BLUE AND BLUE

 第8話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

アキトさんと感情的にはともかく肉体的に繋がった翌日。

何とも気まずそうにするアキトさんと違って、

私はこれまで通りの態度で接することにしました。

謝ろうとするアキトさんを押しとどめ、私はこう答えます。

 

「昨日のことは、私が望んだ事なんです。

 私は大好きなアキトさんと一緒になれて、

 そして何よりアキトさんの力になれて嬉しかったです。

 アキトさんに謝られると、私困ってしまいます」

 

そう告げられたアキトさんは、困った顔をして、

ただ、そうか、とだけ短く応えてきます。

 

「はい、そうなんです」

 

私はにっこりと微笑んで、アキトさんに答えます。

しばらく考え難しい顔をしていたアキトさんの表情から、

徐々に硬さが抜けていきました。

 

「謝るのは止めるけど、お礼は言わせて欲しい。

 ありがとう、ルリちゃん」

 

そういって笑顔を見せるアキトさんに、私は心の底から安心しました。

だからと言って、今まで全く同じ生活を送ることは出来ませんでした。

まず一番に変わったのは、二人が一緒のベッドに寝ることになったことです。

これまでは、各々の部屋で別々に寝ていたのですが、

アキトさんのベッドを大きなものに買い換えて、二人で眠るようにしたのです。

もちろん、毎晩そういった行為を行うわけではありません。

逆にアキトさんは萎縮してしまって、慣れるまで少し時間がかかった位でした。

それでも、夜中にうなされて飛び起きるアキトさんを、

そっと抱き寄せ、寝かしつけるのは私の役目でした。

そして以前と違う事で、私が良くないと感じたのは、

アキトさんが両親の事について調べ始めたことでした。

アキトさんと暮らすようになって以降、私が意図的に避けていた話題でもあります。

10年以上前の事件とは言え、火星よりも、地球の方が格段と手に入る情報量が多いのです。

それが、憶測や推測、時には悪意すら含むものであれ、

情報が政府によって厳しく制限されている火星よりも、

そういった制限のほとんど無い地球の方が、随分と容易にそれを手にすることができます。

そして問題なのは。そういった真実とは異なる情報の方が、派手で印象に残りやすいということです。

火星に居たときは、両親の死はテロによるものだと疑わなかったけれど、

地球で色々と調べるうちにおかしいと思うようになった。

前のアキトさんからも、そういった話を聞いた気がします。

そしてもっと問題なのは、私がそのことを訊ねると、

アキトさんが曖昧な笑みを浮かべて、誤魔化してしまうことです。

更には、火星での出来事を訊ねると、

ご両親の時と同じように、アキトさんは何も語ろうとしなかったのです。

それはアキトさんにとってショッキングな事なのには違いが無く、

私も無理に聞き出そうとは思えなかったのです。

ただ、少し悲しく思えただけなのでした。

それなりに以前とは違っても、なるべく前と同じに平穏をと考え、

私達はただ日常を生きていました。

アキトさんが帰ってきて3ヶ月過ぎ、木星トカゲの侵攻が地球に及ぶようになるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回と同じに連合軍の防衛線はじりじりと下がり、

そして穴を開けられ、木星トカゲの地上への侵攻を、許すことになっていました。

その侵攻してきた無人兵器の影に、アキトさんは怯え立ち尽くしてしまうのです。

私とアキトさんが一緒にいるときは、

そっとアキトさんを抱きしめることで、普段のアキトさんに戻るのです が、

私とアキトさんは常に一緒に居るわけではありませんでした。

私の仕事は自宅でも出来るのですが、アキトさんは専門学校に通っていたからです。

専門学校とは言え、集団生活というか集団行動の場であることには変わりなく、

1月も経たずに、アキトさんは自主休校することになってしまいました。

当然、専門学校の合間に行っていたアルバイトの方も首になってしまいました。

 

「畜生、怖いんだから仕方が無いじゃないか。

 怖がって何が悪いんだ。

 アイツ等は…アイツ等は…」

 

自主休校することを私に告げ、テーブルに伏せ悔し涙を流すアキトさんを、

私は何も言わずそっと抱きしめることしかしか出来ませんでした。

そんな不安定な時のことでした。

その奇妙な依頼が、私の会社に舞い込んできたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全方向スクリ−ンの実機を模したコックピット。

リアルな振動を伝えることができるタワー型の筐体。

ハイレベルな解析度を誇る仮想現実の世界。

その世界で、自分がカスタマイズしたロボットを操縦して戦う。

その業界では有名な、Dなんとかというゲームが在るということは知っていました。

そのゲームのマイナーバージョンの開発が、私の会社に依頼されたのです。

ただのマイナーバージョンの開発なら、私も奇妙だとは思いません。

サンプルの資料として送られてきた敵のデータが、

木星トカゲの無人兵器、所謂バッタのものでなければ。

更に言えば、IFSにも対応するようにという注文に、私の疑惑は深まります。

一体誰が、何の目的で、私にこの依頼を?

疑問を解消すべく、私は依頼をしてきた会社を調べます。

こは、Dなんとかを運営する会社のサードパーティの会社でした。

その業績も好調と不調を繰り返している安定性を欠くところで、

マイナーバージョンの開発で安定した業績を狙っているのだと推測できました。

そのマイナーバージョンが一般受けすれば、

運営会社からそのバージョンの使用具合に応じて支払いがあるようです。

まあ、私のところに丸投げしてきたのは、企業としてどうなのかとは思いましたが。

企業倫理はともかく、開発コストを抑えたいという意図は十分に理解できました。

木星トカゲのデータについては、関連会社を通じ、連合軍から提供されているものの様でした。

負けが込んでいる連合軍も、木星トカゲに勝つためには、

その手の情報の出し惜しみはしていないようです。

そして、IFS対応にする理由も同じようなものでした。

IFS普及委員会という民間の組織から、出資を引き出す為だったのです。

そこはIFSに対応した商品の新規開発に、一定額を補助するという組織で、

もちろん、IFSを開発した会社からの資金の提供を受けている所です。

そして依頼をしてきた会社の目的も掴むことが出来ました。

ゲームはあくまでゲームとして緩い設定をし、私に作らせたよりリアル なバージョンのものを、

ネルガルやクリムゾン、アスカインダストリーなどの軍需産業や、

連合軍そのものに売りつけようという思惑が在ったのです。

その裏づけというか、ゲームで選択できる機体は、

各社の開発中の機体に似通っているものばかりでした。

流石に、カタログスペックをそのまま反映させたという程度のものでしたが。

商魂逞しいというか、節操が無いというか…。

本来ならそんな依頼は断ってしまうのですが、その時の私はこう思ってしまったのです。

これはアキトさんにトラウマを克服させるチャンスかも知れないと。

結果として、私は依頼を受ける事にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

契約後、その会社から追加で送られてきたのは、より詳細な木星トカゲのデータでした。

これを使い、よりリアルに迫ったものを作れということなのでしょうが、

そのあまりの詳細さに、私は首を傾げました。

とはいえ正確なものが出来るのは、私にとっても在り難かったですし、

余計な口は挟まず、私は作業を進めることにしました。

納期は半年ほど先だったのですが、

元々完成されているものをアレンジするだけということもあり、

1週間後にはβ板が出来上がっていました。

そして私はアキトさんにお願いをします。

ゲームのテストパイロットになってもらえませんか?と。

 

「解った、よルリちゃん。

 俺でよければ協力させて貰うよ。

 それと、気を使ってくれてありがとう」

 

その身に受けたトラウマの所為で、専門学校やアルバイトに行けず、

家に引きこもりがちになっていたアキトさんは、二つ返事で引き受けて くれました。

はアキトさんが受ける衝撃を考え、内心心苦しいまま微笑を返すだけ でした。

そして私とアキトさんは連れ立って、依頼のゲームの筐体があるア ミューズメント施設に向かいます。

開発者用のパスを提示し、8基あるうちの2基の筐体を借り入れます。

借り入れた2基を各店舗を結ぶネットワークから切り離し、

持ってきたIFS用の携帯端末からβ版の設定を筐体に落とし込みます。

テストプレイの準備が終わった段階で、待っていたアキトさんに実際の筐体に入ってもらいました。

筐体の操作方法はIFSに設定してあります。

なんでも、大元のゲームのトッププレイヤーの多くがIFSを使うため、

任意に選択できるようになっているそうです。

慣れない手つきで、パイロットシートのハーネスを固定していくアキトさん。

 

「頑張ってください」


「うん、頑張るよ」

 

そしてこれからのことを考えた私の言葉に、首を捻りながらもアキトさんは応えてくれます。

出撃前の準備を終え、アキトさんの乗ったコックピットが閉鎖されていきます。

それを確認した私はゲームをスタートさせました。

 

「うわああああああ!!」

 

その1分後、コックピットから響いてきたのはアキトさんの悲鳴でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五分も経たずにゲームオーバーとなったアキトさん。

そして私は外部操作でコックピットを開放し、アキトさんが出てくるのを待ちました。

よろよろとした様子で、アキトさんはコックピットから這い出てきました。

先ほどまでとは違って呼吸も荒く、息も絶え絶えといった様子でした。

 

「どうして?」

 

そしてアキトさんは、非難がましい視線を私に向け、短くそう訊ねてきます。

胸に走る痛みを押し殺し、私はアキトさんにただ平静に答えます。

 

「アキトさん、これはゲームなんです。

 撃墜されても怪我はしませんし、人も死ぬことはありません。

 ですから、何も怖くなんて無いんです」

 

アキトさんの手を握り、私はきっぱりと言い切ります。

 

「それは…そうだけど」

 

アキトさんはバツが悪そうに私から視線をそらし、自信なくそう続けます。

 

「もしアキトさんが嫌だというのなら、もう乗るのは止めてください。

 別の人を雇って頼みますから。

 といっても人を探すところから、しないといけませんけれど…」

 

そう続けた私の言葉は、本心でした。

アキトさんには、トラウマを克服してもらいとは思います。

でも、嫌なものを無理に強要するつもりは、全く無いのです。

それでも私は、心のどこかでアキトさんが断らないことを確信していました。

 

「いや、その必要は無いよ。

 俺、やってみる。

 正直、今でも少し怖いけど、ルリちゃんの為に頑張ってみたいんだ」

 

そしてアキトさんは私の予感したとおりに、テストプレイヤーを続けると言ってくれました。

私の為にというその言葉に、胸の中がじーんと熱くなりました。

ただ、その言葉の通りにアキトさんの声は少し震えていて、

アキトさんの抱えるトラウマの深さを、少し知った気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めてアキトさんの協力を取り付けた私は、本来の目的であるゲームの調整を進めます。

今度はいきなり実戦ではなく、チュートリアルからの初めて貰いました。

最初の内こそトラウマを刺激され、簡単に撃墜されていたアキトさんですが、

回数を重ねるうちに、それも無くなっていきました。

そしてアキトさんが、一番低レベルのミッションを一通りクリアした頃には、

筐体を借りている制限時間も迫っていました。

私は今日の仕事をココで打ち切ることを決め、アキトさんにもその事を告げます。

慣れないゲームのテストパイロットという仕事に、アキトさんは多少疲れた様子で頷きました。

アミューズメント施設からの帰り道。

夕食の買い物を一緒に済ませて、アキトさんと並んで歩いて家まで帰ります。

 

「あのさ、ルリちゃん、ありがとう」

 

少しだけ触れる指先に、手を繋いでしまおうかと迷っていた私に、

アキトさんが照れくさそうにそうお礼を言ってきました。

 

「俺さ、すこしだけ自信が着いた気がするんだ。

 次にあいつ等の姿を見た時、どうなるかは正直解らないけどね。

 だけど、今日はありがとう」

 

少し俯き加減に語り、最後は私に笑顔を見せてくれるアキトさん。

ショック療法をアキトさんにすることを迷っていた私でしたが、

この笑顔を見ることが出来たのなら、私の行動はきっと正解だったのだと思いました。

ちなみにその後、アキトさんの言う自信が何の効果の無いものだと判明しました。

木星トカゲの無人兵器が跳ぶ空を大きく眼を見開いて見上げ、

悲鳴こそ上げませんでしたが、アキトさんはこれまでと同じに固まってしまいました。

やはりトラウマというものは、一朝一夕では克服できないものなのですね。

そして私は、アキトさんに次なる試練を与えることを、考え始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元々の素養というものも、在ったのでしょう。

素人だったアキトさんは、メキメキと腕を上げていきました。

たった3ヶ月で、平行して行っていた、元のゲームのパイロットランクをAまで獲得したほどです。

そこからは先は最高峰のSAランクしかなく、本当に厳しいので、それ以上は取れませんでしたが。

その好成績も、私がアキトさんのトラウマ克服の為に組み込んだプログラムの成果かもしれません。

目には目を、歯に歯を、トラウマにはトラウマを。

組み込んだプログラムは、アキトさんがゲーム中に任務を失敗すると、私が死ぬというものです。

もちろん、現実世界の私が死ぬわけではありません。

細部まで再現されたCGの私が、木星トカゲに殺されるというものです。

死に方も様々なパターンを取り揃え、決して退屈させないもの?に仕上げました。

当然のように、アキトさんからは抗議がありました。

けれど私は、それを聞いた後にこう訊ねます。

 

「アキトさんは、私を守ってくれないのですか?」

 

その言葉に、アキトさんは目を見開いて驚いて、

そして私を真剣な表情で見つめて、こう答えてくれました。

 

「俺は、俺はルリちゃんを守りたい。

 いや、ルリちゃんを守ってみせる」

 

そう続けられたアキトさんの言葉を、私は喜んで受け入れました。

実際、アキトさんのトラウマはその時点から克服されてしまいました。

アキトさんはその言葉を実現するように、

依頼されたマイナーなバージョンのものだけでなく、

メインのゲームにも手を広げ、自分の力量を上げていきました。

仮想現実の世界のことですが、アキトさんが私を守ってくれている。

そのことに、私は浮かれすぎていたのでしょう。

私が致命的な過ちを犯したと気がついた時には、すでに後の祭りでした。

それは、アキトさんが火星から戻ってきてから、もうじき10ヶ月が経とうという頃のことでした。

私の事を、名指しで尋ねてきた人が居たのです。

黒ぶちメガネにちょび髭を生やし、赤いベストを着たその人は、

ネルガル重工の会計係で、プロスペクターと名乗りました。

 

 

 

 

続く


あとがき

というわけで、今回は再びルリ側の話でした。

ラピス側の話も落ち着いたことだし、再びルリの側が先行ということです。

まあ、話の進め方が強引なのは、さくっとスルーしてやってください。

えー、ありふれたネタで、調理方法を間違えたような話ですが、

今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。

出来れば感想などもいただけると、かなり嬉しかったりします。

ではまた。

PS ブレイクエイジは良いよね


犬さんに代理感想を頼みました♪


くま師匠の青青8話の感想を仰せつかいました犬です。
あまり気の利いたというか、深いトコ突くようなこと言えませんので恐縮でありますよ。


さて、今回のお話はルリサイド。
……やっぱり、同じ年頃の男女が一つ屋根の下で共同生活、しかも凹んでるときに優しくでもされれば、さすが(?)のアキトでも襲っちゃいますかw
当然と言えば当然、自然な流れなのにずい分と新鮮味があるのが不思議な感じです。


で。ラピスがどんどん自らの道を進んでいっているのに対し、ルリは平穏無事に過ごそうとしているのですね。
でも劇中同様、アキトはトラウマによって支障をきたしている。ルリのショック療法というのは、劇中であっさり治ってたところからみても、あるいは道理なの でしょうかw


最初、ルリに依頼してきた企業ってラピスあたりが裏引いてるのかなぁって思ったのですが、あまりカンケーないのかな。
で、トラウマ克服のためにがんばりすぎてアキトが強くなっちゃって目を付けられてしまったのですね……。

ルリはナデシコ乗艦を回避したいところもあるのでしょうけれど、やはりアキトは乗るのでしょうね。
ラピスとの接触から。ルリの生きた歴史とは違う理由でになるのでしょうけれど、そのあたりはどうなるのか。
劇中の流れに追いつくだろう今後がすごく楽しみです。
さらにさらに期待、ですねー(≧▽≦)



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