−オリジナル−
この剣が朽ちる前に
作者:出之



 ウラジムア・バァーツテン大勝は腐り切っていた。

 ヘリトカル方面軍、第十二軍 軍営。

「二重包囲が出来つつあるのに、丘一つ陥とせんのか!この弱虫共め!信教が足りんわ!!」
 副官が隣で震え上がる。
「で、ですが。ファナティク共は卑怯にも鉄騎まで投入して来まして……」

「鉄騎だと」
 ぎろりと眼を剥く。
「先週、二個騎隊、こっちも出しただろうが!」
「いえ、それが……」
 副官は細い声を出す。
「325高地に届く前に、総て潰されまして……」
「何だと!!」
 ひっ。
「なぜ、黙っていた!」
 「も、もうしわけ」
 こうなるからだよ!この豚野郎!!。
 
 彼も内心では判っていた。
 ファナティク共が持ち出して来た、「獣王」とやら。
 確かに厄介だ。こっちの鉄騎が団単位で喰われる。
 丘が落ちないのも判っていた。

 だからこその包囲だ。
 だが。
 苛立ちは消えない。

「よいよ危険です、閣下。一時後退の裁可を」
 閣下、は顔を上げ。
 マインシュヴァインの眼を正面から覗き込む。
「一時。か」
「はい」
「奪還出来る、のだな」
「必ずや」
 全く、自身、信じていない言葉を矢次に並べる。

 閣下は、一時瞑目した。

「後退を許可する」
「御意に」

 だが、それは既に。



 差し入れの山が出来ていた。
 甘苦板、焼蛙肉、バン、固焼バン、外套、毛皮、あれやこれや。
 この陣地にまだこれだけの物資が隠匿されていたとは。
 ブルツは呆れるやら何やら。
 彼女は今や、完全に天女に祭り上げられていた。
 天使では無いにせよ、天から舞い降りた。
 我が陣地の守護女神。

 彼女も戸惑っている。
『悪いわ』
『いいって。取っときなよ』
 お供え、だ。
 取り敢えず、それでも、このままでは凍死してしまうので着物は出来るだけ身に付けた。
『寒い』

 ブルツは顔をしかめる。
『うん、寒いね』

 そんな感覚、とうの昔に忘れていた。

 第一発見者のブルツが、自然と彼女の世話係になっていた。
 陣司令も一度だけ姿を見せ、彼女を見て眼を丸くしていたが。
「戦意高揚だな。大変結構」
 笑いながら去り、以後関与して来ない。
 さながら、今のブルツは女神に仕える神官の役処にある。
 当初は「参拝客」も大挙して押し掛けたがそれも一巡した様だった。
 彼女を護る。
 俺達が護る。
 絶対、この丘は陥とさせない。

 陣の意気、天を衝かんばかりの土岐に発せられた退却命令だった。



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