BLUE AND BLUE

 第20話

作者 くま

 

 

 

 

「ねえルリちゃん、さっきから誰と話してるの?」

 

アキトさんとの会話を終えた私に、そう問いかけてくるのはメグミさんでした。

警戒をしたまま、まだ戦闘状態を解いていないブリッジは、

艦長達のシートの在るブロックが高くせり上がっていて、

私とミナトさんとメグミさんの三人は、少しだけ隔離されているような状態でした。

上に居るであろう艦長達はブロックの奥のほうに詰めたままで、

先ほどまでの戦闘についての検討会を始めてしまっている今となっては尚更です。

前回とは違うこの展開は、やはり艦長の発言による所が大きいと私は思っています。

前回の様に艦長がアキトさんを『私の王子様』と呼んだ後に、

改めて戦闘の検討会を開始できるほどには、皆の神経は強靭ではなかった。

れが私が導き出した結論でした。

何日か経って、艦長の行動に皆が慣れていけば、当然違うのでしょうけれど。

 

「そんなの決まってるじゃない

 愛しのお兄様のところよね?」

 

んーと背伸びをしながら、ミナトさんが会話に加わります。

ナデシコは既にオートモードに切り替わっていますし、

ミナトさんの仕事は確かに一段落ついています。

意味ありげなウインクを送ってくるミナトさんに困惑しながら、私はようやく口を開きます。

 

「愛しの…かは解りませんが、兄に連絡を入れていたのは確かです。

 とりあえず、ブリッジ要員も揃いましたし、

 皆を集めるというのは、先ほどブロスさんも言われていましたから」


「はいはい、そういうことにして置いてあげるわ。

 結局。フリーの男が一人減った訳だしー。

 あーあ、どこかに良い男、居ないかなー」

 

私の言葉にぞんざいに答えたミナトさんは、頬杖をついたままそうぼやきます。

 

「え!?あっ、…つまり、そういうことなんですか?

 だってルリちゃんと彼は兄妹だって…。

 確かに随分と仲の良い兄妹だとは思いましたけど…」

 

そのミナトさん言葉に、顕著な反応を示すのはメグミさんです。

どうやら話は予期せぬ方向に転がってしまったようです。

直接的に、そういった事を言った覚えは無いのですが、

どうやらミナトさんには、ばっちりと見抜かれてしまっているようです。

こうしてナデシコに乗るのは2度目になる私ですが、

人生経験においてはいまだミナトさんに及ばないのでしょう。

そしてミナトさんの言葉を完全に信じてしまっているメグミさん。

虚構を信じている…わけでは無いのですが・・・。

さて、どうしたものでしょうか・・・。

 

「まあ、そう堅い事言わなくても良いんじゃない?

 結局は当人同士の問題なわけだし、 タブーに触れてこそ燃える恋。

 っていうのもあると思うわよ?、ま、私には良く解らないけれどね」


「そっか、…そうですよね。

 確かに二人の間の話ですよね。

 私ったらそんな事にも気が付かないで・・・。ゴメンね、ルリちゃん。

 二人を否定するような事を言っちゃって」

 

私をはさみながら、私をよそに盛り上がるミナトさんとメグミさん。

メグミさんに至っては少し涙目になりながら、私に謝ってきてしまっています。

前回なら、「私、少女ですから」と言って、逃げ出したのでしょうけれど、

今回はそういう訳にもそしてそういうつもりもありません。

私は軽く笑みを作ってメグミさんに向き直ります。

 

「私は気にしてませんから、メグミさんも気にしないでください。

 私とアキトさんは、その・・・本当の兄妹じゃありませんから。

 でも、仮に本当の兄妹だったとしても、問題はありません。

 私はアキトさんの事を愛してますから。」

 

そして私は幾つか思いついたプランの内、強攻策をとる事にしました。

この場において言葉の上で否定する事は簡単です。

ですが、そんなものはいつかはバレてしまうもの。

ならば、最初から肯定して、そう、相手が呆れるくらいに、惚気てしまえば良い。

むろんそれは牽制も兼ねてのことで、私はソレを実行する事にしたのです。

特に、メグミさんには前回の事もありますし・・・。

そしてどうやらこの作戦は大成功のようで、私の言葉を聞いた二人は、

表情を引きつらせ、素で引いているように見えました。

 

「ミナトさん、メグミさん。

 アキトさんと親しくして貰えるのなら、私はソレを嬉しいと思います。

 お二人とも大人ですし、相応な付き合いをしてくれる筈ですから。

 もし、アキトさんと親しくなりすぎるなら…。いえ、仮定の話をしても仕方がありませんよね?」

 

私は二人に告げながら、にっこりと微笑んで見せます。

 

「も、もちろん、仮定は仮定でしかないわ。そ、そうよね、メグちゃん?」


「そうそう、ルリちゃんのお兄さんとは、同僚として仲良くさせてもらうね」

 

二人は少し怯えた表情を見せ、慌てて私に答えてきます。

ある意味こちらの思惑通りの反応を見せる二人に、私は少しだけ溜飲を下げました。

 

「ん?俺がどうかしたの?」

 

丁度その時、タイミング良くというか悪く、

山田さんを連れたアキトさんが、ブリッジに上がってきました。

 

「あ、うん、大した事じゃないのよ。

 ルリちゃんは勿論、アキト君とも同僚として仲良くやって行きましょうって話よ」

 

突然の筈のアキトさんの登場にも関らず、さして慌てた様子も見せずに切り返すミナトさん。

 

「そういう訳で、よろしくね」

 

とミナトさんに即座に追従するメグミさん。

そうして二人掛りで掛かられたアキトさんは納得したのでしょうか、

ペコリと二人に向かって頭を下げます。

 

「あ、いえ、妹共々、こちらこそよろしくお願いします」

 

ミナトさんのかもし出す大人の雰囲気に飲まれたのでしょうか、

アキトさんはいやに畏まって二人に答えます。

普段とは違い緊張してるようにも見えるのは、気のせいではないでしょう。

 

「やーねぇ、そう堅くならなくても良いのよ。

 もっとフランクに行きましょ。

 そうね、私の事はミナトって呼んでくれれば良いから」


「じゃあ、私の事もメグミって呼んでくださいね」

 

ミナトさんは流し目で、メグミさんは満面の笑顔で。

二人はアキトさんにそう話しかけます。

アキトさんは困ったという表情をして、ちらりと私の方へと視線を投げかけてきます。

そして一つ咳払いをして、二人に答えます。

 

「えっと、その、それはちょっと拙いんで…。

 ハルカさんにレイナードさん、そう呼ばせてもらいます」

 

苦笑いを浮かべながら二人にそう返すアキトさん。

 

「ふーん」 「へー」

 

二人はアキトさんに返事を返しながらも、視線だけは私の方に向けてきます。

私は先ほどアキトさんと交わした会話を思い出し、

向けられる二人の視線をまともに受けることが出来ず、

恥ずかしさあまり俯いてしまいます。

自覚もありますが、私の顔は羞恥で真っ赤になっていることでしょう。

 

「ふーん」 「へー」

 

私のその様子を見たミナトさんとメグミさんは半眼で更にそう続けます。

強攻策を取り、呆れられるほどに惚気るというには、私の精神的な防壁は薄すぎたようです。

 

「おいおい、パイロットはもう一人居るんだ。

 そいつばっかり構ってないで、少しは俺の方にも話を振ってくれよ」

 

と私に助け舟を出す形となったのは、自称ダイゴウジガイこと山田次郎さん。

壁際でニヒルっぽいポーズを取っていたので、皆にスルーされていたのですが、

どうやらスルーされる事に我慢がならなくなったのでしょう。

まあ、何はともあれ、ミナトさん達の注意を逸らしたのはグッジョブです。

 

「自称、ダイゴウジ・ガイこと、山田次郎さんです。

 一応、アキトさんと同じエステバリスのパイロットです。

 魂の名と言う事になっている『ダイゴウジ・ガイ』の名前で呼んであげると、そこはかとなく喜ぶそうです」

 

手元のIFSでオモイカネに指示して、ミナトさんとメグミさん、

そしてアキトさんの前に、山田さんのプロフィールを表示します。

ダイゴウジ・ガイをさり気に強調してるのは、話を変えてくれた事の御礼のつもりでもありました。

 

「その言葉の通り、俺はダイゴウジ・ガイだ。

 ――って、ちょっと待て、そこはかとなく喜ぶとか如何いう意味だ?大体」

 

最初に頷いたのは山田さんでしたが、

私の言葉が気に入らないのか、私に食ってかかってきます。

わざわざ魂の名である『ダイゴウジ・ガイ』を強調したのですが、言い方が拙かったのでしょうか?

 

「落ち着け、山田」

 

そしてその山田さんの両肩を、後ろからガッと掴んだのはアキトさん。

表情こそ平静を装っていましたが、その指先はがっちりと山田さんの両肩に食い込んでいます。

 

「まさかとは思うけど、ルリちゃんを怒鳴りつけようとしてた訳じゃないよな?」

 

両肩をギリギリと握りつぶされる苦痛に顔を歪め、アキトさんの方を振り返る山田さん。

その山田さんに向けて、アキトさんは笑顔を作ってそう訊ねます。

勿論、両手の力を緩める気配は一切ありませんでした。

 

「お、おう、勿論だ。

 ヒーローたるもの、婦女子には優しく接するのが基本だからな」

 

両肩に走る痛みに構わず、サムズアップと共にアキトさんに答える山田さん。

そのやせ我慢振りに、私は正直感心しました。

まあ山田さんを一言で表すなら、バカとしか言えないですけれども。

 

「そうか、なら良いんだ」

 

言葉と共にぱっと山田さんの両肩を放すアキトさん。

開放された山田さんですが、相当痛かったのか、

掴まれていた部分を押さえながらその場にうずくまってしまいました。

とそのタイミングで、今までせり上がっていた艦長達のシートがあるブロックが下降してきます。

20秒ほどかけて沈降し、戦闘状態の前の高さに戻りました。

 

「いやいや、随分と打ち解けられている様で何よりですな。

 何をするにせよ、チームワークは大切ですからねぇ」

 

メガネのフレームの中央をくいっと押し上げ、誰よりも先に口を開いたのはプロスさんでした。

 

「まあ、そんなわけで、ブリッジ勤務の皆さんも揃いましたし、改めて互いに自己紹介をしましょう。

 高い所からでは何ですので、皆さんあちらへ移動しましょう。

 あ、ルリさん、皆さんのプロフィールの表示をお願いしますよ」

 

そう告げて皆をブリッジ前方へ誘導するプロスさん。

先に私に依頼があったとおりに、自己紹介を始めるつもりの様です。

 

「準備は終わってます」

 

私はそう答え、オモイカネに指示を出し、

整理したブリッジクルーのプロフィールを、中空に並べて表示して見せます。

プロスさんは満足そうに頷き、そして自らが司会役となって仕切り始めました。

 

「さて、まずはフクベ提督からお願いします。どうぞ」

 

私に目配せをして、そう続けるブロスさん。

私はオモイカネに指示を出し、皆の前に提督のプロフィールを表示します。

そうして前回は無かった自己紹介がブリッジでは始まったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキトだよね?

 昔、火星でお隣さんだった私の事、忘れてないよね?」

 

ブリッジクルーの自己紹介も終り、各部署の訓練を兼ねながら自動航行中のナデシコ。

ブリッジクルーは各々の分担となる仕事のマニュアルをチェックしながら、

それでもある程度はくつろいだ雰囲気になっていました。

そんな中、先ほどの自己紹介中に『あ、アキトだ!』と叫んでしまい、

その事をプロスさんにたしなめられた艦長が、改めてアキトさんに訊ねます。

その雰囲気に少しだけ不安が混じるのは、

先ほどの艦長の言動に対する、アキトさんのリアクションが薄かった所為だと、私は推測しました。

自己紹介とは言え、仕事中であることには変わりなく、

アキトさんが努めてそうした態度を取っていたのは、

私には理解できましたが、艦長には伝わらなかった様です。

 

「ゴメンね、ミスマルさん。

 正直に言うと、ミスマルさんの事は、ついさっき思い出したばかりなんだ」

 

そしてアキトさんは前回とは違い、一歩引いた態度で艦長に答えます。

私の提案を受け入れてくれたアキトさんを嬉しく思いつつ、私は事の推移を見守ります。

 

「そ、そうなんだ・・・」

 

告げられたアキトさんの言葉にショックを隠せない艦長。

元より思い込みの激しい、

いえ、アキトさんの事に関しては思い込みが激しい方ですし、仕方が無い事なのかもしれません。

それでも艦長は気を取り直し、盛んにアキトさんに話しかけます。

 

「そ、それにしても、アキトも地球に居たんだね。

 連絡くらいくれれば、って私の事は忘れちゃってたなら、連絡も出来ないよね。

 あ、そうそう、おじ様とおば様はお元気?

 火星に居るときは色々とお世話になったし、

 今度、御父様と一緒にご挨拶に伺わないといけないよね」

 

明るくハキハキと、笑顔でアキトさんに話しかける艦長。

声のトーンや大きさも相まって、ブリッジにいる皆の視線を思い切り集めています。

もちろん皆一応は、それぞれの仕事のマニュアル等を読むフリをしていましたが。

 

「俺が、地球に来たのは2年くらい前なんだ。

 オペレーターをやってる義妹のルリちゃんと一緒に暮らすことになって、火星を離れたんだよ」

 

アキトさんの言葉に、艦長はチラリと私の方に視線を向けてきて、

私はその視線に対して軽くお辞儀をして答えます。

あ、どうも。

そんな感じで艦長も私にお辞儀を返します。

自分の知らないアキトさんの義妹という存在に、いささか戸惑っているようにも見えましたが。

 

「その様子じゃ、知らないみたいだけれど、父さんと母さんは随分と前に死んだんだ。

 だから、俺の両親の為にミスマルさん達にしてもらえるのは、それこそ墓参りぐらさ。

 といってもその墓も火星にあるし、今はどうなってるのかは、全く解らないのだけどね」

 

言いながら軽い笑みを艦長に向けるアキトさん。

ただ、その瞳からは艦長を探るような視線が出ている気がしました。

おそらく、艦長を、しいてはネルガルを試そうということなのだろうと私は考えました。

私とアキトさんはこの船が火星へと向かう事を知っていますし、そしてそれを口止めされてもいました。

当然、私達以外のクルーはそれを知らないからこその処置でもあるはずです。

一体どのレベルまで情報が与えられているのか?

艦長を試す事により、アキトさんがネルガルの方向性を計ろうしているのだと、私は推測しました。

ネルガルが如何いった方針で情報管理をしているか?

何をプロパガンダとしてうたい、何処を目指しているのか?

そして何を一番知られてたくないのか?

それはアキトさんがネルガルを信用できていないからこその行動だと考えます。

そして恐らくアキトさんが知りたいであろう情報を、私は既に手中に収めていました。

ここ数日のオモイカネの訓練を通じ、様々な情報を私とオモイカネは確保していたのです。

ただ、アキトさんがそれを求めない限り、私からは何も言うつもりはありません。

アキトさんが望まなかった情報により、今後の展開が変わっていく事を私が恐れていた所為でもあります。

 

「火星なら・・・・・・ううん、何でも無いの」

 

とアキトさんの言葉に答えそうになった艦長は、途中で口をつぐみそう誤魔化します。

ですがアキトさんの目論見は、一応果たせたことになるでしょう。

少なくとも艦長は火星行きを知っていて、かつそれをクルーに話すことは止められている。

更に言えば、目的地が火星である事を知っていても、

私達がソレを知っていることは知らされていない。

艦長の態度はそれを物語っていました。

 

「それよりも、アキト?

 どうして私の事を『ミスマルさん』なんて他人行儀に呼ぶの?

 私とアキトの仲なんだし、昔みたいに『ユリカ』って呼んでくれても良いのに。」

 

そして恐らく無意識下で話題転換を計る様に、艦長が口を開きます。

どちらかといえば、アキトさんに名前で呼んで欲しいとい言う本心の方が強いかもしれませんが。

 

「ゴメンね、ミスマルさん。

 それは出来ないよ。あの頃と違ってお互い大人なんだし、立場の違いだってある。

 ミスマルさんは艦長で、俺は一介のエステバリスのパイロット。

 直接的ではないにせよ、大きな意味で部下である俺が、

 上司であるミスマルさんの名前を、呼び捨てにするのは良くないだろう?

 それに、『私とアキトの仲』って言っていたけれど……。

 ミスマルさんにとって、俺は何?」

 

真剣な表情で問い返すアキトさんに、艦長は意を得たとばかりに満面の笑みで答えます。

 

「アキトは私の王子様だよ。

 私がピンチの時は、いつだって助けに来てくれるの。

 だって、アキトは私の王子様なんだもの」

 

邪念などまるで無い、心の底からそう思っているように見える艦長の笑顔。

アキトさんは天を仰ぎ、そして大きなため息を吐いてみせました。

そう言えばこういうヤツだった。

私にはアキトさんがそう呟くのが聞こえた気がしました。

そしてアキトさんは再び艦長の方へと向き直り、

軽く笑みを浮かべて、言葉を選びながら口を開きます。

 

「ミスマルさん、それは誤解だよ。

 俺は君の王子様じゃない。

 大体、王子様なんていうガラじゃないし、

 俺には危機に面したミスマルさんを助けてやる事も出来ないんだ。

 俺は知ってるんだよ。

 自分の手はとても小さくて、この小さな手で庇えるのは本当に少しの事だって事を。

 そして悪いけれど、その守れる中にミスマルさんを入れるほどの余裕は無いんだ。

 だから…、その…、ゴメン」

 

最後には謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げるアキトさん。

そして何もいわずそのままの姿勢で艦長からの言葉を待ちます。

そんなアキトさんの態度と言葉に艦長は、

驚き、戸惑い、困惑、様々な感情の篭った表情を見せています。

そしてアキトさんの言葉を受け入れたのか、再び先ほどと同じ笑顔を作ってみせました。

 

「ゴメンね、アキト。もう、頭を上げて…。

 そう……だよね、私とアキトが離れてから10年以上も経つんだもんね。

 アキトに、私でない良い人が居てもおかしくないよね?

 だってアキトだもん。

 でも私は、心のどこかで期待していて…。

 解ったよ、アキト。アキトは私の王子様じゃなかった。

 アキトの隣にはもう私じゃない外の誰かが居て、

 アキトの手の中に、私が入る余地は無いんだよね。

 でもね、アキト、その、それでもお友達で居てくれるよね?」

 

艦長は言いながら、やはり笑顔を浮かべてアキトさんに手を差し出します。

ポロポロと涙を流しながらの笑顔でした。

そして艦長の言葉に従い頭を上げたアキトさんは、泣き笑いの艦長に少し驚いた様子でした。

それでも、艦長に向けて笑顔を作りその差し出された手を握り返します。

 

「当たり前だろ、ユリカ。

 前みたいに、とは行かないだろうけど、俺達は友達だよ」


「うん」

 

握手を交わしながらアキトさんの言葉に、艦長は大きく頷いて返します。

二人はどちらともなく手を放し、気まずそうな笑みを互いに浮かべていました。

 

「あ、ジュン君、私ちょっと外すから、後、お願いね」

 

努めて明るくアオイさんにそう告げた艦長は、

その返事を待たずしてブリッジから早足で出て行ってしまいました。

 

「あ、待ってよ、ユリカ」

 

その後を追い、ブリッジから出て行くアオイさん。

 

「「「ふうーー」」」

 

二人が出て行った後、誰とは無しに大きくため息を吐きました。

 

「ある意味、修羅場と言えたわね」

 

と手元のマニュアルに目線を落とすふりをしながら、耳だけはダンボになっていたミナトさんが続けます。

 

「私、関係ないのに凄く緊張しちゃいました」

 

と答えるのは通信装置をチェックするふりをしていたメグミさんでした。

 

「後を任されたはずなのに、まったく・・・。アオイさんはマイナス評価、と」

 

ぱちぱちと電子ソロバンを弾くのは当然にしてプロスさんでした。

 

「はっ、くだらないわね」

 

と鼻で笑うのはキノコ副提督。その横では提督が何も言わずお茶をすすっていました。

 

「なあ、テンカワ、お前、顔色悪くねえか?」

 

と、山田さんがアキトさんに訊ねます。

そして私は目の前のコンソールを飛び越して、アキトさんの元へ駆け寄ります。

ぐらりと傾いだアキトさんの体を、なんとかギリギリで支える事に成功しました。

軽く頭を振るアキトさんの顔を、私は覗き込みます。

 

「大丈夫ですか、アキトさん?」

 

その言葉に答えるようにアキトさんは私の支え無しで、何とか自力で立ち上がりました。

ただその動作も緩慢で、何時もとは違うとはっきりと解るものでした。

 

「まあ、なんとかね。

 ちょっと、気を張りすぎたのかもしれない」

 

アキトさんは心配する私に、そうして力ない笑顔を向けてきます。

決断を下した私は、プロスさんの方を振り返り、口を開きます。

 

「プロスさん、パイロットテンカワ及び、オペレーターテンカワの休息を提案します。

 疲労の蓄積による身体的な限界は、これ以上の業務就任は困難にしています。

 故に休息を頂いても宜しいですか?」

 

最高決定機関である艦長は不在。

そしてそれに次ぐ決定権を持つ副艦長も不在と言う状況。

ネルガルからの出向者であるプロスさんに、私が判断を求めるのは道理のはずです。

 

「何、勝手なこと言ってるのよ!」

 

キノコ副提督の怒声が聞こえましたが、そんなものは勿論無視です。

副提督は提督のおまけみたいなもので、

提督と違い決定権は持たず、あくまでオブザーバーでしかないのです。

 

「わかりました。

 本来なら私の権限事項では無いのですが、お二方の休息を許可します。

 残りの方には申し訳ないのですが、多少のシフト変更をお願いする事になるかと思います。

 状況が状況ですので、ご協力いただけますか?」

 

柔和な笑みでそう呼びかけるプロスさんに、ブリッジの皆が頷きます。

 

「「ご迷惑をおかけします」」

 

私とアキトさんも皆に向かって頭を下げます。

皆は口々に気にせずに休むように私達に声をかけてきます。

最後にブロスさんが仕切りなおして、ブリッジの皆は業務を再開します。

私たちはもう一度頭を下げてブリッジを後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疲労の所為からか、足元のふらつくアキトさんに肩を貸し、

ゆっくりと歩いて自分達の部屋へと戻りました。

眉を寄せるアキトさんの着替えを強引に手伝って、

アキトさんには早々と休んでもらう事にしました。

微熱を抑えるために冷却シートを額に張ったアキトさんが、

静かに寝息を立てるのを確認し、私は一人で今後の事に思いを寄せます。

前回のナデシコで何が起こったかを思い返し、

アキトさんの身の危険に繋がりそうな事をピックアップ。

そして前回と今回の違いを加味して、今後の可能性を検討します。

導き出された勃発するであろう事態に対し、対策を練り始めます。

それに備えての情報収集を、オモイカネの訓練期間にある程度済ましてあるのは利点でしょう。

そうして導き出された結論は、即座の行動を私に求めていました。

行動に移った私はオモイカネに指示を出し、

必要とされるであろう人物達に向け、一言だけメッセージを送ります。

 

「悪巧みしませんか?」と

 

 

続く


あとがき

待っていた方、お待たせした割にはアレな話ですみませんでした。

あーうーやっぱり筆が進まないのです。

どうにも、ルリが、いやナデシコのやり取りが上手いこと書けない…。

そんな訳で次話はさくっと飛ばす予定です。

でもって、今後も読んでやっていただければ、幸いに思います。

出来れば感想をいただけると、かなり嬉しかったりします。

ではまた


 

 

代理感想

感想を任されました犬です。こんにちは。

 

さて、長く期間が空いたので首を長くして待っていた方も多いと思います。
かく言う私もその一人。
おさらいにと前話を読んでいたら、無意識に19話18話17話と逆順に
読み戻っていってしまったのはこのクオリティの為せる業なのでしょう。
執筆速度、質、読み応えという意味での量と3つ揃っており、なおかつ逆行ながら
史実とはまるで異なるストーリー展開で魅せるくま師匠はSS作家の鑑だと思います。

と、賞賛してみても、ここまで読んだ方にはそれはとうに既知のことですね。


今回はTV版1話に当たる、ナデシコ就航の後。
当然のことながら、状況は史実とはまるで違います。
まずは骨折を免れたガイ。死も免れることができるのかがやはり見所ですね。
そしてバカッポー義兄妹。
名前で呼ぶのさえ許さない嫉妬パワーが素敵です。
怒鳴るのを許さない保護パワーが最強です。
ユリカと修羅場ってるのもすさまじーです。てか元々いい感情を持ってなかったとはいえ、アキトがひどい(笑)
ユリカがいっそ健気に見えるのは同情なのかなー。。

 

あと、個人的に気になったポイントは、アキトの虚脱症状(?)とそのタイミングですね。
ラピスの復讐対象はルリ。ですが当然、その復讐内容は単に痛めつけるだけではないはずです。
ラピスにとって最も辛いのはあの人、「テンカワアキト」がいなくなったこと。
その意味するところは劇中での表現通り”死”というより自分のそばから”いなくなった”こと。
そしてルリは「テンカワアキト」の代わりであるかのようにテンカワアキトを求めた。
ならばラピスのする復讐は……といった妄想も、的外れではないと思いたいところ(笑)
何よりラピスがルリとアキトのナデシコ乗艦にいくつもの采配を下しているところから、並々ならぬこだわりを感じます。
まぁ現時点ではアキトの虚脱症状との関わりは定かではありませんが、、、ラピスですしね!
きっとまた糸引いてるんですよ!(マテ

……ごめんなさいくまさん、やっぱり私あんまり上手いこと言えない。

 

さて、TV版なら次はナデシコが連合に拿捕される話です。
さくっといくそうですが、どうなるのでしょう。
そして、そういえばラピスがプロスさんに宛てたメール、プロスさん相変わらず飄々としてたけどどうなったんだろうと思いつつ。
次を期待して待っています。


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