BLUE AND BLUE

 第9話

作者 くま

 

 

 

 

 

私の会社の手狭な事務所ではなく、その近所にある喫茶店。

先方との商談や打ち合わせをするときは、何時も使う喫茶店なのですが、

今日の交渉相手は、いつもとは勝手が違いました。

 

「という訳で、どうですかね、テンカワさん?

 ちなみに、お給金はこの位を予定してます。

 その他、各種手当ても付きますし、福利厚生も充実してますよ」

 

電卓を片手に私に対して、営業スマイルを向けるプロスさん。

前回と同じに何故かキラリとひかるメガネの所為ではないのですが、

私には、どうにも現実感がありませんでした。

どうしてネルガル重工の会計監査員のこの人がここに居て、

私を新造戦艦のオペレーターとしてスカウトしに来ているのでしょうか?

確かに、時期的にはそういう時期なんでしょうけれど…。

ネルガルがバックボーンにある研究所にはこの時代の私、ホシノ・ルリが居るはずです。

ネルガルグループとはつながりの無い在野の、

そして大して実績の無い私に、どうして白羽の矢が立ったのでしょうか?

 

「あの、テンカワさん?」

 

考え込んでしまった私に、プロスさんが遠慮がちにですが声をかけてきます。

私は沈みかけていた思考を切り替え、目の前にいるプロスさんに意識を戻します。

プロスさんも油断なら無い人には違いありません。

考え込むは後回しにして、目の前のプロスさんに私は集中することにします。

 

「どうして私を?」

 

もちろん、その話を受けるつもりは在りません。

ですが、どうやって私の事を知り、声をかけてきたのかは気にかかります。

百戦練磨のプロスさん相手に、私が回りくどく言ったところで効果は無いでしょう。

素直に直球勝負に出ることにしました。

 

「もちろん、テンカワさんが優秀だからです。

 テンカワさんのそつの無い仕事は、私共も確認させて頂いておりますし、

 火星でのご活躍も聞き及んでおります。はい」

 

言いながら取り出した手帳をぱらぱらとめくり、

とあるページに貼り付けてあった記事のスクラップを指し示すプロスさん。

それは私がニロケラスシティの図書館で行った、データ整理を伝える新聞記事のコピーでした。

 

「いやはや、逸材というのは、正にテンカワさんの様な方のことを言うのでしょうな

 

と続けられるプロスさんの言葉を、己の迂闊さを呪いながら聞き流します。

 

「我社では今回の計画を、スキャパレリプロジェクトと言うのですが、

 それを是が非でも成功させたいと考えておりまして。

 優秀なテンカワさんにぜひともご協力いただきたいといった次第でして、はい」

 

相変わらずの営業スマイルを浮かべてそう続けるプロスさん。

前回もそうでしたけれど、その笑顔の裏に在る真意を私は読み取ることが出来ませんでした。

 

「それはどういう計画なのですか?」

 

話の流れからして当然の疑問を、私は口にしました。

もちろん私は、スキャパレリプロジェクトがどういうものかを忘れた訳ではありませんし、

プロスさんから返って来るであろう言葉も予想しています。

プロスからの答えを待ちながら、その表情に私は注目していました。

前回はナデシコクルーの私達に味方してくれたプロスさんが、本当はどう考えているのか?

微細なことでも読み取れれば、と思ってのことです。

 

「やや、申し訳ないのですが、今はプロジェクトの内容をお話するわけにはいかないのですよ。

 テンカワさんは契約前ですし、何より私もプロジェクトの全容は知らされてないです。

 誘っておきながらきちんとお話できないのは心苦しいのですが、

 それでも上司の命令には逆らえないんですよ」

 

申し訳なさそうな表情で、軽く頭を私に下げつつ、そう嘘ぶくプロスさん。

 

「正直に申しまして、この辺がサラリーマンの辛いところ。

 いや、いやや、今のオフレコにしておいてくださいね」

 

と真面目な顔と小声で続け、誤魔化しに入ります。

演技と解っている私ですら、そうなのかもしれないと思ってしまいそうです。

相変わらず食えない人ですね。

その言葉を飲み込み、私は目の前に置かれた紅茶のカップを傾けます。

 

「尤も、テンカワさんはプロジェクトの目的も十分ご存知でしょうし、

 私から申し上げることなどないのでしょう?」

 

そう続けられるプロスさんの言葉に、私はカップを傾けたまま固まってしまいました。

 

「おや、図星でしたか?」

 

カップからゆっくりと視線を向ける私にかけられるプロスさんの確信をも含めた疑問の言葉。

キラリと光るメガネの下には、笑っていない目と口元だけに浮かべる笑み。

今、プロスさんはカマをかけ、私は思いっきりそれに反応してしまった。

つまりはそういうことです。

 

「まあ、そう怖い顔をなさらずに。

 私としてはその辺を追求するつもりはありませんし、

 かえって説明する手間が省けて良かったと考えてるぐらいですよ。

 何にせよ、経費削減は重要ですからねえ」


「―――」

 

再び柔和な笑みを浮かべそう続けるプロスさんを、私はただ無言で見返します。

そのまま互いに何も言わず、喫茶店の控えめなBGMが私達の間を流れていきます。

結局、先に動いたのはプロスさんでした。

 

「いやはや、何分急なお話ですし、

 テンカワさんにも、色々とご事情があるのでしょう。

 お返事は、日を改めてということで。

 あ、この場は私が」

 

 

言い終えると同時に席を立ち、伝票を手にするプロスさん。

おそらくこちらの乗り気の無さと言うか、警戒感は伝わった筈ですが、

それでも説得は諦めないという事でしょう。

まったく、厄介なことになったものです。

そう思いながら、会計に向かうプロスさんの背を眺めていると、

ワザとらしい仕草でプロスさんが手を打ち、こちらを振り返ります。

 

「ああ、そうでした。

 もう一人のテンカワさん、テンカワアキトさんはクルーとして契約を済ましています。

 そのことも、参考までお考えいただけますかね。

 では、失礼いたします」

 

言いたい事を言い、こちらにペコリと一礼し、会計を済ませて行ってしまうプロスさん。

私はプロスさんの言葉を聞こえてはいたのですが理解できずに、その背を見送ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、ルリちゃん。

 家族であるルリちゃんに、何の相談も無しに決めたのは、悪いことだと思う。

 けど、俺はどうしても火星に、

 やり残した事のある火星に行かなきゃならないんだ」

 

 

自宅に戻り、アキトさんと話をすることにした私。

夕食の準備に入ろうとするアキトさんを呼びとめ、向かい合ってテーブルに着きました。

開口一番、アキトさんは頭を下げそう告げてきました。

思わぬ先制パンチに私は二の句を継げません。

でも、今、アキトさんがおかしなことを言った気もします。

そうです、どうして『火星』という単語が出てくるのでしょうか?

私は当然にしてそのことをアキトさんに問い詰めます。

アキトさんはしどろもどろになりながらも、今日の事を話し始めました。

ここの所の日課になっている例のIFSを使うゲームを終えたアキトさんに、

声をかけてくるちょび髭の人ことプロスさん。

名刺を差し出しとりあえずお話をと、近くの喫茶店に入る事になったそうです。

その時の話の内容が、少し前に聞いたものと全く同じもので、

アキトさんはその新しい戦艦が火星へ向かうのだと確信したそうです。

どうしても火星へ行く必要性を感じていたアキトさんは、

プロスさんの差し出す契約書にサインをした、という事なのだそうです。

勿論、私は引っかかった、その少し前に聞いた話のことを訊ねますが、

何時、誰からその話を聞いたのかを、アキトさんは決して教えてくれませんでした。

頑なに口を閉ざすアキトさんから聞き出すことは諦めた私は、

今日、プロスさんと結んだという契約書を見せて貰うことにしました。

前回と同じであろうその契約書の写しに目を通しながら、問題点をチェックしていきます。

そして最も驚いたのはアキトさんの職業です。

コックや調理師ではなく、パイロットとしてアキトさんの契約書は作られていたのです。

IFSを使ったあのゲームの成績とプレイを見たプロスさんから、是非にと勧められたとのことでした。

 

「ルリちゃんを守る為に身に付けた力を、評価されたのが嬉しかった。

 それに、俺にパイロットが出来るって言うんなら、

 それはあんな架空の世界じゃなくて、

 俺が実際にルリちゃんを守れるってことなんだ。

 だから、パイロットをやろうと思った」

 

そして、そう続けるアキトさんに私はパイロットを止めろとは言えなくなってしまいました。

アキトさんの為と思い行動した私に、全ての責任はあるのですから。

パイロットという仕事の是非を問うことはやめた私ですが、

それでも気になった契約の内容については、アキトさんと話をすることにしました。

細かい字で書かれたそれが、どういうことなのかを説明しつつ、

私は、私自身が如何すれば良いのかを改めて考え始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えた結果、私はアキトさんと同じくナデシコに乗ることにしました。

勿論、アキトさんを一人でナデシコに乗せるわけにはいかないからです。

ゲームの世界で慣れているとは言え、現実の世界のパイロットは危険な職業です。

いつトラウマを再発させるかわからないアキトさんのフォローは、絶対に必要になるはずです。

もちろん、それ以外にも色々と危険があります。

前回と同じにアキトさんって、流されやすいですから……。

そうして考えを纏めた私は、アキトさんと連れだち、プロスさんとの再交渉に臨みます。

向こうもゴートさんを連れて来たので、人数的には2対2。

こちらから指定した近所の喫茶店で、交渉を始めます。

まず持って前提条件として要求したのが、アキトさんが結んだ契約の撤回です。

私のあずかり知らぬところで結ばれたそれを撤回し、

改めて私とアキトさんの2人分の契約を、と求めます。

不可能ならば、アキトさんの契約は違約金を払ってでも解約するし、

出る所に出て争っても良いと告げました。

プロスさんは渋い顔をしながらも最終的には折れて、私達との交渉を開始しました。

大方は向こうの提示した条件を飲みます。

私達から求めたのは三つの条件。

家族である私とアキトさんが同じ部屋で暮らせるようにすること。

新造戦艦が就航するまでの間、私とアキトさんが正式な訓練を受けられるようにすること。

コックを目指すアキトさんが、乗艦する調理師から、指導を受けられるようにすること。

大きなところでその3点の要求をプロスさんに提示します。

2番目のものは当然のこととすぐに受け入れたプロスさんですが、

1番目と3番目については難色を示します。

無論、そこでこちらから引く気は無かったので、交渉を続けます。

ネルガルのいう充実した福利厚生とは、家族が離れ離れになる事なのですか?

まあそんな感じの質問に、流石のプロスさんも苦虫を潰したような顔をして、

1番目のものについては、しぶしぶOKを出してきます。

相手(おそらくホウメイさんでしょう)もあることだし自分の一存では決められない、

という3番めの条件に関するプロスさんの主張も尤もなもので、

それについては、なるべく後押しをしてくれればで良い、ということに落ち着きました。

その事について、当人のアキトさんには事前に何も話してなかったのですが、

アキトさんは何も口を挟んで来ませんでした。

というより、アキトさん、

目の前に座ったゴートさんの存在から発せられるプレッシャーで、

ガチガチになってましたし…。

ともあれ、交渉はわりと順調に進み、

私とアキトさんは、ネルガルの新造戦艦のクルーとなることになりました。

正直、私は望んでなかった事なのですが、アキトさんが望んだ事なのです。

それは仕方がないと諦めました。

アキトさんの安全を思えば、理が非でも止めるべきなのでしょうが、

私がある意味フォローできる範囲ということもあり、

どうしてもと言うアキトさんを止めることは出来ませんでした。

自分はやっぱり臆病なのだと少し落ち込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間後。

私達の生活はガラリと変わりました。

私は戦艦のオペレーター。

アキトさんはその戦艦に搭載する機動兵器、エステバリスのパイロット。

ネルガルの用意したそれぞれの研修を受けることにしたのです。

そこで私は驚くべく事実に直面します。

理由は全く解りませんが、この時代の私がそこに居なかったのです。

時期的に考えれば、当然、ここに居て、

オモイカネの調整に入っていなければならない時期なのです。

物凄く気にはなりましたが、私の事情が事情ですし、ヘタに詮索をするわけにはいきません。

私と今の時代の私は、あくまで無関係な存在です。

たとえDNAチェックが彼女と一致しても、

それは私のあずかり知らぬ事由によるものでなければならないからです。

だからこそ、私はその事実を気にする素振りも見せない方が良いのです。

最初の交渉の時、プロスさんが見せた態度も気になりますし…。

そしてとりあえず、この時代の私の事は頭から追い出した私は、研修に戻ります。

とはいえ、向こうが用意したIFSを用いたオペレーター用の研修は、

私にとって何の意味の無いものでしかありませんでした。

前例も在りませんし、私のスペックを理解してないのですから仕方が無いのでしょうけれど。

そうして研修を切り上げてた私は、

久しぶりの、そしてオモイカネとっては初めてのコンタクトに臨みます。

まだ生まれたばかりのオモイカネは、データベースこそ充実しているものの、

まだ幼稚で非効率で間抜けでもありました。

そのオモイカネをいじり倒し、それなりに使える様に仕上げて行きます。

勿論直ぐには終わるような作業ではありません。

腕の錆付いている私のリハビリも兼ね、じっくりと調整を進めることにしました。

一方のアキトさんは、エステバリスのパイロットとして実地研修を受けていました。

通常はシミュレーターから入るのですが、

ネルガルの用意したそれは私達が依頼されて仕上げたもので、

アキトさんにとっては肩慣らしにもならなかったのです。

シミュレーターでの研修はパスをして、直ぐに実機を用いた研修に移るアキトさん。

その実機を使った初期段階の研修でも、

リアルを追及したシミュレーターの成果か、良い成績を収めたそうです。

とはいえ、敵機はいない空間で、ただ飛ばすようなものらしいので、

アキトさんにとっては造作も無いことだったようです。

その後に続く射撃等を含めた訓練でも、

ゲームの経験が生きているのか、素人とは思えない成績を出したそうです。

ですが、所詮は研修と言う枠組みの中でのことです。

トラウマのこともありますし、実際に戦場で木星トカゲと面したときに、どうなるかはまだ解りません。

最初の実戦さえ無事に生き残れれば、多分、アキトさんも吹っ切れるとは思うのですが…。

そんなこんあで、私とアキトさんは研修と言う名の新生活をこなして行きます。

住居こそ、ネルガル重工の研究施設内に設けられた宿舎に替わりましたが、

そこでも私達は一緒でした。

私の思惑とは違う風なのですが、正直、アキトさんと居られるならそれも悪くないと思っていました。

だからと言って、アキトさんが何時まで戦場に身を置くようなことはさせないつもりです。

何事にも機はあります。

今はただ、アキトさんが無事でいられる様に最善を尽くすしかないのです。

私は決意を新たにオモイカネを更にいじり倒していきます。

そうやって日常と研修で過ごし、私の腕の錆が取れ、

アキトさんがエース級の機動が出来る様になった頃。

(私はともかく、アキトさんがそうなったのは、やはり素養があったと言うことでしょう)

前回も、そして恐らく今回も、ある意味、運命の日であるその日を迎えることになりました。

そう、機動戦艦ナデシコの就航の日を。

 

 

 

続く


あとがき

まあ、そんなわけで、今回もルリ側のお話です。

時間的は、TV番の1話も終わって無い訳でして…。

そういえば、アレもこの辺で止まって…。

そして、アレなんてもっと前に止まって…。

ま、まあ、それはともかく、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。

出来れば感想などもいただけると、かなり嬉しかったりします。

ではまた。



感想

遅れて申し訳ない所ですが、ようやくなんとか感想が書けます。

くまさんの作品を見ていると基本的にはクロス作品として作品のシナリオに準拠したものが多いのですが、この作品はまったく違っています。

もちろん、逆行物ですからある程度時系列は準拠しているものと思われますが、それでも全く新しいお話として読める魅力があります。

先ず、ラピスはアキトが死んでしまったのにもかかわらず、

新しいとでも言えばいいのでしょうか、過去(平行世界?)のアキトを同一のものとして扱うルリの事を憎んでいます。

もちろん、ルリがアキトの直接の死に係ったことが大きいでしょう。

そして、ラピスが下した決断は復讐というある種の極論であった訳です。

ルリはまだそのことを知らずにこの世界のアキトと一緒に幸せになろうとしています。

ラピスの行動は間違っているでしょうか?

ルリの情動は汚いものでしょうか?

私にはどちらも間違っているとは思えません。

くまさんが考えるこの物語においてキーとなる命題でしょうから、ここで答えを言っても詮無いでしょうが、

そもそも、生きるには何かすがるものが必要なのでしょう。

それがたまたま、こういった形で現れたと言うだけの事。

ですから、こういう流れを作り出した作家くまさんの実力は素晴らしいものだと思います。

続きが待ちどうしい限りです。


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