機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY
Op.Bagration
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作者:出之



 1.

 紀元前末期。
 当時、未だ小国、分裂状態にあった人類は二つの勢力に糾合され、断続的な覇権抗争を経た後遂に、全面武力衝突の憂き目を見た。
 地球規模の統合政府体制樹立を掲げる、北米・欧州聯合を中核としたいわゆる先進諸国聯合国家、「地球連合」。
 対するは、これを一部の富者の横暴とし常設国連軍を基幹とした、反・地球連邦「同盟軍」。
 戦われた旧世紀最後の世界規模の戦いが、WW3、第三次世界大戦である、のだが、このWW3、戦いの規模は当時の人類史上最大規模でありながら、実に奇妙な展開を見せることとなる。
 陸では、トルコ周辺とロシア・中国の境界。
 海ではフィリピン近海と、スエズ周辺で両軍は激突。したのだが……。地球連邦側の先制攻撃が総てを決めてしまった。
 非核型戦術EMP弾頭による、飽和攻撃。
 瞬く間に単なるスクラップと化したウェポンキャリアから恐慌状態で転び出る兵員へ更に追い討ちを掛ける、非致死性スタン系神経ガス弾による殲滅戦。
 そもそも同盟軍に決戦の布陣を強い、かつ誘導に成功した時点で連邦は自らの勝利を確信していたらしい。
「技術と戦術の格差がここまで明白に顕現した戦いは、世にも稀であろう」
 と、史書もWW3が人類史に刻んだ衝撃の巨きさに驚きを隠さない。 そして、持てるものは寛容足り得る、この稀有の記憶を。
 かくしてWW3は、「史上最も圧倒的な、史上最も効率的な、そして、史上最も寛容な、勝利」として、人類の輝ける金字塔となったのである。
 連邦軍が描いた決戦に誘因、そして主力を一方的に撃滅された同盟軍には、既に継戦能力は存在しなかった。そして連邦軍は全く猶予を与えなかった。中小国は恫喝で容易に屈した。基よりバランス・オブ・パワーに翻弄される存在でしかなかったのだ。主要国には躊躇することなく戦力投射を行う。首都を陥落させても尚、陰惨な制圧戦でも低脅威度戦での犠牲者も発生したが、地球全土荒廃のリスクを回避出来た段階で、総てコラテラル閾値内での話だった。
 地球連邦設立の基盤は、粛々と整備されてゆく。
 かつて、世界の警察軍として期待され、しかしその任を果たし切れなかった国連軍の地位にそのままスライドしたのが新生、「地球連邦軍」であった。
 殆ど戦力を消耗することなく勝利を勝ち得た「連合軍」は、しかし直後に大鉈を振るわれることとなる。“狡兎死シテ走狗煮ラル”を地でいく推移だが存在理由が消失したのであるから致し方ない。失職した軍人達も、歴史の悪弊の様な社会不安を醸成する要因等にはならなかった。手当は充分支給されていたし、“敗戦国”での復興特需に加え軍事予算削減により増額された福祉は、“地球市民”の名分を実現すべく最貧国目掛けて雪崩れ込み、多くのビジネスチャンスを産み出していた。
 総てが順調であるかのようだった。パクス・ロマーナを想起させるような、人類の黄金時代が訪れたかの如く。
 UC、ユニバーサル・センチュリーへの改元はその頂点だった。人々は歓呼と共にこれを迎えた。そうだ、今こそ地球人、我々人類は胸を張って宇宙を目指すべきだと。
 限りない繁栄の影には根深い苦悩があった。モデルが吐き出したデータを握りしめ官僚達は頭を抱える。冗談じゃない、今の成長を維持したらあと10年で地球の人口は200億を超えるぞ!!。
 誰が食わせるんだ。
 宇宙への玄関、軌道エレベータは計画されると瞬く間に完成した。
 そして、宇宙入植地、“スペース・コロニー”が進宙し。
 移民が、開始された。
 やがて漂い始めた冷気に人々は気付く。インタゲが機能を喪い、少しずつ失業者が目立ち始める。宇宙開発は戦勝程の景気刺激はもたらさなかった。“宇宙という負債”、を冷静に説いていた一部の音量がにわかに上がり、政府は経済成長を修正し続ける。それでも移民は強行された。それが棄民であることにやがて誰もが気付かされた。
 政府としても苦渋の決断であったのだ。無産者の山を抱えて立ち枯れるか、或いは。
 人々は遂に抗議の声を上げた。活動に転じた。そして、彼らの前に立ちはだかったのは警察軍、「地球連邦軍」に他ならなかった。既に宇宙殖民は事業ではなく、“人類救済”の美名を掲げ、行政と暴力装置が結託したそれは民意不在、政治の暴走に他ならなかった。

 南米、ジャブロー。
 連邦軍の本営である。
 広大なアマゾン河流域のほぼ総てを領有する破格の規模もそうだが、特筆すべきは核弾頭の直撃にも抗甚するとされる全没構造による防御耐久力である。指揮中枢はもちろん、MSのハンガーから艦船ドック、そしてMS、艦船の製造工場まで総てが地中深く隠匿されている。
 当然、地表にも濃密な対空防御網と強固な防御砲台が群立……していた。かつては。
 予算も人員も有限である。
 地表の防御戦力は1年戦争時での「ジャブロー強襲」をピークに削減の一途で終戦協定を境にほぼ全廃され、現在は少数の監視所を残すのみであり皆無といってよい。
 撤廃するとコスト割れの一部設備が無人で放置されている。
 今、一隻の戦闘艦が着床に向けアプローチしていた。
 連邦宇宙海軍所属、ペガサス級7番艦、「アルビオン」。
 連邦の宇宙艦艇史で強襲揚陸艦という艦種の先駆けとなる、「ホワイトベース」の名で有名なペガサス級。その系譜の正常進化型として現在、系統樹の尖端に位置していると言える最新鋭艦である。
 ペガサス級を名乗ってはいるが面影が残っている程度で、様々な戦訓、運用実績を取り込んだ設計は同型艦と呼ぶのが難しい程変容している。
 余裕を持って張り出た艦首艦載機搭載のデッキ部はペガサス級伝統の双胴型だが共通点としてはそのくらいで、全体的に無骨で角張ったいかにも軍艦、それも強襲、という字面の荒事をこなす戦船、として喚起されるイメージそのままだった初代と比べ、大気圏内航行での空力特性も考慮しているのかずいぶんと洗練されたスタイルとなっており、船舶としてのエレガントさと艦艇が持つ凶暴さをバランス良く備えた実に軍艦らしい軍艦、と言えようか。他特徴としては、艦体中央の左右両舷にペガサス級直系を示すシンボルであるかの如く、格納型メガ粒子砲も搭載している。
 現れたその姿を目の当たりに、コントロールにさざめきが広がる。
 軍艦というより客船に近い連邦軍のテスト・カラー、かつて純白に染められていた船体は煤け、また随所に弾痕が刻まれ、或いは窪み、またささくれ立っている。
 上部構造物、航海艦橋は倒壊し、当然のようにセンサ群も全損状態。一部の機銃は収納出来ず、艦外に突起したまま残骸を晒している。そして左舷艦首、デッキ部がそげ落ち、被害規模に応急修理もままならず、テーピングされただけで艦内構造をさらけ出している。
 よく沈まなかったもんだ。思わずの嘆声が上がる。抵抗敵わず、さんざんに陵辱された淑女を思わせる「アルビオン」の惨状に重い空気が流れた。奇襲を許したとはいえ、僅か一個中隊に蹂躙されたトリントンの情景が浮かぶ。それは悪夢の記憶を呼び覚ます。艦は太平洋沿岸ではなく欧州から、まるで時を越えオデッサから焼き出されて来たかの様だ。
 よろ這うように航行していた艦はジャブロー・コントロールのクリアランス、着床許可を受けるとしずしずと速度を殺し高度を下げ、ゲートを潜りジャブローの地底奥深くに無事、着床を果たした。
 暫くして展張されたタラップの、艦から降り立つ人影の先頭には一組の男女の姿があった。
 一人はアナエレの社員証を付けた女性。
 ルセットだった。
 拘束こそされていないが前後を軍警、MPに挟まれた様子は只ならない。
 もう一人は准尉の階級章を持つ男。疲労を隠さずうなだれた様子で施錠され、荒々しく引き立てられる様は犯罪者そのものだった。否、未だ容疑者なのであろうが。
「いっそ沈んでしまえばよいものを」
 映像に、冷え切った声が飛ぶ。
 更に地底深く。作戦中枢、その近くの会議室に密かに高官が集まり、如何なる形でも記録に残らない話し合いがなされていた。
 映像は直ぐに消された。僅かな揶揄が投げられたくらいで、誰も興味を示さなかった。
「それで。デラーズは詫びを入れて来ているんだな」
 会議を統括するジュサリノ・ゴップ元帥が質す。元帥。WW3で廃止され、先の大戦で復活、創設された称号、階級だった。
「今回の件はあくまで、一部の急進勢力による暴発とのことです」
 情報部長のキム・ジュンガン少将が報告を続ける。
「既に首謀者を“処置”した故、再発の恐れはない、最大限の配慮を願う……とのことですが、動態観測は別の見解を示しています。デラーズ・フリート全体で活性化の兆候を示している、引き続き予断は許せない状況にある、そうした意見もあります」
「あのご立派な“宣戦布告”演説も便宜と言い張るつもりか」
 軍令部総長のゴードン・クメッシュ大将が不快げに鼻を鳴らした。
「内部の反動を抑える“ガス抜き”とのことです。御賢察願いたいと」
「不正規戦の党首がそうか。笑えんはなしだ」
 軍務局長のオニール・コーガン大将の声に失笑が広がる。
「デラーズの真意などどうでもいい。要は如何に現今のテンションを維持出来るか、それだけだ。諸君の意見が欲しい」
 静かだが張りのある声でゴップが引き締め直す。
 WW3以降日陰者であった軍を、先の大戦を契機に軍政を通せるまでに立て直した謀師の面々だった。その視点はあくまで、太陽系を見晴らす大戦略の位置にある。如何に緊張を維持し、発言権を確保し、予算を引き出すか。デラーズ、カーン、ダイクーン残党。総てその駒に過ぎない。些末な作戦、戦術など現場に被せておけば宜しい。
「DFが攻勢に出た場合、何日保つと思う」
 経理局長のエミール・トハチェフが探るように言う。
「半日保てば上出来でしょうな」
 参謀総長のハンス・シュミットがそっけなく評する。
 ああ、いや。
「質問を変えよう。どれだけ“保たせられる”だろうか」
「半年。それが限界です」
 政務次官のマルティン・マサティエが律儀に挙手しながら発言する。
「現政権ではそれ以上は保ちません。ファクター次第ではその半分の覚悟も必要です」
 ふむ。
 ゴップは顎をさすりながら呟く。
「その、どうなんだ。デラーズというやつは」
 一人が軽く肩を竦めた。
「ギレンの茶坊主ですよ。それ以上でもそれ以下でもない」
 言って、人事局長のユースケ・タツミが軽い吐息をつく。
 情報部長が軽く頷き、同意を示す。
 ギレンの……。微妙な空気が流れた。
 あれは失敗だった。フタを開けるまで判らなかった。密約通り、プレゼンスに終止していてくれれば。その功績に免じて、我々はザビ・ミレニアムであろうが喜んで承認し続けたであろうに。それがあれ程の愚物だったとは。重大な反省材料の一つだ。体験に学ぶこと程の屈辱はない。
 デラーズのアクションはでは総て、ギレンの劣化コピーでしかないということか。そうした視座でDFを見つめ直すと、成る程、一同は深く、得心した。二度はない、類例を犯してはならない。
「本気、を“示す”必要があるな。ここは真っ向から受けて立つか」
 ダイクーンの奇襲攻撃に市民の怒りは政府と軍に向かった。警察が聞いて呆れる、査察はどうした、寝ていたのか。その後のコロニー爆撃の“失敗”により一気に風向きが変わり、辛うじて事態は終息したのだが。
 今回の件に関し、トリントンやアルビオンに係る何点かについて手早く調整、各員間での合意を見ると、今後の“台本書き”に話は移った。
 如何に全力を粧い、実情を骨抜きにするか。これはこれで難事ではある。
 会合は深夜にまで及んだ。

 見慣れない異物に、道行く人々は思わずそれを目で追った。
 軍の、AAV(装甲エア・ヴィークル)。
 天井に張り付くほどの高度を維持し、忽然と出現した緑の突風は勢いのままにアナハイム・エレクトロニクスの本社ビルを取り囲む。
「作戦準備完了しました」
 ずらりとならんだモニタを眺めている指揮官、ナカト少佐に向け先任曹長が報告する。
「宜しい、始め給え」
「作戦開始!!」
 曹長が発令する。
「全軍、作戦開始!!」
「突入!!突入!!突入!!」
 オペレータが各隊指揮官に向け発令を伝送。全軍が一気に動き出す。
「Go!!Go!!Go!!Go!!」
 AAVのサイドが展開し、各機が完全武装の兵を一斉に吐き出す。
 正面玄関が崩れ落ち、吹き込んできた黒い影に受付嬢は笑顔を貼り付けたまま凍り付き立ち尽くす。慌てて駆け付けてきた警備員二人に向け躊躇ない射撃が叩き込まれる。
 血潮は上がらなかった。スタン・ガンだ。
「警務隊だ!抵抗するものは撃つ!」
 部隊の先頭に立った兵が自動小銃を振り立て宣言する。
「手を後ろに回せ!全員床に伏せろ!」
「Echo ZE RO,Clear」
「Go ahead!!」
「Move it!!Move it!!Move it!!」
 32階建ての目標に向け、地上階、最上階並びに6フロア毎、各面に2個分隊が投入されている。各フロアの制圧も順調に進んだ。
「抵抗は皆無」
 多少の混乱は生じたが、開始より5分12秒で作戦は完了した。
 警務隊がそのまま目標制圧から保全警備に移行する中、直ちに情報部による現場検証が開始される。結果、役員室の一室で、アナ・エレによる組織的な事件への関与を立証するに十二分な物証が押収される。そこ二人の名はもちろん、関係性の裏付けはどこにもない。

 ルセットは表面上、丁重に遇された。
 女性であることに加え、軍属とはいえ民間人だ。身柄はどこまでも“重要参考人”。拷問どころか、僅かな物理的接触を訴因に「セクハラ」で逆訴訟されかねない。
 しかもルセットは完黙を貫徹した。
 無表情だ。何の関心も無いかに装っている。それを突き崩す材料も実は皆無だった。現場の最近辺に当時所在した最上位階級者という傍証以外に何も手持ちが無い。
 全く情報が取れない。身柄だけは確保したものの、手を焼く以前の段階で担当官は途方にくれた。既に判定は“白”だった。
 装っていた訳ではない。彼女は今、実際に自分の周囲に何の関心も無かった。今も。
 物心付いたときには既に、一回り上の世代に取り囲まれていた。
 自分が、軍の強化人間開発プロジェクトのスピンアウトという存在であり、当面、役に立たない無価値な、“失敗作”でしかないことも、直ぐに判った。頭の回転は速いがそれだけだ。戦術状況に適応出来る、軍が期待した機材では無い。計算だけなら例えば核融合のシミュレーションから制御、戦術立案支援まで任せられる、機載のヴェトロニクスに命じておけばよいのだから。
 だからといって、非・人間的扱いを受けた訳でもない。
 周囲の人間はナチュラル・ギフトと同格に接して来た。褒めそやされ、そのこと自体に不平、不満はなかった。実態がどうあれ。
 自然、彼女の興味は自分を産み出したNT、そして戦術要素であるMSに向かった。
 飛び級で大学院の最終課程までの学修を終えた彼女が、アナ・エレのMS開発部門への就業を志したとき、そうした使い道もあるかと安堵した周囲の環境、阻止要因は何も無かった。同じ境遇のニナに巡り会う迄も。
 だからなのか。コウとの出会いが新鮮だったのかもしれない。
 コウ・ウラキ准尉への取り調べは、ルセットへの表面化出来ない鬱屈、反動でもあったのか、苛烈を極めた。既にとっくに自白剤の投与も終わっていた。身内の裏切り者なので簡単だった。容疑が晴れるまで叩き続けるだけだ。
 デラーズ・フリートによるオーストラリア、「トリントン・ベース」の襲撃とGPー02略取。その現場に居合わせた両者への嫌疑と事情聴取はかように対照的なものだった。そして暫くして、強制捜査が入ったアナ・エレ本社情報との事実照合も踏まえ、証拠不十分の名目で二人はほぼ同時に身柄を解放された。
 士官食堂の片隅に彼は居た。
 食欲は、無い。
 教官であり直属上官、身元保証人として同じく自ら重要参考人として同行してくれたバニング大尉の支えが無かったら狂死していたかもしれない。
 そんなことをぼんやりと思うだけだ。
 それでも何か腹に入れねば。眠れるときには眠る、食える時には食う。セルフ・コントロールの性は、入隊と同時に叩き込まれている。
 気配にふと、視線を上げた。
 そこに彼女の姿があった。程度はあれ、過酷な取り調べを受けたであろうに、微塵もその陰はない。初めて出逢った時と同じく、彼女は毅然として、そして美しい。
 ルセット・オデビー。
 おもちゃのガンダムのシートをくれた彼女。
 そして、今回の事件に巻き込まれた、元凶。
 ルセットからすれば目の前の男は、テスト環境構築に必要な機材の一つに過ぎなかった。それ以外の意識はなかった、その時までは。
 GPー01、02。
 彼女はその意味と意義を充分、理解していた。
 この機体は、そのまま軍の派閥抗争への介入。
 理想と現実の、そのせめぎ合いへの参戦に他ならない、理想派、としての。
 MSの操縦はなかなかに負荷を強いるオペレートである。
 現場指揮官が、その指揮能力を十全に発揮する、それを要求、期待するのは重荷に過ぎる、それくらいには。
 であるなら、機体の高性能化に加え、指揮官、Combat Commander への負荷を低減すべく可能な限り、努力すべきだ。
 次世代MS開発計画、ガンダム・プロジェクトに臨み、ルセットは全く自然にそう、提起した。具体的にはMSのセミ・オートマ化です。
 MSのセミオートだと。軍の技術者は薄ら笑いを浮かべる。その目にはあからさまな侮蔑が踊っている。デスクプランナーが、出来るものならやってみろ、と。
「MSの主戦場は宇宙空間です。宇宙機の、航宙の殆どの行程はセミ・オートです。それをMSのオペレートに敷衍するだけです。妥当であると小職は判断します」
 ルセットの整然とした立論に軍の技術将校は鼻白む。
「いや、MP(ミノフスキー粒子)環境ではだな……」
 言い淀む相手の言葉尻に、ルセットはざっくりと容赦なく切り込んだ。
「要はMSではなく認知と学習の問題です。先の戦争により、イメージ解析並びに認証技術は格段に進捗しました。サンプルも無数に存在します。これをMSの戦術空間及び挙動に如何にフィード・バックするか。技術課題としては具象化可能な範囲にあります。そう思慮する次第ですが貴官は如何でしょうか」
 微笑すら浮かべながら正面から一刀両断にしてのける。
 ルセットを女、枕営業の飾りと侮っていたのか。大尉待遇の彼女相手に中佐、その技術将校は一撃で轟沈した。
 しかし一方。
 ガンダムはお互い、“商売”にならない、それもルセットは理解していた。
 紀元前に例を求めればFー22のような存在になりかねない。
 ダイクーン残党を掃討する兵器として、今産まれつつあるガンダムは強大であり“過ぎる”。自身が損耗することなく、GMを手足に宇宙に平和をもたらしては。
 軍は今度こそ廃業だ。Fー22がドミネーション・ファイター domination-fighter
の名を体現し、実際に地球の空に君臨した時、皮肉にもメーカーは倒産しかけた。ガンダムの存在はそれを軍にまで及ぼしかねない、WW3戦勝のプレイ・バックを演出しかねないのだ。
 だからといって、手を抜くことなど出来ない。事はドライバーの身命に掛かっている。そしてプロジェクト・リーダーであるジョン・コーウェン中将自身がそれを誰よりも強く、望んでいる以上。
 我々は更に遠くを目指せる、目指すべきだ。
 それが彼の持論だった。軍は人類相撃の愚を、“戦略構想”を根本から早急に改めるべきだ。深宇宙を相手に戦えばよいではないか。生死を掛ける戦場なら幾らでもあるのだと。
 ミズ、ルセット。
 独り思索に沈む彼女の前で、呼ぶ声がした。
 それが目の前の男から発せられたと気付くのに、彼女は少し時間を要した。
「ウラキ准尉、何か」
 ルセットは男の目を正面から覗き込みながら、応えた。
 男は口ごもり、言葉を堪え、そして探すような顔付きで彼女を見返して来た。その様子にルセットの胸は少し、痛む。
 確かに、私が彼を事件に巻き込んだのかもしれない。男の顔を見てその事に初めて、ようやく思い至る。
 今回の“お披露目”では、機体の仕上がりも勿論だが、ライダーの選定も同じ比重で重要だった。
 軍が提出してきた候補にルセットはにこやかに謝辞を返しながら頭痛を覚えた。キラ星のようなエースが並んでいる、それはいい、いいのだが……。GPの趣旨を未だに全く、欠片も理解していない!。求める人材はまず、正にGPのコンセプトを共有する知性の持ち主、脳筋ではダメなのだ、幾ら優秀でも只の前線指揮官上がりでは。当然、並の技量では困る、加えて、MSそのものへの理解、最低限、装脚機器制御関係の修士くらいは所持していてくれないと……出来れば開発陣と過不足無くコミュニケート出来る交渉能力も。ああ最も重要なのが、それでいて経験値が低い事、既存のMSや戦術に囚われないフレキシビリティ、実戦未経験なら申し分ない。
 シンデレラ・シンドロームかしら、と自嘲しながら世界は狭いようで広い。探せば居るものだ、例えば目の前のカレ。
 コウ・ウラキ。階級は准尉。がんだむだーがんだむだーという初対面の反応にアレ、と不安になったが、ぺらぺらと01のマニュアルを一通り繰り、シミュレータから降り立った後うかない顔で。
「こいつを育てたら自分は、いやライダーという職種は絶滅ですか」
 と、ぼやいてみせたのに胸キュン状態になった。その才覚に惚れ込んだ。
「安泰よ。少なくともあなたなら」
 珍しくそんな軽口を叩いていた。
 よく聞こえなかったのか、コウはたずね返したが彼女は手を振ってごまかした。
 並み居るエースを押し退け、いきなりガンダム・ドライバーに抜擢された准尉。事情が判らなければ怪しい関係なのだろうか。そして二人して事件現場の直近に居合わせた。まして一組の男と女。金銭の授受は、性的交渉は。
 性的交渉、ですって。ねえ。
 馬鹿々々しい。
「オデビー技官」
 ようやく口を開いたウラキに、ルセットは再び注意を向ける。
「この度はその、お疲れさまでした!」
 コウの言葉が脳に達するのに、ずいぶん時間が掛かった。
 何故だろう、笑いの衝動がこみ上げて来る。
 たまらず、ルセットは吹き出していた。
「コウ、ウラキ、准尉」
 切れ切れにルセットは言う。
「貴方、長生きしそうだけど、出世とは無縁のタイプね」
 コウは視線を落とし、頭を掻く。
「はい、自分でもそう思います」
「ルセットでいいのよ、敬語もやめて。それに」
 それに。嫌いじゃないかも。
 言葉を呑み込み、ルセットも僅かに顔をうつむかせる。
 嫌い、じゃない。
 自分でも思いがけない言葉で、反応だった。
 知勇兼備、いえ、仁知勇、というのかな?。
 最強のライダー、ガンダム・ドライバーにして、一緒に居て安心出来る。
 准尉が?。
「いえ、今回は巻き込んでしまって、その、ごめんなさい」
 その場で立ち、全く素直に深く頭を下げていた。出来た。
 そうだよ、関わっていい迷惑だ!経歴もこれで真っ黒、どう責任とってくれるんだええ。
 罵言も覚悟していた。
 当然、そうはならなかった。
「ああ、いや!頭を上げて下さいオデ、ルセットさん!今回は皆、被害者ですよ」
 コウも連られて立ち上がり、うろたえた声で言う。
 そうしてくれることをこそ、より多く期待していた自分が、判った。
 へたりとルセットは座りこんだ。
 優しいのね、准尉、コウ。
 それは私が女だから、美人だから、それとも男としての当然の態度なのかしら。
 涙は出ない。そこまでヤワじゃない。
 でも。
 自分の中で何かが、ちぎれた。その音が確かに聞こえた。
 デラーズ・フリート。
 それは呪いの言葉だった。
 政治的な存在?。悪い冗談。
 奴らは、下賤な、只のテロリストでしかないわ。
 言葉が迸った。

 ちょうど半年程前になる。ラビアンローズは“何者か”の襲撃を受けた。
 ピケットとして前方20kmの位置に、自衛軍、払い下げの中古のサラミス級2隻と、そのときはジムコマ4機がCAPに付いていた。
 我、襲撃ヲ受ク。アラートを一度発しただけで、部隊は反応を喪った。
 残された「ラビアン・ローズ」は騒然となった。如何なる意味でも、船自体には武装など一つもない。所長の一喝で騒ぎは収まったがそれでも絶望的な事態に何の変化も無い。不明敵の目的が、警護の殲滅だけである筈が無かった。
「03で迎撃します」
 デフラの名乗りが一番早かった。
 デフラ・カー。元連邦宇宙海軍中尉。豊富な実戦経験と学識で、テスト・ライダーとして、同時にエンジニアとしても早い時期からルセットを支えてくれた1人。
 デフラは所長を見、次にルセットを見た。
 だめよ、まだ整備中、いえ開発中の機体……!。
 口元まで出掛かった言葉をルセットは飲み下した。押し問答をしているときではない、それに。
 03を潰しに来たのか。
 不意に正答が導かれた。敵はアクシズか、DFか。
「03をオートで放り出すー?!」
 デフラは似合わない黄色い声を張り上げ、しかし直ぐ切り返した。
「それは0点よルセ、良く考えて!」
 何を。あ、そうか。
「実機を潰してもラビアンにソースは残るのよ。あなたなら見逃してくれる?」
 ルセットは思わず顔を赤らめ、伏せる。恥ずかしい。そんな簡単な事を。
「ラビアンは護る、私も還る。03も開発したあなた自身も、私の腕も、信用してそこで待ってて!。Engage,out」
 陸で2機、宇宙で4機を喰ったデフラにすれば、これも業務の一環でしかないのかもしれないが、ルセットにはもちろん初めての、否、考えたことすら無かった実戦だった。
 ラビアン・ローズ自体はろくなセンシング能力すらない。今は03が自動送信してくるライヴ映像とデータのみが情報源だった。
「二個中隊……」
 軍属の1人がそれを見て、呻く。
 中隊?確か9、10機編成。
 直ぐに精確なカウント、敵情報が表示される。
 20、いや、21対、1。
 ルセットは瞬きすら止めてブリッジの情報面を見続ける。
 手が固く握られ、赤いものが滲む。
「お!!」
 再び声が上がる。いや今度は歓声。
 20。
 反応の一つがランダム赤外放射に置き換わる。
 意外かもしれないが、本来、MSは爆発などしない構造をしている。可燃性素材は設計段階から一切排除されている、どころか積極的に防燃対策が施されている。核融合炉の爆発はもっとナンセンスだ、そんな危険なものをぞろぞろ戦術環境に投入出来ると思う方がどうかしている。
 だが表示情報は紛れもない爆発反応だった。加熱された推進剤が赤外反応を示しているのだろう。いや、質量兵器の直撃を受け、余熱された機体構造を飛散させたのかもしれない。
 などと眺めていると今度は立て続けに3機。これはマイクロミサイルの戦果だろう。
 残り、17。
 勝てる、勝てるの、デフラ?。
 機は貴重な14。そして志願ながら、否、そうであるからこそ、全員がダブル、トリプルスコア持ちで固められた、プラチナから削り出された様な豪奢な編成の部隊だった。
 情報に不足がある分、その脅威評価は過大、過剰な迄に高いものとなった。
「何故ここにいる」
 戦後開示されたRXー78のスペックを見、なんでこれくらいの機に手間取ったのか本気で不思議だった彼も、03のデータとされるものには戦慄した。冗談でも戦り合いたいなどとは思えない。戦場で強敵を欲するのは真に限られた一握りの強者か、そうでなければそう勘違いしているアマチュアだけだ。彼は何れでも無かった。艦載機はキャリアごと
沈めるのが一番スマートなのだと。まして開発中であれば。
 そのはずだった。
 また1機。
 MSは、特にコクピット周りは見た目以上に堅牢に造られている。剛性は戦車と戦闘機の中間くらいの性向を持つ。手足をもがれ行動戦闘不能に陥っても、中のライダーは軽傷、無傷である事も珍しくない。
 それが、この化け物は。
 一撃でライダーの生体反応ごと消し飛ばす。
「これが連邦のMAなのか」
 無意識に声が震えた。なんて贅沢な戦争をしやがるんだ。
 ダイクーンのMAは窮余の産物だ。MS、艦船、なにもかも足らない、その穴埋めの。
 こいつは、違う。拠点防衛用だと。
 ふざけるな。
 散り際にダイクーンの名を叫ぶ。そんなものは連邦の演出、宣伝映像の世界だと、そのときまで彼も信じ込んでいた。
 残り、11。
 僅か数分で歴代エースを多くを超えてしまった。
 全く負ける気もしない。
 だが。
 高揚感とは、無縁だ。
 むしろ腹が冷えるような、得体の知れない不快感に苛なまされる。
 これが、技術格差というものなのだとしたら。
 私は、その反対側にいた、ただ幸運だった、それだけだ。
 何れも、エースだ。もし素直に投降していれば、全員が全員、教本に名を連ねただろう、動きを見れば私にだって判る。
 それが。
 評価試験の的より容易く墜ちていく。
 私の手で。
 ルセット……私たちは……
 デフラは頭を振る。喜べ、胸を張れ。これは、これこそが私達が求めた世界、その成果なのだ。感傷は不要、否、唾棄すべき異物に他ならない。
 デフラはコンソールを、そのエイミングシンボルを睨み付ける。
 撃て、と03が命じている。この的を堕とせと。
 その為に私が、君も存在する、そうではないのか。
 そう、その通りよ、03。
 1機が懸命にDeadsixに向けManeuverしている。
 デフラはそれを察知するとCounter maneuver、愛馬にムチくれるジョッキーの如く03を駆る。控えめにそれでも瞬間15Gを発揮する03に全く敵は追随出来ず、攻守、彼我のポジションは余りにもあっけなく入れ替わる。
 絶好の射座を得たデフラは既に他の事は振り捨てている。
 攻撃承認。
「後悔なさい!」
 光学兵装のアドバンテージは弾速、ビハインドは威力だが、03が構えるメインアーム、メガ・ビームカノンは戦艦の主砲どころか要塞砲そのままの火力だった。マゼラン級の主機出力を越える大出力ジェネレータが03と砲を駆動している。
 射線は直撃した敵機のコクピットを易々と貫通していた。破壊されたプロペラントタンクの推進剤が加熱され、獲得された運動量で機体は内部から破壊され、爆散する。

 ** kil 1 : rem 9 **

 03がカウント。

 敵機は全部、デフラが墜としたわ。
 死兵だった。退きも降りもしなかった。最後の1機まで。
 でも。戦闘終了直後に03はアンコンに陥り。
 漂流状態のところを。倒しそこねた敵1機に狙撃され。撃破された。
 増援で駆け付けたジムカス2機にレスキューされていなかったら、デフラは死んでた。
 助かったけど。彼女もうMSには乗れないの。
 そして03の開発は、凍結されたのよ。
 ルセットは言葉を切り、視線を落とし手元をじっと見詰めた。
 コウは口を挟まなかった。しばし、静謐な時間が流れた。
 ルセットは顔を上げ、再びコウを見た。
 そして、不思議な微笑を浮かべる。
「なんだかスッキリしちゃった。つきあってもらっちゃってありがとね、ウラキ准尉」
 彼女も、戦ってたんだな。
「自分も、いや、ぼくも、コウと呼んで下さい、よかったら。ルセットさん」
 ルセットは再び、わらった。可愛い、いい顔だと思った。
「じゃ、コウ!、今後ともヨロシク、期待してるわよ」
 ルセットの言葉にコウはしばし戸惑う。ええと、それは。
 構わず彼女はぴっと人差し指を立てスイングさせながら宣告した。
「ちょっと、しっかりしてよガンダム・ドライバー殿?01の仕上げ!勝負はこれからなんだから!」
 ……ああ、そうか、そうだよな。
 うん忘れてないわすれてない、コウは二度三度頷きながら。
 半ば呆れ、大いに賛嘆しながら輝く彼女の瞳を見る。
 このコ、見た目以上にタフだ。でも。
 やっぱり、ずいぶんとムリしてる。
 もし彼女がそれを望むなら。
 おれでいいなら、支えてあげたい。
 自然に手が伸び、二人は固くハンドシェイク。



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