第五章 Don't lost your believe for survive.





−ミッドチルダ地上本部・はやての特別捜査官室−

はやての捜査官室で黙々と書類を片付けていく美月。
季節は冬真っ盛り。外は晴れてはいるが、肌を突き刺すような寒い風が吹いている。
はやてが窓の外をチラッと見て、ポツリと言った。

「今日は空気がえらい乾燥しとるなあ……」
「もう12月ですしねぇ……」

熱い緑茶を一口飲んで、美月ははやてに相槌をうつ。
一度暖房の効いた部屋に入ると出るのが億劫になる。誰もが思うことを美月も考えた。

「そろそろ加湿器も出さなな……」
「保湿クリームも買わんとあきませんね……」

主婦の井戸端会議のような会話をしながら、2人はお茶をすする。

「ただいまです〜」

その時、自動ドアが開いて大量の資料を持ったリインが入ってきた。
この頃リインは元の大きさではなく、フルサイズの大きさで仕事をすることが多い。本人曰く「燃費は悪いんですけど、この体じゃないと資料が持ちにくいんです」らしい。
はやてはリインから資料を受け取ると、ほーっと溜め息をついた。

特別救助隊(レスキューフォース)も忙しそうやねぇ。」

その言葉に美月は反応した。色々な意味で。
いくつかの疑問をもった美月は素直に質問するもとにした。
まずは一つ目。

「レスキューフォースって、ハイパーレスキューみたいなものですか?」
「ちゃうちゃう。ハイパーレスキューは別にそういう部署があるんよ。うーん……航空救難団みたいなもんかな?」
「?」

と言われても全く分からない。おそらく読者の方にも分からない方が多いと思うので、簡単に説明しよう。
航空救難団とは航空自衛隊に所属する部隊で、ハイパーレスキューより遥かに過酷な訓練を積んだレスキューの精鋭達である。近年有名になった海上保安庁の特殊救難隊が出動できない大荒れの海にも出動できるので、救助を待つ側にとって航空救難団はまさに「救難の最後の砦」。
時空管理局にも同じような体制があり、航空救難団の時空管理局バージョンがレスキューフォースなのだ。
はやてからレスキューフォースについて説明を受けた美月はふんふんと頷く。
レスキューフォースについて分かったところで、美月は二つ目の質問をしてみた。

「忙しいって、災害とかありましたっけ?」

少なくとも美月には災害が起きたという記憶はない。他の管理世界も含めての話だ。
はやては美月の質問に軽く首を振って答えた。

「この季節になると、登山愛好家が冬山登山に出かけて遭難することが多いんや」
「なるほど」

全ての疑問が解けたので、再び書類仕事を再開する美月。はやてもリインが持ってきた書類に目を通し始める。
リインも自分の席に座り、仕事を始める……ちょうどその時、通信が入ってきた。

「八神二佐、公安警備隊のヴォルツです!」
「あ、ヴォルツ指令。そない慌てて急にどないしたん?」

緊迫した男性の声に、のんびりとした声で答えるはやて。
美月も手を止めてはやての方を見る。男性の声から察するに、あまり芳しい通信でないような気が薄々したからだ。

「ミッドの海上港を出港した客船が事故で沈没しかけています!非番チームの特急にも招集をかけましたが人手が足りません。支援出動をお願いします!」
「了解!」

一気に凛々しい表情になったはやては通信を切ると同時に2人の方を見て口を開いた。そうしながらも自身の出動準備を手早く整える。

「美月ちゃん、リイン、行くで!」
「はい!」
「はいです!」

かくいう2人もはやての言葉の前に出動準備を始めていた。そして、準備を整えた3人は駆け足で部屋を出る。
支援とは言っても、美月にとっては初めての救助活動。すぐに美月は救助活動の大変さを身をもって知ることになったのだった。





−ミッドチルダ沖合−


「うっわ……」

上空から現場の状況を見た美月は思わず声を上げた。手にはデバイスモードのトリニティが握られ、バリアジャケットに換装している。
超大型の客船の船尾からもくもくと煙が上がっていた。油の流出は起こっていないようだが、乗客がパニックに陥りながら避難している様子が上空から見て取れる。
彼女の横では白を基調とし、黒いスカートのようなヒラヒラがついた騎士甲冑に身を包んだはやてが通信で詳しい状況を聞いていた。既にリインとのユニゾンは終えている。

「4基あるエンジンうちの1基が突然爆発をおこし、発生した有毒ガスが艦内に充満しつつあります。燃料に引火する可能性もあり、早く乗客を避難させなければ……」
「了解!」

はやては力強く頷いて通信を切る。そして、美月の方を振り返った。

「客船の船内図はトリニティに転送してある。私は船首の支援に回るから、美月ちゃんは船体中央部を頼むわ」

はやての声に美月は頷き、客船の甲板へと飛び始めた。飛びながらモニターを出し、現在の船内の状況と救助活動の進行度を確認する。
船の総トン数は12000t。出港したばかりなので残っている燃料も多く、引火すれば大爆発が起こるだろう。
さらに不運なことに海上の状況が思わしくなく、船は波にもまれかけていた。それ故に救命ボートを降ろすことができず、乗員は船内で救助を待つしかない状況。しかし、船が安定しないので救助活動の進みは遅く、乗員の8割が船に取り残されている。
その上、爆発の影響で船底に穴が空き、少量ながら海水が侵入していた。

「よっと……」

美月はデッキ最上部にある広場に降り立つ。この付近の乗員は既に救助されたらしく人気は全くない。
トリニティの生命探知システムをアクティブにして、美月は船内へと移動した。
内部は爆発による振動で倒れたと思われるテーブルや観葉植物などが散乱している。浸水によって船が傾きつつあるのか、美月の足元をビンがコロコロと転がっていった。
美月は周囲を注意深く伺いながら歩を進めていく。

「Master,there are two deliverers on the left at twenty meters.」(左方向50メートル先、要救助者を1名確認しました)
「オッケー」

美月は反応が出た場所に向かって走り始めた。
すぐに彼女は大きいホールへと着く。要救助者の反応はこのホール内から出ている。
天井にはシャンデリア風の電球がいくつもついていたが、明かりを放っているものは僅かだった。
美月は大声で呼びかける。

「管理局です。誰かいませんか?」

じっと目を凝らすと、倒れたテーブルの後ろから伸びる足のようなものが視認できた。が、返答はない。美月の頭を嫌な予感がよぎる。
散乱している物につまずかないように注意しながら、美月はゆっくりと近づいていった。
おそるおそるテーブルの後ろを覗き込むと、10歳くらいの男の子が倒れている。
美月はすぐに意識の有無を確認するが、反応はない。美月の脳裏にこの間の保健体育の授業が蘇ってきた。



−数週間前、舞浜高校・2年C組−

「人間は呼吸停止後10分後に死亡率が50%に達します。呼吸が止まっている人を発見したらすぐに救急車を呼び、到着までは人工呼吸を行いましょう。」



美月は男の子の胸に手を当てて呼吸と鼓動を確かめる。どうやら心肺停止には至っていないようだ。
続いて、彼女は外傷の有無を調べた。彼の後頭部にたん瘤ができている。

「後頭部打撲による気絶やね……早く搬送せな」

彼女はトリニティを待機モードに戻すと、男の子を抱える。そして、今来た道を引き返し始めた。
走りながら彼女は男の子を見て色々と考えていた。
おそらくは家族と一緒に乗船していた筈。だとしたら家族とはぐれ、1人でさぞや寂しかっただろう。
早く家族に会わせてあげたい。
そんな思いが美月の頭を駆け巡る。彼女は瞬く間にデッキ最上部にある広場に戻るとそのまま飛び立った。そして、全速力で救急隊の待機場所へと向かう。

「よろしくお願いします」
「了解しました」

救急隊に引き渡すと、美月はすぐに空へ上がった。
彼だけじゃない、あの船には1人で助けを待っている人が大勢いる。
美月はそんな思いで無我夢中で救命作業を続けた。
着々と救助活動は進んでいく。残る要救助者が数人となった時、事態は一変した。
ついに燃料が引火して爆発を起こし、爆風で船底の穴が広がってしまったのだ。その結果、船内に流れ込む水の量も一気に増え、船体の傾斜速度も上がる。
爆発が起こった時、美月は船内を移動中だった。爆発によって船体が激しく揺れ、美月は手すりを掴んでなんとか耐える。
直後、船の傾斜が一気に大きくなった。立っていられないほどではないが、移動するには少々キツい傾斜だ。
と、美月の背後からローラーが回転する音が聞こえてくる。

「?」

首をかしげながら振り返った美月の足元に水色の光道が伸びてきた。白を基調とした長袖の袖部分に青いラインが入った上着と水色の短パンのバリアジャケットに身を包み、頭にハチマキを巻いてローラブーツを履いた女性が光道の上を走ってきた。
走ってきたというよりはローラーで滑ってきたと言ったほうが正しいのだが。
彼女の左手にはホイールがくっついた重厚なデザインのナックルが装着されている。
あっけにとられる美月の前で彼女は止まり、口を開いた。

「君がはやてさんの補佐官の子だよね?私はスバル・ナカジマ。特別救助隊セカンドチームのリーダーだよ」
「森山美月捜査官補です」

美月が敬礼して挨拶をすると、スバルは自分の肩をポンポンとたたいた。
一般的にその行動は「肩に掴まれ」という意味なのだが、美月はスバルの顔を見てポカンとする。場所が場所だけにスバルの考えが読めない。

「船内じゃ飛行魔法は不便だし、歩いて移動には傾斜が大きいからね。マッハキャリバーで滑った方が速いんだ」

ようやくスバルの考えを理解した美月は頷いて、おずおずとスバルの両肩を持つ。
スバルは美月の腰に手を回しておんぶするようにホールドする。

「しっかり掴まってててね!!マッハキャリバー(相棒)!」
「Absorb Grip」

スバルの声でローラーブーツについた宝石が光る。
直後、2人の姿は遥か彼方にあった。F1のような猛スピード故に体に当たる風も強く、美月は目を開けることすら困難な状況だ。
容赦なく風圧は美月の体を襲い、少しでも気を緩めればあっという間に引き剥がされてしまいそうな程。
しばらく進むとスバルは止まって静かに美月を降ろした。

「この付近から要救助者の反応が出てる。私はこっちを捜索するから、美月ちゃんはあっちをよろしく!」
「はい!」

美月はスバルと別れ、駆け足で通路を進んでいく。
彼女の前には個室の入口がずらっと並んでいる。迷わず片っ端から扉を開けて中を見ていく。もちろん大声で呼びかけるのも忘れない。
繰り返すこと6度目、部屋の中からか細い声で反応があった。

「ここです……助けて……」

美月は足元に注意しながら部屋の中へと入る。中には20歳前後の女性がいた。
慌てて美月は女性へ駆け寄る。

「すぐに安全な場所に搬送しますから」

明るい声と明るい笑顔で美月は応えた。しかし、その声と表情には相手をつつみこむような優しさが感じられる。
女性も少し安心したようで、おずおずと頷いた。
だが、現実はそう上手くはいかない。
美月が女性の手を取って立たせようとしたその時、またしても大きな爆発が起きた。直後、船体が90度近く傾いて美月達は壁にたたきつけられる。
幸い、とっさにトリニティがフローターフィールドを発動させたお陰でさほどの衝撃はなかった。

「ありがとな、トリニティ」
「No problem.」(お気になさらずに)

女性を抱きかかえながら美月は周囲を見回した。
室内の物が全て壁側(=美月達が立っている部分)に散乱している。
とりあえずは、この部屋を脱出しなければならない。
美月が女性を抱えて飛び立とうとした瞬間、半開き状態だった扉が勢いよく吹っ飛び、室内に水色の光道が延びてきた。
誰がやって来たかは言うまでもない。

「ごめん、遅くなった!」

その声と共に鋼の走者―スバルが現れた。

「他の人は搬送したから、あとはその人だけだよ」

美月は無言で頷くと、ウイングロードに飛び乗る。
スバルを先頭に脱出を開始しようとしたその時、スバルと美月の前にパネルが表れて赤く光った。そこには「ALERT」と表示されている。
美月は怪訝な表情になったが、ベテランのスバルは瞬時に状況を把握した。
彼女達が乗るウイングロードに地鳴りのような振動が伝わってくる。美月もようやく事態を把握して、一気に緊張した表情になった。
スバルと美月は顔を見合わせて頷くと全速力で移動を開始する。
地鳴りのような振動の正体、それは怒涛の勢いで船内に流れ込んでくる海水だった。廊下や部屋に散乱したあらゆるものを巻き込んで迫り来る海水。
移動すれば移動するほど船の傾斜が大きくなる。しまいには天井であるべき部分が床になってしまった。本来の床と違う部分は電灯がくっついているという点。
無我夢中で逃げること20分。ウイングロードに伝わる地鳴りのような振動もなくなり、一旦3人は止まった。
スバルは通信画面を表示させ、陸上に現況の詳しい説明を求める。

「指令、状況はどうなってますか?」
「船体の180度ひっくり返ってる。沈没も時間の問題だろう。最後の要救助者は?」
「無事保護しました。臨時協力の局員も一緒です」
「わかった。よろしく頼むぜ。シルバーのエース!」

スバルは力強く頷くと通信を切った。
彼女の後ろでは美月が女性の背中を撫でながら懸命に勇気づけている。やがて、女性がポツリポツリと話し始めた。

「私、やっぱり生きてちゃいけない人間なんですね……」
「な……いきなり何を言い出すんですか。そんなことないですよ」

かなり面食らったものの、すぐにフォローをする美月。
しかし、女性の弱気な発言は止まらない。

「私、昔から運のない女だったんです。遠足や旅行に行く時の天気は必ず雨。別世界に行くときにいたっては次元航行船が事故を起こして死傷者が沢山出て……」

流石にそこまで行くと美月もフォローしようがない。不幸体質ここに極まれり、といった感じだ。
必死に頭をフル回転させて考えるが、中々良い言葉が浮かばない。

「そのせいで友達にもいじめられて……私なんか生きてない方がいいんですよ」
「そやからって、そこまで言わんでも……」

やっと絞り出した美月の言葉は少し震えていた。
美月の言葉を聞いた女性はあさっての方向を見ながら言葉を続ける。

「周りの人間を不幸にし続けるよりも、ここで死んだほうがよっぽどマシです。きっと神様が遠回しに告げてるんですよ」
「……」

自嘲気味に微笑む女性。美月は黙ったまま俯いている。
スバルは固唾を飲んで見守っていたが、彼女は心なしか美月の体が小刻みに震えているような気がした。

「だから、あなたがたとは一緒に行けません」
「!」
「ありがとうございました。さよ……」

「さようなら」と言おうとした女性の言葉が、パシンッという音と共に途切れた。
理由は美月が女性の頬をひっぱ叩いたから。スバル、そしてひっぱ叩かれた女性も唖然としている。

「あんたはまだ生きることができるやん!……やのに……やのに、そんなこと言わんといて!」

救助者を殴ることは当然咎められる行為。本来ならば止めるべきなのだが、美月の心を察したスバルはあえて傍観することにした。
美月は一旦深呼吸をすると、堰を切ったように言葉を並べ始める。

「私の世界では1年前に大きな災害があった。その災害で1万人以上の人が一瞬で犠牲になったんや。将来の夢へ突き進んでた人、努力して夢を叶えた人……その人らはまだまだ生きたかったはずや……でも、生きられへんかったんや。せやけど、あんたはまだ生きることができるやろ!」

まくし立てるように言い切った後、美月は泣き崩れてしまった。
美月の背中をさすりながら女性に優しく語りかけ始めた。彼女は透き通るような目で真っ直ぐ女性を見つめている。

「私ね、ずっと眠りっぱなしの友達がいるんだ。彼女は1000年ぶりに目覚めたのにすぐにいつ覚めるかわからない眠りについちゃってね。彼女、こう言ったんだ「この世界の綺麗で素敵なもの全部、あなたと一緒に触れて生きたかった」って」

そこでスバルは口をつぐんだ。そっと上を向いて深呼吸をすると、再び視線を女性へ戻した。
彼女はそっと女性の肩に手を置いて言葉を繋いだ。

「あなたがそう思っていても、この世界には必ずあなたを必要としている人がいるはず。どんなに苦しい道のりでも歩みを止めないで」

そう言ったスバルの瞳から一筋の涙が流れる。その隣で目を真っ赤にした美月も静かに頷いた。
湿っぽくなってしまった空気を打ち消すようにスバルは明るい声で2人に声をかける。

「さ、行こうか」

黙り込んで俯いてしまった女性をおんぶすると、スバルは美月に指示を出し始めた。

「今の位置は?」
「Eデッキの右舷側です。この壁を2枚向こうは海中です」

美月の報告を聞き、スバルは目を瞑って考え始めた。そして、一つの答えを出す。

「それじゃ、壁を壊して脱出しよう!」
「え?」

美月はすぐにスバルの案に不安を覚えた。
壁の向こうは海水なのだ。穴を開けたが最後、凄まじい量の海水が浸水して終わり。脱出するどころか生き延びるのですら困難になる。
そんな美月の不安を読んだのか、スバルは笑って美月に話しかけた。

「大丈夫。防水バリアぐらいは張れるから」
「……」

それでも美月の不安は拭えない。なぜならば、女性を固定するために両手がふさがっているスバルの代わりに美月が砲撃を撃たなければならないのだ。
やり直しのきかない一発勝負に美月の緊張は大きくなるばかりだった。

「Don't worry. It's your ability's turn.」(心配はいりません。あなたの能力の出番です)
「へ?私の?」

突然トリニティから声が発せられたので驚く美月。一瞬戸惑ったが、すぐに意味を理解する。
彼女の魔力変換資質「氷結」の影響で壁を破壊した時に浸入する海水も凍結するはず。トリニティはそう言っているのだ。

「分かりました」

美月は頷くと、自分の胸に手を当て、目を閉じて深呼吸をする。カッという効果音が鳴りそうな勢いで目を開けると彼女はトリニティを真上に構えた。
彼女の足元に水色の魔法陣が広がった。続いて、スバルが自身と女性が収まる大きさの半球を生成する。
目の前の壁を見据え、美月は静かに詠唱を開始した。

「天に漂いし水よ、氷の礫となりて、迫りくる敵に降り注ぐ霰となれ……」

美月の周りに8個の光球が生成される。フォールフローズ、美月が持つ唯一の誘導制御型射撃魔法である。
光球は真っ暗な船内をほのかに照らす。スバルの背負われている女性にはその光が希望の光に思えた。

「Salvo.」

トリニティの宝石部分が光り、光球が次々に発射される。光球が壁に命中した衝撃で壁に無数の亀裂が入った。
亀裂を確認すると、美月は最後の一手を指す。
2回機械音が響き、棒の先端に搭載されたリボルバーが回転してカートリッジがロードされる。

「古の世界に眠りし竜の息吹、その力をもって眼前の敵を凍てつかせよ……」

詠唱が終わると同時に美月はトリニティを振り下ろす。振り下ろされたトリニティの宝石部分が光り、声が響く。

「Freezel Buster」
「フリーゼル……バスタァァァーー!」

美月の大声が響き、トリニティから砲撃が放たれた。
砲撃は亀裂が入って脆くなった壁をぶち抜き、海中へと届く。それによって海水が凍り、直径2mほどの氷の管ができる。
スバルは素早くウイングロードを発動させて管の中を通す。

「美月ちゃんが先行して!通路の確保をよろしく!」
「はい!」

美月は全速力で管の中へと突っ込んでいく。
先程のフリーゼルバスターが海上まで到達しているとは考えにくい。となれば、この管は突き当たり―進行を阻む壁があるはず。
彼女はトリニティを構え、大声で叫んだ。

「トリニティ!」
「Protection」

美月の前に水色の魔法陣が現れ、彼女はどこぞの伝説の戦士の必殺技ように魔法陣を自分の前に展開させたまま突っ走る。
彼女の作戦は自らを弾丸にして突き当りの壁をぶち破るというものだった。
やがて、美月の視界に氷の壁が飛び込んできた。自分を襲うであろう衝撃に備えて歯を食いしばる美月。
直後、彼女の体は何かが割れる音と共に海中にあった。同時に、氷によって防がれていた海水が大量に管の中へと浸入し始める。

〈スバルさん!〉
〈オッケー!〉

美月の後方を走っていたスバルは美月の声で、もう一重の防水バリアを張る。
通常なら着衣泳は泳ぎにくいのだが、今着ているのはバリアジャケット。美月は空を飛ぶのと変わらない速度で移動することができた。
一方、陸上では大勢の局員が心配そうな表情で海面を見つめている。彼らの視線の先には船底を見せてひっくり返っている客船が浮かんでいた。
しかし、はやてとリインは局員の表情とは違う。あの2人なら大丈夫。そんな思いが伝わってきそうな表情だ。
突如、海面に大きな波が立ち、その中から1本の水色の光道が伸びてきた。次に美月、そして女性を背負ったスバルが相次いで海上に飛び出してくる。
その光景を見た瞬間、局員から大歓声が上がった。同時に各々の役割のために動き始める。

「おい、ストレッチャー回せ!」
「毛布持って来い!」
「救急車の通行道の確保急げ!」

歓声と連絡の声が入り混じった喧騒に迎えられて美月達は着地した。スバルの元へ救急隊が駆け寄り、女性をストレッチャーに乗せる。
ふと美月は視線を感じて後ろを振り返った。視線の元はストレッチャーの上の女性。彼女は美月に向かって僅かに微笑むと、そっと目を閉じた。
すぐに救急隊によって彼女は救急車の中へと運ばれ、その救急車も搬送先の病院へと出発する。
美月は黙って救急車を見送った。女性の微笑みの心意を考えながら……




−ミッドチルダ・東部病院−

客船の沈没事故から数日後。美月はミッド東部にある病院の廊下を歩いていた。彼女の手には花束が握られている。
美月が最初に救助した男の子。彼の退院が決まったのでお祝いに訪れたのだ。
目的の病室を見つけ、ドアの前で制服を整える。ドアをノックすると、中から若い女性の声で返事が返ってきた。

「どうぞー」

美月はそろそろとドアを開ける。中にはベッドに寝ている例の男の子と椅子に座っている彼の母親らしき人がいた。
母親らしき人が椅子から立ち上がり、深々と頭を下げて話し始める。

「この度は息子を救助していただきまして、本当にありがとうございました」
「い、いえいえ。あ、お見舞いの花です」

急にお礼を言われたので、慌てて花束を差し出す美月。この歳になると、人に褒められるのは中々気恥ずかしいものだ。
母親に目配せされ、男の子も美月に頭を下げる。

「お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。ホンマに良かったなぁ」

お礼を言われた美月は優しい笑顔で応えた。そして、彼は少し恥ずかしそうにしながら話し始める。

「お姉ちゃん、僕大きくなったらお姉ちゃんみたいな仕事がしたい!」

その様子はかつて両親に自分の決意を告げた美月にそっくりだった。
過去の自分を見ているような不思議な気持ちになりながら、美月は彼の顔をじっと見て笑う。

「未来の同僚やね。楽しみに待ってるで」
「うん!」

あまり長居するのも迷惑かと思い、美月は一礼して部屋を出る。
静かな廊下に靴音を響かせて歩く美月。彼女の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

(「お姉ちゃんみたいな仕事がしたい」か……)

かつて自分がはやてやなのはに憧れて始めたこの仕事。まだまだ彼女達の足元には及びもつかない。
でも……少しだけ、ほんの少しだけ憧れの人達に近づけたような気がした。
直後に美月はある人物と目が合い、立ち止まる。彼女の視線の先にいたのはあの時の女性。

「こんにちは……」
「こ、こんにちは」

あの時と変わらない声で挨拶をする女性。美月も慌てて挨拶を返すが、その後の言葉が続かない。
妙な沈黙が2人の間を流れる。
沈黙を破ったのは女性の方だった。

「あの……少し外に出ませんか?」
「え?あ、はい」

多少面食らったものの、すぐに美月は同意した。
女性はそっと微笑むと病院のテラスに向かって歩き始める。美月も少し遠慮がちに後について行く。

「あ、あの……先日はすみませんでした」

美月は歩きながら頭を下げる。どんな時でも局員が救助者を殴るなんて言語道断。激昂していたとはいえ、本来なら処分は免れない。
幸いな事に上からは何のお咎めもなかったのだが。

「いえ……」

女性は前を向いたまま返事をする。
そこで会話は再び切れてしまう。美月は頑張って何か言おうとするが思い浮かばない。
気まずい沈黙のまま歩くこと数分。2人は病院内の庭についた。

「ここに入院してから少し調べたんです。森山さんの故郷、第97管理外世界について」
「あ……」

美月の心に少し痛みが走った。
あの災害は風化させてはいけないもの。しかし、かといって徒に言いふらすべきことではない。なにより、彼女に言ってしまって良かったのだろうか。色々な思いが美月の中を交錯する。
暗い顔をする美月の方を向かずに、女性は前を向いたまま話を続けた。

「あの時、森山さんが言った事は何も間違ってませんでした。私が間違ってたんです」

そう言われても美月はどう話せばいいか分からない。美月は相変わらず黙ったまま。ついには俯いてしまう。
そんな美月に気づかずに、女性は先程より明るい声でキッパリと言い切った。

「私、この歳になって人生初の目標ができました」
「え?」

美月は驚いて顔を上げた。
女性は美月の方に振り向いて悪戯っ子のように笑うと、空を見上げて話し始める。空に、そして自分に言い聞かせるように。

「私、心理カウンセラーになろうと思います。今までの自分の人生を活かして、苦しんでいる人達の力になりたいんです」
「そうですか……」

素直に喜ぶべき場面なのだが、なんとなく美月には感情を表現するのがはばかられた。あの災害の話をしていたからか。はたまた女性を殴ったことが気にかかっていたからか。
気まずい表情のままの美月に女性は軽くお辞儀をして、静かに病院の建物の中へと去って行った。彼女を見送った後、美月は髪を風になびかせて空を見上げる。
冬の青空がどこまでも続いていた。






〔あとがき〕
どーも、かもかです♪

今回のテーマは航空救難団です(YouTubeで救難団のMAD動画を見てインスピレーションを得ました)

いよいよ2012年も残すところあとわずかとなりました。
来年は積極的に現場に出て実測の経験を積んでいこうと思っているので、月1の更新が難しくなってしまいそうです。
変わらずご愛読いただけると嬉しいです。

年明け直前にもかかわらず、少し暗い雰囲気になってしまいましたが…
次章は年明けにふさわしい明るい内容にしたいと思います。

それでは、良いお年を〜(^0^)/~~



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