寄り道【陰謀と釣りと献上品】


「あっ」

「あっ……お姉ちゃん」

後宮から久し振りに出て来た姉の姿を見つけ、劉協は小走りで近づいた。
対する劉宏は今にも転びそうな様子を見て内心はハラハラしていた。

「相変わらず危なっかしいわねえ。あんたは」

「ご、ゴメンなさいだもん。お姉ちゃんは……寝起き?」

髪が少々乱れているのを見て、劉協は首を傾げた。

「ん、ああそうよ。それであんたは何しに行くの?」

見ると劉協の手には書物と筆がそれぞれ握られている。
姉からの問い掛けに劉協は笑顔を浮かべながら答えた。

「風鈴先生の授業を受けに行くところなの。先生は色々なこと教えてくれるから楽しいんだもん」

先生と聞いて劉宏は「ああ、盧植のところか」と思い出したように呟いた。
確か地方の寺子屋で勉学を教えていたところを連れてきたと趙忠から聞いた覚えがあった。
盧植は宮中内で暮らしているが、劉宏は勉学に興味が無かったため、会った事はおろか顔すら知らない。

「そう。まあ頑張りなさい」

「あ、あの〜……お姉ちゃんが良ければ一緒に――」

「嫌よ。勉学は眠くなっちゃうの。せっかく起きたのにまた眠らせる気?」

「あうう……」

寂しそうに顔を伏せる劉協を見て、劉宏は小さく溜め息を吐いた後、頭に手を置いた。

「まあでもあんたの気持ちは受け取っておくわ。ありがと」

「う、うん……」

自分の頭を撫でてくれる劉宏の優しさと温かさに劉協の顔が綻んだ。
久し振りに頭を撫でてくれた気がする――見ると姉の顔付きも何処か優しげだった。

「ねえお姉ちゃん」

「何よ」

「何か嬉しいことでもあったんだもん?」

「……どうしてそう思うの?」

「何だかいつもより優しい気がするんだもん」

その言葉に劉宏の手が妹の頭から頬へと移り、ギューッと抓りだした。

「まるで私がいつも優しくないような言い草ね?」

劉宏の表情は笑顔だが、何処か怖さを感じさせた。

「むぅぅぅ!? ご、ゴメンなさいだもん!?」

謝罪の言葉と同時に劉協は開放された。
あまり痛くはなかったが、彼女の目は涙目であった。

「全く、私が優しいのは当然でしょ。けど白湯、あんたの言ってたことは当たってるわ」

「何が当たったんだもん?」

「嬉しいことがあったってこと」

そう言って笑顔を見せる劉宏に、劉協は妹ながら見惚れてしまった。
これも久し振りに見た姉の無邪気な笑顔である。どんな良いことがあったのだろう。
顛末は分からずとも、劉協は姉を笑顔にしてくれた“良いこと”に感謝した。


――――――――――――


そんな微笑ましい姉妹のやり取りを陰から見つめる者が居た。趙忠である。
忠誠を誓う愛する人とその妹――ハアハアしないで見ない方が不敬極まりないと思っていた。
――だが常識的にはハアハアしている時点で不敬どころか打ち首ものなのだが。

「おい。何をこんなところで発情しとるか」

趙忠がハッとして後ろを振り返ると、呆れた表情を浮かべた女性が一人。
主張を隠さない胸元が大きく開いた妖艶な衣服に身を包んでいる。朝廷の大将軍何進だった。

「別に発情なんてしてませんよ。陛下と妹君の様子を見守っていただけです」

「どうだかのう。ところで聞いたぞ。昨晩陛下に冷たくされたそうじゃないか」

流石に噂が早い――趙忠は内心で舌打ちをした。
何処で見られたのかは知らないが、きっと告げ口したのは十常侍の誰かだと思った。

「困るのう。任された以上、しっかり手綱を握っておいてもらわんとな」

「私はしっかり務めを果たしています」

「ほう。同じ言葉を仲間に胸張って言えるのか?」

元は肉屋のくせに――頭の中で次々と何進を罵倒する言葉が浮かぶが、趙忠は何とか飲み込んだ。

「……失礼致しました。御無礼をお許し下さい」

「……ふん。まあよいわ。帝が我々に政を任せきっているからこそ、自由に出来るのだ。余計な動きをされては困る」

「存じております」

「帝が真実に気付けば、権威を思うがままにしてきた妾とお前達十常侍は終わりじゃ。一蓮托生ということを忘れるな」

そう吐き捨てるように言うと、何進はそのまま振り返ることなく趙忠の元を去った。
頭を下げたまま、何進の足音と気配が消えるのを待つ。消えたことを確認すると――

「嫌な女です……」

かき消されるような声でポツリと呟いた。
それが聞こえたのは本人以外誰もいなかった。







(そうだ、釣りをしよう!)

そう思い立った一刀の行動は素早かった。気付かずにクモを踏んでしまい、足を上げると糸がドロップしていたからである。
マインクラフトでは一刀と同じぐらいの大きさのクモを倒さなければならなかったが、ここでは入手はお手軽のようだ。

(作成は簡単。木の棒と糸を組み合わせて…………出来た!)

ただの釣竿〜、と某ネコ型ロボットがやりそうな感じで掲げる。
採取、採掘、農業はやっているが、娯楽の一つである釣りはまだやっていなかった。
ゲームでは魚の他にゴミや稀に宝が釣れたりしたが、ここではどうなのかも気になるところだ。

(早速川に行ってみるかぁ。警護の人に見られながらやるのは緊張するけど)

釣竿を持ち、いつもの光景が広がっているだろう地上に顔を出すと――

「よっ! カク。今日はあたいが警護役だぜ」

文醜が良い笑顔で立っていた。
いつものガチガチ体型の兵達はどうしたのだろうか。一刀が首を傾げる。

「ん? 何だか戸惑ってる感じだな。お前一人警護するのはあたい一人で十分だから下がらせたんだ」

(なるほど。確かに猪々子強いし、俺一人ぐらい簡単に守ってくれそう……)

「それにお前もあたいみたいな女の子が良いだろ? いつも男だけじゃ嫌気が差してたんじゃないか?」

(コイツ……勘が良すぎるだろ)

彼女の性格上、冗談で言ったのだろうが、ものの見事にかつての心情を一刀は言い当てられていた。
リアルボディだったら絶対顔に出ていただろう。何度したか数え切れないが、マイクラボディに感謝した。

「まあこれで堂々とサボ……やりがいのある警護が出来るぜ」

(口に出てた! それが目的かい!)

「それで今日は何処に出掛け……おお? それって釣竿か?」

(そうだよ。今さっき作ったばっかりだけど)

「釣りとか面白そうじゃねえか! よし、早速近くの川に行くぞ!」

そう言いながら文醜は一刀を小脇に抱え、川へと向かった。
行こうとしているのは一刀なのだが、まるで自分が釣りに行くかの如くであった。

(……まあ別にいいか)


――――――――――――


川へと到着した一刀は釣りを堪能していた。その近くには文醜が寝転びながら見守っている。
一見隙だらけのように見えるが、伊達に袁家の二枚看板を名乗ってはいない。彼女は周囲に気を配っていた。
少しでも怪しい気配を感じれば即座に一刀を傍に引き寄せ、刺客を討ち取るつもりだった。

「しっかしお前ホント器用だよなぁ。何でも作れる上に釣りまで出来るなんてよ」

(釣りはここに来て初めてだけどな)

「あたいもお前みたいに器用になりたいよ…………ん? あれ引いてるんじゃないか」

文醜の指摘通り、付けていた浮きが沈んで水飛沫が起きていた。
迷っている暇はない。一刀は釣竿に力を込め、釣り糸を引き上げた。
成功である。一刀の傍には釣り上げられた魚がピチピチと跳ねていた。

「やるじゃねえか。どれ、あたいにもやらせてくれよ」

どうぞどうぞと一刀は文醜に釣竿を渡した。
大きさは一刀用なので彼女からすれば小さいが、釣りをするのに支障はないようだ。

「よ〜し! お前よりも大物を釣ってやるからな」

(望むところだ)

「へへ〜。……ところでよぉ、お前の地下の畑の拡大、あれ順調に話が進んでるってよ」

以前田豊から聞かされた件である。釣りの状況を見つつ、一刀は耳を傾けた。

「真直が姫を説得してるんだけどな、後一手が足りないんだってよ。姫の背中を押す何かがさ」

(いつもの華麗ですよ! とかじゃ駄目だったのか……)

「姫は派手好きだからなぁ。地上でやれば一発で頷いたんだろうけど……」

袁紹の背中を押す何か、か――腕を組んで一刀は考えてみる。
もしかしたら今の場所には無い鉱石も、新しい場所にはあるかもしれない。
正直今地下がある場所は掘り尽した感がある。新しい畑と採掘場所は是非とも欲しい。

(場所を増やせば更に御奉仕出来ますと示せば良いんだよな。う〜ん、麗羽様は何が好きなんだろ)

袁紹の見た目は金髪の縦ロールに金装飾の鎧姿。普段着は金の装飾品も多く付けている気がする。
思い出してみれば顔良と文醜の鎧にも――袁紹と比べると少しではあるが――金が使われていた。

(金が好きなのかな? 派手な物が好きなんだし、当たってるかも。ストックはあるから作ってみるか)

「あたいの話聞いてるかカク。真直が困ってるなら手助けしてやれよ。可愛がられてるんだからな」

(手助けになるか分からないけど、やってみるよ)

一刀が頷いたのを見て、文醜も満足そうに頷いた。その表情は嬉しそうだ。
そしてそれと同時に浮きが沈み、水飛沫が起きた。文醜がすかさず釣り糸を上げる。

(あっ……何かの骨だ……)

ゴミに分類される物がこうして釣れたのだから、この分だと宝も低確率で釣れそうだ。
自分が釣り上げた物を見て乾いた笑いを漏らす文醜を尻目に一刀はそう思っていた。




翌日――袁紹が地下の畑拡大を許可した。その報せが瞬く間に城内を駆け巡った。

あんなにも「華麗ではないですわ!」と拒否していた我が主をどうやって説得したのだろうか。
軍師田豊が動いていたのは武官文官共に知っていたが、彼等の疑問は尽きなかった。

そしてある時、とても機嫌が良さそうな様子の袁紹を見かけた文官はそれに気付いた。
主が腰に提げた剣が一振りから二振りに増えていたのである。
その二振り目の剣は眩い金の刀身で、見る者全てを魅了しそうなぐらいであった。

気になった末、文官は思い切ってその剣のことを訪ねると、袁紹はとても嬉しそうに語った。

「私のためにとカクが献上したんですのよ。可愛い部下の贈り物となれば受け取らない訳にはいきませんわ」

この一件で説得に当たった田豊と共にカクの評価が袁紹軍内で高まったのは言うまでもない。



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