第十四章【檄文とマインクラフト】


洛陽に異変が起きる少し前の事である。
成り行きを見守ろうと思ったが、やっぱり気になってしまうのは人の性。
ちょっとだけなら、と一刀は再び後宮へ続く水路をボートで進んでいた。

(無理してなければ良いけど……)

もう少しで到着だ――そう思っていた一刀は思わず目をこらした。
目的地に見える二つの人影。見慣れたその姿は劉宏と劉協である。
慌ててここに逃げ込んだのか、二人の衣服は所々着崩れていた。

(な、何で二人ともこんなところに……!)

座り込んでいた二人は一刀の姿を確認すると勢いよく立ち上がった。
そしてボートから降りた一刀を劉宏が涙を流しながら抱き締める。

「ハク……! ハク……! 来てくれて良かった……!」

「怖かった、怖かったんだもん……!!」

一体何が二人の身に起こったのだろうか。
暫く二人が泣き止むまで見守っていると、劉宏が一刀に向けてポツポツと話し始めた。

「私は……少しでも、蔑ろにしてしまった民のために何かをしたくて……」

街での出来事の後、劉宏と劉協は趙忠の部屋を訪れた。そこで彼女達は自分達の決意を話した。
これから政を改め、学び、善政を敷いていく。そこで腐敗の元たる十常侍ら宦官の権威を剥奪すると――。
最初こそ彼女は驚いて反対したものの、最終的には「御心のままに」と賛成してくれたという。

『趙忠……十常侍の一員である以上、貴女にも何らかの罰を下さないといけないわ』

『構いません。何時かはこうなる時が来ると分かっておりました。……因果応報です』

『貴女には、色々と我がままを言ったけど……感謝してるわ。例え誰かに頼まれて朕の面倒を見ていたとしても』

『光栄の至りに存じます。私は十常侍ですが、陛下にはこの身朽ちるまで忠誠をお誓いしております』

『…………ありがとう』

『私にお手伝い出来る事があれば何なりと。願わくば最後まで御供をさせて下さい』

その翌日――ボロボロになった趙忠が劉協を連れて後宮に駆け込んできた。
昨晩の会話が盗み聞きされ、地位剥奪及び処罰を恐れた何進と十常侍が口封じに来たという。
未だ滞在中であった董卓も劉協を通じて皇帝をかどわかせたとして取り押さえられたらしい。

『陛下は早く劉協様と何処かに御隠れを。私が時間を稼ぎます』

『趙忠……ッ! でも……』

『奴等に捕まれば、今まで以上に自由無き生を強制させられるでしょう。どうか逃げ延びて下さい!』

慣れない手付きで剣を構え、趙忠は扉の外へ飛び出して行った。
隠れる場所――劉宏はここにある唯一の所を知っていた。

『お姉ちゃん……!? どうするんだもん!』

『いいから早く! ここの柱の穴の中に逃げ込むの! 急いで!』

布をめくり、下を見ればそこは一刀がいつも後宮へ訪れるための通路になっていた。
上り下りするためのハシゴ、そして松明も付いていたおかげで暗くなる心配はない。
追っ手が来る前に劉宏と劉協は地下へと避難し、こうして事無きを得たのだった。

(まさかこんな事になるなんて……けど今は二人をこのままにしておけない)

一刀は二人に見えるように自分の胸をトンと叩いた。任せておけ、と。
先程乗ってきたボートを腕指し、劉宏と劉協を見つめた。

「そ、それに乗れってことなの?」

「ハクちゃん、何処に連れていくんだもん?」

(麗羽様のとこだよ)

このボートは本来二人乗りなのだが、一刀のサイズが小さいためまだ余裕がある。
転覆しないだろうかという不安に駆られる二人だが、意を決してボートに乗り込んでいく。
二人が乗ったのを確認した一刀は前に乗った劉宏の膝の上に座り、オールを持った。

「ホントに行くのね。白湯、掴まってないと落ちるかもしれないわよ」

「ひうう! 溺れるのは嫌なんだもん!」

(多分溺れるまではいかないと思うんだよなぁ。サイズ的に)

一刀がゆっくりとオールを漕ぎ始め、ボートを袁紹領に向けて進ませていく。
劉宏と劉協にとってボートに乗るなど、これが初めての経験である。
初めは不安だったが、転覆どころか安定した速度で進むボートに安心感を覚え始めた。

だがすぐ後、一刀がまっすぐ進むだけではつまらないという理由で作ったいくつもの曲がり角に振り回され、酔ってしまうのだった。







地下室に戻った一刀が最初に出会ったのは幸運にも田豊だった。
時間が取れたので久し振りに一刀と話そうと探していたらしい。
そんな彼女が一刀の後ろに立つ二人の人物を見た瞬間――

「大変だーッ! 田豊殿が倒れられたぞーッ!!」

「医者、すぐに医者を呼ぶんだーッ!!」

えっ、えっ、と倒れた田豊に戸惑う一刀に医者だ医者だと慌てる兵達。
そしてボートに初乗りしたものの、酔ってフラフラな劉宏と劉協というカオスな空間が広がった。
騒ぎを知った袁紹が顔良、文醜と共に現場に駆けつけ、ようやく事態が収拾されるのだった。

「陛下、この度は私の家臣が無礼を致しました」

「元々は朕が突然ここに来たのが原因。謝るのは朕よ袁紹」

「とんでもございません」

ここは一刀の作った地下からすぐ出た地上である。
袁紹がすぐ皇帝にふさわしい場所を用意すると言ったが、劉宏がここで良いと断った。

「袁紹……急な事で申し訳ないけど、すぐにでもお前に話しておきたい事があるのよ」

「この袁本初になんなりと。私自慢の兵が華麗に陛下の悩みを解決してみせますわ」

跪き、劉宏と劉協に礼を取る袁紹、文醜、顔良、そして回復した田豊と兵達。
一刀はというと、この身体で跪くなどという器用な真似は出来ないので足を伸ばして座っている。
頼もしいと言わんばかりに劉宏はこれまでの自分の身に起きた事を話し始めた。

「何と……おいたわしい……」

その話に思わず涙ぐむ袁紹と、それに釣られて涙を流す兵達。
だがその中で田豊は内心ほくそ笑んでいた。

(やったわ……! これで洛陽に攻め込み、何進と十常侍を討つ大義名分が出来た。帝がこちらに居るのも大きい……!)

劉宏は十常侍ら反乱分子の討伐を命ずるだろう。こちらは洛陽の開放、皇帝直々の命と大義名分を掲げる言わば官軍。
対する向こうは長年暴政を振るい、朝廷を腐敗させた者達。あまつさえ皇帝を亡き者にしようとした賊軍、朝敵である。
正義はこちらにある。疑う余地もないだろう。

恐らく洛陽の異変は他勢力にもすぐ知れ渡る。
ならばすぐにでも檄を飛ばし、各地から味方を増やさねばならない。

(我々が攻め込むとなれば、捕らえた董卓をそのままにしておく訳がない。主君を人質とし、その配下達を出してくる筈)

董卓の配下である呂布、張遼、華雄は優秀な武人で黄巾の乱の際にも戦果を挙げている。
それ等が敵として出てくるなら袁家の二枚看板だけでは分が悪い。対抗出来る将が必要になる。
天子からの命と檄文に記せば、宦官の暴政に憤りを感じていた多くの将を集められるだろう。

(ついに来たのね……! 今こそ麗羽様が立つ時よ!)

皇帝自らがこちらに逃げ込んでくるという予想だにしない事が起こったものの、千載一遇の機会に田豊は心を振るわせた。

「私にお命じ下さい陛下。陛下を貶めた何進と十常侍の首、華麗に討ち取って参りますわ!」

「……ええ。頼むわよ袁紹」

それに加えて劉宏は、もし生きているのなら趙忠の命は助けてほしいと願い出た。
彼女は十常侍の一員だが、自分に忠誠を誓い、命を懸けて自分達を助けてくれたから、と。

「お願いだもん……! 月を、董卓達を助けてあげてほしいんだもん……!」

劉協もまた捕らえられた董卓の救出を願い出た。
今回の騒動は彼女の家臣に言われた一言が発端とは言え、朝廷を思ってやったことである。
その一言があったから自分達は変われた。そうでなければ傀儡のままであったと涙ながらに告げた。

二人に言い寄られた袁紹は笑顔で了承していた。
文醜曰く「とにかく助けられれば良いですわね! って思ってる顔だ」らしい。
元来大雑把な性格の袁紹。器が大きいのかどうか分からないものである。

「ところで陛下、話に所々出て来たハクという者は一体……」

「えっ? その子のことなんだけど」

今まで話を聞いていた一刀は突然自分が話題に上がり、身体をビクッと震わせた。

(あっ……! これって俺が時々一人で抜け出してたのバレるんじゃ……)

「申し訳ございません陛下。これはカクと言いまして、我が軍の飼……将ですの」

(麗羽様ッ!? 今何言おうとしたの!)

袁紹の言葉に劉宏が驚きの表情を浮かべた。

「貴方カクって言うの? それにまさか袁紹の配下だったなんて……私に飼われるの嫌がったくせに」

「陛下は御存知なかったのですか? これは一応字も書けると聞いているのですが……」

「知らないわ。深夜に私の居る後宮に来てくれて、遊び相手になってくれたりしただけだもの」

深夜の後宮――その言葉が出た瞬間、袁紹と田豊が同時に一刀の方を向いた。
笑顔だが、目が笑っていない。とてつもない威圧感に一刀は立てなかった。

「カク、ちょーっとこの後にお話しがありますわ」

「まさか後宮に遊びに行ってるとは……貴方って子は!」

この後、袁紹から各勢力に檄文が飛ばされる。横暴極まる何進及び十常侍討つべし、と。
そして一刀はここに来て初めてゲームオーバーを覚悟した。合掌である。







全ては自分の所為であると、賈駆は仲間達に頭を下げていた。
皇帝が自らの意思で動きさえすれば、少しは変わると思った。

だが正直に言って朝廷の腐敗を甘く見ていたとしか言いようがなかったのである。
思い通りにならなければ皇帝さえも口封じにかかる――その行動に賈駆は戦慄した。
奴等はもはや普通の人間ではない。人の皮を被った化物だった。

(月が人質にされた今、何とか助け出すまで耐えるしかない……クソッ!)

悔しさと情けなさに唇を噛み締め、賈駆の口端から血が流れ落ちた。

「詠、今更後悔しても始まらんて。今は何とかこの状況を乗り切らなアカン」

張遼が賈駆の頭を軽く叩き、励ますように言った。

「それに謝るんならあの場に居たウチも同罪や。正直言って胸がスゥーッとしたのもあったしな」

その励ましがありがたくもあり、とても辛かった。
賈駆は喉が絞まるような感じを覚え、続いて目が潤んだ。

「全く……ねねがいないと眼鏡はトンと駄目なのです!」

「敵は恐らく大軍だろう。我等の領地である西涼からも兵が集められているらしい」

「カァー! こんな下らない戦でウチの部下を失うとか勘弁やで」

「…………大丈夫。恋がみんな守って、月も助ける」

呂布の自信満々な発言に陳宮以外の全員が苦笑した。

「とにかく奴等のために戦うのは不本意だが、董卓様を助けるまでは大人しく従わなければな」

「せやな。月さえ助け出せれば、適当に戦った後に逃げるなり、降伏するなりして生き延びればええ」

「ねねも何とか詠と一緒に月を助け出す方法を考えますぞ!」

頼もしい仲間達を見つめる中、賈駆は一つの事を考えていた。劉宏と劉協の行方である。
十常侍達が宮中内を隠し通路を含め、血眼になって探したが、見つからなかったという。
逃げ延びてくれたのなら僥倖だが、一体どうやって見つからずに逃げ延びたのだろうか。

(まさか……)

賈駆の脳裏に浮かぶ、全身が四角い摩訶不思議な生物の姿。
短時間であれだけの地下を掘れるのだから、もしかしたら――。
この時、賈駆は董卓救出の可能性を“ハク”と呼ばれていた物に見出すのだった。



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