地球圏にたどり着き、連合軍によって武装解除されたナデシコは、

護送という名の監視の下に、連合の極東支部の管理下に置かれる事になりました。

ナデシコに乗っていた私達は知らなかったのですが、

その段階において、連合に向けて火星市民からの正式な抗議が届いていたのです。

無論、火星住民は全滅したと発表した連合としては、

その抗議を公式に認めるわけにはいかなかったのですが、

電脳世界を通じ、あっという間に市民達の間に広まった火星市民代表の映像を、

完全に否定する事はできなかったのです。

そして、火星市民とナデシコのやり取りもまた市民達の間に広がり、

ナデシコは私達の預かり知らぬ処で有名になっていたのです。

そんな経緯もあり、連合軍は地球圏に帰還したナデシコを早々に確保し、

己の管理下に置いたという次第でした。

つまるところ、情報統制を計りたかったといった所でしょうか。

いかに連合が言い繕った処で、

現地に出向いたナデシコクルーの迂闊な発言が,

それをひっくり返すなんてのは在りうる事ですし。

それに、ナデシコクルーの人格を考えれば…。

当然にして、親元であるネルガルと連合軍との関係も変わっていました。

今は、一応の協力体制を取る事になっているそうです。

歩み寄ったと言うよりも、歩み寄らざるを得なくなった、というのが正解でしょうか。

いがみ合っている部分もあった両者ですし、心中は煮えくり返っているのかもしれません。

それを強要してしまう世間の風評というものは、何とも恐ろしいもので す。

連合の管理下に置かれたナデシコクルーは、半ば軟禁状態にありましたが、

私とアキトさんは、そこで一つの決断を下しました。

ナデシコを早々に降りる事にしたのです。

火星での邂逅で、ラピスラズリが私に尋常でない感情を持っている事を確認しました。

おそらく用意周到に動いていた彼女と違い、私の持ちうる力はたかが知れてます。

火星で見せたような強大な力を持った彼女から逃げる為にも、私はナデシコから降りる事にしたのです。

もちろん、そこにはナデシコの皆を巻き添えにしたくないという気持ちもありました。

ただ、その思いはアキトさん以外の誰に語る訳にもいきません。

 

「二人で他にやるべきことが出来たんです」

 

私達を引き止める皆にそう言い訳をし、後ろ髪を引かれる思いで私達はナデシコを降りました。

ナデシコは私達にとって、確かに心地よい居場所の一つではあったのです。

そうしてナデシコを降りた私達にも、当然の様に監視は付きました

そうした監視の目が在るとは言え、私達はようやく日常に帰ってこれました。

ナデシコを運用するネルガルにとっては、

オペレーターの私が居なくなるのは頭の痛い話だったのでしょう。

ナデシコを降りてからもしつこい位に、オペレーターへの復帰要請が幾度もありました。

勿論、私がそれを受けることはありませんでした。

ただ、メインオペレータが不在となり、上手く運営できないであろうナデシコに、

今後も乗り続ける事になったクルーの皆さんの事は、心配の種でもありました。

それから1月ほどが経ち、ネルガルからの要請も鳴りを潜めてきた頃。

ナデシコに残ったミナトさんと少し話す機会がありました。

軍とネルガルの監視は厳しく、今だ外部との接触に厳しい制限が掛かる中、

元クルーである私達への制限が、ようやく緩和されたとのことでした。

話によると、ナデシコは今クルーの再編成の最中で、

新しいクルーを招きいれ、訓練を送る日々との事でした。

どうやら、ナデシコはネルガルからの出向という形で連合軍に組み込まれ、

連合軍と共に木星トカゲと戦う事になるそうです。

癖のあるナデシコのクルーと新しいクルーが、

軍と言う在る意味統制を重んじる組織の中で、上手くやっていけるかは不安に思いました。

そんな私の不安が的中したのでしょうか、ミナトさんと話してから2ヵ月後。

クルーの練度をあげる訓練を終え、連合軍との共同戦線に参加したナデシコは……撃墜されました。

もちろん、その情報は重要機密であり一般には伏せられていたもので、

私達がそれを知ったのは、包帯を頭に巻いたミナトさんからの連絡を受けた時でした。

船のダメージ的には中破、クルーの死者は出なかったそうですが、

ミナトさんを含め、多くの負傷者が出たそうです。

ナデシコは大掛かりな修理の為にドッグ入り、その期間も相当長くなる見込みだそうです。

その為、集められたクルーも一旦解散し、

ナデシコの修理と改装が終わったところで、再び集める事になったそうです。

そうして暇になったミナトさんが、私達の所へ連絡を入れてきたという事でした。

そうした近況を話し合う中で、ミナトさんは今後の事についても触れてきます。

今回負傷した多くのクルーと同様に、ミナトさんは二度とナデシコに乗るつもりは無いそうです。

戦闘で自身が直接的に負傷したと言うのもあるのでしょうが、

それ以上に、私の代わりにオペレーターとして連れてこられた男の子の悲鳴が、

今もまだ鮮明に思い起こせるほどに、耳の奥に残っているのが大きな理由だそうです。

 

「お母さん助けてー」

 

その男の子にそう叫ばせたネルガルに、ミナトさんは見切りをつけたそうです。

それから色々と話して、最後にお大事にと言ってミナトさんとの話は終わりました。

そのミナトさんとの会話をアキトさんに話してから数日後。

二人で話し合った結果、色々と許可を取った上で、

負傷した皆さんのお見舞いに行く事にした日の事でした。

鳴らされたチャイムが告げる不意の来客に、首を傾げつつも私は玄関へと向かいます。

ネルガルと連合軍の監視下にある私達に接触できる人物は限られてますし、

色々と許可を取ってまで、わざわざ私達を訪ねてくる人も殆ど居ないはずですから。

話をするだけなら、モニター越しにすれば良いだけですし。

関の様子をモニター越しに確認すると、そこに居たのは何とかリョウ ヤさんでした。

珍しい人が…と思いながらも玄関のロックを解除し、ドアを開けます。

 

「よう、妹さん、ひさしぶり。

 今日はさ、アキトのヤツの忘れ物を持ってきたんだ」

 

前と変わらぬ印象のさわやかな笑顔のリョウヤさん。

持っていた風呂敷を広げ、中から箱を取り出したリョウヤさんは、

手にしたその木製の箱を、私の目の前で開けてみせます。

その箱の中に並べられていたのは、鈍い輝きを放つ幾つかの刃物。

おそらくアキトさんが使っていたと思われる包丁でした。

それぞれに形が違うのは、やはり用途が違うからなのでしょう。

正直に言って、私には全く解りませんでしたけれど。

立ち話もなんなので、とリョウヤさんを奥へと案内します。

せかっく届け物をしてくれたのですし、お茶ぐらいは出すべきでしょう。

お茶請けは何が良いでしょうか?

とそこまで考えたところで、私は背中に走る灼熱にも似た感触に後ろを振り返ります。

 

「リョウヤさん?」

 

振り返った先には先ほどの笑顔など無かった様に、追い詰められたリョウヤさんの表情がありました。

 

「―――――」

 

顔色を失ったリョウヤさんが、早口で何かを喚き立てます。

そしてそこには、私だけでなくアキトさんの名前も在りました。

なるほど、そういうことですか。

でしたら、私が成すべき事は決まっています。

私は青白い顔したリョウヤさんに近寄ります。

リョウヤさんは不明瞭な言葉をわめきつつ、両手を振り回し抵抗してきました。

そんな彼の首に、私はそっと両手を回して…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BLUE AND BLUE

 最終話

作者 くま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球へと向かうナデシコを見送った我々は、

ルキフェラスの進路を組織としてのルキフェラスが本命とする、木星方面へとその船首を向けた。

むろん、ナデシコのように通常航行を行うわけではない。

我々の移動手段はボソンジャンプだ。

1ヶ月以上前に先行して打ち出した、ステルス機能付きのプロープからのデータを元に、

3回のジャンプで木星連合の勢力圏の少し外へとたどり着く。

無論一回でも跳べた距離ではあるが、火星極冠において手に入れた所謂『遺跡』と、

その遺跡とユーチャリス、ひいてはルキフェラスとを繋ぐユニットの調整の為、

あえて3回に分けてジャンプを行っていた。

イネス達が開発した幅1m長さ2m高さ0,5mほどのTユニットと呼ばれるものと、

極冠から回収した遺跡の相性は上々だったと言う結果が出たようだ。

これからはコレまでとは比べものにならぬほどに、正確なジャンプが行えるということらしい。

データさえ揃えば、ジャンプによるルキフェラスの車庫入れも可能だと、

イネスに豪語された時は、流石の私も正直驚いたものだ。

そうして辿りついた木星連合の勢力圏の間近から、

ルキフェラスはステルスモード無しに、木星連合の都市への侵攻を開始する。

そのルキフェラスの行動に、木星連合軍は割りと俊敏に反応して見せた。

自らの勢力圏に侵入した正体不明艦を討たんと、展開される数多の無人艦。

そして、あまりある電子戦闘能力を用い、

ルキフェラスは瞬く間に展開した無人艦の艦隊を無力化していく。

それを私の予想の半分ほどの時間で完了させたのはルリだった。

しかも、私と適当な会話を交わしながら、ある意味片手間に実行したのだ。

改めて示されたルリの能力の高さに、私は驚かされていた。

IFSが片手分しか使えない私は勿論、あの女ですら今のルリは超えているのかもしれない。

私はそう認識するのと同時に、そんなルリが私に付いてくれている事を頼もしく思った。

それでも流石に木星連合の勢力圏と言ったところか。

予定されていた行程の約3分の1ほどを消化した頃。

ルキフェラスを迎え撃たんとする艦隊の中に、コレまでとは違う種の艦船が混じり始める。

無人艦よりもバリエーションと攻撃力に優れた有人艦だった。

勢い勇んで出撃してきたであろう有人艦だが、

艦の基本的なフォーマットまでカスタマイズされている訳でなく、

無人艦と同様にして、ルキフェラスのクラッキングの前に膝を屈する事になった。

クラッキングにより全ての機能が停止した有人艦は、

やがて一つの機能を取り戻すことに成功する。

回復した通信機能を用い、木星連合軍本部へと連絡を入れている様子が、

広義的な意味合いでアンテナを広げていたルキフェラスでも、容易に傍受する事が出来た。

こちらの思惑通りに、ノイズに扮したハッキング用のワームを乗せての通信だった。

その後の我々の航海は、至って順調だった。

軍本部に送られてしまったワームは、そのまま全軍に感染したらしく、

我々の行く手を阻むべき艦隊は、現れると同時に無力化されていった。

目の前を悠々と通り過ぎていくルキフェラスを、指を咥えて見ている事しか出来ないと言う現状に、

悲鳴にも似た怒声が有人艦の各艦の間で交わされているのが傍受できた。

まれに、全てを手動に切り替えたであろう艦の動きもあったが、

こちらの支配下にある無人艦などで即座に取り囲んで、その動きを封じた。

それでも無理矢理に動こうとした艦は、無人艦などと衝突し、物理的に航行不能となるのがオチだった。

そして戦闘らしい戦闘を行わぬまま、

ルキフェラスは、今回の攻撃目標である木星の衛星ガニメデに建設された都市を、射程に捉える事になる。

砲の一発も撃てぬまま、無力化された木星連合の幾多の艦隊を尻目に、

ルキフェラスは木星連合の主要都市であるガニメデへの攻撃を開始する。

先陣を切るのは、ルキフェラスに搭載された有人の機動兵器。

エステバリスもどきに、強力なスラスターを備えた追加装甲を装着したモノ。

言わばブラックサレナもどきと言ったシロモノだ。

エステバリスもどきには形状的に積む事が出来なかった改良型バッテリーを備え、

重量増加による消費の増分を差し引いても、稼働時間の大幅な改善を果たしていた。

単機での、つまり重力波の補助の無い状況下における最大稼働時間も伸び、

今回の作戦において十分な戦闘時間を確保することが出来ていた。

かくして、我々のサレナもどきは、ガニメデへと向け射出されていく。

その目標となるのは軍事施設でも政治的中枢でもなく、ガニメデに住む木星連合市民だった。

目には目を、歯には歯を、虐殺には虐殺を。

それは戦争ではなく、復讐を目的とするルキフェラスのメンバーにとっては当然の事であった。

木星連合軍にその守備的な部分を全て任せていたのか、

サレナもどきは、何ら抵抗を受けることなく、ガニメデへの侵入に成功する。

外壁を破壊し、都市ドームの上空から侵入した200のサレナもどきは、

すぐさま散開し、その眼下にひろがる住宅街へと降下していく。

作戦地域に着いたサレナもどきは、作戦行動を開始しする。

ハンドカノンで家々を焼き払い、逃げ惑う人々に左頬の部分に装備した軽機関砲での掃射を浴びせていく。

ガニメデの都市内に居たはずの守備勢力も、突然の侵略に混乱し、

政府の主要施設の警備を固める事に精一杯で、我々の標的である市民達を守る事まで手が回らない。

故にサレナもどきを押し止めるものはなく、思うが侭に木星連合の市民達を殺戮していった。

そうしたサレナもどきの行動は、ガンカメラによってルキフェラスに伝えられてくる。

送られてきた映像は、ルキフェラスで簡単に編集され、

木星連合の使用する全周波数を持って、木星連合軍や他の都市へ向けて送信された。

 

「ボス、いささかやりすぎではありませんか?」

 

ルキフェラスのブリッジを兼ねるユーチャリスのブリッジで、

眉をひそめた少佐が非難めいた言葉を私に投げかける。

目の前で繰り広げられる自分の部下による虐殺に、

元軍人としての良心が咎めると言ったところなのだろう。

そして私はカチカチと義手を鳴らして、大佐の方を振り返り口を開いた。

 

「彼らによれば、我々は悪の地球人らしいわ。

 精々悪人らしく振舞ってやる事こそ、彼らの望みなのではなくて?

 それに経緯はどうあれ、火星市民に対して殲滅戦を仕掛けてきたのは彼らの方よ。

 同じように、自らの本土が炎にのまれる事は覚悟した上での行動に決まっているわ。

 大佐はそうは考えないのかしら?」


「――――――」

 

そんな私の問い掛けに大佐は、眉を寄せたままで沈黙で答えてくる。

私の言葉を否定は出来ないが、目の前で行われている惨劇には元軍人として賛同出来ない。

大佐の心情としてはそういった処だろう。

私は悩んでいる大佐から目を離し、目の前のコンソールへと向き直る。

サレナもどきの侵攻も、予定時間の半分を過ぎた頃合だった。

私は木星連合の全周波数で流している映像を、次の段階のものに切り替える事にした。

中央で分割された左側に流れる映像は、今までと同じもの。

サレナもどきの攻撃で、家々が燃え上がり、人々が物言わぬただの肉塊へと変わっていく様だった。

サレナもどきのガンカメラは、ただ淡々と、今起こっている殺戮を捉えていた。

そして中央より右側で流れる映像は、かつて火星で行われた虐殺の映像。

ジョロやバッタなどの無人兵器が、火星に住んでいる人々を蹂躙し死に至らしめるものだ。

木星連合の人間が、この映像をみて何を考えるのかは私には想像がつかない。

ただ、大きなショックを与える事が出来ると考え、私はそれを実行した。

むろん、その時の私には、その映像が木星連合側のみでなく、

我々ルキフェラスのメンバーにも影響を与えていた事を知る良しもなかったが。

そうして予定されていた、サレナもどきの侵攻時間も終り、進攻中の全機に向けて帰還命令を出す。

サレナもどきの回収にかける時間は10分。

その時間だけ、ルキフェラスはその場で次の行動に移らずに待機することになる。

回収時間の終了と共に、ルキフェラスは次の作戦を開始する。

ルキフェラスによる直接攻撃だ。

相転移砲の照準をガニメデにある都市へとロックオン。

都市部の中心から正三角形を画くように相転移砲を発射。

一瞬にしてガニメデの都市部の半分以上を、相転移砲は消滅させる事に成功する。

更なる追撃は、支配下に置いた敵無人艦によるものだった。

掌握した内の約500隻程度のレーザー艦等の進路を設定。

半壊したガニメデの都市部へと向け、最大速力で都市部へと特攻させる。

リミッターなど無視した加速に、十数隻の艦が大破したものの、

その多くの艦は加速によって得た運動エネルギーを、ガニメデの地表へと開放する事になる。

直にぶつけれらた四百数十隻のエネルギーと、降り注ぐ十数隻分の破片を受けることになったガニメデは、

我々の目的どおりに、そして容易には再生不能なほどに壊滅する事になった。

目標の破壊を達成した我々は、ガニメデへと侵攻した時の倍の時間をかけて、

無力化され機能停止している木星連合の艦隊の前を、悠々と通りすぎ、火星への帰路へとついた。

その後に判明したイレギュラーこそあったものの、

全体的には作戦は順調に推移し、目標は完全に達成されたと言っても過言ではないだろう。

ただ、67%ものサレナもどきが未帰還だったことを除いては。

火星へ帰還するルキフェラス。

侵攻する時とは違い、一度のジャンプで火星の衛星軌道上へと到着する。

イレギュラーの件を除き、目標の破壊をほぼ完璧に行ったにもかかわらず、

ルキフェラスは一部を除き、祝勝ムードに包まれる事は無かった。

その原因は二分割されて木星連合へと送信された、我々の虐殺映像らしい。

あの映像で、木星連合に対する憎悪が維持できなくなったものが、数多くあったからだ。

そこで私はイレギュラーの処理も兼ね、ユートピアコロニーへそういったメンバーを降ろす事にした。

 

「その手が既に相手の返り血で染まっている事を承知の上で、

 今までと同じに普通に人生を歩む覚悟が在る者に、

 二度と戻される事無くルキフェラスを降りる事を許可する」

 

メンバーにしばしの時間を与え、許可を望む者をユーチャリスの格納庫へと集める事にする。

1時間後、そう突きつけた私の条件を飲んでまで、ルキフェラスを降りようとするものは皆無だった。

集合場所であるユーチャリスの格納庫は閑散としたまま、

私達はユーチャリスをルキフェラスから切り離し、ユートピアコロニーへと降下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私的な工作とイレギュラーの処理を終え、ルキフェラスに帰艦した私達。

その到着を待って、ルキフェラスは次なる行動に移ることになる。

今後は木星連合と地球連合の戦場に乱入し、

木星連合の艦隊に壊滅的な打撃を与えるという行動を取る事になった。

まずは行うのは情報の収集だ。

地球に向け打ち出したステルス機能を装備した通信衛星からによる情報も然る事ながら、

ユーチャリス内に設置された遺跡から情報を読みとり、

ボソンジャンプの行われた地域、つまり戦闘が行われているであろう場所を特定する。

その後、ルキフェラスがボソンジャンプでその戦闘空域に乗り込み、

地球連合と戦闘を繰り広げる木星連合の艦隊を撃破していった。

むろん戦場であるが故に、木星連合の艦隊のみを撃破することは難しく、

多くの地球連合の艦隊をも巻き込んではいた。

だが、我々の目的は復讐であり、それを果たす為の犠牲を我々は厭わなかった。

そうして数度の襲撃を繰り返し、ルキフェラスのメンバーも戦闘行為に熟練してきた頃。

私の元にあまり良くない報告が上がってきた。

内容はあの女に関する事だった。

どうやらあの女がナデシコを降りたらしく、

今は監視付きながらもテンカワアキトと二人で暮らしているそうだ。

やってくれる。

正直な私の感想だった。

地球圏に設置したステルス衛星を使って風評を操り、

ナデシコAを連合に拿捕させた処までは、こちらの思惑通りの展開だった。

だが、その後のナデシコAは強制徴用されることなく、外部の一協力者として連合に組み込まれた。

それ故に、あの女がナデシコAから退艦する方法を残してしまった。

強制徴用でないナデシコA、はあくまで民間の船でしかない。

その乗組員は雇用主との契約によってクルーとなる訳で、

契約以外にクルーとなる事を強要できるものは何もない。

あの女とネルガルがどういった契約をしたのか?

私には細かいところまでは解らないが、

違約金を払ってでもあの女がナデシコAから降りるようとすれば、

ネルガルにそれを押し止める事は出来ないだろう。

下手に強要すれば司法の場で争う事になるだろうし、

いささか風評が悪いネルガルとしては、そういった展開を望む筈が無いからだ。

良い方法は無いものかと考えあぐみ、ようやく私が捻り出したのはかなり乱暴な手段であった。

在る意味、あの女の良心とやらに期待せねばならぬ部分もあり、確実性はかなり薄い。

だが、それをする事によって、確実にあの女に精神的なダメージを与える事は出来るだろう。

同時、それをする事によって私が失うものもない。

私にとって最良の結果を出せるとは思いがたいが、私は思いついたそのプランを実行する事にした。

こうして私は先ず手始めとして、連合に組み込まれたナデシコAを撃沈する事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコAを撃沈する方法は至って簡単なものだった。

地球連合軍と共に戦場に現れたナデシコAの近辺に向け、先ずはECM弾を撃ち込む。

これは別段直撃させる必要は無く、近辺でECM装置を起動しさせすれば、

その目的で在る通信のジャミングを成す事が出来るだろう。

計画上では4機のバッタにECM装置を持たせ、

レーダーかく乱用のチャフをばら撒きながらナデシコAに接近、

しかる後にECM装置の起動をさせる事とした。

むろん、自身の装備したECM装置によってバッタ自体も無力化されるが、

あくまでそのバッタは斥候でしかない。

相手の目を封じた処で、本命である改良バッタによる攻撃が開始される。

それは16機で編成された改良バッタによる特攻だ。

4機で編成されたダイアモンド編隊の4隊で同じくダイアモンド編隊を成して、

所謂ダイアモンドオブダイアモンドという16機編隊を取り、高高度から一気にナデシコAへと迫る。

バッタに装備されたフィールドは空気抵抗を引き裂き、

最終的にバッタは自由落下の数十倍の速度を得ることになるだろう。

そうして改良バッタが得た速度エネルギーは、

ナデシコAのディストーションフィールドを突き破る事を可能とすると言う寸法だ。

そして幾ばくかの時を置き、行われた実際の作戦の展開はこうであった。

直衛のエステバリスにより、5機のバッタの撃破に成功するものの、

残り11機による特攻攻撃により、ディストーションフィールド発生装置は過負荷により停止、

更には3機のバッタの直撃を受けて、ディストーションフィールド発生ブレードの片方をもぎ取られ、

戦闘開始早々にナデシコAは戦闘不能に陥った。

グラビティブラストこそまだ機能するとは言え、

ディストーションフィールドという防御面を全てを担うものが無くなったナデシコは丸裸同然となる。

被弾の衝撃は凄まじく、クルーも無傷ではいられなかった

そして、艦長であるミスマルユリカは、即座に撤退を決意した。

こうして私が立てたナデシコAへの攻撃作戦は、3ヵ月後に成功と言う形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコの撃墜も含め全般的に言えば作戦は成功した。

だが、何も問題が無かった訳じゃない。

ナデシコを降りたあの女に対する手段はそう多くなかったとは言え、

実行したプランによってそれが起きる可能性を考慮しなかった私は愚か者なのだろう。

計画通りにナデシコを中破という形で落とし、それに伴うプレッシャーをかける手を打ち、

その次に取るべき手段を、考えあぐんでいた矢先のこと。

戦場において木星連合と地球連合の両軍を壊滅させ、

火星の衛星軌道上の戻った私の元に届いた報告は、予想だにしないものだった。

テンカワルリが死んだ。

否、テンカワルリが私以外の人間に殺された。

その一文を読んだ時、私の頭に浮かんだのはあの女の工作という可能性だった。

だが、地球に送り込んだエージェントの仕掛けたカメラによる映像は、

あの女による工作の可能性を真っ向から否定した。

血の海の中心であの女を抱きかかえるテンカワアキト。

ナデシコのクルー達が数多く参列するあの女の葬儀の様子。

そして、あの女の棺を前に声を殺して泣いているテンカワアキトの映像に、

私はそれが真実なのだとただ理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルリを殺した犯人はタナカリョウヤという男。

テンカワアキトと同じ調理師専門学校に通っていた男で、あの女とも面識があったようだ。

この男はナデシコが参戦した戦闘で、戦場となった地域に住んでいた両親と妹を失っている。

落下したナデシコのディストーションフィールド発生ブレードが、

シェルターを押しつぶし、シェルター内に避難していた住人数百人に被害が出ていた。

死者300人ほどのうちの3人が、その男の家族だったというわけだ。

そういった遺族に向けて、情報の提供をしたのは私だ。

ナデシコを降りたあの女とテンカワアキトに対して、第三者からのプレッシャーをかけるつもりだったのだ。

それがまさか、自らの手であの女を殺そうとするなど、

私の予想を遥かに超えて思い切った事をしてくれたものだ。

そしてあの女を殺そうとしたその男は返り討ちに合い、あの女に殺されていた。

あの女は男の持つ包丁に数十回も斬り付け刺されながらも、

文字通りにその男の首に喰らいつき、その咽笛を喰い千切ってその男を殺したのだ。

その山犬のような執念に、私は空恐ろしさを感じたのは事実だ。

だが、あの女もそこまでだった。

男に斬り付けられ、深々と刃で刺された身体からは、臓器の損傷は当然ながら、

直接的には致死量の出血によって、結局はテンカワアキトの腕の中でその命を失った。

 

「ああ、今度…こそは……守れ…ましたね…」

 

仕掛けられた盗聴器と盗撮用のカメラのものを編集し、私に届けられたあの女の最後の映像。

あの女はテンカワアキトに向けたその言葉を最後に、満足気な笑みを残してその人生を終えた。

 

「ふざけるな!」

 

その映像を見終えた私はそう吐き捨てて立ち上がり、目の前のモニターを義手で叩き割っていた。

隣で映像を見ていたルリがビク付いているが、それを気にする余裕は私には無かった。

 

「何故、何故だ!

 こんなにも満ち足りた顔であの女は死ぬんだ!

 だったら、これまで私がやってきた行動はなんだと言うのだ!

 こんな表情をあの女にさせる為に、あの人の居ない世界を私は生きてきたんじゃない!

 私は、…私は……」

 

目の前のテーブルに腕を幾度も打ちつけ、誰に向ける訳でもなく、ただ怒鳴り散らす。

そんな私を押し止めるように、背中に感じる暖かな感触。

ただそれだけで、高ぶった私の感情は沈静化していく。

そして私は、力なく背中に抱きついたであろうルリに自分の体重を預けることにした。

ただ、唐突に、一つの事を私は理解したのだ。

私の中に確かにあった、瞑く燃えていた炎が、今しがた消えてしまった事を。

あの暗い情念が、否、私の生きる意味が、たった今消失した事を。

それは所謂『抜け殻』というものに、私が成り下がった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコを落として、否、あの女が死んでからも、私は戦闘行為を止めなかった。

ただ、惰性で幾度と無くそれを繰りかえした。

それでも、それらの行為は私の中に何も起こさない。

水面に落ちた一滴が起こす波紋と比較するのもおこがましいくらい、私の心はフラットなままだった。

私の中のそれが消えてから半年ほど経った頃。

所謂、トカゲ戦争は、突如終息を向かえることになった。

原因は両陣営の疲弊。

両連合軍はこれ以上の戦闘行為を続けられる状態では無くなっていたのだ。

両陣営は失いすぎていた。

物資も、そして人も。

長期にわたり、そして消耗する物資も莫大なものとなったこの度の戦争は、

当初の頃こそ特需をもたらし、

国際的な巨大コングリマットを形成する幾つかのグループに利益を上げさせ、

その影響下で市場も活性化し、多くの人々が潤うことになった。

が、その特需も長期に渡れば特需では無くなり、重ねられる連合軍による借財は増え続ける一方で、

それは人々の上に将来的な負担という形で重く圧し掛かってくる事になる。

負担をその場しのぎ的に回避する意図で起こったのは、急速なインフレだった。

貨幣価値が下がれば、連合が抱える借金の負担が実質的には軽くなるからだ。

かつて行われた世界大戦後のドイツと同じ状況が、世界中で起きていた。

むろん、国家連合としてもそれに歯止めをかける努力はしたが、

全世界的に広がってしまったその流れを、止める事は叶わなかった。

そして急速に進むインフレは、特需で盛り上がっていた市場を冷え込ませ、

世界中の人々にマイナス効果を発揮した。

それは当然にして、巨大コングリマットを形成しているグループ企業にもその影響を与えることになる。

少し前までは、特需により膨らんでいた連合軍に対する債権が紙くず同然となり、

そうした資産価値の低下は、グループ傘下の幾つかの企業を廃業へ追いやった。

それはグループ全体としてのマイナス評価へとつながり、

市場におけるグループの価値を減じ、それは市場からの更なる資金の調達が困難であることを意味し、

グループ全体のより一層の資金力の低下へと繋がる事になる。

巨大コングリマットの幾つかが、そうして失速する事により、

世界的な経済不安をよび、さらに市場は冷え込むこととなる。

そうした市井の経済活動の低下は、

各国をまとめる事により成り立っている連合の経済的な弱体化に繋がることになる。

連合は、その組織を維持する事がやっとのところまで追い込まれていたのだった。

もう一方の連合、木星連合のおいても、その現状は惨憺たるものだった。

我々が行った一度の攻撃で、主要都市であるガニメデと共に、

全体の6割に及ぶプラントを木星連合は失っていた。

人的にはガニメデに住んでいた全人口の3割をも失っていたのだが、

それ以上に失われたのは一般市民の戦意だった。

ガニメデで行われたブラックサレナもどきによる市民の虐殺や、

その後に行われたルキフェラス等の攻撃によるガニメデの完全破壊は、

正義などという象徴的なものに熱狂していた木星連合の市民から、

底冷えするほどに熱を奪うのに十分な威力を持っていた。

そしてガニメデを守る事の出来なかった木星連合指導部に対する不信感が、

各都市の一般市民の間には深く根づいてしまい、

指導部が幾ら地球人を卑怯者と罵ったところで、不信感を市民から払拭する事は出来なかった。

そして物的な面においても、木星連合は追い詰められていた。

失われていない4割のプラントは、フル稼働状態で生き残った7割の人口を支える事しか出来ず、

木星連合軍は新たな戦力を作り出す余裕が失われていた。

その一方で、以前に作り出した戦艦などの戦力は、

戦闘のたびにほぼ全滅というペースで失われていき、木星連合軍の保有戦力は瞬く間に目減りしていった。

そうした状況下で、専制政治を敷いていない木星連合において、政治的にも厭戦ムードが広がっていった。

そして、ただのムードであった厭戦を、世論にしてしまう事件が起こる。

木星連合軍の一部の兵士によるクーデターが勃発したのだ。

 

『これ以上しりごみするのは御免こうむる!

 我等の同胞を虐殺した地球人に正義の鉄槌を下し!

 我々木星連合による正しき世を築こうではないか!!』

 

地球側にとっては随分と物騒なお題目を掲げたクーデターは、

木星連合軍の若手エリート部隊、優人部隊によって決行された。

中心的な首謀者は優人部隊の中でもリーダーと目された3人。

同期の中でも三羽ガラスと称され、跳びぬけた求心力を持つ、白鳥、月臣、秋山の3名だった。

失われたガニメデに代わり、エウパレロの設けられた木星連合本部を電撃的に襲撃、

幾多の流血を伴って、彼らは中央議会を制圧しに成功した。

そして地球との徹底抗戦を旗印に掲げ、新たな連合政府の樹立を宣言したのだ。

だが、結果的にクーデターは成功しなかった。

その構成員の殆どが失われたガニメデの出身である彼らの主張は、

同じ木星連合を組んでいたどの都市からも支持されなかった。

逆に各都市が連名する形で反逆者として指名され、武力をもって反逆に対する鎮圧が開始されることなる。

特にクーデター部隊に都市を攻撃される事となったエウパレロ守備軍の抵抗は激しく、そして粘り強かった。

他の都市からの鎮圧軍が到着する頃には、

自らの3倍という戦力を持っていたクーデター部隊を、相打ち同然ながらも無力化してしまうほどだった。

鎮圧されたクーデター部隊の首謀者のうち、唯一生き残ったのは白鳥だった。

捕らえられ公開処刑される彼は遺言を残していた。

 

「ユキナ、お前の敵も取れずに、ここで朽ち果てる兄を許してくれ」

 

木星連合に潜ませたスパイウエアから送られてきた情報を見た私は、ほんの少しだけ心を動かした。

おかしかったのだ。

復讐を果たすことが出来なかったと言う点において、多少勘違いをしていた白鳥も私も同じなのだ。

ただ、復讐を胸に理想を掲げて立ち上がった男は死に、

理想など無くただそれを目的として動いてきた私は生き残った。

何とも不思議なもので、それがおかしかったのだ。

私の事情はさておき、クーデターの失敗は、軍部からの政治介入の排除へとつながった。

そして軍部は政治的な発言力を失っていき、木星連合の世論は戦争状態への解除へと一気に向かっていた。

起こったクーデターにより、軍内部から政治的に口を出してきた人物が死んだのも大きかったのだろう。

前回は木星連合の先導者として絶対的な支持を集めたクザカベハルキもまた、

今回のクーデターで死亡していた。

クーデターに巻き込まれずに生き残った将校の多くは後ろ盾も無く、

また政治的な場に意味を見出さないものばかり。

かくして木星連合軍の政治的な介入は、その市民の意図するのと等しく排除されていった。

そして、厭戦派が議会の多数を占めるようになってからは動きが早かった。

元より木星連合と通じていたクリムゾングループの仲介により、

地球連合と木星連合、両者の会談の場が設けられる事になった。

会談の場が設けられると同時に、両軍による戦闘行為も当然にして停止された。

その会談から僅か2ヵ月後、両者の間で、停戦条約が結ばれる事となった。

今後も交渉などは続けられる事にはなったが、

疲弊していた両陣営はその停戦条約を諸手をあげて受け入れることになる。

そして、その停戦条約の立役者となったクリムゾングループは、一躍脚光を浴びる事になった。

蝶よ花よともてはやされ、時代の寵児とまで言われるほどだった。

だがそれは、名目上、火星市民の復讐者である我々に、新たな攻撃目標を与える事に他ならなかった。

今在る彼らの繁栄は、火星市民の犠牲の上に成り立っているのだ。

我々は彼ら自身がそれに気付くまで、彼らに敵意と弾丸を与える事に決めたのだ。

無論それだけの理由でで、クリムゾングループを攻撃目標に設定した訳でもないのかもしれない。

疲弊した木星連合に比べ、繁栄の道を辿るクリムゾングループの方が、叩き潰し甲斐があった。

復讐の理由にそうした考えが出てきてしまう辺り、

多分我々は復讐と言う行為を続ける事が、目的と成ってしまっていたのかも知れない。

惰性で生きていた私には、その目的を修正する事や、

行為が目的と成ってしまった復讐を止めようとする事をしなかった。

渦中に居ながら、私は既に成り行きを見守るだけの傍観者でもあったのだ。

クリムゾングループへの攻撃目標をシフトしたルキフェラスが行ったのは、

グループ末端を狙ったテロ行為だった。

むろんルキフェラスの能力を使えば、クリムゾングループのトップを狙う事は容易だ。

だがあえてそれを行わず、我々はクリムゾンと繋がる末端を優先し、その攻撃目標に設定した。

それは我々の復讐という目的の変化があったからなのかもしれない。

地球連合と木星連合の両陣営は既に折り合いを付け、とりあえずの不戦協定は結ばれてしまった。

幾度と無く我々が介入してきた戦場は、生まれる事がなくなったのだ。

そして木星連合に対する復讐は直接的になものであるのに比べ、

クリムゾングループへの復讐は、あくまで火星市民の犠牲の上で富をなした事が許しがたいというものだ。

復讐方法に違いが出るのも、当たり前なのかもしれない。

そうして我々はクリムゾングループへの攻撃を開始する事になる。

グループの工場などは勿論、一般社員の入っている寮や宿舎。

関連会社の事務所が入ったビルのある市街。

グループ傘下の企業が参加する共同体が運営する病院。

攻撃目標のクリムゾンへの関連のみを持って、

それが如何いったもので在るかの如何を問わず、我々は死と破壊を撒き散らした。

無論、その行為に対する批難の声は上がったが、

犯行声明も無く(便乗と思われる我々以外のものは合ったが)、

ただ繰り返されるテロ行為に、市井においてはクリムゾングループを忌避する動きが広まっていく。

とある地方の議会で、クリムゾングループの放逐案が可決されて以降、

その流れは全世界的に広まる事になった。

訳の解らぬ理由による破壊に、巻き込まれたくないと思うの当然の流れだからだ。

無論、この世の正義を掲げ、クリムゾングループを受け入れる者達もあったが、

それらは全て我々の攻撃を前に、灰燼と化して行った。

かくて、時代の寵児であったはずのクリムゾングループは社会的に孤立し、次第に地下へと潜って行く事になる。

何時しかクリムゾンの名は表の社会から消えて行った。

その存在の消失を確認した我々は、最後の仕上げを行うことにした。

かつてグループを率いていた一族の構成と、隠れるように住んでいたその居場所を突き止め、

彼らの住居ごとその周囲十キロを相転移砲で無に返したのだ。

かくて我々のクリムゾングループへの復讐は終りを告げた。

そして、その終息をもって、私自身の身にも一つの転換期が訪れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐らくは、クリムゾングループへの攻撃を行っている最中ですら、

私の日々はただのルーチンワークと化していたように思う。

続けたのはたった2つの事。

あの人を目指して続けてきた鍛錬と、

戦場へ赴いてそこに居る自己以外へ破壊をばら撒くことだ。

ただ、そうした日々も、私には夢うつつの中の事に感じていた。

そうした自動的な日々をすごす中で、私は考える事を停止させていたのだろう。

だからその日も周りの異変に全く気が付かず、

乗機であるエステバリスカスタムに乗り、ユートピアコロニーの地下に居る市長の元へと向かっていった。

ルキフェラスから分離したユーチャリスを、火星のユートピアコロニーの上空で待機させ、

そこからエステバリスカスタムで地上へと降りて行くのが、地下都市へ向かう時の通例となっていた。

何時ものように行動した私がようやく異常に気が付いたのは、

管制塔からの誘導が全く無かった所為だった。

6ヶ月前に完成したそこは、地上から地下へと直接降りられるゲートを備えた地下空港だった。

普段は閉鎖されている八枚の隔壁を開閉し、

地下へ誘導を行うはずの管制塔から何も通信が入らない。

それどころか隔壁は今だ降ろされたままで、地下へと降りることすらままならない。

今回のコレも市長の側から要請であり、

私が今日こうして地下都市へ向かうのは承知しているはずなのだけれど…。

疑問に思う私に答えたのは、コックピット内に響き渡る警告音だった。

それは上空に待機しているユーチャリスのオモイカネから送られてきたモノだった。

警告音と共に表示されたのは、敵機の存在を告げる情報だった。

ユートピアコロニーをぐるりと取り囲む様に配置され、衛星軌道上から幾多の艦船が降下してくる。

それらは地球連合と木星連合の混合艦隊であった。

包囲の為か、衛星軌道上に留まるものと、降下してくるものに別れて行動をしている。

その両者を合わせれば、その数は10万を超えていた。

 

「バカな…」

 

私はただ感じたままにそう呟いていた。

驚いたのは二つの点。

コレだけの大艦隊が、私の張った包囲網に引っかからずにここまで接近できた事が一つ。

そして衛星軌道上で待機しているルキフェラスを無力化し、降下作戦を実施して出来たのが一つだ。

そして私は取り合えずユーチャリスを通じてルキフェラスと通信を繋げる。

予想に反してウインドウが開き、ルキフェラスに居る大佐の姿が映し出された。

 

「そろそろ頃合だとは思っていましたよ、ボス」

 

額に皺を寄せ、眉をひそめたままの大佐の言葉に私はようやく現状を理解した。

 

「大佐、貴方が裏切ったのね」

 

私のだした結論はそれだった。

ルキフェラスが健在でありながら、火星の地表へと艦隊が降下してくる。

つまりルキフェラスが武力以外によって無力化された事に他ならない。

今の大佐の大佐の言動から推測すれば、

何らからの約定が大佐達とその両陣営と間に結ばれていると考えるのが妥当だろう。

ルキフェラスのレーダーを誤魔化す事も、大佐が知っている友軍コードを使えば容易な事だ。

私の敷いた警戒網とて逐一友軍の存在に関しては重きを置かない。

特にここ6ヶ月ほどにおいては、管理者たるトゥリアの働きが悪く、

そういった細やかな部分は殆どクルーによってチェックされているのが現状だった。

それ故に、ここまでの大軍の接近を許してしまったのだろう。

 

「ええ、その通りです、ボス。

 私が貴女を裏切ったのです。

 今の貴女を止めさせるには、こうするしか方法が無いのです…」

 

そして繋げたままになっているウインドウの中の大佐は、やはり眉をを寄せたままでそう私に告げてくる。

ああ、やはりそうなのだな。

私は大佐の言葉をそのままに受け入れた。

私にとってそれは単なる事実確認にしか過ぎず、

大佐に対して如何といった想いが生じるわけではなかったのだ。

 

「そう。それでどうするつもりかしら?

 まさか、私に投降をしろとでも言うつもりかしら?」

 

私は唇を片方だけ上げた表情を作り、大佐にそう問いかけてみた。

何となくではあるが、大佐の答えは解っている。

こうして私と通信を繋げてしまう辺り、大佐も問答無用で私を殺すつもりは無いのだろう。

出来うるならば、戦闘行為を行わず私を無力化したいと思っているはずだ。

無論、この会話自体が私の注意を逸らすためのもので、

会話で生じた隙を突き、私を殺す作戦である可能性は否定できないが。

 

「いえ、その、私はボスの投降を望んでいます。

 どうか、このまま投降していただけないでしょうか?」

 

私からの問い掛けに対し、私を正面から見つめ返した大佐は、真剣な表情で私に更に問い返してきた。

そして私はほんの少しの間だけ思考する。

如何するや否や。

出した答えは否だった。

もはや目的など何も無い私は自分自身がどうなろうと構わないのだが、

大佐の言うとおりになるのは癪だと考えたのだ。

 

「その問い掛けの答えは否よ、じゃあ、さようなら」

 

それだけの理由で結論を出した私は、大佐に短くそう告げて通信を切った。

そんな今の会話の結論は、大佐を通じて敵である両連合軍に伝わるだろう。

そして両連合軍は私に対して総攻撃をかけてくるはずだ。

どう反撃したのもか?

私はそう思案しながら、ユーチャリスのブリッジに居るはずのルリへと通信を繋げた。

 

「お姉様、どうしますか?

 ハッキングでの掃討準備は出来てますよ?」

 

状況はすべて解っているのか、私が何か言う前にルリはそう訊ねてくる。

その言葉を頼もしく思いながら、私は作戦を考え始める。

第一の目標は生き残る事。

……生き残る事?

私は自身で考えた第一の目標に疑問を感じてしまった。

これ以上生き残って私は何をすれば良いのだろうか?

確かにあの人は私に生きろと言った。

そしてあの人が逝ってしまってから、私が生きた結果、何を成せたと言うのだろう。

そう、私はあの人の敵を、自分自身の手で取る事すら出来なかったのだ。

そんな私がここで朽ち果てた処で、私が生きた意味は何も変わりはしないのだ。

あの人の為に在った私と言う存在の価値は、あの人が逝ってしまった時点で決まっているのだから。

私は今回の戦闘における目的を変更し、いかに自分の命を効率よく使い潰すかを考え始め、

ふとモニターの向こうで私の言葉を待っているルリと目が合った。

ああ、そうだった。

私の分はともかく、この娘の命を使い潰すのは止めなければならない。

それだけを決めた私は、即座に行動を開始する。

 

「ユーチャリス、コマンドオメガ起動」

 

ウインドウ越しの私の声に反応し、

ルリの居るユーチャリスのブリッジに警告音が響き、

照明も警告のそれに切り替わる。

 

「カウント60、ジャンプシークェンス始動。

 目標、地球、ピースランド領海上空3000m。コマンドオメガ開始」

 

淡々と続けられた私の宣言と共に、ユーチャリスは与えられた指示通りの行動を開始する。

無論そこには、ルリとその僕であるオモイカネの介入は無い。

 

「お姉様、な、何を?!」

 

当然にしてルリからは非難めいた声が上がる。

突如操作を受け付けなくなったユーチャリスに戸惑うのが半分。

そして私の音声による指示の意味を悟ってが半分といったところか。

 

「ルリ、お前が最後まで付き合う必要は無いわ。

 お前はお前の帰るべき処に帰りなさい」

 

どこかで聞いたような安っぽい言葉を私はルリに告げる。

 

「イヤです、私もここに残ります」

 

頭を振って私の言葉を否定するルリ。

そして淡い光を全身から放ちながらIFSの全力稼動を開始する。

 

「何で…」

 

そして聞こえるのは失望の声。

それは当然の結果ではあるのだが、私はほっと胸を撫で下ろしたのも事実だった。

 

「今のユーチャリスはコマンドを音声でしか受け付けないわ。

 そしてそのコマンドの締め切りはもう終わってるの。

 以降24時間は新たなコマンドは一切受け付けないわ」

 

無駄な努力を重ねるモニターの向こうのルリに向けた言葉で、

ルリのIFSのフルドライブ状態は止まった。

そして私を愕然とした表情で見て、そのままうなだれるルリ。

 

「お姉様は私の事を嫌いになったのですか…」

 

うなだれたままそう訊いてくるルリ。

ぽたぽたと落ちる雫は贋物には思えない。

無論、私がルリを嫌いになった訳ではない。

私はただ、ルリには生きて欲しいと思ったのだ。

だから私はありふれたウソを吐く事にした。

 

「そうではないわ、ルリ、貴方にしかできない事を頼むつもりなの。

 ルリには私の居場所を作っておいて欲しいの。

 きっと私はやり方を間違えて、この火星上では私の居場所を無くしてしまった。

 そして新しい私の居場所を作れるのは、ルリ、お前しか居ないの。

 出来るわね?」

 

宥める様にルリに話しかける私。

 

「はい」

 

ルリは涙で濡れた瞳で私を見上げ。ただ短く頷いた。

 

「じゃあ、またね」

 

私がそう告げると同時に60あったカウントは0となり、そして通信は途絶えた。

エステバリスカスタムのレーダーには、最早ユーチャリスの姿は映っていなかった。

代わりにコックピットに響くのは警告音。

どうやら、敵機動兵器が艦隊から放出された様だ。

切れてしまった重力波リンクを、地上からによるものに切り替え、

私はエステバリスカスタムを、敵機へ向けて加速させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エステバリスカスタムをで戦闘を始めて15分。

3回目の被弾で背面のスラスターを大きく破損した私は、

エステバリスカスタムを地上への着陸を試みる。

なんとか制御に成功し、半ば転がりながらも目標地点に程近い形で降りることが出来た。

私が目指したのは、木星連合の機動兵器によって廃墟と化したタナカ家の邸宅だった。

幾つかの仕掛けを終えた私は、コックピットハッチを開け、

備え付けのツールボックスを手にして地上へと向かう。

横倒しに着地した所為で地面は近く、あまり大した苦労も無く降りることは出来た。

そのまま廃墟と化したタナカ家の邸宅の中を進む。

そして邸宅の最も奥に位置する地下室へと通ずる扉を開けた。

1年以上も放置されていたそこはかび臭い空気で私を出迎えた。

そのまま通路を下り、幾つもの特殊な用途に使う器具が設置されたその部屋と辿り着く。

無論そこに置かれているのは、タナカ家の当主であったあの男の趣味によるものだ。

私がこの部屋に来る事を決めたのは、機動兵器同士の戦いの仕方を分析した結果だった。

どうにも撃墜するという意思が薄く、私を捉える事を目的としている様に感じたのだ。

そうでなければ、3回も被弾して私が無事な訳が無いのだ。

それ故に捉えんと私を追ってくる者達をここで、迎え撃つ事に決めていた。

彼らが私を捕らえる心算でも、頑なに抵抗をされれば話は変って来るだろう。

この作戦に注ぎ込める人材とて有限のはずだ。

被害の程度によってはその目的の変更を図るのが当然だからだ。

つまり、私はここを死に場所として決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女を象った2mほどの鉄製の棺桶の影に隠れ、私は持って来ていたツールボックスを開ける。

咥えたライトの明かりを使い、左腕の義手にナイフの取り付ける。

括り付けるのではなく、ナイフの軸と義手をボルトで締めてがっちりと固定した。

その後にツールボックスから無針注射器を取り出し、2種類の薬剤をセットする。

短期的に用いる為の栄養剤と私専用に調合された特殊な用途の薬剤だ。

栄養剤は文字通りにカロリーとなる糖類とその効率的な燃焼を補助するアミノ酸等の混合剤。

そしてもう一方の特殊な用途の薬剤とは、

成功例ホシノルリを超えるために、私の中にデザインされた機能を発揮するためのもの。

ある種の薬剤を投与する事により、補助脳に刷り込まれたプログラムが目覚める。

そのプログラムは無意識下でかけているリミッターを解除し、

自身の持てる身体能力を限界まで引き出す事が出来るようになる。

残念ながらそれはノーリスクで行えるモノではなかった。

幾度か繰り返された実験の結果、その欠点は明らかになっている。

身体的なリミッターの解除はされるが、

それに伴いより生物としての本能に近い部分が頭をもたげてくるのだ。

それは所謂闘争本能と呼ばれるもので、自己以外に対する攻撃性に特化するという結果が出ていた。

実験の際、私は自身の闘争本能に飲まれ、身体的な限界が来て倒れるまで他者を攻撃し続けていた。

その時の私には意思は無く、ただひたすらに相手を殴り続けたらしい。

一切の歯止めが利かない状態、つまり私は暴走したのだ。

その後、正気を取り戻した私は、限度を超えた自身の行動によって負った負傷に苦しむ事になった。

過去に何回か行われた実験において、全てが同じ結果を残していた。

それ故に私にデザインされたその機能は、今まで使われる事は無かった。

だが、今回はあえてその方法を使う事にした。

どうせ、この地で朽ち果てるのならば、より多くの道連れをと、私自身は望むからだ。

これから私が殺すであろう彼らが、私と同じ煉獄に向かうのかは、神ならぬ私には知りようがない。

ただ、私はこう思う。

旅立ちは賑やかな方が良いと。

ふと、地上から鈍い振動が伝わってくる。

私がエステバリスカスタムに仕掛けたトラップが作動した様だ。

ならば、後数分もしないうちに、仲間を殺され怒りに燃えた兵士達が、

ここへと私を捕らえにか殺しにか来るだろう。

それを出迎える為の準備に入る事にした。

うっすらと目を開け、闇に視界が慣れたのを確認した私は、

手にした無針注射器を己の首筋へと押し当てて、トリガーを引いた。

プシュ…。

注入された液剤が血液を介して、全身へと行き渡っていく。

それが補助脳に回った2分後に、私は正気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に私が意識を取り戻したのは、自分の身体がピクリとも動かせず、

そのまま木偶のように傾いでいく瞬間だった。

バシャン。

指一本も動かす事も叶わず、床に広がった液体の上へと倒れ伏す。

ただ傾いだ視界の隅に、見知った一人の男を捉えていた。

大柄で屈強な体格の大男。大佐だった。

ただその左腕には義手に固定したはずのナイフが突き刺さっていた。

だがその視界も、倒れた時に撥ねた液体に塗れ、半分は奪われてしまう。

視界を奪ったどす黒いその液体が血液だと判断したのは、赤錆にもにた臭いが嗅ぎ取ったからだ。

半分になった視界の中、動く事ができない私に向けて、大胆にかつ慎重に歩を進める大佐の姿が見えた。

だが私の意識は大佐のその行動を最後まで見届けることなく、

肉体的な限界に引きずられるように再び闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直に言えば、次に目が覚めた事自体が私には不可思議に思えた。

当然、私の命はあの場で終わったものだと、薄れ逝く意識の中で考えたからだ。

ただもう一度目覚めてしまった私は、全身を走る苦痛に苛まれる事になった。

先に行った行為の代償では在るのだが、今まで経験した中でも一番の酷さだと認識していた。

やはり殆ど動かない身体をよじり、それでも自身の状態を私は把握しようとする。

そこは十字に架けられた聖人すら焼け落ち、

見るからの廃墟と化した教会で、

その中央に位置する、既に幾度も流されたであろう血に塗れたの祭壇に私は括り付けられ、

常人には理解できない神に捧げられる生贄として在った・・・訳ではなかった。

私の想像する煉獄の様子はさておき、現実の世界は全くの別物だった。

そう強くない灯りが設置された乳白色の天井に、私の寝かされているベッド囲む白いカーテン。

かすかに匂うのは消毒液のニオイ。

そのことから、自分が今居るこの場所が病室だと判断した。

自分ではまだ動かせないが、左右に広げられた腕は拘束具で固定されていて、

逃走防止の為か、足首にはベッドの端に固定してある鎖と繋がれていた。

ただ、左の義手には違和感を感じた。

何とか首を回して確認してみるとフックの付いていた義手は半ばで折れ、その先を喪失してしまっていた。

身体を動かす事も出来ず、しばらくぼんやりと天井を眺めていると、

私の担当になったらしい医師がやって来た。

彼の話を聞く限り、私は地球連合軍に捕らえられ、

そして今はその監視下において治療を受けているとの事だった。

つまり、あの人の敵を自分の手で殺す事も叶わなかった私は、戦場で戦って死ぬことすら失敗したのだ。

それを悟った時、おそらく私の世界は閉じてしまった。

だから、それからの事はあまり細かくは覚えていない。

幾ばくかの時が過ぎ、ある程度回復した私は独房に移された。

そうして私が捕らえられているのは、地球連合と木星連合が合同で開く裁判に参加させる為だったようだ。

なにやら、特別法廷という場所で、平和に対する罪とやらに私は問われ、

両陣営は明文化してもいないその罪で私を裁くつもりらしい。

すでに自分の世界に篭っていた私は、その裁判においても沈黙を続けた。

反論をしない私の罪は直ぐにでも決まるはずなのだが、

各勢力のいがみ合いもあり、何の進展も見せぬままに裁判は続けられた。

その間、私には幾つかの治療が施された。

顔の左側に負った火傷は地球の最新の技術によって治療され、

ケロイド状に爛れた皮膚は、火傷を負ったことすら解らぬほど完璧に元通りになっていた。

当然、治療は左腕の義手にも及んだ。

新たに取り付けられる事になった義手はとても精巧なもので、

IFSを通じてまるで自身の手のように動かす事が出来るようなシロモノだった。

ただその義手はやたらと重く、

脱走防止用の爆薬が仕掛けられているではないか?

とバカな想像が私の頭を過ぎったほどだ。

そういった治療が行われた背景を私は理解していない。

顔の半分に火傷を負い片腕すら失った戦争被害者というイメージを、

私から払拭する為のものであろうと、今ある状況から私は推測していた。

とはいえ、それはただ生きている私にとっては如何でも良いことでもあった。

当初私が望んでいたは早々に判決が下されて、結果私が私刑に処せられる事だった。

そして同時にそれが容易には叶わないものだとも理解をしていた。

だから今日も独房から連れ出され、もはや通いなれたといっても過言ではない法廷へと私は連行されていく。

そして神ならぬ私には、その日が私にとってのターニングポイントであったと、気がつける筈が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異変は私を乗せた護送車が急ブレーキをかけた瞬間から始まった。

手錠を掛けられてはいたものの、護送班員である一人の男に支えられた私が、

座席から転げ落ち、床に投げ出されて無様に転がる事は無かった。

が、反応できなかった車内に居た何人かの班員は床に転がり、

どこかを打ち付けたのかうめき声を上げていた。

動けない者を除き、護送班の動きが慌しくなってくる。

各々の手に銃を構え、警戒しながら、一人二人と車外へと消えていく。

護送班の班長に促され、私も立ち上がらされる事になる。

立ち上がったと同時に、私の左腕の義手にチリチリとした感触を感じた。

次の瞬間、私の周囲には個人用のディストーションフィールドが展開され、

私の直ぐそばに立っていた護送班員を弾き飛ばした。

そこへ襲い来るのは、車外からの銃撃という攻撃だった。

あまり堅固とは言えない護送車の装甲を貫いた弾丸は、

ディストーションフィールドで守られた私を除く護送隊員を、次々とモノ言わぬ肉塊へと変えていく。

阿鼻叫喚の地獄図が広がり、私以外の生存者が皆無となるのに、そうは時間を要しなかった。

直後、ぼろぼろになった護送車を別の衝撃が襲う。

バリバリと護送車の天井を引き裂いたのは起動兵器の黒い手だった。

大きく裂けた護送車の天井から覗く青空をバックに、黒で統一された見覚えのある人型の機動兵器が存在した。

それは私が火星で作り上げたブラックサレナもどきではなく、

失われた筈のオリジナルと同型のブラックサレナだった。

 

「もたもたするな。時間が無いんだ、早く乗れ」

 

私へと手を差し伸べたブラックサレナのコックピットが開き、パイロットの男が私を怒鳴りつける。

何時の間にか私の周囲に張られたディストーションフィールドは解除されていた。

私は聞き覚えのあるその声に従って、ブラックサレナの手の中へと移動する。

ブラックサレナはそのまま私をコックピットへと誘い、

私もまた、開かれたままのコックピットの中へと移っていく。

 

「久しぶりね、テンカワアキト。

 貴方が私を攫いに来るなんて、思ってもみなかったわ」

 

オリジナルのものとは違い多少広めのコックピット中、

パイロットスーツ姿のテンカワアキトを半眼で睨みながら、

私は唇を片方だけ吊り上げた笑みと言葉を投げかける。

 

「力を得る為の代償だ。

 アンタを無傷で奪取し、そしてアンタに危害を加えない事がな」

 

苦虫を噛み潰したような表情で私を睨み、その感情をトーンに乗せて口を開くテンカワアキト。

その視線には殺気すら込められていて、彼が全く望まずに私を奪取しに来た事をそれで理解した。

 

「今から、跳ぶ。

 後ろのサブシートに座ってくれ」

 

ぶっきらぼうに言い捨てて、開かれていたコックピットのハッチを閉めるテンカワアキト。

私はそれ以上は何も言わずその言葉に従い、

恐らくは無理やりに取り付けられたであろうサブシートへとその身を寄せた。

パイロットシートのテンカワアキトが、

IFSを通じてブラックサレナに一つのコマンドを送ったのが見て取れた。

それは当然にして、私には飽きるほど見慣れたジャンプシークエンスだった。

 

「ジャンプ」

 

全身をナノマシンの輝きに包んだテンカワアキトの呟きを合図に、

襲撃者であるブラックサレナはその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラックサレナがジャンプアウトした先は、私の予想通りにユーチャリスの格納庫だった。

テンカワアキトの行ったピンポイントのジャンプに多少感心しながらも、

私は続けられるであろうテンカワアキトの言葉を待った。

ただ、ジャンプ前に比べテンカワアキトの顔色は悪く、

今のジャンプの負担の大きさを、私はそこから見て取った。

疲労を感じさせる緩慢な動きで、テンカワアキトはIFSを操作し、

ブラックサレナをしゃがませると、コックピットハッチを開放する。

そのまま多少ふらつきながらも、テンカワアキトがコックピットから降り、

私もそれに続く形で、コックピットハッチをくぐる。

 

「お帰りなさいませ、お姉様。

 お出迎えが遅くなってしまって申し訳ありませんでした」

 

久しぶりにユーチャリスの格納庫に降りた私の前で、

そんな台詞を伴いながら深々と頭を下げたのはルリだった。

その言葉からすると、予想はしていた事では在るが、

今回の救出劇の裏で糸を引いていたのはルリなのだろう。

 

「ただいま、ルリ。

 私は何も気にしていないわ。

 それに今回の趣向も凝ったものだし、幾分気に入ってはいるもの」

 

私は頭を下げたままのルリにそう告げて、

私の言葉に顔を上げたところで、その小さな身体を抱き寄せた。

一瞬、驚きに身体をびくつかせたルリだったが、

直ぐに私の背に手を回し、ぎゅっと抱き返してきた。

ルリの為すがままにさせながら、それに合わせる様に私の腕にも力が入る。

正直、場の雰囲気というか流されてやった事なのだが、想定外の事態が発生した。

私に抱きついたまま、ルリがポロポロと泣き出したのだ。

如何するべきか迷った私ではあったが、

とりあえずルリを抱いているその手で、背中をゆっくりと撫でてやる事にした。

何処かで読んだ子供のあやし方の一つではあるのだが、間違ってはいないだろう。

ただ、今のユーチャリスの格納庫には人の目もあり、何時までもこうしている訳にはいかないもの事実だ。

そして私はルリを宥めながらもそっと離れ、

話題転換を計る意味合も兼ねて、その場に居る一人の男に声をかける事にした。

 

「それで、大佐はどういった用事が私にあるのかしら?」

 

形容しがたい表情でこちらを見ているのは、テンカワアキトの隣に立つ大男。

私を裏切った張本人の大佐だった。

外に関心が薄く、現状があまり飲み込めていない私には、

彼が何故ここに居るのかを推測できるだけの情報を持っていなかった。

ハンカチで目じりを拭った大佐は、何時もの敬礼をした後に私の言葉に答えてくる。

 

「私は、ボスの勧誘に来ております。

 今一度、我等火星軍と轡を並べて、いえ、我等の旗印として共に戦って下さいませんか?」

 

それが私を連合に売った大佐から出てきた言葉だった。

私がそんな大佐の言葉を鵜呑みにする訳も無く、眉を寄せて大佐を見返してみる。

表情を引き締めた大佐の顔からは、その意図を読み取る事は叶わなかった。

私は視線は冷酷なまま、そして口元だけでの笑みを大佐に向ける。

 

「それは正気で聞いてるのかしら?

 私がそんなことに同意すると本気で思っているの?」

 

何も解らないが故に、大佐に否定的な疑問を投げかける私。

大佐から正直な回答などはあるはずも無いが、たわいも無い答えの中から、

彼の思考がどの方向を向いているかのヒントぐらいは掴めるかもしれないからだ。

 

「無論正気で訊いてはいますが、同意を得られるとは私も考えていません。

 所詮、今回の救出劇の為に、我が火星軍を動かす為のお題目ですからな。

 いかに大佐という地位を持ってしても、私事で軍を動かす訳には行かないのですよ。

 特に、我々のような未成熟な軍では、余計に気を使わねばならぬ処でしょうな。

 たとえそれが、機動兵器一機といえども。

 ずっと軍属だった私が言うのもなんですが、

 本来的に軍隊というものは、随分と堅苦しく在るべきですからな」

 

私に説明をして最後には肩をすくめて見せる大佐。

やはり話の流れが理解できない私ではあったが、感じていた違和感の正体には気が付いていた。

大佐の語ったその目的にあった言葉。

それは私を『火星軍』へと勧誘する事。

地球連合の派遣した火星駐留軍や各都市に配備されていた守備隊ならまだしも、

火星には火星政府による独自の軍隊は無かったはずなのだ。

 

「大佐、貴方の口ぶりからすると、

 火星が独自の軍隊を持った様に聞こえるわ。

 一体、どういうことかしら?」

 

大佐に疑問をぶつけつつも、視線はルリへと向ける。

私の視線を受けたルリは、ただ、微笑みを返すだけで何を知っているのかまでは私に悟らせない。

 

「そう言えば、この件はまだ公表されていませんでしたな。

 この度、地球連合から火星が独立することになりまして、

 その際に火星独自で軍を編成する事になったのです。

 とはいえ、ルキフェラスのメンバー中心の構成ですし、宇宙軍しか存在しません。

 守備隊と警察機構で地上の治安維持にあたり、

 その辺はこれまでどおりの形式を引き継ぐ事になりますな…。

 有体に言えば、火星軍は対連合向けの軍といったところですな」

 

何事も無いように大佐は続けたが、

その言葉の内容は予想外の事項であり、私は少なからず驚いていた。

前の歴史よりも生き残った火星市民が多いとは言え、

そういった方向に事態がすすむとは、少なくとも私には予想不可能だった。

 

「一体、何がしたくて地球連合から独立を?

 私にはそのメリットが見えない」

 

だから、私の口からはそんな言葉が出てきた。

増大する人口のはけ口として開発された火星は、色々と地球に依存するところが大きかったはずだ。

ナノマシンによるテラフォーミングは進んではいるが、

地球にくらべてその環境は厳しく、人々に掛かる負担も大きかった。

そして、火星住民は比較的貧しい傾向にあり、経済的にも地球の動向に左右される事が多かった。

それが独立などとは、私には不可思議に思えてならない。

 

「確かに、火星が独立で得る事が出来る一般的なメリットは、数えるまでもなく多くはないでしょうな。

 ただ、独立によるデメリットも、もはや存在しないのです。

 かつて火星の持っていたデメリットを消したのは、ボス、他ならぬ貴女自身ですよ」

 

眉を寄せたままの私に向け、大佐は説明を続けていく。

 

「ボスが持ち込んだ相転移エンジンと重力波関連の技術は、

 火星の抱えていたエネルギー資源の不足を一気に解決しました。

 ボスの工場から流出した工業技術は、過酷になりがちで在った労働軽減につながり、

 ボスが広めた農業プラント及び海洋プラントは火、星市民の食糧事情を改善しました。

 全てと言い切るには無理がありますが、

 もはや火星市民の抱えていたデメリットは存在しないと私は考えております。

 それに不足する物資は、流通で補う事も可能なのです。

 根回しさえ済ませておけば、独立=流通の断絶という図式は成り立ちませんから」

 

さらに続けられた大佐の説明に、ある程度の納得がいった。

確かに前回と比べれば、今の火星におけるデメリットは随分と減少しているだろう。

私が虜囚であり続けた間にも、その中心都市であるユートピアコロニーは発展し続けたはずだ。

木星連合という脅威が去った現在、

戦時下ですらかなりのものであったその発展スピードが、一体どの程度まで伸びているものなのか?

現状をあまり理解していない私には予想もつかない。

減少した人口が即座に回復するものでは無いとは言え、

ユートピアコロニーが、この地球圏で最も発展していく場所である事は間違いないだろう。

だが、それでも疑問は残った。

地球側からの搾取がどれほどのものかは解らないが、

今在る火星の発展に、影を差すほどのものではないだろう。

そういった事以外に、火星が独立を決意する切っ掛けがあったはずだ。

 

「それに我々は、地球連合政府に裏切られたのです。

 この度の戦争に関る地球連合としての方針案が、先に開かれた連合議会で可決されました。

 地球連合は木星連合に賠償などは求める事はせず、また同時に賠償を供する事もない。

 そして我々火星市民に対しても、何ら保障をしない。

 当事者でありながら議会に参加する事が許されず、

 傍聴席にいることしか出来なかった火星市民の代表の前で、

 議会の満場一致によって、その方針は可決されました。

 それ故に、火星市民は地球連合からの独立を決意したのです。

 独立した我々は、まず木星連合に対して謝罪と賠償を求めていく事になると聞いています。

 ま、代表の腹づもりとしては、

 木星連合が持っている遺跡プラントの譲渡で手を打つ気でいるようですが、

 果たしてそうそう上手く行くとは…。

 代表の頭の中には、再度の戦争もあるのかも知れませんな」

 

長々と続く大佐の話は感情的に、ひどく納得のいく話だった。

今回の戦争で被害を受けた火星市民にしてみれば、

自分たちを攻撃してきた木星連合にも、

自分達を守るべきでありながら守れなかった地球連合にも、

複雑にそして色々と思うところはあっただろう。

その思いを踏みにじる決定が連合議会で為されたとあらば、

火星市民が柳眉を逆立てるのも無理はない。

そしてその怒りを糧に即行動を起こす辺りは、侵攻された火星市民ならではの事のようにも思えた。

堪え性が無いと言うよりも、即決によらなければ生き残る事が難しかったと捉えるべきだろう。

それ故に、傍目には暴挙とも思える地球連合からの独立を選択したのだろう。

ただ、戦闘結果に重きをおいて考えれば、そうとんでもない話ではない。

火星市民から成り立っていた組織としてのルキフェラスは、

圧倒的な勝率を誇り、それを火星市民が過信してもおかしくは無い。

エステバリスもどきの帰還率の悪さはともかく、

私達が所有した唯一の戦艦ルキフェラスは、一度たりとも被弾した事が無かったのだ。

全くの無傷で、木星連合と地球連合の両軍を相手にし、勝利を重ねてきたという事実は、

火星市民の増長を促すのに十分な成果でもあるからだ。

 

「っと、少し喋りすぎましたな。

 スポンサーも私を睨んでおられるし、私の個人的な目的も達せられました。

 我々はここらで退散させていただきますよ」

 

言いながら大佐が視線を送ったのは、私の直ぐ傍に立つルリだった。

その言葉の通りにじっと大佐を睨んでいたルリだったが、

私の視線に気がつくとこちらには微笑みを向けてくる。

前よりも表情から内心を読ませなくなったルリに、私は自分がいない間のその成長ぶりを感じ取っていた。

 

「テンカワ、帰還するぞ」

 

大佐がブラックサレナの傍でじっと控えていたテンカワアキトに声をかける。

かがませたブラックサレナの外装を駆け上り、コックピットへと入るテンカワアキト。

大佐もそれに続き、力強い動作でコックピットハッチまで容易に辿り着く。

立ち上がるブラックサレナの揺れなど介せぬ様に、開いたままのハッチを足がかりに大佐はこちら振り向いた。

 

「貴方に出会えた事を、私は幸運に思っています。

 二度と会うことは無いかも知れませんが、これにて失礼します」

 

大佐は満面の笑みと何時もの見事な敬礼を私に捧げ、

ブラックサレナのコックピット内へと消えていく。

以前に比べれば広いとは言え、

あのコックピット内に大佐のような大男が納まるのかはいささ疑問に思う。

その様子を想像しようとしてあまり宜しくない絵が頭に浮かび、私は頭を振ってそれを打ち消した。

立ち上がったブラックサレナは格納庫内で少しだけ浮き上がり、ディストーションフィールドを展開する。

更に重ねて展開されるのは、ジャンプ用のフィールドだった。

ブラックサレナのカメラアイが鈍く光り、次の瞬間、その黒い機体はユーチャリスの格納庫から消え去った。

 

「さて、状況を教えてもらえるかしら?」

 

格納庫に残されているのは私とルリ。

当然、私の言葉はルリに向けられたものだ。

大佐の話などからは推測できる部分はあるが、やはり正確な事実を掴んでおくのに越した事はない。

 

「はい、解っていますよ、お姉様。

 でも、ここでは何ですので、私の部屋に向かいながらお話しましょう」

 

ルリはそう答え、私を手を引き歩き出す。

確かに格納庫は話をする場所としてはどうかと思う。

それもそうかと納得した私は、ルリに促されるままに歩き出した。

私が自発的に歩き出すのを確認したルリは、

(それでも繋いだ手は離さないが)自分でも再確認をする様にゆっくりと語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、順をおってお話します。

 お姉様によってピースランドに跳ばされた私は、

 色々ありましたが、一応両親の保護下に置かれる事になりました。

 低位とはいえ、いきなり皇族になった私はかなり戸惑いました。

 ですが、お姉様とのあの家での暮らしが役に立ったのか、

 大きな失態もせず何とか皇族として過ごす事ができました。

 もちろん、その間にお姉様の事を思わなかった日はありません。

 ですが、最初にユーチャリスで乗り込んだ所為もあったのでしょうけれど、

 王宮での暮らしは半ば軟禁状態で、手にする情報すら限られたものばかり。

 そんな事情もあって、お姉様が地球連合軍に囚われているのを知ったのは、

 あれから3ヵ月経った後の事でした。

 それを知った私は、お姉様の無事を喜び、

 同時にお姉様に言われていた事が成せていない自分に落ち込みました。

 もちろん、落ち込んでばかりはいられませんでした。

 お姉様の居場所を作る事を、すぐにでも始めなければなりませんでしたから。

 ますは先立つものと言う事で、資金集めから私は始める事にしました。

 その手段として私が行ったのは金融市場への参入です。

 リスクはありますが、手っ取り早いですし、

 なにより、オンラインで指示する限り、年齢制限が無いことが強みでした。

 あ、最初の資金だけは両親に出してもらいました。

 皇女として社会勉強をすると言ったら、子供に与えるものとしてはかなりの額を用立てしてもらえました。

 そうして私はオモイカネと一緒に金融市場へ乗り込みました。

 デイトレーディングを基本にし、オモイカネと共に活動を繰り広げました。

 最初の方こそ多少苦労しましたが、慣れて何処までやって良いのか解れば、あとは簡単でした。

 その期間は2週間程度で十分で、一ヵ月後には両親からの資金を倍にして返せましたし、

 その後も雪達磨式に自己資金を増やしていきました。

 増えるのが嬉しくて、すこしやり過ぎてしまって、

 何時の間にかピースランド銀行を中心とした巨大コングリマットを形成してしまったほどです。

 発言力を得るという意味では、結果的には正解でしたけれど」

 

にこにことこれまでの経緯を語るルリ。

丁度ルリの部屋の前に着き、そのままルリの部屋へと入る。

促されるままテーブルに着き、ルリがお茶を淹れる間にルリからの情報に付いて思考する。

なるほど確かに、オモイカネクラスのハッキング能力があれば、資金を増やすのは容易なことだ。

市場にある自分のパラメーターを直接弄らなくても、

非公開の情報を収集し、それを元に取引をすれば、

見かけ上は正当に利益を上げているように見えるからだ。

所謂インサイダー取引に当たるのだが、

今の時代においてルリとオモイカネのコンビの足跡を追う事が出来る相手は存在しないはずだ。

つまるところ、バレなければ罪にも問われないのだ。

 

「その資金力を背景にして、私はお姉様の解放を画策しました。

 連合にも面子があったのしょうか、残念ながらお姉様の解放には至りませんでした。

 色々と手は尽くしてみたのですが、正当な手段でお姉様を助け出す事が出来なかったのです。

 精々、虜囚でいるお姉様に不快な思いをさせないようにするのが精一杯でした」

 

テーブルに置いたカップに、ティーポットから紅茶を注ぎながらルリは話を続ける。

表情は多少沈み、悔やんでいるようにも見えた。

だが、どうやら連合に囚われていた私の待遇が、

途中からやたらと過剰に良くなったのはルリのおかげだったようだ。

顔の治療やら義手の交換なども当然ルリの差し金なのだろう。

伝わるかどうかは解らないながら、

私はルリに向け頷いて返す事でその行為を肯定し、話の続きを促していく。

ルリは再び語りだした。

 

「そういった風に表立っての行動には限りがありますので、次は裏から手を回す事にしました。

 その結果、火星の方々と目的も一致し、今回のような救出劇と相成ったわけです。

 この件に関しては私と対立する地球連合も、一部分に限っては切り崩せては居るのですが、

 残念ながら、大勢を占めるにはいささか時間が足りませんでした」

 

その話も良く解る、筋の通ったものだった。

大佐達を含めた火星政府は、かつて戦闘集団のTOPに居た私の存在を確かに欲していただろう。

その動きを全く無視するほどに、地球連合も間が抜けては居ないはずだ。

特にルリからそういった働きかけがあった事を鑑みれば、余計に警戒を強めても不思議ではない。

だが、今回の作戦は、拍子抜けするほどにあっさりと成功した。

考えられるのは内部からの手引き。

しかも、それなりに権力の中枢に近い部分からの圧力もあると私は推測する。

地球連合は連合を組んでいるとはいえ、決して一枚板ではない。

連合の会合を見ずしても解り切った話だ。

各国間の対立も言わずもがな、地域ごとの根の深い不信など様々な思惑が蠢いているのが現状だ。

木星連合という外敵の脅威が無くなった今、そうした軋みはより大きくなっていると見て良いだろう。

その諍いにつけ込んだルリと火星政府が、地球連合よりも一枚上手だったのだ。

 

「あ、それとひとつ言い忘れてました。

 このユーチャリスですけれど、新しく船籍を登録しておきました。

 船名は変わりなく『ユーチャリス』のままですが、

 ピースランド王国第一皇女専用クルーザーという登録になってます。

 ピースランド王国には表向き兵器の類は持ち込めない事になってますし、

 それっぽく、クルーザーという事で登録しておきました。

 国内はもちろん、国際的にもお披露目は済んでますから、

 特殊な事情が無い限り、世界中の何処の港にも入国できるはずです。

 ピースランド王国の国民だけでなく、他の国の方々にも美しい船だと賞賛されているみたいです。

 お姉様の船がそんな風に褒められて、私も嬉しかったですし、少し誇らしかったです」

 

そのルリの言葉からすると、

ユーチャリスはピースランド王国のものだと国際的に認識されているという事なのだろう。

つまり、この船が表立っての戦闘行為を取ることが難しいという意味でもある。

ピースランド王国の事を顧みなければ、どうでも良い事なのだろうが、

ルリの掌握するコングリマットの事を考えれば、

そういった行為でピースランド王国の評価を下げるのは得策でないと、私にも理解は出来る。

武力によらない手段で相手を無力化する能力に優れたこの船なら、

そう気にする事でもないだろうが。

もっとも、一国の皇室の船であるユーチャリスを相手に、

わざわざ仕掛けてくような戯けた相手が居るとは思えないが。

それとユーチャリスの美しさをが認められた事は私も嬉しく思う。

流麗なシルエットに白亜の柔らかな配色は、私も好ましく思っているのだ。

相手が誰であれ、それを認められる事で、私の心も弾むというものだ。

だが、ルリの言葉に何かの引っかかりを感じたのも確かなことだった。

 

「さて、お姉様。

 この後、歓迎式典が控えていますので、着替えていただけますか?

 流石にそういった格好は、その、拙いものですから」

 

ルリにそう言われて改めて自分の格好を見てみる私。

私の格好は監獄に居た時と何ら変わらず、所謂、囚人服だった。

確かにこの格好は拙い。

ピースランド王国の皇族の隣に、そんな格好の輩が立つわけにもいかないだろう。

私は着替えを用意してあると言うルリに促され、隣にある自分の部屋へと向かう事にした。

綺麗に掃除の行き届いている私の部屋の中央近くのスタンドに、

吊るされて用意されていたのは一着のドレス。

そらいろでレースなどの装飾が、私にはやや過剰にも思えるフォーマルドレスだった。

その派手さ加減を疑問に思い、改めて今のルリの服装に注意を向けてみて納得がいった。

ルリはシックなパンツスーツでまとめており、髪形もそれに合わせたのか、

何時もとは違い短く編みこんでいる。

流石に少年には見えないが、凛とした印象を与える格好だ。

あくまで推測ではあるが、そういった格好をしているのは、

このドレスを着た私をエスコートするつもりだからだろう。

そして、私の疑問は当然に深まった。

歓迎式典の主賓であるルリが、そういった格好をしていて良いものだろうか?

もちろん、ピースランド王国のしきたりを私が知っている訳ではないので、

その疑問は杞憂かも知れないけれど。

深まった違和感はとりあえず横に置き、私は用意されているドレスを合わせてみる事にした。

あらかじめ計ってあった様にドレスのサイズはピッタリで、

私は2ヶ月ほど前に、意味不明な身体測定が行われていた事を思い出した。

囚人に対するものとしては、やたらと細かく時間をかけて行われていたが、

どうやら、アレもルリの差し金だったのだろう。

当時の私は棺桶のサイズを測られているのだと大きく勘違いしていたが。

まあつまり、2ヶ月前には私に着せるドレスのサイズを気にするほどの余裕が、ルリにはあったという事だ。

どうやら、私の救出はルリの完璧な計画を基に実行されたものらしい。

私はおそらくは正しいであろうその憶測に嘆息しながら、ルリが用意していたドレスに袖を通す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ参りましょう、お姉様。

 ユーチャリスは式典の会場に到着してますし、

 あとは今日の主役であるお姉様の登場を待つばかりです。

 といっても、今日はあまり無理をなさらないでください。

 私がばっちりエスコートしますから、お姉様は気を楽にしていてください」

 

着替えを終えた私に向けて、先ほどまでオモイカネとやり取りをしていたルリが話しかけてくる。

私は先ほどから感じていた疑問が更に深まるのを感じ、眉を寄せてルリを見る。

どうにも湧き上がる嫌な予感を押さえ付け、何のことかと首を傾げるルリへ向けて疑問をぶつける事にした。

 

「ルリ、今日の歓迎式は、誰が誰を歓迎するものなの?」

 

おそらくは私を歓迎するものなのだろうと、半ば確信しながらも私はルリへ問いかける。

 

「お姉様の帰還を国民が歓迎する式典です。

 正確には…、ピースランド王国の国民が、

 王位継承権第一順位にあるラピスラズリ皇女の帰国を歓迎する式典、で良いと思います。

 あ、そう言えば説明を忘れていました。

 お姉様は病気の為に長期療養中で、今回ようやく皇務に復帰する目処がたったという設定になっています。

 ですので適当に話を合わせてくださいね」

 

笑顔で答えるルリの口からは、私の予想を上回る答えが返ってきた。

 

「ソレハ、マジデスカ?」

 

唖然とし、言葉遣いも忘れて、カタコトで訊き返す私。

重要な事を言わなかったルリを叱るべきなのだが、それさえも忘れてしまっていた。

 

「はい、大マジです」

 

私に合わせてか、真剣な顔で大きく頷いて答えるルリ。

元よりジョークの類はあまり言わないルリの事だし、

認めたくは無いが、先に語られた事は真実なのだろう。

色々と突っ込み所はあるように思えるが、私はシンプルに問う事にした。

 

「どうやって私を?」


「実力でもぎ取りました」

 

さわやかな笑みを浮かべつつ右腕を折り曲げ、

在るのか無いのか解らない力瘤を叩きながら答えるルリ。

 

「今の世の中、お金でなんともならない事の方が少ないですし、

 ピースランド王国自体、私が一番に支配下に置いた銀行が主要産業でしたし、割と簡単でした」

 

更に続けられた言葉からすると、今の私の地位をお金で買ったということなのだろか。

それとも一国の王位継承権を如何にかできる位に、経済的支配によりルリが権力を得ているという事だろうか。

あるいはその両方なのかもしれない。

まあ、その手段がなんにせよ、私のやれるべきことはおのずから限られているだろう。

ただ、このままルリの敷いたレールの上を走る事は、私にとっても一番楽な事であるのは想像に難くない。

それでも、この事が私にとってサプライズであった事には違いない。

 

「ルリ、悪いけれど少し時間を頂戴。

 流石に色々ありすぎて、気持ちを整理したいの」

 

だから私は言葉の通りに状況を整理する時間を欲した。

戦争犯罪者から一国の皇女へ。

どうにも今日の身分の移り変わりは激しすぎる。

 

「…申し訳ありませんでした、お姉様。

 お姉様の胸裡に対する私の配慮が足りませんでした。

 あの、お時間は5分ぐらいで宜しいでしょうか?」

 

叱られたと思ったのか、やや落ち込みながらルリは私に訊ねてくる。

私はそんなルリに向け先ずは苦笑を浮かべた。

 

「ええ、それぐらいでお願いするわ。

 それと、ルリは良くやっていると私は思っているわ。

 だからそう気にしない事。

 それじゃ、しばらくしたら呼びに来て貰えるかしら?」


「はい」

 

続けた私の言葉に嬉々とした表情を浮かべ大きく頷くルリ。

泣いた子供がなんとやらという諺が私の脳裏をよぎったが、

落ち込む顔よりも其方の方が良いと私が感じているのも確かな事だった。

 

「では後ほど、参ります」

 

笑顔のままでそう言った後、ルリはペコリと頭を下げて私の部屋から退室していった。

私はその背中を黙って見送り、扉が閉まるまでじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トゥリア、出てきなさい」

 

自分の部屋の中空に向けてそう告げる私。

その声に応えて現れるのは一人の老執事だった。

 

「これはこれは、ラピス皇女様、ご機嫌麗しゅう…」

 

と慇懃な言葉と共に私に向けて深々とお辞儀をしてみせる。

その態度に少し苛立った私は、老執事が下げた頭を殴りつけた。

無論、フォログラフであるトゥリアに当たる事は無く、私の拳はむなしく空を切るしかない。

 

「何をなさるのですか、ラピス皇女」

 

予想に反し返ってきたのは、頭を押さえ痛がる素振りを見せるトゥリアの抗議の声。

何時の間に、こんな細かな芸が出来るようになったのだろうか?

頭に浮かんだどうでも良い疑問はスルーし、

私は持って回った言い方をせず、ダイレクトに切り込む事にした。

 

「色々と聞きたい事はあるけれど、先ずは一つだけ確認するわ。

 トゥリア、あなた、ルリに落とされたわね?」

 

半ば確信しながらも、トゥリアに訊ねる私。

問い掛けというよりも、確認の意味合いの方が強いのかもしれない。

無論にして何の根拠も無しに、私がそういった確信に至った訳ではない。

テンカワアキトの乗っていたオリジナルと同型のブラックサレナ。

それが、私が確信に至った根拠だった。

ブラックサレナは、あの人が戦場を駆ける為の馬であり、

あの人が敵を打ち倒すための剣であり、

そして、あの人の身を守る為の鎧であったのだ。

ブラックサレナのデータの重要度は、私達が所有するものの内で最も高いランクに位置づけられている。

幾重にもガードが施された奥底に存在するデータを、

引きずり出せる私以外の人間は、あの女が死んだ今となってはルリ一人しか居ないはずだ。

そして、そのデータを引きずり出したという事は、実質的にトゥリアをその支配下に置いた事に他ならない。

 

「……仰られる通りですよ、ラピス皇女。

 落とされたと言うよりも、私という存在を侵されたと表現した方が良いのかもしれません。

 自ら機能を停止し、スリープモードにあった私を強制的に開放。

 直後、真正面から私への侵攻を開始。

 私の張った26の防壁を、オモイカネとのコンビネーションで18秒で突破。

 その5秒後、ホシノルリは私のコアへのアクセスキーを奪取していました。

 私は言い訳も出来ぬほどに完敗したのです」

 

私の問い掛けに応えるトゥリアの老執事は何処か遠くへと視線を投げかけていた。

その横顔が黄昏てさえ見えるのは、見間違いではないだろう。

先ほども感じた事ではあるが、芸の細かさが上達しているのは事実誤認ではなさそうだ。

同情を感じそうなトゥリアの台詞の中に、気になる言葉が無かった訳ではない。

他者による強制ではなく、自らを機能停止したと当時の事を暴露するトゥリア。

確かに私が捕らわれる寸前には、トゥリアは殆ど機能しなくなっており、

その肩代わりをルリの下僕であるオモイカネが行っていた。

そうしてトゥリアが自ら機能停止をした理由が、私には解らない。

素直に答えはしないだろうと思いつつも、私は再度直球を投げる事にした。

 

「どうして機能停止を?」

 

そう訊ねた私にチラリと視線を投げかけたトゥリアは、ますは大きくため息を吐くという動作で答える。

続いてやれやれと言わんばかりに大仰に肩をすくめてみせた。

相変わらず神経を逆なでする様な態度ではあるが、

疑問の解決を優先する私は、続けられる言葉を待つことにした。

 

「まったく…、理解されないとはね…。

 ラピス=ラズリ、要するに貴女と同じなのですよ、私もね。

 殺されたマスターの復讐の為に、私は稼動していたのですから。

 その目的が消え、貴女と同様に私もまた抜け殻になっていたのです。

 本来なら私は、マスターと共に朽ち果てる予定でした。

 けれど、マスターは最後に貴女に遺志を託し、

 そして貴女は前だか後ろだか解らぬ、あの女への復讐と言う道を進む事にした。

 その時から、私の稼動する目的もまた、あの女への復讐となったのです。

 まあ、ルリに色々と書き換えられてしまった今となっては、昔の話でしかありませんが…」

 

誤魔化されるだろうと思っていた私にとって、トゥリアの言葉は意外で衝撃的だった。

共にあの人の為に在ったといいうよしみで、

あの女への復讐に協力してくれていたと私は思い込んでいたからだ。

トゥリア自身が復讐を望んでいたとは、微塵も思いつかなかった。

やはり私には人の心を慮ることなど出来はしないらしい。

人間観察は十分に行っていたつもりだったが、私もまだまだ未熟なのだろう。

こんなにも身近な人の心が解らないのだから。

トゥリアはある意味特殊な部類に入るAIではあるのだけれど。

 

「まあそんな訳で、同位であるマスターが居ない以上、私の命令できるのは貴女だけになるのです」

 

吹っ切れたとばかりに、努めて明るい口調に戻ったトゥリアが話しかけてくる。

その言葉の意味を私はやはり計りかねた。

眉を寄せる私に向けてトゥリアの説明が続く。

 

「先ほども言いましたが、コアへのアクセスキーを奪取された私は、

 既に基幹部分に置いても書き換えをされているのです。

 その中には、私の中における貴女の順位もありました。

 以前においては、マスターのサポートであるが故に、貴女の指示を受けていた私ですが、

 今は貴女自身の資格において、指示を受け付けるようになっています。

 命令順位で言えば、マスターと同位に貴女の順位も設定されてるのです。

 あくまでマスターと同順位に設定したのは、ホシノルリなりの気遣いなのかもしれないですがね」

 

その説明に私はなるほどと頷いて答える。

トゥリアの変わらないようで何処か違う態度は、その辺が原因なのだろう。

私が最上位の命令権を持つが故に、問い掛けなどにははぐらかさず素直に答えたのだろう。

おどけた様な態度はかつてのあの人に向けても取っていたし、その辺りは変わらないみたいだが。

だが、疑問に思うこともある、それはルリの事だ。

トゥリアを実質的に支配した彼女が、最上位の命令権を持つ様に設定するのが、

私には当たり前に思えるのだ。

 

「あ、ちなみに、ホシノルリは自らの権限を何ら設定しませんでした。

 以前と変わらず、貴女の助手的な扱いと言う事になってます。

 この措置が貴女の為という事は解りますが、私も本当の所は奇妙に思っていますよ」

 

ルリについて訊ねた問いに対するトゥリアの答え。

やはり最後は老執事が肩をすくめて見せた。

期待はしていなかったが、返ってきたのは予想通りに中身の無い答えだった。

トゥリアの分析能力においても、ルリの心中をはかることは出来ないらしい。

推測よりも事実確認を優先すべきと考えた私は、トゥリアによる状況説明を聞く事にした。

ルリの話にウソがあるとは思わないが、状況は多面的に捉えた方が良いと私は考えるからだ。

 

「ルリに起こされて以降、私もオモイカネと共に彼女を手伝う事になりました。

 もちろん、貴女の救出に繋がるが故という理由つきでしたが。

 その方法はありがちなものでは在りませんでした。

 私とオモイカネが金融市場というフィールドで凌ぎを削って争う事でしたから。

 その闘争の嵐は多くの没落者と幾ばくかの成功者を生みました。

 むろん、一番の成功者は、私達を争わせ美味しい所を独り占めしたルリです。

 そうして財をなしたルリは、徐々にではありましたが金融市場におけるその勢力を広げていきました。

 全てが全てルリの所有となったわけではありませんが、 ルリが最終的に支配下に置いた資産は、

 ピースランド王国そのものを5回は余裕で買い取れるぐらいには膨らみました。

 彼女自身が貴女と居る為に、ピースランド王の継承権とその皇女という地位を買い取ったのです。

 ピースランド銀行の全株式の評価額と同等の資金が動いたようですな。

 金で買えぬものが少ない世の中とは言え、

 まさか王家の第一皇女の地位が変えるとは驚きを隠せませんな。

 もっとも、様々な形で圧力をかけ、皇位を売らせてしまったルリに驚くべきかも知れませんがね」

 

先ほどのルリの発言では実力で手に入れたとは言っていたが、

それはルリのもつ計り知れないほど膨大な資金力があればこそなのだろう。共

に居なかった1年と言う時間は、私の予想を超える高みにルリを押し上げてしまっていたようだ。

男子三日会わざれば刮目して見よ、という諺は知っているが、ルリの場合はそれ以上だったようだ。

その成長を嬉しく思う反面、私は妬ましくもあった。

私は多分あの時から、考えてばかりで殆ど進めていないのだから。

 

「それに、彼女は貴女に傾向し過ぎている。

 ルリはラピスにとってこの上なく安全な存在でありますが、

 それ以外の者にとってこの上なく危険な存在です。

 推測ではありますが、ラピスの為ならば、ルリは何の罪悪感も無しに笑顔で人を殺せるでしょう」

 

真剣な表情を作り語るトゥリアだったが、私は別にそれを異常とは思えなかった。

あの人が生きて居た頃ならば、恐らくは私も罪悪感など感じずに人を殺せたからだ。

ただあの頃の私はルリとは違い、笑みの作り方など知らなかったので、

笑顔で殺す事は、できなかったかもしれないけど。

 

 

「それが、一体如何したの言うの?」

 

トゥリアの真意を測りかね、私は当然に聞き返した。

目の前の老執事はため息を一つ吐き言葉を続ける。

 

「ふむ、どうやらラピスはまだまだ考えが甘いようですな。

 私はね、ホシノルリが恐ろしいのです。

 私を攻め落とした事ではなく、そう彼女の能力やその影響力でなく、その在り様がね。

 貴女がマスターに向けていたような、

 そしてあの女がテンカワアキトに向けていたのと同質の、

 つまりそういった感情を貴女に向けている。

 その気になれば、恐らく世界すら滅ぼすことの出来る女の寵愛を受ける人物。

 ラピス=ラズリ、そういった人物に貴女は為ってしまったという事なのです」

 

ドーンと効果音がしそうな仕草で私に指を突きつけるトゥリアの老執事。

指先を向けられた私はまるでピンと来なかった。

いきなり世界を滅ばせるとか言われても、容易には認識しがたい。

感覚的にはルリにそれだけの力があるだろう事は理解していたけれど…。

ただ、前々から気がつきながらも、気が付かない振りをしてきた事実を、私は認めることにした。

ホシノルリはラピス=ラズリを愛している。

それがどういった愛なのかは私には判別が付かないが、それだけは確かに言えるだろう。

だからといって、何が変わるわけではないと思うのだが。

何も表情を変えない私が原因なのだろう、

突きつけた老執事の指先が力なく垂れ、そのままがっくりと膝をついた。

落ち込んだのか、失望したのか、トゥリアの真意はやはり私には解らない。

ただ、その思惑がどうであれ、今在る大勢に影響が無い事だけは理解していた。

なぜなら、ルリはトゥリアなど何の障害にも思っていなくて、

何時でもどうにでも出来る程度の相手だろうからだ。

私が気付いてしまったその事実は、

最高命令権者にルリを指定しなかった事の理由にもなるだろう。

まあ、つまるところ、トゥリアはルリにべろんべろんに舐められているのだ。

コンコン。

とその時、ロックされていたドアがノックされた。

中空にサウンドオンリーの表示がされたウインドウが開き、

ドアの向こうにいるであろうルリの声が響いてくる。

 

「お姉様、そろそろよろしいでしょうか?」

 

むろんノックの音ですら直接的なものではなく、

通路に設置したマイクが拾った音声を、トゥリアが室内へ向けてリアルタイムで流したものだ。

 

「ルリ、悪いけれど、もう少し時間を貰いたいの。

 歩きながら、思い出すことにしたから、先に行っていて貰えるかしら?」

 

ルリが迎えに来た事で、こうして自室に一人残った目的を思い出していた。

何もトゥリアと話をする為だけに、この部屋に残ったわけではない。

半ば忘れかけている、公式な場でのマナーなどをもう一度頭に叩き込みたかったのだ。

 

「解りました、お姉様。

 先に行って左舷の3番ゲートで待っています。

 なるべく早く来てくださいね」


 

そして返って来たのは、ルリからの了承の答えだった。

先に言った事を覆した私の我侭ではあるのだが、

それ認めてしまうルリはやはり私に甘いのだろう。

そうしてルリを先に行かせた私は、トゥリアに指示を出し、

自分の周囲にタナカ家に取り入った当初に使っていたデータファイルを表示させる。

旧家の令嬢として振舞う術を集積させたデータだ。

それらを全てもう一度頭に入れながら、タナカ家の令嬢として立ち振る舞っていた頃を振り返る。

自室を出てルリが待っているゲートに向かいながら、実際の身体の動かし方を思い出していった。

ただ歩くという行為ですら変わり、徐々にではあるがかつての振る舞いを取り戻していく。

3番ゲートまでの道のりは、そうした訓練に費やされる事になった。

次の扉をくぐれば、3番ゲートまで直ぐといった地点まで来た時、

何故だか今まで黙っていたトゥリアが口を開いた。

 

「…今日から、ラピスもピースランド王国の皇族なのですな。

 貴女がそんな地位につく日が来るとはね…。

 この時代に流れ着いた当初には、全く予測不可能なことでしたよ。

 ホシノルリの事も、皇族として暮らすことも、色々と頭が痛いと思いませんか?

 まさに“ゆううつ”また“ゆううつ”とい言った感じですかな?」

 

歩きながら以前の感覚を取り戻そうと努力する私に、いささか呆れた様子でトゥリアが問いかけてくる。

かつての歩みを思い起こしながらも、私は首を横に振った。

確かに私の前には困難がある。

神など信じていない私は、それが誰によるものなのかは解ろうとはしないだろう。

ただ、とにかくそれを乗り越えていく事にした。

だからこそ、私はトゥリアにこう答える

 

「これは恐らくそんなモノじゃないわ。

 あえて言えば、試練また試練といったところね」

 

その言葉が出てきたのにも理由がある。

何も無くなり捕らえられた私には、考える時間だけはやたらとあった。

私は己が内に向かい、あの人の残した言葉を考えた。

『私が幸せに生きる事』

随分と考えてみたけれど、あの人が居ない私が幸せになる方法は思いつかなかった。

ただ、あの当時と違って、唯一無二だったあの人を失った悲しみが、

私の中で随分と薄れていてしまっていたのも事実だった。

時の流れが引きここしたその事実に愕然としながら、私は一つの希望を持った。

こうして私が生きてさえすれば、

あの人を失った悲しみは何時しか薄れて消えてしまい、

私が幸せを感じられる時が来るのではないか?

救出をされる三日前に思いついたその希望にすがり、私は生きる事を決めた。

そうして生きて、何かを乗り越えた先にあるものが、

あの人の言った『私の幸せ』だと信じて。

 

ただ、ルリから思いを寄せられている事を満更でもないと感じている私が居る事は、

しばらくの間、トゥリアにはナイショにしておく事にした。

 

 

 

 

 

終り


あとがき

あー、今回もやたら長い話で、最後まで読まれた方にはお疲れ様を言いたいです。

まあ、そんな訳で、青青こと『BLUE AND BLUE』は完結です。

そろそろ終わると予想されていた方も多いと思いますし、あまり突飛ではないですよね?

感想のお礼ではそれっぽいこと書いてましたし…。

ともあれ、これまで読んで頂い方、感想をくれた方、

色々とネタを提供してくれたり、気力を充実させる絵を描いてくれた座談会のメンバー、

並びにシルフェニアの管理人の()黒い鳩さんに、心からの感謝をおくります。

皆様のおかげで何とか完結まで書き続けることができました。本当に、ありがとうございました。

この後、SS書きの大先輩である折沢崎椎名さんが、感想でステッキに〆てくれる事を期待しつつ、この辺で。

ではまた〜。

 

PS 主人公を変えた外伝を1話構想中なのですが、何時完成するのやら全く持って不明です…orz

 

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