無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之



第五話


 惑星「レーン」。
 “パーチ”のカウンターで。
 へーあんたねぇその年で、しかも海賊喰いをね。失礼、いやでもたいしたもんだわ。あ、はいこれ500Mね。
 フィオンからの荷運び依頼だった。無事荷の受け渡しを終え、カウンターを離れようとして。
 ユーリはふと足を止めた。
 顔を巡らし。
 一人の老人と眼が合う。
 気のせいかな、と思いながら歩み寄り。
「すみません、あの」
 ぼくですか、と尋ね掛けると相手は応えず。
「その歳で、艦長かね」
 言葉を重ねてくる。
 えーまーしょはんのじじょうでー。
 とへらへら答えそうになるのを。
「ユキカゼ艦長、ユリウス・クーラッドと申します」
 背筋を伸ばし、申告していた。
 老人の、一見おだやかな物腰と、しかし一方そこから透けて滲み出る気迫が彼に態度を改めさせていた。
「なるほど、立派なものだ」
 老人はゆっくりと、満足そうに頷いてみせた。
「常在戦場でちょうどいい。うむ、天晴れな心掛け」
 はあ。なんか、おめがねには適ったみたいだけど。
 なんなの、これ。面接?。
「何の用だよジイさん。オレらもそうそうヒマじゃねーんだけど」
 隣からずいっとトーロがきっちり代弁してくれる。
 んー、と老人はあごヒゲを弄りながら。
 1隻増やせば戦力倍増、という単純な算数ではないぞ。
 一見、あさってのほうにボールを投げ返して来た。
 あー?ボケてんじゃねーぞジジィ。
「それはいったい?!」
 トーロが混ぜっ返すのを制してユーリは前に出る。
「戦力増強を考えとるだろう」
 声が出ない。
 もう、間違い無い。伊達や酔狂でこの人はぼくを呼び止めたんじゃ無い。
 この星域が海賊の巣窟と判明した以上、単艦で行動するのは余りに危険過ぎる。
 でもだからといって……。
「しかし、1+1が2にならない、場合によっては……というようなありきたりな話でもないのだよ、艦長。ま、突っ立ってないでここに掛けなさい」
 ユーリはその不思議な老人の言葉に導かれるがまま、隣に腰掛けた。
「艦長も確かに、既にして組織の長だが。部隊の長ともなれば加えて、指揮官の責をも負わねばならん。判るかね。僅か二隻の戦隊指揮官も、一万の艦隊司令も、その本質は変わらんのだ」
 それは究極の境地なのであろう。だがその意味する処、伝えんとするニュアンスは感じ取れる。
「戦隊指揮官になったとする。さて、君は僚艦に向かって、旗艦の盾となって沈め、と命じられるかな」
 それは不意打ちにも似た、突然の言葉だった。
 え、いや。それは。
「そう、そのような戦術は下策。そうした状況を産まないのが肝要、だ。しかしだな、戦場では僚艦が、命じずとも自ら旗艦の盾にもなるのだ。そう、この問いに正答は無い」
 老人は、ユーリの眼を覗き込む。
「指揮官とはそうしたものだ。出来そうかな」
 艦長としての覚悟は済ませたつもりだった。
 この上、そうした部隊指揮官としての重圧を更に課されるのか……。
 あーあ。
 思わず天を仰いで嘆きたくなるが。
 これが私の生きる道、選んだ人生。
「御教示、有り難うございます」
 ユーリは老人に、深々と頭を垂れた。
 うんうんと老人は頷き。
「老いぼれの繰り言じゃ。何かのたしになればの」
 気配は消え去り、人の佳い笑いを浮かべている。
「すみません、あの、宜しければ御名前を」
 ん。と老人はヒゲをしごきながら。
「ルー・スー・ファー」
 と名乗った。しがない隠居じゃよ。
「とうぶん、ここらに居るでな。何かあったらまた来なされ」
 ユーリはもう一度頭を下げ、席を立った。

「で、艦長。これからどうなさるおつもりですか。スカーバレルを一人で全部沈めるつもり?」
 いやそれはない、けど。
 少し皮肉混じりのトスカの質問に。
「イスモゼーラの社長に、会ってみたい。どうかな」



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