しいが、辛うじて体裁は保っているというトコロだ。
「チキュウはナイナが領有していると……」
「奴らの国内法と不受理案件だろ。カンケーないよ。」
 どーでもいーと左胸ヒレをてきとーにひらひら。
「それよりどうだこの局面! 攻略目標にモノホンの仮想敵! こんな機会は二度とないぞ! さあ再開だ!!」
 右胸ヒレを激しく打ち振るう。
「星務がいい波しませんよ」
 副長、最後の抵抗。
「奴らが練度上げてくれるのかよ。それがあいつらのシゴトだろ? 言わせとけよいつものコトだ」
 副長は左右の胸ヒレを等間隔に2回振ったあと、おもむろに。
「各尾、背ビレを振り立てろ!! 状況、再開!!」
 発令した。
 彼女も内心では、完全に同意していたのだった。
 自然と背ビレも逆立つ、波零れ尾すら伸びる、”演習”としては最高の舞台だと。
 これがアルカと思われては困る、と一般魚民が波をしかめる。
 彼らのいう、物カブレ、片ヒレ者、異常水質愛好家、星狂い、つまりは病者の濁り磯。
 これが、アルカ傭兵艦隊だった。



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