BLUE AND BLUE

 第6話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも私達は慎重かつ秘密裏に戦力の拡充を図っていった。

第三工場の改良バッタの生産ライン順調だったし、

第四工場ではエステバリスもどきの生産が開始されている。

尤も、エステバリスもどきの方は月産4台とまだまだといった感じだけど。

それでも初期型のバッタやジョロなど、小型無人兵器には十分に対応できるはず。

一応、その先を見込んだプランも在るし…。

更に言えば、ナデシコCに関連のデータが丸々眠っていた大物にも取り掛かっていた。

流石にこちらは、開戦に間に合いそうには無いけれど、

完成したあかつきには、決定力の大幅な上昇が見込めるだろう。

そうやって、食料プラントを始めに数々の企業を傘下に置くことにになったアレの養女、

全世界を戦乱に巻き込まんとする復讐者、

その両方の日々を過ごすうちに、開戦まで約1ヶ月となっていた。

そして私達は計画通りに事を進める事にした。

テンカワアキトを再び火星に呼び戻すのだ。

送り込んだエージェントにより、相手のスケジュールは調べつくしてあるし、

テンカワアキトが、乗ってきそうな話と物も用意した。

用意した物の方はチューリップクリスタルと呼ばれる事になる石の写真で、

話の方はテンカワアキトの両親の事だ。

ちなみにチューリップクリスタルは、

先日アレと共にネルガルの研究所の見学に行った時に譲って、いや、強請って貰ったものだ。

ネルガルの火星支部とて一企業の末端に過ぎず、

アレの持つ政治的な権力には逆らい難かったといったところなのだろう。

とにかく、チューリップクリスタルの写真を添えた火星行きのチケットが、

両親の真相に付いて知りたくは無いか?と言う言葉と共に、テンカワアキトの手に渡ったのだ。

結果、テンカワアキトは火星行きのシャトルに乗ったそうだ。

あの女の方は動きが無かったことからすると、

巻き込みたく無ければ誰にも話をするな、と言う文句は上手い具合に機能したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンカワアキトの到着を待つ間にも、私達は開戦に向けて最終的な行動を取っていた。

ユートピアコロニーの市長と面会し、

地球に送り込んだエージェントの話として、木星連合(現時点では木星トカゲ)の侵攻を仄めかす。

データを示してみても、市長は、市長としては動くことが出来ない、ときっぱりと言い切った。

まあ、当然の判断だろう。

ユートピアコロニー3000万の市民に影響のある話だ。

正式な情報源のルートでない私の話を、裏づけも無しに信じる方が間違っているからだ。

彼に出来るのは、精々自分の家族を開戦前に火星から逃がしておくことぐらいだろう。

 

「その、貴女方は逃げないのですか?」

 

話を終え立ち去る私達の背に向けて、市長が訊いて来る。

 

「逃げないわ。

 お義父さまもそれを望んでいるのですもの。

 それに、私達はそれに備えて、色々準備をしてましたから。では」

 

市長に向けてそう答え、私達は今度こそ振り返らずに市長の執務室を後にする。

最後に見た何かを考え始めた市長の姿に、

何かをしてくるのかも知れないと、私達は警戒を強めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後に明らかになった市長の行動は、私の予想とは大きく違うものだった。

地球からのシャトルにテロリストが潜入した、との情報を得たと発表。

緊急事態にそなえ、全市を挙げての避難訓練を実施すると宣言したのだ。

もちろんそんな情報は出鱈目で、

市長の狙いは、市民に自身の避難場所や避難経路を確認させる所にあるのだろう。

この訓練により、万が一木星トカゲの侵攻が始まった場合にも(まあ確定しているようなものだが)、

より多くの市民が生き残ることが出来るようになるだろう。

とはいえ、あくまで前回に比べればだ。

前回に在ったようにチューリップの直撃を受ければ、

シェルターに避難しても全くの無駄になることすらあるだろう。

そもそも、その衝撃に直撃されなくとも、シェルターの中が安全とは限らないのだ。

木星連合の機動兵器がシティを蹂躙し、市民を殺すことを避けることは出来ないと、私は思っている。

前回のデータによれば、開戦当初、シェルターを無人兵器に落とされたという例は数多くあったのだ。

私の予想だが、良くて1割、少なければ1%程度が、一般市民の生存率となるだろう。

無論、私自身は死ぬ方に入るつもりはない。

生き残りつつ、かつ、計画を前進させる為、私はトゥリアと調整に入ることにした。

ルリを含めたところで打ち合わせを行い、

計画通りに、テンカワアキトをアレの屋敷に招き入れる事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スケジュールの都合ということで、

1日半ほどホテルで待機させたテンカワアキトと私は、アレの屋敷の応 接室で対面する。

 

「お久しぶりです、テンカワさん。

 お元気そうで、なによりですね」



私はアレの義娘と言う仮面を被り、テンカワアキトと向かい合う。

 

「あ、はい、お嬢様もお元気そうで」

 

なれない状況に緊張しているのか、ガチガチのテンカワアキトがそう返してくる。

の様子に、私は改めて自分の内にある考えを確認できた。

私は、この男があまり好きでは無いのだと。

あの人と同じ顔の作りで、あの人とはあまりに違うその態度が、

もう二度と会うことの無いあの人を、思い起こさせるからだ。

 

「そう言えば彼女。

 えっと、今はテンカワルリさんだったかしら。

 彼女は元気ですか?」

 

解りきっているはずの答えが出る問いかけを、私はテンカワアキトにしていた。

 

「ええ、元気ですよ。

 あれ?お嬢さんはルリちゃんを知ってるんですか?」

 

共通の話題がその程度しか思いつかないのはしゃくだったが、

テンカワアキトはあの女の話に食いついてくる。

 

「ええ、一応ね。

 こうやって顔を合わせて話したことは無いけれど、

 顔と名前が一致するくらいには覚えてます。

 彼女と私は似たようなものですからね。

 尤も、向こうが私の事を覚えているかは解りませんけれどね」

 

私はそうやって嘘ぶいた。

恐らく、目の前にいるテンカワアキトとは別の意味で、

あの女を世界中の誰よりも一番知っているのが私だ。

まあ、AIを含めればトゥリアが一番だろうけど。

 

「は、はあ、そうっすか」

 

テンカワアキトはどう答えたものかと、曖昧な返事を返してくる。

予想外の繋がりに戸惑っているのかもしれない。

 

「ところで、子供は生まれましたの?」

 

目の前のカップを軽く傾けた後に続く私の言葉に、

テンカワアキトはゲホゲホと咳き込むことで答える。

 

「その様子からすると、まだまだなんですか?

 ひょっとして私の勘違いかしら?

 まだテンカワさんも若いですし、

 そういうことがあったから、彼女も名前を変えたと思ってましたのに」

 

私は咳き込むテンカワアキトにそう続ける。

もちろん、そうでないことは重々承知の上でのことだ。

 

「お、お嬢さん、それ、セクハラっす。

 俺とルリちゃんはそんなんじゃ…」

 

ようやっと息を整えたテンカワアキトが、私にそう告げてくる。

誤魔化し気味に言葉が尻すぼみなのは、つまりはそういうことなのだろう。

正直、胸糞悪かった私は、テンカワアキトを少し弄ってみることにした。

 

「石器時代の昔から、女はセクハラの被害者だったけれど、

 セクハラという言葉が出来たのは、ここ200年くらいのことです。

 男がその言葉を口にするのは、100億年くらい早いのではないでしょうか?

 テンカワさんは、どう思われます?」

 

にっこりと、いつものように作った笑みを向け、テンカワアキトに問いかける。

 

「いや、その、どうって…」

 

予想だにしない質問に、テンカワアキトは困り、しどろもどろになっている。

その様子に少しだけ溜飲を下げた私は、ようやく本題に入ることにした。

 

「まあ、冗談はこの辺にしておきましょう」

 

私は言いながらテーブルの隅に置いておいた箱を、自分の手元に引き寄せる。

蓋を開き、その中身をテンカワアキトの方へと見せながら口を開く。

 

「テンカワさん、この石に見覚えは?」

 

箱の中身は、もちろんチューリップクリスタルと呼ばれるものだ。

それを見たテンカワアキトは、多少慌てた様子で己の懐をまさぐり、

首からぶら下げているものを取り出した。

彼の取り出したそれは、ペンダント用の台座の有無という違いがあるにせよ、

私が見せたそれと全く同じものだった。

テンカワアキトはわざわざそれを持って来ていたらしい。

なるほど、なんとも都合が良いことだ。

 

「お嬢さん、どうしてそれを?

 この石俺の両親の形見で…、何でそれをお嬢さんが!」

 

ソファーから立ち上がり、興奮した様子で私を問い詰めるテンカワアキト。

私はそれを一瞥し、目の前のカップに手を伸ばすと、幾分冷めてきた紅茶を一口に飲み込んだ。

 

「テンカワさん、座ってください。

 こういう話は、落ち着いて話したほうが良いですよ、きっと」

 

取り乱さずにそう告げる私に、テンカワアキトはばつが悪かったのか、

少し表情を歪め、もう一度ソファーに座りなおした。

私はテンカワアキトが腰を落ち着かせるのを見計らって、口を開く。

 

「テンカワさんはご両親のことを、何処までご存知なんです?

 テロで死んだことになっているご両親が、

 何処で働いてみえて、どんな仕事をしていたか?

 そういったことを。何処まで知っていますか?」

 

私の言葉に再び立ち上がりかけるテンカワアキト。

それでも自制したのか、ソファーに座りなおし、大きく深呼吸をしてから口を開く。

 

「どうして両親の事を、いえ、

 その石と、俺が両親に付いて知っていることの範囲と、何か関係があるんですか?」

 

そう続けられたテンカワアキトの言葉に、私は一つため息を吐いた。

勿論、関係あるから訊いているのだと、なぜ理解できないのだろう?

 

「テンカワさんのご両親は、テロで死んだことになっている、私はそう言ったのです。」


「それって、つまり…」

 

驚いた風に私に確認をしようとするテンカワアキトを手で制し、私は更に話を続けることにする。

 

「皆まで言う必要は無いでしょう。

 この1件、情報操作がされていた、ということですよ。

 つまり、真実を知ることにより、命を狙われる可能性もあるということです」


「そんな、馬鹿な!」

 

そう続けた私の言葉に再び立ち上がり声を荒げるテンカワアキト。

私はその様子に、もう一度ため息を吐き口を開く。

 

「テンカワさん、人の命は絶対のものでも、平等なものでも無いんです。

 少なくとも、テンカワさんのご両親のそれは、その石に関する秘密よりも価値が無かった。

 何処かの誰かにとっては、という条件付ですけれどね。

 あくまで想像でしかありませんが、真実に近い回答だと私は思ってますよ。

 そうしてもう一つ、私は確信しました。

 もうこれ以上、アナタに話すことは何もないということです」

 

私はテンカワアキトに告げてソファーから立ち上がる。

時間も押してますし、これで、と言い残し、部屋の外へと向けて歩き始める。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

そう呼びかけるのはテンカワアキト。

むろん私の言葉が気に入らないのだろう。

その表情にはありありと不満の色を浮かべている。

そして、立ち去ろうとする私に肩に手をかけた。

瞬間、私はいつものトレーニング通りに動いていた。

私の左肩に置かれたテンカワアキトの右手を、

振り向きながら一歩踏み込むように身体をひねって振り払い、

その勢いのまま、テンカワアキトの空いた左脇腹を、フック気味の右の掌底で打ち抜く。

鍛えようのない脇腹を打たれ、苦痛に身体を硬直させるテンカワアキト。

その棒立ちとなったテンカワアキトの胸板めがけ、

もう一歩踏み込んだ私は、諸手突きを入れる。

息を詰まらせたテンカワアキトは、よろよろと後ろへ下がり、

ボスンと音を立てて、先ほどまで座っていたソファーに戻されることになった。

 

「予想通りですね、テンカワさん。貴方は…弱い」

 

ソファーに座らせれる事になったテンカワアキトを見下し、私は平坦な口調でそう告げる。

テンカワアキトは痛みに耐えながらも、そんな私を睨み返してきた。

 

「私のような小娘に、良い様にしてやられるような弱い貴方に、

 私は何も話すことがないのです。

 ただそれでも、貴方に決意があるのなら、

 そう、その命を懸けてもいいという決意が在るのなら、私はアナタに全てを話しましょう。

 1週間後に、予定を空けておきます。

 もし貴方に覚悟が出来たのなら、その時に合いましょう。トゥリア」

 

テンカワアキトにそう告げた後、私はトゥリアを呼び出した。

それに応え、トゥリアはいつものように老執事の姿を表示する。

 

「テンカワさんが落ち着かれたら、玄関まで送って差し上げて」


「御意」

 

ウインドウの老執事が恭しく頭を垂れ、

私はそのままテンカワアキトを見向きもせずに部屋の外へと歩き出す。

そして自動となっているドアが開いたところで、もう一度後ろを振り返った。

 

「テンカワさん、一つ忠告を。

 貴方が一緒に暮らしているあの女には、気をつけなさい。

 あの女には秘密があるし、多分それを貴方に語ることはない。

 気をつけないと、貴方、そのうちにとんでもない事に巻き込まれることになるわ」

 

テンカワアキトにそう告げる私。

尤も気をつけていても巻き込まれるのだけれど、という言葉は飲み込んだ。

テンカワアキトは私の言葉を理解しかねるのか、戸惑った表情を私に向けてくる。

そして私は彼に背をむけ、そのまま部屋から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルリ、どう思った?」

 

いつもの執務室に戻った私は、

モニターを通じて、私とテンカワアキトの一部始終を見ていたであろうルリに、そう訊ねる。

 

「お姉様って、格闘技も出来るんですね。

 凄いです。私、初めて知りました」

 

とルリから返ってきたのは、私の求めてたのとは随分と違う答えだった。

残念ながら、ルリの言ったように、私は格闘技を修めているわけではない。

ただあの人の会得した技は私の中にあり、

いつかそれを再現できるようにと、その手のトレーニングに励んでいるだけだ。

ん、違った。

格闘技云々はともかく、私はテンカワアキトに付いてどう思うかを、ルリに聞きたかったのだ。

改めて聞き返す私に、ルリはそういうことでしたかと手を打って頷き、しばし考え始める。

 

「えっと、何と言うか、ぱっとしない人だなって思いました。

 正直どうでも良いというか、記憶にあまり留まらないというか…。

 お姉様にはきつく当たろうとしてたみたいですけど、あの人、所謂『いい人』っぽかったです。

 でも、『いい人』で終わりそうな人ですよね?

 大丈夫です、お姉様の方が何十倍も格好良かったですから」

 

にこやかな笑顔と共に、最後はそう締めくくるルリ。

 

「えっと、ありがとう」

 

私は何と言って良いのか良く解らず、とりあえずお礼を言っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3日後、

予定通りに木星連合の侵攻が始まった。

トゥリアが耳を広げている火星駐留軍の通信は、パンクしそうな勢いで言葉のやり取りをしている。

そして地上も、少なくともユートピアコロニーの放送もまた、たった一つの内容を広域に放っていた。

緊急事態発生、市民は直ちにシェルターへ避難するように。

どうやらその警報は市長の独断で出されたもののようだ。

火星に駐留している宇宙軍の異常を感知してのことのようだ。

そんな状況を、私とルリはシティ郊外に位置する第三ドックの、

そこに係留してあるユーチャリスの中で確認していた。

情報を収集しているうちに、

火星駐留軍が木星トカゲを迎撃する為の布陣を終えたという情報が入ってきた。

そろそろ頃合だろう。私は計画通りに行動を開始することにした。

ゲートオープン。

閉鎖されていたドッグが開放され、外の風を何週かぶりにユーチャリスが受ける。

 

「ユーチャリス発進」

 

ブリッジのメインオペレーター席の私はそう告げる。

トゥリアを通じ、相転移エンジン並びに各種補助エンジンも起動。

ユーチャリスはその白亜の船体を、火星の重力に逆らって上昇させていく。

眼下にはまだ健在なユートピアコロニーが映し出されている。

そして私は、再び決意を固めた。

 

さあ、ここから始めよう、私の復讐劇を。














続く


あとがき

今回は、ラピス、テンカワアキトと再び顔を合わせる、でした。

正直、短いし、あんまり話が進んでないですね。

ともかく、これでルリ側の話に、ほぼ追いつきました。

ここからは、よりオリジナルな展開に……なれば良いな、と思っております。

まあ、アレですよ、予定は未定ですから。

えー、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。

出来れば感想などもいただけると、かなり嬉しかったりします。

ではまた。


感想

相変わらず切れのいい作品でした。

木星トカゲ襲来までの流れですね。

ルリパートでは既に襲来して地球まで跳んでいますから、次回はその部分の話でしょうか?

今回の目玉はラピスがホシノ・ルリを完全に手名づけていると言う所でしょうかね。

でも、ルリを絶望させるのが目的だとすると、アキトをどうするのか、その質によって絶望の仕方も変わってくるでしょうね。

戦争に巻き込まれないようにすると言うルリの望みは断たれました、しかし、この先TVの流れに乗せたのでは、

絶望させるまで3年以上かかる事になります。

まあ、復讐という名の料理は冷ませば冷ますほど旨いとは言いますが(爆)

それに、その場合では介入が少なくなりすぎて面白くないでしょうしね。

さて、ラピス、今後どう出るのか楽しみですね♪

ただまあ、現状のアキトを否定し、黒化させるつもりも無い以上は、ハッピーエンドなどと言う甘いものは存在しません。

最低でもラピスは破滅、復讐が成功すれば三人は破滅と言う物語ではあるので、緊張する所です。

この先を緊張して待ちましょう。




 



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