気が付いた時には私は、ベッドに寝かされていた。

鈍く痛む頭に眉をひそめながら、手を伸ばした先には荒いガーゼのいかにも包帯という感触。

どうやら私は怪我を負ったらしい。

そして思い起こそうとするのは、意識が途切れる前の事。

ずきりと走る鈍い頭痛に歯を食いしばり、それでも記憶の糸を何とか手繰っていく。

そうして、思い出したのは…。

















BLUE  AND BLUE 外伝

白鳥 ユキナ

作者 くま

























ありえないと思っていた敵襲を告げるサイレン。

慌てて家の庭に飛び出した私は、それまで想像できなかった光景を目にする。

私の住んでいるコロニーの上空に無数の何かが現れ、

そこから放たれた何かが地上で爆ぜて炎をあげた。

その無数の何かの一つが高度を下げてきて、

ようやく黒色をしたそれが人型をしているモノなのだと解った。

そのうちの一つが、同じ町内の隣のブロックへと降りてきたように私には見えた。

庭の裏戸をくぐり路地を抜け表通りに出た私は、その人型の行為を目にすることになる。

人型が右手に持っている何かがチカチカ光ると連続して爆発する音が響いてくる。

そしてその音の後には、人型の右手の何かを向けられた家々が炎に包まれていた。

何が起こったのか、目の前で確かに繰り広げられている光景を私は理解する事が出来ないでいた。

だって、今大きな炎に包まれているのは、私の一つ下の幼馴染のハルミちゃんの家なのだから…。

昨日だって年長組の私とハルミちゃんが仕切って、この辺の子供達を学校へと引率したところなのだ。

どちらかといえばぞんざいな行動をしがちな私のフォローを、

上手くしてくれていた娘で、とっても優しい娘。

何時も私が叱る役で、ハルミちゃんは宥める役で、

子供達を相手にする時にはいつも自然とそんな分担が出来ていた。

そんな優しい娘の家が、どうして炎に包まれているのか私には理解できなかった。

右手と左の頬の部分を轟音と供に光らせ、私の家の近所を火の海へと変えていく人型。

なんで?どうして?私の頭は疑問で一杯になって…。

私自身に迫る危険すら忘却し私はその場に立ち尽くしていた。

ふと気が付くと、その黒い人型は私のすぐ近く、数メートル先にまで迫ってきていた。

私はただ呆然とその人型を見上げ、人型も私だけを見下ろしているような錯覚に捕らわれる。



「何してるんだい、ユキナちゃん!はやく逃げるよ!」



そんな言葉と供に私の手が引かれた。

声と供に私の手を引いたのは隣にすむおばちゃんで、

留守がちなお兄ちゃんに代わりよく私の事を気にかけてくれる人。

私はようやくそこで我に返り、その黒い人型から逃げ出すように走り出す。

タタタタ。

先ほどよりも随分と軽い破裂音。

それだけで私の右手を引っ張っていた力はなくなり、

おばちゃんは駆け出した勢いのままに地面に倒れこんだ。

私の手を握ったままのおばちゃんの手からはだんだんと力が抜け、

その身体の下の地面には徐々に赤黒い水が広がってくる。



「起きて、おばちゃん!」



今度は私がおばちゃんの手を引く事になった。

弱弱しい力で私の手を握り返すおばちゃんを抱き起こそうと近寄った瞬間。

ダン。

響いた火薬の爆ぜる音。

同時に私の頬に張り付く何か。

視線を下げると頭が丸々無くなったおばちゃんの姿がそこにはあった。



「あぅあぇぃあぁあぁ」



立ち尽くし目を見開いた私の口からは意味の無い言葉。

そして自分の身体が何か硬いものに包まれた様に感じたのを最後に、私は意識を手放した。
























そして私はベッドの上で胃の中のものを逆流させた。

その嘔吐感がなくなる事は無く、胃の中から吐き出すものが無くなり、

胃液が咽を焼いてもなお、しばらくの間吐き続けた。

咽を焼く痛みに慣れ始めた頃には嘔吐感も治まり、ようやく落ち着きを取り戻す事になった私。

その私の目の前に差し出されたのは真っ白いタオル。



「大丈夫かい、サチエ?」



見知らぬ40歳ぐらいの男の人は私にそう問いかけてきた。

誰?と疑問を浮かべながらも私は軽く頭を下げてそのタオルを受け取った。



「着替えと新しいシーツを取ってくるから、サチエは少し待っていてくれるかい?」



汚れた口元を拭う私に、その男の人はそう言い残し、

さして広くないこの部屋から出て行ってしまう。

部屋に残される事になった私は汚物で汚れたタオルを手に、

男の人が出て行ったドアを見つめる事しか出来なかった。






















10分もしない内に、男の人は返ってきた。

男の人の手には私が汚してしまったシーツの替え。

もう一枚余分に持っているのは私がまた嘔吐することを考えての事かもしれない。

そして男の人は私を手で促してベッドから下ろすと、

私の汚物で汚れても嫌な顔一つせずにシーツの交換を始める。



「サチエは無理せずにまだ休んでなさい」



手伝おうと手を出そうとしてやんわりと告げられて、私はそのままベッドに戻る破目になる。

けれど、この人が誰なのかという疑問を解消する手がかりには一切ならない。


換えたシーツに包まれながらも、

汚れたシーツを同じ部屋にある洗面台で洗おうとしている男の人へと視線を向ける。

やはり見覚えの無いその背中に、私はストレートに疑問をぶつけてみる事にした。



「此処は何処なんですか?それに貴方は一体誰なんですか?」



作業をしていた男の人は私に振り返り笑みを見せ口を開いた。



「ああ、そういえばサチエは此処に来るのは初めてだったね。

 3ヶ月前に完成した新しい我が家だよ。

 前の家は木星連合の襲撃で焼けてしまってもう無いんだ。

 だから、父さんは張ったけれども、新しい政府からこの一室をもらえるのがやっとだった。

 この前の木星連合との戦闘が評価されれば、

 もっと大きな家をもらえるそうだから、しばらくはここで父さんと二人暮しだ。

 年頃のお前には個室が欲しいところだろうけど、今しばらくの間だけ辛抱しておくれ。」



優しげな瞳を向けながら語られた言葉は私の理解の範疇をはるかに超えたものだった。

確かにその言葉の通りに、私がこの部屋に来るのは初めての事。

それがどうして我が家という事になるのだろう?

それ以上に引っかかったのは目の前の男の人が自分の事を父さんと呼んだことだ。

しかもこの人はさっきから私の事をサチエと呼んでいる。

一体どういうことなんだろう?

私とそのサチエさんという人とを勘違いしているのだろうか?



「それと、貴方は誰?、なんてヒドイじゃないか。

 確かに木星連合のヤツラからサチエを救い出すのに随分と時間が掛かってしまったよ。

 でも、子供の頃からパンしか捏ねてこなかった父さんだけど、これでも頑張ったんだ。

 四十肩を誤魔化しながら、若い連中に混じって、年甲斐もなく機動兵器のパイロットなんてやって。

 それでようやっと連中の都市のガニメデからお前を救出する事が出来たんじゃないか。

 確かに最後に別れてからは随分と顔を合わせなかったけれど…。

 ああ、ひょっとしてアレかな、久しぶりだから照れてるのかい?

 サチエもそんな年頃になったんだなぁ…。」



一人で納得して頷いている男の人。

けれどその言葉によって私の脳裏にフラッシュバックするのはあの光景。

黒い大きな人型が私の街を火の海に変え、

そして血だまりの中で動かなくて、

頭のないおばちゃんの姿。

再び生じた吐き気を押さえ込み。

私は目の前で頷いている男の人を睨みつける。



「あああ、貴方がガニメデの都市を私の街を焼いたと言うの!

 わわ、私の幼馴染や、と、となりの親切なおばちゃんを貴方が殺したのね!」



興奮しすぎたのか、口からでた言葉はどもりがちで、その声は震えていた。

情け無いとも思ったけれど、それでも私は男の人をじっと睨みつける。

男の人は困惑した表情を見せたものの、

それでも私に向ける笑みは崩さずに私を宥めるようにゆっくりと口を開いた。



「確かに父さんは機動兵器でガニメデを攻めて街を焼いた。

 それが今回の作戦であったし、その為に、

 私とお前の母さんの仇を取る為に半年以上の訓練を重ねてきたんだ。

 人を殺したり街を焼くのは良くない事だけど、良く在る事でもあるんだ。

 お前は混乱してるみたいだけれど、母さんやお前の友達を先に殺したのは木星連合のヤツラだ。

 サチエは本当に忘れてしまったのかい?

 母さんの最後を、黄色い虫型の兵器の射線にその身を飛び込ませた母さんの姿を。

 あの時、父さんは何も出来なかったけれど、母さんはその身を投げ出して、庇って…。

 あれ?母さんは誰を庇ったんだっけな?

 とにかく、母さんは父さんの目の前でヤツラに殺された。

 だから父さんは木星連合のヤツラに復讐を、

 そう、母さんが返って来るわけでもないし、

 それを望まないとしても、ヤツラに報いを与える事にしたんだ。

 そしてこの前、復讐はようやく為しえたんだ。

 何とも僥倖な事に、ヤツラに捕らえられていたサチエを救い出す事もできた。

 あの時、お前を見つけることが出来たあの時に、

 父さんはお前は神様に愛されているんだと心底思ったよ。

 サチエだって、そう思うだろう?」



柔和な笑みを浮かべて長々と語り、最後には私に問いかける男の人。

正直に言ってその言葉は私の頭の中には入ってこなかった。

私の街を襲ったあの黒い人型のパイロットがこの人だと解った瞬間、

私の思考は怒りとか憤りとか色んな感情で破綻したからだ。



「出て行って!私の前に二度とその顔を見せないで!

 お前なんて、死んでしまえば良いんだ」



私の口から出たのは恐らく生まれてから今まで生きてきた内で、最もひどい呪いの言葉だった。

流石にその言葉には目の前の男の人にも衝撃だったのか、

一瞬ぎょっと目を見開いて驚きを見せ、ぐっと何かを堪えるような顔をしてその右手を振り上げた。

叩かれる。

そう思った私は少し萎縮してしまったけれど、

目を閉じる事無く手を上げた男の人をきっと見返した。

振り上げられた手は私に叩きつけられる事無く、そのまま力なく下ろされた。

男の人の眉が吊り上げらていたのは一瞬で、

手を下ろした時にはその表情は崩れてポロポロと涙を流し始めた。

私に振り上げた手を目頭にあてて、嗚咽を漏らしながら泣きはじめたのだ。



「…すまない、サチエ、やはり私が遅すぎたんだ…。

 だから、お前まで連中にそんな風にされて…。

 私は一体どれだけのモノをあいつ等に奪われなければならないんだ…」



私の憤りを他所に、男の人は拳を握り歯を食いしばって顔を伏せ、嗚咽に混じってそんな声を漏らす。

初めての漏らして泣く男の人を目の前にしてる所為か、

私はこんな時にどんな態度を取れば良いのかまるで解らず困惑している。

ただ、男の人が本当に悲しんでいる事だけは伝わってきた。

そして私の中の憤りが確実に萎えていくのも感じていた。

この人は本当にあの黒い人型のパイロットなんだろう。

そして私の街を焼いた張本人でもある。

けれど、この人がそんな酷い事をしたのは、私達木星連合の軍隊が先にこの人の家族を殺したからで…。

木星連合の偉い人が戦争を始めるといった時、

未成年である私は反対する事なんて出来なかったし、しなかった。

正直に言えば、ゲキガンガーを背後に熱く語る大人の人たちに嫌悪すら感じて、

それ故にかまるで興味が持てなかった。

それに私のお兄ちゃんは軍の士官として仕えていて、その軍からの給料で食べて生きてきたのが私だ。

そんな私には、この人を責める資格なんて無いように思えてしまった。



「……みっとも無いところを見せてしまったね。

 けれど、父さんはもっと頑張って、

 ユートピアコロニーでも一番のお医者にお前を診てもらって、

 いつかきっとお前の記憶を取り戻してあげるから」



言いながら私の両肩に手を置く男の人。

私は発作的にその両手を振り払った。

男の人の事情は理屈では理解できたつもりだった。

けれど、感情は男の人を認めることが出来ていなかったのだ。



「触らないで!私は白鳥ユキナよ!

 決して貴方の娘なんかじゃないわ!

 解ったら二度と私に近寄らないで!」



発せられた私の言葉に大きく目を見開く男の人。

そして、その肩をがっくりと落とし、うなだれてしまう。



「そうか、解ったよ」


怒るでもなく、ただ静かにそういい残し、私の居るベッドから引きずるような重い足取りで離れていく。

そのまま部屋の隅に私に背を向けてあぐらをかいて座り込み、

うなだれた男の人は、何故か自分の両手を見ていた。

向けられたその背中に、何かしらの罪悪感の様なものを私は感じてしまっていた。

けれど、私にはその男の人の背中にかけるべき言葉が思いつかない。

沈黙の満ちる部屋に、かすかに響くのは男の人が鼻を啜る音。

もしかしたらまた男の人は泣いているのかも知れない。

そう考えはしたけれど、やはり私が口にすべき言葉は見つからず、

ただかすかに震えるその背中を、黙って見ていることしか出来なかった。

コンコン。

居た堪れなくなった私を救ったのは、誰かがドアをノックする音だった。



「失礼するわ」



ノックに続いて響いたのは若い女性の声。

こちらの返事を待たずにドアノブがガチャリと回り、ドアが開かれる。

開かれたドアから姿を見せたのは、その声の通りの若い女性。

むしろ、私よりも少し年上の少女といった方が正しいのかもしれない。

ただその格好が私に伝えてくるものがあった。

顔の半分を覆うような大きな黒いバイザー、

如何見ても男性の軍服と同じとしか見えないデザインの服、

鈍い金属の光沢を放ち義手の左腕に付いているフック。

それらは彼女が一般人ではないと視覚的に私に訴えてきた。



「ボ、ボス!?」


そして部屋の隅でうずくまっていた男の人が慌てて立ち上がり、その彼女へと敬礼をしてみせる。



「ああ、貴方は泣いていたのね」



男の人の涙が目に付いたのか、彼女がそんな言葉を口にする。

慌てて涙を拭う男の人。



「別に咎めてる訳じゃないわ。

 泣けるだけの余裕が在るという事は、幸せな事だものね」



言いながら口元を少しほころばせる彼女。

そんな彼女の後ろから足音もなく大きな男の人が姿を現した。



「彼女に少し話が在るの。

 そして貴方には大佐からの伝達事項が。

 しばらく外してもらえるかしら?」



その言葉と供に男の人に向けていた視線を私の方へと向けてくる彼女。

その彼女の後ろで手を背中で組んだ直立の大きな男の人はゆっくりと重く頷いた。

敬礼をした男の人がチラリとだけど私のほうへと視線を向ける。

そこで私に意見を求められても…。

というのが素直な気持ちだった。



「別にあの娘を取って食うわけじゃないわよ。

 だから貴方は安心して大佐と話をしてきなさい」



冗談めかしたそんな言葉で男の人を促す彼女。

大きな男の人もそれに合わせてもう一度頷いてみせる。



「…わかり…ました」


あからさまに肩を落として答える男の人だったけれど、大きな人に促されるままに部屋の外へと向かう。

ドアのところで一度私の方を振り返ったけれど、私はそれに顔を背けることで答えていた。

パタン。

比較的軽い音を立てて閉まるドア。

そうしてこの部屋には私の私よりも少し年上であろう彼女が残される事になった。























部屋に残された私と彼女。

私が取るべき態度を決めかねぬ内に動いたのは彼女の方だった。

私の居るベッドに歩み寄りながら、おもむろに大きなバイザーを外す彼女。

そのしたから現れた素顔に、私は正直に言って少し引いた。

彼女の顔の左側が目の周りと頬を中心にひどく爛れていたからだ。

女性にしては大きすぎて不釣合いに見えた黒いバイザーが、

その痕を隠す為に用いられていたのだとようやく思い至った。

まじまじと彼女の顔を見つめてしまっていた私は、いささか気まずくなって慌てて視線をそらす。

そんな私に向けて彼女が語りかけてきた。



「…初めましてになるわね、白鳥ユキナ。

 色々と知りたい事も在るでしょうけれど、まずは自己紹介をさせてもらうわ。

 私はラピスラズリ。

 火星に結成された武装組織、【ルキフェラス】をのボスをしているものよ」



どこで知ったのか、彼女は私の名前を正確に言い当てて、台詞を続ける。

その言葉で彼女の名前がラピス何とかで、火星の組織のボスをしている事は理解した。

その偉そうに聞こえるボスであえるラピスさんが、

組織でどんな役割を持っているのかは理解の外だったけれど。

さきの男の人とは違い、私の事を白鳥ユキナとして扱ってくれるラピスさんに安堵する反面、

私の名前を正確に知っている事に恐怖を少し感じていた。

私が記憶が途切れてからこっちで、自分の名前を名乗ったのは先の男の人に言ったぐらいだ。

もしかして、この部屋は監視とかされているんだろうか?

そんな疑問を持つ私をよそに、ラピスさんは話を進めるつもりのようだった。



「まず、貴女の置かれている状況から話す事にするわ。

 木星連合において最大の都市であるガニメデに向け、

 我々ルキフェラスは侵攻作戦を実施、目標を破壊する事に成功した。

 その過程において、ルキフェラスの機動兵器のパイロットが一人の少女を連れ帰った。

 ルキフェラスの作戦により壊滅したガニメデの唯一の生き残り。

 彼女の名前は白鳥ユキナ、そう、貴女の事よ」



目の前にいるラピスさんは何を言っているのだろうか?



「いきなりは信じられないでしょうけれど、事実よ。トゥリア、映像を」



その彼女の言葉を飲み込むよりも早く、私の目の前の中空に映像が浮かび上がった。

ニュースなどで見慣れたはずの木星連合の無人戦艦が、

味方の都市であるガニメデへと向けて艦尾をひどく輝かせ幾つも幾つも突進していく。

やや早回しなのか、艦隊が小さく消えた20秒後。

ガニメデのドーム上の都市に幾つもの火球が爆ぜた。

オレンジや真っ赤な煌きはドーム状のガニメデの都市部だけでなく、

周りに配置されたプラントにも広がっていった。

それから更に30秒ほど経ち暖色の煌きが消えた頃、

ガニメデがあった場所を映していたカメラが大きくぶれ始めた。

その原因はガニメデの方から向かってくる幾つモノ岩石など。

カメラの端々にも写るそれが、このカメラが設置してある船にも襲い掛かってきているからだろう。

そうしたブレなどお構い無しに、カメラは感度を上げながらガニメデの都市が在った場所へと寄っていく。

ドーム型の都市があったそこに残されていたのは、幾つものクレーターだけだった。

様々な大きさのクレータをしばらく写し映像は終了、再び最初の映像が流れ始めた。

映像のループが5回目に達したところで、私はようやくそれが事実なのだと認識できた。

私が住んできたガニメデの都市は、この世界の何処にももう存在しないのだと。



「…どうして?」



何時の間にかベッドの傍らに立ち、私へと視線を向けていたラピスさん。

意識しないうちに、私はラピスさんへと問いかけていた。

ラピスさんは苦笑をもらし、私の瞳を見据えて口を開く。



「随分と答えるのが難しい聞き方をするのね。

 まあ、良いわ。

 答えてあげるわ、私ならではの答えになるのでしょうけれどね」



そう言ったラピスさんは私から視線を外し、口元に手をやるという思案する時の仕草を取る。

そうして思案顔のまま、さして広くない部屋の中を往復しながら、言葉を選ぶようにゆっくりと語りだす。



「木星連合の主要都市であるガニメデがああいった風に破壊されたのは、

 木星連合が火星に住んでいた市民を殺したからよ。

 そこに至る経緯や、どちらが先に手を出したか?

 ましてや木星連合に正義があるや否や。

 そんなものは何も関係が無いの。

 火星市民が木星連合の配下にある軍によって攻撃され、その多くが殺された。

 だから火星市民は同じ様に、木星連合の都市のガニメデを攻撃して壊滅させ、

 そこに住む木星連合の人民を殺した。

 ただ、それだけのこと」



先ほどの男の人の様子を見ていた私には、

彼女の言わんとすることが何となくだけど理解できてしまっていた。


自分の大切なものを奪われた憎しみを、

大切なものを奪った相手にぶつけるのは、ごく自然な感情だと私にも思える。

そしてガニメデの都市は、木星連合の軍が焚き付けてしまった、

火星の人たちの憎しみの炎で焼き尽くされてしまったのだ。

何の因果か、生き残る事になった私、ただ独りを除いて。



「そして貴女だけがこうして生きているのは、貴女の運が良かったから。

 あのパイロットによって拾われたのが白鳥ユキナだったから、貴女はこうして生きていられる。

 あのパイロットに拾われなければ、貴女はガニメデと運命を供にしただろうし、

 貴女が白鳥ユキナでなければ、私が貴女の身柄の保護を指示しなくて、

 ルキフェラスの他のメンバーより憂さ晴らしの的になり、何処ぞの宇宙に廃棄処分されたでしょうね」



その憂さ晴らしがどんなものになったのかは想像に難くない。

多数の暴力が私を襲い、結果死体になった私にすら、更なる憂さ晴らしが加えられたかもしれない。

さらに穿った見方をすれば、私が女として生きていけないほどの辱めを受けたかもしれない。

具体的なやり方は良く知らないけれど、悪の地球人はそういう性質だと私は教えられていた。

けど、現実には教えられたのとは違い、私はこうして無事であったし、命の危険を感じてもいない。

私をあえて生かしておくような理由が、何か在ると言うのだろうか?

木星連合の指導者に近い立場に在るというのならともかく、

私が白鳥ユキナであることがそんなに重要だとは、私には思えない。



「どうして私を?」



問いかける私に、ラピスさんはヤレヤレと言わんばかりに、ため息まじりで視線を投げかけてきた。

その態度には少し怒れたけれど、私はあえて言葉を続けずにラピスさんの次の言葉を待った。



「私が白鳥ユキナを保護するように命じたのは、ルリに友達がいた方が良いと考えたから。

 ああ、ルリというのは私に良くしてくれている貴女と同じくらいの年の女の子の事。

 あの子の仕事柄、ルリの周りには同年代の子はいないの。

 仕事を頼んでいる私が言うのも何だけれど、友達の一人ぐらいは居た方が良いと考えたのよ。

 そして今回たまたま救出されて、実績のある貴女に白羽の矢を立てたという訳よ」



そう続けられたラピスさんの言葉を聞き、私は自分の耳を疑った。

一体、何の実績が私に在ると言うのだろう?

それよりも、ラピスさんの言葉が事実だとすれば、

私はルリという娘と友達になる為だけに生かされている事になる。

それを本気で言っているのだろうか?

さらに私が聞き返すよりも早く、ラピスさんは再び口を開く。



「もう一点は我々ルキフェラスの秩序の為ね。

 先ほどの彼が貴女を助けた理由は私にも正確には解らないわ。

 同時に彼が普通な状態ではない事を私たちも把握はしているの。

 そんな彼の話からすると、貴女を自分の娘だと思い込んでいるようね。

 そうして正常で無い彼から貴女を取り上げたら、

 きっと仲間である我々ルキフェラスにすら牙を剥くでしょうね。

 もちろん、彼を処分する事は容易い事だけれど、

 ああ見えても彼はトップクラスのパイロットでもあるの。

 ルキフェラスのとって貴重な戦力でもある彼に対して、

 なるべくなら穏便に済ませた方がよりベターなのは言うまでも無いわね。

 だから、彼には以前に与えたこの部屋で、貴女と一緒に居れる様に配意したという次第よ」



私にそう告げながら、ラピスさんはベッドの傍らに置いてあるテーブルの上の何かを手に取った。

ひとしきりそれをながめた後に、今度はそれを私に投げて寄越す。

放物線を描いて手元に飛んできたそれを、私は何とか受け止める事に成功する。

私が手にしたそれは合成樹脂で作られた写真立てだった。

裏返しになっていたそれをひっくり返し、そこに挟まれている写真を私は見てみた。

そこには3人の人物が写っていた。

向かって左側には先ほどこの部屋から出て行った男の人の姿。

写真の中の男の人は2回りぐらいふっくらとしていて、

白いシャツに前掛けのエプロン、手には白い帽子で、所謂コックさんの姿をしていた。

そんな彼は照れてはにかむ様な笑みを浮かべている。

そして写真の右側には凄い美人とかでは無いけれど、優しげな顔立ちをした女性が居た。

男の人と同じ様なエプロンをして、少し戸惑ったような笑みを笑みをカメラに向けている。

そして一人の少女が、その二人の間で、その二人と両腕を組んで満面の笑みを浮かべている。

その背後には真新しい看板のパン屋さんがあった。

何処にでもあるような仲の良さそうな家族の写真だった。

その中心に立っている少女の名前を私は容易に推測する事ができた。

サチエ。

幾度となくあの男の人が私を呼んだ名前だ。

そして間違いなくこの写真の中央に立つ少女の名前でもあるのだろう。



「さて、そろそろ私は行くわ。次はルリを連れてくるから」



じっと写真をみて物思いに耽っていた私に一方的にそう告げてくるラピスさん。

そして私の返答も待たずにドアの方へと歩き出した。



「あの、この写真の娘は、如何したんですか?」



去ろうとする背に問いかける私。

ラピスさんは一度ドアの前で立ち止まり、振り返りもせずに問いかけに答えてくる。



「死んだわ。
 その娘を庇って射線に飛び込んだ母親ごと撃ち抜かれて。

 木星連合の兵器が放った弾丸は、二人を元が人間であった事が解らなくなるぐらいのミンチに変えた。

 そんな光景を目にしてしまったからこそ、彼はああなんでしょうね」



言いたい事を言い、ラピスさんは部屋を去った。

そして私の前には大きなウインドウが浮かび上がる。

流される映像は監視カメラのもの。

カメラは何処かのT字路を映していた。画像の右下から一人の人が走ってきた。

中央のT字の交差点で振り返り、何かを叫んでいるように見える。

その人はきょろきょろと周りを見渡して右の上に走り出す。

ややもして、今度は手を繋いだ二人の人が右下から走ってきた。

何かから逃れるために急いでいるように私には見えた。

よく見えると女の子と女性の二人だった。

その二人がT字にさしかかった処で、女の子の方が転んでしまう。

繋がれていた手が離れてしまい、慌てて立ち止まる女性。

すぐさま女の子に駆け寄りもう一度手を取って立ち上がらせる。

そんな二人に右下から何かが迫る。

その何かは私には見慣れた木星連合の小型兵器だった。

咄嗟に女の子を自分の後ろに庇う女性。

小型兵器の先端から小さな光が放たれる。

そして女性と女の子は何かの衝撃を受けて地に倒れた。

二人の倒れた辺りに広がっていく色の付いた水のようなもの。

そして私はベッドから飛び降りて、部屋に備え付けになっている流し台へと駆け寄った。

倒れた二人と頭の中で重なるのは隣のおばちゃんの姿。

先ほどベッドの上で嘔吐したこともあり、私がそこで吐き出せたのは胃液だけだった。

けれど、私は湧き上がる不快感にしたがって、胃液を吐き続ける。

しばらくして何とか嘔吐感もおさまり、私はその場にずるするとへたり込む事になった。

胃液に焼けた咽の痛みを感じながら、私は考える。

私は如何すれば良いのだろうか?と。























結局のところ、私に出来るのは今在るこの現状を受け入れる事だけだった。

現状を受け入れたとしても、それに妥協するかは別の話だ。

私は白鳥ユキナである、あの男の人が言うサチエではないのだ。

そう思って身構えては居たけれど、戻ってきた男の人の態度は拍子抜けするようなものだった。

腫れ物に触るよう名は振舞いはそのままに、

私の事をサチエとは呼ばずにユキナちゃんと呼ぶようになった。

ただ、私を呼ぶときの男の人の表情は、何かに耐えながら、それでもなんとか笑顔を私に向けてきた。

どうしてそんな風に笑えるのか私は訊ねてみたけれど、

男の人は困ったような笑みと曖昧な答えを並べただけだった。

そうして、私の実質的な軟禁生活が始まった。

それ以外は割と不自由ない暮らしだったけれど、私はこの部屋の外に出ることが出来なかった。



「外は危険だから…」



そう言って男の人は私を頑なに部屋の閉じ込め続けた。

とは言え、私に何かをするでもなく、

仕事に行っている以外の時間は、じっと部屋の隅で所在無く座っていた。

(これは私が近寄らないでと言った事が原因であって、後でそれを知った私はその言葉を取り消した)

そうした生活を初めて1週間目の日の事。

私を訪ねる人物があった。

もちろん軟禁状態にある私を訊ねる人なんてものはごく限られた人物で、

あえて言うまでも無くその人物はラピスさんだった。

ただ、前とは違ってラピスさんが連れていたのは、

大きな男の人ではなくて、私と同い年ぐらいの女の子だった。

そう言えば、私と友達が如何こうと言っていた気もする。

その子を見た正直な感想は、随分と綺麗な子だな、だった。

遠目にも解るほど艶やかな銀髪で、整った顔立ちの中でも目を引くのが金色の瞳。

私が今まで生きてきて会ったどの子よりも綺麗な子だった。

ただし、それは見た目に限った事だった。

会話を交わしてみてのこの子の第一印象は最悪だった。

簡単に言うとこの子が気に入らなかったのだ。

何が一番気に入らなかったかというと、

私の存在を全く認めずに、まるで虫でも見るかの様に向けられるその金色の瞳だった。

そして何より決定的だったのは、その口から出てきた言葉だ。



「あの、お姉様?私にこんなのと友達になれと?」


私を指差してそんな言葉を口にしたこの子を、私は怒りに任せてその胸倉を掴み上げていた。



「ちょっと、アンタ!人様を指差して『こんなの』とは、どういう了見よ!」




怒鳴りつけられたのが意外だったのか、きょとんとした表情で私を見つめ返してくる。

勢いに任せて言いすぎたかも…。

という思いはその子が口を開いた事で微塵も残らず吹き飛んだ。


「いきなり大声で怒鳴りつけるような輩は、こんなのでも上等すぎるくらいです。

 というか早々にこの手を離しなさい、野蛮人」



人の神経を逆なでするような物言いに、当然私はカチンときた。



「はん、そうやって私を野蛮人にさせたのはアンタなのよ。

 アンタがそんな態度を取らなければ、私だって大きな声を出したりしないもの」



言い返す私に忌々しいと視線で語りかけてくるその子。



「そう言えば、そうだったわね」


そこに割り込む形で発言をするのはラピスさんだった。



「お、お姉様…」


掴んでいた私の手を振り払いながらも、あからさまに動揺を見せるその子。

ピンときた私は更に追撃をかけることにする。



「つまり、ラピスさんは、アンタが悪いって言っているのよ」



一瞬ビクッとした後に、私をキッと睨みつけてくるその子。

私はその視線に応えるように、ニヤリと笑みを作ってみせる。



「白鳥ユキナ、それは違うわ。

 誰が悪いとかではなくて、私は単にルリに原因が在ると言っているだけよ」


えっと、それはどういう意味なんだろう?

誰かが悪いと原因が誰にあるというのは何が違うのだろうか?

その違いが良く解らなくて、私は少し困惑した。

そしてそれは目の前の子もそうだったようで、少し難しそうな表情を見せていた。



「と、とにかく、私はアンタが気に入らないのよ」



その子を指差し正面切って宣言する私。



「わ、私だって貴女の事が気に入らないわ」



私と同じ様に指を差し返し、やはり同じ様に宣言するその子。



「なるほど、互いに気に入らないとなれば、あとは拳で解決する方法が手っ取り早いでしょうな」



突如、私とその子の間に割って入る形で、一人のおじさんの姿が浮かび上がる。

いかにも執事っぽい格好をしたその人が、どこから現れたのかは解らなかったけれど、

目の前の二人はまるで驚いていない事から、それが当たり前の事なんだと認識した。



「ラピス、何か言うべき事は?」


「禁止行為は目潰しと噛み付き。

 あとは好きな様にやれば良い。

 いざとなったら私が止めに入る」



流れに完全に付いて行けずに戸惑う私をよそに、ラピスさんはそんな事を告げてくる。

私には良く解らないタイミングでスイッチが入ったのか、目の前の子はキッと私を睨んでくる。

そうして睨まれた以上は、私もその子を睨み返していた。

何でこんな事に?という疑問は押し殺してだけど。



「レデイィィィ、ゴオオォォォ!」



私の疑問に答える訳も無く、執事っぽいおじさんは大仰な仕草を交えて声を響かせる。

そうして私とその子の戦いの火蓋は切って落とされたのだった。


























それから、私とルリは掴み合いのケンカをした。

正直に言えば、私は当然勝つつもりでいた。

お兄ちゃんのように正式に柔を習っていたわけでは無いけれど、

道場には良く遊びに行っていたし、同学年の男子にも負けた事は無かったからだ。

けどルリは強かった。

地力で勝る私に対してルリは俊敏性で勝負を挑んでくる。

ピンポイントで私の頬を捕らえるカウンターパンチは物凄く痛かった。

けれど、ルリの非力は確かな事で、

私は頬を捕らえられながらも反撃し、ダメージをイーブンに持っていく。

そして殴り合いは最終的には取っ組み合いへと雪崩れこむ。

時間にして10分はルリとそうしていただろうか。

私とルリは互いに肩で息をしながら、睨み合いへと突入する。

額を合わせしのぎを削り、互いの左手を互いの右手で掴んでその動きを牽制する。



「や、やるじゃない、アンタ。

 しょ、正直、此処まで出来るとは、思ってなかったわよ」


「あ、当たり前です。

 お姉様の見ている前で、無様を、さらせません」



乱れた呼吸をそのままに告げる私に、同じ様に上がった息で答えるルリ。

そんな私達を見て執事さんがポツリと呟く。



「お二人とも随分と仲良くなられたようで、何よりですな」



もちろんそれは私達にではなく、執事さんの隣に居るラピスさんに向けられたもの。

どこがよ!と突っ込みたかったけれど、

目の前のルリにスキを見せるわけにも行かず私はぐっと言葉を飲み込んだ。



「そう?私には違うように見えるのだけれど…。

 ルリと白鳥ユキナは仲良くなっているの?」



私には当然に思える疑問をラピスさんは口にする。

そうだそうだ言ってやって、と心の中で応援してしまい、

一瞬ではあるけれどルリから意識を逸らしてしまった私。

だけど、ルリも疲れがみえるのか、私が見せた隙を突かれる事は無かった。

というか、ルリはラピスさんが口を開いた瞬間に、

意識がそっちへ行ってしまい、私の事など眼中に無さそうだった。

無論ルリの隙を突くことは容易なのだけれど、

コレ幸いと私もラピスさんと執事さんの会話に注意を向ける事にした。



「ふむ、ラピスもまだまだですな。

 昔からこういう時には、言うべき言葉が在るでしょうに」



ヤレヤレと言いたげな態度でラピスさんに話しかける執事さん。



「―――」



ラピスさんはすこしムッとした雰囲気を纏わり付かせ、

それでも執事さんの言葉を促すためか口を開く事は無かった。

その雰囲気に流され、私もルリも執事さんが続けるであろう言葉を待つ事になる。



「トムとジェリー♪仲良くケンカしな♪と」


「なるほど、確かにそれは言うわね」


「違うから!それ、絶対使い方間違ってるから!」


「なるほどって、お姉様も納得しないでください」



思わず執事さんの言葉に突っ込みを入れる私。

それはルリも同様だったのか、ラピスさんの頷きに突っ込みを入れていた。

で、私とルリに突っ込みを入れられたラピスさんと執事さんは、

してやったりとばかりに笑みを作り口を開く。


「見事な連携突っ込みです。

 二人の絆がこれほどまでに強いとは、いささか驚きですな」


「ええ私もそう思うわ。

 正に拳で語らいあう事で培った見事な友情ね」



あさっての方を向き、続けるラピスさんと執事さん。



「「無いから!そんな友情無いから!」」



そんなラピスさん達に対して、私とルリは思わずそう返していた。

自分でもびっくりするぐらいに声も揃ってしまった私達を見て、

やっぱり貴女達は仲が良いのね、とクスクスとラピスさんは笑っていた。

そんな風に笑うラピスさんを見たのは、私が思い返せる限りでは最初で最後の事だった。
























そのままぐだぐだとルリとの友達付き合いが始まって3週間。

こうして軟禁状態で暮らすようになってから都合1ヶ月近く経った事になる。

人間慣れと言うものは確かにあって、私にしてもそれは例外でなく、

何時の間にかこの軟禁生活が当たり前のものとなっていた。

とても退屈を感じてはいたけれど。

それからも続くと思われた退屈で窮屈な日々はあっけなく終りを迎えた。

最初の異変は私を娘だと思い込んでいる男の人が傷だらけで返ってきた事から始まった。

幾ら嫌いな人だとは言え、その傷だらけのままに放置できるほど、私は冷酷にはなれなかった。

傷の手当てをしながら、私は男の人に何が起こったのかを訊ねる。



「ちょっと酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれちゃってね。

 それと手当てをありがとう」



苦笑いしながら軽く語る男の人。



「気をつけてね」



ため息を吐きつつ私は答え、男の人から距離をとった。

翌日、男の人の帰りがいつもよりも一時間遅かった。

そしてその姿は昨日よりもボロボロで、

服もひどく破かれていて、所々には刃物で付けられたような傷さえあった。

私はすぐに男の人を座らせて、不慣れな手つきで傷口に薬を塗りガーゼをあてて包帯を巻いていく。

一応の手当ての後に、ベッドを男の人に明け渡し、

いやいやながらも男の人がベッドに入ったところで、何があったかを訊ねた。



「ああ、昨日の連中の中の一人にタチの悪いのが居てね。それでこんな風にね…。」



やはり軽い笑みを浮かべて答える男の人。

直感では在るけれど、私はそれが嘘である事がわかってしまった。

とはいえそれ以上にけが人を追及するわけにもいかず、

男の人にベッドを明け渡したまま、その日の私は床で寝ることにした。

翌朝、私はドサッと言う音で目を覚ました。

何の音だろうと?と見渡してみると、男の人が部屋の入り口近くで尻餅をついていた。



「どこへ行くつもりなのよ。

 怪我人なんだから、ベッドで寝てないとだめじゃない!」



そして男の人に怒鳴り声をぶつける私。



「どこって、仕事だよ。

 働かざるもの食うべからずって言うだろう?

 なに、この程度の怪我なんて何ともないさ」



そう笑みを浮かべて立ち上がる男の人。

そのままよろよろと部屋の出入り口のドアまでたどり着く。



「じゃあ、行って来るよ」


その場で振り返った男の人は、何時もと同じ笑みで私に告げて、部屋を出て行ってしまった。

私には何も語ってくれないその背中が、ドアの向こうに消えるのを私はただ黙って見送った。

それから1時間で男の人は帰って来た。

部屋に入るなりドアに鍵をかけ、壁にもたれるままにずるずると崩れる男の人。

その全身のいたるところには暴行を受けたとおぼしき跡が見られ、

今までのものも含めて全身にある傷口からは血が滲み出ていた。



「サチエ、ボスに連絡を…。お前だけでも…」



駆け寄った私にそういい残し、意識を手放した男の人。

部屋に備え付けの棚にある治療キットを取って返し、

入り口に寝かせた男の人の治療を始めた時に異変は始まった。

ゴン!

鈍い音が響き、部屋の強化ガラスが一斉にひび割れる。

その後もガンガンとそのガラスに何度も何かが叩きつけられる音が響く。

それは全ての窓に対して行われ、目の前のドアに対しても同様に何度も何かで殴りつける音が響く。

その音に混じって聞こえるのは、幾つもの怒声だった。


「居るのは解ってるぞ!」


「出て来い、木星女!」


「ぶっ殺してやる!!」


興奮し喚き立てるその声に、この行為の目標が私である事を理解した。

何で私を?どうしてこんな事を?

恐怖に飲み込まれそうになった私だったけれど、それを踏みとどまらせたのは男の人のうめき声だった。

響く怒声と騒音から意識を外し、私は私の目の前でうめき声を上げている男の人の治療を始める。

と言ってもそういった技術を何も持たない私には、

切り傷に薬を塗って血止めパッドを貼り付けて、

打撲で熱を持ったところには冷却用のジェルパッドを張る事ぐらいだった。

怪我の程度に比べれば、治療の程度がまるで足りてないのは明らかだった。

他に何か出来る事は…、と視線をさ迷わせた私の目の前に、

突如浮かび上がって来たのはラピスさんと何時も一緒に居た老執事の姿。

実体のないCGなのだけれど、何故かトゥリアさんがそこに居た。



「何かお困「トゥリアさん、この人を助けて!!」



何か言おうとしたその言葉を遮って私はそう叫んでいた。

私の言葉に少しだけ驚きを見せるトゥリアさん。



「貴女の身の安全をはかるのではなく、そこの彼を助けろと言うのですか?」



眉をひそめ確認するようにトゥリアさんは私に訊ねてくる。



「そうよ、私よりもこの人をまず助けてあげて」



私は迷わずトゥリアさんに答えた。



「そちらの彼は、貴女の周囲の人間の仇ではなかったのですか?」



相変わらず眉をひそめたままのトゥリアさんの言葉。



「今はそんな事はどうでも良いの。

 とにかく私はこの人を助けて欲しいの」



私はその言葉にきっぱりと言い返した。

確かにトゥリアさんの言葉の通りに、この人は私の街の人たちの敵だ。

だけど、今の私は皆の敵よりも、この男の人を助けたいと思っていた。



「ふむ、中々に興味深い答えですな。

 まあ、今となってはどの道同じ事なのでしょうが…。

 どうやら着いたみたいですな」



男の人を助けるとは明言しないままのトゥリアさん。

そしてトゥリアさんの答えの代わりに響いてきたの排気音だった。

それも1つ2つではなく、少なくとも10以上はあったと思う。

それまで私に向けられていた怒声は止まり、代わりに私には聞きなれた声が響く。



「全員、手を止めなさい。

 これ以上の行為は私に対する敵対行為と見做すわ」



スピーカー五指にではあったけれど、響いてきたのはラピスさんの声だった。

明確な根拠があるわけでは無いのだけれど、私はこれで全て何とかなると安堵していた。























その後のラピスさんの指示に従いドアの鍵を開ける私。

救急隊員っぽい何人かの人が部屋に入ってきて、私には目もくれずに男の人を運び出していく。

男の人を見送るように、私も部屋の外へと出た。

そうして初めて部屋の外に出た私は、見上げた上に広がるのが空ではなく天井で、

映像では知っていたけれど此処が本当に地下なのだと実感した。

そして私の居た部屋の前には数十人の人達が居た。

各々に鉄パイプとかを持っている人達。

その人達が先ほどまで男の人や私の部屋を殴りつけた人たちなのだと理解した。

その集団を囲うようにしているのは、木星連合のものとは違って青色に塗装されたバッタ型の小型兵器。

更にその周りを大きな人型をしたものが取り囲んでいる。

そしてその集団と私の間に立ち対峙する形で立っていたのは3人の人物。

ラピスさんとルリ、それに何時か見たいかつい大きな男の人。

バイザーを着けたラピスさんを前にし、先ほどまでの狂騒を忘れたかのように静まり返る集団。

そしてやはり先に口を開いたのはラピスさんだった。



「ねえ、貴方達。

 自分達が何をしていたのか理解しているのかしら?

 誰でも良いわ、答えなさい」



義手の腕をカチカチと鳴らしながら、問いかけるラピスさん。

響いたその声に、言葉を向けられていない私ですら、恐怖を感じてしまっていた。



「オ、オレ達はそこにいる木星女をぶん殴ろうとしただけで…」


「そ、そうだ、おれ達はみんなの敵を取るために…」



一人二人と口を開くけれど、ラピスさんの放つ威圧感の前にやがては口をつぐんでしまう。

そしてそのまま誰も口を開かなくなってしまった。



「なるほど、確かにこの娘は木星連合に組するガニメデの住人だったわ。

 けど、今のこの娘はあの戦いで私が得た戦利品、つまり私のモノなの」



ラピスさんの口から出た言葉は私にとっても衝撃的な事実だった。

私って捕虜とかじゃなくて戦利品で、しかもラピスさんのものだったんだ…。



「つまり、貴方達は私のモノを傷つけようとしたと言う事よ。

 …とは言え、貴方達の復讐心も解らないではない。

 今回の騒ぎを不問にし、この娘を差し出すのもやぶさかではないと考えてもいるわ。

 ただし、私に勝てたらの話よ。

 全員で掛かってきても良いし、その手の得物を使うのもありよ。

 1分間あげるから、選びなさい。

 このまま大人しく犯罪者として捕らえられるか、私と戦うかを」



いつもの大きなバイザーの所為でその表情は覗えないけれど、

ラピスさんの口からは予想外の言葉が出てきた。

えっと、つまり、ラピスさんが負けると私はこの人たちにひどい目のあわされる訳で…。

でも、ラピスさんがこの人数と戦うって事は、私の前にラピスさんが酷い事をされるってことで…。



「さて、1分経ったわ」



私の頭の中で考えがグルグル回っているうちに時間は過ぎたらしい。

集団の中で武器を棄て、両手を上げて投降してきたのは三人だけだった。

その三人は駆けつけた警察っぽい人に拘束されて連れ去られていく。

それでもその集団には30人近い人が残っていて、ラピスさんへと手にしている武器を構えた。



「大佐、その娘とルリをお願いね。

 ああ、ルリには手を出させないと言う意味よ」


「了解しました」



バイザーを外してルリに渡しながら、

ラピスさんは大きな人にそう告げて、大きな人はそれに敬礼で答えていた。



「お姉様、ご武運を」



渡されたバイザーを胸に抱いたルリの言葉に、

ラピスさんは軽く手を上げて答えると私に視線を向けてきた。

なんと答えたら良いのか戸惑った私は、取り合えず親指を立てて拳を突き出すことにした。

ラピスさんは私の態度に口元を綻ばせ、そして義手をカチカチと鳴らしながら集団の方へと歩き出した。
























そこから吹き荒れたのは暴力の嵐だった。

各々が得物を手にして次々に襲い掛かる人達に、単身切り込んでいくラピスさん。

その両者の力量差は圧倒的で、振り回される鉄パイプや棒をかすらせもせずに、

ラピスさんの手足だけが相手に当たり打ち倒していった。

さながら映画のアクションシーンを見ているかのようなその動きに、

私は息をするのもわすれ魅入ってしまっていた。

三分もしない内に、大体半分ぐらいの人を打倒したラピスさんは息一つ乱していない様子。

それに対する残りの人たちは皆及び腰で、手にした武器を手放して許しを請う人も出ていた。

けど、ラピスさんは止まる事が無かった。

何を告げるでもなく軽い笑みを浮かべ、その許しを請う人を義手で一閃した。

グシャと鈍い音を残し、その人は地に倒れ口も開けずにただ痙攣をしていた。

それが何を意味するのか、私はおろか、

実際にラピスさんと対峙する事になった人達にも十分に理解された様子だった。

各々に叫び声を上げて、得物を振りかぶり、ラピスさんへと一斉に襲い掛かる。

そんな人達にラピスさんは口元に笑みを浮かべる余裕すら見せて迎え撃った。

そうして最後に一人立っていたのはやはりラピスさんだった。

そんなラピスさんの戦いぶりに私は少し違和感を感じていた。

正確に言うならばデジャビュを感じていた。

多分だけど、何かしらの武術を嗜んでいるラピスさんの動きに見覚えがあったのだ。

それは映画の中で見たとかじゃなくて、もっと身近な…。

ううん、ありえない。

私は結論を下し、頭を振った。



「どうかしたのかしら、白鳥ユキナ?」



そんな私の態度が目に止まったのか、当のラピスさんからそんな疑問が投げかけられる。

これはチャンスとばかりに、私は当人に聞いてみる事にした。



「あの、ラピスさん。ラピスさんは拳法か何かをやっているんですよね?

 凄く強かったし、喧嘩とはちょっと違う感じがしましたし…」



回り道の無い真正面からの問い掛けだった。



「私はあの人から闘い方の知識を別けて貰っただけよ。

 だから私が何とか流の武術を学んだとかそういう事ではないの。」



返って来たのは否定の言葉だった。

けれど、ラピスさんのいう『あの人』と言う言葉に特別な気持ちがこもっていたのを私は感じていた。

と同時にラピスさんにそこまで思われる人がどんな人なのか?と言う興味が湧いていた。

だからラピスさんが更に続けた言葉に対しての反応が遅れてしまう。



「参考になるかは解らないけれど、あの人の師にあたる人の名前と流派は聞いているわ。

 柔と言う流派で、師の名は月臣源一郎というそうよ」



え?それってどういうことなんですか?

ややぼうっとしていた私がそう聞き返す間も無く、

ラピスさんは私に背を向けて、大きな人と話し出してしまう。

明らかに私が入り込むような雰囲気ではなく、私は問いを重ねる事が出来ない。

私の胸のなかには、一つのしこりが残る事になった。























そうして私は住居を移す事になった。

今までの場所は危険だし、周囲にも良い影響を与えない、というのは最もな理由だった。

私が次に住む事になったのはユーチャリスという戦艦の中。

居住ブロックに私用の部屋が用意されて、ラピスさんやルリと同じくそこに住む事になった。

今まで一緒だったあの人は、
ラピスさんたちが組するルキフェラスという戦闘集団が有する病院に入院する事になった。

アレだけの怪我だったのだし、やむをえない事なのだとは思うけれど、

少しだけ心が曇るのを私は感じていた。

ただ命に別状が無かったのは不幸中の幸いなのかもしれない。

そして始まった生活は至って平穏なものだった。

私の居る戦艦の居住ブロックにはラピスさん達以外は誰も姿を見せなかったし、

私に許された行動範囲においても、会うのは大佐と呼ばれる大きな男の人ぐらいだった。

前のところみたいに暴徒に家を取り囲まれるなんて事は起きようがなかった。

ただ、ラピスさんやルリと違い、わたしにはやるべき事が何も無く、

二人が居ない間に随分と暇を持て余してしまてはいた。

そして退屈だとポロリと漏らした言葉をトゥリアさんに聞かれてしまい、

その翌日からは山ほどの勉強をする事になった。

それからは、暇と言えるほどの時間も無く一日中勉強をする日常が始まった。

その範囲は多岐に及び、座学だけでなく身体を使った訓練なんかもカリキュラムには組み込まれていた。

ガニメデに居た頃よりも随分と多くの課題をこなす事になったけれど、私はそれを苦痛には感じなかった。

私に勉強を教えてくれるのはトゥリアさんで、その教え方が実に上手だったのだ。

何でもカリスマ教師と呼ばれる人たちのパターンを習得し、

そのパターンを組み合わせて私に合った教え方をしているそうだ。

そんな環境も相まって、私はかつて無いほどに真剣に勉学などに取り組む事になった。

そうして知識を得る事の心地よさを感じて始めていたのもあるのだけれど、

きっと私はたった一人生き残ったという現実から、

何かに打ち込むことで自分の目を背けたかったんだと自分自身の事を後で私は理解した。

そうして現実逃避を続ける私の生活だったけれど、そこに変化は現れ始めた。

先ず最初に気がついたのはラピスさんから覇気が無くなったことだった。

自信に満ちて堂々としていたラピスさんの姿はすでに無く、

どこか呆然とした気の抜けた姿を私に見せるようになった。

もちろん、そんなラピスさんにルリが気付かぬ訳も無く、

何時も喧嘩腰にしか話さなかった私にすら、弱音を吐いてきた。

とは言え私ごとにラピスさんを元気付けられる様な案がある訳も無かったけど。

次に変調をきたしたのはトゥリアさんだった。

何時も私の勉強に付き合ってくれていたのに、最近ではその姿すら見ない。

再び、暇をもた余す事になった私だったけれど、

そこに私の兄、白鳥九十九が死亡したという訃報がもたらされた。

























「ウソ」


「ホントよ」



その話を聞き、反射的に否定した私の言葉を、肯定の言葉で否定したのはラピスさんだった。

覇気の無さは相変わらずに、更にどこか疲れたような印象を私は受けていた。



「トゥリア、映像を」


「御意」


何時ものトゥリアさんの姿は無かったが、声だけは響いてきた。

そんなやり取りの後、私の目の前に開かれるウインドウ。

そこには以前に見せられたものとは少し毛色の違う映像が流れ出す。

如何見てもテレビの番組にしか見えない映像には、

私がガニメデに居た頃に見覚えのあるリポーターがマイクを片手に何かを早口にまくし立てていた。

けど、その言葉は私の頭の中にはまるで入ってこなくて、

私の視線は右下の隅に映し出されている、『白鳥九十九、公開処刑さる!』の文字に釘付けだった。

何で?どうして?

疑問がグルグルと頭の中を回るけれど、もちろん私がそれに対する答えが出せるわけは無かった。


『木星連合軍の一部が武力蜂起してクーデターを起こした事は皆様も承知のことでしょう。

 そして結果的に、クーデターは失敗に終りました。

 その中核をなしていた優人部隊の将校の内、唯一生き残った白鳥九十九が捕らえられました。

 …え?…はい。どうやら当局側の許可が下りたようです。

 こちらから、映像を切り替えまして、現場の様子をお伝えします』


リポーターの話が終り、カメラが切り替わる。

左側には銃を持った木星連合軍の軍人さん、そして右側には柱に括り付けられた男の人。

信じがたかったけれど、右側の粗末な貫頭衣に身を包み、

柱にくくられている人物こそが、私のお兄ちゃんだった。



「お兄ちゃん!」


「…録画の映像よ」



衝動的に叫んでしまった私に冷静な声をかけてくるラピスさん。

それは頭ではわかっていたけれど、私は声を上げずには居られなかった。

映像の中の軍人さん達のうちで、一番偉そうな人が柱に括られたお兄ちゃんへと近づいていく。

それに合わせて映像も寄ってお兄ちゃん達を大きく映し出した。

目隠しを外されたお兄ちゃんに向け、偉そうな軍人さんは口を開く。



「何か言い残す事はあるかね?」


「一つだけ」



偉そうな人にお兄ちゃんはそう答え、偉そうな人の部下の人がメモのようなものを用意する。

一度瞳を閉じて静かに息を吸ったお兄ちゃんは、ゆっくりと目を開いて語りだす。



「ユキナ、お前の敵も取れずに、ここで朽ち果てる兄を許してくれ」



その言葉を言い終えたお兄ちゃんは再び瞳を閉じてしまう。

この後に何が行われるのかは知った上で、何も語らずなんの表情も表に出す事はなかった。

偉そうな人が部下に命じて再びお兄ちゃんの目隠しをする。

そのまま距離をおく偉そうな人に合わせて映像も引いていく。

兵士の人たちとお兄ちゃんを映し出した映像野中に声が響く。


「構え」


号令に従い兵士の人たちは銃をお兄ちゃんへと向けて構えた。


「ってー!!」


再びの号令に水平に構えられた銃が一斉に火を噴いた。

お兄ちゃんの身体が一瞬だけビクついて、それを最後にピクリとも動かなくなった。

力なくうなだれた頭。

そして足元に広がる染み。

映像はそこで終わっていた。



「ウソ、ウソよ!」


「ただの映像よ」



それを否定する私の言葉に、肯定の言葉を重ねるラピスさん。



「白鳥九十九は死んだのよ。2日も前にね…」



表情の変化を見せずに語るラピスさんに事実を指摘され、私は自分の意識を手放した。
























「目が覚めた?」



どれだけ気を失っていたのだろうか?

意識を取り戻した私に声をかけて来たのはラピスさんだった。



「先に言っておくけれど、白鳥九十九が死亡したのは事実よ」



そして唐突に私に言葉の刃を付きつける。

私は息を飲み、その言葉を受け入れるしかなかった。

そうして私もラピスさんも口をつぐみ、

しばらくの沈黙の後に先に言葉を発したのはやはりラピスさんだった。



「さて、貴女はどうするつもりかしら、白鳥ユキナ。

 あのクーデターが失敗し白鳥九十九が死亡した今、貴女に人質としての価値は無くなった。

 だからルキフェラスのボスという立場で言えば、貴女を木星連合に返しても良いと考えてる。

 今のルキフェラスに私の地位を脅かす存在は居ないとは思うけれど、

 貴女という存在に対する不満は少なからず存在するものね。

 まあ、私個人として言えば、折角できたルリの友達を遠くにやるのは忍びないけれどね」



続けられたラピスさんの言葉にルリは友達じゃないとは言い返せなかった。

ルリと合うたびに色々とかち合ったけれど、

ルリの存在が無かったら、多分私はこうして正常な思考を保って居られなかったと思う。

あの子とはぶつかりながらも、私はどこか気を許していたのだから。



「そのうちに、答えを聞かせてもらうから、しっかり悩みなさい。

 出した答えが私の道を塞がない限り、出来るだけの手伝いはさせてもらうから…。

 と言っても私の道はすでに閉ざされてるけれどね」



そう言って暗い表情を見せたラピスさんは、一度席を立った。

別のテーブルの上にあった箱から取り出した何かを手に戻ってくると、それをそのまま私に差し出した。



「これは?」



私の掌に納まるくらい大きさで、鈍い金属光沢を放つそれを手に私はラピスさんに問いかける。



「ちゃちに見えるかもしれないけれど、本物の銃よ。

 デリンジャーという名前だったかしら?

 一応357マグナムも撃つ事が可能よ。

 首を括るより、そっちの方が確実でしょう?」



言葉を続けながら、フィルムに包まれた弾丸を手渡してくるラピスさん。

私の選択肢に自決を含めろと言う事なのだろう。

手渡されたそれのフィルムを破って弾丸を取り出して、

映画で見たように銃身を折って弾倉を開き、弾丸をそこに込める。

改めて銃把をにぎり直してみたけれど、慣れているわけでもなくしっくりとはこなかった。

そして私はゆっくりと立ち上がりその手にした銃の銃口を、目の前にいるラピスさんへと向けた。



「もし、私がこういう選択肢を選んだとしたら、如何するんですか?」


思えばこの人こそが、ルキフェラスという戦闘組織に、

私の住んでいたガニメデを破壊するよう命じた張本人だ。

そしてガニメデの破壊が起こらなければ、お兄ちゃんだってあんな風に死ぬ必要は無かったに違いない。

このままラピスさんを殺せば、私も確実にルキフェラスのメンバーによって、

いやそれよりもルリの手によって殺される事は目に見えている。

けれど、刺し違えてでも皆の敵を取る。

そんな決意の元に向けられた銃口を前にしても、ラピスさんは微笑を浮かべてすら居た。



「なるほど、確かにそれも選択肢の一つでは在るわね。

 ただ、あまりオススメはしないわ。

 だってトリガーを引いた次の瞬間に、地に伏せるのは貴女なのよ?」



笑みを浮かべたまま、真っ直ぐに向けられるラピスさんの瞳。

そこには私が写っているようで、何も映して無いように思われた。

しばらくの睨み合いの後に、先の気持ちが折れたのは私の方だった。

ラピスさんの瞳にのまれた私は、

暑くも無いのに全身から汗がでて、何故か生じた身体の震えは腕へと伝い、

ラピスさんへと向けていた銃口はぶるぶるとぶれ始めて、狙いをつけるどころじゃなかった。

そんな状態でもカチコチに固まってしまった身体は、

上手く動かす事が出来ずに私は銃口を下ろすという動作さえ出来ずにいた。

ガァン!

そして力が入りすぎて、私の意志とは関係無しに引き金は引かれてしまった。

その瞬間に私の目の前には火花が散った。

何かが当たった?

それを理解するよりも早く私の視界はぐるりと回り、後頭部をしたたかに床へと打ち付けていた。

そして前と後ろから同時に痛みが襲ってきた。

顔をしかめて見上げると視界にはこちらを見下ろしているラピスさんの姿。

暴発とはいえ銃弾を撃ち込まれたにも関らず、

ラピスさんの表情には怒気というものが感じられなかった。

ジンジンと痛む花の痛みに、ようやく自分が何をされたのかおぼろげながら理解する。

銃の暴発に合わせて私の懐まで踏み込んだラピスさんは、その勢いのままに私に打撃を入れたのだろう。

その打撃は恐らくは頭突きで、私の鼻を中心に顔が痛むのはその所為なのだろう。

そしてもう一つ、後頭部を打ち付けるほど綺麗にひっくり返ったのは、

多分だけど頭突きと同時に足を刈り取られたのだと思う。

上と下の打点に前と後ろという正反対のベクトルを与えられ、

私は綺麗にひっくり返りながら床に身体を打ちつけたのだ。

受け身の一つも取れなかったと言う事は、私はやはり随分と身体を硬直させていたのだと思う。

それにしても宣言どおりになったものだと私が考えていると、ラピスさんは私に手を差し伸べてきた。



「あ、どうも」



どの様に言えば良いのか迷った挙句、そんな言葉を返しながらラピスさんの手をとる私。



「鼻血が出てるわ」



私の逡巡をよそに、ラピスさんは言いながら自分のハンカチを取り出した。

そのままにされるがままに、ラピスさんの手で鼻血を拭ってもらう私。

結構深く切ったのか、中々血が止まる様子を見せない。

結局、軽く押さえただけでは鼻血は止まらず、

そのままハンカチを借りてしばらく鼻を押さえている事にした。

そこでふとラピスさんの頬に細い傷が走り、血が滲んでいる事に気がついた。



「ああ、どうやら完全には避け切れなかったみたいね。

 私もまだまだと言う事なのでしょうね」



私の視線に気がつき、ラピスさんは肩をすくめながらそんな言葉を口にしていた。

そして私は唐突に理解した。

今の私が何をやろうと、気の抜けてしまったラピスさんにすら敵わない事を。

ラピスさんに銃口を向けた時には確かにあった暗い感情は、もはや私の胸中から霧散していた。























それからはルリにラピスさんの怪我について問い詰められお仕置されたりとかはあったけれど、

とりあえず私は木星圏へ帰らずにラピスさん達と一緒に生きる事にした。

お兄ちゃんが居なくなって知り合いも皆死んでしまった今、私は木星連合に何の未練も感じていなかった。

逆に今居る此処にはラピスさんとかルリとか、多少なりとも心を許している人が居る。

ルキフェラスの攻撃で死んでしまった皆からすれば、

薄情で身勝手な事かも知れないけれど、私はそれでも人の温もりが恋しかった。

そうして改めて始まった生活は以前と少しだけ違っていた。

前と違いラピスさんに覇気が無くなり、トゥリアさんも姿を見せなくなった。

その分の負担は全てルリとそのパートナーのオモイカネが負っていて、とても忙しそうにしていた。

けど、トゥリアさんが家庭教師をしてくれなくなった私は、

割と時間を持て余していて、よくラピスさんとぼーとお茶を飲んでいることが多かった。

覇気の抜けたラピスさんと全てがどうでも良くなった私は割と似ていたのかもしれない。

特に目立った話題が在るわけでは無いけれど、

そうしてラピスさんと一緒にお茶を飲むことが私は嫌いじゃなかった。

たまにだけれど、勉強も教えてくれたし、有意義な時間を過ごしていたと思う。

ただ時折、忙しそうなルリがやって来てギロンヌと私を睨んで行くのは結構恐かった…。

そんなルリ一人に負担がかかっているような状態でも、

ルキフェラスという戦闘集団は闘い続けていたらしい。

らしい、と言うのは戦艦の中でも私が立ち入る事の出来る場所は限られていて、

当然にして戦闘時のブリッジなどには入った事が無かったからだ。

当然、現在の戦況がどんなものなのか知らなかったし、

戦争なんてどうでも良いと考えてた私はそれ知ろうとも思わなかった。

私が居るのは戦艦のはずなのに、

戦闘による衝撃とかを感じたことが無かったのも、そう考えるようになった大きな要因かもしれない。

だから私は、今だ続けられている木星連合と地球連合との戦争が、

肉親や知り合いを全て失ってしまった自分には最早無縁なものだと考えていた。

その話を大佐さんから聞くまでは。
























大佐さんから私に向けて語られたのは簡単な一言だった。

彼が死んだ。

その大佐さんからのその言葉の意味を、私は聞いてすぐには理解できてなかった。

その戦いの戦績が戦艦を4、機動兵器を23、最後に散るには華々しいものだった。

と言われて、ようやく話の彼が誰なのか合点がいった。

あの人、私をガニメデから連れ出して、決して良好とはいえないけれど、

しばらくの間は一緒に暮らしてあの男の人。

その人が死んだのだと、大佐さんは言っている。

そして、あの人の恩給代わりに私を正式な火星の市民権を付与することの可否を、

ボスであるラピスさんに問いたいと、大佐さんは言葉を続けた。

現実的には、ラピスさんの代行をしているルリへの問い掛けだったけれど、

ルリはあっさりとそれを認めて、私は正式に火星市民としての権利を得る事になった。



「どうして?」



そう訊ねる私に大佐さんが答えてくれる。

彼がそう望んだからなのだと。

怪我もほぼ治った頃に彼は原隊復帰し、

そして起動兵器のパイロットとして幾つもの戦場を駆け巡ったそうだ。

その彼から自分への恩賞の代わりに、

私が火星市民として認められるように手を打って欲しいと進言されていたそうだ。

けれど、そういった前例が在るわけでもなく、

通常の恩賞代わりにそういった特例を認めることは出来なかったそうだ。

ただ、あの人が死んで、特例を認めるに足る理由が出来て、

そして今回こうしてボスであるラピスさんに決断を仰ぐ事だ出来たとのことだった。

大佐さんから聞いた話の裏を返せば、あの人の死と引き換えに私が火星市民と認められたようなものだ。

私の不安定な立場が確立したのは嬉しいはずなのに、私は素直に喜べなかった。



「残念ながら、我々は戦争をしているのです。

 どういう形にせよ、終末を迎えるまでは、

 敵であれ味方であれ、人の死はついてまわるものなのです」



私を慰めるかのように続けられた大佐さんの言葉。

なんとなくではあるけれど、大佐さんだって人の死を望んでいない事は私にも理解できた。

けれど、私はあの人の死に納得がいった訳ではなかった。



「だったら、戦争をしようとした人達が先ず死んじゃえば良いのに…」


つい、口を吐いて出た言葉は自分でも思うほどに幼稚なもので、

言った後で少し恥ずかしくなってしまった。

幸いな事にルリも大佐さんも私の言葉に気がつかなかったフリをしてくれて、

そそくさと次の懸案に話題を移していった。

そして突如、予想だにしない処から声があがった。



「大佐、次の作戦目標が決まったわ」



ここ数日、少なくとも私の前では口を開かなかったラピスさんが、突然そんな事を言い出した。



「ユキナの言うとおりに、本当に死すべき人間は我々が今戦っている各軍の末端には存在しない。

 地球連合と木星連合の軋轢をあおり、両陣営を戦争へと導き、

 いまだ甘い汁を吸い続けている巨大コングリマットが存在するわ。

 火星に多くの研究施設を持っていたネルガル系の企業体と、

 敵対する位置にあったクリムゾン系列の企業体。

 そのクリムゾンは地球と木星の両陣営に通じていた。

 そして木星連合による火星への侵攻は、ライバルであるネルガルに大ダメージを与える為であり、

 効率の悪い殲滅作戦を木星連合が選んだのは、クリムゾンとの密約が在ったから。

 だとすれば、一応の筋は通る事になるわ。

 具体的な証拠なんて残って無いでしょうけどね」



少し前からそれなりに勉強をしていた私にだからこそ、

ラピスさんの言わんとしたことの意味が理解できていた。

木星連合と違い、地球連合において実質的に強い発言力を持つのは、

国家を超えてグループを為す企業体である。

もちろん、単一の企業体によって地球連合が動かされているわけでもなくて、

実際には幾つかの企業体が、それぞれの企業戦略を元に、時には対立したり時には手を組んだりしている。

今のラピスさんの話に出てきた区ネルガルとクリムゾンは、

軍事産業がグループのメインである企業体で、

両者の企業内のバランスが似通った構成をしている為か、

殆どの場面において対立をしている不倶戴天の天敵同士と言うイメージを私は持っていた。

そして今回の戦争で多くの利潤を得ているのも両グループだった。

確か比率的にはクリムゾングループの方がやや有利な感じだったはず。

槍玉に上がったクリムゾンの得意はバリアシステム。

地球を防衛しているビッグバリアとかいうのもクリムゾン製のものだったはずだ。



「あのクリムゾングループが、今回の戦争を引き起こしたとでも言うのですか?」



私が身につけた知識を反復している間に、大佐さんが驚きの声でラピスさんに問いかけていた。

私に言わせれば、それは在りうるというのが結論だった。

地球圏では人の命よりも、企業の利益を追求する事がままある事は歴史的に証明されている。

その時代の為政者がそれ為すか為さないかは、

大儀名文を得れるか否か?程度で決まるものだと私は理解している。

特にここ数十年おいては企業体の発言力が増しており、

何かのきっかけがあれば、戦争ぐらいは容易に起こせる状況にあった。

これまで地球圏が比較的安定していたのは、戦争の後処理にかかる諸々を考えただけのこと。

今回の戦争のように相手は地球圏ものでなく、

先に火星に住んでいた同胞が虐殺されたという大義名分もそろったとなれば、

各企業体が特需を見込んで木星連合との戦争を選んでも不思議ではないと思う。



「どのレベルで意思の統一が為されていた解らないけれど、

 地球連合が戦争に向けて足を踏み出せるよう、その背中を押したのは間違いは無いわ。

 そしてクリムゾングループは木星連合に対しては、

 火星への侵攻も提案したと考えるべきでしょうね。

 今でこそ、ネルガルに並ばれつつはあるけれど、戦争が始まった当初、

 クリムゾングループが群を抜いて収益を上げていた事は事実よ」



データを示しながら語るラピスさんに、大佐さんは難しい顔をしたまま沈黙で答えた。

大佐さんの歯切れの悪い態度にも私はある程度の理解を為すことが出来ていた。

ラピスさんの言わんとする事は、木星連合の外に敵を認めると言う事なのだろう。

だから、大佐さんはそれを安易に認めるわけにもいかず、しかめっ面をしているのだと思う。

ただ、私にしてみれば、戦争の後押しをした人達が、平然と生き残っている事を腹立たしく思う。

お兄ちゃんや近所の人たち、そしてあの男の人ですら死んでしまったのだ。

だから…。



「それに、もう一方の当事者である木星連合からは、決定的なデータを得る事が出来たわ。

 クリムゾンと木星連合の間で秘密裏に行われたトップ会談の議事録。

 このデータが廃棄されずに残っていたのは予想外だったけれど、

 木星連合の役人の中にも賢しいのが居て、戦後の事を考えて残しておいたものなんでしょうね。

 ともかく、コレで、クリムゾンの行為の裏は取れたことになるわね」



苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる大佐さんとは対照的に、薄い笑みすら浮かべて語るラピスさん。

大佐さんは乗り気で無いみたいだけど、私はすでにクリムゾングループを許せそうに無かった。



「リムゾングループへの攻撃作戦は私が立案しても良いですか?」



完全に黙ってしまった大佐さんに代わりそう言って見せたのはルリだった。

ラピスさんはそれに同意を示し、大佐さんは特に反対も出来ずに、

その作戦はルリが指揮を執ることになったみたいだ。



「コレで、良いかしら、ユキナ。

 喜びなさい、貴女の願いはこれからルリが叶えてくれるわ」



うっすらと笑みを浮かべ私にそう告げてくるラピスさんの狙いは、私にはまるで読めなかった。

今までの付き合いからして、ラピスさんが本当にそう思って言っているのはわかった。

けれど、その時の私はどうにも嫌な予感がしてならなかった。
























その後、ルリが立てた作戦をラピスさん率いる戦闘集団ルキフェラスは実行していく事になった。

ラピスさんの言葉によりコレまでとは違って、

そうして行われた作戦の一部始終を私は目にする事になった。

そこに在ったのは戦闘と呼べるようなものではなく、圧倒的な力による大量虐殺だった。

ルリの立てた作戦はいかにして確実にクリムゾングループへの攻撃を成功させるかに特化していた。

それゆえに、あえて無関係の人々を多く巻き添えにして殺したり、

目標が病院ような半公共的な意味合いを持つ施設だろうと容赦が無かった。

同時に、クリムゾンを追い詰める為の情報操作?をしていたらしく、

クリムゾングループはやがて縮小し、その名を聞かなくって、

最後には一族郎党をその隠れ家のある街ごと焼き払うことで全ての作戦が終了した。

そうして今回の戦争の一因となった人達は、お兄ちゃんや他の人たちと同じ様に死んでしまった事になる。

作戦が終わって、随分とあっけないものだなあ、とただ私は思って、

一人、与えられた部屋に戻ってから、何故だか解らないけれど泣いてしまった。

その作戦が終わった事で変わってしまう自分の立場を、その時の私は全く予見できていなかった。
























結論から言えば、ルリと私はユーチャリスという戦艦ごと、

ルキフェラスという集団から追放されたようなものだった。

そこに至る経緯なんかは半ば魂が抜けているルリにしか解らないのだろうけど、

とにかく、私とルリは今、地球のピースランド王国という国に身を寄せていた。

しかも驚くべき事にルリがその王国の皇女様なのだという。

俄かには信じがたい話なのだけれど、

色々な検査の結果、ルリがこの国の王様の血を引く事は間違いないらしい。

そんな事実がわかっても、ルリの魂の抜けっぷりは相変わらずだった。

ラピスさんが居ない訳を、ルリは決して語ろうとしなかったけれど、

その辺に原因があるのは間違い無さそうだ。

とはいえ、私としてみればあまり面白くなかった。

なにせ、地球の知り合いはルリしか居ないわけだし、

そのルリにしっかりして貰わない事には私だって困るのだ。

そして私は一つの決意をし、ルリの胸倉を掴みあげるとそのまま殴りつけた。

殴られたままに尻餅をつき、頬の痛みに呆然としている様子のルリ。



「ちょっと、アンタ!いい加減にしなさいよ!

 ラピスさんが居なくて落ち込むのは解るけど、何時までうじうじしてるのよ!

 そんな様で、次にラピスさんと会った時に何て言い訳するつもりよ?

 再会した時にラピスさんを驚かしてやる、ぐらいの気迫を持ちなさいよ!」



ルリの面前に指を突き付け、割と大きなこえで怒鳴り散らす私。

呆然と私を見上げていたルリだったけれど、やがて俯いてしまい…。

あー失敗したかな?と私が感じ始めた頃に、俯いたままスクっと立ち上がった。



「そうですね、貴女の言うとおりです。

 お姉様が居なくても、いえ、お姉様が居ないからこそ、

 私が為さなければならない事を思い出しました。

 その点については、ユキナに感謝しないといけないでしょうね」



俯いたままでは在ったけれど、力強く言い返してきたルリに私はホッと安堵した。

この様子ならもう大丈夫だろうと、と私が思ったその矢先、ルリは更なる言葉を重ねてきた訳で…。



「ですが、それはそれ、これはこれ。

 殴られた返礼は、しないといけませんよね?」


ギロンヌと私を睨み、拳を握るルリ。

えーと、普通、此処は友情って素晴らしい、とか感動の場面な筈なんだけど?


「行きますよ」


そう言うよりも早く、ルリの拳が襲い掛かってきて、私は何とかそれを避けることに成功した。

ちっ、とルリが舌打ちし、今度はフェイントを交えて私に殴りかかってくる。

もちろん私も黙って殴られてやるほど寛大では無いわけで…。

そして久方ぶりにルリとの掴み合いの殴り合いをする事になった。

結果、互いの拳を相手の頬に突き立ててのダブルKOという形で決着がついた。

薄れゆく意識の中、今度は負けないんだから、とか私は考えていた。






















その後、ルリは元気を取り戻したというか、前以上に活動し始めた。

具体的には何をやっているのか私に居は解らなかったけれど、

とにかく、ピースランド王国の皇女として自分の立場を確立していった。

それにコバンザメのようにくっ付いて、私もその立場を固める事になる。

えーと、結論から言えば私の立場は皇女様が一番親しくしている友達らしいです。

ピースランド王国に来る以前は一緒に暮らしていた事もあり、

ならばルリの家族同然ということで王族の住む城に私の部屋が用意される事に…。

流石にそれは予想外だったけれど、

それ以上に困ったのは何かにつけて王族らしさを求められる事だった。

本来ならば王族の友達である私にそこまでは求められない筈なのだけど、

王城に暮らしている以上は最低限の事を…と言われては反論が出来なかった。

さらに具合の悪い事に、ルリがそういった点で殆ど完璧だった。

どこで習ったのか知らないけれど、ルリがその気になれば、

王族らしい気品のある動作というヤツをきちんとこなせて見せたのだ。

そしてルリはそういった事の苦手な私を見て、くすりと哂う。

そこまでされた私は当然にして怒り心頭で、負けてやるもんかと、

何時もなら容易に投げ出していたであろうマナーなどを、しっかりと頭に叩き込むようになった。

そうして、私にとっては割と大変な似非王族な日々も、気がつけば1年近く経過していた。






















最近、かなり浮かれ具合でいるルリによると、今日がラピスさんが帰ってくる日らしい。

もちろんただ帰ってくる訳でもなくて、

このピースランド王国の第一順位の王位後継者として、そのお披露目を兼ねる式典まで行われそうだ。

何でも国を挙げての式典になるらしく、1月も前からその準備が始まっていたらしい。

皇女のご学友という立場にある私も、その式典には参加しなければならないとの事だ。

正直メンドイから嫌、と言ってはみたが、

私の意見などは通る訳もなく、その式典に私は参加することになった。

私の役割は式典の途中でラピスさんに花束を渡すこと。

きっと抱えきれないような花束を持たされる事になるんだと思う。

式典に参加するという事はフォーマルな格好をするという事であり、

そんな格好をすること自体が苦手な私は、式典に出ないで済む方法を考えていた。

急な腹痛とかで行けないのは、この前やってひどく怒られたし…。

そんな風に幾つか考えてはみたけれど、やっぱり良い案は思い浮かばずに、

結局、私はルリの付き人達に両脇を固められて式典に参加する事になった。

ただ、ラピスさんから貰ったアレが入っているポーチだけは忘れないで持って行くことにした。























式典が始まった。会場に私が一時期暮らしていたユーチャリスが横付けされ、

そのデッキに向けて赤い絨毯が敷かれた幅広で白い階段が伸びている。

その階段の中央を、ルリにエスコートされて降りてくるのがラピスさんだった。

あの当時とは違い正装に身を包んだラピスさんは、

その洗練された動作もあいまって本当にお姫様の様に見えた。

で、そんなお姫様と仲の良いご学友というのが、私のこの国に置ける立場でもある。

かなりの無理があるよね?と誰とも無く聞きたい気分だった。

ピースランドの人達の祝福に包まれた式典は順調に進み、いよいよ私の出番となった。

さて逝こう。

と私は気合を入れて、会場の王座の前に設けられた舞台にいるラピスさんの元へと歩いていく。

舞台に用意されていた花束は、思っていた程では無いにせよ、それなりの大きさがあった。

舞台の中央でラピスさんと向かい合わせに立った私は、係の人から花束を受け取って、

ラピスさんへとそれを差し出すフリをしながら、花束から手を離した。

持つ人が居ない以上、花束は当然にして舞台へと落ちて行き、

その花束に代えて私は、何時かラピスさんから貰った銃をラピスさんへと向けていた。

ガアン!

そして今度は全くの躊躇無しにトリガーを引くことが出来た。

























花束の代わりに私がラピスさんへ向けた弾丸は、

ラピスさんの義手の人差し指と中指の間で止まっていた。

指の間でシュルシュルとスピンしていたというのが正確な表現かもしれない。

それ、なんてまほろさん?!

そうして私が驚くよりも、周りの反応の方が大きかった。

それはそうだろう。

国王すら参加して行われているその国の式典において、

その国の、そして今日の主役である皇女に向けて私は発砲したのだから。

未遂とは言え、もちろんそれは許されるような行動では無いし、

即座に王室付きの、というかラピスさんの親衛隊が現れて、私へを取り押さえんと迫り、

そしてそれを手を上げることで制したのはラピスさんだった。



「ルリといい、貴女といい、今日はサプライズが多い日ね。

 周りは少し騒がしくなったけれど、

 相変わらず茶目っ気のある貴女の歓迎に、私の緊張も解れてきたわ。

 ありがとね、ユキナ」



そうして有ること無いこと適当に言って、ラピスさんはその場を治めてしまう。

笑みすら私に浮かべて見せポンポンと私の頭を撫でるようにするラピスさんの意向を汲んで、

親衛隊の人たちも私を拘束することが出来なかった。

私のした事がちょっとした悪戯程度として流されて、ラピスさんの歓迎式典は続いていった。

そして私は改めて自覚した。

ああやっぱり私程度では、ラピスさんには敵わないんだ、と。

ややため息交じりで、膝を折り優雅な仕草で国王さんに挨拶するラピスさんを見ていた。

ふと、視線が流れて、その隣に立つルリと目が合った。

ルリは声を出さずに唇の動きだけで私に告げてくる。

オ・シ・オ・キ・デ・ス。

言葉としては紡がれる事はないのだけれど、それは確かにルリから私への断罪だった。

ゾゾゾと怖気が走り、私は自分の顔から一気に血の気が引いていくのを感じていた。

私がこうして怯えるのにも明確な訳が在った。

前にも何回か経験して解っていることではあるのだが……。





その、全くの容赦が無いルリのお仕置きは…







…もの凄くエッチなものだからだ。










終り



あとがき

シルフェニア1000万ヒットオメデトー!!

というわけで、BLUE AND BLUEの外伝的なものを書いてみました。

ユキナスキーが満足できるほどの出来かは甚だ疑問ですが、ともかく主人公はユキナでした。

ぶっちゃけ、ギリギリだったんで、誤字とか何時もにも増して多そうですが、

気にせず脳内補完して楽しんで頂けたら幸いです。

えーと、シルフェニアのこれからの発展を祈願しつつ、今夜はこの辺で。

では、また。


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