無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之



第13話


 両翼に戦力を集中すれば中央は空く。
 そこを、衝く。
<作戦、などと取立て言うことの程ではないな。子供の算数に過ぎん>
 もうユーリも、それを事実として受け入れていた。
 だが。いやしかし。
<無人の哨戒線はあるかもしれんが、戦力は展開していない筈だ。少なくとも俺ならそんな遊兵は置かんな>
 そう、その通りだ。
「どうやって、“中央”を抜くつもりなんですか」
 アステロイドベルト、「ラッツィオ・ヘクトル」。長径1億8千万kmの規模で約9500の小惑星が分布し、公転軌道を描いている。
<公転面に沿って突入はしない>
 ギリアスは薄く笑いを刻む。
<左右へのスイングでは無く、我々は頂点方向に迂回し、これを突破する>
 ユーリは唖然とする。
 確かに、宇宙船は星系内を飛翔する際、公転面に沿って移動する。
 各惑星の持つ巨大質量が穿つ重力傾斜をなぞり艦船は航行するのである。
 そこから三次元機動として逸脱する。これは星の旅人、スター・バードならではの力技でもあり、逆に熟達した航宙士ほど、既存の概念に捕われこうした見地には達し得ないかもしれない。
 しかし。
<安心しろ>
 ユーリの胸奥を見透かすような、ギリアスの接ぎ穂だった。
<航宙保安局から開拓当時の全星系マップを入手している。シミュレーションも成功している。それに>
 ギリアスは声を立てて笑った。
<失礼。今回は極、可能性が低い遭遇戦が予期されているだけだ。敗走しながら何の材料も無く突入するのでもない。だが。今から引き返すのなら別に止めはしない。笑いもしない。君はまだ若い。選ぶがいい>
 ぐ。
 ユーリは。
「……御願いします。連れて行って下さい」
 未知の領域へ。
<了解だ。俺に続け>
 切れた。
 気付けば、彼の言葉からは、先の“お邦訛り”が完全に消え落ち、教師よりも明瞭なラッツィオ公用語に切り替わっていた。
 三味線なのか、或いは地なのか。
 ギリアス・アルデハイム。
 底の知れない、漢だ。
 ユーリは、同時に身震いするような歓喜も味わっていた。
「ぼくとそれほど違わなそうなのに、あんな人が、居る」
 宇宙は、広い。
 すばらしきかなこの世界。
 ギリアスに、既に全幅の信頼を覚えていた。間違い無く彼にはその価値がある、と。
 その直後だった。
「艦長、ベイ・クルーズより入電です」
「うん、読んで」
「了解。発:ギリアス・アルデハイム 宛:ユリウス・クーラッド殿
 本文 パッシブで乗り切る。絶対センサに火を入れるな
 ……以上です。」
「了解」
 平板な声を出しつつ、ユーリは内心の動揺を懸命に抑え込む。
 何だって。
 ただでさえ軌道要素がバラバラで不明な、小惑星の大河に乗り入れるのに。全天サーチで全力でアクティブ・センシングを行ってでも危険なのにパッシブだと。
 頂点方向への回避軌道を取るとしても、あまりにも完全にベルトから離れてしまうと存在するかもしれない哨戒線に探知される可能性がある。
 だから。外縁をぎりぎりで掠め過ぎ、ベルトの存在が発する情報雑音を背景に存在を秘匿しつつ突破を図るはず。
 確かに、アクティブを発すればそれだけで被探知の危険性はハネ上がる、それは無論だ。
 アステロイド各単体は、当然、加減速も自身の発熱も無く、主星からの淡い照射に微細な反射を示しつつ一帯の重力傾斜に身を委ね自由落下しているだけだ。
 そこを。直交する軌道を描きつつ最小限の軌道修正で押し渡り、最後は流星雨から逸れた岩塊を装いながら離脱。
 大胆不敵。
 あとはそれを実現する技量だが。
 ユーリは一つ、頷く。
 深呼吸。
 これは。彼との勝負だ。
「一人相撲だけど」
 ぼそりと呟くユーリを、トスカが僅かに顔を傾げ、横目に見る。
 「ベイ・クルーズ」の艦尾灯が仄かに明滅する。発光信号。
 “カクカン、キョリヲツメヨ”
 宇宙での最小単位が1kmであるのは既に記した。それを割り込み各艦は「ベイ・クルーズ」の尻を舐めるように寄り添う。
 航宙精度上でのそれは、最早、衝突しているに等しい。事実、情報画面上での各艦との距離は既に0と表示されている。
 そしてギリアスと彼の戦隊は、仮想の自由落下軌道を欺瞞。突入した。
 観測誤差と処理されるような、1度を割り込む様な極小の軌道修正が小刻みになされる。
 トトロスはその、醜い生き物の様に震える操舵スティックを唇を噛み締め両手を摺り合わせながら、眺めていた。
 主機も稼動を停止し、艦内は無音潜行中の潜水艦の如く静まり返っている。
 時折、普段は耳にしない、艦の構造材が発するきしみが、以外なほど大きく響く。
 今、全艦は「ベイ・クルーズ」と完全にデータリンクし、同一軌道要素を共有し飛翔していた。
 「ベイ・クルーズ」が展開するアクティブ・ステルス、全く自身の存在を秘匿する意図を示さず、寧ろ盛大にアクティブセンシングを放ち威嚇している様な無人哨戒機の探査波に、リピータ・ジャミングを返し、探知対象を自然物と誤認させる。そのフィールドに包まれ、全体として全長約500mほどの岩塊として振舞っている。軌道の揺らぎは、随所にある巨大アステロイドの重力場による干渉であり、それは必然的に発生している。
 もちろんそれはスラスタを噴射して実行しているのだが、流石にそんな微小な反応を感知出来る広域対艦センサはまだ実在していない。
 これがアステロイドのどれにも接触せずベルトを航過することは、不自然ではあっても非合理ではない。
 であるので、観測していたその無人哨戒機は、これを観測値としては認識しても脅威と評価する事は無く、内部処理で済ませた。
 その軌道は公転面を大きく割り込み、その存在が如何なる意味でも“我々”に脅威を及ぼす可能性は今後存在しない。
 無人哨戒機は、当該の異物がセンシングエリアを横断するのを見送ると同時にその観測結果を不要、として消去していた。



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